東京高等裁判所 平成21年(ネ)1642号 判決 2010年1月20日
控訴人
X
同法定代理人親権者母
A
被控訴人
Y
同訴訟代理人弁護士
金田悦郎
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、亡B(以下「B」という。)の異母弟にあたる被控訴人が、Bと控訴人の法定代理人親権者母A(国籍ルーマニア、以下「A」という。)との間の子として平成○年○月○日に出生したとされ、Bの嫡出子として戸籍に記載がされている控訴人について、Bの子ではないとして、Bと控訴人間に父子関係がないことの確認を求めたところ、原審は請求を認容する判決をしたのに対し、控訴人がその取消しを求めて控訴した事案である。
二 争点
本件の争点は、控訴人は戸籍上、Bの子として記載されているが、控訴人について、Bの嫡出子としての推定が排除されるか、嫡出推定が排除されるとして、控訴人とBとの間に親子関係は存在するか否かである。
(被控訴人の主張)
(1) Bは、Aと婚姻届出をしたが、これはBが生活保護費の増額を、またAが日本人の配偶者として定住者の在留資格を得る目的のために形式上の届出をしたものであり、夫婦としての実態はなかった。
(2) d社の担当者がAから事情聴取をした際に、Aは、控訴人は、現在服役中の外国人との間の子であることを自認していた。
(控訴人の主張)
控訴人とBとの間には親子関係がある。
第三当裁判所の判断
一 事実認定
《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(1)ア Bは、昭和○年○月○日に父C(以下「父C」という。)、母D(以下「母D」という。)の長男として出生した。父母を同じくするBの兄弟として、昭和○年○月○日生れの二男E(以下「E」という。)がいる。
イ Bは、平成一三年二月一日に千葉県野田市a○○番地に住所を定めたとして同月九日に転入届を野田市に出した。Bは、その後、平成一七年一二月三〇日に同市b町△△番地に転居したとして平成一八年一月一一日に転居届を、また同年八月二一日に同市c□□番地に転居したとして同日転居届を、それぞれ野田市に出した。
ウ Bは、野田市から以下のとおり、生活保護費を受給していた。
(ア) 受給期間 平成一三年三月一日から平成一七年一月四日まで
受給金額
生活扶助 月額七万五一〇〇円
住宅扶助 月額四万五五〇〇円
(住所 野田市a○○番地にて受給)
(イ) 受給期間 平成一八年七月二七日から平成二〇年三月四日まで
受給金額
生活扶助 月額九万九二三〇円
住宅扶助 月額三万五〇〇〇円
(2)ア Aは、西暦○○○○年○月○日生れのルーマニア人女性であり、平成一四年(二〇〇二年)一二月二七日に成田空港から本邦に上陸し、在留資格期間を短期滞在(九〇日)、在留期限を平成一五年(二〇〇三年)三月二七日として入国を許可された。これが最初の来日である(Aは本人尋問において、これ以前にも来日したことがある旨供述するが、調査嘱託の結果である外国人記録調査書によれば、Aがこれ以前に入国した事実は認められない。)。
イ その後、Aは、在留資格期間及び在留期限について、以下のとおり、変更または更新された。
(ア) 変更年月日 平成一五年(二〇〇三年)五月二日
在留資格期間 日本人配偶者(一年)
在留期限 平成一六年(二〇〇四年)三月二七日
(イ) 更新年月日 平成一六年(二〇〇四年)三月八日
在留資格期間 日本人配偶者(一年)
在留期限 平成一七年(二〇〇五年)三月二七日
(ウ) 更新年月日 平成一七年(二〇〇五年)三月一日
在留資格期間 日本人配偶者(一年)
在留期限 平成一八年(二〇〇六年)三月二七日
(エ) 更新年月日 平成一八年(二〇〇六年)五月一七日
在留資格期間 日本人配偶者(三年)
在留期限 平成二一年(二〇〇九年)三月二七日
(オ) 変更年月日 平成二〇年(二〇〇八年)五月二八日
在留資格期間 定住者(一年)
在留期限 平成二一年(二〇〇九年)五月二八日
(カ) 更新年月日 平成二一年(二〇〇九年)五月一日
在留資格期間 定住者(一年)
在留期限 平成二二年(二〇一〇年)五月二八日
