東京高等裁判所 平成21年(ラ)1883号 決定 2010年3月08日
抗告人(相手方)
Yカントリークラブ株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
松平久子
相手方(申立人)
有限会社X
同代表者取締役
B
同訴訟代理人弁護士
湊弘美
主文
一 原決定を取り消す。
二 相手方の本件申立てを却下する。
三 申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。
理由
第一抗告の趣旨及び理由
一 本件抗告の趣旨
主文同旨
二 事案の概要
抗告人は、原決定別紙物件目録記載の各土地(以下、それぞれ「本件一土地」ないし「本件九土地」といい、合わせて「本件各土地」という。)につき、昭和四〇年代に、所有権者との間でそれぞれ期間を二〇年とする賃貸借契約を締結し、本件各土地及び周辺の広範囲の土地を使用してゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)の経営を始めたものであり、これら本件各土地に係る各賃借権(以下、合わせて「本件賃借権」という。)については、本件一土地及び七土地は昭和四六年五月七日、本件二ないし四土地は昭和四五年一〇月五日、本件五土地は同月三一日、本件六、八及び九土地は昭和五〇年一二月一五日にそれぞれ賃借権設定登記を経由していた。その後、本件各土地について、所有権者が平成一七年に抵当権(以下「本件抵当権」という。)を設定し、平成一八年一月一七日に抵当権設定登記を経由していた。そして、平成一八年五月二日、抗告人と所有権者との間で、本件賃貸借について存続期間を同日から二〇年間とする旨の二回目の合意更新がされ、同年六月二八日に賃借権変更の登記を経由したが、この際に本件抵当権の抵当権者の承諾がとられることはなく、この賃借権変更登記は上記賃借権設定登記の付記登記とはされなかった。平成二〇年八月一八日、本件抵当権に基づき担保不動産競売の申立てがされ、同月二〇日に競売開始決定がされて、所定の手続を経て、平成二一年七月二九日、一五八八万円という最高価買受けの申出をした相手方に対し売却許可決定がされ、その後、同年九月一五日に代金が納付されて、同月一七日に登記も完了した。
相手方は、平成二一年九月一五日、抗告人に対し、本件各土地の引渡を求める不動産引渡命令の申立てを行い、同月一六日にこれを認める原決定がされたところ、抗告人から、本件執行抗告がされたものである。
三 本件抗告の理由
本件抗告の理由は、要旨、次の三点である。
(1)(本件賃借権と本件抵当権の優劣について)
本件各土地について、本件賃借権と本件抵当権との優劣は、賃借権の更新に係る変更登記と抵当権の設定登記との先後によるべきではなく、賃借権の設定登記と抵当権の設定登記との先後によるべきである。すなわち、本件では、多額の資本が投下され長期的な営業が行われるゴルフ場の土地の賃貸借であり、このような賃貸借は当然に更新が予想され、土地所有者にあっても期間満了を理由に更新拒絶、土地明渡を当然には求められないと考えられるから、抵当権との関係でも、賃借権の設定登記が先行する以上、賃借権者は抵当権者ないし買受人に対抗しうるものと解すべきである。
(2)(権利濫用について)
相手方は、本件各土地が抗告人の経営する本件ゴルフ場のコースの一部として使用されていることを知りながら、本件各土地の競売に参加し、最高価買受申出人となった開札日の翌日から、抗告人に対して本件各土地を買い取るよう求め、落札額の七~八倍で買い取らなければ、暴力団等に転売するとか、ゴルフ場の営業ができないよう妨害するなどと申し向けて買取りを迫った。しかし、抗告人がこれに応じなかったため、本件引渡命令の申立てがされた。これは、引渡命令を本件各土地について不当に高額な価格で買取りを迫るための手段として利用しているものであり、権利濫用ないし信義則違反に当たるから、本件申立ては却下されるべきである。
(3)(対象物件の特定について)
