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東京高等裁判所 平成21年(行ケ)10号 判決 2011年2月23日

原告

同訴訟代理人弁護士

佐藤和司

被告

海難審判所長 Y

同訴訟代理人弁護士

安達敏男

同指定代理人

鈴木光彦<他5名>

主文

一  広島地方海難審判所が、同庁平成二〇年広審第二〇四号貨物船a丸漁船b丸衝突事件について、平成二一年六月一八日、原告に対し言い渡した原告の三級海技士(航海)の業務を一箇月停止するとの裁決を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨。

第二事案の概要

一  事案の要旨

本件は、海技士である原告において、広島地方海難審判所が同庁平成二〇年広審第二〇四号貨物船a丸漁船b丸衝突事件について平成二一年六月一八日原告に対して言い渡した原告の三級海技士(航海)の業務を一箇月停止するとの裁決(以下「本件裁決」という。)が誤った根拠に基づいてされたものであるとして、その取消しを求めた事案である。

二  前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定することができる事実)

(1)  原告は、昭和五〇年生まれで、長崎県口之津海員学校を卒業し、三級海技士(航海)の海技免状を受有し、貨物船a丸(以下「a丸」という。)に二等航海士として乗り組み、航海中、〇〇時から〇四時(以下、時間は二四時間表示による。)、一二時から一六時までの各四時間、船橋において、操舵に従事する甲板手A(以下「A甲板手」という。)と共に航海当直につき、同船の操船に従事した者である。

(2)  衝突事故(以下「本件事故」という。)の発生

ア 本件裁決の認定にかかる衝突日時

平成二〇年五月三〇日〇〇時三四分丁度(以下、本件事故発生当日については、原則として日付の記載を省略し、時刻のみを表示する。)

イ 本件裁決の認定にかかる衝突地点

備讃瀬戸東部、小豆島地蔵埼灯台から真方位(真北を〇度として三六〇度の分法で示す方位。以下、方位の度数のみをもって表すこともある。)二〇〇度、距離一・五四海里(二八五二m。一海里は一八五二m、以下、一海里を「一マイル」とも表示する。)の地点

ウ 事故態様

a丸の船首と左舷前方から接近中の漁船b丸(以下「b丸」という。)の右舷船体中央部が衝突した事故

エ 船種船名、設備及び当日の状況

(ア) a丸 船籍港は大阪府大阪市、マロックス株式会社及び三徳船舶株式会社共有の総トン数四、四二八トン、全長一二〇m、幅二〇m、深さ一三・九五mで出力七、〇六〇キロワットのディーゼル機関を有し、自動車輸送に従事する鋼製の船首船橋型貨物船であり、乗組員はB船長及び原告外九名、積荷は車両四〇七台他を積載し、平成二〇年五月二九日一七時〇〇分広島港を発し鳴門海峡経由で、愛知県衣浦港に向かっていた。

(イ) b丸 主たる根拠地は香川県さぬき市、C(以下「C」又は「C船長」という。)所有、総トン数四・九トン、長さ一一・一〇m、幅二・九五m、深さ一・一二mで出力四八キロワットのディーゼル機関を有し、船体中央部に操舵室を設けた底びき網漁業に従事するFRP製漁船であり、小型船舶操縦免許を有するCが一人で乗船し、操業の目的で平成二〇年五月二九日一〇時〇〇分香川県鴨庄漁港内の係留地を発し、小豆島南方の漁場に向かい、操業を終え揚網のうえ漁港に向かっていた。

オ 衝突結果 a丸は、船首部及び左舷側に擦過傷を生じた程度であったが、b丸は、右舷側中央部に破口を生じて転覆し、C船長(昭和一二年○月○日生)は溺死した。

(3)  広島地方海難審判所は、平成二一年六月一八日、概要、後記アないしコの事実経過を認定した上、航法の適用につき、両船の船間距離が一・三五海里(二五〇〇m)となった衝突四分前の〇〇時三〇分から一分前の〇〇時三三分の三分間の両船の方位変化が一四度であるので、両船は互いに進路を横切るも衝突のおそれがないから、海上衝突予防法(以下「予防法」という。)一五条の横切り船の航法は適用されず、両船が無難に航過し終えるまでその針路及び速度を保持して進行することにより、新たな衝突のおそれを生じさせないよう注意することが船員の常務であるから、本件は、予防法三八条及び三九条の船員の常務によって律するのが相当であるとし、「本件衝突は、夜間、備讃瀬戸東口において、両船が互いに進路を横切るも衝突のおそれがなく、無難に航過する態勢で接近中、東行中のa丸が、見張り不十分で、前路を右方に横切る態勢で南下中のb丸に対して、右転して新たな衝突のおそれを生じさせたことによって発生したが、b丸が、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。X受審人(以下「原告」という。)は、夜間、備讃瀬戸東口を東行する場合、左舷前方の他船を見落とすことのないよう、左舷前方の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに、同人は、自船は明石海峡ではなく鳴門海峡に向かうので左舷前方の他船に対しては余り気を配らなくても大丈夫と思い、船首方に認めた数隻の漁船の動向に気をとられ、左舷前方の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により、b丸を見落とし、近距離に接近してから同船を初認して驚き、自船の船首方を無難に航過する態勢のb丸に対して、右転して新たな衝突のおそれを生じさせて同船との衝突を招き、自船の船体に擦過傷を生じさせ、b丸を転覆させたほか、C船長を溺水により死亡させるに至った。」として、原告につき、海難審判法第三条の規定により、同法第四条第一項第二号を適用し、三級海技士(航海)の業務を一箇月停止する旨の裁決(本件裁決)を言い渡した。

(事実経過)

ア 原告は、〇〇時二九分、地蔵埼灯台から真方位二四九度、一・九四海里(三五九三m)の地点において、針路を一一六度に定め、甲板手を手動操舵に就け、レーダーを使用しながら一七・五ノットの速力(対地速力、以下同じ。一ノットは時速一海里)で続航した。

イ 原告は、〇〇時三〇分、地蔵埼灯台から二一四度一・七五海里(三二四一m)の地点に達したとき、左舷船首二一度一・三五海里(二五〇〇m)にb丸の表示する白、緑二灯と作業灯を、通常の見張りを行っていれば容易に視認し得る状況にあったが、自船は明石海峡ではなく鳴門海峡に向かうので左舷前方の他船に対しては余り気を配らなくても大丈夫と思い、船首方に認めた数隻の漁船の動向に気をとられ、左舷前方の見張りを十分に行わなかったので、b丸の存在に気付かなかった。

ウ 原告は、〇〇時三〇分わずか過ぎ、レーダーレンジを三海里から一・五海里に切り替えたとき、左舷船首二一度一・三〇海里(二四〇七m)にb丸のレーダー映像を認めたが、この映像は北西に向かうものだと思い、目視による確認を行わなかったので、依然、b丸の存在に気付かなかった。

エ 原告は、その後、b丸が自船の進路を右方に横切るも、その方位が右方に明確に変化して衝突のおそれがなく、このままの針路及び速力を保持して進行すれば、同船が自船の船首方〇・二海里(三七〇m)ばかりを無難に航過する状況にあったが、b丸を見落としたまま接近していたので、このことに気付かなかった。

オ 原告は、〇〇時三三分、地蔵埼灯台から二一二度、一・四〇海里(二五九三m)の地点において、甲板手から地蔵埼の通過時刻を海図室で日誌に記入するので自動操舵に切り替える旨の報告を受けたとき、ふと前方を見て左舷船首七度〇・三四海里(六三〇m)にb丸の緑灯と作業灯を初めて視認した。

カ そして、原告は、b丸が自船の進路を右方に横切るも衝突のおそれがなく、無難に航過する状況で接近していたが、同船を初認したのが近距離に接近してからであったので緊張し、衝突のおそれの有無を判断する時間的な余裕が十分にないまま、〇〇時三三分わずか過ぎ、b丸の船首方を横切るつもりで、探照灯を照射したのち自ら舵を手動に切り替えて右舵一〇度をとったところ、同船の前路に向けて回頭を始め、b丸に対して新たな衝突のおそれを生じさせた。

キ 原告は、〇〇時三三分半少し前、甲板手に右舵二〇度を令するとともに汽笛で長音一回を吹鳴し、〇〇時三四分少し前、b丸が左舷船首至近距離に接近したので衝突の危険を感じ、汽笛で長音一回を吹鳴するとともに右舵一杯を令したが及ばず、a丸は、〇〇時三四分地蔵埼灯台から二〇〇度一・五四海里(二八五二m)の地点において右回頭中、原速力のままその船首が一五〇度向いたところ、左舷船首部が、b丸の右舷中央部に後方から六五度の角度で衝突した。

