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東京高等裁判所 平成20年(ネ)608号 判決 2008年6月26日

控訴人

同訴訟代理人弁護士

後藤仁哉

水谷耕平

同訴訟復代理人弁護士

石坂浩

被控訴人

パナホーム株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

岩出誠

中村博

村林俊行

石居茜

木原康雄

村木高志

大濱正裕

岩野高明

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は,控訴人に対し,1391万4800円及びこれに対する平成18年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

(4)  仮執行宣言

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人に雇用されていた控訴人が,被控訴人の提案した「特別転進支援制度」(以下「本件制度」という。)に応募し,平成18年1月30日に被控訴人を退職したとして,通常退職金及び本件制度に基づく転進支援金並びにこれらに対する退職日の後である平成18年2月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。なお,被控訴人は,本件制度の適用によって被控訴人から通常退職金87万9000円及び転進支援金600万円の合計687万9000円の支払を受けており,本件は,控訴人が本来受領すべきであると主張する金額との差額分の支払を求めるものである。

2  原判決は,①控訴人は,パナホーム京葉株式会社(以下「パナホーム京葉」という。)から千葉パナホーム株式会社(以下「千葉パナホーム」という。)に転籍しているが,これは営業譲渡による包括承継であるから,この時に明示的に退職した事実がない限り控訴人の雇用契約も承継され,雇用契約締結時期は最初にパナホーム京葉の前身である千葉特建ナショナル住宅株式会社(以下「千葉特建ナショナル住宅」という。)に入社した時である昭和62年3月25日となる,②本件において,上記転籍時に控訴人が退職した事実は認められないから,控訴人は,千葉特建ナショナル住宅に入社した時から起算して計算した額の退職金を請求する権利を有する,③もっとも,控訴人が上記転籍の際にパナホーム京葉から支払われた200万6920円,独立行政法人勤労者退職金共済機構中小企業退職金共済事業本部(以下「中退共」という。)から支払われた55万5180円及びa生命保険相互会社(以下「a生命保険」という。)から支払われた176万8800円(合計433万0900円)は退職金として支給されたものであり,控訴人には他に退職金87万9000円が支給されているから,これらの既払金を控除すると,控訴人が請求できる退職金の残額はない,④本件制度に基づく転進支援金請求には従業員が同制度の適用を申請し会社がこれを認めた場合に限るとの要件が付されており,会社は承認するかどうかを独自の判断で決することができ,従業員はその申請に対して会社が承認をしなければ転進支援金を請求する余地はないところ,本件においては,控訴人は「特別転進支援制度適用申請書(兼退職願)」(<証拠省略>に平成11年10月1日が入社年月日であると記入し,同制度の説明書(甲2号証)の内容を認識・承認した上で本件制度適用の申込みをしており,被控訴人もこれを前提として支援金の支給決定をしているから,これと異なる前提の下に控訴人が転進支援金を請求することはできないなどとして,控訴人の請求を棄却した。

そこで,控訴人がこれに不服であるとして控訴した。

3  「争いのない事実」,「争点」及び「当事者の主張」は,以下のとおり付加,訂正,削除するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決2頁11行目から12行目に「原告の従業員としての地位も同社に承継された。」とあるのを「控訴人は,同月以降千葉パナホームにおいて従業員として就労するようになった。」と改める。

(2)  原判決2頁17行目の「上記(1)の営業譲渡に伴う千葉パナホームへの転籍に近い」を削る。

(3)  原判決3頁5行目から6行目までを,「(1) パナホーム京葉と控訴人との間の雇用契約は,パナホーム京葉から千葉パナホームに承継されるか。控訴人,パナホーム京葉及び千葉パナホームは,控訴人の退職金算定の基礎となる勤続年数につき,控訴人の両社における勤続期間を通算して算出する旨の合意をしたか(争点1)。」と改める。

