東京高等裁判所 平成21年(く)77号 決定 2009年3月02日
少年
A (平成○.○.○生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は,少年が提出した抗告申立書に記載されているとおりであるから,これを引用するが,要するに,原決定の初等少年院送致(一般短期処遇)の処分は著しく不当である,というのである。
そこで,一件記録に基づいて検討する。
1(1) 本件は,少年が,①Bと共謀して,平成20年6月17日午前8時30分ころ,神奈川県○○市内の居宅で,現金1万円及び約2万米ドルほか52点在中の手提げ金庫1個(時価合計7500円相当)を盗み(原決定第1。以下「第1の非行」という。),②同年12月5日午前10時ころ,同市内の別の居宅で,現金8万円及び携帯電話1台ほか36点在中の小型耐火金庫1基(時価約85万8420円相当)を盗んだ(原決定第2。以下「第2の非行」という。)という,窃盗の事案である。
(2)ア 第1の非行について
少年は,金欲しさから友人の自宅に空き巣に入ろうと思い(動機や経緯の詳細については,第2の非行と併せて,後に一括して検討する。),あらかじめその家の鍵を取得しておき,当日,共犯少年を誘い,直前に電話したり,プッシュホンを鳴らすなどして上記友人宅の留守を確認して壁をよじ登って2階トイレの無施錠の窓から侵入し,勝手口を開けて共犯少年を室内に入れて二人で窃盗に及んでいる。
非行の態様は,計画的で,手慣れた大胆,悪質なものである。
現金被害だけでも極めて高額であり,他の被害品も,多数のパスポート,健康保険証,印鑑登録証明,キャッシュカードなどといった社会生活上重要なものが多いから,非行の結果も重大である。
そして,少年は,前記約2万米ドルが約200万円に相当する大金であることを知っていながら,5000米ドルを日本円に換金し,その半分を同級生約10人に分配し,残り約25万円を自ら取得して内約17万円を飲食代,ゲーム代,洋服購入等に費消しているから,非行後の行状も相当に悪い。
イ 第2の非行について
少年は,前日に,第1の非行とは別の友人の自宅に空き巣に入って金品を盗もうと思い立ち,当日は,事前に1階トイレを借りたいと言って同人宅に入り,その窓の鍵を開けるなどの準備を調え,友人と共に登校する素振りを見せた後,制服を忘れたから取りに帰るなどと嘘を言って,一人だけ友人宅に戻り,上記窓から室内に入って約30kgもの重さの金庫を持ち出して盗んでいる。
しかし,少年は,一人では自宅まで運搬できないことから,他の友人を誘って同金庫を自宅に持ち込み,電動ドリルやドライバー等の用具を使って扉をこじ開けて金庫内から金品を取得している。
非行の態様は,計画的,用意周到で,手の込んだ大胆,悪質なものである。
被害が,現金だけで8万円,その他に,多数の貴金属,腕時計,アクセサリー等時価合計約85万円にのぼるなど,非行の結果も重大である。
そして,少年は,金庫の運搬に誘った前記友人と現金やその他の盗品を山分けして費消しており,非行後の行状も良くない。
(3) 少年は,6月2日に○○市内で自転車一台を遺失物横領した事案で,家庭裁判所調査官から照会を受けた際の10月17日付け回答では,6月3日に友人の家で別の友人と共に金員を盗んだ余罪だけを申告したこともあって,同余罪については別途処理が相当との同調査官の意見が出され,10月21日審判不開始(保護的措置)となった。それ以外に家庭裁判所への係属歴や処分歴等はない。
しかし,少年は,これら2件の非行直後の6月17日により重大な第1の非行を犯している上,そのことを家庭裁判所調査官に申告しておらず,しかも,上記審判不開始の通知を受けた約2か月後に,第2の非行に及んでいるから,少年の空き巣に対する抵抗感の乏しさや規範意識の欠落振りは著しく,非行性は高いといえる。
家庭裁判所への係属歴等が前記のように限られたものとなっていることによって,この評価が左右されるものではない。
2(1) 本件各非行の動機は,親しい友人や被害者の立場を全く顧みない身勝手かつ短絡的なものであり,この点からも規範意識の乏しさが見て取れることは原決定(2~3頁)も説示するとおりであるが,本件では,その背景にある少年の生活歴等に起因する問題点についても見てみる必要がある。
(2)ア 少年の両親はタイから難民として来日したカンボジア人である。少年は,日本で出生し,平成9年(3歳時)に両親や兄とともに日本に帰化したが,言葉で自分の気持ちを表現する力が十分に育たず,疎外感を抱きながら生育し,小学校6年生ころには,飲食物や文房具等の万引きを20回ほど行っていた。
