東京高等裁判所 平成21年(ネ)2046号 判決 2009年8月06日
控訴人
Zマンション管理組合管理者 甲野太郎
同訴訟代理人弁護士
宮岡孝之
同
迫野馨恵
同
鈴木健三
被控訴人
乙山花子
被控訴人補助参加人
A株式会社(以下「参加人」という。)
同代表者代表取締役
丙川春男
主文
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
主文と同旨
第2 事案の概要
1 本件は,マンションの洗濯場及び倉庫と登記されていた物件を競落した参加人が,「居宅事務所」及び「事務所」と変更登記をした上これらを被控訴人に譲渡し,参加人からこれらの譲渡を受けた被控訴人が,マンション管理組合管理者である控訴人に対し,これらの物件を店舗又は事務所として使用する権利があることの確認,電話線及びトイレの設置工事の承諾又は妨害予防,室内に存する引込開閉器盤の撤去及び撤去までの使用料相当損害金支払を求めたものである。
原審は,上記使用権の確認請求,電話線設置工事妨害予防請求,引込開閉器盤撤去請求及び使用料相当損害金支払請求は認め,トイレ設置工事の承諾又は妨害予防請求は棄却したので,控訴人が認容部分を不服として控訴した。
なお,被控訴人は,当審において,これらの物件を店舗又は事務所として使用する権利の確認請求から,これらの物件を専用使用する権利の確認請求に請求の趣旨の一部を変更した。
2 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認めることのできる事実)
(1)控訴人
控訴人は,原判決別紙物件目録1記載のマンション「Zマンション」(以下「本件マンション」という。)の区分所有者によって構成される管理組合の理事長であり,管理組合の規約であるZマンション管理規約(以下「本件規約」という。甲3)36条2項により,建物の区分所有等に関する法律の管理者とされている。
(2)本件規約
本件規約(甲3)には,次のような内容の規定が存在する。
ア 区分所有権の対象とする専有部分は,住戸番号を付した店舗,事務所及び住戸とする(7条1項)。
イ 共用部分の範囲は,別表第2に掲げるとおりとする(8条)。
ウ 専有部分に属さない建物部分は共用部分である(別表第2の1)。クリーニングルームは共用部分である(別表第2の3)。排水管について床コンクリートの表面から下は共用部分とする(別表第2の4)。
エ 区分所有者は,管理費,修繕積立金,組合費を管理組合に納入しなければならない。管理費及び修繕積立金の額は共有持分(専有部分の床面積の割合)及び用途区分により決定される(23条)。
(3)被控訴人による建物部分の取得
ア 従前,本件マンション1階部分の原判決別紙物件目録2記載の建物部分(以下「本件洗濯室」という。)及び同3記載の建物部分(以下「本件倉庫」という。)は,本件マンション建築主であるB建設株式会社が所有していた(甲1,2,乙10,11)。
本件洗濯室は,種類を洗濯場として登記され,本件マンションの区分所有者らによって共用の洗濯場として使用されていた。本件倉庫は,種類を倉庫として登記され,本件マンションの区分所有者らによって各戸のロッカールームとして使用されていた。本件洗濯室及び本件倉庫は,いずれも住戸番号はなく,管理費,修繕積立金は徴収されていなかったが,規約共用部分である旨の登記はなかった。本件洗濯室には,原判決別紙平面図記載abdcaで囲まれた部分に原判決別紙物件目録5記載の引込開閉器盤が設置され,地下にはマンホールが存する(以上甲1,2,7,甲36の1ないし6,乙1の2ないし4,乙9ないし15,乙16の1ないし11,乙17)。
イ 参加人は,平成17年5月18日,競売によって本件洗濯室及び本件倉庫を取得した(甲1,2)。
ウ 参加人は,本件洗濯室及び本件倉庫を取得した平成17年5月ころ,本件マンションの管理会社に対し,本件洗濯室をコンピュータを利用する事務所に転用することとし,そのために,電話線の設置工事等を実施したいとの申入れを行い(甲14),また,同じころ,控訴人に対し,電話ケーブルの設置やトイレ排水管の設置について,専有部分の改修の届出を書面で行った(甲16の1,2)。
