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東京高等裁判所 平成20年(行ケ)17号 判決 2009年10月23日

平成20年(行ケ)第17号審決取消請求事件(以下「第17号事件」という。)

平成20年(行ケ)第23号審決取消請求事件(以下「第23号事件」という。)

平成20年(行ケ)第29号審決取消請求事件(以下「第29号事件」という。)

平成20年(行ケ)第31号審決取消請求事件(以下「第31号事件」という。)

新潟市中央区八千代1丁目5番32号

第17号事件原告

株式会社加賀田組

同代表者代表取締役

市村稿

同訴訟代理人弁護士

若山正彦

東京都新宿区西新宿7丁目5番25号

第23号事件原告

三井住友建設株式会社

同代表者代表取締役

五十嵐久也

同訴訟代理人弁護士

松井秀樹

大庭浩一郎

前橋市元総社町1丁目1番地の7

第29号事件原告

佐田建設株式会社

同代表者代表取締役

佐田建設株式会社

同訴訟代理人弁護士

荒木徹

萩原剛

萩原克虎

高橋美知代

東京都台東区東上野6丁目23番5号

第31号事件原告

大木建設株式会社

同代表者清算人

石川徹

同訴訟代理人弁護士

二神俊昭

二神俊和

東京都千代田区霞ヶ関1丁目1番1号

被告

公正取引委員会

代表者委員長

竹島一彦

同指定代理人

南雅晴

高原慎一

秋沢陽子

佐藤真紀子

大谷美穂

渡辺健一

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  第17号事件

公正取引委員会平成14年(判)第13号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律に基づく課徴金納付命令審判事件について,被告が平成20年7月24日付けで原告株式会社加賀田組(原告加賀田組)に対してした審決を取り消す。

2  第23号事件

公正取引委員会平成14年(判)第3号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律に基づく課徴金納付命令審判事件について,被告が平成20年7月24日付けで原告三井住友建設株式会社(原告三井住友建設)に対してした審決を取り消す。

3  第29号事件

公正取引委員会平成14年(判)第23号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律に基づく課徴金納付命令審判事件について,被告が平成20年7月24日付けで原告佐田建設株式会社(原告佐田建設)に対してした審決を取り消す。

4  第31号事件

公正取引委員会平成14年(判)第25号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律に基づく課徴金納付命令審判事件について,被告が平成20年7月24日付けで原告大木建設株式会社(原告大木建設)に対してした審決を取り消す。

第2事案の概要等

本件は,被告において,財団法人東京都新都市建設公社(公社)が,東京都の区域のうち区部及び島しょ部を除く区域(多摩地区)において,平成9年10月1日から平成12年9月27日までの間(本件対象期間)に発注した土木工事について,原告ら(ただし,原告三井住友建設については吸収合併前の住友建設株式会社)を含む33社が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律(平成17年法律35号)附則2条の規定によりなお従前の例によることとされる同法による改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)3条に違反する不当な取引制限を行ったとして,上記33社のうち原告らを含む30社に対して課徴金の納付を命じる審決(本件審決)をしたところ,原告らがこれを不服として,本件審決の取消しを求める事案である。

第3前提事実

1  当事者等

(1)  原告らは,肩書き住所地に本店を置き,いずれも建設業法の規定に基づき国土交通大臣の許可を受け,国内の広い地域において総合的に建設業を営む者(ゼネコン)であり,多摩地区において営業所を置くなどして事業活動を行っている。

(2)  原告大木建設は,平成17年3月31日,神田大木建設株式会社に営業を譲渡した上,解散を決議し,現在,清算手続中である (弁論の全趣旨)。

原告三井住友建設は,もと「三井建設株式会社」の商号であったが,平成15年4月1日に住友建設株式会社(住友建設)を吸収合併した上,商号を現商号とした(弁論の全趣旨)。

(3)  公社は,東京都並びに八王子市,青梅市,町田市,福生町,羽村町及び日野町(当時の市町名)により,昭和36年7月20日に設立された財団法人であり,多摩地区に所在する市町村から委託を受けるなどして,多摩地区において公共下水道の建設等の都市基盤整備事業を行う者である(査共60)。

2  公社の工事発注方法

(1)  公社は,本件対象期間,多摩地区において別紙1記載の72件の工事(本件各工事)を発注した(査共328,463。以下の説明は,いずれも本件対象期間におけるものである。)。

(2)  公社は,予定価格が500万円以上である工事を発注する際には,指名競争入札の方法によって発注業者を選定した。

工事の発注に当たっては,まず「工事発注予定表」をもって発注する工事の件名,概要,格付け等を公示し,入札に参加を希望する事業者は,公社に工事希望票を提出し,これを提出する者の中から入札に参加する事業者又はJVの構成員となるべき者が選定された。

公社は,入札に参加する指名業者の選定について,その契約規程10条によって「東京都新都市建設公社工事請負指名業者選定基準」を定めており,これによると,経営状況や技術力を元に業者の適格性の判定を行い,適格性ありと判定された者の中から指名業者の選定を行うものとされ(査供436,438,439,464から466),事業者が入札に参加するためには,その資格を有する事業者として公社に登録された者であることが必要とされた。実務的には,東京都財務局が作成している建設工事等競争入札参加有資格者名簿(査供469,470)に基づいて入札参加資格及びその格付けが判定されていた。

(3)  公社は,上記名簿に基づいて,事業者を工種区分ごとにAからEまでのランクを用いて格付けし(事業者ランク。格付けは東京都財務局の上記名簿に従ったものである。また,ランク毎に更に順位が付されている。),他方,発注する工事を,その予定価格の額を基礎とし,これに施工技術の難易性を勘案して,AからEまでの工事及び共同施工方式により施工する工事に格付けし,原則としてその工事のランクに対応する格付けを有する事業者を入札に参加する事業者として指名した。

(4)  工事を発注する場合は,1社のみに請け負わせる場合(単独施工方式)と,共同企業体(JV)に請け負わせる場合(共同施工方式)がある。単独施工方式の場合は,予定価格が原則として2億6000万円未満の工事とされ,それ以上の予定価格の工事は原則として共同施工方式の工事とされた。共同施工方式の工事は,AAランク,ABランク,ACランクに格付けされ,順にいずれもAランクの2社,AランクとBランクの2社,AランクとCランクの2社のJVにより施工されるものとされた。工事の格付けの基礎とされる予定価格は,5億6000万円以上はAAランク,3億円以上5億6000万円未満はABランク,2億6000万円以上3億円未満はACランクとされ,1億7000万円以上2億6000万円未満はAランクの単独施工工事とされたが,中には工事内容等を勘案して当該工事の本来のランクよりも上位のランクに格付けされる工事があった。

単独施工工事の指名競争入札の参加者は,発注する工事のランクに対応する事業者ランクに格付けされた者の中から指名することを基本とし,共同施工工事については,事業者ランクがAである者をJVの構成員のうちの代表者(JVのメイン)として指名し,事業者ランクがB又はCの者をJVのメイン以外のJVの構成員(JVのサブ)として指名することを基本とし,指名を受けたJVのメインとJVのサブにJVを結成させ,当該JVを指名競争入札の参加者としていた。

AAランクに格付けした共同施工工事については,JVのメインとJVのサブを区別せずに,事業者ランクがAの者の中から指名することを基本とし,指名を受けた者同士にJVを結成させ,当該JVを指名競争入札の参加者としていた(査共64,436,438,439,466から470)。

(5)  入札に参加する事業者の選定は,公社の指名業者選定委員会によって行われ,単独施工工事については10社が,共同施工工事についてはメインの業者10社,サブの業者10社がそれぞれ指名され,まれに工事希望表を提出する業者が10社に満たない場合は,いわゆる逆指名を行うこともあった。その選定の際に考慮される要素で重要なものは,工事の規模,工法の難易度であるが,公社は,地元建設業者の育成を図りつつ,当該工事の技術的困難性に応じた選定を行っており,選定する事業者の活動の拠点,格付け,工事希望票の提出回数,指名回数及び受注回数,公社発注の工事の現在施工状況等も総合的に勘案していた。特に,地元業者は優先的に指名をされ,Aランクと位置づけられる工事についてもその直下のBランクの地元業者が指名される例もあった(査共367から436,438から441,464から466,469,470,審共9)。

(6)  入札に参加する事業者又はJVの構成員となるべき者が指名されると,単独施工工事の場合は,指名された事業者に対する現場説明会が行われ,共同施工工事の場合には,JV結成についての説明会,入札参加者によるJV結成の届出,現場説明会が行われた。その後入札が行われ,落札者との間で契約が締結された(査共436,438,439)。公社は,入札に当たって予定価格を設定しているところ,平成13年9月以前は,予定価格は事前に公表されておらず,各入札参加者の入札価格の全部が予定価格に達しない場合には,その場で3回まで入札を行うこととしていた。また,公社は最低制限価格を定め,これを予定価格の8割としていた。これを下回る価格で入札した者は失格とし,最低制限価格以上の価格で入札した者の中で最も低い価格で入札した者を落札者としていた(査共5,6,8,54,56,65から71,91,328,436)。

なお,JVを結成して公社の指名競争入札に参加する場合には,通常,JVのメインが入札価格を決定していた(査共56,62,66,77,83,85から93,153)。

3  本件対象期間に入札に参加した業者

(1)  本件対象期間中に公社から入札参加資格者として登録を受けていたゼネコンは,別紙2記載の34社のうち,原告三井住友建設及びオリエンタル白石を除く32社と住友建設及び株式会社白石(白石)の合計34社(34社)並びに別紙3記載のゼネコン46社(その他のゼネコン46社)であり,いずれもAランクに格付けされていた。

34社のうち,原告三井住友建設及び同大木建設を除いて,組織の変更や商号の変更等があるものは以下のとおりである(査供1,9から51,53,弁論の全趣旨)。

ア CKプロパティーは,もと「株式会社地崎工業」の商号であったが,平成16年4月1日に会社分割の方法により建設業に関する一切の営業を他社へ譲渡し,現商号に変更し,建設業を廃業する旨を届け出た。

イ クボタ建設は,平成18年8月1日,株式会社クボタ工建に営業の大半を譲渡した上,同年9月30日,解散を決議し,現在清算手続中である。

ウ みらい建設グループは,もと「日東建設株式会社」の商号であったが,平成11年10月1日に大都工業株式会社を吸収合併して,「日東大都工業株式会社」に商号を変更し,さらに,平成14年4月1日に現商号に変更した。

エ JFE工建は,もと「日本鋼管工事株式会社」の商号であったが,平成15年7月1日に現商号に変更した。

オ 青木あすなろ建設は,もと「小松建設工業株式会社」の商号であったが,平成14年10月1日に「あすなろ建設株式会社」に商号変更した上,平成16年4月1日に株式会社青木建設を吸収合併し,現商号に変更した。