(4)  原判決5頁9行目の末尾に,行を改めて以下のとおり加える。

「ア パナホーム京葉は,平成11年10月1日千葉パナホームに対して営業譲渡をしたものであり,控訴人は,上記営業譲渡の際に,同年9月30日付けでパナホーム京葉を一旦退職し,翌1日付けで千葉パナホームに入社したものであって,パナホーム京葉と控訴人との間の雇用契約(控訴人の従業員としての地位)が千葉パナホームに承継されたことはない。」

(5)  原判決5頁10行目の「ア」を「イ」と,5頁19行目の「イ」を「ウ」と,6頁20行目の「ウ」を「エ」とそれぞれ改める。

第3当裁判所の判断

1  本件における事実経過について

引用に係る原判決の争いのない事実に証拠(<証拠・人証省略>,控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(末尾に認定に供した主要な証拠を掲げる。)。

(1)  控訴人は,昭和62年3月25日千葉特建ナショナルに雇用されて以降従業員として就労し,平成7年5月からはいわゆる従業員兼務取締役として勤務してきた。千葉特建ナショナルは,平成9年4月1日パナホーム京葉に商号変更した。

パナホーム京葉のいわゆる従業員兼務取締役には,控訴人のほか,F,Gらが就任していたが,同社の業績が芳しくなかったことから,取締役としての報酬の支給を受けていなかった。パナホーム京葉の代表取締役社長であったA(以下「A社長」という。)は,控訴人らが,取締役の地位にあるが故に時間外手当の支給を受けられず,業績の低迷により賞与も支給されないことを気の毒に思っていた。

(2)ア  パナホーム京葉の株式は,A社長が発行済株式の50パーセントを保有し,被控訴人の前身であるナショナル住宅産業株式会社(以下「ナショナル住宅産業」という。)が残りの50パーセントを保有していたが,パナホーム京葉は平成9年度及び平成10年度の決算期に赤字決算となるなど経営不振状態にあり,他方,ナショナル住宅産業は事業再編を検討していたため,パナホーム京葉はナショナル住宅産業の子会社であった千葉パナホームと経営統合をする方向で検討が進められた。

イ  その過程で,A社長は,ナショナル住宅産業からパナホーム京葉に出向し同社の代表取締役専務の地位にあったC(以下「C専務」という。)との間で,パナホーム京葉とナショナル住宅産業との間の経営統合に向けた具体策を検討して,概要以下の条項を含む「事業運営に関する覚書」を作成し,パナホーム京葉とナショナル住宅産業との間で同覚書に記名・捺印の上これを取り交わした(<証拠省略>)。同覚書については,A社長,C専務のほか,いわゆる従業員兼務取締役であった控訴人,F取締役及びG取締役がこれを了解して署名・押印した。

「第2条(取締役・監査役)

④ 取締役及び監査役の退職慰労金は,株主総会の決議によるものとする。ただし,次の算式により計算される額を上限とするものとする。

TWIN21の従業員最高基本給モデル×報酬役位係数×退職役位係数×在任年数(各役位ごとの累積)

なお,退任時においてパナホーム京葉の経営状況が債務超過の場合は,退職慰労金は支払わないものとする。

第7条(経営責任)

パナホーム京葉の代表取締役及び取締役は,次のいずれかの事由が発生した場合は,自己の経営責任を明確にし,ナショナル住宅産業と協議の上経営体制の刷新に努めるものとする。

(中略)

4.債務超過となった場合

(後略)」

ウ  A社長は,控訴人らが上記のとおり時間外手当の支給等を受けていないことを気の毒に思っていたことに加え,上記覚書において退職慰労金の支給が受けられず,さらには経営責任の追及を受ける可能性があるとされたことにかんがみ,平成11年5月21日付けでC専務との間で「確認証」と題する書面(以下「本件確認証」という。)を取り交わし,①上記「事業運営に関する覚書」2条の記載にかかわらず,控訴人,F取締役及びG取締役は従業員部分の給与・賞与しか支給されておらず,退職の際に従業員部分の退職金については保証されるものであること,②上記覚書7条の記載にかかわらず,上記3名が取締役としての職責に見合う役員報酬を受領していないこと,仮に同条の適用を受けて引責辞任した場合でも従業員としての地位は保全されるものであることを確認した(<証拠省略>)。

