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東京高等裁判所 平成20年(ネ)5735号 判決 2010年2月10日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  土地明渡請求

(1)  被控訴人は,控訴人X1に対し,原判決別紙物件目録<省略>記載1の土地(本件土地1)を明け渡せ。

(2)  被控訴人は,控訴人らに対し,原判決別紙物件目録<省略>記載2の土地(本件土地2)を明け渡せ。

3  賃料相当損害金支払請求

(1)  被控訴人は,X1に対し,1147万5000円及びこれに対する平成18年1月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人は,X1に対し,平成17年10月1日から上記2(1)の明渡済みまで,1か月5万円の割合による金員を支払え。

(3)  被控訴人は,控訴人X3に対し,202万4868円及びこれに対する平成18年1月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  被控訴人は,控訴人X2及び控訴人X4に対し,各382万5000円及びこれに対する平成18年1月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(5)  被控訴人は,控訴人らに対し,平成17年10月1日から上記2(2)の明渡済みまで,各1か月2万5000円の割合による金員を支払え。

4  原状回復費用支払請求

(1)  被控訴人は,X1に対し,153万3000円を支払え。

(2)  被控訴人は,X2,X3及びX4に対し,各51万1000円を支払え。

5  通行妨害排除請求

(1)  主位的請求

被控訴人は,控訴人らが原判決別紙図面<省略>1記載の赤線部分の土地(本件道路1)を通行することを妨害してはならない。

(2)  予備的請求

被控訴人は,控訴人らが原判決別紙図面<省略>2記載の赤線部分の土地(本件道路2)を通行することを妨害してはならない。

第2事案の概要

1  本件土地1及び本件土地2(本件各土地)は,陸上自衛隊那覇訓練場(本件訓練場)の区域内に所在し,第二次世界大戦後,米国進駐軍により接収され,昭和47年5月15日の沖縄施政権返還後は,被控訴人国が所有者から賃借して米国駐留軍の使用に供したが,昭和57年4月1日以降は,陸上自衛隊第1混成団及び海上自衛隊第5航空群等の訓練場用地の一部として使用されていた。

2  本件は,平成3年から4年にかけて本件各土地の所有権を取得した控訴人らが,被控訴人との間の本件各土地の賃貸借契約は平成4年3月31日に期間満了により終了し,また,控訴人らは通行の自由権又は囲繞地通行権(民法210条1項)として本件訓練場内の本件道路1又は本件道路2の通行権を有すると主張して,被控訴人に対し,

(1)  賃貸借契約の終了に基づく本件各土地の明渡し

(2)  上記(1)の明渡しの遅滞に基づく賃料相当損害金のうち平成5年1月1日以降の部分の支払

(3)  本件各土地の賃貸借契約に基づく原状回復費用の支払

(4)  主位的に通行の自由権に基づく本件道路1の,予備的に囲繞地通行権(民法210条1項)に基づく本件道路2の,各通行妨害排除

を,それぞれ求めた事案である。

3  原審は,本件各土地の賃貸借契約は,平成14年3月31日に20年の期間の満了により終了し,被控訴人は既に本件各土地を控訴人らに明け渡し,未払賃料は供託済みであるとし,また,控訴人らの本件道路1及び2についての通行権の存在を否定して,控訴人らの請求のうち,本件各土地の賃貸借契約13条2項に基づく原状回復費用の請求として,X1については9万4656円を,X2,X3及びX4については各3万1552円の支払を求める限度で認め,その余の控訴人らの請求をいずれも棄却したため,控訴人らが控訴した。

4  本件の前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,控訴人らの当審における主張が下記のとおりであるほかは,原判決「事実及び理由」欄の第2の1及び3並びに第3に記載されたとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決5頁10行目の「643番3の土地」を「646番3の土地」に改める。)。

(控訴人らの当審における主張)

(1) 本件各土地については,昭和47年の沖縄施政権の返還時において,米軍用地に供するため当時の所有者と被控訴人との間で賃貸借契約が締結された後,昭和57年3月に自衛隊の訓練場用地として使用するため本件賃貸借契約が締結されたが,その際,契約当事者に変更はなく,所有者である賃貸人にいったん本件各土地が返還されたこともない。したがって,両者の契約は連続したもので同一性があり,仮に,賃貸借契約の期間が20年であるとしても,その始期は昭和47年4月1日であり,そこから20年後の平成4年3月31日の経過をもって本件賃貸借契約は終了したというべきである。

