東京高等裁判所 平成21年(行コ)5号 判決 2009年5月20日
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は,控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 麻布税務署長が控訴人aに対して平成19年3月27日付けでした同控訴人の同17年分の所得税に係る更正処分のうち,納付すべき税額2062万6700円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。
3 麻布税務署長が控訴人bに対して平成19年3月27日付けでした同控訴人の同17年分の所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
4 麻布税務署長が控訴人cに対して平成19年3月27日付けでした同控訴人の同17年分の所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
5 渋谷税務署長が控訴人dに対して平成19年6月28日付けでした同控訴人の同17年分の所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
第2事案の概要等(略語は,原判決に従う。)
1 本件は,自己の所有又は共有する各土地(本件各土地)について,本件各土地に接続する土地(e所有地)を所有するf株式会社との間で,いわゆる連担建築物設計制度(建築基準法86条2項)にかかわる地役権(本件地役権。ただし,その「地役権」の性質については争いがある。)を設定する旨の契約(本件契約)を締結して,その対価(本件対価)を受領した控訴人らが,同対価は譲渡所得に当たると主張したが,これを不動産所得であるとする処分行政庁から,それぞれ平成17年分の所得税について更正処分,過少申告加算税賦課決定処分又は更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分(本件各処分等)を受けたため,これらを不服として,その取消しを求める事案である。
2 原判決は,不動産所得とは,「不動産の上に存する権利(‥略‥)の貸付け(地上権又は永小作権の設定その他他人に不動産等を使用させることを含む。)による所得(事業所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)」をいい(所得税法26条1項),譲渡所得とは,「資産の譲渡(‥略‥)による所得」をいう(同法33条1項)ところ,本件契約は,本件各土地内に一定の容積率を超える建物を建設しない旨の不作為の地役権(本件地役権)を設定したものであるから,その対価は不動産所得に当たる,連担建築物設計制度は,余剰容積利用権という新たな権利を創設するものではないし,本件契約は余剰容積利用権という権利の移転又は譲渡を合意したものではないから,本件地役権設定の対価が譲渡所得に該当するとはいえないとして,本件各処分等が適法にされたものと認め,控訴人らの請求をいずれも棄却したため,控訴人らが本件控訴をした。
3 前提事実及び争点(当事者の主張を含む。)は,原判決の「事実及び理由」第2の1及び2に摘示されたとおりであるから,これを引用する。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,本件契約は地役権設定契約であり,地役権設定の対価(本件対価)は譲渡所得ではなく,不動産所得に当たるから,控訴人らの請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,原判決を次のとおり訂正し,次項で当審における判断を補足するほか,原判決の「事実及び理由」第3の1から3までに説示されたとおりであるから,これを引用する。
(1) 14頁13行目ないし14行目の「その余剰容積を隣地に建築する建築物に移転することを可能とする制度」を「その余剰容積を加算した容積の建築物を同敷地内の別の土地上に建築することが可能となる制度」と改める。
(2) 16頁7行目の「ない」の次に「(上記約定は,現行の建築基準法等の規制を前提とする限り,294.46%を超える建物を建設しないが,将来の同法等の改正により,現行の容積率対象延床面積を超えて本件建物を増改築等することが可能となった場合には,同超過分の増改築は制限されない,という内容の不作為を合意したものと解され,もとよりそのような合意は地役権設定契約の内容として可能であるし,本件地役権設定登記の「目的」欄にもその旨登記されている。)」を加える。
2 当審における判断(補足)
(1) 控訴人らの主張する「余剰容積利用権」について
