東京高等裁判所 平成21年(ネ)1254号 判決 2010年11月24日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を次のとおり変更する。
2 控訴人が被控訴人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
3 被控訴人は,控訴人に対し,平成19年1月から本判決確定の日まで,毎月17日限り(ただし,その日が土曜日に当たるときは16日限り,日曜日に当たるときは15日限り(ただし,15日が休日に当たるときは18日限り)),月額72万8222円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人は,控訴人に対し,平成19年6月から本判決確定の日まで毎年6月30日限り(ただし,平成19年6月は29日限り)161万8192円,毎年12月10日限り171万6344円及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
6 第3項及び第4項につき仮執行宣言
第2事案の概要
1 本件は,控訴人が,控訴人は被控訴人の大学院教授であり,責任著者となって科学学術論文を発表したところ,被控訴人から,研究の実験担当者である助手の提示した実験結果について慎重な検討を加えることなく,上記助手と共同で再三にわたり再現性と科学的信頼性の認められない論文を作成し,国際的な学術誌に発表したことが被控訴人の名誉又は信用を著しく傷つけたとして平成18年12月28日懲戒解雇されたが,上記懲戒解雇は無効であると主張して,被控訴人に対し,雇用契約上の地位の確認並びに平成19年1月分以降の給与及び賞与の支払を求める事案である。
原審は,被控訴人のした懲戒解雇は有効であり,上記懲戒解雇の効力は解雇の意思表示が控訴人に到達した平成18年12月28日から30日を経過した平成19年1月27日に効力が生じるとして,未払いの同月1日から同月27日までの給与(ただし,通勤手当を除く。)59万9571円及びこれに対する支払期日の翌日である同年1月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余の控訴人の請求を棄却したところ,控訴人が控訴した。
2 前提事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,下記3に当事者の当審における主張を付加ないし補足するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第2の1項から3項まで(原判決2頁18行目から同16頁9行目まで。ただし,原判決6頁2行目及び同7頁10行目の「教員就業規則」をいずれも「教職員就業規則」に改め,同13頁15行目の最初の「影響を」を削除する。)に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 当事者の当審における主張
(1) 控訴人
ア 責任著者の責任といっても,①単著論文の場合,②共著論文で自らも実験に関与した場合,③共著論文で自ら実験を行っておらず,筆頭著者らが実験を行っていた場合などに場合分けをして検討すべきである。本件は,③の場合であり,責任著者が他の研究者の実験結果の確認にどの程度関与して,監督するべきかという問題である。Aの過去の研究実績及び力量等に基づく客観的信頼関係の存在やAの専門分野という本件各論文の内容等を前提として,科学研究現場における教授と助手の役割分担という一般的な取扱状況にかんがみれば,監督者的立場にある控訴人の責任,注意義務の及ぶ範囲は,自ずと一定の範囲に限られるべきである。
科学界では,実験担当者の実験部分に問題があった場合,実験担当者とそうでない責任著者は,同等の責任を負うとは解されていない。これは,まず,問題を意図的ないし重過失的に発生させた実験担当者は厳格に処分されるべきであるが,責任著者の過ちは意図的なものではないから,処分に対する酌量の余地が大きいといえるからである。また,実験担当者の意図的で巧妙な過ちを責任著者が事前に発見し,論文発表前に完全に防ぐことはおよそ不可能であり,仮に責任著者が意図的に過ちを犯していないにもかかわらず,実験担当者と同等の責任が問われるとすれば,共同研究や学際的研究は後退し,科学研究の発展が著しく妨げられ,社会的萎縮という負の効果は多大なものになってしまうからである。