エ 参加人は,本件洗濯室及び本件倉庫の取得後,それらの不動産登記について,本件洗濯室の種類を居宅事務所に,本件倉庫の種類を事務所に,それぞれ変更する旨の手続をし,平成17年5月27日付けで,その旨の表示登記の変更がされた(甲1,2)。
オ 参加人と控訴人は,その後も平成17年6月ころまでの間,本件マンションの管理会社を通じて,本件洗濯室及び本件倉庫の用途や,参加人が実施を希望する工事についての交渉を行ったが(甲17の1,2,甲18ないし21),本件マンションの管理会社が,同月10日付けで,参加人に対し,参加人が本件管理組合の組合員ではないなどとして,電話回線の設置等について認めないなどと回答したため(甲22),交渉は決裂した。
カ 参加人が,平成17年6月ころ,本件マンションの壁を損壊して電話線を設置する工事,トイレ用の配水管の設置工事,エアコンの室外機を備え付ける工事等を開始したことから,控訴人は,そのころ,東京地方裁判所に増築工事禁止等の仮処分の申立てをしたところ,これが認容され,この仮処分に対して保全異議の申立てがされたものの,平成18年1月,仮処分は認可された(乙7,8)。
キ 控訴人は,平成17年9月ころ,参加人の設置した電話線,トイレ,エアコン,室外機等の撤去と損害賠償を求める訴訟を提起したところ(甲8),平成18年7月,エアコンと電話線の撤去と損害賠償請求の一部を認める判決がされ(甲9),この判決に対する控訴審においても,平成20年10月,電話線とトイレの撤去と損害賠償請求の一部を認める判決がされた(甲34)。
ク 被控訴人は,上記キの訴訟係属中の平成18年3月10日,参加人から,本件洗濯室及び本件倉庫を譲り受けると共に(甲1,2),同訴訟の一部を引き受けることとなった(甲34)。
3 被控訴人の主張
(1)専用使用権の確認請求
本件洗濯室及び本件倉庫は専有部分である。被控訴人及び参加人には,本件洗濯室及び本件倉庫が共用部分であるとの認識はない。仮に,本件洗濯室及び本件倉庫の用途について,本件規約において一定の制限がされていたとしても,その旨の登記がされていない以上,控訴人は,これを被控訴人及び参加人に対抗することはできない。
よって,被控訴人は控訴人に対し,被控訴人が本件洗濯室及び本件倉庫を専用使用する権利を有することの確認を求める。
(2)電話線及びトイレの設置承諾請求並びに設置の妨害予防請求
ア 被控訴人は本件洗濯室及び本件倉庫を参加人に賃貸して使用させているが,参加人の営業の性質上,本件マンションの共用部分に,原判決別紙図面(1)ないし(6)で示されるA,B,C,D,E,F,Gを繋ぐ形で電話線を敷設するという原判決別紙工事内容目録記載の工事(以下「本件配線工事」という。)を実施し,電話線を確保することが不可欠である。
なお,本件マンションには,外部の通路電柱からの電線引き込みが既に存在しているという前例があり,また,本件配線工事によって設けられる配線の高さも4.5メートル程度で,壁面を最短で囲むようにするため,本件マンションの他の区分所有者等の邪魔にはならないし,光ファイバーを美観保護のために壁と同色のモールで包むため,本件マンションの美観を損ねることもなく,モールを接着剤で壁に設置するので,必要な場合には取り外すこともできる。配線の本件洗濯室及び本件倉庫内への引き込みは扉の通気用の隙間から行い,各室間の配線は既存の通気口を使用するから,本件マンションの共用部分や本件洗濯室及び本件倉庫を損傷することはないし,工事自体も数日で終わる予定である。
多くのマンションでは,電柱から電線や電話線を壁伝いに引き込んでおり,これは本件マンションでも同様であることからすると,本件配線工事による配線は用法に従った使用に該当するし,また,建物の安全に対する影響はないから,区分所有者の共同の利益に反する行為でもない。
