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東京高等裁判所 平成21年(行ス)42号 決定 2009年12月24日

本案 前橋地方裁判所 平成21年(行ウ)第16号

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨及びその理由は,別紙「抗告状」及び「理由書」記載のとおりである。

第2事案の概要等

1  一件記録によれば,以下の事実が認められる。

(1)  相手方(原審申立人)は,平成18年10月2日付けで,高崎市長あてに,市街化調整区域に位置する原決定別紙物件目録記載1ないし4の土地(本件土地)に係る開発行為につき,都市計画法(法)29条1項に基づき,予定建築物等の用途を「休憩所(ドライブイン)」とする開発行為許可申請(以下「本件開発許可申請」という。)をし,高崎市長から,同月20日付け許可第○号により,本件土地に係る開発行為につき,法29条1項に基づき,予定建築物等の用途を「休憩所(ドライブイン)」とする開発許可(本件開発許可)を受けた。

(2)  相手方は,本件土地上に建築確認を受けて原決定別紙物件目録記載5の建物(本件建物)を建築し,平成19年5月17日から,本件建物において,「Aα店」との名称で,飲食物を提供するほか,農産物等の物品販売を行うなどの営業を開始した。

本件建物の床面積は2994.69m2であり,事務所及び倉庫等を除く営業面積が約2670m2であるところ,このうち飲食店及び飲食スペースは約1670m2,物品販売スペースは約1000m2である。

(3)  高崎市長は,予定建築物の用途をドライブインとする開発許可については,ドライブイン内の販売コーナーの面積を50m2以内とするものに限って認めるとの運用をしていたため,本件建物が本件開発許可により開発行為を許可した予定建築物の用途と異なり,法42条に違反しているとして,相手方に対し,平成19年7月20日付け,同年9月11日付け及び平成20年4月14日付け各指示書により,開発行為を許可した予定建築物(ドライブイン)以外の用途での使用を停止し,是正するよう指示をし,さらに,同年5月8日付け警告書により,同月22日までに開発許可を受けた使用形態に復帰しない場合は,法81条の規定に基づき開発許可により建築した建築物の使用停止等の措置を行うことを警告し,かつ,同年8月29日付け催告書により,同年9月12日までに開発許可を受けた使用形態にするよう催告した。これに対し,相手方が上記の指示や警告の趣旨に沿った是正を行わなかったため,高崎市長は,相手方に対し,同月17日付け命令書により,相手方の本件土地における開発行為が法42条に違反しているとして,法81条1項の規定に基づき,本件建物の使用を停止することを命じた。

(4)  高崎市長は,相手方に対し,平成21年7月28日付け命令書により,本件土地に係る開発行為について,相手方が予定建築物の用途を偽った開発行為をし,法29条1項に違反しているとして,法81条1項の規定に基づき,本件開発許可を取り消すとともに,同命令到達の日から90日以内に本件建物を除却することを命じた(本件除却命令)。

(5)  相手方は,平成21年9月1日,前橋地方裁判所に,本件除却命令の取消しを求める本案訴訟(基本事件・同裁判所平成21年(行ウ)第16号)を提起するとともに,本件執行停止を申し立てた。

相手方は,本件除却命令について,法34条9号,法施行令29条の7第1号の解釈,適用(休憩所の意義,該当性)を誤った違法があること,上記の休憩所(ドライブイン)につき,販売コーナーの面積を50m2以内とするものに限って認めるとの運用は,法的根拠を欠く違法,違憲なものであること,高崎市長が同様の事例で何らの処分をしていないのは公平性の原則を欠くものであることなどを主張している。

2  原審は,本件除却命令の執行により相手方に生ずる損害は,損害の回復の困難の程度を考慮し,さらに,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質を勘案すると,行政事件訴訟法25条2項本文が規定する重大な損害に該当し,その重大な損害を避けるため,本件除却命令の執行を停止すべき緊急の必要があるというべきであるとし,本案の理由の有無については,相手方は,本件除却命令について,法34条9号,法施行令29条の7第1号の解釈,適用を誤った違法があるなどの主張をしているところ,その主張について,本案の審理を待つまでもなく明らかに理由がないとはいえないのであって,行政事件訴訟法25条4項にいう「本案について理由がないとみえるとき」には当てはまらないというべきであるとして,本件申立てを認容した。

