大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成20年(ラ)844号 決定 2008年6月12日

抗告人(債権者)

株式会社原弘産

同代表者代表取締役

同代理人弁護士

大塚和成

熊谷真喜

西岡祐介

相手方(債務者)

日本ハウズイング株式会社

同代表者代表取締役

同代理人弁護士

梅野晴一郎

水谷和雄

岡野辰也

濱口耕輔

加藤奈緒

森本昌志

主文

1  原決定を取り消す。

2  相手方は、抗告人に対し、相手方の本店において、その営業時間内のいつにても、平成20年3月31日現在の相手方の株主名簿及び実質株主名簿を閲覧及び謄写させよ。

3  手続費用は、原審及び当審を通じて相手方の負担とする。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

1  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状(写し)、平成20年5月21日付け抗告理由書(写し)、同月26日付け準備書面(1)(写し)、同月30日付け準備書面(2)(写し)、同年6月2日付け準備書面(3)(写し)、同年6月4日付け準備書面(4)(写し)、同月11日付け準備書面(5)(写し)及び同日付け準備書面(6)(写し)に記載のとおりである。

2  本件抗告の趣旨及び理由に対する相手方の答弁及び主張は、別紙平成20年5月28日付け答弁書(写し)及び同年6月11日付け準備書面(1)(写し)に記載のとおりである。

第2事案の概要

1  本件は、相手方の株主である抗告人が、株式会社である相手方に対し、相手方の株主総会において抗告人の行う株主提案についての委任状勧誘を行うため、相手方の平成20年3月末日現在の株主名簿及び実質株主名簿(以下、併せて「本件株主名簿」という。)に記載又は記録されている株主の氏名又は名称及び住所等を把握することを目的として、本件株主名簿を閲覧及び謄写させることを命じる仮処分命令の申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案である。

原審は、本件申立てを却下する旨の決定をした。これを不服とする抗告人が本件抗告の申立てをした。

2  疎明資料により一応認めることができる前提事実並びに争点及び争点についての当事者の主張の要旨は、原決定「理由」欄中の「第2 事案の概要」の1から3まで(原決定2頁10行目から5頁6行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原決定3頁20行目から21行目にかけての「株主意思確認総会おける株主投票」を「株主意思確認総会における株主投票」に、4頁2行目の「事業提携・経営統合」を「事業提携・事業統合」に、5行目の「1株当たりの株価を1000円として」を「1株当たりの買付け等価格を1000円として」に改める。)。

第3当裁判所の判断

1  会社法は、株式会社が、株主名簿を作成し、これに所定の事項を記載し、又は記録しなければならないこととし(同法121条)、株式会社は、株主名簿をその本店(株主名簿管理人がある場合にあっては、その営業所)に備え置かなければならないこととし(同法125条1項)、株主及び債権者は、株式会社の営業時間内は、いつでも、株主名簿が書面をもって作成されている場合における当該書面の閲覧又は謄写の請求又は株主名簿が電磁的記録をもって作成されている場合における当該電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したものの閲覧又は謄写の請求をすることができることとしている(同条2項)。このように、同法は、一般的かつ広範に株主名簿閲覧謄写請求権を付与しているところ、これを株主についていえば、同法が上記のとおり株主に対して株主名簿閲覧謄写請求権を付与している趣旨は、これにより株主の権利の確保又は行使を保障すると共に、株主による株主名簿閲覧謄写請求権の行使を通じて株式会社の機関を監視し株式会社の利益を保護することを目的とするにあると解するのが相当である。そして、株主総会は、会社法に規定する事項及び株式会社の組織、運営、管理その他株式会社に関する一切の事項について決議をすることができるのであり(同法295条)、取締役設置会社においても、同法に規定する事項及び定款で定めた事項については決議をすることができるところ(同条2項)、株主が株主総会の招集の請求をし(同法297条)、株主が取締役に対し一定の事項を株主総会の目的とすることを請求し(同法303条)、株主が株主総会において株主総会の目的である事項につき議案を提出する(同法304条)ことは、いずれも株主としての権利の行使にほかならないから、株主がこれらの株主の権利行使に関し、自己に賛同する同志を募る目的で株主名簿の閲覧謄写の請求をすることは、株主がその権利の確保又は行使に関する調査の目的で請求を行うものと評価すべきものである(同法125条3項1号参照)。

同法は、上記のとおり株主が株主名簿の閲覧謄写の請求をすることができることを原則としつつ、他方、株式会社は、株主から125条2項の請求があったときは、次のいずれかに該当する場合を除き、これを拒むことができないと規定し、同項各号のいずれかに該当する場合をその例外として定めている(同法125条3項)。すなわち、当該請求を行う株主(請求者)がその権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で請求を行ったとき(同項1号)、請求者が当該株式会社の業務の遂行を妨げ、又は株主の共同の利益を害する目的で請求を行ったとき(同項2号)、請求者が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであるとき(同項3号)、請求者が株主名簿の閲覧又は謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報するため請求を行ったとき(同項4号)、請求者が、過去2年以内において、株主名簿の閲覧又は謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報したことがあるものであるとき(同項5号)、以上が同項各号の規定する事由である。ところで、商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)263条3項は、株主及び会社の債権者は、営業時間内は、いつでも、株主名簿の書面若しくは株主名簿の複本の閲覧又は謄写の請求又は株主名簿が電磁的記録をもって作られた場合若しくは株主名簿の複本の作成に代えて電磁的記録の作成がされた場合におけるこれらの電磁的記録に記録された情報の内容を法務省令に定める方法により表示したものの閲覧又は謄写の請求をすることができることとし、会社が株主名簿の閲覧又は謄写の請求を拒むことができる場合を特に例外として定めていなかった。商法が上記のとおり株主に対して株主名簿閲覧謄写請求権を付与していた趣旨は、会社法125条2項と同様に、これにより株主の権利の確保又は行使を保障すると共に、株主による株主名簿閲覧謄写請求権の行使を通じて株式会社の機関を監視し株式会社の利益を保護することを目的とするにあり、このような株主名簿閲覧謄写請求権を付与する規定の趣旨、目的にかんがみれば、商法が定める株主名簿の閲覧又は謄写の請求が、不当な意図・目的によるものであるなど、その権利を濫用するものと認められる場合には、会社が株主名簿の閲覧又は謄写の請求を拒むことができる場合として特に定められていなくても、会社は株主の請求を拒絶することができると解するのが相当で、株主のする株主名簿の閲覧及び謄写の請求が、自ら発行する新聞等の講読料名下の金員の支払を再開、継続させる目的をもってされた嫌がらせあるいは金員の支払を打ち切ったことに対する報復としてされたものであるときは、当該請求は権利の濫用として許されないとされ(最高裁平成元年(オ)第65号同2年4月17日第三小法廷判決・裁判集民事159号449頁、判例タイムズ754号139頁参照)、株主名簿の閲覧及び謄写の請求の日の前2年内に他の会社の株主名簿の閲覧又は謄写により知得した事実を利益を得て他に通報したことがある者がした請求等についても、権利の濫用にわたるものとして許されないとされた(東京高裁昭和62年(ネ)第2203号同年11月30日判決・高等裁判所民事判例集40巻3号210頁等)のも上記の解釈から当然のことというべきである。

会社法125条3項は、上記のとおり、商法が定める株主名簿の閲覧又は謄写の請求が、不当な意図・目的によるものであるなど、その権利を濫用するものと認められる場合には、会社は株主の請求を拒絶することができると解されていたことを受け、株主による会計帳簿の閲覧請求(商法293条ノ6)に対して同法293条ノ7が拒絶事由として規定していたと同様の事由を、株主名簿の閲覧又は謄写の請求の拒絶事由として規定することとし、会社法125条3項各号のいずれかに該当する場合には、株式会社は、株主からされた同条2項の請求を拒むことができる旨を明文の規定をもって規定するに至ったものである。このように、同条3項は、株主からされた株主名簿の閲覧又は謄写の請求が、不当な意図・目的によるものであるなど、その権利を濫用するものと認められる場合に限定して、株式会社がその請求を拒絶することができることとし、その拒絶事由を類型ごとに明確にすることを目的とする規定であり、もとより、株主の権利の確保又は行使を保障すると共に、株主による株主名簿閲覧謄写請求権の行使を通じて株式会社の機関を監視し株式会社の利益を保護することを目的とする株主名簿閲覧謄写請求制度の前記の目的を否定しあるいは制限する趣旨のものではないと解するのが相当である。そこで、このような観点から、本件においてその適用が問題となる会社法125条3項3号の規定の趣旨について検討すると、株主であっても、その株主が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものである場合には、株式会社の犠牲において専ら自己の利益を図る目的で同条2項の請求を行うおそれがあるから、そのような不当な目的の請求に対する拒絶事由を類型化して、これを拒むことができることとすることに一定の合理性が認められるところ、株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであると否とを問わず、当該請求を行う株主(請求者)がその権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で請求を行ったとき(同項1号)、あるいは株主(請求者)が当該株式会社の業務の遂行を妨げ、又は株主の共同の利益を害する目的で請求を行ったとき(同項2号)には、権利を濫用するものとして株式会社が当該請求を拒むことができることは、旧商法が定める株主名簿の閲覧又は謄写の請求について権利を濫用するものと認められる場合に会社が株主の請求を拒絶することができると解されていたことからしても、明文の規定を俟たなくとも当然のことであり、上記各号は確認的に規定されたにとどまるものと解されるが、株主(請求者)が上記のいずれかに該当することを株式会社が証明することは必ずしも容易なことではないことにかんがみ、株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事する株主が同条2項の請求を行う場合には、当該株式会社の犠牲において専ら自己の利益を図る目的でこれを行っていると推定することに一定の合理性を肯定することができることを併せ考慮して、同項1号及び2号の特則として同項3号が設けられたと考えられるのであり、これによれば、同項3号は、請求者が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであるときには、株主(請求者)がその権利の確保又は行使に関する調査の目的で請求を行ったことを証明しない限り(このことが証明されれば、同項1号及び2号のいずれにも該当しないと評価することができる。)、株式会社は同条2項の請求を拒むことができることとしたものであり、株式会社が当該請求を拒むことができる場合に該当することを証明すべき責任を上記のとおり転換することを定める旨の規定であると解するのが相当である。このように解さないと、当該請求を行う株主が株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものである場合には、ただそのことのみによって、株主(請求者)が専らその権利の確保又は行使に関する調査の目的で請求を行ったときであっても、株式会社は当該請求を拒むことができることになり、同条2項が株主に対し株主名簿閲覧謄写請求権を付与し、これにより株主の権利の確保又は行使を保障すると共に、株主による株主名簿閲覧謄写請求権の行使を通じて株式会社の機関を監視し株式会社の利益を保護することを目的とする株主名簿閲覧謄写請求制度の前記の趣旨、目的を損なうこととなってしまうのであり、当該請求を行う株主(請求者)が専らその権利の確保又は行使に関する調査の目的で請求を行ったときであっても、株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであるとして、そのことだけを理由に同条2項が株主に対して付与する株主名簿閲覧謄写請求権を否定しなければならない合理的な根拠は見いだし難いのである。それにもかかわらず、同項3号の規定を、あえて「株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するもの」に該当する株主の株主名簿閲覧謄写請求権を否定する趣旨の規定であるとすれば、同条2項が株主に株主名簿閲覧謄写請求権を付与した趣旨、目的を没却し、同条3項が例外規定を設けた趣旨を逸脱し、目的と手段との権衡を失する不合理なものであるとのそしりを免れないものとならざるを得ない。したがって、同項3号は、上記のとおり証明責任を転換する旨の規定であると解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、前記引用に係る原決定摘示の前提となる事実並びに疎明資料(甲8、乙3、8)によれば、抗告人は、相手方と実質的に競争関係にある事業を営む者であると一応認められるが、他方、前記前提となる事実に疎明資料(甲24)及び審尋の全趣旨を併せて考えれば、抗告人は、本件株主名簿の閲覧及び謄写の請求をするに当たり、相手方に対し、抗告代理人名義の平成20年4月11日付け株主名簿閲覧謄写請求書をもって、井上投資株式会社が同月10日付けで送付した株主提案議案について、相手方の株主の賛成を求めて委任状勧誘を行うことを目的とするものであることを明示し、かつ、上記請求に基づき取得した株主情報を上記の目的又は理由以外のために使用しないことを誓約している事実を一応認めることができる。上記認定事実に後記3認定の総会検査役との打合会の状況や本件株主提案と本件定時総会における議案との相互関係及び抗告人送付希望の資料を株主に送付する件について抗告人と相手方との間で合意が成立していること等の事情をも併せると、抗告人が、相手方の株主として、専らその権利の確保又は行使に関する調査の目的で本件株主名簿の閲覧及び謄写の請求を行ったものであるとの事実を一応認めることができる。したがって、相手方は、抗告人がした本件株主名簿の閲覧及び謄写の請求を拒むことはできないというべきであり、抗告人の本件申立ては被保全権利が疎明されたものと一応認めることができる。

