東京高等裁判所 平成21年(行コ)177号 判決 2009年11月12日
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は,控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 東京都収用委員会が平成20年1月31日付けで控訴人A,同B,同C並びに控訴人D及び同Eによる承継前の控訴人(以下「承継前控訴人」という。)Fに対してした都市再開発法85条に基づく裁決に係る同法73条1項3号の宅地の価額を,控訴人A,同B及び同Cにつき各1億7444万2959円,同D及び同Eにつき各8722万1479円と変更する。
第2事案の概要
1(1) 被控訴人(被告)は,東京都文京区α地区を施行地区とする第一種市街地再開発事業(本件事業)の施行者である市街地再開発組合である。
(2) 控訴人(原告)A,同B,同C及び承継前控訴人(原告)F(以下「承継前控訴人ら」という。)は,本件事業に係る施行地区内にある原判決別紙物件目録記載の土地(本件各土地)を共有していたもので,各人の持分は,本件各土地につき,それぞれ56分の10(合計56分の40)であった。
(3) 被控訴人は,本件事業の権利変換計画の策定に当たり,平成17年12月26日の臨時総会において,同計画における従前資産の評価の取扱基準として「従前資産評価基準」(本件取扱基準)を採ることを決議し,同基準の9条(宅地の評価)2項において,「宅地の価格(単価)は,地価公示価格,基準地価格,近傍類似の土地取引価格及び価格形成上の諸要因を考慮して求めた標準地の正常価格を基準として,これに各画地の接道条件,公法上の規制,形状,規模等の個別的要因による個別格差修正を行って求めた価格に,事業による評価の増加分(開発利益)を加えた価格とする。」と定めた。
(4) 被控訴人は,平成18年11月24日の臨時総会において,本件取扱基準に従って策定した権利変換計画(本件権利変換計画)の採択を決議し,本件権利変換計画において,本件各土地につき,1m2当たりの土地価格に1m2当たりの開発利益58万9000円を加算して得た額に,土地面積,底地割合及び共有割合を乗じた上で,同法73条1項3号の宅地(本件各土地)の価額を,原判決別表1「権利変換計画において定めた価額の内訳」の価額欄(合計)のとおり,控訴人Aにつき1億1385万5000円,同B,同C及び承継前控訴人Fにつき各1億1386万円と定めた。
(5) 被控訴人は,平成18年11月26日,本件権利変換計画の縦覧を開始した(なお,本件事業に係る都市再開発法80条1項所定の評価基準日は,同年5月27日である。)。
(6) 承継前控訴人らは,被控訴人に対し,都市再開発法83条2項に基づき,同法73条1項3号の宅地(本件各土地)の価額は各人につき各2億7882万9000円である旨を記載した平成18年12月9日付けの各意見書を,それぞれ提出した。
(7) 被控訴人は,承継前控訴人らに対し,都市再開発法83条3項に基づき,平成19年1月16日付けで,上記(6)の各意見書を採択しない旨の通知をした。
(8) 承継前控訴人らは,上記(7)の通知を受け,都市再開発法85条1項に基づき,東京都収用委員会に対し,平成19年2月14日付けで,同法73条1項3号の宅地(本件各土地)の価額につき,裁決の申請をした。
(9) 東京都知事は,平成19年3月16日,都市再開発法72条1項に基づき,本件権利変換計画について認可をした。
(10) 東京都収用委員会は,平成20年1月31日付けで,承継前控訴人らに対し,本件権利変換計画で定められた価額をもって都市再開発法73条1項3号の宅地(本件各土地)の価額とする旨の裁決(本件裁決)をした。本件裁決においては,本件各土地の1m2当たりの土地価格及び底地割合は本件権利変換計画よりも高額・高率とされたが,1m2当たりの評価土地価格に開発利益を加算しないで土地面積,底地割合及び共有割合を乗じて価額の算定が行われ,同法80条1項の規定により算定した本件各土地の相当の価額は,原判決別表2「収用委員会が相当とする価額の内訳」の価額欄(合計)のとおり,承継前控訴人らにつき各1億0248万8832円とされ,本件権利変換計画で定められた上記(4)の価額よりも低額となったが,同法85条3項において準用される土地収用法94条8項により,被控訴人の申立ての範囲内において本件権利変換計画で定められた価額をもって都市再開発法73条1項3号の宅地(本件各土地)の価額とされた。