ク C船長は、〇〇時三〇分、操業を終えて帰航するため地蔵埼灯台から一九〇度〇・九七海里(一七九六m)の地点を発進し、針路を大串埼に向首する二一五度に定め、機関を全速力前進にかけて九・〇ノットの速力で、航行中の動力船が表示する灯火及びヤグラ上に作業灯を点灯し、自動操舵により進行した。

ケ C船長は、発進したとき右舷船首六〇度一・三五海里(二五〇〇m)にa丸の表示する白、白、紅三灯を視認でき、その後同船が自船の進路を左方に横切るも、その方位が右方に明確に変化して衝突のおそれがなく、このままの針路及び速力を保持すればa丸の船首方を無難に航過する状況下、船尾甲板上で漁獲物の整理等を行いながら続航した。

コ C船長は、〇〇時三三分、地蔵埼灯台から一九八度一・三九海里(二五七四m)の地点に達したとき、a丸が右舷船首七四度〇・三四海里(六三〇m)となり、同船の船首方〇・二海里(三七〇m)ばかりのところを無難に航過しようとしたところ、〇〇時三三分わずか過ぎa丸が自船の前路に向けて右回頭を始め、新たな衝突のおそれを生じさせたが、機関を停止するなど衝突を避けるための措置をとることなく進行中、b丸は、原針路、原速力のまま、前示のとおり衝突した。

(4)  本件事故につき、高松海上保安部は、a丸で見張りを担当していた原告とb丸の操船者であるC船長につき、業務上過失往来妨害被疑事件として捜査に着手し、その後、原告は、業務上過失往来危険、業務上過失致死罪の被疑事実につき高松地方検察庁に送致され、同罪名にて略式起訴(以下「本件刑事事件」という。)され、罰金四〇万円の略式命令を受けた。

(5)ア  運輸安全委員会は、本件事故に関し、船舶事故及び事故に伴い発生した被害の原因を究明し、事故防止及び被害の軽減に寄与することを目的として本件事故について平成二一年一〇月三〇日付けで事故調査報告書をまとめた。

イ  この事故調査報告書によると、運輸安全委員会は、原告を含むいわゆる原因関係者からの意見聴取、海上保安庁備讃瀬戸海上交通センターのAIS情報の記録(以下「AIS記録」という。AISとは船舶自動識別装置のことである。)の記録を分析した上、事故発生日時は平成二〇年五月三〇日〇〇時三四分ころ、発生場所は香川県小豆島町備讃瀬戸東航路東口付近(航路外)地蔵埼灯台から(真方位)一九八度、距離二八〇〇m(一・五一海里)付近と認め、気象及び海象などに関する情報、原告の見張り状況に関する情報、b丸の航海計器、機関操作レバー等の状況に関する情報、a丸及びb丸の灯火の表示状況、b丸に対する警告信号及びサーチライトの照射状況、b丸の接近状況等に関する情報、b丸の操業に関する情報等を分析した結果、本件事故につき、以下のとおり分析した。

(ア) 操船状況に関する解析

① a丸は、東航路に沿って航行中、左舷船首の一六度、一・三マイル付近にb丸のレーダー映像を認めたものの、この映像を北上漁船と勘違いし、b丸の航海灯を目視で確認しなかった。その後、左舷船首方二〇度、〇・五マイル付近に前路を右方に航行する態勢のb丸の灯火を認め、b丸に対してサーチライトを照射し、手動操舵に切り替えて右舵約一〇度、さらに右舵約二〇度をとったが衝突したものと考えられる。

② b丸は、小豆島の南方沖の漁場で僚船五~六隻とともに底びき網漁に従事した後、袋網も船内に取り込んで揚網を終え、大串埼に向けて発進し、自動操舵として航行中、衝突した可能性があると考えられる。

(イ) 航法に関する解析

本件事故は、東航路東口付近の航路外で、互いに他の船舶の視野のうちにある状況において、東航路を東南方に航路外に出ようとするa丸と南西方に航行するb丸とが、衝突直前までほぼ一定針路で航行し、航路外で互いに進路を横切る態勢で衝突したものと考えられる。

また、衝突場所は、海上交通安全法の適用海域であるが、同法には本件事故に適用する航法規定がないので、一般法である予防法が適用されるものと考えられる。

a丸及びb丸が、このような状況にあったことから、両船がとるべき動作は次のとおりであったものと考えられる。

① a丸は、針路及び速力を保持しなければならないが、b丸が避航動作を十分にとっていないと認めた場合、警告信号を行い、さらに間近に接近して、b丸の動作のみでは衝突を避けることができないと認めた場合、最善の協力動作をとらなければならない船舶であった。

② b丸は、a丸を右舷側に見てa丸の針路を避けなければならない船舶であった。

三  争点

本件の争点は、①a丸とb丸との位置関係について、予防法一五条の横切り船航法の適用がなく、予防法三八条及び三九条の船員の常務により律せられるべきであるか(争点一)、②横切り船航法の適用があるとした場合において、原告に対し、三級海技士(航海)の業務を一か月停止するとした処分は相当であるか(争点二)である。

四  争点に関する当事者の主張

(原告の主張)

(1) 本件事故の発生にかかわる事実経過について

ア 衝突日時について

〇〇時三四分ころである。

イ 衝突地点について

地蔵埼灯台から真方位二〇〇度二八五〇mの海上である。

ウ b丸の発進時刻及び発進地点について

b丸の発進時刻は〇〇時三〇分であり、発進地点は、地蔵埼灯台から真方位一九六度二二〇〇mの地点である。

エ b丸の速力について

停船していたb丸は、〇〇時三〇分に上記発進地点を発進し、約三〇秒で同船の半速力である四・五ノット前後に達し、概ねその速力で航行し、〇〇時三三分にa丸からの探照灯の照射あるいは汽笛に気付いて、概ね約三〇秒で半速力から全速力の九ノットまで増速し、衝突直前には九ノットに達していた。

オ b丸の針路について

b丸の発進地点である地蔵埼灯台から真方位一九六度二二〇〇mの海上から衝突地点である地蔵埼灯台から真方位二〇〇度二八五〇mの海上を直線で結ぶ二一四度である。

カ a丸の針路、速力及び航過時刻

(ア) 高島北方の漁船を避けるため針路を一一三度に変針した位置及び時刻

北緯三四度二五・六〇五分、東経一三四度〇八・二〇三分(地蔵埼灯台から真方位二七八度九二〇〇m付近海域、この時、備讃瀬戸東航路東口付近の漁船に気付く。)、〇〇時一七分ころである。

(イ) 針路を一一六度に変針した位置及び時刻

北緯三四度二四・九七八分、東経一三四度一〇・一七一分(地蔵埼灯台から真方位二七一度六一〇〇m付近海域)、〇〇時二三分ころである。

(ウ) メインレーダーのレンジを三海里から一・五海里に切り替えた位置及び時刻

北緯三四度二四・〇八八分、東経一三四度一二・二五〇分(地蔵埼灯台から真方位二四一度三三〇〇m)、〇〇時三〇分ころである。

(エ) 相手船の緑色灯火に気付いた位置及び時刻

北緯三四度二三・六四九分、東経一三四度一三・二九六分(地蔵埼灯台から真方位二〇八度二七〇〇m)、〇〇時三三分ころである。

(オ) 衝突位置及び時刻

北緯三四度二三・五分、東経一三四度一三・五分(地蔵埼灯台から真方位二〇〇度二八五〇m)、〇〇時三四分ころである。

(カ) a丸の速力

一六・五ノット(分速五〇九m)で航行していた。

(2) b丸とa丸の衝突までの位置関係及び適用航法について

ア b丸は、〇〇時三〇分に地蔵埼灯台から真方位一九六度、二二〇〇m地点を発進し、約三〇秒で同船の半速力四・五ノット前後に達し、概ねその速力で航行し、〇〇時三三分にa丸からの探照灯の照射あるいは汽笛に気付いて、概ね約三〇秒で半速力から全速力九ノットまで増速し、衝突直前には九ノットに達していたと考えられ、衝突時刻の〇〇時三四分までの一分間で半速力から全速力にしたとすれば、この一分間の平均速力はおよそ八ノット前後であり、b丸は〇〇時三三分から〇〇時三四分までの一分間に八ノットで航行した場合の二四六・九mを航行した。

したがって、衝突地点と発進地点とを結ぶ二一四度の針路を衝突地点から反方位方向に約二四六・九mを取った地点がb丸の〇〇時三三分の位置と考えられる。

イ 上記のa丸とb丸の各時分における相対的位置関係をみると、a丸からのb丸の方位、距離は、〇〇時三〇分が一〇四度、二一四〇m、〇〇時三一分が一〇四度、一五八〇m、〇〇時三二分が一〇四度、一〇四〇m、〇〇時三三分が一〇二度、五〇〇mとなる。