イ 被控訴人は,賃借人である参加人の営業の性質上,本件洗濯室の原判決別紙平面図イロニハイで囲まれた部分に原判決別紙物件目録4記載のトイレを設置すると共にトイレから汚水槽に通じる汚水管を設置するという一連の工事(以下「本件トイレ工事」という。)を実施してトイレを確保することが不可欠である。
なお,本件トイレ工事は,専有部分である本件洗濯室にトイレを設置し,トイレ内のマンホール穴から汚水管を下げて壁の穴に通し,汚水槽に直接汚水管を引き込むというものであり,雑排水槽と汚水槽との間の壁の穴を塞ぐという区分所有者全員の利益になる工事も併せて行うというものである。また,トイレを設置することは,区分所有者である以上,当然のことであり,本件トイレ工事は給排水の要領の変更に該当しない。
汚水槽への汚水管の引き込みについても,本件マンションの主体構造部分等建物の共用部分を損傷するものではなく,共同の利益に反する行為でもないから,用法に従った使用に該当し,また,専有部分にトイレを設置する工事は,区分所有者の生存に関わるものであり,かつ,専有部分に関するものであるから,共同の利益に反しないことは明らかである。
ウ よって,被控訴人は控訴人に対し,本件洗濯室及び本件倉庫の区分所有権に基づき,本件配線工事による電話線の設置及び本件トイレ工事によるトイレの設置についての各承諾並びにこれらに対する妨害の予防を求める。
(3)引込開閉器盤の撤去請求及び使用料相当損害金の賠償請求
本件洗濯室には,控訴人の管理する引込開閉器盤が設置されているが,参加人又は被控訴人が,引込開閉器盤の設置を承諾したことはない。また,仮に,本件洗濯室の前々区分所有者であるB建設が,引込開閉器盤を本件洗濯室に設置することを認める旨の契約を締結していたとしても,これは参加人や被控訴人に承継されるものではない。
そして,本件洗濯室のうちの引込開閉器盤が設置された部分を利用できないことにより,被控訴人及び被控訴人から賃借を受けた参加人は,貸し机2台分の営業が妨げられ,月額4万円の使用料相当の損害を被っている。
よって,被控訴人は控訴人に対し,本件洗濯室の区分所有権に基づき,引込開閉器盤の撤去を求めると共に,上記区分所有権侵害の不法行為に基づき,被控訴人が本件洗濯室を取得した平成18年3月10日から上記撤去済みまでの間,1か月4万円の割合による使用料相当損害金の支払を求める。
4 控訴人の主張
(1)専用使用権の確認請求について
本件洗濯室及び本件倉庫は,本件マンション分譲時のパンフレットで,共同施設として洗濯室及び貸し倉庫とされ本件マンションの他の区分所有者が利用できることが保障され,本件規約において管理費支払対象である専有部分とはされず共用部分とされ(本件規約7,8条,別表第2),本件洗濯室には共同施設である引込開閉器盤,分電盤及び排水升が備えられ,いずれについても点検・修理が必要とされ,登記上の種類も洗濯場,倉庫とされていたが,共用部分である旨の登記がされていない。
しかし,参加人が本件洗濯室及び本件倉庫を取得した不動産競売手続では,その物件明細書に,本件洗濯室及び本件倉庫が倉庫や洗濯場として使用されていることが明記され,評価書では「単独使用に難あり」という理由で20パーセントの減額をされていた。したがって,参加人及び参加人代表者の実姉であり参加人と控訴人との訴訟中に参加人から所有権を取得した被控訴人は,いずれも背信的悪意の第三者であり,信義則上,本件洗濯室及び本件倉庫について共用部分である旨の登記がないことを主張する正当の利益を有しないから,控訴人は被控訴人に対し,本件洗濯室及び本件倉庫が規約上の共用部分であることを対抗することができる。
さらに,本件規約12条1項2号は,2階以上の部分の事務所について,多数人又は不特定が訪れる事務所でないことを条件としているところ,これは本件マンションの治安を維持するためのものであり,その趣旨は1階にも当てはまるから,本件マンションの1階にある本件洗濯室及び本件倉庫についても,不特定多数人の来訪を予定する貸し机事業を行うための事務所として使用することは許されない。