(3)  パナホーム京葉は,当初千葉パナホームとの対等の合併等を目指したが,パナホーム京葉の経営状況が悪いため,同年8月ころには,千葉パナホームに営業譲渡するという方法が選択されることとなった。

A社長は,上記のとおり控訴人らに対して取締役報酬を支払えなかったため,日頃から,会社の業績が上向いたら役員には千葉パナホームの株式を持たせたいと思っていたが,千葉パナホームに営業譲渡されるといった状況の下でその実現も不可能になったため,C専務に対し,控訴人ら取締役への配慮を依頼したが,具体的な方法までは指示しなかった。

(4)  控訴人は,平成11年9月20日前後ころ,パナホーム京葉の支給基準と千葉パナホームの支給基準のそれぞれにより算定した退職金額の比較表を示されて説明を受けた。同書面には,「本日,本退職金の現行と新規の比較説明を受け,転籍に当たっては新基準ベースになることを承諾します。」と手書きで記載されており,控訴人は同文書に署名・押印した(<証拠省略>)。

他方,控訴人は,同日付けで「転籍に関する承諾書」(以下「本件承諾書」という。)にも署名・押印したが,同書面には,①同月末日をもってパナホーム京葉を退職し,翌10月1日千葉パナホームに入社することを承諾すること,②退職金については千葉パナホームの支給基準によること(個人別には9月末日の両社の試算比較の上,その相違を承諾し意志決定したこと),③勤続期間はパナホーム京葉における勤続年数を千葉パナホームにおいて通算することが記載されていた(<証拠省略>)。

(5)  パナホーム京葉は,平成11年9月20日,A社長,C専務,控訴人,F取締役,G取締役等が出席して取締役会を開催し,平成11年10月1日付けでパナホーム京葉を千葉パナホームに営業譲渡することにつき全会一致で可決承認した。

(6)  パナホーム京葉は,従業員らの退職金を支払うため,中退共に加入するとともにa生命保険との間で企業年金保険契約を締結していたが,営業譲渡に当たり,千葉パナホームは中退共に加入していないため同制度から脱退することとし,脱退に伴って払戻を受けた積立金はパナホーム京葉の全従業員に支払うこととした。控訴人は,中退共から退職手当の支給を受けるために必要な「11年分退職所得の受給に関する申告書,退職所得申告書」に署名・押印するとともに,a生命保険から保険給付金請求に必要な「(新)企業年金 保険給付金請求書」(退職年月日を平成11年9月30日とするもの)に署名・押印した(<証拠省略>)。

控訴人は,こうした手続により,中退共からの支給金を原資とする55万5180円,a生命保険からの176万8800円及びパナホーム京葉からの200万6920円,合計433万0900円の支払を受けたが,同金額は,パナホーム京葉の退職金支給基準により計算した退職金額と同額であった。なお,パナホーム京葉の従業員兼務取締役は,千葉パナホームに移籍しても役員に就任できる見込みは薄かった上,残りの勤務年数もそう多くないと予想されたこと,退職金算定の基礎額となる給与額の見込み,パナホーム京葉の退職金支給基準の方が千葉パナホームの同基準より高かったことなどから,転籍に当たり退職金を一旦精算して受領する方が有利と考えることもでき,中でも取締役の一人Gはパナホーム京葉の勤続期間が長かったことなどから勤続年数を通算することなく転籍に当たり退職金を受領している。また,後記(7)の転籍社員リストの中には従業員兼務取締役であった控訴人,F取締役及び上記のG取締役は記載されていない。そして,パナホーム京葉から千葉パナホームへの営業譲渡に伴い,退職金相当額が支払われたのは,控訴人,F取締役,G取締役を含む19名の従業員であった。

