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東京高等裁判所 平成21年(ネ)419号 判決 2009年9月30日

控訴人

株式会社りそな銀行

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

高井章吾

杉野翔子

尾﨑達夫

伊藤浩一

金子稔

森田はる香

木元哲朗

被控訴人

株式会社Y1

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

菊池幸夫

石塚花絵

被控訴人

有限会社Y2

代表者代表取締役

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人有限会社Y2が、平成18年6月27日、被控訴人株式会社Y1に対してした会社分割は、これを無効とする。

3  控訴人の被控訴人らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを5分し、その3を控訴人の、その余を被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  主文第2項と同旨(主位的請求)

3(1)  被控訴人ら間の平成18年4月1日付け設備造作等売買契約は、これを取り消す。

(2)  被控訴人ら間の平成18年4月4日付け会社分割契約は、これを取り消す(上記第2項との関係で予備的請求)。

(3)  被控訴人株式会社Y1は、控訴人に対し、1億4537万5510円及びこれに対する平成18年12月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要(略語は、原判決のそれに従う。)

1  本件は、被控訴人らの債権者である控訴人が、被控訴人ら間で平成18年4月4日に作成された分割契約書に基づき、被控訴人らにおける同年4月13日の社員総会及び株主総会で承認を得たとして行われた会社の吸収分割(本件会社分割)について、①被控訴人株式会社Y1(被控訴人Y1)による債権者保護手続がなかったこと、②被控訴人有限会社Y2(被控訴人Y2)において社員総会での会社分割承認決議が不存在であること、③会社分割時において被控訴人Y2に会社分割後の債務の履行の見込みがなかったことを理由に、本件会社分割の無効を求めるとともに、本件会社分割に係る契約(本件会社分割契約)及びこれに先行する被控訴人Y2から被控訴人Y1への設備造作等売買契約(本件売買契約)が詐害行為であるとして、それらの取消しを求め、価額賠償として1億4537万5510円の支払を求めた事案である。なお、会社の吸収分割に関する法の適用は、会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律105条(なお、同法36条参照)により、従前の例による。

2  原審は、会社分割無効の訴えについて、①いわゆる物的分割の場合において、分割後も分割会社に債権の全額を請求できる債権者は、債権者保護手続の対象とされておらず(旧商法374条の20第2項、374条の4第2項)、本件会社分割も物的分割に該当するので被控訴人Y2は債権者保護手続を実施する必要がなく、控訴人は、被控訴人Y2の「分割ヲ承認セザル債権者」に該当しないから、被控訴人Y2の債権者としては、会社分割無効の訴えを提起することができない、②控訴人は、被控訴人Y1の債権者としては、自己の利益が害されたこと、すなわち、債権者保護手続が行われなかったことのみを無効原因として主張することができるところ、被控訴人Y1は控訴人に対する債務の弁済を約定どおりに行っており、本件会社分割契約等によって被控訴人Y1の債権者である控訴人としての権利が侵害されたとの事情は見当たらないから、控訴人が被控訴人Y1の債権者として債権者保護手続が行われなかったことを理由に本件会社分割の無効を主張するのは信義則に反するとし、③詐害行為取消しの訴えについては、被控訴人Y1において、本件会社分割契約等を締結した結果、被控訴人Y2の一般債権者を害する結果が生じることを知らなかったと認定することができるから、控訴人の詐害行為取消の主張には理由がないとして、控訴人の請求をいずれも棄却したので、控訴人が控訴した。