カ 不動テトラは,もと「不動建設株式会社」の商号であったが,平成18年10月1日に株式会社テトラを吸収合併し,現商号に変更した。

キ オリエンタル白石は,もと「オリエンタル建設株式会社」の商号であったが,平成19年10月1日にゼネコンである株式会社白石を吸収合併した上,現商号に変更した。

(2)  本件対象期間中に,公社が実施する入札に参加したゼネコン以外の地元業者は,別紙4の165社であり,このうち,本件対象期間において,公社の入札参加資格を有する者としての登録を受け,土木工事のうち下水道工事の工種区分におけるランクがAとして格付けされていた業者は74社であった(査共328,367から435,469,470)。

(3)  本件対象期間中に公社が発注したAランクに属する各工事,入札日,予定価格,落札金額,工事の格付,各工事の入札に参加した業者は,別紙1のとおりである(査共367から435,442から463)。

4  課徴金納付命令及び本件審決

(1)  被告は,平成13年12月14日,本件対象期間中に本件各工事を行ったゼネコンのうち,34社が,独占禁止法3条に違反する行為をしたとして課徴金納付を命じた。34社はこれを不服として,審判手続の開始を請求した。被告は,審判手続を開始した上,徳倉建設を除く33社(33社)が,公社が行う指名競争入札において,基本合意に基づいて受注予定者を決定し,受注予定者が落札できるように協力したとして,その行為が,同法2条6項の不当な取引制限に当たり,同法3条に違反し,同法7条の2第1項の役務の対価に係るものであるとして,33社のうち,売上額を認めることができないとされた冨士工,オリエンタル白石及び真柄建設を除く別紙5記載の30社に対して,同別紙「課徴金額」欄記載の課徴金の納付を命ずる本件審決をした。

(2)  原告らが納付を命じられた課徴金額は,以下のとおりである。

原告加賀田組

1927万円

原告大木建設

1382万円

原告三井住友建設

4321万円

原告佐田建設

1461万円

5  原告らが受注した工事

(1)別紙1番号7の物件(番号7の物件)

公社は,番号7の物件について,ABランクの共同施工工事として,平成10年4月23日付け工事発注予定表により入札予定を公表し,10組のJVの構成員となるべき事業者を指名して,同年5月25日に入札を実施した。

番号7の物件の予定価格,入札者,予定価格との差額,落札率は,別紙6-1のとおりであり,JV結成後のメインは,33社のうち2社(原告加賀田組及び小田急建設),徳倉建設,その他のゼネコン4社及び地元業者3社であり,原告加賀田組・株式会社イワヲ建設(イワヲ建設)JVがこれを落札した(査共328,370,463,464)。

(2)  別紙1番号10の物件(番号10の物件)

公社は,番号10の物件について,ABランクの共同施工工事として,平成10年4月16日付け工事発注予定表により入札予定を公表し,10組のJVの構成員となるべき事業者を指名して,同年5月26日に入札を実施した。

番号10の物件の予定価格,入札者,予定価格との差額,落札率は,別紙6-2のとおりであり,JV結成後のメインは,33社のうち3社(大木建設,佐田建設及び青木あすなろ建設。なお,青木あすなろ建設の本件対象期間中の商号は「小松建設工業株式会社」である。),その他のゼネコン4社及び地元業者3社であり,原告大木建設・大城土木JVがこれを落札した(査共328,373,463,464)。

(3)  別紙1番号13の物件(番号13の物件)

公社は,番号13の物件について,AAランクの共同施工工事として,平成10年5月21日付け工事発注予定表により入札予定を公表し,10組のJVの構成員となるべき事業者を指名して,同年6月22日に入札を実施した。

番号10の物件の予定価格,入札者,予定価格との差額,落札率は,別紙6-3のとおりであり,JV結成後のメインは,33社のうち3社(住友建設,大成建設及び大豊建設)及びその他のゼネコン7社であり,住友建設・みらい建設グループ(当時の商号は「日東建設株式会社」である。)JVが落札した(査共328,376,463,464)。

(4)  別紙1番号22の物件(番号22の物件)

公社は,番号22の物件について,ABランクの共同施工工事として,平成10年8月6日付け工事発注予定表により入札予定を公表し,10組のJVの構成員となるべき事業者を指名して,同年9月14日に入札を実施した。

番号10の物件の予定価格,入札者,予定価格との差額,落札率は,別紙6-4のとおりであり,JV結成後のメインは,33社のうち4社(原告佐田建設,JFE工建,株木建設及び小田急建設),その他のゼネコン4社及び地元業者2社であり,原告佐田建設・堺産業株式会社(堺産業)JVが落札した(査共328,385,463,464)。

第4被告が認定した事実の概要

被告が認定した事実の概要は,以下のとおりである。

1  背景事情

(1)  多摩地区に営業所を置くゼネコンは,これらの営業所において土木工事を担当する営業責任者をメンバーとする三多摩建友会と称する組織に参加していたが,同会は,公正取引委員会が平成4年5月15日に同会の会員を含む埼玉県発注の土木工事の入札参加者に対して勧告を行った(いわゆる埼玉土曜会事件)のを機に解散した。しかし,三多摩建友会の解散後も,旧会員らのほか,解散後に多摩地区に進出したゼネコンや多摩地区に営業所を置かずに事業活動を行っているゼネコンの営業担当者を含めて,恒例的に懇親会が開催され,ゼネコン各社の営業担当者の名簿が作成されていた。

(2)  三多摩建友会存続当時,名簿に掲載されているゼネコンの間では,工事の入札に当たって,受注意欲を持つ者や,発注される工事との関連性を持つ者がある場合には,当該受注意欲や関連性を尊重することによって競争を避けることが望ましいとの認識が存しており,受注を希望する者の間の話し合いが難航した場合には,同会の会長等の役員が調整に当たっていたが,同会の解散後においても,多摩地区において事業活動を行うゼネコン各社は,上記と同じ認識を有していた。

2  本件基本合意

(1)  以上のような背景の下,33社は,遅くとも平成9年10月1日以降,公社発注の土木工事について,受注価格の低落防止を図るため,以下の内容の合意(本件基本合意)をしていた。

a 公社から指名競争入札の参加者として指名を受けた場合(自社が構成員であるJVが指名を受けた場合を含む。)には,当該工事若しくは当該工事の施工場所との関連性が強い者,若しくはJV又は当該工事についての受注の希望を表明する者,若しくはJV(受注希望者)が1名のときは,その者を受注予定者とし,受注希望者が複数のときは,それぞれの者の当該工事又は当該工事の施工場所との関連性(条件)等の事情を勘案して,受注希望者間の話し合いにより受注予定者を決定する。

b 受注すべき価格は,受注予定者が定め,受注予定者以外の者は,受注予定者がその定めた価格で受注できるように協力する。

(2)  本件基本合意の内容及び具体的実施方法

ア 33社のうち受注希望者は,工事の発注が予測された時点,あるいは公社が入札の執行を公示(入札参加希望者を公募)した時点で,33社に属する他の会社,徳倉建設あるいはその他のゼネコン(協力会社)及び多摩地区における有力者に対して,自社が受注を希望していること又は自社が条件を有していることを必要に応じてアピールしていた。この有力者は大成建設の大木正毅(大木)等である。受注希望者は,アピールの方法の一つとして,地図に工事予定箇所及び近隣における自社の施工実績等を記入した資料又は予定工事に関連する設計業務等に係る資料(PR紙)が利用されることがあり,特に,大木等に相談する際に条件を有することをアピールするための手段として,しばしば用いられていた。

イ 受注希望者が33社に属する他の事業者にアピールをした場合において,当該事業者も受注希望を表明したときは,アピールをした者とアピールを受けた者の間で,いずれの者の条件が強いかについて話し合いを行っていた。アピ一ルを受けた他の事業者すべてが受注希望を表明しなかったときは,この段階すなわち入札指名の前の段階で,受注希望者が1社に絞り込まれていた。

ウ 受注希望者は,アピールに代えて,又はこれと併せて,33社に属する他の事業者並びに協力会社に対して,公社に工事希望票を提出するよう依頼していた。この依頼は,33社に属する他の事業者並びに協力会社に入札に参加して自社の受注に協力してほしいという趣旨で行われるものであるが,同時に,当該入札の参加者のうち,自社の受注への協力を見込めるゼネコンが占める割合を多くすることにより,自社が受注できる可能性を高めることも目的としていた。

エ 受注希望者は,公社の指名により入札参加者が確定した以降において,必要に応じて,相指名業者に対して,改めて,自社が受注を希望していること又は自社が条件を有していることをアピールし,自社が受注できるよう入札での協力を依頼していた。この依頼は,現場説明会のために相指名業者がそろった際に口頭で行われたり,個別訪問又は電話により行われたりしていた。この時点で,ほかにも受注希望者がいる場合には,受注希望者の間でいずれの条件が強いかを話し合うことにより,受注予定者が決定されていた。

オ 条件は,具体的には,<1>当該工事が過去に自社が施工した工事の継続工事であること,<2>自社と特別な関係にある建設コンサルタント業者(ダミコン)が当該工事の調査又は設計の入札に参加していること,<3>当該工事の施工場所又はその近隣で施工実績があること,<4>当該工事の施工場所の近隣に自社の資材置場や営業所等の施設があること,<5>自社又は関連会社が当該工事の施工場所の地権者であること(賃借権者であること,施工場所の近隣の土地の所有権者であることを含む。)等である。これらの条件の中では,自社が施工した工事の継続工事であることや当該工事の施工場所の地権者であることがそれ以外の条件よりも強い条件であり,その他の条件については強さの順序が明確ではなく,受注希望者間で条件の強弱について話し合いが行われ,その結果,受注予定者が決められていた。

カ 受注予定者が決定された場合には,受注予定者が33社に属する他の事業者並びに協力会社のうち相指名業者となった者に対して,入札価格を連絡し,連絡を受けたこれらの者は,受注予定者の入札価格より高い価格で入札していた。また,相指名業者となったこれらの者は,経験的に,発注工事と同等の過去の工事の入札結果等を勘案して積算することにより予定価格を推計できることから,受注予定者から入札価格の連絡がなくても,受注予定者の受注を妨げないであろう価格で入札していた。場合によっては,相指名業者が自社の入札価格を受注予定者に連絡し,受注予定者が異議を述べなければそのままの価格で入札するということもあった。

また,公社は,予定価格を下回る入札がなかった場合には,入札日において3回まで入札を行っているため,受注予定者は,3回分の入札価格を連絡することがあった。

3  個別物件の受注調整の状況

33社は,本件基本合意に基づき,本件各工事のうち31物件について,必要に応じて,業界の有力者の助言を得るなどして,受注予定者を決定し,さらに,受注予定者は,指名競争入札の参加者として指名を受けた33社に属する他の事業者及び協力会社の協力を得て受注した。