(7)  パナホーム京葉と千葉パナホームとは,平成11年10月1日付けで「転籍及び費用負担に関する覚書」を取り交わし,パナホーム京葉の営業が千葉パナホームに譲渡された(乙15)。同覚書は,①パナホーム京葉と千葉パナホームとは,パナホーム京葉の従業員が平成11年10月1日付けで転籍することに合意すること,②パナホーム京葉と上記従業員とは,平成11年9月末日付けで両者間の雇用契約を合意解除すること,③千葉パナホームと上記従業員とは同年10月1日付けで雇用契約を締結すること,④退職金については,転籍に際してパナホーム京葉から上記従業員に対して支給されることはなく,上記従業員が千葉パナホームを退職するときに,上記従業員のパナホーム京葉における勤続年数を通算して,千葉パナホームの退職給与規程により,千葉パナホームより支給されるものとすることなどを内容とするものであった。

上記覚書に添付された「転籍社員リスト」中には,前示のとおり,控訴人は含まれていなかった。

(8)  控訴人は,平成11年10月1日以降千葉パナホームにおいて従業員として就労した。控訴人は,翌平成12年9月1日,千葉パナホームから「退職金ポイント換算明細書」と題する書面を提示され,同月30日現在における退職金試算につき,「入社年月日平成11年10月1日,勤続年数1年0月」を前提として総ポイント数23ポイント(勤続ポイント0,職能ポイント23)である旨の説明を受け,これを了承して署名・押印した(<証拠省略>)。

(9)  その後,被控訴人においては本件制度による退職者を募集することとなり,平成17年11月ころから控訴人を含む従業員に対し同制度の概要が説明された。

控訴人は,同年12月13日,被控訴人首都圏特建支社のE支社長及びD人事担当課長から,「特別転進支援制度 試算」と題する書面を提示されて本件制度の説明を受けた。その際,同書面には控訴人の入社年月日が平成11年10月1日と記載されていたため,控訴人は,本件制度の適用に当たりパナホーム京葉と千葉パナホームの勤続期間が通算されるべきではないかなどと異議を申し立てたが,E支社長らから,自分たちには本件制度を適用するに当たっての支給内容を変更する権限がないので,これに不服があるとすれば法的手続をとった方がよいなどと説明を受けた(<証拠省略>)。

控訴人は,その後,平成17年12月16日付けで被控訴人に対し,「特別転進支援制度適用申請書(兼退職願)」と題する書面(控訴人が署名・押印をしたもの)を提出し,本件制度に応募する旨の意思表示をした。同書面には,控訴人の入社年月日が平成11年10月1日である旨記載されている(<証拠省略>)。

(10)  被控訴人は,控訴人の上記応募を受けてこれを検討し,平成18年1月14日控訴人の退職を許可することを承認した。控訴人は,本件制度の適用により平成18年1月30日付けで被控訴人を退職し,あらかじめ上記「特別転進制度 試算」と題する書面において説明したところに従い,通常退職金87万9000円,転進支援金600万円,合計687万9000円を支払った。

(11)  被控訴人の作成に係るグループ社員台帳(作成日平成13年9月12日)には控訴人の入社日が「昭和62年3月25日」と記載されており,また,船橋公共職業安定所長が被控訴人の申告に基づいて作成された離職票にも控訴人が雇用保険の被保険者となった日が「昭和62年3月25日」と記載されている(<証拠省略>)。

2  争点1について

(1)  パナホーム京葉と控訴人との間の雇用契約は,パナホーム京葉から千葉パナホームに承継されたか否かについて

ア 上記認定事実によれば,パナホーム京葉と千葉パナホームとは,平成11年10月1日付けで「転籍及び費用負担に関する覚書」を取り交わして営業譲渡契約を締結し,同日付けでパナホーム京葉の営業を千葉パナホームに譲渡すること,それに伴いパナホーム京葉と同社従業員とは平成11年9月末日付けで両者間の雇用契約を合意解除すること,千葉パナホームと上記従業員とは同年10月1日付けで雇用契約を締結すること,こうした雇用契約の合意解除と新規の締結(パナホーム京葉とその従業員及び千葉パナホームはこれを「転籍」と呼んでいる。)に伴い,パナホーム京葉は上記従業員に対して退職金を支給せず,上記従業員らが転籍先である千葉パナホームを退職するときに,千葉パナホームがその退職給与規程に従い上記従業員のパナホーム京葉における勤続年数をも通算して退職金を支給することが合意されたことが認められる。そして,一般に営業譲渡契約は,一定の営業目的のために組織化され,有機的一体として機能する財産の全部又は一部の譲渡をいうが(最高裁判所大法廷昭和40年9月22日判決・民集19巻6号1600頁),譲渡の目的となる各個の権利義務については個別に権利の移転又は引受の手続をとる必要があるというべきであるから,当該営業に従事する労働者と使用者である会社との間の雇用契約も,営業譲渡に伴って当然に承継されるものではなく,営業譲渡契約の譲渡人と譲受人が合意し,かかる労働者が同意して初めて承継されるものと解される(民法625条1項)。そして,労働者の同意は黙示の承諾でも足りるものと解される。

