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東京高等裁判所 平成21年(ネ)1168号 判決 2009年7月16日

控訴人file_4.jpg本花子

上記訴訟代理人弁護士 大槻厚志

被控訴人file_5.jpg本好男

上記訴訟代理人弁護士 木村龍次 田中大介 佐久間貴幸 米良英剛 豊田秀吉

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

主文と同旨

第2  原判決(主文)の表示

1  平成19年10月1日付け千葉市若葉区長に対する届出による原告と被告との離婚は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第3  事案の概要

1  本件は,被控訴人が,戸籍上平成19年10月1日付けの協議離婚届(以下「本件届出」という。)により離婚した旨が記載されているけれども,この届出については,その用紙に自ら署名押印したことはなく,控訴人が被控訴人に無断でしたものであるとして,控訴人に対し本件届出による離婚が無効であることの確認を求める事案である。

控訴人は,被控訴人が上記届出用紙に署名押印してその届出を控訴人に託したから,それに従った本件届出は有効であるとしてこれを争った。

原審は,本件届出当時,被控訴人が離婚意思及び届出意思を有していたことを認めることはできないとして,被控訴人の請求を認容した。

控訴人がこれを不服として控訴した。

2  前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実)は,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1(1)ないし(5)(2頁8行目から3頁6行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,上記引用部分中に「原告」とあるのは「被控訴人」と,「被告」とあるのは「控訴人」とそれぞれ読み替える。以下の引用部分において同じ。)。

3  争点及び当事者の主張

本件の争点は,本件届出が無効であるか,具体的には,被控訴人が,①本件届出当時離婚意思を有していなかったか,②離婚届出意思を有していなかったかであり,この点に関する当事者の主張は次のとおりである。

(1)被控訴人の主張

ア 被控訴人は,本件届出の用紙(甲3)の届出人署名押印欄(以下「本件届出人署名押印欄」という。)の夫の欄に自ら署名押印したことはない。この部分の被控訴人の署名(以下「本件署名」という。)は控訴人により偽造されたものであり,被控訴人は控訴人と離婚する意思はない。

イ 本件届出は,控訴人が本件署名を偽造した上,無断で行ったものであり,被控訴人には離婚届出意思もない。

(2)控訴人の主張

ア(ア)前記前提事実(2)及び(3)の経緯の下,控訴人は,平成19年1月5日,前日に入手した離婚届出用紙を被控訴人に示し,本件届出人署名押印欄に署名押印を求めたところ,同人が控訴人の面前で署名押印してこれを控訴人に手渡し,控訴人もその日のうちに署名押印した。

(イ)被控訴人の控訴人に対する夫婦関係に関する態度は変わらず,同年9月には借入金や滞納税の支払に充てるため夫婦が共有する自宅を売却してその支払に充て,残った売却代金を分割して双方が取得し,被控訴人は新たに単独名義で自宅を取得してこれに居住し,控訴人はアパートを借りてこれに居住し,以後別居状態となった。

(ウ)以上によれば,被控訴人は,上記(ア)の当時離婚意思を有しており,その後もこれを翻したことはなく,上記(イ)の事実経過に照らしても同月当時,婚姻を解消することを行動をもって示したものであり,届出の意思を有していたものといえる。

イ 被控訴人は,同年1月5日に本件届出の用紙に本件署名・押印をしたが,その直後にこれを控訴人に手渡し,届出をすることを控訴人に委任した。その後,本件届出までこれを撤回するなどの行為に出ていない。