ウ 以上から、a丸とb丸との位置関係は、衝突のおそれのある状態の関係があるのであり、予防法一五条の横切り船航法が適用され、a丸が保持船(針路、速力を保持する義務を負う船)であり、b丸が避航船(保持船を避けて航行する義務を負う船)という関係となる。

(3) 小括

ア 本件事故が発生した主たる原因は、第一は、そもそも衝突のおそれが全くなかったにもかかわらず、停船していたb丸が周囲の見張りを怠り、備讃瀬戸東航路を約一七・五ノットの高速で東航するa丸に気付かずa丸の針路前方に向けて航行を開始(発進)し、接近したことにより衝突のおそれのある状態を惹起したこと、第二は、b丸とa丸との位置関係は、予防法一五条の横切り船航法が適用される関係にあり、b丸が避航船、a丸が保持船の関係であるにもかかわらず、b丸が避航せずに、かえってa丸の船首方向を強引に速度を上げて横切ろうとしたことにある。

イ 本件裁決は、b丸の発進地点を衝突地点から九ノットで航行したことを前提に逆算して計算した地点とし、b丸の速度を九ノットで四分間航行したとし、b丸が衝突前に増速したことを無視するなど、誤った事実認定をもとに、a丸とb丸との位置関係について、予防法一五条の横切り船航法の適用を否定したもので著しく不当である。

(4) 見張り義務違反(予備的主張)について

a丸とb丸の関係は、横切り船航法が適用されるものであり、a丸が保持船であり、b丸が避航船であることから、a丸は針路、速力保持義務が課されており、避航船であるb丸がa丸からの注意喚起信号である汽笛や探照灯の照射によっても避航しないことが明らかになったことから、b丸との衝突を避けるべく、右舵を切ったものであり、これらの動作については、結果的に衝突を避けられなかったことからみれば不十分ではあるが、a丸側としては衝突を避けるための避航動作を取ったものであり、原告が行政処分としての免状停止処分まで受けるべきものではない。行政処分である懲戒を行うとしても戒告が相当というべきものであり、本件裁決が言い渡した三級海技士(航海)の業務一箇月停止の処分は重きにすぎるものであり、取り消されるべきである。

(被告の主張)

(1) 本件事故の発生にかかわる事実経過について

ア 衝突日時について(本件裁決は、〇〇時三四分丁度)

〇〇時三四分丁度である。

イ 衝突地点について(本件裁決は、二〇〇度、距離一・五四海里)

AIS記録に基づき、地蔵埼灯台から真方位一九八度、距離一・五四海里(二八五〇m。)、北緯三四度二三・四六分、東経一三四度一三・五五分である。

ウ b丸の発進時刻及び発進地点について(本件裁決は、発進時刻は〇〇時三〇分、発進地点は衝突地点から二一五度の反方位線上に九ノットの速力で四分間遡った地点、すなわち、衝突地点から二一五度の方向に一一一一・二m遡った地点である地蔵埼灯台から真方位一九〇度、〇・九七海里(一七九六m)の地点)

b丸の発進時刻(航行開始時刻)は〇〇時三〇分、発進地点(航行開始地点)は、同船が航行してきた針路線である二一五度の反方向に〇〇時三四分から〇〇時三〇分二四秒までは八・八五ノット、〇〇時三〇分二四秒から〇〇時三〇分までは七・一ノットの各速力で遡らせた地点である「北緯三四度二三・九三分、東経一三四・一三・九四分」の地点(衝突地点から二一五度の方向に一〇七〇m遡った地点)である。

エ b丸の速力について(本件裁決は、〇〇時三〇分から全速力の九ノット)

b丸は、〇〇時二七分ころにゆっくりした速度で徐々に南方に向けて発進し、〇〇時三〇分ころ「北緯三四度二三・九三分、東経一三四・一三・九四分」の地点から二一五度の針路で五・三ノット前後で航行を開始し、〇〇時三〇分から〇〇時三〇分二四秒までは五・三ノットから八・八五ノットまで増速中で、以後は衝突まで全速力の八・八五ノットで航行を継続した。

オ b丸の針路について(本件裁決は、二一五度の方向)

衝突地点と大串埼の北西端を結ぶ針路線である二一五度である。

カ a丸の針路、速力及び航過時刻(本件裁決は、〇〇時二九分、地蔵埼灯台から二四九度、一・九四海里の地点で、針路一一六度に定め、一七・五ノットで続航)

AIS記録を基に航跡図を作成し、所要点間を結んで針路を算定し、かつ所要点の通過時刻から速力を算定すれば、a丸の針路は〇〇時二三分ころから一一七度であり、速力は一七・五ノットで航行していた。

キ 原告がb丸に初めて気付いた時刻(本件裁決は、〇〇時三三分)

〇〇時三二分半である。

(2) b丸とa丸の衝突までの位置関係及び適用航法について

ア 予防法一五条の横切り船航法が適用される前提としては、①両船がいずれも適法な交通方法をとっていること、②両船がいずれも行動の自由を制限されていないこと、③両船間に衝突のおそれがあること、④両船がそれぞれ針路及び速力を保持して前進するものと予測できること、⑤避航動作をとるための時間的・距離的な余裕があることの各条件を満たしていることが必要である。

イ 本件では、b丸が北緯三四度二三・九三分、東経一三四・一三・九四分の地点から二一五度の針路で五・三ノット前後で航行を開始し、〇〇時三〇分から〇〇時三〇分二四秒までは五・三ノットから八・八五ノットまで増速中で、以後は衝突まで全速力の八・八五ノットで航行を継続したとした場合は、〇〇時三〇分から〇〇時三二分半の間には五・四度(一分間平均二・七度)、〇〇時三〇分半から〇〇時三三分の間には一〇・五度(一分間平均四・二度)の方位変化があり、両船の航行に要する時間を考慮しても、b丸は、a丸の船首方三一〇m(操舵室からの航過距離《船首端からの航過距離は二七〇m》)のところを航過でき、衝突のおそれがなかったから、予防法一五条の横切り船航法の適用はない。

ウ したがって、本件は、予防法三八条及び三九条の船員の常務によって律すべきである。

(3) 小括

本件では、衝突のおそれがなかったから、予防法一五条の横切り船航法の適用がなく、予防法三八条及び三九条の船員の常務によって律した本件裁決は相当であり、原告の主張は認められない。

(4) 原告の見張り義務違反(予備的主張)

ア b丸が高松海上保安部の認定した航行開始地点(北緯三四度二三・七九分、東経一三四度一三・八三分の地点)から速力五・三ノット、針路二一五度とした場合は、〇〇時三〇分半から〇〇時三二分半の間には二・三度(一分間平均一・二度)、〇〇時三〇分半から〇〇時三三分の間には四・二度(一分間平均一・七度)の方位変化があるにすぎないことから、一分間に平均二度の方位変化がないとして、予防法一五条の横切り船航法が適用される可能性は否定できない。

イ しかしながら、本件事故につき、予防法一五条の規定の適用があるとしても、原告には、b丸に対する見張りを怠った過失がある。

原告は、〇〇時三〇分ころ又は〇〇時三〇分半ころにレーダー画面上でb丸と思われる漁船を探知したのであるから、その時点で、肉眼による見張りを十分に行っていれば、同船が右舷灯(緑色)を見せて自船の前方を右方に横切り、衝突のおそれがある態勢で接近することが容易に判断でき、警告信号を発し、また、自船を大幅に減速させるなどして、衝突を避けるための最善の協力動作を適切な時期に講ずることができたことは明らかである。

ウ この見張りを常に行うという義務は、船舶運航者にとって常識中の常識であり、船員に要求される最も基本的注意義務であるところ、原告は、この見張り義務に違反して本件事故を惹起したものであり、その責任は重大である。その結果もb丸と衝突して転覆させ、C船長を溺死させたものであり、原告の三級海技士(航海)の業務を一箇月停止するとの懲戒は、本件事故発生の一因を構成した原告の過失行為に照らし、何ら相当性を欠くものではない。

第三当裁判所の判断

一  本件事故発生の事実経過について

前提事実に加えて、関係証拠並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  原告が、本件刑事事件の捜査を担当した高松海上保安部の捜査官及び高松地方検察庁の検察官に対し、本件事故の経緯につき供述した内容及び原告の立会いの下に行われた実況見分の結果は、概要、以下のとおりである。

ア 原告は、平成二〇年五月二九日二三時三五分過ぎころ、備讃瀬戸東航路中央第二号灯浮標を過ぎた辺りで、前直の甲板長からa丸の当直を引継ぎ、合直のA甲板手に操舵させ、備讃瀬戸東航路東航レーンの南寄りを速力一二ノットで東航し、速力制限のなくなる備讃瀬戸東航路中央第四号灯浮標の南から、速力を一六・五ノットにあげ、針路を一〇〇度に設定して航行した。