イ 被控訴人から指定された期間内においては,控訴人らの再実験で本件各論文の再現性を正確に確認することはできなかったが,それだけでは本件各論文に再現性がないという断定はできない。むしろ,今日に至るまでに控訴人研究室関連の発展研究や外部研究室による同種の後発研究の研究成果が論文として多数発表されているという事実からして,現時点では本件各論文の再現性が確認されているというべき状況にある。そうすると,控訴人の責任として検討されるべきは,再現性のない論文を発表したことではなくて,実験ノートが発見されないなど実験関係資料の不足によって本件各論文について再現性を直接確認する材料に乏しい状況にあるという点に尽きるところ,実験ノートを提出できないことは,Aの責任であって,控訴人の責任ではない。むしろ,控訴人は,研究室員全員に対して,Bの実験ノートを利用させて,実験データの記録を行わせるとともに,定期的なノートチェックを行うことを義務付けていたのである。したがって,Aが実験ノートを提出しなかったことに関して,控訴人の非を認めることは極めて不適切である。
ウ 被控訴人と同じ旧国立大学であるC大学,D大学及びE大学で科学学術論文の不正が問題となった他の事例においては,監督責任を問われた責任著者ないし研究室責任者である教授ないし准教授に対し,懲戒解雇処分はされていない。これらの事例は,虚偽の実験データや画像の使用という実験データに関する不正行為が確認されている点(上記3大学),実験担当者が学生であり,責任著者としてより慎重にデータの確認をすべきであった点(C大学),責任著者が本件以上に多数の問題論文に関与している点(D大学),実験担当者が個別の丁寧な指導・監督を必要とする大学院生の時代から長期にわたって不正行為を行っていたことが原因となっている点(E大学)などからすれば,本件よりも明らかに問題性が強く,より重い監督責任が問われるはずの事例であることは明白である。本件解雇は,論文疑惑に関する他の国立大学法人の事例と比較して明らかに重すぎるのであって,相当性を欠いている。
エ 上記のとおり本件解雇は無効であるから,控訴人は,平成19年1月以降,別紙試算表1記載のとおりの俸給月額,扶養手当額,地域手当(平成19年4月から「教育研究連携手当」として全学一律の支給割合に変更された。)額を請求することができる。また,F大学教職員給与規則(以下「被控訴人教職員給与規則」という。)56条及び同別則からすれば,控訴人が通勤手当の支給を受けるべき教職員であることは明確であり,控訴人が支給を受けるべき通勤手当の具体的金額はあらかじめ一定額の形で算出可能である。控訴人が通勤をしていないのは,不当な本件解雇を原因として就労を拒否されているという,被控訴人の責めに帰すべき事由によるものであるから,控訴人が通勤をしていないことにより通勤手当請求権が失われることはない。
また,控訴人は,平成19年夏季以降,別紙試算表2記載のとおりの期末手当及び勤勉手当の各金額を請求することができる。
(2) 被控訴人
ア 共著論文の作成・公表に至る過程において,そもそも当該論文を投稿するか否か,投稿するとしてだれを共著者とするか,当該論文の内容としてだれが担当したいかなる実験結果を用い,いかなる構成とし,最終的にいかなる結論とするかといった点についてはすべて最終的には責任著者が決定することである。また,新規性のある共著論文が対外的に発表された場合,それは当該論文著者の属する大学・研究機関の栄誉ではあるものの,それとともに,若しくはそれ以上に,当該論文著書個人に,しかも実験担当者ではなく責任著者に,科学者コミュニティからの,ひいては一般社会からの評価と賞賛が集中するのである。自ら責任著者として,換言すれば,自らの研究実績として論文を対外的に発表し,当該論文の最終的責任者としての評価と称賛を一身に集めておきながら,当該論文の内容に疑義が生じるや,「本件の特徴は,控訴人は,責任著者であったが,実験担当者ではなかったということである。」などという弁解は許されないのである。本件では,正に責任著者の責任が問擬されているのであって,単なる監督責任が問擬されているのではない。責任著者とは,その名の示すとおり,「論文の科学的信頼性・再現性について,最も重い責任を負う者」であるという理解については,我が国の自然科学の分野における科学者・研究者のコミュニティにおいて広く一般的にコンセンサスが形成されている。