3  前記前提となる事実及び上記認定事実に疎明資料(甲92、94ないし97、乙63、81の1、81の2、82、86、87、90ないし92、93の1ないし93の5)を併せて考えれば、相手方は、平成20年6月27日に第44期定時株主総会(本件定時総会)を開催する予定であること、井上投資株式会社は相手方の取締役に対し同月10日付けで株主提案議案を送付し、これを本件定時総会の目的とすることを請求したこと、抗告人は、井上投資株式会社が上記のとおり株主提案権に基づき本件定時総会の目的とすることを請求した事項について、相手方の株主の賛成を求めて委任状勧誘を行うことを目的として本件株主名簿の閲覧及び謄写を請求したこと、しかるに、相手方がこれを拒絶したため、抗告人はこれを受けて本件申立てに及んでいるものであり、本件定時総会まで時間的に切迫していること、抗告人には、抗告人及び井上投資株式会社の保有株式を含め、持株比率合計約77.29パーセントの株主の情報は判明しているが、抗告人はその余の株主の情報を把握しておらず、本件株主名簿を閲覧することによってこれを把握することができること、相手方は、平成20年4月24日東京地方裁判所に対し、本件定時総会に関し、会社法306条1項の規定に基づき総会検査役の選任の申立てをし、東京地方裁判所は総会検査役として弁護士を選任したこと、相手方は、平成20年6月3日午後4時30分から総会検査役との打ち合わせを行ったこと、この打合会には抗告代理人である弁護士も出席し、その席上、相手方から、同月6日に発送予定のものであるとして、本件定時総会の招集通知のドラフトが提示されたこと、このドラフトには、本件株主提案のうち、定款の一部変更(買収防衛策に係る規定の新設)の件(前記引用に係る原決定摘示の「1 前提事実」の(4)ア)及び買収防衛策導入の件(同(4)イ)は相手方もこれを受け入れて相手方提案(第3号議案及び第4号議案)として上程する旨、買収防衛策に基づく抗告人らに対する対抗措置の不発動の件(同(4)ウ)は株主提案(第6号議案)として上程する旨、相手方は、この第6号議案に対抗するものとして、買収防衛策に基づく抗告人グループに対する対抗措置の発動を取締役会に委任する件(第5号議案)を上程する旨それぞれ記載され、取締役2名選任の件(同(4)エ)も株主提案(第7号議案)として上程する旨記載されているが、相手方は提案に係る取締役2名(抗告人代表取締役A及び抗告人経営企画室長C)の選任に反対である旨の意見を付記していること、このドラフトと同じ内容の本件定時総会招集通知が同月6日に全株主宛に発送されたこと、相手方は本件が当審に係属した後の同年5月28日、抗告人に対し、抗告人が相手方の全株主に対して送付を希望する資料(抗告人に対する委任状用紙及び切手の貼られた返信用封筒並びに抗告人側からの参考資料を含む。)を送付用の封筒に封入したものを株主数に見合った分用意した上で相手方に届ければ、相手方がこれに株主宛のラベルを貼り、株主名簿に記載された相手方の全株主に対して、これを株主名簿上の住所宛に送付する(ただし、本件定時総会まで合計2回に限る。)との提案をしたこと、抗告人は相手方の提案した方法を実施すれば、株主名簿に記載された全株主に対し、抗告人が送付を希望する資料を2回に限り株主名簿上の住所に宛てて送付することが可能となること、抗告人は同年6月2日に相手方の上記提案を受け入れたこと、この合意に基づく抗告人送付希望の資料の第1回目の送付が同年6月6日に行われたこと、しかしながら、上記の措置は、資料送付という方法に限られている上、回数も2回だけであり、抗告人が株主に対して委任状勧誘を働きかける方法としては制約されたものにとどまること、以上の各事実を一応認めることができる。

これによれば、抗告人に生ずる著しい損害を避けるため本件申立てに係る仮処分命令を必要とするとき(民事保全法23条2項)に当たると一応認めることができる。

相手方は、抗告人が既に十分に実効性のある委任状勧誘を行ったといえること、相手方の発行済み全株式の約10.85パーセントに相当する株式を保有する株式会社カテリーナ・イノウエが本件株主名簿の写しを入手して抗告人のために委任状勧誘を行っていることなどを縷々主張し、これに沿う疎明資料を提出し、これらを理由に、保全の必要性が存在しない旨主張するが、相手方が主張する各事実を併せ考慮しても、抗告人が本件株主名簿を閲覧謄写したと同視することはできないのであり(なお、乙第100号証によれば、株式会社カテリーナ・イノウエの代理人弁護士が、相手方代理人弁護士に対し、入手した本件株主名簿の写しを抗告人に交付する意思がないことを明らかにしていることが一応認められる。)、抗告人が、法令に基づく株主名簿閲覧謄写請求権を行使し、相手方にこれを拒む理由がないにもかかわらず、本件定時総会の開催日が間近に迫っている現時点においてなお本件株主名簿を閲覧し謄写することができないままでいることにかんがみれば、相手方が主張疎明する事実をもってしても、上記判断を左右するに足りないというべきである。

4  以上の認定及び判断の結果によると、抗告人の本件申立ては被保全権利及び保全の必要性が疎明されたものというべきところ、当裁判所の上記判断と異なり、抗告人の本件申立てを却下した原決定は不当であるから、これを取り消した上、抗告人に担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡邉等 裁判官 髙世三郎 西口元)

(別紙)抗告状<省略>

(別紙)抗告理由

序 抗告理由の要旨

原決定は、「本件申立ては被保全権利についての疎明を欠」くとし(第3、1(4)〔7頁〕)、さらに、「保全の必要性があることについて疎明がされているとは認められない」とするが(第3、2(3)〔10頁〕)、いずれも事実誤認及び法令解釈の誤りがある。

第1被保全権利について

1 原決定の構造

原決定は、抗告人が主張した会社法上の他の利益(原決定別紙債権者の主張第1、2(1)~(7)〔12~14頁〕)との衡量には一切触れることなく(黙殺をして)、会社法125条3項3号の「趣旨及び文言」のみを理由として、同号の適用にあたっては「株主情報が競業に利用されたり、株主のプライバシーが侵害される現実的なおそれがある等の事情の存在」は要件とされず、また、「実質的に競争関係にある事業」についての限定解釈も否定される旨判示した(第3、1(1)イ〔5頁〕)。

そこで、原決定は、会社法125条3項3号の「趣旨」をして、同号の保護法益である「競業者に名簿を閲覧されないことによる利益」を、会社法が他の条文で保護する他のあらゆる法益を凌駕する絶対的なものとして保護していると解釈していることになる。

しかし、かかる原決定の会社法125条3項3号の解釈は、会社法全体の構造を無視するものであるから、法令解釈の点で明白な誤りがある。

2 原決定がいう会社法125条3項3号の「趣旨」は、会社法の全体構造と矛盾した独自の見解である

原決定は、「株主情報が競業に利用されたり、株主のプライバシーが侵害される現実的なおそれがある等の事情の存在」がなくても、つまり具体的な損害が会社に発生するおそれがなくても、株主名簿の閲覧は拒否されるべきと解釈している。そこで、原決定は、会社法125条3項3号をして、競業者が株主名簿を閲覧すると株主情報が競業者に取得されて会社の利益が害される場合もあり得ることから、そのような場合を網羅的一般的に予防するために、株主名簿の明示によって競業に利用される現実的なおそれがあろうとなかろうと、開示請求者が競業に利用する意思があろうとなかろうと、開示請求者が委任状勧誘の手段として用いるという制度本来の目的で開示を求めている場合であろうとなかろうと、株主名簿に競業者にとって有用性のある秘密が現実に記載されていようとなかろうと、一律に拒絶することを認める趣旨の規定であると解釈したことになる。

このように、原決定は、会社法125条3項3号が、株主の共益権(総会議決権)をも凌駕する絶対的な法益(原決定はその内容を明確に判示していないが、原決定8頁を見ると、「株主個人のプライバシー」と理解しているようである)の保護を定めていると解釈するものであるが、なぜ、そのような解釈が導かれるのかという理由については、「文言」という他には、理由中に一切説明がない。

しかし、法文上に形式的に記載されていない要件を解釈により定立することは、わが国の裁判所が過去頻繁に行ってきたことであるから※(平成20年4月23日付申立書第1、3(7)[限定解釈の許容性その3]〔33頁〕)、本件のような株主の総会議決権(しかも、買収提案の是非を株主総会で判断するという株式会社制度の根幹に関わる場面)という重要な保護法益との衝突が問題となっている場面において、「条文の文言に定めがない」ということだけを理由にして、会社法の全体構造と矛盾する形式解釈をすることは、到底、許されるべきでない。原決定は、「(株主が)間接ニ会社ノ機関ヲ監視シ因ッテ会社ノ利益ヲ保護セントスル」(大判昭和8年5月18日法学2巻1490頁)という株主名簿閲覧謄写制度の趣旨を完全に没却するものであり、著しく不当である。この点、D教授が、公刊物(甲84:雑誌論文)において、以下の通り述べるとおりである。

「会社の取引先が株主となっている場合には、株主名簿を閲覧した競業者は、その情報を利用して競争上有利な立場に立つことができる点を、条文新設の根拠と考えていることになる。

しかし、このような意味での抽象的な危険に基づいて閲覧・謄写を拒絶できるとすると、およそ競業関係にある者は、もっぱら社員的利益(例えば、自己の提案に賛同してくれる株主を探す目的など)のために株主名簿を閲覧・謄写することさえも否定されることになり、著しく不当である。」

さらに、会社法125条3項3号を原決定のように解釈すると、競業者は、株主総会の招集請求(会社法297条)をしても、招集通知を送付できないという事態を生じさせてしまい、会社法の整合性を保てなくなってしまうという点についても、抗告人が既に指摘しているところであるが(平成20年4月23日付申立書第1、3(7)[限定解釈の必要性7]〔29頁〕)、原決定は、原決定の解釈がもたらすかかる致命的な問題点についても、一切、言及をしていない。

その他、抗告人は、申立書第1、3(17~35頁)において、会社法125条3項3号の限定解釈が許容されるべき7つの必要性と3つの許容性について詳細に主張したが、原決定は敢えてこれを黙殺して、自らの殻に閉じこもるかのような決定理由しか判示していない。

3 結論~会社法125条3項3号は、それ自体独立して存在するものではなく、979条もの条文を有する会社法典の中に存在するから、会社法全体と整合のとれた解釈がなされなければならない

会社法125条3項3号は、それ自体が一個の法典を単独で構成する条文ではなく、あくまでも会社法という979条もの条文を有する法典の中に存在するものであるから、会社法の全体構造や他の条文との関係において解釈されなければならない。

そして、会社法125条3項3号が保護する法益も、究極的には、競業者が株主情報を取得することを通じて、当該株式会社の企業価値ないし株主共同の利益が害されることを防ぐことにあるわけであるから、原決定のように近視眼的に同号の文言を形式解釈するだけでは、買収防衛の是非を株主総会の判断に委ねるというコーポレートガバナンスにおける重要局面において、株主総会が形骸化してしまうことになり、かえって、当該株式会社の企業価値ないし株主共同の利益は、著しく害されてしまう(「角を矯めて牛を殺す」「木を見て森を見ず」)。D教授が、「敵対的買収者が、企業価値の向上に資する買収提案を行おうとしている場合でも、その者が競業者であったならば、現経営陣の自己保身のために株主名簿の閲覧・謄写が拒絶され、ひいては企業価値向上の機会が失われる危険性もある」と述べるとおりである(甲84:雑誌論文)。