イ 原告は、その後、同航船を追い越すため右に転舵し、カナワ岩灯標の北側位の航路側線上でこれを追い越したころ、船首方の航路南側(高島)方向に小型底びき網漁船がおり、これを避けるため及び航路内に戻すためa丸の針路を一一三度位に戻した。

a丸の船橋に搭載されたGPSの記録(以下「GPSの記録」という。GPSとは、全地球測位システムのことである。)によれば、原告が針路を一一三度に変針した位置は、北緯三四度二五・六〇五分、東経一三四度〇八・二〇三分(地蔵埼灯台から真方位二七八度九二〇〇m)付近海域である。

ウ 原告は、その後、六、七分航行したころに備讃瀬戸東航路の東口付近に四、五隻の小型底びき網漁船らしき船が左舷灯(赤色)を見せて北上するのを見て、これらの漁船を避けるため、少し右に寄せ、針路を一一六度位にて航行した。針路を一一六度にしたことで、自然に備讃瀬戸東航路の東口付近に点在している底びき網漁船らしき船も全体的に左側に見えるようになったが、なお、自船の右方に一、二隻の底びき網漁船らしき船が左舷灯を見せていた。

GPSの記録によれば、原告がa丸の針路を一一六度に変針した位置は、北緯三四度二四・九七八分、東経一三四度一〇・一七一分(地蔵埼灯台から真方位二七一度六一〇〇m)付近海域である。

エ 原告は、針路を一一六度に向けた後、六、七分航行したころ、a丸の針路上を底びき網漁船特有のヤグラのある小型漁船が北上していった。その横切り船は、徐々に自船左舷方向に見えるようになり、五、六分後には気にならなくなった。

オ その後、自船針路上に左舷灯(赤色)を見せている底びき網漁船らしき船が左に二隻、右に二隻いたことから、原告は、レーダーのレンジを三マイルから一・五マイルに切り替えたところレーダーの中心から〇・二五マイル刻みである固定環の四つ目か五つ目位の約一・二五マイルの自船船首方向からやや左に一つ、二・五マイル付近に自船左右舷方向に各一つの映像を見た。原告は、このレーダー映像の一・二五マイル付近にある船の映像を自船の前を横切っていった船と思い込んだ。また、原告が見た漁船は、皆左舷灯(赤色)を見せていたことから、原告は、視認できた船は皆北上しているものと思い込み、自船船首一・二五マイル付近で針路上より左にいる船の動静は気に留めず、それより遠くにいる船とのその後の見合い関係を気にして、双眼鏡や目視で動静を監視した。

GPSの記録によれば、原告がレーダーのレンジを三マイルから一・五マイルに切り替えて画面を見た地点は、北緯三四度二四・〇八八分、東経一三四度一二・二五〇分(地蔵埼灯台から真方位二四一度三三〇〇m)付近海域である。

カ その後、備讃瀬戸東航路中央第七号灯浮標と並行したことから、A甲板手が、航海日誌にその時刻を書くため海図台に行った直後ころ、原告は、双眼鏡を下ろして窓の外を見た時、自船左前方約五〇〇mの地点に、右舷灯(緑色)を見せて南下してくる漁船に気付いた。

GPSの記録によれば、原告が、相手船の緑色灯火に気付いた位置は、北緯三四度二三・六四九分、東経一三四度一三・二九六分(地蔵埼灯台から真方位二〇八度二七〇〇m)付近海域である。

キ 原告は、相手船を発見後、目視でその動きを見たが、相手船が避航する様子がなかったことから、このままではぶつかると切迫した危険を感じ、自船の存在を知らせ避航動作をしてもらうため探照灯を照射し、汽笛を鳴らすとともに手動操舵に切り替えて右一〇度を取り、A甲板手を呼び、右舵二〇度、右舵一杯の三五度を指示し、再び汽笛を鳴らしたものの相手船の見える角度にほとんど変化がなく、相手船は三〇秒でa丸の左舷船首の死角に入り、原告が左舷ウイングに出たところ、左舷側に灯火の点いていない船影が船尾方向に流れて行き、相手船と衝突したことを知った。衝突時の天候は、雲量8程度の曇りで、風、波はほとんどなく、視程は一〇キロから一三キロメートルで、潮流は、満ち潮の西流であった。

GPSの記録によれば、衝突位置は、北緯三四度二三・五〇三分、東経一三四度一三・五一四分(地蔵埼灯台から真方位二〇〇度二八五〇m)付近海域である。

ク 事故当日、a丸の航跡について、原告立ち会いのもと、高松海上保安部の捜査官による実況見分が実施され、同船備付けのGPSの航跡をもとに現場海域での航跡が再現され、この再現結果がGPSの航跡とほぼ同じであることが確認され、このGPSの航跡をもとに航跡図が作成された。

原告は、変針時刻、衝突時刻の各ポイントについて、時計で確認していないが、A甲板手が備讃瀬戸東航路中央第七号浮標に並行した時、地蔵埼通過を海図台の航海日誌に記入しに行ったのが〇〇時三三分であること、a丸の速度が一六・五ノット(分速五一〇m)であることから所要点通過時刻を算出すると、高島北方の漁船を避けるために変針した時刻は、〇〇時一七分ころであり、a丸の針路を一一六度に変針した時刻は、〇〇時二三分ころであり、メインレーダーのレンジを三マイルから一・五マイルに切り替えレーダーの画面を見た時刻は、〇〇時三〇分ころであり、相手船が右舷灯(緑色)を見せて接近しているのに気が付いた時刻は、〇〇時三三分ころであり、衝突時刻は、〇〇時三四分ころであることが矛盾なく算出された。

(2)  本件事故当時、原告と共に操舵室で操舵の配置についていたA甲板手が、高松海上保安部の捜査員に対し、本件事故の経緯につき供述した内容は、概要、以下のとおりである。

ア 前直のD甲板長から手動操舵で引き継ぎを受け、船長が操舵室から下りた後、原告から何度か操舵号令が出て、そのとおりに操舵した。カナワ岩沖の航路中央付近に底びき網漁船が何隻かおり、漁船に近づかないように航路の南寄りを航行した。速力は、速力制限海域を過ぎていたので一六ノットを少し超える位の速力で航行していた。

イ 備讃瀬戸東航路中央第六号浮標を通過する付近で原告から一一六度との針路指示があり、ジャイロレピータコンパスの針を見ながら、針路一一六度で航行した。針路一一六度で航行中、備讃瀬戸東航路東口付近に漁船と思われる赤色灯火を見せた船が自船の針路左舷側に見えた。

ウ 地蔵埼灯台の灯りを左舷側に見て通過するころ、自動操舵に切り替え、一一六度に設定してジャイロレピータコンパスのメモリが一一六度を示しているのを確認して、操舵装置のすぐ後ろにある海図台に行き、設置してある時計を確認して、航海日誌に地蔵埼通過時刻を〇〇時三三分という意味である「〇〇三三」と記入した。

エ 航海日誌に時間を記入していると、サーチライトのスイッチ音が「カチッ」と聞こえ「ガチャガチャ」とサーチライトを操作する音が聞こえ、汽笛が鳴ったので操舵に戻ると舵は手動に切り替わっていて、一〇度右に切った状態であった。

オ 操舵に戻った後、原告から「スターボード二〇度」の操舵号令が出たので右に二〇度舵をとり、これに続いて「ハードスターボード」の操舵号令で三六度まで舵を切った。

カ 針路一一六度で航行中、備讃瀬戸東航路の東口付近には、漁船が二ないし三隻いるのは確認したが、今回衝突した漁船には気付いておらず、海図台から帰ってくるときに初めて気付いた。操舵室中央の窓から左舷側に一枚目の窓から緑色の灯火が見え、やぐらのところに作業灯の白灯が点いていたので底びき網漁船と分かった。この漁船は本船の針路方向へ接近していて、段々と速力を上げていたように見え、本船のすぐ近くまで接近していることが分かった。

漁船は、本船の船首左舷側から接近し、船首間近にくると左舷側の送風機の排気口でやがて見えなくなり、本船の船首右舷側を通過していくのは確認できなかった。

キ 海図台後ろの壁に設置してある時計を見て、〇〇時三三分であることを確認し、それから航海日誌に地蔵埼通過時間を記入し、操舵に戻った後に衝突したことを考えると、時計を見てから衝突するまでの時間は一分程度であり、衝突時刻は〇〇時三四分ころだと思う。