原告らに関する番号7,10,13,22の物件に関する落札までの状況は以下のとおりである。

(1)  番号7の物件

ア 原告加賀田組は,公社が番号7の物件の入札予定を公表した後,小田急建設並びに協力会社である徳倉建設,京王建設,環境建設(当時の商号は「石原建設株式会社」)及び浅野工事に対して,工事希望票の提出を依頼した。依頼を受けたゼネコン各社は,原告加賀田組が同物件の受注を希望していることを認識した上で,工事希望票を提出した。

公社が指名を行った後,原告加賀田組は,番号7の物件の施工場所近くに本社があるイワヲ建設とJVを組んだ。

イ 原告加賀田組は,入札までに,指名を受けた上記の会社に対して,自社が番号7の物件の受注を希望している旨を伝え,また,指名を受けた上記の各社及び地元業者との間で,入札価格の連絡・確認をし,指名を受けた上記の各社は,原告加賀田組・イワヲ建設JVが番号7の物件の受注を希望していることを認識し,それに異議を唱えず,原告加賀田組・イワヲ建設JVの入札価格よりも高い価格で入札した。なお,原告加賀田組は,地元業者をメインとする3組のJVに対しても依頼をしており,その入札価格は原告加賀田組・イワヲ建設JVの入札価格を上回り,この結果,原告加賀田組・イワヲ建設JVが落札した。

(2)  番号10の物件

ア 原告大木建設は,番号10の物件の施工場所近隣において八王子市発注の下水道工事を実施した実績があるため,同物件の受注を希望していた。同原告は,公社が番号10の物件の設計作業を発注した後,大木に対して,自社が同物件の受注を希望している旨を伝えた。また,同原告は,公社が同物件の入札予定を公表した後,青木あすなろ建設並びにいずれも協力会社である西武建設,東鉄工業及び勝村建設に対して,工事希望票の提出を依頼し,依頼を受けた上記各社は,原告大木建設が同物件の受注を希望していることを認識した上で,工事希望票を提出した。

イ 原告大木建設は,入札までに,指名を受けた青木あすなろ建設及び協力会社に対して,自社が番号10の物件の受注を希望している旨を伝え,入札価格の連絡・確認をした。指名を受けたゼネコン各社は,以上の過程で原告大木建設・大城土木JVが番号10の物件の受注を希望じていることを認識し,それに異議を唱えなかったが,いずれも地元業者である石川徳建設及び大明建設からは,受注を希望する旨原告大木建設に意思表明がされた。

ウ 指名を受けた青木あすなろ建設及び協力会社のうちJVのメイン5社は,予定価格を上回る価格で入札し,勝村建設は,予定価格を下回る価格であるが,いずれも原告大木建設・大城土木JVの入札価格よりも高い価格で入札した。

原告大木建設・大城土木JVは,石川徳建設・砂川建設JV及び大明建設・芦澤建設JVが番号10の物件の受注を希望していることが予想されたことから,予定価格の80パーセントである最低制限価格を200円上回る価格で入札した。しかし,上記2つのJVを含む地元業者をメインとする3つのJVは,同原告の予想に反して予定価格近辺の価格で入札をし,原告大木建設・大城土木JVが番号10の物件を落札した。

(3)  番号13の物件

ア 住友建設(原告三井住友建設に吸収合併された。)は,番号13の物件の施工場所近隣において施工実績があることなどから,同物件の受注を希望しており,大木に対して,自社が受注を希望している旨を伝えた。また,住友建設は,公社が同物件の入札予定を公表した後,大豊建設及び松村組並びにいずれも協力会社である森本組及び大本組に対して,工事希望票の提出を依頼した。上記各社は,住友建設が同物件の受注を希望していることを認識した上で,工事希望票を提出した。

イ 公社が指名を行った後,住友建設は,みらい建設グループとJVを組み,入札までに,指名を受けたJVのメイン各社に対して,自社が番号13の物件の受注を希望している旨を伝え,また,指名を受けたJVのメイン各社との間で,入札価格の連絡・確認をした。指名を受けたゼネコン各社は,以上の過程で住友建設・みらい建設グループJVが番号13の物件の受注を希望していることを認識し,それに異議を唱えず,住友建設・みらい建設グループJVの入札価格よりも高い価格で入札した結果,同JVが落札した。

(4)  番号22の物件

ア 原告佐田建設は,番号22の物件の施工場所が自社の営業所に近いため,同物件の受注を希望し,協力会社であるアイサワ工業に対して,番号22の物件の受注を希望している旨を伝えた。また,同原告は,株木建設並びにいずれも協力会社である若築建設及び大本組に対して,工事希望票の提出を依頼した。依頼を受けた上記各社は,原告佐田建設が同物件の受注を希望していることを認識した上で,工事希望票を提出した。

イ 公社が指名を行った後,原告佐田建設は,堺産業とJVを組み,入札までに,指名を受けた小田急建設並びにいずれも協力会社である大本組及びアイサワ工業との間で,入札価格の連絡・確認をした。指名を受けたゼネコン各社は,以上の過程で原告佐田建設・堺産業JVが番号22の物件の受注を希望していることを認識し,それに異議を唱えず,原告佐田建設との間で入札価格の連絡・確認をしたとおり,原告佐田建設・堺産業JVの入札価格よりも高い価格で入札した。

なお,地元業者をメインとする2組のJVの入札価格は,原告佐田建設・堺産業JVの入札価格を上回った。この結果,入札価格が予定価格を下回ったのは原告佐田建設・堺産業JVのみであり,同JVが同物件を落札した。

第5争点及び当事者の主張

1  本件基本合意の存在について

(被告の主張)

(1) 本件基本合意

ア 33社は,遅くとも平成9年10月1日以降,公社発注の土木工事について,受注価格の低落防止を図るため,本件基本合意をした。

イ 不当な取引制限における「意思の連絡」の意義

原告らは,本件基本合意に関し,合意の成立時期や場所,合意の参加者,意思の連絡方法,受注予定者の調整や決定の方法,合意違反の場合の制裁等が定まっておらず,また,これが合意参加者に周知された事実はなく,このような合意は存在しないと主張する。

しかし,本件基本合意における受注予定者の決定の方法や本件基本合意の具体的な実施方法は,本件審決が認定するとおり,明確性を欠くものではない。

また,独占禁止法2条6項が定める「不当な取引制限」の要件である「他の事業者と共同して」とは,事業者が相互に意思の連絡を取り合い,互いの事業活動を拘束し,又は遂行することを意味するが,合意した競争制限行為を互いに認識,認容してこれに歩調を合わせるという意思が形成されることで足り,このような意思の形成が明示されたものである必要はない。また,このような意思が形成されるに至った経過について日時,場所等をもって具体的に特定されることまでを必要とするものではないし,合意に違反した場合の制裁が定められていないとしても,そのことは不当な取引制限に当たらないことの根拠となるものでもない。

ウ その他のゼネコン46社については,一部の者が,受注予定者とされた違反行為者からの協力依頼に応じて受注予定者の受注に協力しているのみであって,本件対象期間中,公社発注の特定土木工事でその他のゼネコン46社が本件基本合意に基づいて落札・受注したと認められる物件はなく,他に,その他のゼネコン46社が,自社が受注意欲や関連性を有するときは33社に属する他の事業者が協力すべきことについて相互に認識・認容していたことを認めるに足りる証拠はない。

また,徳倉建設は,番号46の物件を受注しており,他方で番号7,19,27,39,58,64及び71の各物件について,他の受注予定者が受注できるように協力しているが,徳倉建設が受注した番号46の物件について,33社に属する他の事業者は入札に参加していないので,同社が本件基本合意に基づいて同物件の受注予定者に決定され,33社に属する他の事業者の協力を得て同物件を受注したとは認められない。

(原告らの主張)

(1) 本件基本合意が存在しないこと

本件では,合意の当事者とされている33社の間で,受注調整の方法が具体的に定められ,定められた内容が33社に周知され,33社がそれぞれ了承して相互に拘束力を生じるような合意が成立したことを内容とする合意文書は存在せず,その旨を各社の担当者等が述べた供述調書も存在しない。

しかも,被告が主張する本件基本合意は,合意の参加者が特定しておらず,参加者とそうでない者とを区別する根拠が不明である上,受注予定者の調整に関する各業者間の連絡方法,決定方法など具体的な受注調整の基準や方法等の重要な要素も定められていない。しかも,違反に対する制裁的措置が定められたともされていないから,合意の当事者に対する拘束力があったとはいえない上,合意のルールが事業者に周知されていた事実も存在しない。すなわち,被告が主張する本件基本合意が,合意として存在した事実は認められないというべきである。

(原告佐田建設の主張)

33社の合意に基づいて特定の物件に関する受注予定者が決まったというのであれば,そのことが33社のすべて,少なくとも当該物件の入札に参加した33社に属する全社に連絡され,了承を受けるはずであるが,そのような事実はない。したがって,個別の物件の入札参加者のうち誰かが受注予定者となることを了承し,落札に協力したという事実があっても,そのことは基本合意の存在を裏付けるものではない。

(2) その他の46社との関係

本件審決は,違反行為者33社が本件基本合意の当事者であり,その他のゼネコン46社は本件基本合意の当事者ではないとするが,33社と46社との行為態様には差がなく,その他のゼネコン46社のうち24社の担当者は,33社の担当者と同様の供述をしているのであるから,その他のゼネコン46社が本件基本合意の当事者とは認められないとすれば,33社も本件基本合意の当事者と認めることはできないというべきである。

本件審決は,その他のゼネコン46社が本件対象期間中に公社発注の土木工事を受注していないことを指摘するが,本件対象期間中の受注実績は,本件基本合意の参加者であったかどうかと関連性を有するものではない。

また,本件審決は,その他のゼネコン46社は,<1>他の33社が受注意欲や関連性を有するときは自社が協力すべきことを相互に認識・認容していたが,<2>自社が受注意欲や関連性を有するときは他の33社が協力すべきことの認識がなかったとしているところ,談合とは貸し借りの世界であって,相互に協力するからこそ談合が成立するのであるから,一方が他方に協力するのみで,協力されることがないというようなことは経験則上あり得ず,本件審決の認定は誤っている。

(原告佐田建設の主張)

本件審決は,徳倉建設が受注した番号46の物件については33社に属する他の事業者が入札に参加していないから,受注予定者に決定された33社に属する他の事業者の協力によって受注したと認められないとして,徳倉建設を本件基本合意の当事者から除外しているが,入札参加者のなかに33社が含まれるかどうかは偶然の事柄であり,そのことによって合意の参加者かどうかが決まるというのは,不合理,不可解である

2  競争の実質的制限

(被告の主張)

(1) 競争の実質的制限とは,競争自体が減少して,特定の事業者又は事業者集団が,その意思である程度自由に価格,品質,数量,その他各般の条件を左右することによって,市場を支配することができる状態をもたらすことをいう。