なお、被控訴人Y2は、公示送達による呼出しを受けたのに、本件口頭弁論期日に出頭しない。

3  前提事実、争点に関する各当事者の主張は、原判決8頁5行目の「ににより」を「により」に改めるほか、原判決の「事実及び理由」第2の2及び3に摘示されたとおりであるから、これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は、本件会社分割は、被控訴人Y2が有していたパチンコ・スロット店の営業にかかる風営法の許可のみを被控訴人Y1に承継させる目的で行われたもので、会社の営業の全部又は一部を他の会社に承継させる組織法上の行為である会社分割の脱法行為であるから無効とすべきであり、被控訴人Y2が被控訴人Y1に設備造作等を売却した本件売買契約において、被控訴人Y1は、本件売買契約を被控訴人Y2と締結することで債権者を害することを知らなかったから、控訴人と被控訴人Y1との関係では、詐害行為取消権は成立しないと判断する。その理由は、次のとおりである。

2  本件会社分割無効の訴え

(1)  証拠《省略》、原審証人D、原審における被控訴人Y1代表者によれば、本件会社分割契約において、被控訴人Y2が分割し、被控訴人Y1が承継する事業は、承継権利義務明細表《省略》によるものとされ、承継権利義務明細表《省略》によれば、被控訴人Y1が承継するのは、無形固定資産として、被控訴人Y2が有するパチンコ営業許可(2店舗で60万円)と吸収分割時点で被控訴人Y2に在籍する従業員であったが、本件分割契約時に引き継がれる従業員は存しなかった。なお、負債については承継させる債務はないものとされた。また、証拠《省略》、原審証人D、原審における被控訴人Y1代表者によれば、本件のパチンコ店につき、近隣施設等の関係で新規にパチンコ・スロット店の営業のための風営法の許可を取得することが困難になるリスクを避けるため、被控訴人Y1と被控訴人Y2とは、営業所の設備造作等の譲渡に加えて、被控訴人Y2が本件各店舗について有していた営業許可を承継取得するため、実質的には営業許可のみを「営業」の内容として本件会社分割契約をしたことを認めることができる。

(2)  旧商法374条の16(旧有限会社63条の7参照)によれば、吸収分割は、一方の会社の営業の全部又は一部を他方に承継させるものである。ここにいう営業とは、一定の営業の目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)を指すものであり、「営業」を組成する個別の財産の全部又は一部を指すものではないから、吸収分割の対象も有機的一体として機能する財産を単位とするものと解される。そして、パチンコ・スロット店の営業のための風営法の許可は、具体的な営業所ごとに、その位置、営業所の構造、設備を審査して付与されるものであって(風営法3条、4条2項参照)、営業所の設備造作等と無関係に、営業許可が「営業」となるものではない。したがって、本件の2営業所(a店、b店)の営業許可のみの譲渡は、旧商法が規定する営業の全部又は一部の承継には該当しない。そうすると、本件会社分割契約は、被控訴人Y2の営業の全部又は一部を被控訴人Y1に承継させるものということができず、単に営業許可を承継させるための便法として用いられたものであるということができるから、無効というべきである。

この場合、旧商法374条の4第1項但書きに規定する場合には該当しないというべきであるから、控訴人は、吸収分割について承認をしなかった債権者として、原告適格を有すると解される。

(3)  被控訴人Y1は、本件会社分割においては、本件売買契約が被控訴人らの間で締結されている事実関係を前提にして本件会社分割の中身を検討する必要があると主張するが、会社分割は会社の組織に関する合意として分割契約に基づいて実施されるものであるところ(旧商法274条の17)、本件売買契約は本件会社分割契約に先行し、両者は別個の契約として締結されており、本件会社分割契約は本件売買契約の内容を含まず、被控訴人Y1も、本件会社分割契約は行政上の許可を移転させるための便法に過ぎなかったことを認めているのであるから、被控訴人Y1の上記主張には理由がない。

3  本件売買契約についての詐害行為取消請求権の成否

(1)  前提事実のほか、当事者間に争いのない事実、証拠(枝番のあるものは枝番も含む。以下同じ。証拠《省略》、有限会社c及びd信用金庫に対する調査嘱託の結果、原審証人F、原審証人D、原審における被控訴人Y1代表者)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 被控訴人Y2は、平成17年9月30日現在において、大口の債務として、株式会社p銀行から約1億5224万円、d信用金庫から約1億1027万円、q銀行から約4294万円の債務を負っていたほか、株式会社h(以下「h社」という。)に対し約3025万円、f株式会社(以下「f社」という。)に対し約1億6471万円、株式会社g(以下「g社」という。)に対し約3675万円の債務を負っていた。