そして,本件マンション入居者使用心得20条は,建物の専有部分を定められた用途以外に使用することを禁止しているから,被控訴人が本件洗濯室及び本件倉庫を洗濯場又は倉庫以外の用途に使用することはできない。
(2)電話線及びトイレの設置承諾請求並びに設置の妨害予防請求について
上記(1)で主張したとおり,本件洗濯室及び本件倉庫は本件規約において共用部分とされ,これについて登記はされていないが,控訴人は参加人及び被控訴人に対抗することができる。したがって,被控訴人の電話線及びトイレの設置承諾請求又は妨害予防請求は認められない。
また,電話線を本件マンションの外壁に伝わせたり,ドアの通気のための隙間から電話回線を建物内部に引き込むという本件配線工事は,本件マンションの美観を損なう行為(本件マンション入居者細則2条(4))であり,本件マンションの主体構造部分等の共用部分である壁を貫通させる汚水管を通すと共に同じく共用部分である本件マンションの既存の汚水管(配管)に新たな配管を接続させる本件トイレ工事は,敷地又は主体構造部分等建物の共用部分を損傷する行為(同条(1)イ),区分所有者の共同の利益に反する行為(本件マンション入居者使用心得20条ラ),建物専有部分の基本構造を変更したり,その外観を変更する行為(同条ニ)なので,承諾することはできない。
(3)引込開閉器盤の撤去請求及び使用料相当損害金の賠償請求について
上記(1),(2)で主張したとおり,本件洗濯室及び本件倉庫は本件規約において共用部分とされ,これについて登記はされていないが,控訴人は参加人及び被控訴人に対抗することができる。したがって,被控訴人の引込開閉器盤の撤去請求及び使用料相当損害金の賠償請求は認められない。
なお,引込開閉器盤は,本件マンション内のブレーカーの集合体であり,撤去されることになれば,建物全体の電気が使用できなくなるのであり,電気を使用する限り必要なものである。
第3 当裁判所の判断
1 本件マンションの建築から本件洗濯室及び本件倉庫の競売までの状況
前提事実及び証拠(甲1ないし3,乙1の1ないし4,乙9ないし12,15,乙16の1ないし11,弁論の全趣旨)によれば,本件マンションの建築から本件洗濯室及び本件倉庫が競売により売却されるまでの状況について,次の事実を認めることができる。
(1)本件マンションは,昭和47年7月ころ,B建設により建築されたものである。本件マンションの管理業務は,建築当初から平成4年まではC管財が行い,その後は株式会社Dがこれを引き継ぎ,現在に至っている。
B建設は,本件マンション建築後,専有部分を分譲したが,専有部分以外の部分については自らの所有のままとし,管理組合に権利を一括譲渡するような措置をとらなかった。
(2)本件規約7条1項によれば,「住戸番号を付した店舗,事務所及び住戸」が区分所有の対象となる専有部分であるとされている。また,本件規約8条によれば,共用部分は別表第2に掲げるとおりであるとされており,別表第2の1によれば,専有部分に属さない建物部分は共用部分であるとされている。したがって,専有部分について規定する本件規約7条1項の「住戸番号を付した店舗,事務所及び住戸」に該当しない本件洗濯室及び本件倉庫は,本件規約8条により,共用部分であるといえる。本件規約は本件マンション建築直後に制定され,上記各条項については,その後現在に至るまで変更されていない。
(3)本件洗濯室及び本件倉庫は,上記(2)のとおり規約上共用部分とされるとともに,次のとおり,本件マンション建築当時から,現に洗濯室及び倉庫として使用され,区分所有者の共用に供されてきた。
① 本件洗濯室
本件洗濯室については,本件マンション建築当初,3つ設けられた洗濯機設置場所にB建設が洗濯機を購入して設置し,これを管理会社により管理させ,利用者から1回10円程度の利用料を管理会社が徴収する態勢がとられた。徴収された利用料は,水道代に充てられたほか,洗濯機の修理にも充てられた。本件マンションの各居室には洗濯機置場がない設計であったため,住民の洗濯の便宜のため,本件洗濯室が設置されたものである。
