東京高等裁判所 平成20年(ネ)6194号 判決 2009年6月25日
控訴人兼附帯被控訴人
株式会社マイカル(以下「一審原告」という。)
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
安部祐志
向畑留美子
破産者株式会社a破産管財人
被控訴人兼附帯控訴人
Y(以下「一審被告」という。)
同訴訟代理人弁護士
片山律
島田敬介
主文
1 本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は一審原告の、附帯控訴費用は一審被告の各負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 一審被告は、一審原告に対し、1702万2473円及び内金273万0101円に対する平成19年6月1日から、内金651万2922円に対する平成19年9月27日から、内金777万9450円に対する平成19年12月6日から各支払済みまで年18パーセントの割合による金員を支払え。
(3) 控訴費用は、第1、2審とも一審被告の負担とする。
2 附帯控訴の趣旨
(1) 原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 一審原告の請求を棄却する。
(3) 控訴費用は、第1、2審とも一審原告の負担とする。
第2事案の概要
1 本件事案の概要は、原判決の「事実及び理由」第2の冒頭に記載のとおりであるから、これを引用する。
原審は、一審原告の請求の一部を認容したので、一審原告がこれを不服として控訴し、これに対して一審被告が附帯控訴した。
2 前提事実、争点及びこれに関する当事者の主張は、次のとおり訂正付加するほか、原判決の「事実及び理由」第2の1、2に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決の訂正
原判決13頁25行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。
「(5) 一審原告の請求
よって、一審原告は、一審被告に対し、以下のとおり請求する。
(ビブレb店分)
ア 違約金残金
平均賃料等の6か月分436万5600円(原判決別紙(1)別表(B)、これは敷金相当額400万円より多い。)から、敷金残金233万8716円(敷金400万円から未払賃料166万1284円を控除した残金)を控除した残金202万6884円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年6月1日から支払済みまで年18パーセントの割合による約定遅延損害金
4,365,600>4,000,000
4,000,000-1,661,284=2,338,716
4,365,600-2,338,716=2,026,884
イ 賃料相当損害金
本件店舗(ビブレb店)の1日当たり賃料相当損害金は過去の平均賃料日額1万4266円の倍額の2万8532円であり、これとa社及び被控訴人の不法占有期間151日間(平成19年4月16日~同年9月13日)から算定される賃料相当損害金総額430万8322円及びこれに対する平成19年9月25日付け訴え変更申立書送達の日の翌日である同月27日から支払済みまで年18パーセントの割合による約定遅延損害金
14,266×2=28,532 28,532×151=4,308,332
ウ 原状回復費用
原状回復費用187万1205円及びこれに対する平成19年12月5日付け訴え変更(減縮)申立書送達の日の翌日である同月6日から支払済みまで年18パーセントの割合による約定遅延損害金
(サティc店分)
ア 違約金残金
敷金相当額250万円(これは平均賃料等の6か月分196万2672円(原判決別紙(2)別表(D))より多い。)から、敷金残金179万6783円(敷金250万円から未払賃料70万3217円を控除した残金)を控除した残金70万3217円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成19年6月1日から支払済みまで年18パーセントの割合による約定遅延損害金
1,962,672<2,500,000
2,500,000-703,217=1,796,783
2,500,000-1,796,783=703,217
イ 賃料相当損害金