イ Cは、平成18年1月31日、被控訴人Y1代表者のB及び同社において専務として業務を取り仕切っているD(以下「D」という。)に対し、b店には競合店ができることなどから、パチンコ店の営業意欲がなくなり、他の事業をやりたいなどの理由で、被控訴人Y2の経営するa店とb店を設備と営業権を含めて6億円で買って欲しいとの話を持ちかけた。Bは6億円という金額が高いとしてこの売買の話をいったん断った。なお、B及びDは、被控訴人Y2が営業している店舗はa店とb店の2店舗のみであることを知っていた。

ウ Cは、同年2月ころ、再度被控訴人Y1に連絡を取り、条件を変更するので、2店舗を引き受けて欲しいとの連絡をした。被控訴人Y1は、当時、「P」の名称でパチンコ・スロット店を5店舗経営していたが、さらに店舗数の拡張を考えている状況であったことから、条件面で折り合えば系列店に加えることは検討しても良いと考え、2店舗を調査の上、価格の交渉に入ることとした。

エ Dは、他の被控訴人Y1の社員とともに、被控訴人Y2のa店及びb店を訪れ、リース関係の債務や設備内容を調査した。

被控訴人Y1は、b店での店舗保証金が8500万円、a店での店舗保証金が4800万円の合計1億3300万円があることを考慮し、パチンコ・スロット店を新規に開店する場合の開設費用を算出する方法として、設備、内装関係を一般の設置費用から合理的と認められる1台当たりおよそ70万円として計算した。b店には222台のスロット台があり、a店には196台あったので、その合計額は、およそ2億9000万円程度となった。遊技台については、新しい台であれば1台40万円前後、中古の台であれば、およそ1台1万円程度で買い入れることができた。

被控訴人Y1では、これらを考慮しながらCと交渉し、平成18年3月下旬ころには、両者間において、スロット機を除いた項目は概ね被控訴人Y2の簿価で計算し、スロット機の金額を調整した約4億5000万円で2店舗を被控訴人Y2から被控訴人Y1への譲渡を行うことにほぼ合意した。譲渡代金の支払方法については、被控訴人Y1において被控訴人Y2に対し全て現金で支払うことは困難であることから、被控訴人Y2が負担しているf社及びg社からの設備リース料債務及びd信用金庫やh社等からの借受金債務合計約2億7327万円については、被控訴人Y1が債務を引き受ける形式とし、残金を現金、手形等で支払うこととした。

また、風営法の許可については、被控訴人Y1側の司法書士から、会社分割の方法を用いれば、被控訴人Y2の営業許可を承継することができるとのアドバイスを受けて、この営業許可の承継については会社分割の方法によることとし、その他の設備造作等については売買契約を締結することとし、個々の設備造作等の売買代金額の割付については、被控訴人Y2の顧問税理士と被控訴人Y1の顧問税理士が共通であったことから、同人の協力を得て、被控訴人Y2の設備造作に関する簿価を基準に定めることとした。その結果、設備造作等の売買代金を総額で4億4521万9322円(消費税込み)とし、また、営業許可の評価額を60万円とし、この支払に代えて被控訴人Y1の株式6株を譲渡することとした。

被控訴人らは、平成18年4月1日に本件売買契約を、同月4日に会社分割契約を締結した。

オ Cは、同年3月下旬ころ、被控訴人Y1に対し、本件売買代金のうち3000万円について、先に受け取りたいとの要望を伝え、その結果、被控訴人Y2と被控訴人Y1とで、3月28日、同月29日に本件売買契約の手付金として3000万円を支払うとの合意をし、被控訴人Y1は、同日、Cの口座に3000万円を振込送金した。