イ しかしながら,本件においては,上記営業譲渡に際して,パナホームの従業員の転籍に際しては,平成11年9月末日でパナホーム京葉との雇用契約を合意解除し,同年10月1日付けで千葉パナホームと雇用契約を締結するものとされ,控訴人もまた上記内容に同意する旨の本件承諾書を提出していることは前記認定のとおりであるから,上記営業譲渡により,パナホーム京葉と控訴人との間の雇用契約が千葉パナホームに包括承継されたということはできない。

(2)  そこで,以下,控訴人,パナホーム京葉及び千葉パナホームの間で,控訴人の退職金算定の基礎となる勤続年数につき,控訴人の両社における勤続期間を通算して算出する旨の合意をしたかについて検討する。

ア(ア) 前記認定事実によれば,たしかに,本件承諾書中には,パナホーム京葉における勤続年数を千葉パナホームにおいて通算するとの記載があること,被控訴人からの説明に用いられた同日付け退職金額の比較表には,「本日,本退職金の現行と新規の比較説明を受け,転籍に当たっては新基準ベースになることを承諾します。」と手書きで記載され,控訴人が署名・押印していること,被控訴人の作成に係る平成13年9月12日付けグループ社員台帳には控訴人の入社日が「昭和62年3月25日」と記載されていること,船橋公共職業安定所長が被控訴人の申告に基づいて作成した離職票にも控訴人が雇用保険の被保険者となった日が「昭和62年3月25日」と記載されていることが認められ,被控訴人も少なくとも平成11年9月20日ころまでは控訴人の退職金算定の基礎となる勤続年数を通算する方向で調整を図っていたことが認められる。

(イ) しかしながら,他方,前記認定事実によれば,控訴人は平成11年10月ころ,パナホーム京葉の退職金支給基準により計算した退職金額と同額の金員を受領していることに加え,パナホーム京葉と千葉パナホームとの間の「転籍及び費用負担に関する覚書」中には,転籍に際して従業員らに退職金は支給されず,従業員らが千葉パナホームを退職するときに,従業員らのパナホーム京葉における勤続年数と千葉パナホームにおけるそれとを通算して,千葉パナホームの退職給与規程により,千葉パナホームから支給される。」との定めがあるところ,これに添付された「転籍社員リスト」に控訴人は含まれていなかったこと,控訴人に対して交付された「特別転進支援制度試算」には入社日が「1999年10月1日」と記載されており,控訴人はこれを提示された際に異議を唱えたものの,最終的には本件制度に応募していること,その際控訴人は,平成17年12月16日付けで「特別転進支援制度適用申請書(兼退職願)」と題する書面を提出しているが,同申請書中の入社年月日を「1999年10月1日」と記載していること,また,上記の退職金額と同額の金員を受領した際には,控訴人は,a生命に対してパナホーム京葉の退職金を請求して同社から176万8800円を受領するなど,控訴人自身,退職金算定の基礎となる勤続年数につき両社における勤続期間を通算して算出する旨の合意があったとする主張とは背馳する行動をしていることが認められるところである。なお,上記のグループ社員台帳に控訴人の入社日が「昭和62年3月25日」と記載され,公共職業安定所長が作成した離職票に控訴人が雇用保険の被保険者となった日が「昭和62年3月25日」と記載されていることについても,控訴人が被控訴人グループに加わった年月日をもって管理・申告していたとの被控訴人の主張は首肯できないわけではなく,上記事実は勤続期間通算合意に直接的に結びつくものではない。

