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東京高等裁判所 平成21年(う)1778号 判決 2010年1月21日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役6年に処する。

原審における未決勾留日数中300日をその刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人押谷靱雄作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるから,これを引用する。

論旨は,事実誤認及び量刑不当の主張である。

原判決は,罪となるべき事実として,被告人が,甲野昭男(以下「甲野」という。)ほか数名と共謀の上,平成11年9月14日午後11時30分ころ,千葉県柏市のスナック(以下「本件スナック」という。)店内において,①春田一郎(当時55歳。以下「一郎」という。)に対し,その後頭部等を金属バット等で殴るなどの暴行を加え,同人に右硬膜下血腫,左前頭極部の脳挫傷等に基づく外傷性脳障害等の傷害を負わせ,よって,同月15日,埼玉県川口市の病院において,同人を上記傷害による脳圧迫により死亡させ(原判示第1),②春田二郎(当時42歳。以下「二郎」という。)に対し,その左腕及び頭部等を金属バット等で殴るなどの暴行を加え,よって,同人に全治約1か月間を要する左尺骨骨幹部骨折,頭部打撲・挫創等の傷害を負わせ(同第2),③夏木三郎(当時35歳。以下「三郎」という。)に対し,テーブルを投げ付け,同人の頭部に打ち当てるなどの暴行を加え,よって,同人に全治約1週間を要する頭部挫創の傷害を負わせた(同第3),という事実を認定した上で,「補足説明」の項で,被告人は,本件犯行時,一郎に対し,先頭を切って金属バットを用いて殴りかかったという事実を認定するなどして,被告人を懲役7年に処している。これに対し,論旨は,被告人が犯行現場におり,共謀共同正犯としての責任を負うことは否定しないが,被告人が積極的に実行行為に及んだ事実はないので,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があり,また,原判決の量刑は重すぎて不当である,というのである。

第1  事実誤認の主張について

1  原判決が挙示する関係証拠を総合すれば,被告人自身の行動に関して原判決が「補足説明」の項で認定している上記のような暴行の存在を優に認めることができ,その認定にあたり原判決が「補足説明」の項で説示するところも正当として是認することができる。以下,所論にかんがみ,補足して説明する。

2  二郎は,捜査段階及び甲野に対する傷害致死,傷害被告事件の公判期日(千葉地方裁判所松戸支部平成12年(わ)第14号等事件の第18回公判期日)において,本件スナックに金属バット等をめいめい持って入ってきた甲野を始めとする10人くらいの男たちの先頭に被告人が立っていたこと,男たちが皆で金属バットなどで一郎を殴り付けていたこと,被告人が金属バットで一郎を殴っていると思われることなどを供述している。

また,三郎は,捜査段階において,いきなり金属バットを手に持った男が本件スナックの中に入ってきて,一郎と向かい合ったこと,一郎が立ち上がって「何だ,てめえたちは」と言うと,向かい合っていた男は,持っていた黒っぽい野球用のバットで一郎の頭付近を殴ろうとしたことなどを供述し,被告人のものが含まれた顔写真30葉を示されて,断定は避けているものの,被告人が一郎と向かい合っていた男と似ていたと思う旨供述している。

二郎及び三郎の各供述は,原判決が「補足説明」の3項で説示するとおり,主要な点において一致ないし整合する内容で相互に信用性を高め合う関係にあり,当時被告人は,本件各犯行を主導した暴力団幹部甲野の舎弟であったことなどに照らして自然な経過を内容とするもので,高い信用性が認められ,これらの供述等を総合すれば,被告人が本件犯行時,一郎に対し,先頭を切って金属バットを用いて殴りかかった事実が優に認められる。

3  所論は,本件スナックの経営者であり犯行現場に居合わせた丙川花子(本件当時,一郎と同棲していた。なお,その後「丁木花子」と改姓している。以下「花子」という。)が捜査段階及び甲野に対する傷害致死,傷害等被告事件の公判期日(千葉地方裁判所平成14年(わ)第1855号等事件の第36回公判期日)において,一番前にいた男が自分の方をにらんできたことなどを供述しているところ,本件スナックに先頭で入ってきた男が被告人であれば,被告人をよく知っている花子は当然被告人と認識できたはずであるが,同女は本件当日被告人がいたかどうか分からないと供述しており,先頭にいた男が被告人ではないことが明らかである,などという。

