東京高等裁判所 平成21年(ラ)410号 決定 2009年7月07日
抗告人(相手方(担保権者))
株式会社Y銀行
代表者代表取締役
A
同代理人弁護士
近藤基
同
吉田礼明
相手方(申立人(再生債務者))
X株式会社
代表者代表取締役
B
同代理人弁護士
片山英二
同
佐々木英人
同
加藤寛史
同
藤松文
同
網野精一
同
松本卓也
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
第1抗告の趣旨
(1) 原決定を取り消す。
(2) 本件申立てを却下する。
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は、相手方を再生債務者とする基本事件たる民事再生事件において、相手方が、原決定別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)に設定されている、抗告人を抵当権者とする原決定別紙担保権・被担保債権目録記載の抵当権(以下「本件抵当権」という)の消滅許可の申立てを行ったのに対して、原審が、本件土地は相手方の事業の継続に欠くことができないものであると認められるとして、これを認容する原決定をしたので、抗告人がこれを不服として即時抗告したものである。
2 抗告の理由
本件抵当権の担保目的物である本件土地は、相手方の販売用の資産すなわち商品であるから、民事再生法148条1項に定める「当該財産が再生債務者の事業の継続に欠くことができないものであるとき」には当たらず、したがって担保権の消滅許可は行い得ないものである。すなわち、この条文は、会社更生法104条1項と異なり、その文理上、当該財産そのものが事業の継続に不可欠であることが要件となっていると解され、それが立法者の意思にも合致するものであり、また、民事再生手続では、会社更生手続と異なり、担保権者は別除権者として民事再生手続によらずに担保権を実行して被担保債権を回収できるのが原則であるから、担保権消滅許可の制度が担保権者に不当に不利益を及ぼすことがないよう、同消滅許可の要件は限定的に解釈すべきものである。
そして、本件においては、相手方は担保権消滅許可の制度を利用して廉価で担保権を消滅させて利ざやを得ることを意図し、この利益をもって事業の継続を図ろうというのであるから、担保権消滅許可の制度の趣旨にもとるのであり、担保権消滅を許可することができないのは明らかである。
3 相手方の主張
相手方の営む戸建分譲事業は、仕入れ先から土地を仕入れて、その上に建物を建築し、土地と建物を一体として顧客に売却するという一連のものとして構成されているものであり、土地に設定された担保権が実行された場合には、そのような事業の連鎖が絶たれることになり、事業の継続が不可能になることは明らかである。相手方が不動産市場で信用を維持し、事業を継続するためには本件土地の担保権の消滅が不可欠である。
第3当裁判所の判断
1 事実関係
一件記録によれば、相手方の事業の状況等について以下の事実を認めることができる。
(1) 相手方は、平成6年に設立され、次第に事業を拡大し、主に東京都、神奈川県及び埼玉県内において、戸建分譲、マンション分譲及び不動産賃貸等の事業を展開してきたが、平成19年に始まる金融市場の混乱の影響を受けて業況が芳しくなくなり、平成20年3月ころからは資金繰りにも窮するようになって、同年8月26日、東京地方裁判所に対し、民事再生手続開始の申立てを行い、同年9月4日、民事再生手続開始決定がされて、民事再生手続の途上にある。
(2) 相手方の中核事業である戸建分譲事業は、相手方が、用地の仕入れから企画、設計、施工までを自社で行い、金融機関からの借入金によって用地を取得した上で、1用地につき3~4棟程度の住宅建物を建築し、土地付き戸建として販売するというものである。
上記資金繰りに窮する以前の時期における具体的な事務の流れは、相手方は戸建分譲に適した用地を見つけると、建築予定建物の戸数、床面積等の物件概要、工事原価、販売目標額等の資金計画及び販売引渡までのスケジュール等を検討して事業計画書にまとめ、地主との間で用地売買契約を締結した後、取引金融機関の1社に対し、同事業計画書を提示し、同計画の用地代金相当額の融資の申し入れを行い、これを受けた金融機関は、上記事業計画書から当該企画の妥当性等を検討し、2~3週間程度で融資に応ずるかどうかの返答を行っていた。そして、金融機関と合意した内容につき金銭消費貸借契約及び当該土地への抵当権設定契約を書面にし、その後、同一期日に、融資の実行、土地代金の支払い、土地所有権の移転登記、抵当権の設定登記を行うのである。