これを不服として,抗告人(原審相手方)が本件抗告をした。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,処分行政庁(高崎市長)の相手方に対する本件除却命令の執行は,本案事件の判決確定に至るまでこれを停止すべきものと判断するが,その理由は,3で当審における当事者の主張に対する判断を付加するほかは,原決定の「事実及び理由」中「第2 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  当審における当事者の主張

(抗告人)

(1)ア 相手方は,予定建築物の用途を偽った虚偽申請をしたものである。相手方は,審査基準(乙5,16)を知っており,法34条9号の休憩所(ドライブイン等)の審査基準では販売コーナーが50m2以下でなければ認められないことを了解して,本件開発許可申請をした。

イ 本件開発許可申請書及び添付図面(乙18~20)には,「みやげコーナー50.00m2」と記載があり,相手方は,審査基準を知りながら,本件開発許可申請をして,本件開発許可を受けた。相手方の本件開発許可申請は外形上審査基準を満たしていたために,高崎市長は,本件開発許可をした。

ウ 相手方は,平成19年5月17日から本件建物において営業を開始したが,物品販売スペースは約1000m2であるから予定建築物とは異なる建物を建てたことになり,本件建物に係る開発行為,開発許可を受けていないと解さざるを得ない。

エ(ア) 相手方が抗告人に提出した建物利用現況図(乙6)は,飲食スペース932m2としているが,純然たる飲食店の用途として使われている部分は738m2にすぎないもので,飲食スペース932m2についても,農業資材等を販売部分として利用することを意図していたことが窺える。

(イ) 相手方の食品衛生法に係る許可申請書及び添付図面では,本件建物全体を販売施設として,計画していたことが分かり,その他設備工事業者が作成した施工図,建物現況図も同様である。

(2)ア 法1条,7条1項によれば,市街化調整区域では,1000m2もの物販施設は容認できない。

イ 本件建物は,線引き(法の目的及び無秩序な市街化を防止し,計画的な市街化を図るために定める地域区分)及び開発許可制度に反する。市街化調整区域における開発行為は原則禁止されており,法34条1~14号で規定されている開発行為のみ許可の対象となり,許容されるものであるが,1000m2もの物販施設は想定されておらず,許容されない。

(3) 本件除却命令の根拠

法81条1項は,市長等に除却その他違反を是正する措置を命ずることができるとしている。本件建物における相手方の開発行為は,同項1号,3号,4号に反する。

(4) 抗告人の審査基準

ア 開発許可制度質疑応答集(以下「質疑応答集」という。)は審査基準である。法34条9号の休憩所(ドライブイン等)における販売コーナーの面積を50m2以下とする根拠は,抗告人の運用ではなく審査基準である(乙61)。

イ 審査基準は各地方自治体が独自に定めている。開発許可の基準については,国土交通省から開発許可制度運用指針(乙62)により,地域の実情に応じた運用を行うことが必要と示されているように,各地方自治体が地域の特性に応じて定めている。

ウ 審査基準と本件除却命令の関係について,相手方は,法34条9号の審査基準,質疑応答集は,法規範性がないと主張するが,物品販売スペースは約1000m2であるから予定建築物とは異なる建物を建てたものであって,本件建物は許可を受けていないことになり,「開発行為をしようとする者は,あらかじめ,市長等の許可を受けなければならない」と定めた法29条1項に違反するので,本件除却命令の適否は,法34条9号の解釈に影響を受けない。

(5) 本件建物以外の違反建築物への影響

本件建物の除却命令の執行停止が認められるのであれば,法を軽視する風潮が広がり,違反建築物が増加し市民生活に影響を及ぼすことに帰着する。

(6) 原審の判断に対する意見

ア 原審は,重大な損害を避けるための緊急の必要性について,本件建物の工事費用が3億円を上回るとしているが,その根拠が判然としない。相手方は,もともと本件建物が存する市街化調整区域においては,大規模な販売施設ができないことを承知していたのであり,抗告人により取り壊されるリスクを予見していたはずであるから,本件建物の工事費用は重大な損害に当たらない。