(3)  本件事故発生の直前までb丸の付近で底びき網漁に従事し、事故現場近くに居合わせた僚船であるかつ丸の船長E(以下「E船長」という。)が、高松海上保安部の捜査官に対し、本件事故の経緯につき供述した内容及びE船長が立ち会って行われた実況見分の結果は、概要、以下のとおりである。

ア E船長は、平成二〇年五月二九日一三時ころ、定係地から漁場である小豆島南方海域に向けて出港した。この海域は貨物船やタンカー、フェリーなどの本船の航路筋であり、通航船舶が多数往来する危険な海域であるが、底びき網漁業の好漁場であることから、危険を承知のうえ、この海域で操業している。

イ 二九日は、志度、鴨庄漁協所属の底びき網漁船一〇数隻と他の漁協所属の底びき網漁船数隻が、地蔵埼周辺の海域で操業しており、長年の経験から地元である志度、鴨庄漁協所属の船については夜間であっても灯火の大きさ、明るさ、オーニングの張り具合などのあらゆる特徴から誰の船かが分かり、b丸についても、その特徴から昼間からかつ丸の近くを操業しているのを確認していた。

ウ E船長は、同日、五番目の操業を二二時一五分ころ、地蔵埼と大角鼻のほぼ中間にある大福部島南方海域で、かつ丸に装備されているGPSで位置を確認して網を入れ、北緯三四度二四分の線に沿って西向きに操業した。GPSには網を入れる目安の位置を×印でプロットしてある。このとき、やや右前方五〇〇mのところを、かつ丸とほぼ同一の針路で西向け底びき網漁を操業中のb丸を確認した。

エ E船長は、約二時間操業した翌三〇日〇〇時二五分ころ、地蔵埼南方にある備讃瀬戸東航路七号ブイ南東方海域のGPSにプロットした×印のところで、揚網しようと考えていたところ、丁度その×印の手前でb丸が網を揚げ終え停船していたことから、その少し手前(東側)でかつ丸も停船し揚網することとした。この時刻は操舵室の掛け時計で確認した。

かつ丸が停船した場所はb丸の東側、目測約三〇mの海上で、b丸が船首よりも右前に見えており、b丸の船首方位はやや南西方に向いていた。

E船長は、停船後、b丸の船尾に人影が見えたことから双眼鏡で確認したところ、網はすでに揚収され船尾海面には張り棒が揚がっており、Cが船尾甲板上で網に入ったごみを海に放っていた。

オ その後、E船長は、後部甲板でネットローラーを操作しながら、揚網作業を開始した。揚網を開始してから二分くらい経ったころ、b丸はアイドリング回転でクラッチが前進に入ったくらいのゆっくりとした速力で徐々に南方向け動き始めた。

さらに、三分くらいが経過し網が半分くらいまで揚がったころ、b丸は徐々に増速しながら大串埼向け南方に走り始めた。このとき、b丸はかつ丸の左前方約一五〇mの位置であり、網を揚げ始めてから五分が経過していたから、〇〇時三〇分ころである。

b丸とかつ丸とはヤマハの同型船であり、エンジンも同じと思われる。かつ丸を使って実況見分を実施したところ、全速力は八・八から八・九ノットであり、E船長がb丸を見たときの速力については、六割くらいの速力であったと思われ、多少の前後はあるが、五・三ノットである。b丸と同型のかつ丸の場合、停船から全速力の八・八ノットまで五三・五秒、八・九ノットまで六五秒を要する。

カ b丸が大串埼向け走り始めた後もE船長は揚網作業を続けていたが、網の末端である袋網が揚がってきたころ、突然、ドーンという大きな音が一回聞こえた。E船長は、この音が船の衝突した音と考えて、咄嗟に音が聞こえた左舷側を見たところ、南方約五〇〇ないし六〇〇mのところに背の高い大きな本船の左舷側がシルエット状に見えた。

キ E船長が〇〇時二五分ころ、備讃瀬戸東航路七号ブイ東方海域で停船し、網を揚げ始めたとき、付近にはb丸のほかにかつ丸の東方に約一〇隻の底びき網漁船が操業しており、南方には二隻の底びき網漁船がいた。

南の二隻は、船体の特徴から、一隻は庵治漁協所属のFの船であり、もう一隻は牟礼漁協所属のGの船であることがわかった。Gの船は、南一マイルのところを北西に向け操業しており、かつ丸と同じ時間帯に網を揚げ始め、かつ丸より先に網を揚げ終えていたように見えた。

ク かつ丸が揚網を開始した時刻と位置は、〇〇時二五分ころ、地蔵埼灯台から真方位一八七度、約二〇五〇mであり、揚網を終了した時刻と位置は、〇〇時三五分ころ、真方位二〇〇度、約二一〇〇mであり、転覆船を目撃した時刻と位置は、〇〇時四〇分ころ、真方位二〇六度、約二八五〇mである。また、かつ丸が揚網開始位置のとき、b丸は、かつ丸のGPS画面にプロットされた×印の東側、自船から見て船首右舷方向約三〇mのところでごみ処理中であり、五分後の〇〇時三〇分ころ、b丸は大串埼へ向け走り始めたが、このときのb丸の位置は、かつ丸の略南西方約一五〇mのところで、揚網開始位置と終了位置の略中間の位置であった。

ケ 高松海上保安部の捜査官は、事故当日にE船長を立ち会わせ、かつ丸のGPSを使用し、かつ丸の航跡を解析した。その結果は、別紙漁船かつ丸航跡図記載のとおりであり、かつ丸が揚網を開始した時刻と位置は、同図②の〇〇時二五分ころ、地蔵埼灯台から真方位一八七度、約二〇五〇mであり、揚網を終了した時刻と位置は、同図③の〇〇時三五分ころ、真方位二〇〇度、約二一〇〇mであり、転覆船を目撃した時刻と位置は、同図④の〇〇時四〇分ころ、真方位二〇六度、約二八五〇mであり、b丸が南方向け走り始めたときのかつ丸の位置は、同図②と③の略中間の位置である地蔵埼灯台から真方位一九四度、約二〇五〇mの海上であり、そのときb丸は、かつ丸の〇〇時三〇分ころの位置から略南西方約一五〇mの位置にあったことから、b丸の航行開始位置(〇〇時三〇分ころ)は、真方位一九六度、約二二〇〇mとなり、b丸は、同位置から大串埼に向け航行を開始したことが判明した。

(4)  鴨庄新開漁港に陸揚げされたb丸について行われた実況見分の結果、b丸の船橋右舷船首側甲板上に赤色の掛け時計が落ちており、これが〇〇時三四分二七秒を指して止まっており、機関遠隔操縦装置は操舵室内前面左舷側に設置され、クラッチレバーとスロットルレバーの二本のレバーで構成され、クラッチレバーは「F」(前進)側に、スロットルレバーは「H」(高速)側の可動域限界に位置し、照明スイッチはONに位置し、自動操舵装置は手元設定に指示され、ダイヤル式リモコン操舵装置のスイッチは自動に位置し、自動操舵針路設定遠隔管制器のダイヤルは240の目盛りを指示し、船体は右舷側船側外板から船底外板にかけての破口及び船側外板に亀裂があったことが認められた。

(5)  a丸とb丸の衝突事故当時、かつ丸のほか牟礼漁業協同組合所属の漁船平成丸、庵治漁業協同組合所属の漁船梶栄丸及び漁船幸栄丸が、現場付近海域において底びき網漁を操業中であった。a丸、b丸、かつ丸、平成丸、梶栄丸及び幸栄丸の六隻の位置関係について、b丸を除く五隻のGPSのデータ、原告及び各漁船の船長の供述から解析された航跡を取りまとめると、〇〇時三〇分ころの時点では、a丸前方には、左舷側に二隻、右舷側に二隻の底びき網漁船が存在しており、左舷前方二隻がかつ丸とb丸、右舷前方の二隻が梶栄丸と平成丸であり、幸栄丸は、同時刻ころ、既にa丸の針路を横切り同船の左舷側を西北西に底びき網を曳いて操業中であり、b丸は、a丸の針路を右方に横切る態勢で航行を開始したことが判明した。

(6)  本件刑事事件につき、捜査を担当した高松海上保安部の捜査官は、事故当日におけるa丸のGPSに記録された航跡、相手船の初認状況、機器の状況及び立直状況等の実況見分を実施した上、被疑者である原告のほか、参考人としてA甲板手、かつ丸のE船長、平成丸船長G、幸栄丸船長H、梶栄丸船長Fの取調べを行い、かつ丸、幸栄丸、梶栄丸、平成丸がそれぞれ装備しているGPSに基づいて事故当時の航跡を解析するなどの捜査を行った結果、本件は予防法一五条規定の「横切り船」の関係にあり、同条規定の「他の動力船を右げん側に見る動力船」(避航船)がb丸となり、b丸にあっては同法一六条規定の「避航船」の航法を、a丸にあっては同法一七条規定の「保持船」の航法をとるべきと認定した。