その後本件洗濯室内の洗濯機が壊れ,B建設が新たな洗濯機を購入できないという話があったため,専有部分の所有者で作る自治会が2台の洗濯機を購入した。洗濯機は,競売時まで2台が設置されていた。自治会が洗濯機を購入した後は,利用者は100円の利用料を自治会に支払うこととなり,自治会の管理により,使用が継続されてきた。なお,参加人の競落後も洗濯機は使用できたが,平成18年7月から平成19年8月まで排水ドレンが詰まり掃除に参加人の協力が得られず使用できなくなり,住民はコインランドリーを使用していたが,高齢の住民の要望により,屋外に新たな洗濯場を設置し,本件洗濯室内に置かれていた洗濯機を移動した。
本件洗濯室には,本件マンション建築当初から引込開閉器盤が設置されている。引込開閉器盤は,正面幅120センチ,奥行15センチ,高さ190センチの金属製の箱に収められた建物内ブレーカーの集合体であり,本件洗濯室脇にある変電室の変圧器から壁を通して電線が引き込まれており,建物全体のブレーカーがここにまとめて収納されている。この管理は管理組合が行っているが,修理が必要な場合には,いつでも修理業者に立ち入らせることができる場所に設置されていないと建物全体の電気の通電に支障が生じる。引込開閉器盤が撤去されることとなると,本件マンション全体への通電が不能となる。
本件洗濯室は,洗濯のために使用され,引込開閉器盤が設置されているほか,競売により売却されるまでは,その空きスペースが自治会の理事会開催場所として使用されてきた。本件洗濯室は,無窓で,室内には,トイレの設備がなく,電話線も敷設されておらず,事務室として使用するのに適した構造とはなっていない。
本件洗濯室については,競売の物件明細書,現況調査報告書及び評価書において,洗濯機設置場所が3つ設けられ,区分所有者共用の洗濯場に使用されていること,無窓でトイレ設備や電話線の設置がなく,管理費や修繕積立金の賦課の対象外であること等が記載されていた。
② 本件倉庫
本件倉庫は,本件マンション建築当初から,B建設の費用負担により木製仕切り板と木製扉で22区画に仕切られ,区分所有者の共用の倉庫(トランクルーム)として使用されてきた。22区画に仕切られて倉庫として使用される部分以外の部分は,通路及び倉庫扉の開閉用スペースであり,それ以外の空きスペースはない。区画用仕切り及び扉は,平成17年5月に参加人が競落により本件倉庫の所有権を取得した後である平成18年10月ころ参加人によって取り払われた。
倉庫は,全区分所有者の分に満たない区画しかないため,先に申し込んだ者から使用が許され,空きが生じるつど新たな使用者を募集する方式がとられていた。倉庫の利用料については,当初は管理会社が徴収してB建設に交付していたが,昭和50年代にB建設の代表者が死亡してからは,利用者が個別にB建設に送金するようになった。倉庫の利用形態は,参加人による競落時まで変更がなかった。
本件倉庫は,無窓で,室内には,水道,トイレ及び汚水管の設備がなく,また,電話線も敷設されておらず,事務室として使用するのに適した構造とはなっていない。
本件倉庫については,競売の物件明細書,現況調査報告書及び評価書において,22区画に区分され区分所有者共用のロッカールームとして使用されていること,無窓でトイレ・水道設備や電話線の設置がなく,管理費や修繕積立金の賦課の対象外であること等が記載されていた。
(4)本件マンションの専有部分については,全区分所有者が管理費及び修繕積立金を納付しなければならないものとされており(本件規約23条1項),専有部分の広さに応じて額が決定されるものとされている(同条2項,3項)。しかし,本件洗濯室及び本件倉庫については,管理規約上共用部分とされているため,本件マンション建築当初から,管理費及び修繕積立金の賦課の対象外とされている。