(2) 本件基本合意による競争の実質的制限

ア 多摩地区において事業活動を行う協力会社46社は,33社とともに,入札に当たって,条件又は受注希望を有する者がある場合には,当該条件又は受注希望を尊重することによって,33社を含むゼネコン同士で競争を避けることが望ましいとの認識を有していた。そして,34物件について,入札参加者のうちゼネコンが占める割合を多くすることも目的として,受注予定者とされた違反行為者からの依頼等に応じて工事希望票を公社に提出した上,入札参加者として指名された場合は,受注予定者から入札価格の連絡・確認を受け,又はそのような連絡がされなくとも,受注予定者が受注できるよう受注予定者よりも高い価格で入札することによって,受注予定者が受注できるよう協力していた。

他方,地元業者のうち,入札参加資格の登録を受け,土木工事のうち下水道工事の工種区分におけるランクがAとして格付けされていたのは74社であるから,基本合意の当事者及び協力事業者の割合は,Aランクの業者のうち51.9パーセントを占めることとなる。なお,協力会社のうち下水道工事について公社からAランクの格付を受けている者は35社であり,これを基礎に上記の割合を算定しても,47.9パーセントとなる。

イ 本件対象期間中の公社発注の土木工事72物件のうち,本件基本合意により競争制限効果が具体的に生じたと認めることができる物件は31物件あり,その落札金額の合計は本件各工事72物件についての合計200億7575万4000円に対して113億0914万1000円(56.3パーセント)を占める。この31物件の全体に占める割合等を工事格付別にみると規模の大きい工事ほど33社が落札した件数の割合が高い上,落札金額でみるとその割合はより高くなっている。

ウ 地元業者を含め,公社発注の土木工事の入札に参加する業者は,いわゆる指名稼ぎのために,受注を希望しない場合であっても工事希望票を提出して指名を受けることが少なくないこと,番号6の物件のように,受注予定者の有する条件について地元業者も認識し得る物件があったこと,番号11の物件のように,地元業者が受注予定者の要請によりJVを組むことにより,受注の恩恵にあずかることがあったことに照らせば,地元業者は,33社とともに入札に参加する場合であっても,常に落札を目指して本件基本合意によって受注予定者とされた者に対して競争を挑んでくるとは限らず,受注予定者の依頼に応じて協力したり,自主的に高めの価格で入札して,競争を回避することがある程案期待できる状況にあった。

実際にも,本件対象期間中少なくとも20物件についてそのような行動がみられる。すなわち,少なくとも8物件については,受注予定者とされた違反行為者からの協力依頼に応じて,受注予定者の入札価格よりも高い価格で入札して受注予定者が受注できるよう協力している。また,そのような依頼が認められない場合であっても,少なくとも12物件について,地元業者が予定価格を超える価格あるいは予定価格に近い価格で入札しており,地元業者は,非ゼネコンであっても,予定価格の推計を比較的容易かつ正確に行うことができると考えられるから,上記のような入札行動の多くは,ゼネコンとの競争を回避したものと推認される。

エ 33社は,本件対象期間中に入札を実施した公社発注の土木工事72物件のうち,31物件について,本件基本合意に基づき,必要に応じて業界の有力者の助言を得るなどして,受注予定者を決定し,さらに,受注予定者は,指名競争入札の参加者として指名を受けた33社に属する他の事業者並びに協力会社の協力を得てこれを落札受注している。

オ 以上のとおり,基本合意の当事者及び協力者の数が市場への全参加者数のうち相当程度を占めていた上,地元業者が多数いたとはいえ,その協力や競争回避もある程度期待できる状況にあり,上記のような実際の落札状況も考え併せると,本件基本合意によって公社発注の土木工事の市場における競争自体が減少して,本件基本合意の当事者である33社がその意思で,ある程度自由に受注予定者及び価格を左右することができる状態がもたらされていたと認めるに十分である。

(原告らの主張)

(1) 競争の実質的制限とは,特定の事業者又は事業者集団がその意思で,市場を支配することができる状態をもたらすことである。

しかし,本件基本合意の参加者及び協力者の数は,全競争事業者のうち51.9パーセントないし47.9パーセントしか占めていない。また,本件各工事72物件中競争制限的効果が生じた物件の数は31件で,代金額の合計は,全工事代金額の56.3パーセントにすぎない。すなわち,本件審決の認定によっても,入札による競争の結果,72物件中41物件,金額ベースで44.7パーセントの物件で競争制限的効果は生じていないとされるのであるから,このような33社及び協力者が全事業者に占める割合や,実際に受注した工事金額の割合をみても,33社や協力者が市場を支配する状態,あるいはある程度自由に受注予定者及び価格を左右することができる状態にあったとはいえない。

(原告加賀田組の主張)

本件審決が競争制限効果が生じたと認定した31物件から,本件と関連する八王子市及び日野市の住民訴訟において競争制限効果が否定された別紙1の番号2,29,56,64及び65の5物件を除けば,26物件にしかならず,その割合は36.1パーセントにすぎない。また,地元業者が競合して指名されている物件は60件であるが,そのうち地元業者が落札した物件は32物件にのぼる。これらの事実は,入札に参加する地元業者の数が多く,侮ることのできない競争力を有していることを示しており,本件基本合意によって市場を支配する状況がもたらされ,当該市場の競争が実質的に制限されたなどと評価することは不可能である。

(原告佐田建設の主張)

Bランクの事業者もAランクの工事を指名される場合があり,また,JVのメインでなく,サブとなっても,それがJVの一員となった以上,メインの言うとおりになるとは限らないから,地元業者のうち,Aクラスでない者もすべて競争業者として数えるべきである。そうすると競争業者は165社となるから,33社と協力会社の事業者数が,本件対象期間中の全入札参加有資格者に占める割合は32パーセントにしかならない。このような割合の事業者が,市場の価格,数量などをある程度自由にすることなど不可能である。

(原告三井住友建設の主張)

受注件数は,入札市場が1件1件の入札の集合体であることから,入札市場をどれだけ支配し得たかを見る上で直裁的であり,入札制限の状況を正確に反映するものであるから,具体的競争制限効果が生じたか否かを見る際に着目すべきは受注の件数である。受注金額を判断の基礎とすると当該入札市場をどれだけ支配しているかを正確に把握できないから,これを判断の基礎とするのは相当でない。これを本件についてみると,本件では,合意当事者が,市場全体の4割程度の物件しか受注できておらず,合意によりコントロールできなかった物件が6割程度もあるということになるから,競争制限効果が生じていないことは明らかである。

(2) 地元業者の協力・競争回避について

ア 競争入札市場は,1件1件の入札の集合体であり,入札参加者のうちの1社だけが競争を仕掛けた場合でも,直ちに競争制限状態が崩壊するという性質を有し,合意による相互拘束がされていない事業者が相当程度の頻度で入札に参加する場合には,合意当事者だけで受注調整を行っても当該入札市場の競争を実質的に制限することはできない。

本件では,72件中アウトサイダーである地元業者(競争業者)が入札に参加していないものは12件であって約16パーセントに過ぎない。このような状況で33社が市場を支配することはできない。

(原告三井住友建設の主張)。

アウトサイダーの競争回避的状況が見込める場合には,一部の事業者の合意によって市場における競争を実質的に制限するものと評価できる場合もあり得るが,アウトサイダーの競争回避的状況がある程度期待できるというだけで,合意の当事者である事業者だけで市場における競争を実質的に制限するものと評価することは不当である。

イ 本件審決は,地元業者の協力,競争回避の認められる根拠として,<1>いわゆる指名稼ぎのために,受注を希望しない場合であっても工事希望票を提出して指名を受けることが少なくないこと,<2>地元業者も受注予定者の有する条件について認識しうる物件があったこと,<3>地元業者が受注予定者の要請によりJVを組むことにより,受注の恩恵にあずかることがあったことを挙げている。

しかし,<1>についてはこれを裏付ける証拠は提出されておらず,かえって指名を受けた地元業者は受注を目指して競争を挑んできているのが通常である上,地元業者が指名回数だけを稼ぐためだけに,入札価格を積算する手間をかけるとは考えにくい。<2>は地元業者が競争を挑んでこない理由とはならないし,<3>についてもこれを裏付ける証拠はなく,もともと共同施工工事についてはJVを地元業者と組むことが予定されているから,ある物件で地元業者がゼネコンとJVを組むことを期待して競争が回避されるという事実は認めることができない。

実際にも,地元業者は,72物件のうち少なくとも60物件について33社に対して競争を挑み,32物件を受注しており,地元業者は,採算を度外視しても低価格競争をしかけてきているのが実態である。

なお,本件審決は,72物件中8物件について受注予定者からの協力依頼に応じて受注に協力したとしているが,そのことを裏付ける証拠はない。

また,本件審決は,地元業者が12物件について予定価格を超える価格あるいは予定価格に近い価格で入札したとして,このような入札行動の多くは,ゼネコンとの競争を回避したものと推認できるとしているが,予定価格は公社が算定した価格であって,各業者が独自の積算の結果として予定価格を超え,あるいはこれに近い価格で入札することは十分にあり得ることであるから,上記のような推認は成り立たない。現に,地元業者が落札した物件については,受注調整が行われたものとはされていないが,そうした物件でも,落札率99パーセントを超えるものは17件あり,97パーセントを超える物件は21件に及んでおり,更に受注した地元業者が1回目の入札においては予定価格を超える金額で入札している例があることにも留意すべきである。

3  個別物件について

(1)  番号7の物件

(原告加賀田組の主張)

ア 原告加賀田組の当時の多摩営業所長であった笠原(笠原)の供述調書には,その着任(平成10年4月1日)のころには,加賀田組が「本命」つまり受注予定者であることがあらかた決まっていたこと,指名業者から地元業者を排除し,Bと相談して,希望表を出してもらうゼネコンを選定したことが記載されている。

しかし,同人の着任のころには,番号7の物件は未だ公示もされておらず,同原告が受注を希望すべきような工事なのか否かを検討する段階にはなく,希望表の提出はおろか,指名されるか否かも分からない段階であった。しかも,昭和58年以来平成10年4月までの約15年間で,同原告が受注した公社発注の工事はわずか2件だけであって,指名されても受注できる可能性はきわめて低いと判断できる時期であるから,このような時期に同原告が受注予定者であることがあらかた決まっていたなどということはあり得ない。また,番号7の物件は,ACランクの共同企業体工事であり,Cランク業者と共同企業体を組むことになれば,地元業者と組むことになるのであって,「地元業者を排除する」などあり得ないことである。笠原の供述は,以上のとおり客観的事実と明白に相違する点があるほか,他の従業員との供述の食い違い等他にも不自然な点がある。

笠原は,その供述調書が作成される1年前に原告加賀田組を懲戒解雇されており,同原告に対する反感や悪感情を背景として事実に反する供述をしたものであって,同人の供述は信用することができない。