(3) 戸建分譲においては、1用地が3~4程度に分筆されて各区画に建物が建設され、各区画毎に順次顧客に売却されることになるのが通常である。そうしたことから、上記の融資が行われる際、金融機関と相手方との間では、いずれかの区画が売れたときには、相手方は、売却された区画毎にその販売代金のうち土地相当分を当該用地に係る融資全額の一部として返済し、金融機関は、これをもってその区画の抵当権の抹消登記を行うこととする旨合意されており、各区画毎の返済額については、土地面積按分、販売価格按分等の方法により融資の時点で具体的に申し合わせられていた。
(4) 戸建分譲においては、用地取得からおおむね6~12か月で販売引渡を行うことが多く、相手方は、ある区画に買い手がついた場合、顧客との間で売買契約を締結し、当該用地取得に融資を行った金融機関に対し、同契約の契約書の写しを交付して、上記融資の時点での申し合わせに沿って一部返済を行うので同区画の抵当権の抹消登記手続を行うよう申し入れ、金融機関はこれに応じ、顧客への当該土地建物の所有権移転登記と同時に、抵当権の抹消登記を行っていた。
何らかの事情で途中で計画の変更が必要となり、区画数を増減することとなった場合や、販売までに予定より長期間がかかることとなった場合には、相手方は当該金融機関に事情を説明し、区画ごとの返済額の割り振りの変更や返済期日の変更について協議を行い、ほぼ例外なく両者間の協議が調い、相手方はこれにしたがって返済していた。この間、相手方は、いずれの金融機関からも抵当権を実行されたことはなかった。
相手方は、用地取得のための借入金は分譲区画の売却代金から返済し、別に自社の事業資金を充てることはなく、ただ、借入金の利息については、売却代金からではなく、別に事業資金から弁済していた。
(5) 平成20年初めまでは、相手方は、当初事業計画の販売価額で売却することができていたが、同時期以降、不動産市況の悪化により、計画の価額に満たない額で売却せざるを得ない例が生じるようになった。そこで、相手方は、建物分の自社の取り分を減らして、金融機関に対して融資時の申し合わせどおりの返済を行っていたところ、次第に資金繰りに窮するようになり、上記のとおり民事再生手続開始の申立てを行うこととなった。
(6) 民事再生手続開始決定後の平成20年9月8日、相手方は、金融機関に対する説明会を開催し、金融機関の有する別除権の取扱いについて次のとおり提案を行った。すなわち、戸建分譲の用地取得に融資を受けた事案については、計画の進行段階に応じて区分し、上記開始決定までに建物が完成している案件については、金融機関への返済は、土地の鑑定評価額(早期処分を前提とした場合には相応の減額を行わなければ買い手を見つけることができない点に着目した減価修正(早期売却市場減価)を行わない価額とする。)から売却諸費用等の土地相当分(売却諸費用総額を土地の鑑定評価額と建物の鑑定評価額の割合で按分したもの。)を控除した価額の85%相当額とする(ただし、土地及び建物の鑑定評価額の合計より高額に売れた場合には、超過した額の50%を土地の鑑定評価額を上限として加算し、逆に低額にしか売れなかった場合には、下回った額の50%を減額する。)という提案であった。
(7) これに対して、各金融機関の対応は、この提案に同意するもの、提案には同意しないが個別の案件については応諾するもの、全く応諾しないものと区々であった。その中にあって、抗告人は、従来の取扱いと同様に各区画の買い手が付いたつど返済を受けて抵当権の抹消登記を行うこと、不動産市況の状況によっては客観的な土地価額の限度の返済で抵当権の抹消登記を行うことには同意できるが、上記提案で、原則的な場合についていえば土地鑑定評価額の15%の減額となる点は、その分はいわば相手方の事業継続のために資金協力するものであることから、これには同意できないと考え、上記提案に沿った個別案件にも全く応諾しないとの立場を取った。