カ 一方、Cは、同年3月15日ころ、スロットマシン防犯機器取付業者の代理店となっていた有限会社c(c社)に別件で作成させたb店の改装に関する見積書を利用し、同月31日、被控訴人Y2と控訴人(R支店)との間で、銀行取引約定、店舗改装費用名目で本件消費貸借契約を締結し、1億3000万円を借り入れた。

キ 被控訴人Y1は、本件売買契約に基づく売買代金(手形、小切手によるものを含む。)を支払うとともに、その他の債務については、平成18年9月までの間に、次のとおりの方法により、弁済等を行った。

d信用金庫(被控訴人ら代表者の父による物上保証に係る債務)

被控訴人Y1による第三者弁済

h社 債務の代払い契約締結(48回の分割弁済)

f社 f社と被控訴人Y2間のリース契約を解約し、解約金を被控訴人Y2への売却代金から支払ったこととするとともに、リース物件については被控訴人Y1が買い受け、その売買代金について、被控訴人Y1がf社から借り受け、72回払いで分割弁済

g社 被控訴人Y1が重畳的に債務を引受、48回の分割で弁済

ク 被控訴人Y1は、b店について、8069万円の費用をかけてパチンコ・パチスロ機を制御する営業管理コンピュータ等の交換及び内装工事を行い、また、a店について、3570万円の費用をかけて内装工事を行い、それぞれ平成18年4月中旬ころ、被控訴人Y1の経営するj店及びk店として営業を開始した。

ケ Cは、被控訴人Y2の従業員として本件会社分割契約や本件売買契約及び本件消費貸借契約に同行していたE(以下「E」という。)に控訴人に対する本件消費貸借契約の分割債務の返済金を預けるなどし、Eにおいて、控訴人に対し、平成18年8月分までの本件消費貸借契約に基づく分割金の債務の弁済を行ったが、平成18年8月ころからCは消息不明になり、Eにおいても控訴人への支払を中止した。

コ 控訴人は、平成18年9月28日、Cの土地建物の調査過程で控訴人の根抵当権が設定されたいたことを知った株式会社p銀行から、被控訴人Y2と被控訴人Y1が本件会社分割を行ったことを知らされた。

サ 被控訴人Y1が本件本件売買契約の代金の支払に利用した手形は、全てEの経営する有限会社Cにおいて取立てに出され、決済が行われた。

シ 被控訴人Y1は、平成18年6月27日付けで、本件会社分割の登記を行ったほか、同日付けで有限会社Jからの会社分割の登記を、同年9月6日付けで株式会社Kからの会社分割の登記を、同月26日付けで株式会社Lからの会社分割の登記を行った。これらの会社分割の登記に当たっては、いずれも債務を承継しない旨の登記がなされている。

(2)  被控訴人Y1は、控訴人の被保全債権が成立したのは、平成18年3月31日であるところ、被控訴人Y1は、同月28日の合意に基づき同月29日の本件売買契約の手付金3000万円を被控訴人Y2代表者のC個人の口座に支払っているから、本件売買契約は、上記合意のあった同月28日の時点では既に成立しており、控訴人主張の債権は被保全債権たり得ないと主張する。

確かに、上記オに認定したとおり、被控訴人Y1は、平成18年3月28日に、本件売買契約の手付金として3000万円を同月29日に支払うことを被控訴人Y2との間で合意し、同月29日、C個人の口座に3000万円を支払った事実を認めることができるが、証拠《省略》によれば、本件売買契約の締結は、平成18年4月1日付けであり、本件売買契約では、譲渡代金から上記手付金を差し引いた残額を同年6月2日に支払うことが合意されている。そうすると、被控訴人Y1が指摘する事実は、同被控訴人が控訴人の被控訴人Y2に対する債権の発生につき善意であったとの事情になるとしても、本件売買契約の成立の日は同年4月1日と解するのが相当であり、被控訴人Y1の控訴人の本件消費貸借契約に基づく債権が詐害行為取消の被保全債権たり得ないとの主張には理由がない。