ウ Aは、平成一五年二月五日、居住地を千葉県野田市a○○番地とし、世帯主をBとし、続柄を同居人として、野田市に外国人登録を申請した。また、Aについて、平成一七年七月五日付けで同市b町△△番地に、平成一九年四月九日付けで同市a××番地に、それぞれ住所を移転した旨の変更登録がされた。
(3)ア Bの戸籍には、平成一五年二月一二日付けでAと婚姻届出の、また平成一八年八月七日付けでAと協議離婚届出の各記載がある。
イ Bの戸籍には、平成○年○月○日付けで控訴人出生との記載がある。
(4)ア 被控訴人は、Bの異母弟である。
イ 被控訴人は、Bとは一五歳以上年齢が離れていたため、一緒に生活したことはなかったが、Bが父Cを訪ねてきて生活費の援助を求めたことがあったことから、Bの存在を知った。Bは、埼玉県内に住居を構え、主に千葉県東葛地区で大工として仕事をしていたが、三〇代前半から腎臓病となり、人工透析を継続的に受けていたため収入が少なく、家庭を持ったことがないと、被控訴人は聞いていた。
(5)ア Bは、平成二〇年三月二日、千葉県野田市において工事現場の交通整理の仕事に従事中、普通貨物自動車に衝突される交通事故(以下「本件交通事故」という。)に遭遇して受傷し、e病院に搬送されたものの、同月四日、死亡した。
イ 本件交通事故により、Bは、加害者であるFに対し、損害賠償請求権を取得した。
ウ Fは、d損害保険会社(以下「d社」という。)との間で事故当時に運転していた車両について、損害保険契約を締結していた。
(6) 控訴人がBの子でない場合のBの相続関係は以下のとおりである。
ア Bの直系尊属である父Cと母DはいずれもBの死亡前に死亡している。
イ Bの兄弟姉妹は、父Cと前々妻Gとの間の子として、H(長女)、I(二女)が、母Dの子として、Jが、父Cと、母Dとの間の子として、E(二男)が、父CとKとの間の子として、被控訴人(長男)、L(長女)、M(二男)、N(二女)がいる。
(7)ア 被控訴人は、Bの死後、Eから「控訴人はBの子ではないとB自身がEに話した。」と聞いた。
イ 被控訴人は、平成二〇年三月二四日にEとともにOを案内してAの住居を訪ね、AがOの質問に対して「控訴人はBの子ではない」という趣旨の答えをしたのを聞いた。
(8)ア Oは、d社の担当者として本件交通事故が発生した直後ころから同事故の示談交渉を担当し、E及び被控訴人から、「控訴人は戸籍上、Bの子として記載されているが、真実は、Bの子ではない」との話を聞いた。また、Oは、Eと被控訴人から、「Aとの話合いの結果、d社から支払われる本件交通事故による損害賠償金の分配について、一定の割合で分配する旨の合意が出来た」との話を聞いた。
イ Oは、Eや被控訴人のいう控訴人がBの子ではないという話の真偽を確かめるために、平成二〇年三月二四日に野田市内のAの住居を訪ねた。Oは、Aがルーマニア人であると聞いていたこと、また、d社が保険会社として、実際に保険金を支払わなければならない関係であったことから、AがOの話すことを理解できるかどうかを確認しながら、ゆっくり話をしたところ、一連のやりとりを通じて、Aは簡単な言葉であれば日本語を理解することができるという認識を持った。その上で、Oは、Aの自宅を訪問した目的が、控訴人がBの子であるかどうかを確認することにあったことから、Aに対し、「(控訴人は)Bさんとの子供ですか」と単刀直入に聞いたところ、Aは「違います」と言い、控訴人とBとは血がつながっていないという意味の回答をした。
ウ Oは、上記の会合の結果、控訴人は実際にはBと血縁関係はないけれども、A側、E及び被控訴人側との合意の下に一定の割合で保険金を分配する示談の話合いが成立したものと理解し、d社として、保険金の支払について、自賠責損害調査事務所に対し事前認定という形で申請をした。
エ その後、Aは、Eとともにd社の事務所を訪ね、保険金額の提示を求めたので、d社は、A側、E及び被控訴人側で念書を取り交わすという前提で保険金の支払額として約三二〇〇万円を提示した。ところが、その後、Aから念書に捺印を貰う段階で、Aが納得いかないと言い出し、示談の話は頓挫した。
(9)ア 控訴人は、原審において、平成二一年一月二〇日の第一回口頭弁論期日及び同年二月二四日の第二回口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しなかった。