本件店舗(サティc店)の1日当たり賃料相当損害金は過去の平均賃料日額7300円の倍額の1万4600円であり、これとa社及び被控訴人の不法占有期間151日間(平成19年4月16日~同年9月13日)から算定される賃料相当損害金総額220万4600円及びこれに対する平成19年9月25日付け訴え変更申立書送達の日の翌日である同月27日から支払済みまで年18パーセントの割合による約定遅延損害金
7,300×2=14,600 14,600×151=2,204,600
ウ 原状回復費用
原状回復費用590万8245円及びこれに対する平成19年12月5日付け訴え変更(減縮)申立書送達の日の翌日である同月6日から支払済みまで年18パーセントの割合による約定遅延損害金
(合計)
ア 違約金残金
273万0101円及びこれに対する平成19年6月1日から支払済みまで年18パーセントの割合による約定遅延損害金
2,026,884+703,217=2,730,101
イ 賃料相当損害金
651万2922円及びこれに対する平成19年9月27日から支払済みまで年18パーセントの割合による約定遅延損害金
4,308,322+2,204,600=6,512,922
ウ 原状回復費用
777万9450円及びこれに対する平成19年12月6日から支払済みまで年18パーセントの割合による約定遅延損害金
1,871,205+5,908,245=7,779,450
エ 元本合計
以上の合計1702万2473円
2,730,101+6,512,922+7,779,450=17,022,473」
(2) 当審における当事者の主張
(一審原告)
ア 原判決は、本件中途解約申入書(甲3、4)の「本契約第24条に基づき」との文言を捉えて、これをもって直ちに留保解約権に基づく解約申入れをしたことの根拠とはならないとするが、本件中途解約申入れが法定解除か約定解除のいずれかという観点から考えれば、本件中途解約申入書が約定解除に基づくものであることは明らかである。
一審原告としては、あくまで6か月後の契約終了を主張することもできたものの、民事再生手続中で営業力が弱っているa社との間で6か月間契約を存続させることにメリットはなく、速やかに後継業者を導入するために、6か月前予告の利益を放棄し、即時の解除を認めたものである。よって、6か月前予告の点を捉えて、a社が本件中途解約条項の適用を期待していなかったとの原判決の判断は不合理である。
イ 明渡義務の履行遅滞に基づいて発生する損害賠償請求権は、契約解除により賃貸借契約が終了し、賃借人に明渡義務が発生したにもかかわらず、賃借人がその明渡しを遅滞することに基づいて発生する債権であり、破産法54条1項による契約解除から生ずる債権ではない。原判決は、明渡義務の履行遅滞によって発生した損害賠償請求権と、契約解除に伴って発生する損害とを混同している。この明渡義務の履行遅滞によって発生した損害賠償請求権は、民事再生法119条5号の共益債権、破産法148条1項4号の財団債権となると解すべきである。なお、この賃料相当損害金支払義務の不履行に基づく遅延損害金の利率は年18パーセントである。
ウ 確認書(甲10)第2条(2)には「本件各契約30条(3)本文の規定に基づき」と明記されており、原状回復工事の立替費用支払請求権は、本件各賃貸借契約に基づく債権であることは明らかであるから、その遅延損害金の利率は年18パーセントである。
(一審被告)
ア 賃貸借契約終了に基づく原状回復義務は、賃貸借契約の目的物の原状が変更された時点で観念的に発生しており、その履行期について賃貸借契約終了による目的物返還時という不確定期限が定められているに過ぎない。そうすると、民事再生手続開始決定前あるいは破産手続開始決定前に原状変更があった場合の原状回復請求権は、民事再生手続開始前あるいは破産手続開始前の原因に基づくものであって、共益債権あるいは財団債権となる余地はなく、再生債権あるいは破産債権となる。
一般に原状回復には高額な費用がかかるのであり、原状回復費用を財団債権とすると、一般の破産債権との均衡が崩れるばかりか、一定の類型の財団に共益的な費用等について特に保護しようとした財団債権制度の趣旨に反し、法の容認しない結果を招来することになる。
イ 原判決は、一審原告の請求する賃料相当損害金の支払請求権を正当にも破産債権としながら、判決釈明により不当利得返還請求権を財団債権として認容した。しかし、破産法54条1項が双務契約解除の場合の相手方の損倍賠償請求権を破産債権としたにもかかわらず、それと請求権競合の関係に立つ不当利得返還請求権を財団債権としたのでは、破産法54条1項の趣旨を没却することは明らかである。