ブルドックソース事件最二決平成19年8月7日民集61巻5号2215頁は、株主判断が買収防衛策を正当化するためには「株主総会の手続きが適正」であることを要する旨判示するが、E教授が指摘するとおり(甲81:意見書)、競争的買収においては委任状勧誘が極めて重要であり(経産省及び法務省の買収防衛指針〔甲27【15頁】〕も同様の立場である)、委任状勧誘を実効あらしめるためには、下記第2のとおり(原審でも繰り返し主張したとおり)、株主名簿の取得が必須である。

かかる文脈において、共益権行使の手段的権利とされる株主名簿閲覧謄写請求権の会社法全体の中の位置付け・役割を理解した上で、会社法125条3項3号の文言は、解釈されなければならない。

以上の通りであるから、原決定がした会社法125条3項3号の形式的文言解釈が誤りであることは、論を待たないから、原決定には法令解釈について明白な誤りがある。

第2保全の必要性について

1 原決定の構造

原決定は、本件においては「保全の必要性があることについて疎明がされているとは認められない」とした(第3、2(3)〔10頁〕)が、その理由として挙げているのは、以下の5点である。

<1> 「本案訴訟において債権者にその閲覧謄写の請求権がないことが確定した場合、債務者は無権利者に株主個人のプライバシーに関する事項を開示したことになり、その結果、株主の信頼を損なうなど不測の損害を被るおそれがある」(第3、2(1)〔8頁〕)

<2> 原審債権者が自らのホームページを通じて情報提供を行っていること、原審債務者は、株主総会参考書類に実質的に提案理由等の全文及び債務者ウェブサイトのアドレスを記載することを確約すると表明していること(第3、2(2)イ〔8頁〕)。

<3> 大量保有報告書等により、原審債務者の持株比率合計約65パーセントの株主の情報は判明している(第3、2(2)イ〔9頁〕)。

<4> 原審債務者株主に対して直接働きかけを行わなければ実効性ある委任状勧誘を行うことができないと認めるに足りる疎明がない(第3、2(2)ウ(ア)〔9頁〕)。

<5> 「債務者株主に対して直接働きかけを行う機会が確保されねば債務者との関係で極めて不公平」との主張があるが、これは「具体的な損害」ではない(第3、2(2)ウ(イ)〔9頁〕)。

しかし、以下に述べるとおり、上記はいずれも事実と相違しており、原決定には、事実認定において重大な誤りがある。

2 <1>~裁判手続きを経てなされた情報提供により、「株主の信頼を損なう」ことはありえない

原決定は、「本件仮処分が認められた後に、本案訴訟において債権者にその閲覧謄写の請求権がないことが確定した場合、債務者は無権利者に株主個人のプライバシーに関する事項を開示したことになり、その結果、株主の信頼を損なうなど不測の損害を被るおそれがあると考えられる。」と説示する(第3、2(1)〔8頁〕)。

しかしながら、裁判所の決定に基づいて株主名簿を開示したことによって、相手方(原審債務者)を非難する株主がいるなどとは考えられず、株主の信頼を損なうなどということはあり得ない。また、本件は、定時株主総会が終了してしまえば株主名簿閲覧謄写請求は全く意味をなさないことから、抗告人がその後に本案訴訟を行うことは予定されていないし、仮処分事件で敗訴した相手方(原審債務者)が、わざわざ裁判所のお墨付きを撤回させるために、株主名簿閲覧謄写請求権の地位がないことの確認訴訟等を行うとも考えられない。このように、原決定が認定する「不測の損害」は、およそ生じる可能性がない抽象的非現実的なものである。

そもそも、原決定のように会社法125条3項3号の趣旨を解釈するのであれば、「本案訴訟において債権者にその閲覧謄写の請求権がないことが確定した場合」に想定される損害は、株主名簿情報が競業に利用されてしまったという損害であるはずであるが、原決定は、いつの間にか損害を「無権利者に株主個人のプライバシーに関する事項を開示したことになり、その結果、株主の信頼を損なう」という損害にすり替えている。これは、原審が、株主情報が、およそ競業に利用されるような性質のものといえないと考えていたことの、何よりの証左である。

したがって、規範定立の前提となる事実認定について誤りがあり、その結果として、保全の必要性に関する法令解釈についても誤っている。

3 <2>~インターネットを通じた情報提供や、大量保有報告書等を通じた情報開示を根拠として「保全の必要性」が認められないとすると、およそ株主名簿の閲覧謄写をめぐる争いでは、仮処分による救済は受けることができなくなる

原決定は、「債権者は自らのホームページに特設サイトを設け、債権者らによる債務者に対する事業提携・事業統合の提案に関する情報提供を行っていること」、及び「債務者は、株主総会参考書類に実質的に提案理由等の全文を記載することや、債務者の要請があれば井上投資の提案理由について上記債務者の特設サイトを参照するようにとの記載を上記サイトのアドレスとともに記載することを確約すると表明していること」から、抗告人(原審債権者)は相手方(原審債務者)株主に対して「働きかけることが可能」であるとしている。

しかし、インターネットによる情報提供は、委任状合戦においては通常行われていることであり(甲85-1~85-2)、また、参考書類に株主提案の理由等を掲載することは、会社法が定める必要最低限の要請である(会社法施行規則93条1項)。この程度のことが株主名簿の分析に基づく戦略的な委任状勧誘に代替すると解釈され、この程度の事実があれば保全の必要性が認められないとすれば、委任状勧誘を目的とする株主名簿の閲覧謄写を求める事案においては、およそすべてのケースで、仮処分による救済が否定されることになる。

4 <3>~本件では、抗告人に判明している65%以外の株主を対象として、票読みを行い、直接働きかけをすることが、委任状合戦の勝敗を分けることから、「65パーセントの株主情報は判明している」ことは、保全の必要性を否定する理由とならない

原決定は、「持株比率合計約65パーセントの株主の情報は判明している」ことを挙げ、「判明している株主らに対してはそれらに加えて直接面談等を申し入れること」ができることを、保全の必要性を否定する理由としている(第3、2(2)イ〔9頁〕)。

しかしながら、判明している65%の株主のうち、<1>26.65%(株式会社カテリーナ・ファイナンスとその共同保有者19.99%〔甲34:大量保有報告書〕、日本ハウズイング従業員持株会3.65%〔乙73:半期報告書〕、B3.01%〔乙73:半期報告書〕)は明らかに現経営陣側であり、<2>半期報告書又は大量保有報告書で開示されている複数の大株主の保有分26.01%は、創業者一族であって現経営陣側(カテリーナ・イノウエ10.85%〔乙71〕及びF2.35%〔乙73〕)と思われるものと現時点では中立と思われるもの(株式会社ランドマーク12.81%〔乙72〕)であり、あとは<3>抗告人とその共同保有者の保有分16.16%(甲2)であるから、<1><2><3>を合計すると、すでに68.82%となってしまう。したがって、株主名簿の開示なくしては抗告人が知り得ない残りの31.18%の株主こそが、本件における委任状合戦の勝敗を分ける株主である。

したがって、これら31.18%の株主情報を知って票読みを行い、これら株主にアクセスすることは、本件事案に即して考察すれば極めて重要であることは容易に明らかになるのに、原決定は、具体的事案に即したあてはめをまったく行わずに、短絡的にかかる31.18%の「債務者株主に対して直接働きかけを行わねば本件株主提案について実効性ある委任状勧誘を行うことができないと認めるには足りない」と断定しており、事実認定に誤りがある。

原決定は65%の「債務者株主に対し本件提案に賛同するように働きかけることが可能」と認定するが、これは、相手方(原審債務者)が100%の株主に対して直接働きかけることができることと比較して、著しく不利・不公正な条件での働きかけが「可能」ということにすぎないのであって、このような著しく不利な条件での働きかけしかできないことは、明らかに抗告人(原審債権者)の被る「具体的な損害」である。

そもそも、委任状合戦は、選挙に似ているところ、A候補者は選挙人を100%把握していて、B候補者は65%しか把握していなくても、B候補者は十分公正に選挙を戦えると判示する原決定は、社会常識に反している。モリテックス事件東京地判平成19年12月6日判例タイムズ1258号69頁のように、約0.11%の議決権が取締役の選任の可否を決することになる事例も、現に存在したのである(会社提案の取締役2名は、約50.11%の得票率で選任されている)が、原決定は係る現実から目を背けている。

現実に委任状勧誘を実務で担当したG弁護士(東京鋼鐵事件及びドトールコーヒー事件)の陳述書(甲82)や西岡祐介弁護士(日本精密事件)の報告書(甲83)から明らかなとおり、先ずは、株主名簿を取得して全株主の状況を把握した上、票読みをすることが、実効性ある委任状勧誘を行うための不可欠の前提なのである。

5 <4>~株主に対して直接働きかけを行わなければ実効性ある委任状勧誘を行うことができないことは明らかである

原決定は、相手方(原審債務者)株主に対して直接働きかけを行わなければ実効性ある委任状勧誘を行うことができないと認めるに足りる疎明がないと判示する(第3、2(2)ウ(ア)〔9頁〕)。

しかしながら、抗告人(原審債権者)は、平成20年5月12日付け原審準備書面(3)で明らかにしたとおり、機関投資家・外国人株主の議決権行使のあり方(甲74:「機関投資家・外国人株主の議決権行使とその対応」商事法務1569号)や投資一任業者(ファンドマネージャー)における議決権行使のあり方(甲75:投資委任契約に係る議決権行使指図の状況について)について疎明するとともに、委任状勧誘の専門業者が具体的にどのようにして委任状勧誘をサポートするかについて疎明を行った(甲76:陳述書、甲77:IRJプロキシーアドバイザリーに関するご提案)。

さらに、抗告人(原審債権者)は、当審において、現実に東京鋼鐵やドトールコーヒーの委任状勧誘を実務で担当したG弁護士の陳述書(甲82)により、株主名簿により判明する株主の連絡先に直接働きかけをすることが、委任状勧誘を成功させるために不可欠の前提であることを疎明した。同様に日本精密の委任状合戦の実務を担当した西岡祐介弁護士の報告書(甲83)によっても、疎明を行った。

相手方(原審債務者)側では、電話による株主への直接的な働きかけが行われているにもかかわらず(甲79:報告書)、抗告人(原審債権者)が株主名簿を入手できずにこれを行えないのでは、およそ、抗告人(原審債権者)が実効性ある委任状勧誘を行えないことは明らかである。

このことは、モリテックス事件東京地判平成19年12月6日判例タイムズ1258号69頁においても、現経営陣側が「全株主に対して電話を行い、議決権行使書面の送付を依頼するとともに、原告〔提案株主〕に対する代理権授与の撤回の意思を確認することができた株主に対しては、『委任状撤回通知書』と題する書面を送付して、原告に対する代理権授与の撤回の手続を行った」事実が認定されていることからも、明らかである。原決定は、敢えてこのような実例に目をつぶり、委任状勧誘の実務に目を背けた認定を行っている。

6 <5>~共益権の侵害(委任状勧誘を行えない不利益)は、明らかに、「具体的な損害」である。

原決定は、抗告人の「債務者株主に対して直接働きかけを行う機会が確保されねば債務者との関係で極めて不公平」との主張に対して、これは「具体的な損害」ではないと述べている(第3、2(2)ウ(イ)〔9頁〕)。しかし、会社法の解釈において、株主平等原則違反が明らかな違法として認められているとおり、「平等の地位が確保されていない」というのは、明らかに、「損害」である。