(3)  上記認定の事実によれば、平成18年当時、被控訴人Y2がa店、b店のパチンコ・スロット営業以外に営業をしていたことを認めるに足りる証拠はないところ、被控訴人Y2は、平成18年1月末ころから、被控訴人Y1との間で、a店、b店を設備と営業権を含めて売却する話を進め、同年3月末には、被控訴人Y1との間の合意内容がほぽ確定し、被控訴人Y2がパチンコ営業から撤退する段階にまで至っていることは明らかであったにもかかわらず、控訴人に対して、別件でc社に作成させた店舗改装工事の見積書を提示して、店舗改装資金(バックヤード部分の設備の更新)に使用するためと虚偽の事実を述べて、1億3000万円の本件金銭消費貸借契約等を締結させた上、被控訴人Y1との間の合意に従い、同年4月1日には本件売買契約を、同月4日には本件会社分割契約を締結して、その営業資産を流出させたものということができる。したがって、被控訴人Y2の代表者であるCは、本件消費貸借契約を締結する際に、本件売買契約を締結すれば、被控訴人Y2が物的資産を喪失するのみならず将来の収入を得ることが困難となって借入金の返済原資がなくなることを認識しながら、あえて本件売買契約を締結したものであるから、本件会社分割が無効であったとしても、本件売買契約の締結当時、同契約は客観的に見て被控訴人Y2の債権者らを害するものであり、被控訴人Y2には詐害の意思があったということができる。

(4)  そこで、被控訴人Y1の善意について検討する。

ア 上記(1)で認定した事実によれば、①本件売買契約の履行として、被控訴人Y1は、被控訴人ら代表者の父による物上保証に係る債務及び本件の2店舗の営業に関わると推測される債権者に対する債務処理を引き受けており(キ)、他に被控訴人Y2の事業に係る借入れがあったとしても、銀行等の金融機関からの借入れについては、通常は、相応の担保の提供等がされていると期待することも不合理ではないこと、②被控訴人らの代表者は兄弟であるが、各事業の提携関係や相互に親密な交流はなく、①記載の明示された債務以外については、被控訴人Y1において被控訴人Y2による通常の処理が可能と考えたことが不合理とはいえないこと、③被控訴人Y2の控訴人からの借入れは、本件売買契約、本件会社分割契約の内容が実質的に確定した後、契約締結の直前に、抜け駆け的に実行されているものであり、被控訴人Y2が控訴人から借受けをし、その後も別件でc社に作成させた領収書(《証拠省略》)を示して借入目的の正当性を装い、さらに、Cは、Eに控訴人に対する返済金を預けるなどした後に消息不明になっている(ケ)という経過からすると、控訴人からの借入は積極的な欺罔行為によるものと評価できるが、独自に控訴人と取引のある被控訴人Y1がこのような事態に関わる合理性は認められず、上記時間経過に照らし被控訴人Y1が控訴人と被控訴人Y2との本件の取引を認識していたとは認められないこと、④本件売買契約の代価の決定は経済的な合理性を有するものと認められること(エ)からすると、被控訴人Y1は、本件売買契約の締結によって、被控訴人Y2の一般債権者を害する結果が生じることまでは知らなかったとの認定するのが相当である。

イ ②に関して、控訴人は、CとBが兄弟であること、被控訴人Y2と被控訴人Y1とは同一人を顧問税理士としていたことから、被控訴人Y1は、本件売買契約、本件会社分割契約の締結によって、被控訴人Y2の一般債権者を害する結果が生じることを知っていた旨の主張をする。

