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東京高等裁判所 平成20年(行コ)32号 判決 2009年5月21日

控訴人 全日本教職員組合

同代表者理事 米浦正

控訴人 外3名

控訴人ら訴訟代理人弁護士 牛久保秀樹

同 船尾徹

同 佐久間大輔

同 堀浩介

同 杉井静子

被控訴人 国

同代表者法務大臣 森英介

被控訴人 公立学校共済組合

同代表者理事長 工藤智規

被控訴人ら指定代理人 間野明 外5名

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは,控訴人らそれぞれに対し,連帯して100万円及びこれらに対する平成17年3月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

1  本件は,文部科学大臣が平成16年12月7日付けで原判決別紙運営審議会委員目録記載のとおり被控訴人公立学校共済組合(以下「被控訴人組合」という。)の運営審議会委員を任命し,被控訴人組合理事長が文部科学大臣の認可を受けて同月1日付けで原判決別紙理事目録記載のとおり被控訴人組合の理事を任命した(以下,両任命を併せて「本件任命」という。)ところ,控訴人らが,本件任命において,控訴人全日本教職員組合(以下「控訴人全教」という。)が候補者として推薦した控訴人甲野春彦(以下「控訴人甲野」という。)及び控訴人乙山夏彦(以下「控訴人乙山」という。)が運営審議会委員に任命されず,日本教職員組合(以下「日教組」という。)及び全日本教職員連盟(以下「全日教連」という。)に推薦された候補者が運営審議会委員に任命されたこと,控訴人全教が候補者として推薦した控訴人丙川秋彦(以下「控訴人丙川」という。)が理事に認可及び任命されず,日教組に推薦された候補者が理事に認可及び任命されたことは,いずれも違法であると主張して,被控訴人国に対し国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条に基づき,被控訴人組合に対し国賠法1条,民法709条又は715条に基づき,それぞれ連帯して100万円及びこれらに対する不法行為の日の後である平成17年3月25日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は,運営審議会委員及び理事の任命は自由裁量行為であり,本件任命に裁量権の逸脱,濫用があったとはいえず,運営審議会委員及び理事を推薦した職員団体並びに推薦を受けた個人との関係で国賠法上違法とならないとして,控訴人らの請求をいずれも棄却した。そこで,控訴人らは,これを不服として控訴した。

なお,控訴人らは,上記損害賠償請求のほかに,文部科学大臣及び被控訴人組合理事長を被告として本件任命の取消しを求めていたが,原審で,運営審議会委員及び理事の任期である2年が経過して任命の法的効果は失われたから,本件任命の取消しを求める訴えは不適法であるとして却下され,これに対しても控訴したが,当審において同控訴を取り下げた。

2  争いのない事実等

原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1記載のとおりであるから,これを引用する。

3  争点及び当事者の主張

本件の争点は,①控訴人らの被侵害利益の有無,②本件任命の違法性の存否,③控訴人らが被った損害(これに対する被控訴人らの責任関係を含む。)である。

これらの争点についての当事者の主張は,次のとおり当審における控訴人らの主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」3(3)及び(4)(争点①及び③につき同(4),争点②につき同(3))記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決20頁11行目の末尾に「控訴人らが本件任命について国賠法上保護されている権利利益を有しないことは,前記(3)の(被告らの主張)イ(ウ)に述べたとおりである。」を加える(争点①についての被控訴人らの主張)。

(当審における控訴人らの主張)

(1)争点①(控訴人らの被侵害利益の有無)について

ア 控訴人甲野及び同乙山について

運営審議会委員は,運営審議会の構成員として,同審議会に参加し,被控訴人組合の重要な管理運営事項について意見を述べ,議決に加わる権限を有し,特にその半数を占める組合員代表の委員は,その代表としての立場から意見を述べたり,議決に参加したりするものであるから,利益代表としての役割も有するところ,組合員代表としての運営審議会委員は,職員団体からの推薦を受けて任命されるのが慣行となっており,それぞれ自己の出身系統を有していて,系統別の出身を有している組合員代表としての運営審議会委員がその系統別の立場から組合員の福祉及び利益の保護のために働くことによって,組合員代表としての運営審議会委員が総体として広く組合員一般の利益を代表して,被控訴人組合の民主的な運営に関与することができるものであり,被推薦者は,その任命に当たって,他の系統に属する職員団体が推薦した被推薦者と平等に自己の利益を手続上考慮してもらう権利を有しているのであって,平等な考慮すらも受けなかった場合には,手続上の権利・利益についての侵害が生じる。