本件において、抗告人(原審債権者)が平等的取り扱いを求めているのは、株主提案の承認可決を目的とした委任状勧誘を行う株主としての権利の前提条件であり、会社(現経営陣)側と平等な前提条件で委任状勧誘を行う権利は、いわば共益権の一種であるともいいうるところ、このような権利の侵害が「具体的な損害」ではないと解釈されるのであれば、それは、会社法における株主総会及び共益権の重要性について、まったく理解がされていないということである。また、原決定が、仮に、金銭評価されるもののみが仮処分事件で保護されるべき「損害」であると解釈しているのであれば、それが明らかに法令解釈の誤りであることは、論を待たない(金銭賠償で救済可能というのであれば、むしろ、保全の必要性は否定される方向に働く。最三決平成16年8月30日民集58巻6号1763頁)。

7 結論

以上のとおり、原決定は、保全の必要性についても、事実誤認及び法令解釈についての明白な誤りがある。

そもそも、原決定が判示するような「保全の必要性」についての考え方が一般化すれば、およそ、定時株主総会の前までに株主名簿閲覧謄写請求権が司法手続を通じて実現することはなくなってしまうが(6月総会の会社の株主名簿が確定するのは、実務上、4月20日ころである。甲81:E教授意見書〔5頁〕)、これでは、株主名簿閲覧謄写請求権の共益権行使の手段的権利としての意義は完全に失われてしまい、わが国では、経営者が、競業者株主に限らず全ての種類の株主からの株主名簿閲覧謄写請求を、裁判外で拒絶することによって、およそ、実効性ある委任状勧誘を行い得ない実務を出現させてしまいかねない。

この1点からしても、原決定の事実誤認・法令解釈の誤りは、明らかである。

第3結語

以上のとおりであるから、原決定には、明白な事実誤認及び法令解釈の誤りがあるので、直ちに取り消した上、抗告人の請求は認められなければならない。

※ 罪刑法定主義によって厳格な解釈が要請される刑法ですら、一般に「開かれた構成要件」という概念が認められ、例えば、不法領得の意思など、条文の文言に記載のない要件が、解釈で認められている。

(別紙)〔抗告人〕準備書面(1)<省略>

(別紙)〔抗告人〕準備書面(2)

―答弁書に対する反論―

序 本準備書面の目的

本件は、高等裁判所において、株式会社が株主名簿閲覧謄写請求を、請求者(株主)が競業者であることを理由に拒絶することができるか否かが争われる最初のケースであり、買収防衛とも絡む事案であるため、会社法改正論議にも影響を与える社会的に関心が高い事件である(甲86:新聞記事)。

そこで、抗告人としては、一方において、相手方定時株主総会の開催日(平成20年6月27日)が迫っているとの緊急性から、早期に決定を求めたいと希望しているが、他方で、十分主張を尽くした上で御庁のご判断を仰ぎたいとも考えているため、相手方答弁書に対する反論書面を準備した。

第1被保全権利に係る相手方の主張について

1 被保全権利に係る相手方の主張

相手方は、被保全権利について、原決定が維持され、会社法125条3項3号が形式的に解釈されるべき理由として、以下の点を挙げる(答弁書第3〔4~16頁〕)ので、これらに対して反論する。

<1> 会社法125条3項3号は、会社法制定前に競業者による株主名簿の閲覧・謄写を認めるか否かについて肯定説と否定説があったことを「踏まえ規定された」ものであること(第3、2(2)イ〔6頁〕)。

<2> 会社法125条3項3号は、「株主名簿が競業者によって閲覧・謄写された場合、当該株式会社にとって会計帳簿の場合と同様の弊害が生じるおそれがあるため、会社法は競業者を理由として閲覧・謄写を拒絶できるとする立場を明確に採用したのであり、それゆえに同号は法第433条第2項第3号と同一の文言で規定された」こと(第3、2(2)ウ〔6頁〕)。

<3> 会社法297条と会社法125条3項3号との矛盾については、「少数株主による株主総会の招集をどのように行うかという問題と株主名簿の閲覧・謄写請求の拒絶事由として妥当な事由がなにであるかの問題は次元の異なる問題である」こと(第3、3(1)〔7頁〕)。

<4> 「抗告人は、委任状勧誘が実効的に行えないことが、企業価値・株主共同の利益にマイナスであることをアプリオリィの前提とする」が「企業買収にはシナジーを生じて成功するものもあれば失敗するものもある」ので、「そのような一般論の正当性は何ら疎明されていない」(第3、3(2)ア〔8頁〕)こと。

<5> 「法第125条第3項第3号は、株主名簿が競業者によって閲覧・謄写された場合に生じるおそれのある弊害に鑑み、かかる弊害の発生を未然に防止することによって企業価値・株主共同の利益を保護しようとした規定」(第3、3(2)イ〔8~9頁〕)であり、「委任状勧誘をしたとしても、必ずしも、企業価値の向上をもたらすものとはいえない以上」、かかる弊害発生防止の利益は、委任状勧誘の重要性に優先されること。

<6> 抗告人の主張は立法論であること。

<7> 「抗告人が主張する『会社法の全体構造』が、なにを指すものであるか明確でない」こと。「改正前商法下で同様の取り扱いがなされていた定款、社債原簿、株主名簿について、会社法が、形式的に平仄を合わせることなく、それぞれ異なる拒絶事由を規定していることに照らせば、」「原決定の解釈こそ、会社法の体系的な理解に整合する解釈である」こと(第3、3(5)〔14~15頁〕)。

2 上記<1>及び<2>について

相手方は、<1>会社法125条3項3号は、会社法制定前に競業者による株主名簿の閲覧・謄写を認めるか否かについて肯定説と否定説があったことを「踏まえ規定された」ものである(第3、2(2)イ〔6頁〕)、<2>会社法125条3項3号は、「株主名簿が競業者によって閲覧・謄写された場合、当該株式会社にとって会計帳簿の場合と同様の弊害が生じるおそれがあるため、会社法は競業者を理由として閲覧・謄写を拒絶できるとする立場を明確に採用したのであり、それゆえに同号は法第433条第2項第3号と同一の文言で規定された」(第3、2(2)ウ〔6頁〕)、と主張する。

しかしながら、公刊されている唯一の会社法125条についての立案担当者の解説は、以下のとおりである(甲31:「株式(総則・株主名簿・株式の譲渡等)」相澤哲編著『立法担当者による新・会社法の解説』別冊商事法務295号31頁(2006、商事法務))。

「現行商法においては、このような拒絶事由が規定されていないが、株主名簿の閲覧・謄写の請求については、いわゆる名簿屋が名簿の入手により経済的な利益を得るために利用しているという弊害が指摘されるほか、プライバシー保護の観点からの問題も指摘されているところであった。

そこで、現行商法において会計帳簿の閲覧請求の拒絶事由として規定されている事由(現行商法二九三条ノ七)と同様の事由を、株主名簿の閲覧・謄写請求の拒絶事由として規定することとしたのである。」

つまり、立法担当者は、「プライバシーの保護の観点からの問題」が指摘されていたため、会計帳簿の閲覧請求の拒絶事由と「同様」の事由を、株主名簿の拒絶事由として規定したとしか言っていない。会社法制定前に肯定説と否定説があったことを「踏まえ規定した」などとは一言も言っておらず、ましてや、「株主名簿が競業者によって閲覧・謄写された場合、当該株式会社にとって会計帳簿の場合と同様の弊害が生じるおそれがあるため」、会社法125条3項3号と会社法433条2項3号を同一の文言にしたなどと一言も言っていないのである。

そして、会計帳簿の拒絶の趣旨が「プライバシーの保護」ではないことは、相手方提出証拠である東京高決平成19年6月27日金判1270号52頁(乙50)などからも明らかであるから、株主名簿の拒絶事由が、会計帳簿の拒絶事由と同一の趣旨で設けられたものではないことは、明白である。

また、同一法典中の同一の文言が、必ずしも同じ意味で解釈されなければならないということにならない(=異なる意味で解釈することが許される場合もある)ことは、以下の例からも明らかである。例えば、(a)改正前商法においては、262条の表見代表取締役が責任を負う場合の第三者の主観的要件である「善意」について「善意・無重過失」と解されていたが(最二判昭和52年10月14日最民集31巻6号825頁)、他方で、14条の不実の登記を信頼した第三者の主観的要件である「善意」については過失の有無を問わないと解されていた(東京高判昭和41年5月10日下民集5・6号395頁)。また、(b)手形法においては、40条3項の手形の支払免責のための「悪意」について、16条2項の「悪意」とは異なり、単に知っているだけでなく、無権利であることを立証しうる確実な証拠をもっていることをいうと解されている(最二判昭和44年9月12日判時572号69頁)。

したがって、同一法典上の同一の文言であるからといって、会社法125条3項3号について会社法433条2項3号と同一の解釈をする必要はなく、同一の文言であることは、会社法125条3項3号を限定解釈できない理由とはならない。

よって、相手方の主張する<1>、<2>は、何の根拠もない、証拠も示されていない独自の主張ないし想像にすぎず、誤導ともいうべき主張である。

3 上記<3>について

相手方は、<3>会社法297条と会社法125条3項3号との矛盾については、「少数株主による株主総会の招集をどのように行うかという問題と株主名簿の閲覧・謄写請求の拒絶事由として妥当な事由がなにであるかの問題は次元の異なる問題である」(第3、3(1)〔7頁〕)、と主張する。

しかしながら、かかる主張は、反論の体になっていないと言わざるを得ない。抗告人は、同一法典上の2つの条文は、相互に矛盾しないように整合的に解釈すべきと述べているのであり、相手方が、如何なる意味で「次元が異なる」と主張するのか、また、なぜ「次元が異なる」と、同一法典上の2つの条文の整合性を気にしなくて良くなるのか、意味不明である。

4 上記<4>について

相手方は、<4>「抗告人は、委任状勧誘が実効的に行えないことが、企業価値・株主共同の利益にマイナスであることをアプリオリィの前提とする」が「企業買収にはシナジーを生じて成功するものもあれば失敗するものもある」ので、「そのような一般論の正当性は何ら疎明されていない」(第3、3(2)ア〔8頁〕)、と主張する。

しかしながら、抗告人は、法125条3項3号は究極的には企業価値・株主共同の利益の保護を図るものであるから、「株主名簿が競業者によって閲覧・謄写された場合に生じるおそれのある弊害の予防」を絶対視して、実効性ある委任状勧誘を行えないようにすると、かえって、企業価値・株主共同を損なうことになり、会社法125条の法意を損ない、会社法全体の構造にも反すると主張しているが、実効性ある委任状勧誘を行わせないと企業価値・株主共同を損なうこととなる理由として、「企業買収は必ず企業価値を向上させる」からと主張したことは、一度もない。この点は、相手方の誤導である。

抗告人が主張しているのは、ブルドックソース事件最二決平成19年8月7日民集61巻5号2215頁の以下の判示からすれば、会社法上の強い要請として、買収提案の適否を判断する株主総会においては、手続が適正であるために、実効性ある委任状勧誘が保障されなければならないということである。

「特定の株主による経営支配権の取得に伴い、会社の企業価値がき損され、会社ひいては株主の共同の利益が害されることになるか否かについては、最終的には、会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべきものであるところ、株主総会の手続が適正を欠くものであったとか、判断の前提とされた事実が実際には存在しなかったり、虚偽であったなど、判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない限り、当該判断が尊重されるべきである」

当該買収提案が企業価値を毀損するものであるかを判断する権限が、原則として取締役会に授権されていないことも、高裁裁判例で判示されている(ニッポン放送事件東京高決平成17年3月23日金融・商事判例1214号6頁)。

このような判例や高裁裁判例の立場は、敵対的買収というコーポレート・ガバナンスの究極場面において、司法は、当該買収提案が企業価値・株主共同の利益に資するか否かの実体審査は原則として行わないが、手続審査は行うとするものである。すなわち、手続が取締役会決議に留まった場合は、原則として、当該買収提案は企業価値・株主共同の利益を損なうとは判断されず、後は会社側が濫用的買収であることまで疎明できて初めて買収防衛策の発動を是認することとし、手続が株主総会決議まで進んだ場合には、「株主総会の手続が適正」である限り、株主の判断を尊重し、当該買収提案が企業価値・株主共同の利益に資するか否かの実体審査に入らないとするものである。