本件各土地は、山林を造成した本件ゴルフ場内に点在し、明確な物件所在地、形状等が不明である。目的土地の特定が不可能であるから、引渡命令の申立ては却下されるべきである。
四 相手方の主張
(1)(本件賃借権と本件抵当権の優劣について)
借地借家法の適用がある借地権については、同法の規定により、建物が存続する限り賃借人の更新請求権が認められており、したがって、借地借家法の適用がある借地権が設定されている土地に抵当権を設定した抵当権者は、その借地権が更新されることを予定して、そのような負担がついた土地の交換価値を把握している。しかし、借地借家法の適用がない賃貸借契約においては、期間満了時に、賃借人に強力な更新請求権が認められてはおらず、当然に更新がされるわけでもないから、抵当権者は期間が満了すれば賃借権の負担はなくなるものと予定しているのである。したがって、借地借家法の適用がない賃貸借については、賃借権設定登記がされた最先の賃借権といえども、その更新の効果を更新前に設定登記を具備した抵当権に対抗することはできない。このことは、本件各土地がゴルフ場の一部であることをもって別意に解することはできない。
(2)(権利濫用について)
引渡命令は、簡易迅速な手続によって買受人の保護を図ることが目的とされるから、多くの間接事実の有無を認定した上で、それらを総合的に評価して判断しなければならない権利濫用や信義則違反については、一見明白に権利濫用であるような場合を除いて、その手続内で判断すべきではない。なお、相手方が本件各土地を転売する目的で競落したとしても、そのことをもって権利濫用とされるいわれはなく、抗告人に買取りの打診をしたとしても同様である。相手方は、本件賃借権が抵当権に対抗できない賃借権であることにつき物件明細書の記載を信じて競売に参加したのであり、そのような相手方の引渡命令の申立てを権利濫用ないし信義則違反とすることは、競売制度への信頼をゆるがせ、抗告人に不当な利益を与えることになる。
(3)(対象物件の特定について)
本件各土地の所在地や形状等を直ちに明らかにすることは難しいが、そのことが引渡命令を却下すべき理由となるものではない。
第二当裁判所の判断
一(本件賃借権と本件抵当権の優劣について)
借地借家法の適用がある借地権については、最先の借地権が対抗要件を具備している以上、その更新の効果を抵当権者に対抗することができると解されるが、これは、借地借家法が、借地権の更新について建物が存続する限り原則として更新を認める定めとなっているからである。これに対して、本件賃借権のように借地借家法の適用がない賃借権については、賃借権の更新に先だって対抗要件を具備した抵当権との関係は、本来の原則どおりに、最先の賃借権として対抗要件を具備していたとしても、更新時に同抵当権者の承諾を得て付記登記がされている場合でなくては、存続期間の更新の効果を同抵当権者に対抗することができないと解すべきである。このことは、ゴルフ場の一部を形成する本件各土地においても同様に解すべきである。
したがって、この点についての抗告人の主張は採用することができない。
二(申立権の濫用について)
(1) 不動産引渡命令は、執行手続内で、買受人の申立てにより、執行裁判所が、債務者・所有者及び一定の要件のある占有者に対し、競売不動産を買受人に引き渡すべきことを命ずることができるようにした制度であり、平成八年の改正において、競売手続における執行妨害行為を適切に排除できるようにすることを目的として、実体面で相手方となるべき者の範囲が拡大され、手続面で審尋を要する者の範囲に変更が加えられるなど、適正かつ迅速な競売手続の遂行のための改正が行われて現在に至っている。
このように、不動産引渡命令は、簡易迅速な手続によって買受人の保護を図るものであるが、他の手続と同様に申立て権能の濫用が許されないことはいうまでもない。もっとも、不動産引渡命令の申立て権能の濫用の審査は、その手続の簡易迅速性の要請から、その評価を基礎づける多くの事実の有無を認定・評価して判断することは必ずしも相当とはいえない。そうすると、執行裁判所及び抗告審裁判所としては、一件記録から一見明白に申立権の濫用が認定・評価できるような場合に、そのように判断していくことが相当と解される。
