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東京高等裁判所 平成21年(行コ)113号 判決 2009年7月22日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第2事案の概要

本件は,東京都の住民である被控訴人が,公営住宅である都営住宅αアパート(旧称都営住宅βアパート。以下「β団地」という。)の敷地内の空き地に自動車を駐車する入居者で組織する自主管理委員会(旧称A)が,事業主体である東京都の許可を受けることなくβ団地の敷地内の空き地に駐車場所を設け,これを自主管理委員会会員に割り当てて自動車を駐車させ,会費という名目で1台当たり年額2万5000円を徴収し,これを助成金名目でβ団地自治会に支出したことなどにより,平成19年において同自治会に55万円の不当利得が発生したと主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,同自治会に対し利息を付して不当利得返還請求をするよう東京都知事に求めた住民訴訟である。

原審は,被控訴人の訴えを適法とした上で,目的外使用許可による行政財産の使用については使用料を徴収できるのであるから(地方自治法238条の4第7項,225条),東京都は,自主管理委員会の会員に対して駐車場利用料相当額の不当利得返還請求権を有しており,自主管理委員会は会員から徴収した合計55万円の会費を助成金としてβ団地自治会に支払ったことにより,不当利得返還請求権の対象となる55万円の利益がβ団地自治会に移転したから,東京都はβ団地自治会に対して不当利得返還請求権を有するとして被控訴人の請求を認めたところ,控訴人が不服を申し立てた。

そのほかの事案の概要は,次のとおり付加し,又は訂正するほかは,原判決の事実及び理由欄の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから,これをここに引用する。

1  原判決6頁6行目の「いたものではなく,β団地の」を次のとおり改める。「いたものではない。都営住宅の自治会は,居住の場を共通する都営住宅入居者の親睦的組織であって,都営住宅の管理に関して,入居者に対し,その意思に反して義務を課したり,権利を制限するなどの強制的権限を有するものではない。また,都営住宅の自治会が法的権限を行使することは,入居者の全員が加入しているわけではないという都営住宅の自治会の実態からも不可能である。したがって,自治会に,会費の支払をした入居者のみに団地敷地内の駐車を認める権限などはなく,β団地自治会長が作成した報告書(甲8)も,自治会が許可のない駐車を認めたものではないとの認識に従って作成したものであり,それ以上の意図はない。

本件は,」

2  原判決7頁9行目の「ウ」の次に続けて,次のとおり加える。

「 行政財産である都営住宅の敷地は,事業主体である控訴人の許可なく占有することが認められないのは異論のないところであるが,同敷地は,都営住宅入居者の適切な住環境の実現がその目的・機能である。本件において,」

3  原判決7頁11行目の「したがって」から同13行目の「観点からすれば,」までを次のとおり改める。

「すなわち,自治会に加入していない入居者も,助成金が共益的又は管理的費用に充当されたことで,居住の場の環境が適切に維持され,向上したという点において利益を享受したものといえるから,自治会加入者のみに不当利得を請求するのは相当でない。さらに,入居者に対して,自らの居住環境を良好に維持するため自発的動機に基づく無償での協力を前提にしている都営住宅管理における協働関係を考慮するならば,本件においては,(3)で述べるような自主的ボランティア活動が行われており,このことにより公営住宅の維持・管理に振り向けなければならない行政資源が軽減されているのであるから,」

4  原判決7頁16行目の「当該都営住宅等の」から同17行目末尾までを次のとおり改める。

「事業主体である東京都の収入とはならない。都営住宅における駐車場の利用料金は,指定管理者である公社に本来的に帰属する収入であるから,本件では,東京都に損失が発生していない。

エ なお,仮に不当利得返還請求権が発生するとしても,駐車場設置事業により設置される共同施設である駐車場の利用料相当額と同額が不当利得となるわけではない。なぜなら,本件条例上の共同施設として設置される駐車場は,共同施設としての適格性を備えるものであり,都営住宅敷地内の空き地とは本来的性格が異なるからである。」

5  原判決8頁16行目末尾の次に行を改めて,次のとおり加える。

「 平成16年4月23日最高裁判所第二小法廷判決(民集58巻4号892頁。以下「自販機判決」という。)は,行政財産である道路が権原なく占有された場合,道路管理者は占有者に対し,占用料相当額の不当利得返還請求権を有すると判示しているものの,はみ出し自動販売機に係る最大の課題は,それを放置することにより通行の妨害となるなど望ましくない状況を解消するためこれを撤去させるべきであるということにあったのであるから,対価を徴収することよりも,はみ出し自動販売機の撤去という抜本的解決を図ることを優先した東京都の判断は,十分に首肯することができると判示して,道路管理者が占用料相当額の損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を行使しないことは違法でないとしている。

本件は,そもそも不当利得返還請求権が問題となる事案ではないが,仮に被控訴人が主張するように駐車料相当額が不当利得になったとしても,駐車料相当額を不当利得として徴収するよりも,自治会の協力の下,優先課題であった無断駐車車両を有料駐車場に移転させて無断駐車を速やかに解消させたことが評価されるべき事案であって,不当利得返還請求権を行使しないことは,自販機判決の趣旨に適合するものといえる。」