(2) 本件賃貸借契約は,賃貸人と賃借人との間の自由な個別交渉によって内容が定められる私的自治に基礎を持つものではなく,本件賃貸借契約18条,22条を文言どおり解し,協議が成立しなければ,補償要綱等に準じて定められた補償金を支払えば足りるとするのは不当である。また,同13条は,契約終了の際,被控訴人は本件各土地を現状のまま返還すれば足り,原状回復の請求があったときは,その費用を補償することとし,17条は,「賃貸借料及び補償金の算定は,駐留軍ノ用ニ供スル土地等ノ損失補償要綱及び同評価基準に準じて行なう。」と定めるが,上記の損失補償要綱及び同評価基準は本件賃貸借契約書に明示されておらず,また,本件賃貸借契約締結の際に,Aに対し,上記各条項や損失補償要綱及び同評価基準の内容について具体的説明はされていない。したがって,Aには,実際に要する原状回復費用とかけ離れた低廉な補償額となることなどは予見できないことであったから,上記13条,17条の合意は成立していないというべきであり,成立していたとしても,信義則,公序良俗に反し,無効である。

(3) 本件道路1は,いわゆる里道であり,法定外公共物であって,公用廃止もされていないから,被控訴人国は,その管理責任を負っており,本件道路1と県道との間に設けられた非常用ゲートを排除するなど,その通行の妨害となるものを排除する義務がある。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人らの請求は,本件各土地の賃貸借契約13条2項に基づく原状回復費用の請求として,X1が9万4656円,X2,X3及びX4が各3万1552円の支払いを求める限度で理由があるが,その余はいずれも理由がないと判断する。【判示事項1,2,3】その理由は,以下のとおり付加訂正し,控訴人らの当審における主張につき次項のとおり判断を補足するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第4 争点に対する判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決30頁2行目の「自己のためにする意思も認められないから」を「自己のために本件各土地を支配する意思も認められないから」に改め,21行目から31頁1行目までを以下のとおり改める。

「イ 原告ら(控訴人ら)は,本件各土地は被告(被控訴人)が排他的に使用しており,本件各土地の事実上の支配すなわち占有が控訴人らに移転したということはできないことを理由に,本件各土地の明渡しはされていない旨主張する。しかしながら,被告が平成14年3月31日限り本件各土地を自衛隊の訓練の用に供することを止めたことは前記のとおりであり,他方,上記のとおり土地明渡義務の内容は,当該土地の明渡しを受ける者が支配し得べき状態に置くということにあるから,原告らが本件各土地の使用を実際に開始していないからといって,その明渡しが終わっていないということはできない。また,仮に,原告らが本件各土地の受領を拒絶したために客観的支配を取得していないとしても,原告らが自ら占有の移転を拒否したものであり,上記事情の下において本件各土地の明渡しがされていないと主張することは,信義にも反する。」

(2)  原判決31頁7行目から8行目にかけての「両立し得るものであるから,」の次に「袋地への一定の出入りが可能である以上,」を加える。

(3)  原判決31頁10行目から末行までを以下のとおり改め,同32頁1行目の「エ」を「オ」に改める。

「ウ 原告ら(控訴人ら)は,沖縄施政権返還前における米軍による民有地の使用権原は賃貸借(証拠<省略>)であり,被告(被控訴人)は沖縄施政権返還に伴う特別の措置として制定された公用地暫定使用法により米軍の賃借権を承継したのであるから,米軍が負担していたのと同一内容の原状回復義務を承継したものであり,これは被告と地主との間に賃貸借契約が成立した場合も,また,昭和57年に自衛隊がその使用を承継するようになった後のいずれも同様である旨主張する。

しかし,被告は,沖縄施政権の返還を受けた昭和47年5月15日以降,Aとの間で賃貸借契約を締結した上,本件各土地を含む旧646番の土地を,米国駐留軍に那覇空軍・海軍補助施設用地の一部として使用させ,昭和57年3月31日に米軍から同施設用地の返還を受けると,その一部を同年4月1日から本件訓練場用地として使用するため,同月30日,Aとの間で,改めて旧646番の土地について本件賃貸借契約を締結したことは前記1の(3)のとおりである。そして,本件賃貸借契約書によれば,被告は,本件賃貸借契約終了の際,原告らに対し,本件各土地を現状で返還すれば足り(13条1項),原状回復については金銭補償によることとされている(同条2項)ことからすれば,被告が米軍による本件各土地の使用開始時の原状に復させる義務を負うということはできない。