(ウ) 以上を総合すると,控訴人は一旦は他の従業員と同様,転籍に際して退職金の支給を受けず,千葉パナホームを退職するときにパナホーム京葉における勤続年数と千葉パナホームにおけるそれとを通算して,千葉パナホームの退職給与規程により千葉パナホームから退職金の支給を受けるとの方式を選択したものの,その後翻意して,パナホーム京葉の退職金基準に従い高額の退職金を受領する方式を選択し直したものと認めるのが相当である。

イ(ア) これに対し,控訴人は,控訴人が平成11年10月ころ,パナホーム京葉の退職金支給基準により計算した退職金額と同額の金員を受領していることについて,受領金員は退職金ではなく,控訴人がパナホーム京葉の取締役を務めていた間の取締役報酬が未払であったことに対する補償金である旨主張する。そして,A社長作成の平成18年10月1日付け「証」と題する書面(甲10号証)には,パナホーム京葉が千葉パナホームに営業譲渡した際,パナホーム京葉の取締役及び取締役経験者に支給した金員は取締役在任中に役員報酬を一切支給していなかったことによる功労金である旨の記載があることが認められ,A社長及びC専務が署名・押印した本件確認証中に「控訴人を含む3人が取締役としての職責に見合う役員報酬を受けていないこと」との記載があることは前記認定事実記載のとおりである。

(イ) しかしながら,本件確認証自体は功労金の支払を約する書面でないばかりか,A社長は原審において,控訴人に対する取締役の報酬支払につきC専務との間で何らかの補償をすべきであるとの話をしたにとどまる旨を証言するところである。また,控訴人が支給を受けた上記433万0900円が上記主張のとおり未払であった取締役報酬であるとすると,これをパナホーム京葉の退職金支給基準により計算した退職金額と同額にする必要は乏しいはずである上,そもそも,控訴人が受給してきた給与額には取締役報酬が含まれていなかったのか否か,支払われるべき取締役報酬がどのように定められ,またその数額がいか程であったのかなどについての的確な立証はなく,また,パナホーム京葉の経理状態が不良であったことは明らかであり,上記金員の支給をするに当たり,被控訴人において取締役に功労金あるいは補償金を支給する旨の株主総会決議もされていない(弁論の全趣旨)。そうすると,控訴人が支給を受けた上記433万0900円は,むしろパナホーム京葉を退職するに際し,同社の退職金支給基準に従って支給された退職金であると解する方が素直であって,同金員をもって支払を受けていなかった役員報酬を補填する功労金あるいは補償金であると解するのは困難である(控訴人は,A社長は,控訴人を含む従業員兼務取締役に対する上記支給金を,他の従業員との公平の観点から許容される範囲すなわち現行基準であるパナホーム京葉の退職金相当額としこの金額と同額でもって補償金としたものであり,控訴人が受領した金員とパナホーム京葉の退職金支給基準により計算した退職金額が同額であるのは当然であるなどと主張するが,従業員兼務取締役であった控訴人の補償金額を決するに当たり,取締役を兼務していなかった従業員との公平性を勘案すべき必要性があったとは解されない。)。

(ウ) そうすると,上記(ア)の事情は,控訴人パナホーム京葉及び千葉パナホーム間において,控訴人の退職金算定の基礎となる勤続年数につき,控訴人の両社における勤続期間を通算して算出する旨の合意をしたことを推認させるものではなく,上記ア(ウ)の認定を左右するものではない。

ウ そして,その他には,控訴人,パナホーム京葉及び千葉パナホーム間において控訴人の勤続期間を通算して算出する旨の合意の成立を認めるに足りる証拠はない。

したがって,その余の点につき判断するまでもなく,争点1に係る控訴人の主張は理由がない。

3  争点2について

争点2についての判断は,原判決中の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。

4  結論

以上より控訴人の本訴請求は理由がないのでこれを棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宗宮英俊 裁判官 黒津英明 裁判官 大竹昭彦)

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