第4  当裁判所の判断

1  争点について

(1)被控訴人は,本件署名(甲3)は自分がしたものではない旨主張し,その筆跡が自分のものとは異なる旨指摘する。しかしながら,弁論の全趣旨により被控訴人自身の筆跡であることが認められる各書面(甲5ないし8)の同人の署名や原審及び当審の訴訟委任状に記載される同人の署名と本件署名とを比較検討すると,双方において,「file_6.jpg」ないし「橋」の「木」偏の第2画の「│」のうち第1画の「一」より上に出た部分が顕著に長い特徴や,「好」の「女」偏の第1画のうち第3画の「一」より上の部分が第2画の同じ部分に比して相当に長い特徴がそれぞれ共通する一方,弁論の全趣旨により控訴人の自署と認められる本件届出人署名押印欄の妻の欄の「file_7.jpg」の「木」偏,本件届出用紙中の本件署名を除く部分の「file_8.jpg本好男」の「file_9.jpg」の「木」偏及び「好」の「女」偏の筆跡とは明らかに異なることが認められるから,本件署名は被控訴人自身により自署されたものと認めることができる。

したがって,上記記載の事実経過及び控訴人の原審本人尋問の結果によれば,被控訴人は,平成19年1月5日当時,自ら署名と押印をしており,控訴人にその届出をゆだね,控訴人もその日のうちに署名押印したものと認めることができる。これに反する被控訴人の原審本人尋問の結果部分及び陳述書(甲10)の記載部分には本件の基本的な争点である本件署名の真正について虚偽があるといわざるを得ず,離婚意思及び届出意思の存否に関する部分はこれを採用することができない。そうすると,被控訴人は,同日当時,控訴人との離婚意思及び届出意思を有していたことは明らかである。

(2)前記前提事実のとおり,控訴人は,わずかながらも被控訴人が定職に就いてくれれば離婚しなくてもよいと期待していたために同年10月1日まで本件届出をすることがなかったが,証拠(乙7,控訴人の原審本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,その間,控訴人の期待どおりに事は運ばず,被控訴人と控訴人の婚姻関係は改善されず,かえって,同年9月には借入金や滞納税の支払に充てるため夫婦の自宅(土地は双方の共有,建物は被控訴人の単独所有)を9500万円で売却してその支払に充て,残った代金を双方が分割取得した上,被控訴人はこの資金で新たに単独名義の自宅を取得してこれに居住し,控訴人はアパートを借りてこれに居住し,以後別居状態となるなど生活状況が控訴人の上記期待に反して激変したことが認められる。他方,被控訴人から控訴人に対し離婚の届出をしないようにとの申出があったことは,本件全証拠によるも認められない。したがって,被控訴人の離婚意思に変動は認められず,本件届出当時,被控訴人は,離婚の意思及び届出意思を有していたものと認めるのが相当である。

(3)なお,控訴人と被控訴人は,本件届出の前に三男の親権者を誰にするかとか,自宅の売却代金の分配を除く財産分与の協議をした形跡はないが,本件届出用紙に被控訴人が署名押印するに至った前記認定の経緯にかんがみれば,被控訴人は三男の親権者の指定を控訴人にゆだねたものと認めるのが相当であり,財産分与についても,被控訴人が離婚時にすべてを解決することまで考えていなかったことによるものとも考えられるから,これらが上記の認定判断の妨げになるとはいえない。

また,控訴人は,被控訴人が本件署名をした日以降も本件届出をしておらず,控訴人自身が届出を決意するまでの間,被控訴人が定職について働いてくれれば離婚しないでもよいとして,そのように被控訴人の生活の好転を期待する気持ちをわずかながら残していた面があったことは前記前提事実のとおりである。しかし,控訴人の原審本人尋問の結果及び陳述書記載によれば,そのようにも考えて本件届出をしないでいたのは,当時三男の高校卒業や長男の結婚を間近に控えていた上,同年8月までは実母が存命であったことなどにより離婚届を提出することをためらっていたこともうかがい知れるところであるから,控訴人の上記の対応をもって,同年1月5日当時に協議離婚の合意が成立していないとか,成立した合意を双方が翻したと判断するのは相当でない。

2  以上によれば,本件届出については,被控訴人及び控訴人の双方に離婚意思及び届出意思を認めることができるから,被控訴人の本件請求は理由がなく,これと異なる原判決は相当でない。

よって,本件控訴は理由があるから原判決を取り消し,被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 都築弘 裁判官 平林慶一 裁判官 比佐和枝)

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