相手方は、担保権を有する金融機関に上記提案への同意を強制することはできないことから、多くの金融機関が提案を受け入れないときには、別除権の認められる民事再生手続では再生は難しいから、会社更生手続への移行も視野に入れていたが、相当数の金融機関から相応の応諾が得られるとの感触を得たので、基本的に上記提案に沿って民事再生手続を続行することとした。
(8) 本件土地は、相手方が、上記の戸建分譲事業の一環として、抗告人から1億6000万円の融資を受けて戸建分譲の用地として購入し、資金繰りに窮する以前の平成20年2月4日、所有権の移転登記を行い、同時に抗告人が抵当権の設定登記を行った土地を、その後、3筆に分筆したものの一つである。本件土地には、木造2階建ての住宅建物が建築され、同年6月ころ完成し、その後、同年9月、具体的に買い手が付いて、相手方が行った本件土地及び上物建物の鑑定の評価額合計を超える額で売買契約が締結された。そこで、相手方は、同年10月、抗告人に対し、上記提案に沿った計算を行った額を返済する旨申し入れて、本件抵当権の抹消登記手続を求めたが、抗告人は、上記提案に沿った申し入れには応諾できないとして、これに応じない態度であった。
(9) その後、相手方と抗告人との間では、本件個別案件の解決のために協議が行われることもないまま、相手方は、同年11月27日、東京地方裁判所に対して、担保権消滅許可の申立てを行い、同年12月10日、原決定がされたものである。
相手方は、上記申立てにおいて、担保権消滅の場合の本件土地の価額について、上記の早期売却市場減価による減価修正30%を行った価額をその価額として提示したが、抗告人は、法定の期間内にこの価額に異議があるとして価額決定の請求を行い、同事件は再生裁判所に係属している。本件原決定は、価額についての決着は今後の価額決定請求の手続に委ねることとし、暫定的に相手方の主張どおりの価額に相当する金銭を納付させることとして本件抵当権を消滅させることを許可した。
2 判断
(1) 以上のような事実関係によれば、相手方の中核業務である土地付き戸建分譲事業の仕組みは次のように要約することができる。すなわち、相手方は、金融機関からの融資を受けて用地を取得し、同土地に抵当権を設定し、数筆に分筆の上、それぞれ住宅建物を建築し、土地付き戸建住宅として売り出し、買い手が付けば、売却代金から先の融資の返済を行い、抵当権を抹消させて、顧客に土地建物の所有権登記を移転するというものであり、こうした一連の事務の流れにより事業の仕組みが構成され、確立されており、取引金融機関もこれを承知して融資をしていたものである。
(2) 民事再生法148条に定める担保権消滅許可の制度は、民事再生手続においては会社更生手続と異なり担保権者に別除権が与えられるものの、「当該財産が再生債務者の事業の継続に欠くことができないもの」であることを要件(以下、「事業継続不可欠性要件」という。)に、再生債務者等は、裁判所の許可を得て、目的物の価額に相当する金銭を納付して担保権を消滅させることができるとし、これによって、担保権者の利益と事業再生の目的及び一般債権者の利益との調整を図ることとしたものである。このように事業継続不可欠性要件が求められるのは、担保権者は、民事再生手続において、本来別除権者として自由に権利行使ができるところ、これを制約するには、再生債務者が事業再生を図るという民事再生手続の目的を達成するのに必要不可欠な範囲に限定されることが相当であるとされたことによるものと解される。したがって、そのような趣旨で、事業継続不可欠要件を充たす財産とは、担保権が実行されて当該財産を活用できない状態になったときには再生債務者の事業の継続が不可能となるような代替性のない財産であることが必要である。
(3) そのような事業継続不可欠要件を充たす財産として想定されるのは、再生債務者が製造業者であってその工場の土地・建物に担保権が設定されている場合や、再生債務者が小売業者であって店舗の土地・建物に担保権が設定されている場合がその典型例であるが、これらの土地・建物は、事業のために継続して使用することが必要なものであり、いずれも担保権が実行されて当該財産を活用できない状態になったときには、再生債務者の事業の継続が不可能になる代替性のない財産である。