イ 34社のうち,番号7の物件につき工事希望票を提出したのは7社であるが,原告加賀田組を除いた6社のうち,担当者の供述調書が提出されているのは徳倉建設と小田急建設の2社分しかなく,そのいずれにも同物件に関して同原告との間で受注調整に関する明確な合意がされたとする供述は記載されていない。また,同物件に関して指名を受けたその他のゼネコン4社及び地元業者3社のうち,担当者の供述調書が提出されているのは環境建設(旧石原建設),京王建設だけであるが,環境建設の担当者の供述調書には原告加賀田組について述べる部分はない。また,京王建設の担当者の供述調書には,同原告のJVから入札金額の連絡を受け,受注できるように協力している旨の記載があるが,他の複数の物件に関しても同文の記載がされている上,入札金額の連絡を何時,誰から,どのような方法で受けたのか,どのような協力をしたのかについて具体的な記載は全くなく,信用性がない。

(被告の主張)

ア 番号7の物件を原告加賀田組が落札受注するに至る経過は,本件審決が認定した事実の概要のとおりであり,同原告は,本件基本合意に基づいて小田急建設,協力会社である徳倉建設,京王建設,環境建設(当時の商号は「石原建設株式会社」)及び浅野工事に工事希望票の提出を依頼し,入札までに指名を受けたゼネコン各社に対して自社が番号7の物件の受注を希望している旨を伝え,また,指名を受けたゼネコン各社及び地元業者との間で,入札価格の連絡・確認をし,その協力を得て,同物件を落札・受注したものである。

イ 原告加賀田組は,笠原が,同物件が未だ公示もされていない時期から同社が受注予定者であることがあらかた決まっていたと供述していることから,同人の供述には信用性がないと主張する。しかし,笠原は,前所長であるAが,番号7の物件について長年営業活動を行っていたもので,Aは,新都市建設公社か東京都のOBであり,加賀田組が発注官庁から情報を入手するために雇い入れた人間であると述べており,前任のAが,同物件の公示に先立って,情報収集の上,営業活動を行うなどした結果,同原告が他のゼネコンから受注予定者と認識されていたとしても不自然なことではない。

また,同原告は,笠原が,地元業者を指名業者から排除し,ゼネコンの受注を容易にするために,工事希望表を出してもらうゼネコンを選定したと供述していることについて,番号7の物件がACランクの共同企業体工事であってCランクの地元業者とJVを組むことから,地元業者を排除するなどあり得ず,同供述は信用できないと主張する。しかし,笠原は,公社が工事希望型指名競争入札を採用していることから,それをゼネコンが逆用して,指名業者をAランク業者のゼネコンで固め地元業者を排除しゼネコンが容易に受注する方法として,工事希望票の提出依頼を行うと述べているのであるから,同人の供述に不自然な点はない。

なお,本件審決の上記(1)の認定は,笠原の供述のみを根拠としたものではないことに留意すべきである。

(2)  番号10の物件

(原告大木建設の主張)

同物件の入札に参加した地元業者は3社であり,これら3社が落札に協力したことを認めるに足りる証拠はなく,原告大木建設の落札率は失格ぎりぎりの80パーセントである。本件審決では,入札に参加した地元業者3社が予定価格に近い価格で入札していることから,地元業者が競争的行動をとったものとは認められないとしているが,地元業者は入札日直前まで競争的行動をとり,中でも大明・芦澤JVは,最後まで受注の意思を表明していた。原告大木建設は,このような競争があったからこそ赤字覚悟で失格ぎりぎりの予定価格の80パーセントで入札したものであり,このような落札率となったのはまさに競争の結果というべきである。

なお,本件審決では,別紙1の番号1,4及び19の物件について競争制限的効果が具体的に生じたと認めることはできないとしているところ,番号10の物件における入札で,上記3物件と異なる重要な要素は地元業者の入札率(上記3物件では80パーセント前後)である。しかし,入札の時点まで他の業者が受注意欲を示して入札に臨む行動を取っている場合は,現に競争が行われているというべきであるから,競争の制限があったか否かを入札率だけでみるのは誤りであり,競争の制限の有無はこのような入札までの経過全体から判断すべきである。同原告が,番号10の物件について,上記のような失格ぎりぎりの価格で入札したのは,そのような競争が行われていたからであり,同物件については競争制限的効果は具体的に生じていない。しかも,原告大木建設は,このような落札率でいわば赤字受注をしているのであるから,不当な利益を保持させないという課徴金制度の趣旨からは,あえて課徴金を課すまでもないというべきである。

(被告の主張)

ア 番号10の物件を原告大木建設が落札・受注するに至る経過は,本件審決が認定した事実の概要のとおりであり,同原告は,本件基本合意に基づいて青木あすなろ建設,協力会社である西武建設,東鉄工業及び勝村建設に対して,工事希望票の提出を依頼し,入札までに指名を受けた上記各社に対して自社が番号10の物件の受注を希望している旨を伝え,また,指名を受けた上記各社との間で,入札価格の連絡・確認をし,その協力を得て,同物件を落札・受注したものである。地元業者である石川徳建設及び大明建設からは,受注を希望する旨原告大木建設に意思表明がされたが,上記2社を含む地元業者をメインとする3組のJVは,予定価格近辺の価格で入札したから,地元業者はいずれも競争的行動をとったものとは認められない。

イ 原告大木建設は,地元業者3社をメインとするJVが入札日直前まで競争的行動をとり,中でも大明建設・芦澤建設JVは,最後まで受注の意思を表明していたこと,同原告の落札率が80パーセントであることを根拠に,番号10の物件については競争制限的な効果は生じていないと主張する。しかし,基本合意の当事者間で受注予定者が決定されたことにより競争単位が減少したものについては,原則として,競争単位の減少それ自体をもって上記の競争制限効果が具体的に生じたことになるというべきである。しかも,非ゼネコンである地元業者であっても,本件各工事の予定価格の推計を比較的容易かつ正確に行うことができると考えられるところ,地元業者をメインとする3つのJVの入札価格は,いずれも予定価格の近辺の価格(このうち2つのJVは予定価格を超えるおよそ落札の可能性のない価格で入札していた。)となっているから,このような入札行動は,同原告との競争を回避したものというべきである。したがって,同原告の落札率が低いことは,競争制限的な効果が生じていないことを根拠づけるものではない。

(3)  番号13の物件について

(被告の主張)

番号13の物件を住友建設が落札・受注するに至る経過は,本件審決が認定した事実の概要のとおりであり,同物件の入札参加者がすべて本件基本合意の当事者又は協力者で占められており,本件基本合意に基づいて住友建設・みらい建設グループJVが受注予定者に決定され,その協力によって,同物件を落札したものである。

(4)  番号22の物件について

(原告佐田建設の主張)

原告佐田建設は,番号22の物件について熱心に営業をしていたが,他の入札参加JVと個別に談合したり,入札価額についての打ち合わせ等をした事実はなく,同原告が受注調整を行ったことはない。営業活動を行っていることを直ちに受注調整行為と判断することには論理の飛躍がある。なお,公社は,入札に参加する資格を有する業者でも,公社の工事を受注して施工している場合や,他の物件の参加者として指名を受けている場合は入札の執行が終わるまで指名をしない扱いとしていることから,他の事業者に対して当該物件に対する受注意欲を示すことは,他の事業者に対して落札すべき物件について選択の機会を与えるという重要な役割を果たしている。

また,有利な価格で当該物件を落札するためには,他社の動向を把握し,その営業活動に関する情報を得る必要があるのであり,これを受注調整行為ということはできない。

なお,地元業者をメインとする2組のJVの入札価格が予定価格を上回っているが,入札前には工事予定価額は全く未知のものであるから,上記事実は,個別談合の存在を推認させるものではなく,番号22の物件の受注調整状況に関する本件審決の認定を裏付ける実質的証拠はない。

(被告の主張)

ア 番号22の物件を原告佐田建設が落札・受注するに至る経過は,本件審決が認定した事実の概要のとおりであり,同原告は,本件基本合意に基づいてアイサワ工業に対して,同物件の受注を希望している旨を伝え,株木建設,若築建設及び大本組に対して,工事希望票の提出を依頼し,入札までに,指名を受けた小田急建設並びに大本組及びアイサワ工業との間で,入札価格の連絡・確認をした上,指名を受けたゼネコン各社の協力を得て同物件を落札・受注したものである。

イ 原告佐田建設は,番号22の物件の受注調整状況に関する本件審決の認定を裏付ける実質的証拠がないと主張する。

しかし,同原告の東京支店西東京営業所所長は,他のゼネコンに対して折に触れて同物件について一所懸命営業しているという話はしていると思うし,他のゼネコンから問い合わせがあったと記憶している旨を述べており,このような情報交換が行われていたことは,受注希望者間の話し合いにより受注予定者を決定するとの内容を含む本件基本合意に基づく受注調整行為が行われていたことを示すものである上,小田急建設の担当者は記憶がないとしながらも協力要請があれば協力をしたと思うと述べている。また,小田急建設との関係では,入札価格の連絡・確認をした事実を強くうかがわせる証拠も存在し,地元業者をメインとする2組のJVの入札価格は予定価格を上回っているから,競争を回避していたと認定できる。したがって,原告佐田建設・堺産業JVは,本件基本合意及びこれに基づいた受注調整の下でそれまでと同様に粛々と入札及び落札を行ったと判断されたとしても,何ら不合理なことではない。そして,番号22の物件の受注調整状況に関する本件審決の認定を裏付ける明確な証拠が存在することは,既に述べたとおりである。

4  課徴金の算定について

(被告の主張)

原告らが違反行為の実行行為としての事業活動を行った日から同事業活動がなくなる日までの期間(平成9年10月1日から平成12年9月27日まで)の違反行為における売上額を,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律施行令の一部を改正する政令(平成17年政令第318号)による改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律施行令(独占禁止法施行令)6条の規定により算定すると,別紙7の契約金額欄記載の金額(契約期間内に契約金額が変更されていない場合は契約金額,変更されている場合は最終変更後の契約金額にJVの出資比率を乗じた額)のとおりとなる(住友建設を構成員とするJVが落札・受注した番号13の物件に係る同社の売上額は,独占禁止法7条の2第5項により,原告三井住友建設の売上額とみなされる。)。したがって,原告らが納付しなければならない課徴金の額は,同法7条の2第5項によって上記契約金額に100分の6を乗じた額となる。

第6当裁判所の判断

1  本件基本合意について

(1)ア  33社及びその他のゼネコン46社で多摩地区において公社が発注した物件の受注業務を担当していた多くの者は,工事の入札に当たって,受注意欲を持ち,発注される工事との関連性を持つ事業者がある場合には,事業者と当該工事との関連性を尊重することによって競争を避けることが望ましい,あるいはそれが慣行であるとの認識を有し,受注を希望する者の間の話し合いや大成建設の大木の助言などによって受注予定者を決め,入札に当たっては受注予定者が落札することに協力していたこと,受注予定者の決定については,本件審決案が認定するような受注希望者の有する条件が考慮され,受注希望者同士の話し合いがまとまらない場合は,業界の有力者である大成建設の大木等の助言を得て受注調整がされていたこと,受注予定者は,入札に参加する業者に33社及びその他のゼネコン46社が入るように,これらの業者に公社に対する工事希望票の提出を依頼し,入札参加者が指名された後は,入札参加者のうち,33社及び協力会社に属する者に入札金額を連絡し,あるいはそのような連絡をしないまでも,これらの事業者が受注予定者の入札金額を上回ると考えられる価格で入札して,受注予定者が落札できるように協力していたことの全部又は一部の事実を述べ(査共3から6,8,54,56,58,62,66から75,77から81,84から86,89から93,98,99,102から106,110,113から115,135から156,158から160,162から189,191から196,201から212,232,233,235から241,243から246,248,249,251,289,290,292から297,322から325,349から352,354,358,364から366),またこれらの供述の一部を裏付ける証拠(査共2,9から53,65,121から134,252から289,298から321)も提出されている。また,33社が,本件対象期間中,本件各物件をそれぞれ落札,受注したことは「第3 前提事実」3の(3)のとおりである。