2 本件は,承継前控訴人らが,都市再開発法73条1項3号の宅地(本件各土地)の価額につき,被控訴人が権利変換計画で定めた価額の評価を不服として,東京都収用委員会が相当とした1m2当たりの土地価格に被控訴人が定めた開発利益58万9000円を加算し,土地面積,東京都収用委員会が相当とした底地割合及び共有割合を乗じて算定すべきであると主張して,同法85条3項の規定により本件裁決に係る同号の宅地(本件各土地)の価額を各自につき各1億7444万2959円と変更(増額)することを求めた事案である。
本件の争点は,本件各土地の価額を算定するに当たり上記開発利益を加算すべきか否かの1点である。被控訴人は,市街地再開発組合が従前資産の価額について開発利益を加味する取扱い自体は,市街地再開発事業の円滑な遂行を図る趣旨のものであって,同法の趣旨に反するものではないが,都市再開発法73条1項3号の従前資産の価額は同法80条1項に従って算定されるべきところ,同法80条1項所定の相当の価額は,その文言からして,開発利益を含むことを予定していないと主張した。
3 原審は,都市再開発法80条1項は,同法73条1項3号の従前資産(宅地,借地権又は建築物)の価額を,評価基準日における近傍類似の土地,近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利(近傍類似資産)の取引価格等を考慮して定める相当の価額とすると定めており,同法80条1項所定の相当の価額は,評価基準日における従前資産の評価額をいうものであり,権利変換計画の決定前の日である評価基準日の時点における近傍類似資産の取引価格その他の諸事情を考慮して定められるべきものと解するのが相当であって,開発利益は,評価基準日後の権利変換計画の認可及び権利変換期日を経た市街地再開発事業の進展及びその完成によって生ずるものである以上,都市再開発法上,従前資産に係る上記「相当の価額」の算定において,評価基準日後の事後的な事情に基づいて発生する開発利益は考慮すべき対象に含まれていないものというべきであるとして,承継前控訴人らの請求をいずれも棄却した。
これに対し,承継前控訴人ら(原告ら)が控訴した。
承継前控訴人Fは,当審係属中の平成▲年▲月▲日に死亡し,控訴人D及び同Eが承継前控訴人Fの権利を2分の1ずつ相続し,同人を承継した。これに伴い,控訴の趣旨2項のとおり訴えが変更された。
4 前提となる事実,争点及び争点に対する当事者の主張の要旨は,原判決7頁2行目の「同法85条1項」を「同法85条3項」と改め,後記5のとおり,当審における当事者の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2の2及び3(第2の3の引用に係る第3の2の主張摘示部分も含む。)に記載のとおりであるから,これを引用する。
5 当審における当事者の主張
(1) 控訴人らの主張
ア 原判決は,開発利益は,市街地再開発事業の完成によって発生するものであって,評価基準日に発生していないので,都市再開発法80条1項の価額の算定に考慮すべきでないとする。しかし,被控訴人の本件取扱基準では開発利益を従前資産の価額の算定に加算することが明示されており,都市再開発計画に基づき土地の一体的利用が可能となること,用途転換や土地の集積により土地環境の改善が図られること,容積率のアップ等の土地利用規制が緩和されることなど,土地価格形成要因の変更が確実であれば,それを織り込んだ開発利益が既に発生しているともいえるものである。
原判決は,従前資産に関する権利の喪失の前後を通じて従前資産の地権者の保有する資産の財産価値が等しくなるように補償金及び清算金の額を定めるべきであり,従前資産の地権者が近傍において従前資産と同等の代替地等を取得し得る金額を補償することを要し,かつ,それで足りるとする最高裁昭和48年10月18日第一小法廷判決・民集27巻9号1210頁を引用する。しかし,この判例は,完全補償の見地から,被収用土地であることによる権利制限を考慮しないで金額を定めるべきであるとしたもので,開発利益の加算を論じたものではない。