連担建築物設計制度は,一敷地一建築物の原則の下に,一又は用途上不可分の関係にある二以上の建築物が存在する敷地面積ごとに上限が定まることとされている容積率について,特定行政庁が認めたときは,既存建物の敷地(以下「甲敷地」という。)を含む一定の「一団の土地の区域」を,当該既存建物と当該区域内に存することとなる建物との「一の敷地」とみなして,当該一団の土地について容積率に関する規定を適用する,という制度であって,「一団の土地」を「一の敷地」とみなすことの結果として,既存建物につき甲敷地との関係で容積率の余剰が生じていた場合には,当該「一の敷地」とみなされた範囲内の別の土地(以下「乙敷地」という。)上にその余剰容積を加算した容積の建築物を建築することを可能とするものにすぎない。
すなわち,土地の範囲において地上及び地下に及ぶべき土地利用権に課された地上利用権の制限(容積率)について,「一団の土地」を「一の敷地」とみなすことによって,甲敷地の利用権者の同意があるときは,甲敷地の容積利用権の限度で,乙敷地の容積率制限を緩和するものであって,甲敷地が利用できなくなり,乙敷地が利用できることとなる容積率は,建築物の空間として許容された甲敷地の土地利用権の一部をなすものである。そして,このような特例は建築基準法上の「敷地」利用権に関する規制であるから,敷地利用権が借地権である場合にも適用され,また,建物敷地の容積率制限が強化された場合には乙敷地上に同規模の建物の改築はできないことになり(余剰容積は減少する。),逆に容積率制限が緩和され乙敷地の容積率で同地上建物が適法となる場合には連担建築物設計制度の利用としてされた甲敷地の利用権者の同意は経済的意味を失うことになるのであって,このような法的事象をもって直ちに甲敷地の移転に準ずるものということはできず,当該余剰容積が甲敷地の利用権から独立,分離して乙敷地に移転することが定められたものではない(なお,財産評価基本通達(甲58)は,「余剰容積率を移転している宅地」,「余剰容積率の移転を受けている宅地」という用語を用いているが,それぞれの用語は,同通達上,「容積率の制限に満たない延べ面積の建築物が存する宅地で,その宅地以外の宅地に容積率の制限を超える延べ面積の建築物を建築することを目的とし,区分地上権,地役権,賃借権等の建築物の建築に関する制限が存する宅地をいう。」,「余剰容積率を有する宅地に区分地上権,地役権,賃借権の設定を行う等の方法により建築物の建築に関する制限をすることによって容積率の制限を超える延べ面積の建築物を建築している宅地をいう。」と定義付けられているのであり,同通達が,連担建築物設計制度について,これによって「余剰容積」が各土地間で法的に「移転」するものであるという理解を前提としているものとは解されない。)。
このように,控訴人らの主張する「余剰容積利用権」なるものは,土地所有権から淵源する敷地利用権能(経済的利益)であって,敷地利用権と離れて独立に処分可能な財産権ということは困難である。そして,この敷地利用権能をいかなる権利とするかは,甲敷地の権利者(所有者,賃借人等)が連担建築物設計制度に同意する場合の契約内容,すなわち,物権性の有無,対価の有無により,地上権,地役権,賃借権,使用借権等という構成が考えられるのであって,さらに存続期間等により権利の内容は異なるのである。
(2) 不動産所得と譲渡所得
譲渡所得に対する課税は,資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として,その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に,これを清算して課税するとの趣旨に出るものであり(最高裁昭和43年10月31日第一小法廷判決・集民92号797頁,最高裁昭和50年5月27日第三小法廷判決・民集29巻5号641頁参照),不動産所得に対する課税は,不動産の利用により逐次発生する利用利益(営業的所得)を課税対象とするものであると区分して理解することができる。
ところで,前記のとおり,所得税法において,不動産所得は,「不動産等の貸付けによる所得」を基本概念とし,「不動産等の貸付け」には,賃貸のみならず,地上権又は永小作権の設定その他他人に不動産等を使用させることを含む。そして,このような不動産所得に該当する場合であっても,譲渡所得に該当するものは除かれるところ(同法26条1項),譲渡所得における「資産の譲渡」には,「建物又は構築物の所有を目的とする地上権又は賃借権の設定その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為で政令で定めるものを含む。」とされている(同法33条1項)。この規定によれば,不動産を他人に使用させることの対価としての所得は,概念上「不動産所得」に該当するが,利用期間が長期間にわたり政令で定める場合には,譲渡所得として課税することになる。このような取扱いは,不動産の利用により逐次発生すべき利用利益であっても,その利用期間が長期に及ぶ場合で,利用利益の全部又は一部を一時に一括して受領するときは,実質的に所有権の移転と同様に資産の増加分の処分の実体を有することがあるが,その区分は必ずしも明らかではないことから,不動産を他人に使用させることの対価としての所得であっても,政令で定めるものに限って,譲渡所得として扱うことにしたものと解される。