しかし、上記(1)で認定した事実、証拠《省略》、原審証人D及び原審における被控訴人Y1代表者本人によれば、(ア) CとBの兄弟は、盆暮れのつきあいがある程度で兄弟として特に親密な関係にはなかった、(イ) 被控訴人Y1は、被控訴人Y2からa店、b店の設備と営業を買い受けることとしたが、被控訴人Y2の事業全体を引き受ける意図はなかった、(ウ) 被控訴人Y2の代表者であるCは、被控訴人Y1代表者やDに対し、a店とb店を被控訴人Y1に引き受けてもらいたいのは、経営が面倒であるとか他の事業をやりたいためであるなどと話していた、(エ) 被控訴人Y1は、上記のとおり、被控訴人Y2の代表者からの説明によって、被控訴人Y2がa店、b店を被控訴人Y1に譲渡した後にも事業をやめるわけではなく、他の事業を継続するのであろうと思っていたので、被控訴人Y2の資力、債権者、負債の金額等を精査することは考えておらず、被控訴人Y1が重畳的に引き受けたもの以外に被控訴人Y2の債務が存在するか否かについては関心を持たなかったとの事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

これらは認定事実によれば、被控訴人Y1は、同社が引き受けるa店、b店の営業に関係する負債にのみ関心があり、それ以外の被控訴人Y2の債権者については関心を有していなかったと認められる。さらに、被控訴人Y1は、資本金が1億円の株式会社であり、本件会社分割の前においてもパチンコ・スロット店を東京都や神奈川県内に5店舗を経営する相応の規模の会社であって、被控訴人Bの個人会社という規模ではなく、契約締結に当たっての交渉は専務取締役であるDが主として担当していたこと、被控訴人Y1としては、本件会社分割とほぼ同時期に、他に三社から会社分割を受けて店舗数を拡大する経営をしており、本件も被控訴人Y1における店舗数拡大計画の一環として行われたものと認められることからすると、CとBの人的関係を考慮しても、直ちに被控訴人らが被控訴人Y2が債権者に債務の弁済をすることができなくなることを知りながら、被控訴人Y2と意思を通じて本件会社分割契約等を締結したとまでは認定することはできない。また、税理士は、守秘義務を負うのであって、顧問先であるからといって、同族関係その他の営業上の提携関係のない法人の情報を漏洩することが当然とは解されない。

ウ ④に関して、控訴人は、a店、b店の有機的組織的一体としての営業の価値は、約6億5500万円から8億円程度であるのに、本件売買契約の売買代金が約4億4580万円というのは、事業価値の約55~68%に過ぎないから、対価の相当性が認められないと主張し、証拠《省略》を提出する。

しかし、収益還元方式による評価は当該資産によって従前と同一の経営が継続され、同様の収益が得られることを前提とするところ、本件においてこの前提が採用できるかも疑問であり、また、本件での事業継続価値は有効な営業ノウハウを有する営業者による経営と営業許可による場所的利益を含むものであるが、詐害行為として取り消すべき本件売買契約の代価の評価方法として疑問がある上、これを置いても、証拠《省略》によれば、パチンコ・スロット事業については、業態・規模・顧客基盤等が類似する会社や取引事例の収集及び選定が困難であることが認められ、さらに、評価額の算定においても平成17年9月期の決算書の数値を基礎として求めた税引後営業利益から算定しているが、決算書等の妥当性については検証していない。他方、原審証人D及び原審における被控訴人Y1代表者によれば、a店、b店を売却したいということは2店舗の営業が苦しいために売りに出したということであり、また、被控訴人Y1は、本件の2店舗の営業を開始するに当たり、1億1639万円の費用を支出していること(ク)からすると、証拠《省略》が依拠する平成17年9月期の決算書の数値を基礎として収益還元方式による評価額をもって、パチンコ・スロット営業を専門にしてきた被控訴人Y1のした本件売買契約の対価の相当性を覆すに足りると認めることができない。

4  以上によれば、控訴人の被控訴人らに対する請求のうち、本件会社分割契約の無効を求める請求は理由がある(控訴の趣旨3(2)は予備的請求であり判断を要しない。)が、その余の請求には理由がない。これと異なる原判決を取り消し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 小野洋一 大寄麻代)

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