イ 原判決は,組合施行の市街地再開発において,市街地再開発事業の円滑な遂行も都市再開発法の目的に適合するから,従前資産の価額の算定に開発利益を考慮することは許されるが,従前資産の価額について収用委員会の裁決に不服がある場合の訴えにおいては,開発利益を加算することは許されないとするもので,二重の基準を設けており,理由不備である。収用委員会の裁決手続及び裁決の変更を求める訴えにおいても,市街地再開発組合自らが権利変換計画における従前資産の評価基準を定め,これにおいて開発利益の加算を行おうとしている場合,開発利益の加算は義務付けられるものというべきである。そうでないと,市街地再開発組合が,自ら定めた従前資産の評価基準を無視した評価による権利変換計画を定めた場合,権利者が,裁決を申請し,裁決の変更を求める訴えを提起しても,その是正を図ることができないことになる。
ウ 原判決は,他の組合員には開発利益が全額配分されるのに,承継前控訴人らには開発利益の一部しか配分されない結果となるから不公平であるとの主張に対し,本訴における審判の対象は,本件裁決に係る都市再開発法73条1項3号の従前資産の価額が同法80条1項所定の相当の価額を下回るか否かであって,裁決の適否及び変更の要否の判断に影響が及ぶものではないとする。しかし,本件取扱基準への適合性を担保する方法は,裁決手続又は裁決の変更を求める訴訟しかないのと同様に,組合員の実質的衡平を担保するためにも裁決手続又は裁決の変更を求める訴訟しか方法がないのであり,原判決の判断は誤りである。
(2) 被控訴人の主張
ア 従前資産に関する権利の喪失の前後を通じて従前資産の地権者の保有する資産の財産価値が等しくなるように補償金及び清算金の額を定めるべきであり,従前資産の地権者が近傍において従前資産と同等の代替地等を取得し得る金額を補償することを要し,かつ,それで足りるものと解されるとする原判決の考え方は,もとより正当である。そして,評価基準日後の事情により将来発生する開発利益が別個に加算されなくても,従前資産の地権者は,近傍において従前資産と同等の代替地等を取得し得る以上,完全補償の原則に反することはない。
イ 事業として許容される価額と法的に補償しなければならない価額は異なるものである。被控訴人が定めている従前資産評価基準に基づく価額が事業として許容される価額であるのに対し,収用委員会や裁判所が違法か否か判断する基準は法的に補償しなければならない価額(都市再開発法80条1項の定める相当な価額)であり,後者は,証拠に基づき,客観的に定まるものである。収用委員会の裁決も,裁判所の判決も,権利変換計画に記載されていた従前資産の価額が,正当な補償としての価額に達している限り,これが違法であるとは判断できないものである。
ウ 被控訴人は,組合員について,全く同じ手法で1m2当たりの土地価額を算定した上で開発利益を加算して,従前資産を評価している。そして,このようにして算出された評価額については,都市再開発法80条1項の相当の価額を超えるものであっても,超過額は違法ではなく許容されるものとして,裁決においても原判決においても維持されている。したがって,他の組合員との関係において,形式的にも実質的にも不公平は全くない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は,本件控訴は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり訂正し,後記2のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決9頁25行目の「といえるが,」から同10頁3行目末尾までを「であり,同法の予定しないものである。」と改める。
(2) 同10頁10行目の「上記のとおり」から同11行目の「違法ではない以上,」を削る。
(3) 同12頁7行目の「仮に,」から同11行目末尾までを削る。
(4) 同17行目から同25行目までを次のとおり改める。
「確かに同法80条1項所定の相当の価額に開発利益の加算をする取扱いには,検討すべき問題があるが,そのことが本件における認定判断の対象を左右するものではない。」
2 控訴人らの主張にかんがみ,理由を付加する。
(1) 控訴人らは,都市再開発計画により土地価格形成要因の変更が確実であれば,それを織り込んだ開発利益が既に発生しているともいえるから,市街地再開発事業の完成によって発生する開発利益が評価基準日に発生していなくても,土地の価額に加算すべきである旨主張する。