なお,譲渡所得における譲渡対象資産は,法的権利として確立したものといえなくても,行政官庁の許可等により発生した事実上の権利も含まれる(所得税法基本通達33-1)から,控訴人の主張する「余剰容積利用権」も譲渡所得に係る譲渡対象資産に該当する場合があるということはできる。しかし,既に説示したとおり,「余剰容積利用権」の権利性は連担建築物設計制度に同意する場合の契約の契約内容によるのであり,また,この同意に係る対価は不動産を他人に使用させることの対価ということになるから,同意に係る対価が当然に譲渡所得に該当するものと解することはできない。この点は,不動産を他人に使用させることの対価としての賃借権に関する所得についてみても明らかである。すなわち,A所有土地をBが建物所有目的で賃借し,Bがこの地上に建築した建物を借地権付きでCに売却した場合,売却価格中の借地権相当分はBの有した借地権の譲渡による所得ということになるが,Aの行為はBへの借地権「設定」であって,当然に譲渡所得の対象となる借地権の「譲渡(移転)」となるものではないから,Aが取得する利用利益の対価たる地代は,法令に別段の定めがない限り,不動産所得に該当するものというほかない(この場合,Bが借地権を自己の資産に計上したとしても,Aにおいて資産譲渡による所得が生じているものではない。)。そして,AがBとの契約に当たり,利用利益に対する対価の一部を権利金として一括して受領した場合に,これが譲渡所得に該当するか否かは,政令の定めるところによるとされているのである。したがって,既存建物の甲敷地利用権者の同意を得て乙敷地上に乙敷地固有の容積率を超える建物を建築した者が当該利益を含んだ建物を譲渡した場合に,この譲渡所得には資産としての「余剰容積利用権」の譲渡利益が含まれるとしても,甲敷地の利用権者が連担建築物設計制度に同意したことによる対価が当然に譲渡所得に当たるものではない。
(3) 本件の検討
ア 控訴人らとfは,本件契約により,本件余剰容積分の容積を加算した建物をe所有地上に建築することを可能とするために,本件各土地の余剰容積をあたかも「移転」したかのような効果を生じさせることを意図していたものと認められる。
しかし,本件契約書上,「容積率294.46%を超える建物を本件各土地内に建設しない旨の不作為の地役権(本件地役権)を設定する」と合意し(1条2項),同合意に基づいて地役権設定登記もしているのであって,これは,正に当事者の真意に基づいて地役権設定契約を締結したものと解するほかない。また,上記説示のとおり,この地役権設定は,控訴人らの所有(共有)資産である既存建物の敷地とe所有地とを一団の敷地とすることに同意することを通じて,既存建物の敷地利用に係る利益をfに享受させるものであるから,これにより取得する対価は,経済的実質に照らしても,不動産を他人に使用させることの対価というべきである。
控訴人らは,本件契約書の文言は形式的又は便宜的なものにすぎず,契約の内容は「余剰容積利用権」の移転であると主張するが,「余剰容積利用権」を土地利用利益以外の独立の権利ということはできないし,「余剰容積利用権」の譲渡が観念されるとしても,その設定行為である利用許諾が当該権利の移転といえないことは既に説示したとおりである。
そうすると,fが本件余剰容積分の容積を加算した建物をe所有地上に建築することにつき控訴人らが同意したことへの対価として取得した所得は,所得税法上に規定された「不動産所得」に該当するものというべきである。
イ この点につき,控訴人らは,本件契約においては,本件地役権の対価は一括して受領し,連担対象建物の容積率の超過部分を取り壊さない限り本件契約の合意解約をすることはできないこととされ(協定書〔甲20〕5条1項),本件地役権の存続期間は永久とされ,本件建物は堅固建物として長期間存続することが予定されていること等から,上記対価の受領は本件各土地の資産の値上りにより長期間にわたって蓄積された利得の一部が一時的に実現したという側面があり,実質的には土地の元本価値の流出として譲渡所得と解すべきである旨の主張をする。