2 参加人による競落後の本件洗濯室及び本件倉庫の現状変更等
前提事実及び証拠(甲1ないし3,14,15,甲16及び17の各1,2,甲18,乙1の1ないし4,乙2,弁論の全趣旨)によれば,参加人による競落後の本件洗濯室及び本件倉庫の現状変更等について,次の事実を認めることができる。
(1)本件洗濯室及び本件倉庫が参加人によって競落された当時,その現状は前記1(2)から(4)までに認定したとおりであり,競売時の物件明細書,現況調査報告書及び評価書にその現状の概要(本件洗濯室には洗濯機設置場所が3つ設けられ,区分所有者共用の洗濯場に使用されていること,本件倉庫は22区画に区分され区分所有者共用のロッカールームとして使用されていること,双方とも無窓でトイレ設備や電話線の設置がなく,管理費や修繕積立金の賦課の対象外であること,本件倉庫には水道設備もないこと等)が記載されていたことから,平成17年5月18日にこれを競落した参加人もこれを認識していた。
(2)本件洗濯室及び本件倉庫については,平成17年5月19日に競落により参加人に移転登記がされた後,参加人は,5月27日変更を原因として,6月10日にその用途を「洗濯場」,「倉庫」から,それぞれ「居宅事務所」「事務所」に種類変更登記をした。
(3)本件規約によれば,専有部分を事務所として使用することができるのは,12条1項2号アからオまでの用途制限に服する場合で,かつ,事前に書面を提出して理事会の承認を得た場合に限られるものとされている(12条1項,2項)。また,本件マンション使用細則(本件規約17条の規定に基づく細則)によれば,電気,給排水の要領を変更しようとする工事を行う場合には,所定の書面で管理組合に届け出て,その許可を得なければならないものとされている(4条5号)。
この点について,参加人は,競落前である平成17年5月9日,本件マンションの管理会社に対し,本件洗濯室についてコンピュータを利用する事務所に転用するので電話線の設置工事等を実施したいとの書面による申入れを行った。さらに,競落の直後である同月21日,管理組合(控訴人)に対し,電話ケーブルの設置やトイレの排水管の設置について改修の届出に関する所定の届出書を提出した。
これらについて控訴人は同意せず,一方,参加人は,本件洗濯室及び本件倉庫を洗濯室及び倉庫として使用することを認めず,その結果,本件洗濯室及び本件倉庫の使用をめぐって,控訴人と参加人との間に紛争が生じた。その紛争発生後である平成18年3月17日,参加人は参加人代表者の実姉である被控訴人に本件洗濯室及び本件倉庫の所有名義を移転した。
(4)参加人は,本件洗濯室及び本件倉庫が管理費及び修繕積立金の賦課の対象となっていないため,競落後,管理費及び修繕積立金を納付しておらず,被控訴人も,その所有名義の取得後,管理費や修繕積立金を納付していない。また,被控訴人は,本訴において,本件洗濯室及び本件倉庫について専用使用の権利を有することの確認を求めることに加え,本件マンション全体の通電に不可欠な引込開閉器盤の撤去も求めている。
3 被控訴人が本件洗濯室及び本件倉庫を専用使用する権利を有することの確認請求について
前記1の認定事実によれば,本件洗濯室及び本件倉庫は,規約上の共用部分である。しかし,その旨の登記がされていないので,控訴人は,本件洗濯室及び本件倉庫の所有権を取得した被控訴人に対し,これらの建物部分が規約上の共用部分であることを主張することができない(建物の区分所有等に関する法律4条2項ただし書)。
これに対し,控訴人は,所有者である被控訴人は,背信的悪意の第三者であり,信義則上,本件洗濯室及び本件倉庫について共用部分である旨の登記がないことを主張する正当の利益を有しないと主張するので,この点について判断する。