しかしながら,都市再開発法80条1項は,同法73条1項3号の従前資産の価額を,評価基準日における近傍類似資産の取引価格等を考慮して定める「相当の価額」とする旨定めており,これは,権利変換の前後を通じてその者の有する財産価値を等しくさせることを目的として算定される金額であって,権利変換計画の決定前の日である評価基準日の時点における近傍類似資産の取引価格その他の諸事情を考慮して定められるべきものと解するのが相当であり,評価基準日の後に発生する開発利益は加算すべきではないことは,原判決判示のとおりである。土地価格形成要因の変更が確実であることから,それを織り込んだ開発利益が既に発生しているということは擬制にすぎず,そうであるからこそ,本件取扱基準が開発利益を「加えた価格」を宅地の価格とする旨定めているのであり,真に現実化しているなら,加える必要自体がないことになる。
したがって,控訴人らの主張は採用できない。
(2) 控訴人らは,収用委員会の裁決に不服がある場合の訴えにおいては,開発利益を加算することが許されないとすると,二重の基準を設けることになり,市街地再開発組合が,自ら定めた従前資産の評価基準を無視した評価による権利変換計画を定めた場合,権利者が,裁決を申請し,裁決の変更を求める訴えを提起しても,その是正を図ることができないことになると主張する。
しかしながら,都市再開発法80条1項にいう「相当の価額」が上記のようなものと解すべきである以上,収用委員会も裁判所も,この「相当の価額」について認定判断すべきものであることは,同法の規定の当然に予定するところといわなければならない。そして,原判決が本件権利変換計画において定められた宅地の価格が開発利益も加算したものとなっていることにつき,直ちに違法となるものではないと判示したことを二重の基準を設けるものと非難しているが,これは,施行者である被控訴人が同法80条1項所定の評価基準と異なる取扱基準を用いたことにつき,違法とまではいえないが同法に根拠を有しない事実上の措置にすぎないとしているものであり,二重の基準とはいえない。
なお,このように,収用委員会及び裁判所においては,あくまで,都市再開発法80条1項の「相当の価額」の認定判断をするものであり,その範囲でのみ違法の是正を行うものであることからすると,施行者が事実上の措置として「相当の価額」に加算した額をもって宅地の価額としている場合には,是正された価額に同じ加算がされるように求めることはできないことになるが,それがあくまで事実上の措置である以上,裁決及び判決により救済を図ることは,同法の予定していないところといわざるを得ない。
したがって,控訴人らの主張は採用できない。
(3) 控訴人らは,承継前控訴人ら以外の組合員については,開発利益の全額が配分されているのに,承継前控訴人らについては,土地価格と都市再開発法80条1項所定の相当の価額との間の差額(不足額)に開発利益が充当される結果,他の組合員と異なり,開発利益の一部しか配分されない結果となり,組合員間の実質的衡平を担保するために,訴訟による救済を認めるべきである旨主張する。
確かに,承継前控訴人らが,裁決及び判決によって是正を受けた「相当の価額」は権利変換計画に不服を申し立てなかった他の組合員の宅地の価額とされたものから開発利益として加算された額を控除したものと同等のものであり,他の組合員には加算される開発利益の加算が十分には受けられず,結局,裁決及び判決によって是正(増額)された価額の全部を受け取ることができない結果となることは,他の組合員との間の公平を欠くというべきである(被控訴人が不公平は全くないというのは,是正された価額と是正を求めなかった者の価額とが同等のものであることを看過する議論である。)。しかし,その救済までが本件訴訟において求められるものではないことは,既に判示したとおりである。なお,このことからすると,都市再開発法80条1項の定める「相当の価額」に事実上の取扱いによって開発利益等を加算する措置の適法性には,検討すべき問題があるといわざるを得ない。
3 よって,原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大橋寛明 裁判官 辻次郎 裁判官 佐久間政和)