イ 控訴人は,現時点では再現性が確認されているというべき状況にあるなどと主張するが,自然科学分野の学術論文の再現性というのは,「頭の中で考えた考察」がロジックとして正しいか否か,あるいは,将来他の科学者・研究者の実験の成果により上記「頭の中で考えた考察」の正しさが証明されたかではなく,当該論文において,論文著者である科学者・研究者が手掛けた実験結果であるとして掲げられたデータについて,後日,当該論文作成の過程において実施されたのと同一の実験プロセスにて再度実験を行った場合に,実験結果として同一のデータを得ることができるかという問題なのである。そして,このような意味での再現性を担保した形で論文を発表するとともに,他の科学者・研究者からその信頼性に対する疑義が提起された場合には,直ちに客観的資料・データを提示して再現性に関して自らに課せられた説明責任・立証責任を尽くすことがすべての科学者・研究者にとっての最低限の基本的責務であり,基本的行動規範なのである。控訴人は,実験ノートを提出できないことはAの責任であって,控訴人の責任ではないと主張するが,実験プロセスは,実験担当者が実験ノートに系統的・時系列的に記録していくものであるから,責任著者として再現性を担保するための事前チェックを果たしていたと評するためには,Aが実験により得たとする出来上がりのデータと,Aの実験ノートに記載された実験プロセスとを突き合わせて,系統的・時系列的な確認を行っていなければならないはずなのであって,そもそも控訴人がAの実験ノートを見たことがないなどということは起こり得るはずのない事柄なのである。
ウ 本件解雇以降も控訴人・被控訴人間の労働契約関係が存続していると仮定した場合における控訴人の俸給月額,扶養手当額,地域手当(教育研究連携手当)額が別紙試算表1に記載のとおりであり,平成19年夏季以降において控訴人が受給し得る期末手当,勤勉手当の各金額が別紙試算表2に記載のとおりであることは認める。
通勤手当については,被控訴人教職員給与規則26条の支給要件に該当する場合に支給するものとされており,具体的な支給額等については,同規則56条に基づき別途定められているが,この別則の定めにおいては「規則第26条第1項の教職員が,出張,休暇,欠勤その他の事由により,支給単位期間等に係る最初の月の初日から末日までの期間の全日数にわたって通勤しないこととなるときは,当該支給単位期間等に係る通勤手当は支給しない」旨定められているところ,現に,本件解雇以後,控訴人は被控訴人に通勤していないのであるから,控訴人は被控訴人に対して通勤手当に関する具体的請求権を取得していたと解する余地は存在しない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の控訴は理由がないものと判断する。そのように判断する理由は,下記2に付加ないし補足するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第3の1項から4項まで(原判決16頁11行目から同49頁1行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決17頁10行目の「G」を「G大学大学院」に改め,同25頁1行目の「各掲載誌編集者に対して,」の後に「実験ノートが発見されていないという研究倫理上の問題を理由として,」を加え,同11行目の「H学会学会」を「H学会」に,同27頁22行目の「生データが」を「生データは」に,同31頁24行目,同32頁2行目及び同33頁21行目の「筆頭著者」を「責任著者」に,同27行目の「教員就業規則」を「教職員就業規則」にそれぞれ改め,同34頁15行目から同16行目にかけての「また,実験を評価する識見も有していなかった。」を削除し,同34頁24行目の「総合的して」を「総合して」に,同35頁5行目の「どうが」を「どうかが」に,同35頁17行目から同18行目にかけての「担当させる」を「担当する」に,同36頁8行目の「いわねればならない」を「いわなければならない」に,同38頁1行目の「聞く」を「聞かれる」に,同13行目から14行目にかけての「実験の経過や結果の処理方法等を実験ノートに記録する」を「実験の条件・材料・手順・結果・考察等に関する系統的・時系列的な記録を実験ノートに記載する」に,同39頁14行目の「誤りが発表後短時間のうちに指摘を受ける」を「誤りを発表後短時日のうちに指摘される」に,同40頁21行目の「認めらず」を「認められず」に,同43頁2行目の「同定の」を「同定を」にそれぞれ改め,同45頁20行目の「やむを得ない」の後に「。なお,認定事実(1)の控訴人及びAの経歴等によれば,Aは,控訴人の下で分子生物学の研究を始め,その後も長期間にわたって控訴人の指導下にあった者であり,控訴人は,Aの研究態度や実験作法等を最も知り,かつ,指導することができる立場にあり,また,その研究等に関し現に指導すべき立場にあったのであるから,控訴人の主張する事情により控訴人が上記責任を免れることはできないというべきである。」を加え,同48頁26行目の「甲23」を「甲23,乙26」に改める。