確かに,本件対価の性質には,実質的,経済的にみれば,本件各土地の土地利用権の一部を半永久的に譲渡することによって,本件各土地の更地価額のうち本件各土地の値上りによって所有者に帰属した増加益が現実化したという側面もあることは否定できないが,既に説示したとおり,所得税法及び同施行令は,不動産所得と譲渡所得との実質論のみでは,両者の区分が困難であるところから,政令において具体的な判断基準を設けたものであり,そのような趣旨からすれば,建物の所有を目的として他人に土地を長期間使用させる行為であっても,政令で定める基準に該当しなければ,譲渡所得には該当しないというべきであって,当該基準により不動産所得に該当する場合に,更に実質論をもって譲渡所得の範囲を拡大することを予定するものではない。そして,本件地役権の設定は同施行令79条1項に列挙された一定の内容の地役権の設定には該当しないから,本件契約により取得される利益を譲渡所得と解することはできない。
ウ なお,控訴人らの主張する上記事情及び本件地役権の設定により,控訴人らが,将来の行政法規等の改正がない限り,原則として本件各土地に容積率294.46%を超える建物の建築をすることができなくなったことについて所得税法施行令79条1項の類推の余地を検討しても,以下のとおり,消極に解するほかはない。
甲21(調査報告書)によれば,本件余剰容積の経済的価値は,本件各土地の取引事例比較法による比準価格(21億4000万円)にその法定容積率(400%)に対する本件余剰容積の割合である26%を乗じるなどして算出した本件余剰容積の比準価格と,本件各土地の収益還元法による収益価格(21億6000万円)に同余剰容積割合を乗じるなどして算出した本件余剰容積の収益価格とを,比較考慮して算定した価額(5億9800万円)に,法制度上の制約を考慮した補正率65%を乗じた3億8900万円と査定され,本件契約においては,これを参考として,4億円をもって対価と定めたものと認められ,本件対価決定当時の本件各土地の更地価額は少なくとも21億4000万円(甲20,21,弁論の全趣旨)であったと認められる。
したがって,本件地役権の設定を,空間について上下の範囲を定めたものである地上権等の設定(同項1号)に準じて考えたとしても,本件地役権設定によって控訴人らが得た対価4億円は本件各土地の価額の2分の1に相当する金額の10分の5である5億3500万円を超えない。また,本件契約は,fが本件余剰容積分の容積を加算した建物をe所有地上に建築することを目的とするものであるから,建物又は構築物の一部の所有を目的とする借地権(同項2号)と解することはできない。
なお,控訴人らは,本件地役権の設定により控訴人らが譲渡したのは,本件各土地の利用権のうち,譲渡の対象となる余剰容積率の割合(約26%)に応じた部分的利用権に過ぎないから,所得税法施行令79条1項において譲渡所得の要件に当たるかどうかの計算の基礎となる「土地」の価額とは,本件各土地全体の更地価額ではなく,同利用割合に応じた「土地の部分的価額」である5億9800万円と解すべきであり,本件対価である4億円はその約66%であるから,同項1号に定める基準を超えていると主張する。確かに,上記のとおり,同項2号の建物又は構築物の一部の所有を目的とする借地権の設定においては,現実の土地利用利益の割合を計算の基礎とすることになるが(同号),本件がこれに該当しないことは上記のとおりである。また,本件契約による土地利用利益は,既存建物の敷地に係る余剰容積率を利用する利益であって,法制の変更によりこの利益の法定容積率に占める割合は変動するうえ,控訴人らの主張する余剰容積利用権も本件各土地の敷地全体について決せられるものであるから,上記政令の適用における土地価額につき,余剰容積率の割合に応じた「土地の部分的利用利益」を,同項1号の算定の基礎とされる「土地の価額」と同視することはできない(控訴人らのような見解によれば,土地利用利益の対価という点で経済実質において同様というべき,空間について上下の範囲を定めた地上権,賃借権が上記施行令上譲渡所得に当たるとされる場合との間に不均衡を生ずることになる。)。
エ 控訴人らの上記各主張は,連担建築物設計制度による同意から生ずる余剰容積率の利用対価の実質に照らしたときに,上記施行令の対応が不十分であることを指摘する意見ということはできるが,上記解釈を左右するものではない。
3 以上によれば,本件対価が不動産所得に当たるとしてされた本件a更正処分,本件b通知処分,本件c通知処分及び本件d通知処分はいずれも適法にされたものということができ,本件a更正処分前における税額の計算の基礎に,本件対価が一時所得として計上され,不動産所得として計上されなかったことについて,国税通則法65条4項にいう正当な理由があるとも認められないから,本件賦課決定処分も適法にされたものということができる。
よって,原判決は相当であり,控訴人らの本件各控訴は,いずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 設樂隆一 裁判官 大寄麻代)