二(1)  上記一の認定にかかる本件刑事事件を担当した高松海上保安部の捜査官及び高松地方検察庁の検察官の捜査結果のうち事実関係については、事故当日又はこれに近接した日時に原告、A甲板手及び当時周辺で操業をしていたかつ丸を含む漁船の各船長などの関係者の事情聴取を行った上、a丸、かつ丸及び他の漁船のGPSの記録を解析し、これらの各船を用いた実況見分を実施した結果や高松海上保安部が保有しているAIS記録などの整合性を十分に検討して得られたものと解されるところ、その結果は十分に信用するに価するものと評価するのが相当である。

そうすると、本件事故発生に関わる事実経過は、①a丸は、〇〇時二三分ころ、北緯三四度二四・九七八分、東経一三四度一〇・一七一分(地蔵埼灯台から真方位二七一度六一〇〇m)付近にて備讃瀬戸東航路の東口付近に四、五隻の小型底びき網漁船らしき船が左舷灯(赤色)を見せて北上するのを見て、これらの漁船を避けるため針路を一一六度に変針した上、速力約一六・五ノットで航行し、②〇〇時三〇分ころ、北緯三四度二四・〇八八分、東経一三四度一二・二五〇分(地蔵埼灯台から真方位二四一度三三〇〇m)付近に達した地点で原告がレーダーレンジを三海里から一・五海里に切り替えたところ、自船船首方向からやや左に約一・二五海里(約二三一五m)のところに船の映像があった、③一方、b丸は、〇〇時二五分ころ、揚網を終え停船したままC船長がごみを海に放るなどの作業を行い、〇〇時三〇分ころ、真方位一九六度、約二二〇〇mの地点から大串埼に向け、針路二一四度で航行を開始し、約三〇秒程度で速力約四~五ノットの半速力に達した、④a丸が針路一一六度、一六・五ノットの速力で続航し、〇〇時三三分ころ、備讃瀬戸東航路中央第七号浮標と並行し、北緯三四度二三・六四九分、東経一三四度一三・二九六分(地蔵埼灯台から真方位二〇八度二七〇〇m)付近の海域に達したとき、原告は自船左前方約五〇〇mの地点に右舷灯(緑色)を見せて南下してくるb丸を発見した、⑤原告は、b丸を発見後、目視でその動きを見たが、b丸が避航する様子がなかったことから、このままではぶつかると切迫した危険を感じ、自船の存在を知らせ、避航動作をしてもらうため探照灯を照射し、汽笛を鳴らすとともに手動操舵に切り替えて右一〇度を取り、A甲板手を呼び、右舵二〇度、さらに右舵一杯の三五度を指示し、再び汽笛を鳴らしたもののb丸の見える角度にほとんど変化がなく、b丸は三〇秒でa丸の左舷船首の死角に入った、⑥〇〇時三四分ころ、香川県小豆郡小豆島町地蔵埼灯台から真方位二〇〇度、約二八五〇m(約一・五四海里)である北緯三四度二三・五〇三分、東経一三四度一三・五一四分の海上付近でa丸とb丸が衝突した、⑦b丸のクラッチレバーとスロットルレバーは全速前進の位置にあり、b丸の全速前進での速力は約九ノットであり、b丸の舵が取り舵一杯に取られていることから、b丸は、航行開始後約三〇秒で半速力(四~五ノット)に達し、衝突直前には前進全速の約九ノットの速力で、針路二一四度で航行し、a丸を至近距離で発見して衝突回避するため左に転舵したと認められる。

このa丸の航跡、b丸の航行開始地点及び両船の衝突地点は、別紙a丸航跡図記載のとおりである。

(2)  本件事故発生に関わる事実経過のうち、衝突時刻、衝突地点、a丸の針路及び速力、b丸の発進時刻及び発進地点、b丸の針路及び速力は、上記(1)に判断したとおりであるが、本件裁決は、①衝突時刻を〇〇時三四分丁度、②衝突地点を地蔵埼灯台から真方位二〇〇度、距離一・五四海里(二八五二m)、③a丸の針路、速力につき、真方位一一六度、一七・五ノット(事実経過ア)、④b丸の針路、速力を、大串埼に向け針路二一五度に定め、〇〇時三〇分に発進後、〇〇時三四分丁度に衝突する地点まで一貫して九ノットの速力(同ク)、⑤b丸の発進地点を、衝突地点から二一五度の反方位線上に九ノットの速力で四分間遡った地点と認定したうえ、航法の適用につき、両船の船間距離が一・三五海里(二五〇〇m)となった衝突四分前の〇〇時三〇分から一分前の〇〇時三三分の両船の方位変化が一四度であるとして、両船は互いに横切るも衝突のおそれがないとした。本件裁決の前提とされたこれらの認定事実のうち、衝突地点は近似しているものの、b丸の速力及び発進地点については、かなり大きな相違があり、衝突時刻を〇〇時三四分丁度としていること、a丸の速力を一七・五ノットとしていて、四分で約一二〇mの誤差が生じていることなど、本件事故発生に関わる事実経過のうち、上記(1)の認定と異なる部分は、事故当日に原告、A甲板手及び各漁船の船長らからの聴取した事実、a丸や各漁船のGPSの記録をもとに行われた実況見分や航跡の解析などの客観的な証拠である本件刑事事件の記録に照らし、正確さを欠くものといわざるを得ない。

(3)  被告は、衝突時刻及び衝突地点、a丸の針路及び速力、b丸の発進時刻及び発進地点、b丸の針路及び速力につき、本件裁決の事実認定と異なる主張をしている。これは、本件裁決後に判明したa丸のAIS記録、本件刑事事件の記録などを検討した結果、本件裁決の事実認定には、これらの記録から判明する事実と一致しない点があることを認めつつ、なお被告独自の検討を加え、本件刑事事件を担当した高松海上保安部が下したb丸の速度や発進地点についての所見が誤りであって、被告の主張する事実が認定されるべきであり、この被告の主張する事実を前提とすると、本件においては、予防法一五条の横切り船の航法が適用されないと主張するものと解される。そこで、上記の各点についての被告の主張につき検討する。

ア 被告は、衝突時刻について、AIS記録を基に航跡図を作成し、〇〇時三四分〇〇秒の時点でa丸の船首方位が一五四度となり、原告が理事官調書において一五〇度くらいで衝突したと供述しているのと合致し、a丸の左舷船首部の衝突痕跡及びb丸の右舷外板の損傷状況とも矛盾しないなどとして、衝突時刻を〇〇時三四分丁度とし、衝突地点について、AIS記録を基に作成した航跡から地蔵埼灯台から真方位一九八度、距離一・五四海里(二八五〇m)「北緯三四度二三・四六分、東経一三四度一三・五五分」である旨主張する。

そこで判断するに、原告は、事故当日に行われた本件刑事事件の捜査官の取り調べにおいて、A甲板手が海図台に行った直後ころに、緑灯を見せて南下している漁船に気付き、探照灯を照らし、汽笛を鳴らしたりし、右に舵を切ったりして衝突を避けようとしたが、三〇秒ほどで死角に入り、左舷ウイングに出たところ左舷側に灯火の点いていない船影が船尾方向に流れていくのが見えたと供述しており、A甲板手も事故の翌日に行われた取り調べにおいて、衝突した漁船については、海図台から帰ってくるときに初めて気がついた、漁船は、本船の左舷側から接近し、船首間近にくると左舷前方の送風機の排気口でやがて見えなくなり、その後、本船の船首右舷側を通過していくのは確認できなかったと述べており、海難審判庁における理事官からの質問に対しても、原告は衝突角度や衝突箇所などの衝突状況は船首部の死角に入って見えなかったと述べ、A甲板手は右回頭中であり、衝突状況は分からないと述べている。これらのことからすると、原告とA甲板手とは、衝突状況を実際に見ておらず、当時、衝突直前にa丸は右回頭中であったことから、衝突時の船首方位が何度であったかは、正確に特定することは極めて困難というべきであり、また、b丸も取り舵一杯で左転中であったのであるから、a丸の船首方位がどの位置にあったときに、b丸と衝突したのかも不明と言わざるを得ないのであるところ、これを一五四度で衝突したと断定することは不合理である。

したがって、衝突時点においてa丸の船首方位が一五四度を示していたことを根拠に衝突時刻を〇〇時三四分丁度と断定し、同時点のAIS情報により求められた位置から船橋から船端までの距離を加えたとする衝突地点についての被告の主張は、採用することができない。