しかし,花子の供述内容の詳細をみると,同女が男たちの顔を見たというのは,男たちが本件スナックのドアを開けて出入口から入ってきた直後の時点のことであり,その後,男たちは,押し戻そうとする花子の手を払いのけるなどして同店客室内に入り,一郎らと対峙するに至っている一方,花子は甲野らにいすの上に押し倒され,顔が店の出入口の方を向く姿勢で押さえ付けられていたため,客室内の出来事はよく分からなかったというのである(なお,原審甲第7号証の検証調書謄本等によれば,本件スナックは,唯一の出入口から幅1.2mの通路を通り抜けると幅4.0m,奥行き4.8mの略正方形の客室があるという構造になっており,客室の入口付近に上記いすが置かれていた。)。他方,二郎及び三郎の上記各目撃供述は,スナック出入口ではなく,その後男たちが客室に入ってきた時点でのものであって,花子の上記供述は,二郎及び三郎の上記各目撃供述との関係では,出来事の時点・場所を異にしたものであるから,二郎及び三郎の各供述の信用性を左右するものとはいえない(なお,原判決のこの点に関する説示はやや不十分である。)。

4  なお,所論は,二郎は先頭の男が左手にタオルをかけていたと供述しているところ,このことは三郎も花子も供述しておらず,二郎の供述は信用できない,というが,本件当時の犯行現場の騒然とした状況に照らせば,先頭に立っていた人物の左手付近にタオルがあったかどうかということが襲撃を受けた側の者の印象に残らなくても不自然とはいえない上,三郎も先頭の男の左手にタオルがなかったと断言しているわけではなく,また,上記のとおり花子は客室内での出来事についてほとんど認識できない状態であったことなどに照らすと,所論が指摘する点を考慮しても二郎の供述の信用性が左右されることはない。

また,所論は,三郎の写真面割に関して,同人は判別の基準を髪型に置いているところ,被告人の本件犯行当時の髪型がアイロンパーマであったことは被告人の原審公判供述で明らかであることなどから,三郎の写真面割に関する供述は信用性が低い,という。しかし,証拠上,本件当時の被告人の髪型は不明確であり,三郎も髪型のみで人物を特定しているわけではないから,この点が同人の供述の信用性に影響を与える事情ではないことは,原判決が補足説明の3項で適切に説示するとおりである。

5  その他所論が指摘する点を検討しても上記の判断は動かず,原判決に論旨がいうような事実の誤認はない。

論旨は理由がない。

第2  法令適用の誤りについて

1  量刑不当の主張について判断するのに先だって,以上の事実認定を前提として,職権で原判決の法令の適用について調査すると,原判決には,以下のように法令適用の誤りがあり,この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,この点で原判決は破棄を免れない。

2 すなわち,原判決は,法令の適用の項において,原判示第1の所為につき刑法60条,205条を適用した上で,刑の長期は,行為時においては平成16年法律第156号(以下「平成16年改正法」という。なお,以下で「改正前刑法」などというときの改正は同法によるものを指す。)による改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるが,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑によるとしている。しかし,刑法205条については,平成16年改正法により,有期刑の上限が引き上げられたのみならず,法定刑の下限も懲役2年から懲役3年に引き上げられているので,上記所為については,行為時においては改正前刑法205条に,原裁判時においては改正後刑法205条にそれぞれ該当し,刑法6条,10条により,刑の長期のみならず刑の短期についても軽い行為時法を適用すべきものである。

原判決は,この点で法令の適用を誤っている。

3 そこでこの誤りの判決への影響について検討する。

法令の改正による刑の変更に関する法令適用の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるか否かを判断する場合,実際になされた量刑が,本来行われるべきであった適正な法令の適用により導かれた処断刑の範囲内のものであったとしても,そのことのみによって直ちに当該誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかではないとはいえず,当該法令改正の趣旨を踏まえ,その事件における諸般の事情を具体的に検討して,問題となっている誤りがなければ現になされた判決とは異なる判決がなされたであろう蓋然性があるかどうかを判断すべきである。