また,被控訴人組合の構成員としての組合員は,組合員としての固有権として,運営審議会委員に任命される権利・利益を有するのであり,処分決定過程において,実質的には審査の対象とされなかったり,同委員から排除されたりした場合には,この法的な権利・利益が侵害されたことになる。

したがって,控訴人甲野及び同乙山は,被控訴人組合の組合員であり,かつ,控訴人全教から推薦を受けている以上,運営審議会委員として任命される権利・利益を有しており,これは法律上保護されるべきものである。

イ 控訴人丙川について

理事は,理事長の定めるところにより,理事長を補佐して組合の業務を執行するという重要な権限と責務を有することから,被控訴人組合の民主的な運営を図り,組合員の福祉及び利益の保護を実行あらしめるため,理事9名中2名は職員団体推薦者から任命される慣行となっているところ,系統別の出身を有している理事がその系統別の立場から組合員の福祉及び利益の保護のために働くことによって,広く組合員一般の利益を代表して,被控訴人組合の民主的な運営に関与することができるものであり,被推薦者は,その任命に当たって,他の系統に属する職員団体が推薦した被推薦者と平等に自己の利益を手続上考慮してもらう権利を有するというべきである。

したがって,控訴人丙川は,控訴人全教から推薦を受けている以上,理事として任命される権利・利益を有しているのであり,これは法律上保護されるべきものである。

ウ 控訴人全教について

組合員代表としての運営審議会委員及び理事の推薦が利益代表としてのそれであり,その任命手続に組合員の利益を代表する職員団体の積極的参加を認め,それを通じて組合員の福祉及び利益の保護を実効あらしめようとしたものであるから,職員団体には,推薦候補者の中から組合員代表としての運営審議会委員及び理事が個別具体的に選考・決定される際に,公正な手続で,かつ,内容的にも裁量権の範囲内における適正な判定を受けるという手続上の権利・利益が法的に保護されているというべきである。これは,組合員がそれぞれに有する利益の総体としての組合員一般の利益(公益)とは区別された職員団体の個別的で具体的な権利である。

教職員で組織され,被控訴人組合の約8万人という組合員で構成されている控訴人全教は,被控訴人組合の民主的な運営に当たって重要な役割を果たすべきであり,運営審議会委員又は理事に推薦した控訴人甲野,同乙山及び同丙川の任命手続の過程で自己の利益を手続上差別なく考慮してもらう権利・利益を有するものである。

(2)争点②(本件任命の違法性の存否)について

運営審議会委員の任命に当たっては,共済組合の組合員であること(地公共法7条2項),組合の業務その他組合員の福祉に関する事項について広い知識を有する者であること(同条3項),委員の半数は組合員を代表する者であること(同項)のみが考慮されなければならず,そのためには,各職員団体推薦者のいずれも対等に審査されて,任命されなければならないのに,本件任命では,日教組推薦者及び全日教連推薦者であることのみを基準に任命されており,日教組及び全日教連の特別扱いという目的違反,動機の不法に該当する。

また,組合員の福祉に関する事項について広い知識を有する者であるかどうかということではなく,日教組推薦者又は全日教連推薦者であるかどうかを唯一の基準としているもので,他事考慮に該当するし,平等原則違反であることが明らかであり,日教組及び全日教連と控訴人全教とを差別的に扱う組織差別であり,その所属構成員を差別するものである。

さらに,本件任命は,手続的に日教組及び全日教連からの推薦情報者のみを選定して,控訴人全教推薦者を排除していることが明らかで,裁量の手続・過程的審査方式に違反していることも明らかである。

以上のとおりで,本件任命は,任命権者の裁量権を逸脱,濫用した違法なものである。

第3  当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないものと判断する。

その理由は,以下のとおりである。

2  本件の事実関係は,原判決の「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」1記載のとおりであるから,これを引用する。

3  まず,控訴人らの被侵害利益の有無(争点①)について判断する。

(1)文部科学大臣及び被控訴人組合理事長がした本件任命が違法なものとして被控訴人らにおいて控訴人らに対する損害賠償義務が認められるためには,本件任命により,控訴人らの権利又は法律上保護される利益が侵害されることを要する(民法709条。国賠法1条1項においても同様に解される。)。

(2)そこで検討するに,運営審議会委員の任命基準について,地公共法及び定款は,組合員であること,組合の業務その他組合員の福祉に関する事項について広い知識を有する者であること,運営審議会委員の半数は,組合員を代表する者であることを規定するのみであって(地公共法7条2項,3項,定款15条),それ以外に法令又は定款上任命基準についての規定は存しない。