エ また,原告らは,以下のことから本件各土地の明渡しはされていない旨主張する。

(ア) 米軍又は自衛隊によって,本件道路1が毀損され,また,本件各土地の形状が変更されたことは明らかである。本件賃貸借契約は賃貸人,賃借人間の自由な個別交渉によって内容が定められる私的自治に基礎を持つものはなく,本件賃貸借契約書13条1項の「現状」を文言どおり解するのは,憲法29条1項に違反し,また公序良俗にも反する。したがって,本件賃貸借契約書13条1項の「現状」とは,従来,旧646番の土地が公道に接していた状態(証拠<省略>)を指すと解すべきである。

(イ) 原状回復義務の究極的な根拠は,賃貸借契約により目的物の所有権に課せられていた制限が,契約終了により失われた時には,完全な所有権が回復されるべきであるという所有権の作用によるものと解すべきである。

(ウ) したがって,被告は本件道路1の復元義務(県道に至る直前で被告が設置したフェンスの撤去も含む。)及び本件各土地の形状の原状回復義務を負うべきである。しかるに,被告はかかる義務を果たしておらず,原告らは,本件各土地の返還を受けても,これを使用することは事実上不可能であり,本件各土地を支配しうる状態にはない。

しかし,被告が原告らの主張する原状回復義務を負っていたからといって,それが履行されない限り本件各土地の明渡しが終了しないとは直ちにいえない上,そもそも,米軍又は自衛隊によって,本件道路1が毀損されたことを認めるに足りる証拠はなく,米軍の使用開始時における本件各土地の原状を確知するに足りる証拠もない。

すなわち,現状において本件道路1の位置が確認できないことは前記2で判断のとおりであり,昭和19年12月31日,同20年1月3日,同21年2月22日及び同22年5月12日に上空から撮影した写真(証拠<省略>)によると,旧646番の土地に接する道路が本件道路1であるのか本件道路2であるのかも判然としないこと,また,第二次世界大戦末期には沖縄全土が激烈な攻撃を受け,本件各土地周辺も爆撃されたと思われる痕跡があること(証拠<省略>)にかんがみると,昭和19年ないし同22年当時,既に本件道路1が道路として存在していなかった可能性もある。そして,Aが旧646番の土地を取得し被告に賃貸した昭和47年ころの時点において,同土地と道路との位置関係は既に現在とほぼ同じであったことは前記2で認定のとおりである。

また,証拠<省略>によれば,昭和45年当時,米軍は本件各土地を住宅敷地として使用していたが,自衛隊の使用開始後に住宅は収去され,現在,本件各土地は草木が生えている状態にあることが認められるところ,米軍の使用開始時の本件各土地の形状がいかなるものであったかについて,旧646番の土地の地目は畑であり(証拠<省略>),X1の陳述書(証拠<省略>)には同土地は平坦な畑であったと聞いている旨の記載があるものの,第二次世界大戦末期に沖縄全土が戦場となり,本件各土地周辺も爆撃を受けたと思われる痕跡があることは前記のとおりであるから,米軍の使用開始時において,本件各土地が直ちに耕作可能な平坦な畑であったとまで認めることはできない。

したがって,原告らの主張はその立論の前提を欠くといわざるをえない。」

(4)  原判決34頁20行目の次に行を改め下記のとおり加える。

「 しかも,原告らが提出する見積書(証拠<省略>)は,その具体的内容は明らかでないものの,本件各土地を耕作可能な畑にするための費用を算出しているものと思われるが,本件賃貸借契約13条にいう「原状回復(本件賃貸借契約締結前における米軍による形質変更に係るものを含む。)」に,昭和47年の賃貸借契約以降のもののみならず,終戦直後の米軍の使用開始以降の米軍による形質変更に係るものを含むとしても,米軍の使用開始時における本件各土地の原状が直ちに耕作可能な畑であったことを認めるに足りる証拠がないことは前記のとおりである。」