一審被告は本件建物を使用していなかったし、占有状況を見ても本件建物は一審原告の占有管理するところであり、一審被告が自由に出入りできる状況にはなかったものであるから、一審被告にも、破産財団にも利得は生じていない。また、原判決が売上歩合賃料相当額についてまで利得としているのは論理の破綻を来していると言わざるを得ないのであって、破産財団は本件建物で売上げを観念できる活動を行っていない。
ウ 民事再生手続開始決定前の賃貸借契約約定の効力が再生債務者ひいては破産管財人に及ばないことは明らかである。よって、仮に、遅延損害金請求権のうち財団債権となるものがあるとしても、その利率は年5パーセントの民事法定利率を超えることはない。
エ 本件訴訟は給付訴訟の形式を採っているが、破産法42条1項は財団債権に基づく強制執行を禁じているのであって、一審原告には給付判決を取得する法律上の利益はない。また、財団債権に基づく請求の場合、①そもそもその強制執行の実施が法律上制限されていること、②不執行の合意の場合には、判決確定後の事情として、当該不執行の合意を解除して執行障害事由の消滅を理由に執行文付与の訴えの提起の可能性を論ずる余地があるが、財団債権の場合には法律上の執行禁止であり、その解除はあり得ないことにかんがみれば、そもそも給付判決を取得する法律上の利益はないというべきである。限定承認の場合と異なり、破産財産に関してはその全部について強制執行が禁止されているのであり、給付を命ずべき対象財産は存在しないし、破産管財人との関係で財団債権の存在が確認されれば、破産管財人は法律に従ってその支払をすることが予定されているのであるから、一審原告に債務名義を取得する利益は全くないのである。
第3当裁判所の判断
1 中途解約違約金について
当裁判所も、一審原告の中途解約違約金請求は理由がないものと判断する。その理由は、原判決の「事実及び理由」第3の1、2に記載のとおりであるからこれを引用する。ただし、原判決14頁19行目の「関する」を「に関する」と改める。
2 賃料相当損害金について
一審原告は、本件各店舗につき明渡期限の翌日から明渡日までの間の日額賃料の倍額相当の賃料相当損害金が民事再生法上の共益債権ないし破産法上の財団債権に該当するとして、その支払を請求する。
そこで検討するに、前記認定のとおり、a社は、再生手続開始決定後本件各店舗についての本件各賃貸借契約が解約され、当事者が合意した明渡期限である平成19年4月15日が経過した後も本件各店舗の占有を継続し、同年9月13日に至ってこれを明け渡したというのである。このように、再生手続開始決定がされた後、再生債務者が不動産の明渡期限経過後も当該不動産の占有を継続した場合には、それにより生じた損害金債権は、再生債務者財産に関し再生債務者等が再生手続開始後にした行為によって生じた請求権として共益債権となり、それが破産手続に移行した後は、破産財団に関し破産管財人がした行為によって生じた請求権として財団債権となるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和43年6月13日第一小法廷判決・民集22巻6号1149頁)。
そしてこの場合に共益債権ないし財団債権となるのは、再生債務者等ないし破産管財人の行為と相当因果関係のある損害、すなわち、当該不動産についての共益費等を含む賃料相当額であると解すべきである。これを本件について見るに、本件店舗(ビブレb店)における直近の固定賃料、売上歩合賃料、共益費及び駐車場分担金の合計額は原判決別紙(1)記載のとおり72万7600円であるから、その日額賃料額(1か月30日として算定)は2万4253円、不法占有期間(平成19年4月16日から同年9月13日までの151日間)に相当する賃料相当額は366万2203円となり、本件店舗(サティc店)における直近の固定賃料、売上歩合賃料、共益費及び駐車場分担金の合計額は原判決別紙(2)記載のとおり32万4270円であるから、その日額賃料額(1か月30日として算定)は1万0809円、不法占有期間(平成19年4月16日から同年9月13日までの151日間)に相当する賃料相当額は163万2159円となるから、その合計額は529万4362円となる。
727,600÷30=24,253 24,253×151=3,662,203
324,270÷30=10,809 10,809×151=1,632,159
3,662,203+1,632,159=5,294,362