イ  原告加賀田組の関係では,同社の本件当時の多摩営業所長であった笠原三司の供述調書(査共72),多摩営業所に勤務していた従業員であるBの供述調書(査共162),原告大木建設の関係では,同社の多摩営業所課長であったCの供述調書(査共5,171,172),原告三井住友建設の関係では,平成6年7月まで住友建設の多摩営業所の副所長,平成9年7月から同営業所長であったDの供述調書(査共135,136)が存在し,これらの供述調書には,それぞれ審決案の認定に沿う供述が記載され,これを裏付ける資料も添付されている。

原告佐田建設の関係では,同社の東京支店西東京営業所長であったEの供述調書(査共352,353)が提出されているところ,同人は,本件基本合意の存在を直接裏付ける供述をしておらず,他のゼネコンに対して工事希望票の提出や同社の落札に対する協力を依頼したり入札価格の調整をしたことはないと述べている。しかし,同人の供述とは異なり,同原告から工事希望票の提出依頼や入札価格の連絡を受けていずれもこれに協力したこと,逆に同原告に工事希望票の提出を依頼したことを述べる他のゼネコン担当者の供述も少なからず存在する(査共62,81,93,145,238,241)。

ウ  審決の本件基本合意に関する事実の認定は,以上のような各証拠からすると,合理的なものというべきである(なお,原告佐田建設に関する受注調整や落札に至る経過に関する証拠については,後記3の(4)に述べるとおりである。)。

(2)  原告らの主張について

ア 原告らは,本件基本合意について,その存在を証する文書が存在しないこと,合意の参加者が特定しておらず,参加者とそうでない者とを区別する根拠が不明である上,受注予定者の調整に関する各業者間の連絡方法,決定方法など具体的な受注調整の基準や方法等の重要な要素も定められていないこと,違反に対する制裁的措置が定められたともされていないから,合意の当事者に対する拘束力があったとはいえない上,合意のルールが事業者に周知されていた事実も存在しないこと等を主張して,本件基本合意がされたことはないと主張する。

確かに,本件基本合意は,文書化され,あるいは合意の参加者が一堂に会する等して定められたものではなく,その当事者が誰なのかを明確にする基準があるとは認められない。また,受注調整の方法及び基準,受注予定者の決定の手続,各ゼネコン間の連絡方法,違反に対する制裁等のルールが具体的に定められているとはいえず,その存在や内容について何らかの周知措置が執られたとも認められない。したがって,本件基本合意は,契約のように法的な拘束力を持つ合意とはいえない(関係者の多くは,多摩地区で営業活動をするゼネコンの間の慣行と称している。)。

しかし,上掲各証拠によると,このような慣行は,受注調整や入札に際しての協力につき,本件審決案が認定するような内容のものとして存在していたことは明らかである。しかも,多摩地区で営業活動をするゼネコンの担当者の間では,先任の者からの引継などによって広く知られていた上,33社においてこれを尊重し,遵守すべきものとされ,現実にも,これが尊重され,遵守されて受注調整のルールとして有効に機能し,受注予定者がこのルールに従って33社に属する他の事業者及び協力会社の協力を得て,希望の物件を落札していたことが認められる。したがって,独占禁止法の不当な取引制限の有無を判断するに際して,このようなゼネコン間の受注調整及び公社発注の物件の入札に際して有効に機能している慣行を,本件対象期間中にこれに基づいて公社発注の土木工事を落札・受注した33社の基本的な合意であったと認めることはなんら不当なものではない。

イ 原告らは,33社とその他のゼネコン46社との行為態様には差がないから,その他のゼネコン46社(原告佐田建設については,そのほかに徳倉建設を含む。)が本件基本合意の当事者でないのであれば,33社も本件基本合意の当事者とはいえないと主張する。

しかし,33社について本件基本合意を認めるに足りる実質的な証拠が存在することは前記のとおりである。本件審決は,その他のゼネコン46社については本件対象期間中に本件基本合意に基づいて落札・受注したと認められる物件がないことから,自社が受注意欲や関連性を有するときは33社に属する他の事業者が協力することについての認識,認容を認めるに足りる証拠がなく,また,徳倉建設は別紙1の番号46の物件を落札,受注しているが,33社に属する他の事業者が入札に参加していないためにその協力を得て同物件を受注したとは認められず,そうすると,その他のゼネコン46社と同様に自社が受注意欲や関連性を有するときは33社に属する他の事業者が協力することについての認識,認容を認めるに足りる証拠がないとしたものにすぎない。したがって,本件審決が,その他のゼネコン46社及び徳倉建設を本件基本合意の当事者と認めなかったことは,原告らも含む33社が,本件基本合意の当事者ではないことの根拠となるものではない。

2  本件基本合意と不当な取引制限

(1)  公社は,予定価格が500万円以上の工事の発注に当たり,公募型の入札制度を採用し,入札参加資格を有する事業者をAからEのランクを用いて格付けし,他方,発注する工事を,その予定価格の額を基礎とし,これに施工技術の難易性を勘案して,AからEまでの工事及び共同施工方式により施工する工事に格付けし,通常その工事のランクに対応する格付けを有する事業者を入札指名したこと,入札に参加する事業者の選定は,公社の指名業者選定委員会によって行われ,単独施工工事については10社が,共同施工工事についてはメインの業者10社,サブの業者10社が指名され,その指名,選定に当たっては,工事の規模,工法の難易度,選定する事業者の活動の拠点,格付け,工事希望票の提出回数,指名回数及び受注回数,公社発注の工事の現在施工状況等も総合的に勘案していたことは前記のとおりである。

このような制度は,発注する工事を的確に遂行する意思と能力を有する事業者の全員が落札,受注を目指して互いに競争するためのものであるから,落札する意思を持たない者が落札する意思を有している者を排除して入札に参加すること,受注(落札)予定者を予め調整することは,それ自体が入札制度の目的に反し,一般的に正当な競争を阻害するものである。

(2)  「第3 前提事実」3のとおり,本件対象期間において,33社,協力会社47社の合計80社は公社から入札参加有資格者として登録を受けていたが,公社が実施する入札に参加した上記以外の地元業者は165社であり,このうち,公社の入札参加資格を有する者としての登録を受け,土木工事のうち下水道工事の工種区分におけるランクがAとして格付けされていた業者は74社である。そうすると,33社と協力会社の数は,本件対象期間における公社の入札にAのランクで参加する資格を有する事業者全体の51.9パーセントを占めることになる。

(33+46+1)÷(33+46+1+74)=0.519

また,協力会社46社のうち下水道工事について公社からAランクに格付けされていた業者は35社であるから,下水道工事について上記と同じ割合を算定すると47.9パーセントとなる。

(33+35)÷(33+35+74)=0.479

したがって,本件対象期間における公社が発注するAランクの工事に関して,33社及び協力会社が総事業者に占める割合は過半を超え,下水道工事についても半分近くを占めていたことになる。もっとも,公社は,地元業者保護の観点から,Aランクの工事につきBランクに格付けされる地元業者が工事希望票を提出してきた場合には,Bランクに格付けされる業者を指名することがあったが,そのような例は少なく,そのような例を考慮しても33社及び協力会社が競争業者を含めた全事業者に占める割合は相当程度に及ぶことに変わりはない。現実にも,別紙1のとおり,本件各物件で共同施工工事とされた物件のうち,JVのメインとして,あるいはAAランクの工事に入札指名を受けた業者の割合は,大方の物件で33社を含むゼネコンが過半を占め,その割合はランクが上になる程高くなり,特にAAランクの格付けの工事について入札指名を受けた者すべてが33社及び協力会社で占められている。また,単独施工工事においても,指名業者の過半以上を33社及び協力会社が占めている例は少なくなく,そうでない場合も33社及び協力会社の中から複数の業者が指名を受けている。

(3)  また,本件各物件72件のうち,本件審決において競争制限効果が生じたと認められた物件は31件あり(前掲各証拠によると,この認定は合理的である。),その落札金額合計113億0914万1000円は,本件各物件の落札金額合計200億7575万4000円のうち56.3パーセントを占めている。しかも,これを工事の格付け毎の落札件数,落札率,落札金額及びその割合をみると下表のとおりであって,格付けが高い物件ほど33社の落札件数,落札金額が全体に占める割合は高いものとなっている。

工事の格付

件数(件)

落札金額(千円)

全体

33社落札

割合 %

全体

33社落札

割合 %

AA

11

81.8

5,132,500

4,802,200

93.6

AB

15

12

80.0

4,876,484

3,979,641

81.6

AC

16

31.3

4,192,022

1,376,300

32.8

30

16.7

5,874,748

1,151,000

19.6

(4)  本件基本合意は,受注予定者を定めた上,落札する意思を持たない者がこれを有する者を排除して入札に参加することによって競争者の数を限定し,入札に参加 した受注予定者以外の33社に属する者及び協力会社が,受注予定者が対象の物件を落札することに協力するというものであるから,それ自体が入札制度における競争を阻害するものである。

しかも,前記(2)及び(3)のとおり,33社と協力会社の数が本件対象期間における公社の入札にAのランクで参加する資格を有する事業者全体に占める割合,競争制限効果が生じたと認められる件数及びその落札金額の割合は,いずれも相当程度高いのであるから,本件基本合意は,公社が発注する本件各工事の入札による競争を実質的に制限するものということができる。

(5)  原告らは,競争の実質的制限とは,特定の事業者又は事業者集団がその意思で,市場を支配することができる状態をもたらすことであるとした上,<1>33社及びその協力者の数が全事業者に占める割合や本件審決が競争制限効果が生じたとする物件の数や入札金額,<2>地元業者が入札に参加し,33社などと競争をしていること等を根拠として,本件基本合意によって市場支配がされ,競争の実質的制限がされたとはいえないと主張している。以下,これらの点について検討する。

ア 33社及びその協力者が全事業者の占める割合と競争の実質的制限

(ア) 原告らは,本件基本合意の参加者及び協力者の数は,全競争事業者のうち51.9パーセントないし47.9パーセントしか占めておらず,本件審決の認定によっても,本件各工事72物件中競争制限的効果が生じた物件の数は31件で,その入札金額の合計は全工事の入札金額の56.3パーセントにすぎないから,33社や協力者が市場を支配する状態,あるいはある程度自由に受注予定者及び価格を左右することができる状態にあったとはいえないと主張する。