そして、株主総会で買収提案の適否が判断される場面は、まさに株主が、企業価値・株主共同の利益のため、現経営陣と買収者(ブルドックソース事件最決がいう「特定の株主」)のいずれに経営を委ねるのが相応しいかを判断するコーポレート・ガバナンスの究極場面であるから、かかる総会の手続において、現経営陣が、法125条3項3号をこれ幸いに、買収者の委任状勧誘の実効性を上げないようにすることは、株主からかかる判断のための資料を奪おうとするものであり(経営陣にとって、都合の良い情報のみ与えようとするものであり)、株主共同の利益に対する重大な違反である。

そこで、かかる場面においては、法125条3項3号の究極の保護法益である「企業価値・株主共同の利益」の観点からすれば、株主判断を実効あらしめる要請が優先し、「競業者に帳簿を見せることによって生じるかもしれない弊害の予防」は後退するため、制限解釈をするのが相当というのが、抗告人の主張である。

なお、原決定は、かかる抗告人(原審債権者)の主張も黙殺し、理由中で判断をしていない。

相手方の主張する<4>は、誤導であり、誤っている。

さらに付言すると、相手方の株式の10.85%を保有する筆頭株主である株式会社カテリーナ・イノウエは、平成20年5月27日、相手方と抗告人の両者に対して、公開質問状(甲90)を送付しているが、その中で、相手方に対し、以下のような要望を出している。

「当社としましては、貴社と原弘産がそれぞれのビジネスプランと今後の展望をそれぞれの方法で株主に直接アピールしていただくことで、株主としての判断もより行いやすくなるものと考えております。貴社に対しても、競合相手であることを理由に原弘産からの株主名簿閲覧謄写請求を拒むのではなく、当該請求に応じたうえで、正々堂々プロキシーファイト(委任状争奪戦)をしていただくことを強く望むものです。」

大多数の相手方株主は、相手方定時株主総会における判断のための情報を求めており、主要株主である株式会社カテリーナ・イノウエの意見は、これら株主の声を代表しているものと考えられる。

5 上記<5>について

相手方は、<5>「法第125条第3項第3号は、株主名簿が競業者によって閲覧・謄写された場合に生じるおそれのある弊害に鑑み、かかる弊害の発生を未然に防止することによって企業価値・株主共同の利益を保護しようとした規定」(第3、3(2)イ〔8~9頁〕)であり、「委任状勧誘をしたとしても、必ずしも、企業価値の向上をもたらすものとはいえない以上」、かかる弊害発生防止の利益は、委任状勧誘の重要性に優先される、と主張する。

かかる相手方の主張は、会社法125条3項3号をして、(a)競業者が株主名簿を閲覧すると株主情報が競業者に取得されて会社の利益が害される場合もあり得ることから、そのような場合を網羅的一般的に予防するために、株主名簿の開示によって競業に利用される現実的なおそれがあろうとなかろうと、開示請求者が競業に利用する意思があろうとなかろうと、開示請求者が委任状勧誘の手段として用いるという制度本来の目的で開示を求めている場合であろうとなかろうと、株主名簿に競業者にとって有用性のある秘密が現実に記載されていようとなかろうと、一律に拒絶することを認める趣旨の規定であり、(b)競争者に株主名簿を開示することが会社の企業価値にとってプラスに作用することを、請求者(株主)が疎明できなければ、例外は認められない、というものである。

しかしながら、株主名簿には、通常、競争者にとって有用な情報は記載されておらず、かつ、仮に、有用といえるような情報が記載されていたとしても、株主名簿の開示を拒絶することによって保護されるような性質のものではないことは、原審における平成20年5月2日付債権者準備書面(2)第2で述べたとおりである。このことは、会社法125条3項3号のような拒絶事由を設けていなかった会社法制の現代化に関する要綱試案に対して日本経団連が賛成していたこと(甲68)をはじめとして、H教授(甲28〔10頁〕、甲29〔39頁〕)、E教授(甲81〔2頁〕)、D教授(甲84)、I教授(甲89〔14頁〕)も指摘しているとおりである。

したがって、会社法125条3項3号が機能する場面、つまり、現実の守備範囲は、極めて狭い(と言っても、どのような場面か抗告人には想像もできないが、会社法125条3項3号が設けられている以上、立法者は、一定の場合には、同号が機能する場面があると考えたものと思われる。)ということは明らかである。

よって、会社法125条3項3号は、その現実の守備範囲から考えて、限定解釈が予定されている条項というべきであり、相手方の主張する(a)の解釈は採りえない。

そして、株主名簿を開示した上で行われる委任状勧誘が、企業価値・株主共同の利益にとってプラスになるか否かは、まさに、委任状勧誘が行われた結果として下される株主総会における株主の判断に委ねられるべきものであるから、会社の企業価値にとってプラスになることを疎明しなければならないとする相手方の(b)の主張も、失当と言わざるを得ない。

本件において、株主名簿の閲覧が認められなければならないことは、繰り返し述べてきたとおりであり、原決定は、買収防衛策を正当化する契機を「最終的には会社の利益の帰属主体である株主自身の判断」に求めたブルドックソース事件・前掲最二決平成19年8月7日の論旨と矛盾する。そして、会社法297条との整合性を欠く結論になることなどの様々な矛盾を無視して、また、上場会社である抗告人が委任状勧誘目的以外で株主名簿を使用しないことを、相手方のみならず(甲24)、市場に対しても誓約している(甲32)ことから、弊害も全く生じない場面であることも黙殺して、極めて現実の守備範囲の狭い会社法125条3項3号が、あまりにも蓋然性の低い例外的な場面で生じる弊害を防止するために、弊害の発生を網羅的一般的に予防していると、敢えて解釈するのか否かが、問われているのである。

6 上記<6>について

相手方は、<6>抗告人の主張は立法論である、と主張する。

しかしながら、上記のとおり、抗告人の主張が解釈論であることは明らかである。相手方は、理由なく立法論と反論するしか、E教授意見書(甲81)やI教授意見書(甲89)に対する反論が、思い浮かばないのである。

7 上記<7>について

相手方は、<7>「抗告人が主張する『会社法の全体構造』が、なにを指すものであるか明確でない。」「改正前商法下で同様の取り扱いがなされていた定款、社債原簿、株主名簿について、会社法が、形式的に平仄を合わせることなく、それぞれ異なる拒絶事由を規定していることに照らせば、」「原決定の解釈こそ、会社法の体系的な理解に整合する解釈である」(第3、3(5)〔14~15頁〕)、と主張する。

しかしながら、抗告人が主張する「会社法の全体構造」とは、(a)法125条3項3号の法意も、究極的には企業価値・株主共同の利益を図るためのものであること、(b)同一法典中に法297条が定められていることや、(c)同一法典中に「第二編 株式会社」「第四章 機関」が定められ、ここで株主総会と取締役会の権限分配について定められていること、(d)ブルドックソース事件最二決平成19年8月7日民集61巻5号2215頁の判示する企業価値・株主共同の利益に資する買収であるか否かの判断は、最終的には株主が行うべきとしていること、であり、明確である。

相手方の主張は、単なる雰囲気作りの域を出るものではない。

8 結論

以上のとおりであるから、相手方の<1>ないし<7>の主張はいずれも理由がなく、本件において被保全権利が認められることは明らかである。

第2保全の必要性について

1 本件において、相手方にはキャスティングボードを握る22.71%の株主に直接コンタクトをとる手段があるにもかかわらず、抗告人にはかかる株主に直接コンタクトを取る手段がないことは、抗告人にとっての著しい損害である。

相手方の答弁書における反論は、「65%ではなく、77.29%の株主が判明している」といった、お話にならない主張(第4、3)を除けば、要するに、「相手方は代替案を提案したし、インターネットや招集通知に抗告人の連絡先を記載しておけば、興味のある株主は抗告人に連絡してくるのだから、抗告人の方から株主に直接コンタクトを取る手段を持たせる必要性はない」(第4、1、2、4)というものである。

すなわち、相手方は、先ず、抗告人に「77.29%の株主が判明している」ので保全の必要性はないと主張するが、相手方J常務の説明書(乙82)に基づいてこの77.29%の票読みをすると、明らかに現経営陣(相手方)側であるのは35.12%であり(小佐野投資、カテリーナ・ファイナンス、三菱UFJ信託銀行、日本ハウズイング従業員持株会、B、その他相手方取締役及び監査役)、明らかに抗告人側であるのが16.16%(抗告人、井上投資)であり、明らかに中立と思われるのが12.81%(株式会社ランドマーク)であり、抗告人及び相手方に質問状を出すなどして中立であるかもしれないK家が13.2%(カテリーナ・イノウエ、F)である。したがって、仮に、抗告人がランドマーク及びK家に直接のお願いをして、これら株主が抗告人の賛成にまわったとしたとしても、抗告人側の票は42.17%までしか届かないため、株主名簿を見なければ抗告人には知り得ない残りの22.71%(=100-77.29)の株主が、まさに、買収防衛策の発動に関するキャスティングボードを握っているのである。

そこで、抗告人にとって、この22.71%の株主を知ることができない結果、票読みも直接のコンタクトもできないことは死活問題であり、悠長に本案判決を待っている時間的余裕がない(緊急の必要性がある)ことは明らかである。

逆に言えば、相手方としては、本件裁判をできるだけ長引かせてでも、抗告人に株主名簿を渡したくないのである。

そもそも、実効性ある委任状勧誘を行うためには、実務上、勧誘者が株主に直接コンタクトを取る手段を持つことが不可欠であることは、原審における平成20年5月12日付債権者準備書面(3)、並びに当審における平成20年5月21日付抗告理由書第2、5及び平成20年5月26日付準備書面(1)第3で、繰り返し、主張したとおりであり、これが必要ないということであれば、IRJもプロキシーコールを提案しないし(甲77:IRJ提案書)、モリテックスも社員を休日出勤させて電話などしない(甲87:新聞記事)。実際に委任状合戦の実務を経験したG弁護士や西岡弁護士の陳述書(甲82、83)からも明らかなとおり、受け身の株主に直接の働きかけをして説得することができるか否かが、まさに、委任状合戦の勝敗を決するのである。

だからこそ、相手方も、平成20年5月8日の原審第2回審問期日において、株主への個別の電話や個別訪問をして面談等を行うことも検討していると回答している(甲79)。そして、実際上も、上記の通り票読みが切迫している情勢だからこそ、相手方は、既に従業員などを総動員して(元東洋信託銀行出身の相手方従業員50名が電話係をしているとのことである)、手をこまねいているだけの抗告人を尻目に、キャスティングボードを握る22.71%の株主に対する電話攻勢等直接の働きかけを開始しているのである(抗告人には、相手方関係者から訪問を受けたが、抗告人は何も説明しないのかという株主からの問い合わせが、複数入っている)。

そもそも、本件において、相手方から代替案が出されたことによって、保全の必要性がなくなるという決定がでるのであれば、競業者でも何でもないあらゆる種類の株主からの株主名簿閲覧謄写請求の仮処分申立てについても、同様に和解案を提示することによって、保全の必要性がなくなってしまう。それでは、会社は、競業者であるかどうかに関係なく、どのような種類の株主からの請求であっても、代替案を出すことによって、株主による委任状勧誘を妨害することができてしまうことになる。本件においても、相手方は、委任状勧誘の必要性は承知しているなどとして代替案を提示しているが、要するに、株主名簿を開示して対等な条件の下で抗告人に委任状勧誘を行われるくらいであれば、事務負担をした方が「得」という価値判断をしたに過ぎない。

したがって、代替案の提示が、保全の必要性を否定する理由にならないことは明らかである。

2 平成20年5月28日から買収防衛策に基づく「株主熟慮期間」が開始されたことによって、保全の必要性は高まっている。

さらに、相手方の平成20年5月27日付リリース(甲91)のとおり、相手方は、買収防衛策に基づく「株主熟慮期間」を平成20年5月28日から開始した。

この「株主熟慮期間」は、「当社株主の皆様が、大規模買付者から提供された情報、およびこれをもとにした当社取締役会の意見や代替案を考慮して、買付者等からの提案に応ずるか否か等について適切な判断をしていただくための熟慮期間」(甲4〔5頁〕)であるから、この期間は、抗告人による買付提案に対して反対表明をしている相手方が、抗告人に対して買収防衛策に基づく対抗措置を発動することを目的として、電話勧誘などを含めた熾烈な委任状勧誘を行うための期間である。