(2) 本件においては、一件記録(抗告人が抗告審において提出した「相手方代表者から抗告人代理人にかけられた電話の通話記録」等の資料を含む。)によれば、次のような事実を容易に認めることができる。
ア 本件各土地は、抗告人が経営する総面積六二万m2を超える本件ゴルフ場のコースその他の用地に点在する合計七三五〇m2の雑種地(現況)であるが、周囲の土地と一体として本件ゴルフ場用地を形成しており、本件各土地の境界及び形状を明確に確認することはできず、本件六土地を除いて公道にも接していない。本件各土地の一帯は、昭和四〇年代に入ってゴルフ場として造成工事が行われ、抗告人が各土地の所有者から賃借し、昭和四三年の本件ゴルフ場オープン以降、四〇年以上にわたって、抗告人がゴルフ場用地として一体として使用してきたものであり、本件各土地については上記「事案の概要」に記載のとおり、それぞれ賃貸借契約がされ、賃借権設定登記がされ、更新されてきたものである。
イ 相手方は、本件各土地の競売手続の入札に参加し、平成二一年七月二二日の開札期日において、入札価格一五八八万円で最高価買受申出人となったところ、相手方代表者は、翌二三日、本件ゴルフ場の支配人等に電話をかけて、本件各土地は相手方が落札したが、抗告人はどうするつもりか話し合いたい旨申し入れ、支配人等は抗告人の本社で対応する旨応答した。
ウ 平成二一年七月二三日、相手方代表者は、抗告人資産管理部に電話をかけ、要旨、抗告人の方から本件各土地の落札者である相手方に挨拶がないのはどうしてか、他のゴルフ場の土地を落札したときには、落札の当日に連絡してきていくらで売っていただけますかと問い合わせてきたが、そのようにするものなのだ、相手方としては本件各土地を賃貸するつもりはなく、坪当たり五ないし六万円で売却したいと考えており、抗告人として買い取るかどうか早く返事をよこすよう、ゴルフ場は人気商売なのだから揉め事にならないうちに解決した方がよいなどと申し向けたが、抗告人担当者は、社内で検討する旨応答した。
エ 翌二四日も、相手方代表者は、抗告人資産管理部に電話をかけ、要旨、本件各土地を五〇〇〇万円で買いたいという買い手が現れ、早期に売れるならばと考えないでもない、相手方としては坪五ないし六万円での売却を考えており、抗告人はいくらで買いたいのか二ないし三日のうちに返事をしろなどと申し向けたが、抗告人担当者は、社内で検討する旨応答した。
その後も、相手方代表者から抗告人資産管理部に電話があったが、同月三〇日には、抗告人から相手方に、今後の窓口は代理人の松平久子弁護士となる旨連絡した。
オ 同月三〇日、相手方代表者は、抗告人代理人の松平久子弁護士に電話をかけ、次のように申し向けるなどして、抗告人において本件各土地を買い受けるよう求めた。
(ア) 「我々も商売ですから、資金的なものもいろんなとこから引っ張ってきてますんでね、やっぱり商売、商売でもってやっぱりやらなければならないとこですから。ある団体からも、(中略)一応五〇〇〇万円で買い受けたいって形で来たんですが、そういうとこにやっちゃうと、うちがそこの企業舎弟みたいなこと思われちゃうといけないんで、それはちょっとお断りしてるんですけどね。」などと申し向け、抗告人が買い受けなければ、暴力団関係者に本件各土地を売却しかねない旨述べた。
(イ) 「aカントリーが同じようなこと出ましたね。」「ティーグランドのところだったんですが、それだけだって三〇〇坪でやっぱり(入手した価格が)六〇〇万くらいですよ。」「それを売却したのが一六〇〇万ですから。」「bカントリーの場合も同じことなんでね。あのときだって坪七万くらいで買っていただいたんですよね。」「提案ですから、だから請求じゃないですよ、これは、私どものあくまで希望であって、だから今挙げられたaカントリー七万とか、bカントリー七万六万とかっていう数字の金額から四、五万、五、六万だろうなって話をしただけのことですから。」などと申し向け、抗告人に対し本件各土地を高額で買い受けるよう暗に要求した。