また、上記賃料相当損害金についての遅延損害金が発生する場合において、再生債務者等が再生手続開始後にした行為によって生じた請求権として共益債権となり、あるいは破産財団に関し破産管財人がした行為によって生じた請求権として財団債権となるのは、民事法定利率による遅延損害金であると解するのが相当であるから、一審原告の請求は、上記529万4362円及びこれに対する平成19年9月25日付け訴え変更申立書の送達の日の翌日である同月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があることになる。
3 原状回復費用について
当裁判所も、一審原告の原状回復費用の請求は、原判決が認容した限度で理由があるものと判断する。その理由は、原判決の「事実及び理由」第3の4に記載のとおりであるからこれを引用する。
4 給付請求の利益について
当裁判所も、一審原告は、一審被告に対し、給付請求をする利益を有するものと判断する。その理由は、原判決の「事実及び理由」第3の5に記載のとおりであるからこれを引用する。
5 当審における当事者の主張について
(1) 一審原告は、本件中途解約申入れが法定解除か約定解除のいずれかという観点から考えれば本件中途解約申入書が約定解除に基づくものであることは明らかである旨主張する。
しかし、弁論の全趣旨によれば、本件中途解約申入れはa社からの一方的な解約の申入れであること、それが予告期間を定めたものではなく即時解約の意思表示であることが認められる。しかるところ、本件各賃貸借契約において、契約当事者が契約期間満了前に解約しようとするときは6か月前までに相手方に対し文書をもって解約の予告をしなければならず、その場合6か月の期間が経過したときに契約が終了するとされていることは既に認定したとおりであるから、a社が行った上記解約申入れが本件各賃貸借契約の上記解約条項に基づくものであるということはできない。したがって、a社の上記解約申入れは民事再生法49条1項の規定に基づくものと解するほかないから、一審原告の上記主張は採用することができない。
(2) また、一審原告は、原状回復工事の立替費用支払請求権は、本件各賃貸借契約に基づく債権であるから、その遅延損害金の利率は年18パーセントである旨主張するが、原判決の説示するとおり、一審原告の請求する原状回復請求権が財団債権となるのは、一審被告が本件各店舗を明け渡す際、一審原告との間で、一審原告において賃借人の費用で原状回復を行うことに異議を述べない旨合意し、原状回復工事費用の立替えを委託したことによるものであり、その利率について特段の合意がされたとの事情は認められないから、その遅延損害金の利率は法定利率によるものと解するのが相当である。
(3) 一審被告は、賃貸借契約終了に基づく原状回復義務は賃貸借契約の目的物の原状が変更された時点で観念的に発生しているから、民事再生手続開始決定前あるいは破産手続開始決定前に原状変更があった場合の原状回復請求権は再生債権あるいは破産債権となる旨主張する。
しかし、賃貸借契約の目的物の原状回復義務は、賃貸借契約が終了した時点において具体的な請求権として確定的に発生するのであり、これについて一審被告が一審原告にその工事費用の立替えを委託する旨の合意が成立したと解されることは既に説示したとおりであるから、これは破産法148条1項4号の規定に基づいて財団債権となるというべきであり、一審被告の上記主張は採用することができない。
(4) 一審被告は、本件建物を使用していなかったし、破産財団は本件建物で売上げを観念できる活動を行っていない旨主張するが、a社ないし一審被告が、平成19年4月15日の明渡期限が経過した後も本件各店舗を明け渡さず、その後一審原告からの明渡訴訟の提起、明渡断行の仮処分の申立てを経て、同年9月13日になってこれを明け渡したことは原判決の認定するとおりであって、一審被告の上記主張は採用の限りでない。
(5) 一審被告は、一審原告には給付判決を取得する法律上の利益はない旨主張するが、財団債権者は破産手続によならいで破産財団から随時弁済を受けることができる(破産法2条7項)のであり、たとえこれに基づいて破産手続開始決定後は破産財団に属する財産に対する強制執行をすることができないとしても、財団債権を有する一審原告には給付判決を取得する法律上の利益があるものというべきである。
6 よって、原判決は結論において相当であり、本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園尾隆司 裁判官 藤山雅行 藤下健)