したがって、これに対抗して、抗告人が速やかに委任状勧誘を行う必要性・緊急性は、急激に高まっている。

3 小括

以上のとおりであるから、本件において、保全の必要性が認められることは明らかであり、また、「株主熟慮期間」が開始されたことによって、保全の緊急の必要性は、急激に高まっている。

第3早期の決定についての上申

原決定が平成20年5月15日に出され、即日抗告をしてから、既に2週間が経過しているが、株主総会手続が適正であるための公平な委任状勧誘が行われるためには、抗告人は、直ぐにでも株主名簿を入手する必要がある。

御庁におかれましては、最高裁判所の審理期間も考慮すれば、速やかに手続をお進め頂き、遅くとも6月の第1週中には決定をお出し下さいますよう、お願い申し上げます。

(別紙)〔抗告人〕準備書面(3)<省略>

(別紙)〔抗告人〕準備書面(4)<省略>

(別紙)〔抗告人〕準備書面(5)<省略>

(別紙)〔抗告人〕準備書面(6)<省略>

(別紙)答弁書

第1抗告の趣旨に対する答弁

1 抗告人の抗告を棄却する

2 抗告費用は抗告人の負担とする

との裁判を求める。

第2相手方の基本的立場及び主張の骨子

1 相手方の基本的立場

本件は、株主名簿の閲覧謄写請求に関し争われているものであるが、抗告人の主張は、いわば委任状勧誘の必要性をアプリオリィに重視する立場から、立法論に属するものと評すべきものである。相手方の取締役は、会社に対する善管注意義務を負っており、会社法の規定に従い、抗告人による株主名簿の閲覧謄写請求に粛々と対処せざるを得ない。一方、相手方としても、抗告人による委任状の勧誘については理解をし、会社法第125条第3項第3号で保護されるべき相手方の利益や株主のプライバシーとの調和を図る趣旨で、第4、1で述べるとおりの提案をしている。相手方としては、本件の解決は、同提案にて充分に図ることができると思料する。

2 相手方主張の骨子

抗告人は、被保全権利について、原決定の会社法第125条第3項第3号の解釈を、会社法全体の構造を無視した解釈であると主張する。しかし、第3以下で述べるとおり、原決定は至当な解釈に基づくものであって、抗告人の主張は法解釈を超えた立法論というべきであり認められるべきではない。

また、抗告人は、保全の必要性について、原決定の事実誤認を主張するが、第4以下で述べるとおり、本件仮処分が認められることによって相手方が被るおそれのある損害に比較して、抗告人が被る損害が著しく大きいとは到底いえず、抗告人の損害を避けるため緊急の必要があるとは到底いえない。

したがって、被保全権利及び保全の必要性は認められず、抗告人の即時抗告は棄却されるべきである。

以下詳述する。

第3被保全権利について

1 抗告人の主張の要旨

抗告人は、法第125条第3項第3号について、「請求者が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであるときには、当該株式会社は閲覧等の請求を拒むことができることを定めたものと解するのが相当」とした原決定の解釈につき、会社法全体の構造を無視した解釈であるなどと論難する。

抗告人は、抗告理由書及び準備書面(1)において、縷々議論を展開して原決定を非難しているが、抗告人の主張の論拠は、大要、以下のとおりに要約される。

<1> 原決定の法第125条第3項第3号の解釈は誤った形式的文言解釈である。

<2> 原決定の法第125条第3項第3号の解釈は会社法の全体構造と整合しない。

<3> 法第125条第3項第3号には立法事実がない。

しかし、以下に述べるとおり、かかる抗告人の論拠はいずれも独自の主張であって認められるべきではない。

2 抗告人の主張<1>に対する反論

(1) 抗告人の主張

抗告人は、法第125条第3項第3号に関し、限定解釈すべき旨の抗告人の主張を排斥した原決定の解釈について、文言のみを理由とした形式的な解釈であると主張する。

しかし、以下に述べるとおり、実質的にみても、同号について抗告人主張のような限定解釈をすべき理由はなく、原決定の解釈は全く妥当なものである。むしろ、同号を文言通りに解することこそが、実質的な立法理由に沿うというべきである。

(2) 相手方の反論

ア 法第125条第3項第3号の立法事実

株主名簿には、当該株式会社の取引先・顧客の情報が記載されていることも多く、しかも、株主名簿に記載された取引先・顧客は、当該株式会社の株式を保有しているという点で、単なる取引関係を超えた親密な関係を有している。このような取引先・顧客情報が記載された株主名簿が競業者によって閲覧・謄写された場合、競業者によって取引の妨害が行われる、取引先が奪われるなどといった事態が生じかねない。同号はかかる弊害のおそれを立法事実として考慮して定められた規定である(債務者による平成20年4月30日付答弁書41ないし43頁)。

イ 法第125条第3項第3号は会社法制定前の議論を踏まえ規定された

また、改正前商法下において、競業者による株主名簿の閲覧・謄写の可否について、閲覧・謄写を認める肯定説と競業者を理由として閲覧・謄写を拒絶できるとする否定説とが議論されていた状況下で、会社法が、同号によってあえて競業者を理由とする拒絶事由を定めたことからすれば、会社法は競業者を理由として株主名簿の閲覧・謄写を拒絶できるとする上記否定説を明確に採用したものと解すべきである(同答弁書46及び47頁)。

ウ 法第125条第3項第3号と法第433条第2項第3号が同一の文言で規定された実質的理由

このように、株主名簿が競業者によって閲覧・謄写された場合、当該株式会社にとって会計帳簿の場合と同様の弊害が生じるおそれがあるため、会社法は競業者を理由として閲覧・謄写を拒絶できるとする立場を明確に採用したのであり、それゆえに同号は法第433条第2項第3号と同一の文言で規定された。

したがって、法第125条第3項第3号の文言は、法第433条第2項第3号の文言に形式的に合わせた文言などではなく、株主名簿が当該株式会社にとって「重要な企業秘密情報」であることを実質的に考慮して採用された文言というべきである。原決定も、かかる株主名簿の重要性を考慮したがゆえに、同号の趣旨について、「他の競業者に株主名簿が閲覧され、株主の氏名、住所、有する株式数等の詳細を把握されると、競業に利用されて株式会社の利益を害するおそれがあるから、これを防止することにある」とし、競業者を理由として閲覧・謄写の請求を拒絶することができるとしたのであって、原決定の解釈は、抗告人が主張するような文言が定められていないということだけを理由とした形式的な解釈などではない。

3 抗告人の主張<2>に対する反論

(1) 法第297条は、法第125条第3項第3号を限定解釈する根拠となり得ない

抗告人は、法第125条第3項第3号を原決定のように解釈すると、法第297条と整合しないと主張する(抗告理由書4頁)。

しかし、既に相手方が主張したとおり、少数株主による株主総会の招集をどのように行うかという問題と株主名簿の閲覧・謄写請求の拒絶事由として妥当な事由が何であるかの問題は次元の異なる問題であり、同条項を限定解釈する理由とはならない(債務者による平成20年4月30日付答弁書50頁)。

(2) 委任状勧誘が重要であるとしても、それゆえに株主名簿が競業に利用される弊害が消滅するわけではない

ア 委任状勧誘が常に企業価値の向上をもたらすとは何ら疎明されていない

抗告人は、法第125条第3項第3号の法益は、究極的には企業価値・株主共同の利益の保護にあるが、原決定の解釈では委任状勧誘が実効的に行えず、企業価値・株主共同の利益が害されると主張する(抗告理由書5頁)。

例えば、抗告人は、この点に関し、「原決定のように近視眼的に同号の文言を形式解釈するだけでは、買収防衛の是非を株主総会の判断に委ねるというコーポレートガバナンスにおける重要局面において、株主総会が形骸化してしまうことになり、かえって、当該株式会社の企業価値ないし株主共同の利益は、著しく害されてしまう」(抗告理由書5頁)などとする。

このように、抗告人は、委任状勧誘が実効的に行えないことが、企業価値・株主共同の利益にマイナスであることをアプリオリィの前提とする。しかし、企業買収にはシナジーを生じて成功するものあれば失敗するものもあり、これに向けた委任状勧誘が常に企業価値の向上にプラスであるといった前提には疑問がある。委任状勧誘ができなければ、企業価値が著しく害されてしまうなどとという一般論の正当性は何ら疎明されていない。

イ 法第125条第3項第3号は企業価値の毀損を防ぐものである

また、相手方も委任状勧誘を妨害する意図など全くなく、株主名簿の必要性も理解している。しかし、委任状勧誘が行われる場合であったとしても、一旦株主名簿が競業者の手に渡ったのであれば、株主名簿が競業に利用され、当該株式会社の取引が妨害されるなどの上記2(2)アで挙げた弊害(より具体的には債務者による平成20年4月30日付答弁書41ないし43頁を参照されたい。)、すなわち企業価値が害されるおそれは顕在化することになる。そうである以上、委任状勧誘の重要性が常に法第125条第3項第3号に優先し、同号が限定解釈されるべきということにはならない(なお、後述するとおり、株主名簿がなくとも抗告人は実効的な委任状勧誘を実施できる。)。委任状勧誘をしたとしても、必ずしも企業価値の向上をもたらすとはいえない以上、株主名簿が競業に利用されることによる企業価値の減少を未然に防ぐために設けられた法第125条第3項第3号が限定解釈されなければならない理由とはならない。

つまり、法第125条第3項第3号は、株主名簿が競業者によって閲覧・謄写された場合に生じるおそれのある弊害に鑑み、かかる弊害の発生を未然に防止することによって企業価値・株主共同の利益を保護しようとした規定である。抗告人主張のように同号を限定解釈してしまうと、却って企業価値・株主共同の利益が害されることになりかねないのである。

ウ 抗告人主張は立法論である

委任状勧誘という目的があれば、競業者であっても株主名簿の閲覧・謄写を認めるとするか否かの問題は、委任状勧誘に際して、どのような当事者間で、どのような時期に、どのような形で株主情報を開示するのが妥当かという委任状勧誘のルールをいかに設計するかの問題であり、むしろ、立法論というべきである。

(3) E教授の見解(甲81)は、解釈論ではなく立法論というべきである

抗告人が依拠するE教授の意見書(甲81)も、その内容とするところは法第125条第3項第3号の解釈論ではなく新たな立法論である。

ア すなわち、まず、同意見書は、法制審議会による「要綱」にない法第125条第3項第3号が規定されたことに関し、立案担当者の不注意又は勇み足が疑われるとしている。

しかし、不注意で制定される法律などあろうはずがなく、同号は然るべき意義、つまり競業者であることを理由として閲覧・謄写を拒絶できるという意義をもって規定されたものである。制定法の解釈論においては、立法者の意思を可及的に尊重するのが民主主義のルールである。また、同号に該当する内容が「要綱」に含まれていなかったという点についても、内閣法制局や国会は「要綱」に拘束されるものではなく、法解釈は最終的に制定・施行された条文の文言にしたがって行われるべきであり、「要綱」に含まれていないことは同号の解釈に影響しない(債務者の平成20年5月8日付準備書面(1)9頁)。

イ さらに、同意見書は、法第125条第3項第3号について、請求者が株主名簿から得た情報を一定のやり方で競業に利用し、会社の利益が害されるおそれがある場合をいうものと解すべきであるとする。

しかし、当該株式会社の側で、請求者が株主名簿の閲覧によって知った情報を一定のやり方で競業に利用するおそれがある場合を立証できるのであれば、それは同項第1号又は第2号に該当することになるはずである。むしろ、同項第3号は、このような立証が不可能あるいは困難であることに鑑み、競業関係という客観的な事由の存在をもって株主名簿の閲覧・謄写の請求を拒絶することができることを明らかにしたものと解すべきである(債務者による平成20年4月30日付答弁書48頁)。