(ウ) 「倍ぐらいしか出せないということですか。」「あー、それじゃもう話にならないですね。」「私どもは、だから、もう良いですよということで、じゃあ使用停止の仮処分でもかけるしかないかなと、あと、実力でバリケードをやるしかないなと思ったんですよね。」「民事で争えばね、時間かかるけど、主張することについてはあれだっていうことで判決が出ると思いますけども、現実に、あのとりあえず、バリケード一日でも二日でもやること自体はね、あのやぶさかではないことですよ。」「プレーしてて、その中でやっていけば別に問題ない。やり方はいくらでもあります、先生。」「現実にそういったことが問題になっちゃったときに、ゴルフ場として運営できなくなるわけですから。」「逆に言えばヘリコプターでやっちゃってもいいわけですよ。着地してもね。」などと申し向け、抗告人が高額で買い受けなければ、バリケードを作るなど実力行使をしてゴルフ場の営業を妨害しかねない旨述べた。
(エ) 「私も、ちょうど、Y(本件ゴルフ場)のメンバーの人、何人か知っているんで、まだそういった話してないんですよ。話してからだと、また噂になっちゃうとまたまずいんでね。」「そういったことがマスコミに知られれば、表出ちゃったときには、サントリーオープンとか何とかってこと支障をきたしてくるじゃないですか、実際には。」「ゴルフ場やってると、人気商売みたいなもんですからね。そういう風評とかあれが一番怖いんです。会員権相場にすぐに跳ね返ってきますからね。」などと申し向け、本件ゴルフ場に係る芳しくない風評を流して抗告人の信用を毀損しかねない旨述べた。
カ 抗告人が、相手方の希望する価格で本件各土地を買い取らなかったことから、相手方は、平成二一年九月一五日、抗告人に対し、本件各土地の引渡を求める本件不動産引渡命令の申立てを行った。
同月一六日、相手方の申立てを認める原決定がされたところ、抗告人から、本件執行抗告がされた。
(3) 以上のような事実によれば、相手方は、本件各土地を、長期にわたって賃借しゴルフ場の一部として使用している抗告人に対して、落札価額より著しく高額な価格で売却しようという意図の下、抗告人に高額での買取りを要求し、抗告人が買い受けないならば、暴力団関係者への転売、実力行使による営業妨害、風評の流布等を行いかねない旨申し向けて買取りを迫っていたものである。
もとより、競売手続で競落した不動産を他者に転売して利益を得ることは適法かつ相当な行為であり、そのために買取交渉を行うこともそれ自体は適法かつ相当な行為である。しかしながら、上記認定のような相手方の行為が買取交渉において社会通念上許容される限度を大きく逸脱していることは多言を要しないところであり、さらに相手方が本件各土地を使用することは実際には想定されないから、本件不動産引渡命令の申立てについても、買取交渉を有利に運ぶための手段として申立てられたものであることが一見して明らかというべきである。そうすると、上記事実関係の下において著しく不相当な買取交渉がされてきた本件において、その延長線上のものとしてされた本件不動産引渡命令の申立ては、不当な目的を有するものとして、申立権の濫用に当たると評価すべきである。したがって、本件不動産引渡命令の申立ては、不適法なものであり、これを却下するのが相当である(このことは、相手方の本件各土地の所有権者としての権利について云々するものではなく、あくまでも、本件申立てがその権能の濫用に当たると評価するものであることを念のため付言する。)。
三 以上によれば、相手方の本件引渡命令の申立ては却下するのが相当であり、これと異なる原決定は取り消されるべきである。
よって、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 柴田秀 垣内正)