ところで、本件土地は販売用財産であって、上記の典型例のように継続して使用する財産ではないところ、こうした財産にあっても、事業継続不可欠性要件を充たすといえるかが問題となる。この場合、再生債務者の事業の形態には様々なものがあるから、その事業の仕組みに即して当該財産が事業継続不可欠性要件を充たすものか検討することが必要となる。そして、本件においては、相手方の事業は戸建住宅の分譲であるところ、事業の仕組みとして上記(1)で述べたとおり一連の事務の流れが構成されており、その中で分譲すべき戸建住宅の敷地に担保権を設定し消滅させることが織りこまれているのであって、担保権者もこれを了解しているのである。このような場合、敷地に設定された担保権の消滅なくしては戸建住宅を通常の不動産市場で売却して利益を得るという事業の仕組みそのものが機能しなくなり、結局、事業そのものが継続できなくなる蓋然性が高いと考えられる。そうすると、相手方の戸建分譲事業にとっては、その敷地部分に相当する土地は、その担保権が実行されてこれを活用できない状態になったときにはその事業の継続が不可能になる代替性のないものということができるから、本件土地は販売用財産であるけれども、本件担保権を消滅させるための事業継続不可欠要件は充たしているというべきである。すなわち、本件土地は、相手方のような事業の仕組みをとっている再生債務者の事業の継続との関係で代替性がないとみられるから、事業継続不可欠性要件を充足していると解されるのであり、このように解することは、民事再生手続の中で担保権消滅許可の制度が設けられている制度趣旨にかなうものということができる。
(4) なお、事業の継続は、個別取引の繰り返しにより市場の信用を得ることによって可能となるものであることにかんがみれば、当該担保権消滅許可の申立てが再生債務者の事業における複数の個別取引のうちの一部のものに係るものであっても、やはり事業継続不可欠要件を充たすというべきである。
また、抗告人が競売申立てを行えば、本件土地とともに当該戸建住宅が競売市場で売却されることになろうが、抗告人が、本件において、競売申立てを行うかどうかは決められているわけではないし、そもそも民事再生手続は、再生債務者が従前の健全に経営されていたときのように経済社会における事業の再生を図ることを目的としており、本件において、相手方の事業は、競売市場という特殊限定的な市場を対象とするのではなく、通常の不動産市場を対象とする事業としての再生が要請されるものであるから、競売市場で売却されることがあるということが、上記の判断を左右することはないというべきである。
3 さらに、抗告人は、本件においては、相手方は、担保権消滅許可の制度を利用して廉価で担保権を消滅させて利ざやを得ることによって事業の継続を図っており、同制度の趣旨にもとる旨主張する。
しかしながら、民事再生法148条1項は、当該財産の価額に相当する金銭を納付させることと定め、同価額の決定をめぐっては、再生債務者等が担保権消滅許可の申立書に当該財産の価額を記載し(同条2項)、その根拠を記載した書面を提出することとし(民事再生規則71条1項1号)、担保権者は、この再生債務者等の提示した価額に異議があるときには、裁判所に対して所定の期間内に価額決定の請求をすることができ(民事再生法149条1項)、同請求があれば、裁判所は評価人を選任して当該財産の評価を命じ(同法150条1項)、この評価に基づいて財産の価額を決定することとし(同条2項)、この決定に対しては再生債務者等及び担保権者は即時抗告をすることができることとする(同条5項)などの手続が定められている。すなわち、この手続によって価額に係る担保権者の不服に対応し、適性かつ相当な価額が求められるように手続が構成されているのである。そうすると、本件においては、抗告人は、相手方の提示した本件土地の価額が不相当であると思料して、別にこの価額決定の請求を行ったのであるから、価額に係る不服はそちらの手続で主張立証を尽くすべきであり、担保権消滅許可決定に対する即時抗告における主張としては、失当というほかない。
第4結論
以上によれば、本件土地は、民事再生法148条1項にいう事業継続不可欠要件を充たすから、相手方の本件担保権消滅許可の申立てには理由があり、これを認容した原決定は相当であるから、本件抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 柴田秀 垣内正)