前記1及び2の認定事実によれば,本件洗濯室及び本件倉庫は,本件マンション建築当初から,規約上の共用部分であるとされ,区分所有者共用の洗濯室及び倉庫(トランクルーム)として使用されてきたものである。しかも,外見上も,本件洗濯室においては,洗濯機設置場所が3か所設けられ,競売の時点においても,2台の洗濯機が設置され,トイレの設備や電話線の敷設はなく,加えて,正面幅120センチ,奥行15センチ,高さ190センチの引込開閉器盤が設置され,建物全体のブレーカー設備としての役割を果たしていたものである。また,本件倉庫においては,木製仕切り板で仕切られ,扉が付いた22の区画が設けられ,空きスペースはない状態であり,室内には水道やトイレの設備がなく,電話線も敷設されていない状況にあったものである。加えて,本件洗濯室,本件倉庫とも,区分所有者であれば負担すべき管理費及び修繕積立金の徴収の対象とされていない。
しかも,本件洗濯室と本件倉庫の上記現状は,競売に際し,物件明細書,現況調査報告書及び評価書の中で明らかにされ,これを競落した参加人もその実情を認識した上でこれらを買い受けたものである。のみならず,参加人は,競落後,時を移さず,本件規約上求められている管理組合への施設変更届等の提出の措置を講じており,また,同じく競落後,時を移さず,本件洗濯室及び本件倉庫の用途を「洗濯場」「倉庫」から,それぞれ「居宅事務所」「事務所」に変更登記しており,このことからすると,参加人は競落以前からマンションの規約一般及び本件マンションの規約を熟知し,規約上共用部分であっても,登記がない限り第三者に対抗できないことについて競落以前から周到に研究した上でこれらを買い受けていることが推認できる。
そうすると,参加人は,本件洗濯室及び本件倉庫が本件マンションの区分所有者の共用に供されている現状を認識しながら,あえてこれを低価格となる競売手続により買い受け,本件洗濯室及び本件倉庫について共用部分である旨の登記がないことを奇貨として,時を移さず登記を「洗濯場」「倉庫」から「居宅事務所」「事務所」に変更するなどして控訴人による共用部分の主張を封ずる手立てを講じたものであり,これら一連の事実関係からすると,参加人は,控訴人に対し,規約共用部分について登記がないことを主張することを許されない背信的悪意の第三者というべきである。
被控訴人は,参加人の代表者の姉であり,本訴においても参加人に従属する訴訟行動をしていることからみても,参加人の依頼により,控訴人の権利主張をより困難にするために,本件洗濯室及び本件倉庫の移転登記を受けたものであり,参加人の背信的悪意を承継した者というべきである。
以上のとおりであるから,参加人及び被控訴人は,控訴人に対し,本件洗濯室及び本件倉庫について共用部分としての登記がないことを主張することができない背信的悪意の第三者というべきであり,控訴人は被控訴人に対し,本件洗濯室及び本件倉庫が規約上の共用部分であることを主張し得るものということができる。したがって,被控訴人は控訴人に対し,本件洗濯室及び本件倉庫を排他的に使用する権利を有しないものというべきであるから,被控訴人が本件洗濯室及び本件倉庫を専用使用する権利を有することの確認を求める請求は,理由がないものというべきである。
4 被控訴人のその他の請求について
被控訴人は,そのほか,電話線及びトイレ設置工事の承諾又は妨害予防請求,引込開閉器盤撤去請求並びに損害賠償請求をしているが,これらの請求は,いずれも被控訴人が控訴人に対し,本件建物部分につき専用使用権を有することを主張することができ,共用部分としての使用上の制約を受けないことを前提とするものであり,その前提事実が認められないことは前記3のとおりであるから,被控訴人のこれらの請求はいずれも理由がない。
5 以上のとおり,被控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり,その一部を認容した原判決は,その限度において不当であって取消しを免れない。よって,原判決中控訴人敗訴の部分を取り消し,被控訴人の請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園尾隆司 裁判官 藤山雅行 裁判官 櫻井佐英)