(4) I教授の見解(甲89)も、解釈論ではなく立法論というべきである

I教授は、意見書(甲89)において、法第125条第3項第3号は立法論として削除されるべきであるとした上で、現行法の文言を前提としても、同号は限定解釈されるべきであるとする。

しかし、以下に述べるとおり、I教授の見解もまた、解釈論を超えた立法論とみるほかない。

ア I教授は、同号の限定解釈として、請求者が委任状争奪戦を予定していることを疎明すれば、会社の側で「会社の業務の遂行を妨げ、または株主共同の利益を害する」という同項第2号の拒絶事由に該当することを証明しなければならず、会社は同項第3号の拒絶事由のみを理由として請求を拒絶できないと解するべきであるとする。

しかし、上記のとおり、同号は、改正前商法下で既に競業者を理由とする株主名簿の閲覧・謄写請求の可否について肯定説・否定説の議論が別れていた中で規定されたものである。したがって、仮にI教授のいわれるように、同項第2号に規定するような株式会社の利益が害されるような具体的危険が存在する場合に限って拒絶を正当化すべきであるなら、その旨条文において明記することができたはずである。それにもかかわらず、同項第3号にかかる文言が明記されていないということは、会社法はI教授のいわれるような限定解釈をすべきでないとする立場を明確に採用したものと解すべきである。

イ また、I教授はもう1つの限定解釈として、同項第3号の「請求者が当該株式会社の業務と実質的に競争関係にある事業」を、「知得した情報を閲覧謄写請求の理由(同条第2項柱書後段参照)の通りに実際に利用した場合に競争関係に影響が生じる事業」と限定解釈すべきであるとする。

しかし、かかる解釈は、同号の文言からはあまりに離れた解釈というべきであり、同号の解釈としては取り得ないものである。そもそも、請求者が株主名簿の閲覧・謄写の理由としてそのような競争関係に影響が生じるような事項を記載すること自体が考えられず、上記の解釈をした場合、同号の規定は無意味となる。また、「知得した情報を閲覧謄写請求の理由・・・の通りに実際に利用した場合に競争関係に影響が生じる」場合であれば、かかる閲覧・謄写の請求は、「・・・権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で調査を行ったとき」又は「当該株式会社の業務の遂行を妨げ・・・る目的」での請求と評価でき、同号ではなく同項第1号又は第2号に該当することになる。したがって、同項第3号についてのかかる解釈は、同号第1号又は第2号との関係でもとりえないものである。

ウ さらに、I教授は、競業者を理由として株主名簿の閲覧・謄写が拒絶できるとすると、「企業価値向上の機会が失われる危険性もある」とするD教授の見解を「達見」と評価するが、上述したように、必ずしも企業価値向上の機会が失われるわけではない点が留意されるべきである。また、同項第3号は、むしろ株主情報が競業に利用されることを防止することによって、当該株式会社の企業価値・株主共同の利益を保護する規定であることは既に述べたとおりである。

エ I教授は、「委任状争奪戦は、<1>提案者たちが、個々の株主に対して、正確で誤導しない情報を、各人の創意工夫において、最大限に提供できるようにすることが必要である。そして、<2>提案者の間での争いであるから、一方に有利な土俵において争奪戦が行われることがあってはならない。」とし、原決定を、「委任状勧誘の実務を全く無視し、会社法の理論と実践を妨げるもの」と批判する。

しかし、そもそも、相手方は、抗告人による封緘物を全株主宛に送付することを確約しているのであり、抗告人は伝えんとする情報を相手方の株主に伝える十分な機会が確保されている。また、I教授の見解は、条文の解釈を超えて委任状勧誘のルール整備を行うべきとするものであって、まさに立法論というべきものである。これらは、委任状勧誘規制や書面投票制度と委任状の関係の整理などを経て達成されるものであり、法第125条第3項第3号を限定解釈することによって達成できるようなものではない。

(5) 原決定の解釈こそ、会社法の体系的な理解に整合する解釈である

抗告人は、法第125条第3項第3号も、会社法の全体的構造や他の条文との関係において解釈されなければならないとし、原決定の解釈を非難する。

しかし、抗告人のいう「会社法の全体構造」が、何を指すものであるのか明確ではない。要は委任状勧誘の重要性を説くもののようであるが、「会社法の全体的構造」などという言葉を使い、自らの価値判断を正当化しようとするものに他ならない。

むしろ、「会社法の他の条文と整合のとれた解釈」というのであれば、改正前商法下で同様の取り扱いがなされていた定款、社債原簿、株主名簿について、会社法が、形式的に平仄を合わせることなく、それぞれ異なる拒絶事由を規定していることに照らせば、会社法は、株主名簿について競業を理由として閲覧・謄写の請求を拒絶することができるとする立場を明確に採用したものと解することが、会社法の体系的な理解(抗告人のいう「会社法の全体構造」)に整合するというべきである(債務者による平成20年4月30日付答弁書46及び47頁)。

その他、法第125条第3項第3号について、委任状勧誘目的である場合には限定解釈されるべきである旨の抗告人の主張がいずれも理由のない主張であり認められるべきでないことは、相手方がこれまで繰り返し主張してきたとおりである(同答弁書39ないし56頁、債務者による平成20年5月8日付準備書面(1)7ないし11頁)。

4 抗告人の主張<3>に対する反論

抗告人は、原決定の解釈は裏づけとなる立法事実を欠くものであり、また欧米における取り扱いと異なる旨主張する。

しかし、法第125条第3項第3号は、株主名簿が競業に利用されることの各種の弊害(債務者による平成20年4月30日付答弁書41ないし43頁)を考慮して規定されたものである。また、立法事実の裏付けを欠く、あるいは欧米での取り扱いと異なるなどという抗告人の主張は、もはや解釈論ではなく立法論というほかない。

なお、抗告人は、相手方が、「6億円もの「会社の資源」を無制限に使用して委任状合戦に臨んで」いると主張するが、甲88号証の誤った報道に依拠するものにすぎない。相手方は、約6億円の特別損失を想定しているが、これがすべて委任状勧誘のために使用されるなどとの説明をしたことはないし、甲88号証自体にもそのような記載はない。相手方は、抗告人による買収提案を受け、様々な可能性を考慮し、保守的に特別損失を想定しただけである(また、特別損失中には、抗告人による買収提案とは全く関係のないものも勿論含まれている。)。

5 小括

以上のとおり、会社法は、株主名簿が競業者によって閲覧・謄写された場合、当該株式会社にとって重大な弊害が生じるおそれがあることから、競業者を理由として株主名簿の閲覧・謄写の請求を拒絶することができるとする立場を明確に採用し、それゆえに法第125条第3項第3号を同第433条第2項第3号と同一の文言で規定したのである。また、委任状勧誘を行ったからといって対象会社の企業価値の向上に資するかは必ずしも自明ではなく、委任状勧誘の重要性ゆえに、別途企業価値を守るために立法された法第125条第3項第3号が限定解釈されてよいことにはならない。

さらに、抗告人は、原決定は「会社法の全体構造」に矛盾するというが、抗告人はそもそも「会社法の全体構造」なる概念自体何ら明らかにしていないし、それが会社法の体系的理解との整合性を意味するのであれば、むしろ原決定の解釈こそが整合的というべきである。

したがって、<1>原決定の法第125条第3項第3号の解釈は誤った形式的文言解釈である、<2>原決定の法第125条第3項第3号の解釈は会社法の全体構造と整合しない、及び<3>法第125条第3項第3号には立法事実がない旨の抗告人の主張はいずれも理由がない。また、相手方が繰り返し主張してきたとおり、法第125条第3項第3号を限定解釈すべきとの抗告人の主張も理由のない主張であり、認められるべきではない。

よって、法第125条第3項第3号の趣旨及び文言に従った原決定の解釈は至当な解釈であり、相手方は、同号に基づき、抗告人からの株主名簿の閲覧・謄写請求を拒絶することができるのであって、被保全権利は存在しないというべきである。

以上より、被保全権利が存在しないことから、抗告人の即時抗告は却下されるべきであるが、なお、念のため、保全の必要性についても反論する。

第4保全の必要性について

抗告人は、本件の保全の必要性に関する原決定の判断について、その前提となる事実認定に重大な誤りがあると主張する。

しかし、以下に述べるとおり、原決定の事実認定、及びこれに基づく判断に誤りはなく、原決定の判断は至当というべきである。

1 新たな提案:相手方には、抗告人の封緘物を、その内容物を問わず全株主に対して2回送付する

相手方は、従前より、抗告人の要請があれば、抗告人の用意する封鍼物をその内容物を問わず2回まで全株主宛に送付することを確約している(乙76「貴社による委任状勧誘の実効性を担保するためのご堤案」、債務者による平成20年5月8日付準備書面(1)15及び16頁)。

従前は、抗告人が本仮処分命令申立を取り下げることを条件として、上記の提案をしていたものである。抗告人はそれが抗告人の真の利益にかなうか否かは兎も角、本件を和解等により解決する意向は全くないとのことである。そこで、相手方としては、抗告人による委任状勧誘の必要性を理解し、上記の条件を撤回し、抗告人の作成する封緘物を、乙81号証に従い、2回、相手方の全株主に送付することを確約する(乙81「貴社による委任状勧誘の実効性を担保するためのサイドのご提案」。乙81は本日、抗告人に送付された。)。

すなわち、これにより、抗告人は、勿論のことながら、抗告人作成の委任状を全株主に郵送することができる。また、封緘物中に、抗告人の連絡先(電話番号、ファックス、インターネットのアドレス等)を明記しておけば、抗告人の提案に関心のある株主はいつでも抗告人にコンタクトすることも可能となるのである。このような申し出と、原審が認定するように、抗告人が、株主総会参考書類やインターネットによって相手方の全株主に対して実効的に十分な情報を提供することができることとを併せ考えれば、抗告人は、相手方株主名簿の閲覧謄写をしなくとも、相手方の全株主を対象として十二分に実効的な委任状勧誘を実施できるというべきである。

2 抗告理由書第2の2「<1>~裁判手続を経てなされた情報提供により、『株主の信頼を損なう』ことはありえない」に対する反論

(1) 本件仮処分により相手方が被るおそれのある損害について

抗告人は、原決定が、「本件仮処分が認められた後に、本案訴訟において債権者にその閲覧謄写の請求権がないことが確定した場合、債務者は無権利者に株主個人のプライバシーに関する事項を開示したことになり、その結果、株主の信頼を損なうなど不測の損害を被るおそれがあると考えられる。」と説示した点について、裁判所の決定に基づいて開示したことによって、非難する株主がいるなどとは考えられず、株主の信頼を損なうなどあり得ないと主張する(抗告理由書7頁)。

しかし、株主名簿の閲覧・謄写を認める仮処分決定後、本案によって株主名簿閲覧・謄写請求権が存在しないことが実体的に確定した場合、仮処分決定に基づく開示であっても、それは無権利者に対して株主の情報を開示したと評価されるのは当然である。

また現に、相手方株主の中には、抗告人に対して株主名簿を開示しないよう要請している株主もおり(乙2)、「非難する株主がいるなどとは考えられ」ないという抗告人の主張は、誤りである(なお、当該株主は相手方の取引先でもあり、信頼を損なった場合の損害は大きい)。

なお、株主の信頼を損なう以外にも、抗告人と相手方が競業関係にあるという本件の事実関係の下では、株主名簿が競業に利用されることによって相手方の利益が害されるおそれもあり、かかる弊害も本件仮処分により相手方の被るおそれのある損害として、保全の必要性の判断に際し考慮されるべきは当然である。

(2) 抗告人は、保全の必要性において考慮すべき相手方の損害を誤認している

抗告人は、「『本案訴訟において債権者にその閲覧謄写の請求権がないことが確定した場合』に想定される損害は、株主名簿情報が競業に利用されてしまったという損害であるはずであるが、原決定は、いつの間にか損害を『無権利者に株主個人のプライバシーに関する事項を開示したことになり、その結果、株主の信頼を損なう』という損害にすり替えている」と主張する(抗告理由書8頁)。

