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東京高等裁判所 平成21年(ラ)1534号 決定 2009年10月20日

抗告人

X

同代理人弁護士

畠中孝司

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨は、原決定を取り消し、本件を東京地方裁判所に差し戻すとの裁判を求めるものと解され、その理由は、別紙「執行抗告理由書」《省略》記載のとおりである。

第2事案の概要

1  抗告人は、A(平成19年9月7日死亡。以下「亡A」という。)の葬儀にかかった費用を葬儀社に支払ったとして、民法309条1項、306条の葬式費用の先取特権に基づき、亡Aの相続人であるBほか2名を債務者とし、各債務者らが相続により法定相続分に応じて亡Aから取得した、第三債務者株式会社ゆうちょ銀行に対する貯金債権及び利息債権の差押命令を東京地方裁判所に申し立てた(同裁判所平成21年(ナ)第594号)。また、抗告人は、本件における被担保債権が、抗告人の亡Aに対する葬式費用債権をその相続人の法定相続分に応じて分割したものであり、抗告人は亡Aの葬儀等にかかった費用を葬儀社に支払ったので上記債権を有している旨主張した。

2  原審は、民法309条1項の葬式費用の先取特権は、債務者である死者のためにされた葬式費用のうち相当な額について、債務者の総財産である遺産の上に存在すると解されるところ、そのためには、抗告人が葬式費用として生じた被担保債権を有していることが必要であるとした上、抗告人が主張する上記債権の法的な根拠が明らかでないとし、かつ、一件記録によれば、抗告人は、亡Aの葬式を喪主として行い、葬儀社であるa株式会社に対し、その費用として67万3272円を支払ったことが認められるところ、この事実関係によれば、抗告人は、上記葬儀社との間で亡Aの葬式に関する契約を締結して、その費用につき自己の債務として上記金員を弁済したというべきであるから、抗告人が亡A又はその相続人に対し、葬式費用債権を有していると認めることはできず、他にこのことを認めるに足りる証拠はないとし、その余の点について判断するまでもなく、本件申立てには理由がないとして、これを却下した。

これに対し、抗告人が本件抗告をした。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も、抗告人の申立てには理由がないと判断する。その理由は、次のとおりである。

2(1)  民法309条1項、306条の葬式費用の先取特権は、債務者のためにされた葬式費用のうち相当な額について、債務者の総財産の上に存在するとされる。その立法趣旨は、葬式が善良の風俗ないし国民道徳の要求するところであり、死者の社会的経済的地位にふさわしい葬式は、死者の人間性をも尊重するゆえんであると考えられるところから、葬式費用に関する債権を保護することによって、葬式を執り行うことを容易にするところにあると考えられる。そして、この先取特権を有する債権者は、債務者のために直接葬式の費用を支出した者であることを要するが、自ら葬式に必要な物品又は労力を提供したと、他人をして物品又は労力を提供してその費用を支払ったとを問わないから、葬儀社のみならず、葬儀社に費用を立替払した者も、債権者としてこの先取特権を有すると解される。

しかしながら、一件記録によると、抗告人は、自ら喪主として葬儀社との間で亡Aの葬式に関する契約を締結して、その費用につき自己の債務として上記費用を支払った者であるから、葬儀社に費用を立替払した者でないことは明らかである。

(2)  抗告人は、当審において、亡Aを扶養する義務などないから、葬儀を行う義務なく、他人(亡A)のために葬儀を行い、その費用を負担したのであるから、同法697条1項及び同法702条1項を類推して、亡Aに対し、有益費償還請求権を取得しているとして、これを被担保債権として、亡Aの総財産につき葬式費用の先取特権が成立しているとの主張を追加した。

しかしながら、同法309条の先取特権は、公示方法なくして優先的な権利を認めるものであるから、拡張解釈はすべきではない。そして、同条1項の「債務者」とは死者自身を指すものと解されているところ、葬式費用の債権者は、本来的には葬儀社であって、「債務者」の総財産である遺産の上に相当額について先取特権を有することになるが、葬儀社に費用を立替払した者は、債権者(葬儀社)に代位することもできる立場にあり(同法499条1項)、やはり先取特権を有すると認めるべきである。これに対し、喪主として葬儀社と葬儀に関する契約をした者が葬儀社に支払った費用については、その喪主自身のために、死者の総財産に先取特権が成立するとは解し得ない。

したがって、抗告人が、亡Aに対して有益費償還請求権を取得しているとの主張は、理由がない。

3  以上によれば、本件申立てを却下した原決定は相当であるから、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大橋寛明 裁判官 辻次郎 見米正)

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