イ 相手方の得べかりし営業利益,従業員や生産者の損害,信用の毀損などは,重大な損害に当たらない。

ウ 本件除却命令の執行により,相手方に回復困難な損害が生じるとはいえない。

エ 原審は,執行停止により,関係者に著しい影響を与えないとするが,本件建物による違法営業は,現時点において,利害関係者,とりわけ本件建物と同様に物品販売を営む事業主に多大な影響を与えており,到底認めることはできない。

オ 原審は,執行停止により公益が大きく損なわれるといった事情はうかがえないと判断しているが,違反建築物が存在すること自体,既に大きく公益が損なわれているものである。

カ 原審は,事後的に同様の効果を得ることが困難になるという事情も見当たらないと判断しているが,相手方は,執行停止により違反建築物である本件建物の存在そのものが既成事実化,既得権化を図ろうとしている姿勢が顕著である。そうなれば,本件建物の規模等から,最終的には法律違反を是認せざるを得ない状況が生じることもあり得るので,本件除却命令の速やかな執行が望まれる。したがって,執行停止により事後的に同様の効果を得ることが困難になる事情が生じる可能性も否定できないのであり,原審の判断は不当である。

キ 原審は,相手方が,法34条9号,法施行令29条の7第1号の解釈,適用を誤った違法があると主張し,その主張は本案の審理を待つまでもなく明らかに理由がないとはいえないと判断している。しかしながら,本件除却命令の根拠となる本件建物の違反は法29条1項の開発許可の申請及び許可を取得していない,つまり必要となる法的手続を行っていないということであるから,法34条9号,法施行令29条の7第1号に左右されないというべきである。相手方の主張は失当であり,行政事件訴訟法25条4項の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するのは明らかである。

(相手方の反論)

(1)ア 相手方は,抗告人から質疑応答集を示されたことはあるが,高崎市建築部建築指導課のものかどうかは定かでなく,相手方が所持していたのは,群馬県などが作成したもの(甲11)で,公示されていなかった。本件開発許可申請時,相手方は,抗告人から,「法律で50m2という基準があるからそれに従うように」との強い指示を受けたものの,その後,相手方は抗告人と6回協議を重ねたが,50m2の基準の話しは全くなく,「ドライブイン申請なら食の駅を許可する。」旨告げられたのである(甲23)。そのため,相手方は,休憩所における物販は50m2以下でなければ許可されないという抗告人の審査基準は,単なる手続上の問題と確信した。

イ 相手方の提出した図面(乙19,20)には,「みやげコーナー50.00m2」の付近に広い何も書いていない空間を設けているが,この部分を相手方は,物販部分として予定していたものであり,専門家が見れば,物販スペースが存在することが一目瞭然なのである。

ウ 本件建物の利用が社会通念上のドライブインに該当することは疑う余地もない。相手方は,高崎市長から本件開発許可を受けた上で,適法に営業を行っているのである。相手方は,予定建築物を休憩所(ドライブイン)として開発許可を受け,実際にドライブインを建築し,本件建物をドライブインとして使用しているのである。

エ 相手方の本件建物の使用形態は,あくまで休憩所(ドライブイン)なのであるから,開発許可に沿った使用形態であり,相手方に何ら違法はない。しかも,相手方は,従たる用途として物販を予定していたので,申請理由書(甲30)において,「農業資材の販売,農産物の直売」と明記し,抗告人に申告しており,その上,各種の付属書類(甲31)等で,「店舗ドライブイン」と併記しているから,高崎市長がこれを知らずに許可したということはあり得ない。

(2) 抗告人は,法34条9号,政令29条の7の解釈,運用を歪曲しており,本件除却命令は違法である。

(3) 抗告人は,本件建物における相手方の開発行為は,法81条1項1号,3号,4号に反すると主張するが,争う。

(4) 運用基準(甲10)と質疑応答集(乙5)とは,別のもので,質疑応答集は法規範性がない上,法令の根拠に基づくものではなく,公示もされていなことからすると,行政指導を行うための内部基準である。そのような内部基準を根拠として,相手方に一定の義務を課するとすれば,明らかに違法な公権力の行使である(最高裁平成5年2月18日第一小法廷判決・民集47巻2号574頁参照)。

財産権などの基本的人権の侵害を伴う場合は,少なくとも条例などの民主的な立法で規制すべきであり,行政権に委ねられるのは,技術的なものや基本的人権の侵害を伴わない場合などに限られる。