(イ) しかし,独占禁止法2条6項が定める競争の実質的な制限とは,競争自体が減少して,特定の事業者又は事業者集団が,その意思である程度自由に価格,品質,数量,その他の各般の条件を左右することによって市場を支配することを意味しており,ここにいう市場の支配は,特定の事業者又は事業者集団が,その意思だけで自由に価格,品質,数量その他の各般の条件を左右できる状態にまで至っていることを必要とするものではない。

本件基本合意は,予め受注予定者を決めて33社に属する他の事業者,協力会社が受注予定者の落札,受注に協力することを内容とするものであって,その合意の執行は,真に落札を目的とする者を入札市場から排除し,受注予定者以外の違反行為者及びその協力者が入札に参加して,受注予定者の落札に協力するものとなるから,本来されるべき入札参加者全員による競争は,受注予定者と地元業者のみの競争に限定されることとなり,原則として,そのこと自体が入札における正当な競争を阻害するものであることは前記のとおりである。

そして,33社及び協力会社の数は,全事業者のほぼ半数に達しており,本件各物件の入札参加者をみても,共同施工工事とされた物件のうち,JVのメインとしての入札指名を受けた業者の割合は,大方の物件で33社とその協力者が過半を占め,その割合は工事のランクが上になるほど高くなり,特にAAランクの格付けの工事について入札指名を受けた者は,すべて33社及び協力会社に属する者で占められているから,後記イのとおり,地元業者が競争を回避することがある程度期待できる状況にあったことも考えると,本件基本合意は,本件対象期間における公社発注工事の入札市場における競争を実質的に制限するものであることは明らかである。

そのことは,前記2の(3)のような競争制限効果が生じたと認められる物件の数や落札金額にも裏付けられている。

(ウ) なお,原告佐田建設は,Bランクの事業者もAランクの工事を指名される場合があり,また,JVのメインでなく,サブとなっても,それがJVの一員となった以上,メインの言うとおりになるとは限らないから,地元業者のうち,Aクラスでない者もすべて競争業者として数えるべきであるとして,違反行為者数等が全事業者に占める割合は32パーセントにしかならないと主張する。

しかし,公社は,入札参加資格を満たす者として登録している有資格者及び発注する土木工事を,それぞれAからEのランクに格付けしているところ,Aランクの単独施工工事,ACランク及びABランクの共同施工工事のメイン及びAAランクの共同施工工事には,通常Aランクに格付けされた事業者が指名され(査共436,438,439),Bランクに格付けされる地元業者が上記工事に指名を受けるのは少数の例にとどまっており,Aランクに位置づけられる工事について33社及び協力会社が占める割合が相当程度に達することは前記のとおりである。また,Aランクの共同施工工事のサブにBランク以下の事業者が指名される場合に,JVのサブがJVのメインの意向に反した入札行動を取ることは考えにくく,実際にそのような事例があったことを窺うに足りる証拠はない。

そうすると,この点に関する原告佐田建設の主張は採用できない。

また,原告三井住友建設は,受注金額に比して,受注件数が入札制限の状況を正確に反映するとした上,具体的競争制限効果が生じたか否かを見る際に着目すべきは受注件数であって,受注金額を判断の基礎とすることは相当ではない旨を主張する。確かに,1件又は少数の物件の落札金額が飛び抜けて多額なため,落札金額によって競争の制限効果を検討することが不相当な事情がある場合には,同原告の主張にも理はあるが,本件ではそのような物件は見当たらず,受注件数だけに着目すべき事情があるとはいえない。

さらに,原告加賀田組は,本件審決が競争制限効果が生じたと認定した31物件から,本件と関連する八王子市及び日野市の住民訴訟の判決で競争制限効果が否定された5物件を除けば,26物件にしかならず,その割合は36.1パーセントにすぎないと主張するが,31物件について競争制限効果が生じたものと認められることは前記のとおりであるから,同原告の主張は採用できない。

イ 地元業者の協力・競争回避について

(ア) 原告らは,本件各物件72件中60件の物件についてアウトサイダーである地元業者(競争業者)が入札に参加して競争を仕掛けているから,このような市場において合意当事者だけでは入札市場の競争を実質的に制限することはできないと主張する。

(イ) 地元業者の入札行動に関する本件審決の認定の概要は,以下のようなものである。

<1>公社が,工事の入札回数を勘案していることから,地元業者を含め,公社発注の土木工事の入札に参加する業者は,いわゆる指名稼ぎのために,受注を希望しない場合であっても工事希望票を提出して指名を受けることが少なくないこと,<2>受注予定者の有する条件について地元業者を認識し得る物件があったこと,<3>地元業者が受注予定者の要請によってJVを組むことにより,受注の恩恵にあずかることがあったことに照らせば,地元業者が常に落札を目指して受注予定者に対して競争を挑んでくるとは限らず,受注予定者の依頼に応じて協力したり,自主的に高めの価格で入札して競争を回避することがある程度期待できる状況にあったと認められる。実際にも20の物件で地元業者にそのような行動が見られた。

(ウ) 原告らは,本件審決の上記認定について,<1>についてはこれを認めるべき証拠がなく,<2>については地元業者が競争を回避する理由とはならない,<3>についてもこれを裏付ける証拠はなく,共同施工工事はJVを組むことが必要であって,地元業者がJVの一員となることは当然予定されているから,ある物件で地元業者がゼネコンとJVを組むことを期待して競争を回避するということはないとし,地元業者は,72物件のうち少なくとも60物件について33社に対して競争を挑み,32物件を受注しており,採算を度外視しても低価格競争をしかけてきているのが実態であると主張する。

(エ)<1> しかし,公社が入札に参加する業者を指名する際に,工事希望票の提出回数を考慮要素としていることは「第3 前提事実」2の(5)に記載のとおりであり,公社でこの事務を担当していた山田明は,公社の入札に参加する業者は,入札指名に関して工事希望票の提出回数が考慮されていることを知っており,受注を希望しない場合でも指名稼ぎのために工事希望票を提出して指名を受けることが少なくないと供述し(査共439),ゼネコンの担当者も実際に指名稼ぎのために工事希望票を提出した経験を供述している(査共79,91,176,203,327,352等)。このような証拠からすると,地元業者が受注を希望していない場合でも,指名稼ぎのために工事希望票を提出することがあると認定できるから,この点に関する本件審決の認定には合理性が認められる。

<2> この点,平成13年4月から平成14年8月まで公社において多摩地区の公共下水道の建設等にかかる工事の発注業務を担当していたFは,受注意欲のない者が工事希望票を提出することは考えられないと供述し(審共1),S社の東京本店営業副本部長であるS1は,審判手続における参考人審尋において,受注を希望しないのに形だけ指名を申し込むというようなことはなく,他社がそのようなことをするということも聞いたことがない旨を供述し,更に三幸建設工業株式会社土木部長のTも,その陳述書(審共8の4)及び審決手続における参考人審尋において,入札において競争を回避することはしないという趣旨に理解できる供述をしている。

しかし,受注予定者が入札対象の物件に対していわば強い条件を持つ場合は,地元業者がそれを尊重して競争を回避することはあり得ることであり,また,公社の発注する共同施工工事において33社とJVを組む可能性があることは,地元業者が競争を回避することの動機となり得るものである。

また,入札参加者に地元業者がいる場合に,受注予定者とその地元業者との間で話し合いが行われ,調整が行われていたことを示す証拠(査共66,67,72,98,166,173,182)がある。さらに,地元業者は,12物件(別紙1の番号9,10,22,29,40,42,50,51,56,58,59,65の各物件)で予定価格を超える価格あるいは予定価格に近い価格で入札しているところ(査共328,463),これら工事は,通常の建設業者であれば,公刊されている積算資料及びソフトウェアを用いることによって予定価格の推計を比較的正確に行うことができるものであるから,地元業者が競争を回避したためにこのような価格での入札をしたものと推認することも,不合理であるとはいえない。

そして,Fの供述は,発注者側から本件対象期間以後の経験を述べるものであり,S1及びTは,いずれも本件対象期間に多摩地区の営業を担当していなかったというのであるから,本件対象期間における地元業者の入札行動を認定する上ではその証明力に限界がある。また,上記3名が述べるように,地元業者の中に指名稼ぎのための工事希望票を提出することはせず,指名されて後に競争を回避することをしない業者がいても不自然ではないが,そのことは必ずしも本件審決の認定と矛盾するものとはいえない。

そうすると,地元業者が,もともと落札の意欲を持たないまま指名を受け,あるいは受注予定者の依頼に応じる等の事情によって,高めの価格で入札することをある程度期待することができる状況があり,現にそのような事例も存在しているということとができるから,本件審決の前記(イ)認定は合理的なものといえる。

<3> なお,地元業者が,個別の物件について33社に対して競争をしかけてくる例があることは原告らが主張するとおりと思われるが,そのような事例があるとしても,そのことは上記認定を左右するものではない。

(オ) 次に,原告らは,地元業者が72物件のうち少なくとも60物件について33社に対して競争を挑み,32物件を受注していることを根拠に本件基本合意による競争の実質的制限は生じていないとし,原告三井住友建設は,アウトサイダー(地元業者)の競争回避的状況がある程度期待できるというだけで,合意の当事者である事業者によって市場における競争を実質的に制限するものと評価することは不当であると主張する。

しかし,入札に参加した地元業者が落札を希望し,競争の結果本件基本合意によって受注予定者とされた者が落札ができない物件が生じているとしても,そのことが直ちに本件基本合意が競争制限効果を有していないことの根拠となるものとはいえない。なお,この点の事情について,大木は,以下のように供述している(査共98)。

「ゼネコン側と地元側の折衝は,簡単に申せば,話し合いということですが,やはり,双方は当該物件についての関連性など種々条件を提示し合って,結局,例えば,一方が下請けに入るとの条件で決着を図るといった仕方も採られ,最終的には,本命業者として一本化が図られるパターンです。ただ,ゼネコン側の意思としては,地元業者との混合入札参加物件のケースは,地元側が強いとの判断もありまして,喧嘩までして取ろうということにはならず,地元業者側が強く受注意欲を示せば,何らかの条件で譲ったり,あるいは,降りるということにならざるを得ません。それは,ゼネコン側は経費面で地元業者に勝てませんので,叩き合いに持って行ったとしても落札できませんし,もし落札できたとしても得にならないからです。」

このように,本件基本合意によっても,地元業者との競争を避けられない事例があることは認められるが,上記のとおり,本件基本合意は,一般的に受注意欲を持たない受注予定者以外の33社に属する者及び協力会社に工事希望票を提出させるなどして競争者の範囲を限定するものである上,もともと落札の意欲を持たない地元業者が入札に参加する場合もあるという事情も考えると,地元業者が受注予定者の依頼に応じてくれることをある程度期待することができるという程度でも,公庫発注物件の入札における競争を実質的に制限するものと認めるのが相当というべきである。