(5)  原判決36頁3行目から13行目までを,以下のとおり,改める。

「(ア) 前記認定のとおり,X1の兄であるAは,既に米軍が付近一帯の土地の使用を開始した後の昭和46年に旧646番の土地を前所有者から買い受けた上,翌昭和47年に被告(被控訴人)国にこれを賃貸し,原告ら(控訴人ら)は,現在,東京都内に居住している上(前記1(8)),被告(被控訴人)による本件各土地の明渡し後,本件各土地を使用したことはない(弁論の全趣旨)。また,原告らが本件各土地の使用を必要とする具体的事情も必ずしも明らかではない。X1は,耕作をしながら老後を送る予定であり,農作業のために本件各土地上に建物を建築して農具を保管し,居住したい旨述べる(証拠<省略>)が,本件各土地は,市街化調整区域内にあって(前記1(8)),原告らが本件各土地上に建物を建築することは原則としてできず,居住することは困難であることなどにかんがみると,X1が予定している使用形態が具体的に実現可能なものとはいえない。

そして,本件道路3の全長は約1.2kmであり,本件道路2の全長が約250m強であるのに比べて,遠回りとなることは否めないものの(弁論の全趣旨),被告が自動車による本件道路3の通行を認める余地もあること(弁論の全趣旨)をも加味すると,本件各土地から公道に通ずるため本件道路3を通行することが,本件道路2の通行に比べ,原告らに過大な負担を課するとまではいうことができない。」

2  控訴人らの当審における主張に対する判断

(1)  本件賃貸借契約の始期

控訴人らは,本件賃貸借契約の期間が民法604条により20年となるとしても,その始期は,被控訴人が最初にAから本件各土地を賃借した昭和47年とみるべきであると主張する。

しかし,原判決認定のとおり,被控訴人は,昭和47年にAから本件各土地を賃借した上,米軍の使用に供してきたが,昭和57年に米軍からその返還を受けたため,改めてAと本件賃貸借契約を締結し,自衛隊の訓練場として使用を開始したのであって,前者の契約と後者の契約は,当事者は同じであるものの,実際の使用者も使用態様を異なるものである。このことに,民法604条も契約の更新を否定するものではなく,およそ同一当事者間で20年を超える契約の存続を認めないものではないことを考慮すると,昭和57年に新たに本件賃貸借契約が締結された以上,民法604条の関係において,その始期は,同契約が定めた同年4月1日というべきである。

(2)  原状回復に関する契約条項の効力

控訴人らは,本件賃貸借契約の原状回復義務やその費用の補償に関する規定につき合意が成立しておらず,成立しているとしても信義則,公序良俗に違反し無効であると主張する。

しかし,本件賃貸借契約書(証拠<省略>)の成立については控訴人らも争わないところであるから,そこに記載された13条,17条,18条及び22条等の原状回復やその費用の補償に関する規定につき,Aと被控訴人との間で合意が成立したことは明らかである。また,控訴人らが主張する本件各土地の原状回復の内容が明らかでないことは既に説示のとおりであり,控訴人ら主張の事実をもって,本件賃貸借契約の上記条項が信義則や公序良俗に違反するものということはできない。

(3)  本件道路1についての被控訴人の管理責任

控訴人らは,本件道路1は,いわゆる里道であり法定外公共物であるから,その妨害があった場合には,被控訴人(国)がこれを排除すべき義務がある旨主張する。

しかし,本件道路1が過去に公道として存在し,その明示の公用廃止がされていないとしても,それがいつまで客観的に道路として存在していたか明らかではなく,控訴人らの前々所有者であったAが旧646番の土地の所有権を取得した昭和46年当時も,位置明確化法に基づき同人が現地確認した昭和55年当時も,同土地と道路との位置関係が現在とほぼ同じであったことは原判決認定のとおりである。そうすると,仮に過去において本件道路1が公道として存在し,その後道路としての外形を失ったとしても,A及び控訴人らに対する関係で本件道路1についての妨害があったということはできず,被控訴人に妨害排除及び復元義務を認める法的根拠はないというべきである。

第4結論

以上の次第であるから,原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,いずれも棄却することとする。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木健太 裁判官 高野伸 裁判官 大沼和子)

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