2(1) 控訴人は,本件は,共著論文で自ら実験を行っておらず,筆頭著者らが実験を行っていた場合であり,責任著者が他の研究者の実験結果の確認にどの程度関与して,監督するべきかという問題であり,監督者的立場にある控訴人の責任等の及ぶ範囲は,自ずと一定の範囲に限られると主張する。
しかし,原判決も説示するとおり,自然科学の学術論文の責任著者とは,編集者との間で論文掲載の調整を行い,また,掲載論文に対する問合せ先となるなど対外的窓口の役割を担うだけではなく,論文の内容,すなわち論文の科学的信頼性や再現性について最終的な責任を負う者である(この点は,控訴人も原審における本人尋問で認めるところである。)から,共著論文において実験を担当していないからと言って,監督責任だけを負うものではない。控訴人は,本件各論文の発表前においては,責任著者でありながら,実験担当者であるAが提示した最終的な実験結果について,Aの実験ノートにより実験プロセスを系統的・時系列的に確認することにより,当該最終的な実験結果が科学的信頼性・再現性を保持していることを確認・検証することを怠ったまま当該最終的な実験結果を控訴人自らの研究実績(責任著者)として国際的学術誌に公表するという行為を行い,また,論文3の発表後,Aの実験については疑問点が相当に明確になり,複数の研究者から具体的な指摘までされていたにもかかわらず,その後もAの実験結果についてそれまでと同様の対応を続け,再現性の認められない論文12を責任著者として発表するに至り,工学系調査委員会からの提出要請を受けるまでの間,Aが実験ノートを保持していないことすら知らなかったのであるから,責任著者としての責任は著しく重いとされてもやむを得ない。
また,控訴人は,責任著者の過ちは意図的なものでない,実験担当者の意図的で巧妙な過ちを事前に発見するのは不可能である,責任著者に実験担当者と同等の責任を認めることは科学研究を萎縮させるから,科学界では,実験担当者の実験部分に問題があった場合,実験担当者とそうでない責任著者は,同等の責任を負うものとは解されていないとも主張するところ,甲64ないし77号証の意見書には,「海外でも,責任著者が実験担当者と同様の重い責任を問われて処分された例は聞かれない。」と記載されており,同旨の陳述書(甲89,94,97,100等)や証言(原審証人I)もある。
しかし,本件は,控訴人が本件各論文の作成の過程において,実験ノートや実験の生データに基づいてAとの間で議論をしていれば,実験記録や実験試料がほとんど存在しないことを容易に認識し得たのであるから,控訴人の過失は大きいものといわざるを得ないし,本件各論文が再現性を有しないことを事前に発見することが不可能であったなどといえないことも明らかである。また,責任著者に実験ノート等に基づいて議論することを要求することが科学研究を萎縮させることになるとも解されない。そして,控訴人の責任の程度はAの責任より軽いことはないという趣旨の研究者の陳述書(乙12の7,8,10ないし12,乙15の5等)があることも考慮すると,科学界において,実験担当者とそうでない責任著者が同等の責任を負うものとは解されていないとは直ちに認められない。
(2) 控訴人は,これまでに本件各論文の内容に沿う控訴人研究室関連の発展研究や外部研究室による後発研究の成果が論文として多数発表されており,現時点では,本件各論文の再現性が確認されているというべき状況にあるから,控訴人の責任として検討されるべきは,再現性のない論文を発表したことではなくて,実験ノートなど実験関係資料の不足によって本件各論文の再現性を直接確認する材料に乏しいという点に尽きると主張する。
ところで,本件のような科学学術論文に再現性があるかどうかの点は,厳密な意味で科学的真実に合致するかどうかの点を問題とするものではなく,懲戒事由該当性の判断の観点から検討すべき問題である。そして,科学的知見が,科学学術論文に発表された実験結果の追試やそれを踏まえた発展研究により蓄積されていくことにかんがみると,科学学術論文を発表する研究者は,論文に再現性があることを説明ないし証明できるようにしておく義務を負うものである。そして,ここでの再現性とは,論文中に示された実験について,論文作成の過程において実施されたのと同一のプロセスで再度実験を行った場合に,実験結果として同一のデータが得られることであると解するのが相当であるところ,研究者がこのような義務を怠ったという場合には,懲戒事由該当性を判断する前提として当該論文に再現性がないと判断することが許されるというべきである(被控訴人による本件解雇の処分理由も本件各論文がそのような意味での再現性を有しない点を問題としたものであることは処分理由から明らかである。)