3  個別の物件について

(1)  番号7の物件(原告加賀田組関係)

ア 本件審決が番号7の物件に関して認定した事実は,前記「第4 被告が認定した事実の概要」3の(1)のとおりである。

原告加賀田組の本件当時の多摩営業所長であった笠原は,ほぼ本件審決が認定した事実に沿う供述をしており(査共72),平成8年6月から平成11年4月ころまで,同原告多摩営業所に勤務していたBも,概括的には笠原の供述を裏付ける供述をしている(査共162)。また,番号7の物件の相指名業者となった京王建設のG(査共150)は,原告加賀田組・イワヲ建設JVから入札金額の連絡を受けて同JVが受注できるように協力したことを述べ,徳倉建設の多摩営業所長であったH(査共144)及び小田急建設営業本部多摩営業所長であったI(査共145)も,原告加賀田組が同物件を落札することに協力したことを少なくとも否定していない。

このような証拠からすると,本件審決の番号7の物件に関する認定には合理性が認められるというべきである。

イ(ア) 原告加賀田組は,笠原の供述のうち,<1>番号7の物件が未だ公示もされていない時期から同社が受注予定者であることがあらかた決まっていたとする部分及び<2>地元業者を指名業者から排除し,ゼネコンの受注を容易にするために工事希望表を出してもらうゼネコンを選定したとする部分は客観的事実に反し,同人の供述は信用できないと主張する。

しかし,同人は,前任のAが同物件が公示される前から営業活動をし,これに関する情報を入手していたことを示唆する供述をし,Bも以前に同物件付近で公社発注の工事を実施した実績があることから,他社に比較して有利な条件を持っていたことから受注のための営業努力をしていた物件であることを述べているほか,33社や協力会社の営業担当者の多くが公社発注の工事の実施前からダミコンや業界の新聞によって情報収集をしていたことも述べているから,上記<1>の供述部分が客観的な事実に矛盾するとはいえない。また,受注予定者が33社に属する他の事業者及び協力会社に対して工事希望票の提出を依頼するのは,競争相手となる可能性のある地元業者を入札参加者から排除するためであって,上記<2>の部分は客観的な事実に合致するものである。

(イ) また,同原告は,H(査共144)及びI(査共145)の供述調書は,いずれも番号7の物件に関して同原告との間で受注調整に関する明確な合意がされたことは述べられておらず,Gの供述(査共150)には,具体性がなく,他の複数の物件に関してほぼ同文の記載が繰り返されているだけであるから,信用性がないと主張する。しかし,前記のとおりの同人らの調書の内容に照らすと,その指摘のような点だけで上記各供述調書が実質的証拠に該当しないとはいえない。

(ウ) なお,原告加賀田組は,33社及び徳倉建設のうち,工事希望票を提出したのは7社(同原告を除けば6社)であるが,そのうち担当者の供述調書が提出されているのは2社分しかない,相指名となったその他のゼネコンに属する4社及び地元業者3社のうち,担当者の供述調書が提出されているのは2社分しかなく,そのうちの1社(環境建設)の担当者の供述調書には同原告について述べる部分がないことを指摘している。しかし,このような点を考慮しても,前記のような証拠からすると,本件審決の原告加賀田組に関する認定が不合理なものとはいえない。

(2)  番号10の物件(原告大木建設関係)

ア 本件審決が番号10の物件に関して認定した事実は,前記「第4 被告が認定した事実の概要」3の(2)のとおりである。

イ 原告大木建設の多摩営業所課長であったCは,ほぼ本件審決の認定に沿った供述をしており(査共5),同物件の相指名業者となった若築建設東京支店多摩営業所長であったJは,Cから頼まれて工事希望票を提出し,指名を受けた後も原告大木建設・大城土木JVが落札できるように協力して札入れをしている旨を述べている(査共93)。

このような証拠からすると,本件審決の番号10の物件に関する認定には合理性が認められるというべきである。

ウ(ア) 原告大木建設は,番号10の物件の入札には,地元業者3社が参加し,この3社が入札の時点まで受注意欲を示して入札に臨む行動を取っていたことから,同原告は,落札率80パーセントという失格ぎりぎりの価格で入札したものであるところ,競争の制限があったか否かは,上記のような入札までの経過全体から判断すべきであって,同原告の落札率は,番号10の物件についてまさに競争が行われていたことを示しており,同物件については競争制限的効果は具体的に生じていないこと,また,同原告は,このような落札率でいわば赤字受注をしているのであるから,不当な利益を保持させないという課徴金制度の趣旨からは,あえて課徴金を課すまでもないことを主張する。

(イ) 確かに,番号10の物件の入札に参加した地元業者である石川徳建設・砂川建設JV及び大明建設・芦澤建設JVは,同物件の受注を希望する意思を原告大木建設に表明していたことが認められる。しかし,別紙6-2のとおり,地元業者を構成員とするJVのうち2社は予定価格を上回る価格で,残りの1社は予定価格に近い価格(予定価格の99.05パーセントの価格)で入札しており,その入札価格は,上記物件の入札に参加した33社及び協力会社を構成員とするJVの入札価格より高い価格か,それに相当する価格となっている。このような入札結果からは,地元業者3社を構成員とするJVは,最終的にはいずれも原告大木建設からの要請を受け,原告大木建設・大城土木JVとの競争を回避したことを推定させる。したがって,同原告による同物件の落札率が失格ぎりぎりの80パーセントであったとしても,同原告を除く入札参加者全員が競争を回避していることになるから,番号10の物件では競争制限効果が生じていることは明らかというほかない。

(ウ) 課徴金の納付命令は,不当な取引制限又は商品又は商品供給量の制限による経済的利得を国が徴収し,違反行為者がそれを保持し得ないようにすることによって,社会的公正を確保するとともに,違反行為の抑止を図り,不当な取引制限等の禁止規定の実効性を確保するために執られる行政上の措置であり,不当な利得の剥奪にとどまらない複合的な趣旨及び目的を持つ。しかも,その金額は,画一的な基準によって,不当な利得の有無及びその額とは一応切り離して機械的に算出されるものとされているから,不当な利得の発生の有無及びその多寡を問わずに,不当な取引制限等によって競争制限効果が発生したものについて命じられるべきもの,すなわち,不当な取引制限等によって不当な利益を得ることができなかったというような場合にも,適用されるものと解される。

なお,このような課徴金制度の適用も,同制度が不当な取引制限等の禁止規定の実効性を確保するという趣旨,目的を有することからすれば,一定の合理性があるというべきである。

したがって,番号10の物件について,課徴金を課すまでもないとする同原告の主張は採用できない。

(3)  番号13の物件(原告三井住友建設関係)

ア 本件審決が番号13の物件に関して認定した事実は,前記「第4 被告が認定した事実の概要」3の(3)のとおりである。

イ 住友建設の多摩営業所長であったDは,ほぼ本件審決の認定に沿った供述をしている(査共136)。また,同物件の相指名業者となった大本組の東京支店多摩営業所長であったK(査供62),松村組多摩営業所長であったL(査供84),森本組多摩営業所長であったM(査供92),大豊建設多摩営業所長であったN(査供164)は,いずれも依頼を受けて番号13の物件について工事希望票を提出したと供述し(ただし,Mは,住友建設からの依頼なのか大日本土木(上記物件について本命であったが,後に辞退したという。)からの依頼であったのかは定かでないとしている。),また,K,M及びNは,指名後に住友建設から入札価格の連絡を受けて入札したと述べている。佐藤工業西東京営業所に勤務していたO(査供74),西武建設東京支社多摩営業所長であったP(査供75)及び三井建設八王子営業所長であったQ(査供156)も,同物件についての具体的な記憶を述べるものではないが,住友建設・日東建設JVが同物件を落札するように協力した可能性が高いことを示す供述をしている。

このような証拠からすると,本件審決の番号10の物件に関する認定には合理性が認められるというべきである。

(4)  番号22の物件(原告佐田建設関係)

ア 本件審決が番号22の物件に関して認定した事実は,前記「第4 被告が認定した事実の概要」3の(4)のとおりである。

イ 原告佐田建設の東京支店西東京営業所所長であったEは,<1>番号22の物件に関して,営業所に近く,工事場所の状況も把握し近隣の状況もよく分かっている物件であったため,前々から熱心に営業活動をしていた物件であり,他のゼネコンに対しても折に触れて受注意欲を示していたこと,<2>他社から同物件に関する同原告の受注意欲の問い合わせがあったこと,<3>結果的に受注意欲を示したことによって他社が工事希望票を提出したことがあるかも知れないこと,しかし,<4>工事希望票の提出を他社に依頼した覚えはないこと,<5>他社との間で入札価格を連絡・調整したり,他社から同原告の入札価格を尋ねられたりしたことはなく,番号22の物件を同原告が落札したのは正当な競争の結果であることを供述している(査供352,353)。

しかし,大本組東京支店多摩営業所所長であったK(査供62),株木建設東京支店多摩営業所長であった田中穂積(査供81),若築建設東京支店多摩営業所長であったJ(査供93),アイサワ工業東京支店多摩営業所長であったR(査供241)は,いずれも原告佐田建設からの依頼によって工事希望票を提出し,原告佐田建設・堺産業JVが番号22の物件を落札できるように協力したことを述べている(なお,K及びRは,同原告から入札額の連絡があったとしている。)。また,小田急建設営業本部多摩営業所長であったIも,原告佐田建設から受注に協力して欲しい旨の依頼があったかは覚えていないが,そのような依頼があれば,受注意欲のない物件であったことから協力していると供述している(査供145)。

そして,33社の間で本件基本合意が存在し,協力会社が33社の受注に協力するものとされていたことは前記認定のとおりであるから,K,田中穂積,J,R及びIの上記各供述は多摩地区におけるゼネコンの入札や受注を巡る状況に合致するものである上,これに反する証拠はEの前記供述のみであって,他にその信用性に疑いを差し挟むべき証拠はないから,番号22の物件に関する本件審決の認定には合理性が認められるというべきである。

4  課徴金の算定について

以上のとおりであるから,原告加賀田組は番号7の物件に関し,原告大木建設は番号10の物件に関し,原告三井住友建設は番号13の物件に関し,原告佐田建設は番号22の物件に関し,それぞれその受注価格に影響がある不当な取引制限をしたものというべきである。そこで,その実行期間における売上額を独占禁止法施行令6条の規定により算定すると,別紙5の売上金額欄記載の金額と認められる(弁論の全趣旨)から,原告らが納付しなければならない課徴金の額は,本件審決が命じた額となる。

第7結論

よって,原告らの請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 一宮なほみ 裁判官 杉山正己 裁判官 加藤謙一 裁判官 田川直之 裁判官 石垣陽介)

file_6.jpg別紙

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