(5) 原審が本件建物の工事費用が3億円を上回ると認定したのは,設備投資額の合計4億9189万4118円(甲4)から土地取得費6471万9738円及び土地の造成費を差し引いた額を根拠としているものと考えられる。相手方は,違法に販売施設を建築する意図はなく,だからこそ,抗告人の各課などと必要にして十分な事前協議を行ったのである(甲23)。したがって,相手方は,本件建物を取り壊されるリスク及びこれに伴う金銭的な損失についてまで予見・準備しているものではない。

抗告人は,相手方が,本件土地につき法29条1項の開発許可を取得していないと主張するが,この主張は,本件抗告審において初めてするものであり,原審でも本案訴訟でもこの主張はしていない。したがって,抗告人の主張は失当であり,本案について,理由がないとみえるときに該当するとはいえない。

3  当審における主張に対する判断

(1)  基本事件についての判決を待つまでもなく行政事件訴訟法25条4項の「本案について理由がないとみえるとき」に当たると直ちに判断することができないことは,双方の主張及び証拠から明らかであって,原審の判断に違法はなく,当審における抗告人の主張のうち(1)~(4)は,これをいうものとしては,採用の限りでない。

本件においては,同条2項の「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に当たるかどうか,その判断に当たって,同条3項の「損害の回復の困難の程度を考慮する」ことと「損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案する」ことが,中心的な問題点である。そこで,この点に関する抗告人の主張(6)について検討する。なお,同(1)~(5)も,上記の「処分の内容及び性質」にかかわる限りにおいて,検討対象となる。また,同(5)及び(6)エ~カの主張は,明示されていないが,同条4項の「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」に当たるという趣旨の主張としても,検討する。

(2)  本件除却命令の執行により相手方が受ける不利益は,建築済の本件建物を取り壊し,本件建物を利用しての営業活動を休止し,基本事件に勝訴した際には建物を再築して営業再開をしなければならなくなることであり,それらに要したあるいは要することになる費用,営業休止に伴う信用の毀損等が,相手方の受ける損害ということになる。その具体的内容に関する原審の認定判断は,証拠に基づいて適切にされており,これらの事実に基づいて,本件除却命令の内容及び性質を勘案し,現時の経済状況をも併せ考慮すれば,相手方が相当程度の営業規模を有する企業であることを考慮しても,相手方の受ける損害は重大であり,事後的な賠償のみでは回復し得ないおそれがあると認められる(なお,相手方がリスクを予見していたという抗告人の主張は,仮にそれが認められるとしても,損害の重大性等の判断に直ちに影響するものではない。)。

(3)  基本事件の本案判決確定まで現状が固定されることが,著しい公益上の不都合を生ずることになるかどうかについても,引用に係る原決定の判示するとおりである。確かに,本件建物が違反建築であるとすれば,市街化調整区域内にこれが存続することには,公益上問題があることは否定し得ないところである。しかしながら,抗告人が挙げるような問題は,基本事件の判決確定まで放置し得ないほどに公共の福祉が著しく害されるとまではいえないものである。抗告人は,本件除却命令の執行が停止されるならば,法を軽視する風潮が広がり,違反建築物が増加すると主張するが,本件建物が現状のまま存続するとしても,開発許可等の審査が適正に行われる限り,違反建築物が増加することは考えにくく,本件建物が違反建築物であるとする抗告人の主張は広く伝達されているものと認められる(乙67の1~5等)から,法を軽視する風潮が広がるおそれがあるとはいえない。また,基本事件において抗告人が勝訴すれば,本件建物は除却され,相手方の本件建物における営業も行うことができなくなるのであるから,執行停止をすることが本件建物の存在の既成事実化や相手方の営業の既得権化を招くことはあり得ない。

(4)  以上によれば,本件除却命令の執行により相手方は重大な損害を受けるおそれがあって,これを避けるために本件除却命令の執行を停止すべき緊急の必要があるというべきであり,「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」にも「本案について理由がないとみえるとき」にも当たらないというのが相当である。

4  よって,原決定は相当であり,本件抗告は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大橋寛明 裁判官 辻次郎 裁判官 佐久間政和)

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