。ところが,本件各論文については,工学系調査委員会が本件各論文の再現性を検証するための実験ノート等の実験記録,実験試料,プロトコル(実験の手順・条件についての記述)等の提出を求めたが,結局,控訴人からは,プロトコルを記載した新たに整理されたメモやプリントアウトされた生データしか提出されず,再現性を担保するために必要不可欠ともいうべき実験の条件・材料・手順・結果等を記載した実験ノート等は提出されなかったのであり,そのため,再実験を求められたが,指定された期間内に再実験により本件各論文に示された実験結果の再現性を示せなかったのである。そうすると,懲戒事由該当性の判断の前提としては,本件各論文には再現性が欠如しているというほかない。
(3)ア 控訴人は,他の国立大学法人において科学学術論文の不正が問題となった事例における責任著者ないし研究室責任者である教授等に対する処分と比較して本件解雇は明らかに重すぎ,相当性を欠いていると主張する。
イ 証拠(甲19,103の1,2,5,甲109の1ないし4)によれば,次のとおりの事実が認められる。
(ア) Nature Medicine 誌等に発表された論文で使用されたデータが学部の学生により捏造又は改ざんされたものであること等が判明した事案において,C大学は,平成18年2月15日,学部の学生に対する指導・監督が不適切であったが,データ捏造の可能性が発覚してから論文取下げに至るまでの各研究室の対応は迅速でかつ適切なものであったなどとして,2名の指導教授(1名は責任著者でもある。)に対し停職処分を発令した。
(イ) The Journal of Immunology 誌等に発表された14編の共著論文で使用されたデータが共著者の一人である助教(自宅謹慎中に死亡)より改ざん,捏造等されたものであることが判明した事案において,D大学は,平成20年12月25日,上記論文のうち13の論文で共著者となっている(うち12の論文の Last author)上司の准教授に対し,データの改ざん等に直接関与していないが,職責上監督責任は重いとして,戒告処分を発令した。
(ウ) 発表された11編の論文で使用されたデータが筆頭著者である助教により捏造又は改ざん等されたものであることが判明した事案において,E大学は,平成21年12月4日,責任著者として論文の科学的な信頼性について極めて重い責任を負う立場にありながら,実験データや画像の信頼性に関する検証を行うことなく,助教が提示する虚偽の実験データや画像を採用し,学術専門誌に論文を発表したとして,うち6編の論文につき責任著者となっている教授及びうち4編の論文につき責任著者となっている教授に対し,それぞれ停職処分を発令した。
ウ 上記のうち(ア)や(イ)の事案は,監督責任が問擬されたものであるから,責任著者としての責任が問擬されている本件とは事案を異にするものである。特に,(ア)の事案は,データ捏造の可能性の発覚後の対応が迅速でかつ適切であったとして停職処分とされているのであるが,本件は,論文3の発表後,Aの実験について疑問点が相当に明確になり,複数の研究者から具体的な指摘までされていたにもかかわらず,控訴人は,その後もAの実験結果について,それまでと同様の対応を続け,再現性の認められない論文12を責任著者として発表するに至ったものであり,また,控訴人は,H学会から調査依頼がされた平成17年4月から同年12月までの間に前年度と同程度に合計9回,延べ72日間にわたり講演等のため海外渡航をし(乙9の7,控訴人(原審)),同年7月7日,工学系調査委員会から実験記録の提出を求められて初めて実験ノートが存在しないことを知ったのであるから,本件とは事案を異にすることが明らかである。また,(ウ)の事案は,責任著者としての責任が問擬されているものであるから,本件に類似するものということができるところ,上記事案の詳細は明らかでないが,本件と(ウ)の事案とは,責任著者の現実の関与やチェックの程度,実行行為者の実験についての疑義の有無,発表された雑誌の影響度,大学に与えた影響の程度,疑惑が指摘された以降の対応(特に本件ではAの実験につき疑問点が具体的に指摘された後に再現性の認められない論文を責任著者として発表するなどの対応)等が異なることは容易に推認できるところであるから,(ウ)の事案が停職処分であるからと言って,直ちに本件解雇が相当性を欠いているということはできない。
3 よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下田文男 裁判官 宇田川基 裁判官 足立哲)