イ Aは、平成二一年一一月一九日の当審における和解期日に控訴人法定代理人親権者母として出頭したうえ、裁判所が控訴人のために付けた通訳人のほかに、通訳のための補佐人を付けることの許可を得て、これを立ち会わせたうえ、裁判所から、「本件訴訟が提起される前に保険会社の担当者ほかの人達が自宅に来て、保険金額が提案されたことがあり、いったん話がまとまりかけたことがありましたね。」との質問を受け、「はい、ありました。私は、提案された保険金額の中からEさんに二〇パーセントを差し上げることを承諾しました。」と回答した(当裁判所に顕著な事実)。
ウ Aは、平成二一年一一月一九日の当審第四回口頭弁論期日に控訴人法定代理人親権者母として出頭したうえ、裁判所が控訴人のために付けた通訳人のほかに、通訳のための補佐人を付けることの許可を得て、これを立ち会わせたうえ、裁判所から、「被控訴人からDNA鑑定の申立てがされていることは理解できていますか。」との質問を受け、「DNA鑑定については一切コメントしません。」と回答した(当裁判所に顕著な事実)。
二 嫡出推定について
(1) 本件は、Bの異母弟である被控訴人が、戸籍上はBの嫡出子として記載されている控訴人とBとの間に親子関係が存在しないと主張し、その確認を求めているものである。
そこで、本件においては、まず、控訴人の嫡出性の推定について、どのように解すべきかという問題を検討する必要がある。
ところで、嫡出推定制度は、第三者が他の夫婦間の性生活といった秘事に立ち入って子の嫡出性を争う手段を制限して家庭の平和を維持すること、出訴期間を定めて早期に法律上の父子関係を安定させ、子の養育環境を確立することを目的としているものと解される。この趣旨からすると、法律上の婚姻関係が継続していても、既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われている場合、又は、夫が長期間遠隔地に居住して不在の場合など妻が夫の子を懐胎する可能性がないことが外観上明白な事情があるときは、嫡出の推定が排除されると解するのが相当である。
そうすると、本件親子関係不存在確認訴訟が適法とされるためには、本件において、妻が夫の子を懐胎する可能性がないことが外観上明白な事情があることから、嫡出の推定が排除される場合に当たることが必要となる。
(2) そこで、この点について検討するに、本件事実関係の下においては、次の事実が重要である。
① Aは、ルーマニア人であり、本邦に平成一四年一二月二七日に九〇日間の短期滞在の在留資格期間にて入国した。
② Aは、入国後僅か四七日後である平成一五年二月一二日に、腎臓病の持病があり、平成一三年三月から生活保護を受給していて当時何ら資産を有しない四三歳のBと婚姻した旨の届出をし、この婚姻により、同年五月二日にAの在留資格期間は日本人配偶者として一年に変更された。
③ Bは、平成一三年二月一日に野田市a○○番地に転入後、平成一七年一二月三〇日まで同所に居住したが、一方、Aは、平成一五年二月五日に居住地を野田市a○○番地とし、Bの同居者として外国人登録をした後、平成一七年七月五日に同市b町△△番地に転居した。したがって、Aが平成○年○月○日に出生した控訴人を懐胎したとみられる平成一七年一一月前後ころ、BとAは、それぞれ別の場所に居住していて同居の事実はない。
④ BとAは、控訴人が誕生する○日前である平成一八年八月七日に協議離婚届けを提出した。
⑤ Aは、Bと協議離婚をして日本人配偶者ではなくなったが、日本国籍を有する控訴人が平成○年○月○日に誕生したことにより、Aの在留資格期間は定住者として一年に変更された。