イ 被告は、a丸の針路と速力について、AIS記録を基に航跡図を作成し、所要点間を結んで針路を算定し、かつ所要点の通過時刻から速力を算定した結果、a丸の針路は〇〇時二三分ころから一一七度であり、速力は一七・五ノットである旨主張する。

そこで判断するに、GPSは、カーナビゲーションのように人工衛星を利用して、船舶の位置、針路及び速力等を測定する装置であり、AISは、GPSを装備している船舶から発信された識別符号、船名、位置、針路及び速力などの船舶のデータを自動的にVHF電波で送受信し、周辺船舶の動静を把握するための装置である。a丸は、船橋に設置されたGPS装置のほか、GPSを内蔵したAIS装置を搭載しており、本来は、船橋に設置されたGPSの記録された情報とAIS装置から発信された情報を受信した海上保安部のAIS情報とが一致するはずであるが、現実にはこれが一致していない。これは、a丸の船橋に搭載されたGPS装置とAIS装置(GPS装置内蔵)のいずれかが誤差を生じさせているものと考えられるが、船橋に設置されたGPSが誤差を生じさせていることを認めるに足りる証拠はない。そこで、高松海上保安部は、原告、A甲板手ほかから事情を聴取した上、船橋に設置されたGPS残存映像を確認しながら実況見分を実施し、さらに原告を巡視艇に乗船させて事故現場海域にて実際に変針地点やレーダーレンジを切り替えた地点、緑灯灯火の船に気付いた地点などを指示させて、巡視艇のGPS機能を組み込んだレーダーで計測したのであるが、その計測結果は、a丸のGPSの情報とは齟齬がないことが確認されている。さらに、他船船長らからも事情を聴取した上、他船のGPS情報の収集とこれに基づく実況見分を実施し、これらの関連する多くの証拠と整合性を勘案し、a丸の航跡上の各地点を特定し、速力を算定しているのである。以上によれば、高松海上保安部がa丸の船橋に搭載されたGPSに記録されている情報に基づき認定したa丸の航跡情報は、事故当時の状況をより正確に分析した合理的なものと評価することが相当である。

したがって、これを採用すべきであり、a丸の針路及び速力についての被告の主張は、採用することができない。

ウ 被告は、b丸の針路及び速力について、〇〇時二七分ころにゆっくりした速度で徐々に南方に向けて発進し、〇〇時三〇分ころ、衝突地点と大串埼の北西端を結ぶ二一五度の針路にて五・三ノット前後で航行を開始し、〇〇時三〇分から〇〇時三〇分二四秒までは五・三ノットから八・八五ノットまで増速中で、以後は衝突まで全速力の八・八五ノットで航行を継続したとし、b丸の航行開始位置について、この航行速力と経過時間を計算し、衝突地点から二一五度の方向に一〇七〇m遡った地点である「北緯三四度二三・九三分、東経一三四度一三・九四分」であると主張する。

そこで判断するに、被告の主張の根拠は、転覆したb丸の実況見分において、スロットルが全速力となっていたことなどを根拠とする。しかし、本件においては、①漁船が航行を開始して一定の速力となるためには、一定の時間を要し、b丸と同型のかつ丸の場合、停船から全速力まで約一分程度を要すること、②かつ丸のE船長は、〇〇時三〇分ころに、b丸を見たときの速力について六割くらいの速力であり、かつ丸を実際に走らせて計測した結果、E船長が見たb丸の速力は五・三ノット程度と供述していること、③漁業従事者としては、全速力で航行することは燃費効率が悪いことは十分に認識しており、燃料費が高騰している折から、b丸が終始全速力で航行していた蓋然性は経験則上高くないと思われること、④原告は、〇〇時三三分すぎころに自船左前方約五〇〇mの地点に南下してくるb丸に気付き、探照灯を照射するとともに汽笛を鳴らしており、A甲板手は、漁船は本船の針路方向に接近していて、段々速度を上げていたように見えたと供述していることから、C船長は、a丸からの探照灯や汽笛などの警告信号に気付き、衝突を避けるため、b丸の速度を全速力に増速したと考えるのが前後の事実から合理的であること、⑤E船長は、かつ丸が揚網開始位置のとき、b丸は、自船から見て船首右舷方向約三〇mのところでごみ処理中で、五分後の〇〇時三〇分ころ、b丸は大串埼へ向け走り始めたが、このときのb丸の位置は、かつ丸の略南西方約一五〇mのところで、揚網開始位置と終了位置の略中間の位置であったというのであり、かつ丸に搭載されたGPSに記録された航跡の解析結果から、〇〇時三〇分ころのb丸の位置は地蔵埼からの真方位一九六度、距離約二二〇〇mと判明していること、⑥地蔵埼からb丸の発進地点までの距離は二二〇〇mであり、地蔵埼から衝突地点とされるまでの距離は約二八五〇mであり、その角度(方位差)は四度であり、三角形の二辺の長さとその角度が判明しているから、b丸の発進地点から衝突地点までの距離を計算により求めると約六七三mとなるところ、被告の主張する衝突地点から一〇七〇m遡った地点がb丸の発進地点というのは約四〇〇mも誤差があることが重要である。そして、これらのことからすると、被告の主張するb丸の速力と発進地点は、他の事情と整合しないことが少なからずみられ合理的なものと評価することはできない。

したがって、被告の上記主張を採用することはできない。

三  争点一について

以上を前提として、a丸とb丸との位置関係及び衝突の状況について、予防法一五条の横切り船航法の適用がなく、予防法三八条及び三九条の船員の常務により律せられるべきであるか(争点一)について検討する。

(1)  a丸とb丸の相対的位置関係について

ア 上記一及び二(1)によれば、a丸とb丸の相対的位置関係及び衝突の状況は以下のとおりであった。

(ア) a丸は、〇〇時二三分ころ、針路を一一六度に変針し、速力約一六・五ノットで航行し、以後衝突直前に右舵一〇度などを取り右転するまで、同じ一一六度で続航し、〇〇時三〇分ころ、北緯三四度二四・〇八八分、東経一三四度一二・二五〇分(地蔵埼灯台から真方位二四一度三三〇〇m)付近に達した。

(イ) 一方、b丸は、〇〇時二五分ころ、揚網を終え、〇〇時二七分ころアイドリング運転がされ、〇〇時三〇分ころ、真方位一九六度、約二二〇〇mの地点から大串埼に向け、針路二一四度で航行を開始し、約三〇秒程度で速力約四~五ノットの半速力に達した。

(ウ) 原告は、〇〇時三〇分ころ、北緯三四度二四・〇八八分、東経一三四度一二・二五〇分(地蔵埼灯台から真方位二四一度三三〇〇m)の地点でレーダーレンジを三海里から一・五海里に切り替えたときに、自船船首方向からやや左に約一・二五海里(約二三一五m)付近に一つ、船首前方二・五海里(四六三〇m)付近の左右に一つずつの船の映像を見たが、一・二五海里の映像は、前に自船を横切って行った船で北上していると思い込み、〇〇時三三分に緑灯を見せて南下してくるb丸に気付くまで、針路一一六度、速力一六・五ノットで続航した。

(エ) 原告は、〇〇時三三分ころ、緑灯を見せて南下しているb丸に気付き、衝突する切迫した危険を感じ、自身でa丸の舵を右一〇度に切り、A甲板手を呼んで右二〇度に切り、さらに右舵一杯の三五度に切らせた。また、b丸のC船長も危険を感じ、直進していたb丸を左転させるべく、取り舵一杯に舵を切ったが、間に合わず、両船は衝突した。

イ b丸は、発進地点から衝突地点まで約六七三m航行しているところ、かつ丸船長は、b丸がアイドリング状態から発進し、約五・三ノットで航行しているのを見たと述べているが、アイドリング状態から約五・三ノットの速力に達するには、約三〇秒程度を要し、その後、〇〇時三三分まで約五・三ノットで航行したとすれば、〇〇時三〇分から〇〇時三三分までを平均約四・八ノットで航行したと考えられ、この間の航行距離は約四四四mとなり、C船長が、a丸からの探照灯の照射や汽笛に気付き、〇〇時三三分ころ、全速力に増速したとすると約五・三ノットから九ノットの全速力に達するまで約三〇秒を要することから、〇〇時三三分から〇〇時三四分までの一分間を平均約八ノットで航行することとなり、この間の航行距離は約二四六mとなり、結局、〇〇時三〇分から〇〇時三四分までを合計約六九〇m航行することとなるのであって、実際にb丸が航行したと考えられる距離である約六七三mに近似する。