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,被控訴人の本件請求は理由があるものと判断する。その理由は,次のとおり付加し,又は訂正するほかは,原判決の事実及び理由欄の「第3当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これをここに引用する。

(1)  原判決14頁13行目の「駐車場」から同14行目の「生じて」までを「駐車場使用料相当額の利益が生じており,東京都には同額の損失(なお,この損失については,後に改めて検討する。)が生じて」と,同16行目の「駐車場」を「駐車場所」と,同21行目の「駐車場の利用料」を「駐車場所の使用料」と,それぞれ改める。

(2)  原判決15頁12行目の「であることに照らすと,」を次のとおり改める。

「であり,居住者が自動車を駐車させていた場所が駐車場所としては整備されていない空き地であることに照らすと,損失額は,有料駐車場の利用料の約1割減の月額2万5000円であると認めるのが相当であり,」

(3)  原判決15頁14行目の「677万6000円」を「605万円」に,同18行目の「646万8000円」を「577万5000円」に,それぞれ改める。

(4)  原判決16頁4行目の「この点について,」を次のとおり改める。

「 なお,控訴人は,都営住宅の自治会は,居住の場を共通する都営住宅入居者の親睦的組織であって,都営住宅の管理に関して,入居者に対し,その意思に反した義務を課したり,権利を制限するなどの強制的権限を有するものではない,都営住宅の自治会が法的権限を行使することは,入居者の全員が加入しているわけではないという都営住宅の自治会の実態からも不可能であり,自治会に,会費の支払をした入居者のみに団地敷地内の駐車を認める権限などはないと主張する。

しかし,法的権限及び強制力はないにせよ,」

(5)  原判決16頁6行目の「駐車させることが」の次に続けて,「現実には」を加える。

(6)  原判決17頁18行目冒頭の「(5)」を次のとおり改める。

「(5) 控訴人は,行政財産である都営住宅の敷地は,都営住宅入居者の適切な住環境の実現をその目的・機能としており,駐車場所の利用者から会費名目で徴収された金員は,β団地の共益的又は管理的費用に充当されたことで,居住の場の環境が適切に維持され,向上したという点において利益を享受しているのであり,これは,自治会への加入の如何に関わらないはずであるのに,自治会加入者のみに不当利得を認定するのは相当でないと主張し,さらに,事業主体と自治会との協働関係を考慮すると,東京都には,損失の発生を観念することができないと主張する。

しかしながら,自治会加入者でない者にも利益が享受されているとしても,自治会自体及びその構成員に利益が享受されているのは明らかであるし,また,その主張のような事業主体と自治会との協働関係の存在は,そのとおりであると考えられるものの,だからといって,行政財産であるβ団地の敷地内の空き地を駐車場所として,許可なく占有されることが,損失と観念されないということにはならない筋合いのものというべく,結局,控訴人の主張は採用の限りではない。

(6) 」

(7)  原判決18頁5行目末尾の次に行を改めて,次のとおり加える。

「 なお,控訴人は,β団地自治会長が作成した報告書(甲8)は,自治会が許可のない駐車を認めたものではないとの認識に従って作成したものであり,それ以上の意図はないと主張する。

しかしながら,報告書(甲8)の上記記載内容を,一般人が,普通の注意と読み方をすれば,β団地敷地内の空き地を保管場所として居住者が自動車を駐車させている事実はないとの報告書と解するほかないものといえる。したがって,控訴人の上記主張は採用できない。」

(8)  原判決19頁7行目の「4 結論」を次のとおり改める。

「4 自販機判決について

控訴人は,仮に駐車料相当額が不当利得になったとしても,駐車料相当額を不当利得として徴収するよりも,自治会の協力の下,優先課題であった無断駐車車両の有料駐車場に移転させることにより無断駐車を速やかに解消させたことが評価されるべき事案であって,不当利得返還請求権を行使しないことは,自販機判決の趣旨に適合すると主張する。

しかしながら,自販機判決の趣旨は,自動販売機の占用料相当額を算定するとしても,その金額は,占用部分が1台当たり1平方メートルとすれば,1か月当たり約1683円にすぎず,他方,はみ出し自動販売機は当時約3万6000台もあったというのであるから,東京都が,はみ出し自動販売機全体への対処について考慮する必要がある中で,1台ごとに債務者を特定して債権額を算定することには多くの労力と多額の費用とを要するというものである。これに対し,本件においては,不当利得返還請求権の行使に当たって,債務者の特定も債権額の算定も極めて容易な事例であり,地方自治法171条の5第3号が適用されるような事案ではないというべきである。また,駐車場所使用料相当額を不当利得として徴収することと,自治会の協力の下に無断駐車を速やかに解消することとは両立することであると考えられるから,控訴人の主張は採用することはできない。

5 結論」

2  以上のとおりであって,当裁判所の上記判断と同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎恒 裁判官 山本博 裁判官 小林元二)

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