そして,運営審議会は,組合の運営に関し適正を期するために設けられた諮問機関であるところ,その委員の任命基準について組合の業務その他組合員の福祉に関する事項について広い知識を有する者としたのは,当該組合の運営のいかんは他の地公共法上の組合にも影響するため,単にその組合の業務の性格及び内容並びに組合員の福祉についての知識を有しているのみでなく,共済組合制度及び共済組合の業務とされる給付,福祉事業のほか,経理及び資金の運用等についても知識を有する者であることが必要であると考えられたことによるものと解され,また,委員の半数は組合員を代表する者であることとしたのは,組合員の意見を十分に反映させることにより運営審議会の民主的な運営をも併せ図ろうとしたものであると解される(乙4)。このような運営審議会委員の責務等に照らすと,運営審議会委員は,組合員全体を代表して職務を行うことが求められ,組合員代表委員においても,特定の職員団体の意向を組合の運営に反映させるために職務を行うことは全く予定されていないことが明らかであり,したがって,その任命において,職員団体からの推薦制度等を採用しなかったものと解される(なお,国家公務員共済組合法9条4項では,委員の任命について,「一部の者の利益に偏することのないように,相当の注意を払わなければならない。」とされており,このことは,被控訴人組合の委員の任命についても当てはまるものと解される。)。

これらの規定,解釈等に照らすと,文部科学大臣が,被控訴人組合の組合員の中からいかなる者を組合員代表委員に任命するかについては,組合の業務その他組合員の福祉に関する事項について広い知識を有するかどうか,組合員全体を代表する者として運営審議会委員の責務を適正に果たし得るかどうかという観点から行われるものであって,文部科学大臣の健全かつ広範な裁量的判断に委ねられているものと解される。

また,理事は,理事長の定めるところにより理事長を補佐して組合の業務を執行する機関であるところ,被控訴人組合理事長による理事の任命及び文部科学大臣による認可については,法令定款上その基準についての規定は全く存せず,上記に説示したところと同様に,被控訴人組合理事長及び文部科学大臣の健全かつ広範な裁量的判断に委ねられているものと解される。

そうすると,控訴人らは,運営審議会委員又は理事の推薦をした職員団体又は被推薦者であるところ,上記のとおり推薦制度自体存しないのであり,職員団体において,自ら推薦した者を委員又は理事に任命することを要求する権利はなく,また,被推薦者において,委員又は理事に任命され得る法的地位を有するものでないことが明らかであるから,本件任命において,控訴人全教が推薦したその余の控訴人らが委員又は理事に任命されなかったことについて,控訴人らの権利又は法律上保護される利益が侵害されたものということはできないといわざるを得ない。

(3)これに対し,控訴人らは,組合員代表としての運営審議会委員及び2名の理事について,職員団体による推薦者から任命されることが慣行となっているとして,推薦した職員団体及び被推薦者は,公正な手続で適正,平等に判定を受ける手続上の権利・利益を有すると主張する。

前記認定事実によれば,文部科学大臣が組合員代表委員を新たに任命する必要がある場合や,被控訴人組合理事長が職員団体に所属する者から理事を任命する場合に,職員団体から候補者に関する情報の提供を受けることがあったことが認められるものの,その情報提供やその依頼の方式も定まっていないものであって,これは任命権者による任命権の行使に当たっての事実上の措置にすぎないものと解されるものであり,これをもって,組合員代表委員及び理事の一部の者について,職員団体による推薦者から任命されることが慣行となっていると認めることはできない。仮に,そのような措置が慣行として行われていたとしても,これにより,推薦した職員団体又は被推薦者に対して,自ら推薦した者を委員若しくは理事に任命することを要求し,又は,委員若しくは理事に任命され得る実体的又は手続的権利・利益を付与したものということはできない。

また,控訴人甲野及び同乙山は,組合員としての固有権として,運営審議会委員に任命される権利・利益を有すると主張するが,組合員である公立学校の職員並びに都道府県教育委員会及びその所管に属する教育機関(公立学校を除く。)の職員等の全員が運営審議会委員に任命され得る資格を有することは,地公共法及び定款上明らかであるとはいうものの,これをもって1組合員である控訴人甲野又は同乙山に,運営審議会委員に任命される権利又は法律上の利益があるということができないことは明らかであり,同主張は理由がない。

(4)以上のとおりであって,本件任命により,控訴人らの権利又は法律上保護される利益が侵害された旨の控訴人らの主張は,いずれも理由がない。

4  よって,控訴人らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないから,これらを棄却した原判決は相当であり,本件控訴はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷禎男 裁判官 杉山正己 裁判官 相澤哲)

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