これを本件についてみると,平成16年改正法による刑法205条の法定刑の引上げは,犯罪情勢及び国民の規範意識等の動向等を踏まえた上で,凶悪・重大犯罪に対して適正な対処を可能とするために行われた法改正の一環として,他の凶悪犯罪の中での法定刑のバランス等も考慮の上,法定刑の下限を2年から3年に引き上げたものであり,その量刑判断に及ぼす影響は小さいものとはいえないこと,本件では①の傷害致死は②及び③の各傷害と併合罪の関係にあり,原判決の上記誤りが最終的な処断刑の下限についても誤りをもたらす上,本件において量刑判断を行う場合,①の事実が最終的な宣告刑を定める上で相応の重みを持つものであること,懲役7年という原判決の量刑は,処断刑の下限からの隔たりが大きいとまではいえないこと,本件の具体的量刑事情などを総合的に考慮すると,原判決の上記誤りがなかった場合には現になされた量刑とは異なる量刑がなされたであろう蓋然性があるといえ,この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかというべきである。

第3  破棄自判

よって,刑訴法397条1項,380条により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して被告事件について更に判決する。

原判決が認定した事実(累犯前科を含む。)に,次のとおり法令を適用し,所定刑期の範囲内で,本件の量刑事情(本件各犯行の動機に酌むべき点が全くなく,その犯行は組織的かつ計画的で,粗暴性・凶悪性が顕著で悪質な態様であること,被害者の1名が死亡に至り,ほか2名の被害者が軽くない傷害を負わされるなどしており結果は重大であること,被告人自身も実行行為の一部に及んでいること,被告人の前科からうかがわれるその粗暴性・反社会的意識の強さ・規範意識の低さ等の被告人に不利な諸事情がある一方,被告人は,本件犯行について甲野の配下として従属的な立場にあったこと,本件を首謀した甲野が各被害者側(遺族を含む。)に対して合計約3360万円を支払い,示談が成立していること,なお,甲野はこのうち500万円は被告人からの預り金から支出したと述べていること,被告人が,当時暴力団に所属し,その結果本件に関与するに至ったことに対して反省と後悔の態度を示し,今後関わりを持たないと述べていること,本件後は暴力団組織との関係を断って正業に就き,相当の年月を経過していること等の被告人に有利な諸情状がある。)を総合考慮して,被告人を懲役6年に処し,原審における未決勾留日数中300日をその刑に算入する。

(法令の適用)

罰条 原判示第1の所為につき,刑法60条,改正前刑法205条(行為時においては刑法60条,改正前刑法205条に,裁判時においては刑法60条,改正後刑法205条に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。また,刑の長期は,行為時においては改正前刑法12条1項に,裁判時においては改正後刑法12条1項によることになるが,前同様に軽い行為時法の刑による。)原判示第2及び第3の各所為につき,いずれも刑法60条,改正前刑法204条(それぞれ行為時においては刑法60条,改正前刑法204条に,裁判時においては刑法60条,改正後刑法204条に該当するが,前同様に軽い行為時法の刑による。)

刑種の選択 原判示第2及び第3の各罪につき,いずれも懲役刑

累犯加重 原判示各罪につき,いずれも刑法59条,56条1項,57条,原判示第1の罪につき,更に改正前刑法14条(原判示各罪は原判示各累犯前科との関係でいずれも3犯であるから,その加重。なお,原判示第1の罪について,刑の加重の上限は,行為時においては改正前刑法14条に,裁判時においては改正後刑法14条2項によることになるが,前同様に軽い行為時法の刑による。)

併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条,改正前刑法14条(最も重い原判示第1の罪の刑に法定の加重。なお,刑の加重の上限は,行為時においては改正前刑法14条に,裁判時においては改正後刑法14条2項によることになるが,前同様に軽い行為時法の刑による。)

未決勾留日数の本刑算入 刑法21条

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小西秀宣 裁判官 深見玲子 裁判官 三上潤)

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