イ 少年は,中学入学後,外見等を同級生からからかわれるといったいじめに遭い,いじめを避けようとして,いじめた相手に追従して行動するようになって,怠学等の問題行動を起こすようになった。
そのため,他の同級生や担任教師との関係が不安定となった。少年は,小遣いに窮している同級生が多いことから,金を渡せば同級生との関係が良くなるだろうと考え,そうした金欲しさから,女子生徒の中で最も親しかった友人宅に以前行ったことがあるのを思い出し,第1の非行に及んだ。
ウ しかし,同非行が発覚すると,少年は,同級生から冷たい目で見られるようになり,学校に行きたくない,中学生活が早く終わって欲しい,全日制の高校に行きたいと思うようになった。
ところが,学級担任から成績不振のため定時制高校に進学するよう勧められたことから,少年は,絶望感を抱き,再び同様の空き巣をすれば,今度こそ逮捕されて登校せずに済み,中学生活を終わりにできるなどと半ば自暴自棄になって,第2の非行に及んだ。
(3) これまでの検討を踏まえると,少年は,①周囲から悪く見られているといった被害感が強く,物事を自分の問題点として考える視点が欠落している,②自分の意見を主張したり,問題を解決する能力に欠けるといった無力感や誰も助けてくれないという不安が強いため,そうした不満や不安の表現として窃盗を繰り返してきたなどといった根深い問題点が見られる。
これらの問題点を改善するためには,少年に,物事を自らの力でやり遂げたり,力を発揮して活躍するなど,自信につながる経験を積ませるとともに,自分の気持ちを適切に表現し,問題対処に向けた前向きな姿勢を育てるための指導教育を受けさせる必要がある。
そのためには,相当の長期間を要するとの見方も相当の根拠があるといえる。
3 他方,少年の両親は,少年への愛情があって,第1の非行の被害者との間で,平成21年1月から4月まで,毎月1000米ドルずつ(合計4000米ドル)を分割弁済して被害弁償することで示談が成立し,第2の非行の被害者に対しては,還付未了分の合計4万5000円を返済して宥恕を得るなど誠意を尽くしている。
しかし,両親は,仕事で帰宅が遅く,これまで少年の行動に目が行き届いておらず,監護能力に限界があることは原決定(3頁)も指摘するとおりである。
そのような生活環境が,今後早急に改善されるとは期待できない。
4(1) 以上の各事情に照らすと,少年の要保護性は高く,この際,少年院における教育を受ける中で,自ら犯した非行の意味を深く考えるとともに,少年が抱える前記の各問題点を改善し,安易に非行に走らない力を身に付けることが必要であるから,少年を少年院に送致することはやむを得ないものと認められる。
そうすると,原決定も当裁判所と同様の観点から少年の問題点を捉えていたから長期処遇も検討の余地が多分にある事案といえるところ,一般短期処遇の処遇勧告を付した上,少年を初等少年院に送致した原決定の処分が,著しく不当であるとはいえない。
(2)ア 少年は,審判の際に緊張していて反省する部分がきちんと言えなかった,裁判官の質問も少し分からないまま「はい」と言うなどした部分があり,不満があるなどと述べる。
しかし,原審裁判官は,審判の最後に,少年に対して,「この場で他に言っておきたいことはありますか。」と促すなど,少年に十分な発言をさせようと配慮していたことが認められる。
その他,原審裁判官の少年に対する質問の方法や内容等に問題があったことはうかがわれない。
イ 少年は,毎日薬を飲んでいる実父や祖父祖母の健康を心配している,現在通学している中学校を卒業したい,高校に行くため一生懸命勉強してきたことなどを強調して,少年院送致決定には不満があるなどと述べる。
ウ これら少年が抗告申立書の中で述べている事柄を十分考慮しても,前記判断は左右されない。
5 結論
(1) 原決定は,主文を「少年を初等少年院(一般短期処遇)に処する。」としていて,一般短期処遇の勧告を主文中で行っている。
しかし,このような処遇勧告は,少年に対して行うものではないから,主文においてすべきではない。原審でも現に行われているように,別途その旨の書面を作成して関係機関に対して行うべきである。
しかし,この点の不備は原決定を取り消す違法にまでは当たらない。
(2) よって,本件抗告は理由がないから,少年法33条1項により本件抗告を棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 植村立郎 裁判官 青沼潔 國井恒志)