以上によれば、Aは、本邦に最初に入国した後の、日本語による日常会話にも不自由していたと見られる時期に、結婚を前提とする交際期間もないままに、従前、何らの接点もない生活保護受給者で重い腎臓病の持病のある一六歳も年上のBと突然、婚姻したこととなるが、経験則に照らしてこれは極めて不自然である。また、AとBは、控訴人の出生直前(○日前)に協議離婚をしているが、これもAとBの婚姻が、夫婦としての生活実態を伴うものであるとすれば、この時期に離婚すること自体が不可解かつ不自然である。さらに、夫婦の転居の時期が異なることは、夫婦としての生活実態がなかったことを外観上もうかがわせる不自然きわまりないものであり、その合理的な理由は見出し難い。これらに加えて、AとBの婚姻後、間もなく、Aの在留資格期間が日本人配偶者(一年)と変更されていること、控訴人の出生直前の協議離婚は日本国籍を有することとなる控訴人が誕生すれば、その母親にあたるAはBとの婚姻を続けなくても在留資格を得られることによるものと推認され、実際にも控訴人の出生後Aの在留資格期間は定住者(一年)と変更されていること、さらに、Aが控訴人を懐胎したと見られる時期にはBと同居していた事実がないことなどを総合すると、AとBの婚姻は、妻とされるAの本邦における在留資格の取得又は維持の目的で法律上の婚姻関係が形成されたものであると推認することができ、したがって、夫婦の生活実態も存在しないものであったと評価するのが相当である。
以上によれば、本件においては、妻が夫の子を懐胎する可能性がないことが外観上明白な事情があるといえ、控訴人について、嫡出の推定が排除される場合にあたると解するのが相当である。
三 親子関係について
(1) 以上の検討によれば、控訴人は嫡出推定を受けない子であるから、被控訴人は、控訴人とBとの間の親子関係が存在しないことの確認を求めることが可能である。
そこで、この点について判断するに、本件事実関係の下においては、次の事実が重要である。
① Oは、d社の担当者として本件交通事故が発生した直後ころから同事故の示談交渉を担当しており、控訴人がBの子ではないという話の真偽を確かめるために、平成二〇年三月二四日にAの住居を訪ねた。
② Oは、Aがルーマニア人であると聞いており、また、d社が保険会社として、実際に保険金を支払う立場にあったことから、AがOの話すことを理解できるかどうかを確認しながら、ゆっくり話をし、一連のやりとりを通じて、Aが簡単な言葉であれば日本語を理解することができるという認識を持った。
③ Oは、Aの自宅を訪問した目的が、控訴人がBの子であるかどうかを確認することにあったことから、Aに対し、「(控訴人は)Bさんとの子供ですか」と単刀直入に聞いたところ、Aは「違います」と言い、控訴人はBとは血がつながっていないという意味の回答をした。
④ 被控訴人もこの場に同席し、Aの上記発言を聞いている。
(2) 以上の事実の中でも、Bの損害賠償金を誰が受け取る権利を有するのかについて、関心を有していたOの訪問を受けた際に、AがOの「(控訴人は)Bさんとの子供ですか」という質問に対し、「違います」と答えたことは、とりわけ重要である。Oは本件当事者のいずれにも利害関係を有しない中立の立場の者であるから、聞き及んだ事柄を正直に述べていると考えられ、一方、Aは保険金の分配割合が関係者間で話合いができた後の一段落したほっとしたところで真実を述べた蓋然性が高いとみることが相当である。
加えて、本件において、Aは、当裁判所が採用した控訴人とBとの間の父子関係の有無についてのDNA鑑定につき、協力しない姿勢に終始したこと(当裁判所に顕著な事実)は見逃すことができない。すなわち、Aは、本件において、控訴人とBとの親子関係の有無が争点となっていることを認識しながら、DNA鑑定につき、合理的な理由を説明することなく、その実施につき協力しない姿勢を堅持しているものであるところ、これも控訴人とBとの間の親子関係の不存在を推認し得る重要な間接事実というべきである。
以上によれば、控訴人とBとの間に父子関係は存在しないと認めるのが相当である。
四 結論
以上に検討したとおり、被控訴人の控訴人に対する本件請求は、理由があるから認容すべきであって、これと同旨の原判決は相当である。
なお、本件は、控訴人法定代理人であるAがルーマニア国籍の外国人であり、手続につき不案内であるとうかがわれることから、手続の進行に当たっては、通訳人の確保はもとより、口頭弁論期日において手続の意味合いを懇切に教示するなど手続保障につき十分配慮したことを付言する。
以上によれば、本件控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 柴田秀 加藤美枝子)