以上からすると、b丸は、〇〇時三〇分ころから〇〇時三三分ころまでは平均約四・八ノットで、〇〇時三三分ころから〇〇分三四分ころまでは、平均約八ノットで針路二一四度に定めて航行していたと考えられるが、衝突時刻が〇〇時三四分ころと一定の幅があること、衝突地点がGPSの情報を解析したものであるとしても、通信機器の誤差から相当程度の誤差は生じると考えられること、実際に、b丸が約六七三mを航行するにあたっての増速状況が必ずしも明らかでないことからすると、〇〇時三〇分から〇〇時三三分までの間の一分間のa丸からb丸を見た場合の方位変化の詳細は、不明といわざるを得ない。

しかしながら、a丸とb丸は、〇〇時三〇分から〇〇時三三分まで、互いに、相手船の存在に気付くことなく、それぞれが定めた針路を直進していたことにより、〇〇時三三分の時点で互いに衝突の切迫した危険を感じる状況が発生し、それぞれが回避行動を取っていることからすると、〇〇時三〇分から〇〇時三三分までの間、両船は衝突の危険がある相対的位置関係でそれぞれ航行したものというべきである。

(2)  本件における適用航法について

ア 予防法一五条の「横切り船」の航法が適用されるためには、「二隻の動力船が互いに針路を横切る場合において、衝突のおそれがあるとき」に該当することを要するところ、本件においては、(1)に判断した両船の相対的位置関係からすると、この要件に該当すると評価すべきものと解される。したがって、本件事故については、予防法一五条の規定する「横切り船」の航法を適用するのが相当である。

イ そうすると、b丸は、他の動力船であるa丸を右舷側に見る動力船であるから、b丸が「避航船」に該当し、他の動力船であるa丸の進路を避けなければならず、やむを得ない場合を除き、当該他の動力船であるa丸の船首方向を横切ってはならない(予防法一五条一項)。避航船は、当該他の船舶から十分に遠ざかるため、できるだけ早期に、かつ、大幅に動作をとらなければならない(同法一六条)。

ウ また、a丸は「保持船」として、その針路及び速力を保たなければならない(同法一七条一項)のであり、避航船が、法律の規定に基づく適切な動作をとっていないことが明らかになった場合は、同項の規定にかかわらず、直ちに避航船との衝突を避けるための動作をとることができる。この場合において保持船は、やむを得ない場合を除き、針路を左に転じてはならない(同法一七条二項)。

(3)  上記(1)(2)に説示した認定判断に対して、本件裁決は、a丸とb丸との位置関係について、予防法一五条の横切り船航法の適用を否定し、予防法三八条及び三九条の船員の常務により律するとして、原告に対し、三等海技士(航海)の業務を一箇月停止するとの懲戒処分とした。これは、b丸の発進地点と速力、衝突時刻、a丸の速力など重要な事実の認定を誤り、その前提のもとに、両船が互いに針路を横切ることになるものの、一分間に二度以上の方位変化があるから衝突のおそれがないと判断したものであり、適用航法を誤ったものというほかない。

したがって、本件事故前の両船の位置関係からすると横切り船航法の適用があるというべきである。

四  争点二について

本件について、横切り船航法の適用があるとした場合において、原告に対し、三級海技士(航海)の業務を一か月停止するとした処分は相当であるか(争点二)について検討する。

(1)  被告は、横切り船航法の適用があるとした場合にも、見張りを常に行うという義務は、船舶運航者にとって常識中の常識であり、船員に要求される最も基本的注意義務であるが、原告は、この見張り義務に違反して本件事故を惹起したものであり、その責任は重大であり、結果もb丸と衝突して転覆させ、C船長を溺死させたものであるから、原告の三級海技士(航海)の業務を一箇月停止するとの懲戒は、本件事故発生の一因を構成した原告の過失行為に照らし、何ら相当性を欠くものではない旨主張する(予備的主張)。

そこで判断するに、上記三(1)及び(2)に認定判断したとおり、本件事故については予防法一五条の横切り船の航法が適用されるべきであるところ、これを前提として、原告の見張り義務違反について検討する。

原告は、本件事実関係の下において、〇〇時三〇分の時点でレーダーに自船左前方一・二五海里に漁船と思われる映像を認めたのであるから、その船の船種や針路について、特に、南下して自船の針路を横切るものであるかを直接、当該船舶の灯火を目視するなどして確認し、これが自船の針路を横切るものであって、衝突のおそれがある態勢で接近していることが確認されたときには、保持船として、自船の針路、速力を維持した上で相手船に避航を促すべく、早期に警告信号を発するとともに、相手船に避航の動作が見られず、衝突を避けることができないと認めたときは、衝突を避けるための協力動作をとることにより衝突を回避すべき注意義務があった。

ところが、原告は、自船左前方一・二五海里に見えたレーダーの船影を北上船と思い込み、自船右舷前方二・五海里付近の漁船との見合い関係を気にして、その動静を監視していたため、自船左舷前方の見張りが不十分となり、b丸が、左前方から自船前方を横切る態勢で接近していることに気付かず、衝突の約一分前にb丸を左舷前方約五〇〇mに発見後、目視でその動きを見て、衝突するとの切迫した危険を感じ、探照灯を照射し、汽笛を吹鳴するとともに右舵一〇度を取り、甲板手に指示して右舵二〇度、さらに右舵一杯の三五度を指示し、右転したが間に合わず、自船船首をb丸右舷中央付近に衝突し、同船を転覆させ、乗船していたCを溺死させた。そうすると、a丸とb丸との相対的位置関係からは、a丸が保持船となり、自船の針路、速力を維持すべきことにはなるが、原告が、衝突の約四分前の〇〇時三〇分ころに、レーダーにおいて、自船左前方一・二五海里に船影を見たときに、直ちに、その船の動静を目視して確認していれば、より早期に警告措置を講じることができ、b丸との衝突を避けることができたといえるのであり、原告に見張り不十分の過失(見張り義務違反)が認められることは明らかである。

一方、Cは、長年、現場海域における底びき網漁に携わっていたのであるから、揚網作業を終えて〇〇時三〇分ころ、停止していた状況から発進地点から航行を開始するについては、同地点は備讃瀬戸東航路の東口付近で同航路を通行する船舶が輻輳する海域であり、自身が針路とした大串埼方向に航行すれば、同航路を横切ることとなり、通行する貨物船やフェリーなどの船舶と衝突する危険があることを十分認識していたと推認される。したがって、Cは、発進地点から航行を開始するにあたり、自船針路方向に航行してくる船舶の有無、動静を確認し、b丸が東航路を航行してくるa丸の針路を横切ることとなり、かつ、衝突のおそれがあることを確認した場合には、早期に右方に転舵するなどして、a丸の進路を避ける措置を講じ、衝突を回避すべき注意義務があった。

ところが、Cは、周囲の見張りを十分に行わず漫然と航行を開始し、a丸と衝突のおそれを生じさせ、その状態のまま衝突直前まで何らの避航措置を講ずることなく、続航して本件事故を発生させたものであり、Cにも少なからぬ過失があるといわなければならない。そして、Cのこの過失は、a丸が予防法上の保持船であり、b丸が避航船に該当する本件状況の下においては、本件事故発生の主因と評価されるべきものである。

(2)  以上の検討によれば、原告に見張り義務違反の過失が認められることは、上記(1)のとおりであるが、上記二(2)に判断したとおり、本件裁決は、b丸の発進地点及び速力、衝突時刻、a丸の速力などの本件事故の発生にかかわる重要な事実につき、不正確な認定をしたうえ、本件事故につき予防法一五条の横切り船の航法の適用がないとの誤った前提のもとに、本件事故により生じた結果について、原告の過失の軽重を論じているところ、本来適用されるべきである予防法一五条の横切り船の航法の規範を適用すれば、本件事故発生の主たる原因は、Cが見張り不十分のまま、b丸の針路をa丸の針路を横切ることとなる大串埼に向けて発進させ、その後、衝突約一分前に至るまで何らの避航措置をも講じなかった過失にあると評価することが相当である。さらに、結果的に衝突を避けることができなかったものの、衝突一分前ころ、原告がb丸を発見した後、探照灯を照射し、汽笛を吹鳴する等の警告措置を講じていることも斟酌すべきである。そうすると、原告は、その職務上の過失が、結果的に本件事故発生の一因となっているが、Cの過失が本件事故発生の主因であること及びその過失の大きさとの比較において、原告の処分を考えた場合には、原告の三級海技士(航海)の業務を一箇月停止するとの懲戒は、重きに失し相当性を欠くものというべきである。また、本件事故により、Cの死亡という重大な結果が生じているが、この点を勘案してもなお上記判断を維持することが適切であると解する。

五  結論

以上によれば、原告の被告に対する本件請求は、理由があるから認容すべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 柴田秀 加藤美枝子)

(別紙) 漁船かつ丸航跡図

<省略>

(別紙) a丸航跡図

<省略>

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