しかし、保全の必要性において考慮される相手方の損害は、権利関係が確定しないままでの暫定的な措置として閲覧等を認める仮処分命令が下され、これにより株主名簿の情報が請求者である抗告人に開示されることによって生じ得る損害である。法第125条第3項第3号が防止しようとする損害に限定されるわけではない。本件では、株主名簿が競業者に開示されることになる以上、これが競業に利用されることの弊害も考慮されるべきであることは当然である。

このように、保全の必要性の判断においては、あくまで暫定的措置である仮処分の性質に照らして、相手方に生じるべきあらゆる損害が考慮されなければならない。

したがって、本件仮処分の保全の必要性の判断において考慮されるべき相手方の損害は、株主名簿が競業に利用されることによる損害に限定すべきとする抗告人の主張は、保全の必要性において考慮されるべき相手方の損害を見誤った主張というほかない。

2 抗告理由書第2の3「<2>~インターネットを通じた情報提供や、大量保有報告書等を通じた情報開示を根拠として『保全の必要性』が認められないとすると、およそ株主名簿の閲覧謄写をめぐる争いでは、仮処分による救済は受けることができなくなる」に対する反論

抗告人は、原決定が、「株主総会参考書類の記載やホームページ等での情報提供を通じ、あるいは判明している株主らに対してはそれらに加えて直接面談等を申し入れることにより、債務者株主に対し本件提案に賛同するように働きかけることが可能」と説示している点について、インターネットによる情報提供は委任状合戦においては通常行われていることであり、また参考書類に株主提案の理由等を掲載することは必要最低限の要請にすぎないと主張する(抗告理由書8頁以下)。

しかし、抗告人も、インターネットによって、相手方株主に対して抗告人の提案する事業提携・事業統合に関する情報を提供することができ、これを通じて相手方株主に対し、本件提案に賛同するよう働きかけることができることの有用性を否定するものではあるまい。

また、相手方は、会社法施行規則第93条第1項第3号に基づいて、株主総会参考書類に抗告人の本件株主堤案の提案理由を全文記載することを確約しているだけではない。相手方は、株主総会参考書類に、提案理由の記載だけでなく、提案理由等について抗告人のホームページを参照するようにといった記載を抗告人のホームページアドレスとともに記載すると確約しているのであり(債務者による平成20年4月30日付答弁書60頁)、株主総会参考書類にこのような記載をすることは法令上何ら義務づけられていることではない。相手方は、相手方株主が抗告人側の情報にもアクセスした上で、本件株主提案の是非を判断できるようにすべきとの配慮に基づいて、法令上の義務以上の記載をすることを任意に確約しているのである。

このように、株主総会参考書類に上記の記載をすることで、相手方の全株主に対して抗告人のホームページにアクセスする機会が付与されることになり、これと相まって、抗告人のインターネットによる情報提供はより実効的な情報提供手段となる(平成20年4月30日付答弁書58ないし61頁)。原決定の上記説示は、かかる点を評価した合理的な判断というべきであり、これに反する抗告人の主張は認められるべきではない。

3 抗告理由書第2の4「<3>~本件では、抗告人に判明している65%以外の株主を対象として、票読みを行い、直接働きかけをすることが、委任状合戦の勝敗を分けることから、『65パーセントの株主情報は判明している』ことは、保全の必要性を否定する理由とならない」に対する反論

(1) 抗告人の主張は、原決定の事実認定及び判断の構造を恣意的に歪曲した主張である

ア 抗告人の主張

抗告人は、原決定について、「短絡的にかかる31.18%の『債務者株主に対して直接働きかけを行わねば本件株主提案について実効性ある委任状勧誘を行うことができないと認めるには足りない』と断定しており、事実認定に誤りがある」と主張する(抗告理由書10頁)。

イ 原決定の事実認定及び判断の構造

しかし、原決定は、相手方の大株主の情報が開示されている事実のみをもって、抗告人のいうように「短絡的に」、相手方株主に対して直接働きかけを行わねば実効性ある委任状勧誘ができないとはいえないなどと判断しているのではない。

すなわち、上記のとおり、抗告人は、相手方が株主提案の理由や抗告人ホームページのアドレス等を株主総会参考書類に記載する結果、株主総会参考書類やインターネットによって、相手方の全株主に対して実効的に十分な情報を提供することができる。原決定は、抗告人が相手方の全株主に対して実効的な情報提供ができると評価し、それに加え、既に判明している持株比率合計約65%の株主に対しては直接働きかけることもできるという事実を認定したうえで、相手方株主に対する更なる直接的働きかけまで不可欠であるとは認めるに足りないと判断しているのである。原決定は、「短絡的に」、相手方株主に対して直接働きかけを行わねば実効性ある委任状勧誘ができないとはいえない旨断定しているのではなく、これに反する抗告人の主張は、原決定の事実認定、評価、判断の構造を恣意的に歪めた主張である。

ウ 持株比率にして多数の割合を占める株主の情報は既に判明している

平成20年3月31日現在の相手方株主名簿によると、相手方の上位10名の大株主は、<1>株式会社ランドマーク、<2>小佐野投資株式会社、<3>株式会社カテリーナ・イノウエ、<6>株式会社原弘産、<5>株式会社カテリーナ・ファイナンス、<6>井上投資株式会社、<7>三菱UFJ信託銀行株式会社、<8>日本ハウズイング従業員持株会、<9>B、<10>F、であり、これら10名の合計持株比率は72.48%である。また、相手方代表取締役社長を除く相手方取締役19名及び監査役3名の合計持株比率は4.81%であり、上記大株主の合計持株比率と合計すれば、77.29%の株主が判明していることになる(陳述書(乙82))。

したがって、持株比率にして極めて多数の割合を占める株主の情報は抗告人にも判明しているのであり、現実的にみて直接的な働きかけの対象となるだけの株主情報の多くは既に判明しているというべきである。

エ 抗告人はインターネットを通じた委任状勧誘を実施できる

さらに、抗告人は、自らのホームページに委任状の書式や記載方法などの情報を掲載することによって、インターネットを通じて全株主に委任状勧誘を行うことができ、現にこのような方法で委任状勧誘を実施した他社事例も存在する(資料版/商事法務289号65頁、74及び75頁(乙83)、平成20年1月18日付イー・アクセス株式会社ホームページ「『株式会社アッカ・ネットワークスに対する当社の株主提案の内容及び委任状の用紙等の資料』の公開について」(乙84))。上記のとおり、相手方が株主総会参考書類に抗告人ホームページアドレスを記載することも併せ考えれば、かかる方法によって抗告人は実効的な委任状勧誘を実施できるというべきである。

(2) 相手方が著しく不利な状況にあるという主張は失当である

相手方は、原決定の説示について、「相手方(原審債務者)が100%の株主に対して直接働きかけることができることと比較して」、「著しく不利な条件での働きかけしかできない」と主張する(抗告理由書10頁)。

しかし、前記のとおり、相手方は、抗告人の要請があれば、抗告人の用意する封緘物をその内容物を問わず2回まで全株主宛に送付することを確約する。これにより、抗告人は、委任状を全株主に届けることができるばかりか、希望する株主からは直接コンタクトを受けることができる。これと、原審が認定するように、抗告人が、株主総会参考書類やインターネットによって相手方の全株主に対して実効的に十分な情報を提供することができること、インターネットを通じての全株主に対する委任状勧誘を実施できることとを併せ考えれば、抗告人は、相手方株主名簿がなくとも、相手方の全株主を対象として十二分に実効的な委任状勧誘を実施できるというべきである。

(3) 小括

以上のとおり、抗告人の主張は原決定の事実認定、評価、判断の構造を恣意的に歪めた主張というべきである。

また相手方は、抗告人の要請があれば、抗告人の用意する封緘物をその内容物を問わず2回まで全株主宛に送付することを確約しているのであり、抗告人は全株主に対して実効的な委任状勧誘が実施できるのであるから、抗告人は、相手方株主名簿がなくとも十分に実効的な委任状勧誘を実施できる。かような点を考えれば、抗告人の置かれた状況は「65:100」の母数で委任状合戦を実施しなければならないといった状況にはないのであり、相手方が著しく不利な状況にあるという主張は失当である。

4 抗告理由書第2の6「共益権の侵害(委任状勧誘を行えない不利益)は、明らかに、「具体的な損害」である」に対する反論

抗告人は、「『平等の地位が確保されていない』というのは、明らかに『損害』である」などと主張する(抗告理由書12頁)。

しかし、いみじくも原決定10頁が説示するように、「現時点で債権者に判明していない債務者株主に対し直接働きかけられないことそれ自体によって債権者に具体的な損害が生じるものではないし、他に本案訴訟を待たずに本件株主名簿を閲覧謄写できないことによって債権者が具体的に損害を被るおそれがあることについて十分な疎明があるとは認められない」のである。

すなわち、現時点で抗告人に判明していない相手方株主に対し直接働きかけられないことによって、抗告人に生じ得る損害として抗告人が想定している、あるいは抗告人が損害として裁判所にイメージさせたいと思っている損害は、かかる直接的な働きかけができないことによって抗告人の本件株主提案が可決されず、その結果抗告人による相手方の買収が成功しないことにより抗告人に生じる損害(得べかりし利益)であるとも考えられる。しかし、かかる損害が具体的に生じるおそれがあるといえるためには、<1>抗告人が、判明していない相手方株主に対して、株主名簿を用いて直接的な働きかけができたならば、本件株主提案が相手方の株主総会において可決されること、<2>その上で、抗告人による本公開買付けが成功すること、及び<3>その結果、抗告人に相手方との提携等によりシナジーが生じ、抗告人が多大な経済的利益が得ることが前提となるが、かかる前提事実については全く疎明されていないのである。

あるいは抗告人は、抗告人に判明していない株主に直接委任状勧誘ができないこと自体を損害とする趣旨かもしれないが、上述したとおり、抗告人は実効的な委任状勧誘が十分に可能なのであり、それ以上に、判明していない株主に直接コンタクトできないことが、抗告人に生じる「著しい損害」であるなどとは、到底言い得ない。

5 小括

以上のとおり、抗告人は、相手方が株主提案の理由の全文や抗告人ホームページのアドレス等を株主総会参考書類に記載することによって、株主総会参考書類やインターネットを通じ、相手方の全株主に対して実効的に十分な情報を提供することができる。まして本件では、相手方から相手方の全株主に対して抗告人の要請する封緘物を送付することによって、実効的な委任状勧誘を実施することができる。さらに、現時点で抗告人に判明していない相手方株主に対し直接働きかけられないということそれ自体によって、抗告人に具体的な損害が生じるわけではなく、直接的な働きかけができないことによっていかなる損害が生じるかについても何ら疎明がない。

他方、原決定が説示するように、本件仮処分が認められた後に、本案訴訟において債権者にその閲覧謄写の請求権がないことが確定した場合、相手方は無権利者に株主個人のプライバシーに関する事項を開示したことになり、その結果、株主の信頼を損なうなど不測の損害を被るおそれがある。特に、抗告人に対して株主名簿を開示しないよう要請している株主が現にいることを考えれば、相手方が不測の損害を被るおそれは高い。

また、抗告人と相手方が競業関係にあるという本件の事実関係の下では、上記の株主の信頼を損なうなどの損害に加え、株主名簿が競業に利用されることによって抗告人の利益が害されるおそれも考慮されなければならない。

これら本件仮処分により相手方の被るおそれのある損害は、株主名簿が一旦開示されてしまった場合、情報という性質上開示前の状況に戻すことは不可能であることから、回復不能の損害となる。

したがって、本件仮処分が認められることによって相手方が被るおそれのある損害に比較して、抗告人が被る損害が著しく大きいとは到底いえず、抗告人の損害を避けるため緊急の必要があるとは到底いえない。

よって、保全の必要性は認められないというべきである。

第5結論

以上述べたとおり、原決定を非難する抗告人の主張は、いずれも理由のないものであり、本件で被保全権利は存在せず、また保全の必要性も認められない。

よって、抗告人による即時抗告は、速やかに棄却されるべきである。

(別紙)〔相手方〕準備書面(1)<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例