東京高等裁判所 平成22年(く)307号 決定 2010年6月22日
少年
A (平成3.○.○生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
1 本件抗告の趣意は,少年本人作成名義の抗告申立書並びに当審付添人弁護士B作成名義の抗告申立書及び「抗告理由補充書」と題する書面記載のとおりであるから,これらを引用する。論旨は,要するに,少年を中等少年院に戻して収容することとした原決定には不服がある,というのである(なお,付添人は,本件につき,少年法32条に依拠した抗告理由を挙げているが,その趣旨は原決定には不服があるという主張に尽きるものと解されるので,これらについては下記のとおり所論として取り扱うこととする。)。
2 そこで,関係記録を調査して検討する。
(1) 本件は,平成20年2月15日,ぐ犯,軽犯罪法違反,道路交通法違反保護事件により中等少年院送致決定(以下「前決定」という。)を受けて○○学院に収容され,平成21年4月23日同学院を仮退院した少年について,関東地方更生保護委員会から,その仮退院中の遵守事項に違反したため,少年院に戻して処遇を行うことが必要かつ相当であるとして,更生保護法71条に基づき戻し収容の申請がなされた事件である。
(2) 原決定の認定した遵守事項違反の事実は,下記①から③までの事実である。すなわち,少年が出院の際に誓約した一般遵守事項1の「再び犯罪をすることがないよう,又は非行をなくすよう健全な生活態度を保持すること」に関する,①平成22年4月15日朝,実母に対し,右肩を突き飛ばし,「いいよ。パクレよ。上等だよ」と怒鳴って,台所にあった包丁を母に振りかざすなどの暴行を加えた事実及び②同日,氏名不詳者が所有する原動機付自転車1台を窃取した事実,また,同事項2イの「保護観察官又は保護司の呼出し又は訪問を受けたときは,これに応じ,面接を受けることを守り,保護観察官及び保護司による指導監督を誠実に受けること」に関する,③同月16日,保護観察官から同月19日を指定した呼出しを受けたにもかかわらず,出頭せず,面接を受けなかった事実である。
(3) まず,所論は,実母の原審審判廷における供述からは①の事実が認められない旨主張する。なるほど,実母は,自分の方が少年に対しカッとなってポーチを投げ付け,少年を突き飛ばし,養父が怒って直ちに帰宅する旨告げると,少年が「どうせ俺は半殺しだろ」などと言って包丁を手にした旨原審審判廷で供述する。
しかし,実母は,保護観察官に対する質問調書において,保護観察官らが住み込み就職先として探してくれた会社の初出勤日の同月14日に少年が出勤せず,遊びに出掛けてしまったことを同日夜帰宅した少年に対して質したところ,激昂し「面倒くせー,いちいちうるせえ,あの会社にはもう戻らねえ」と叫び,養父から厳しく叱責されるも,投げやりな態度になり,自宅から出て行った旨供述している。また,翌15日朝帰宅したときも,前夜と同様のやり取りをして,少年から包丁を振り回され,110番通報しようとすると,「いいよ。パクレよ。上等だよ」と言って少年自身が110番通報した旨供述している。これらの点について,少年自身も,原審審判廷において,手に持った包丁を実母に見せたが,振りかざしてはいない旨供述するものの,同月22日付け保護観察官に対する質問調書においては,同月15日朝帰宅したとき,実母から強く叱られたため反発し,妊娠中の実母の右肩を突き飛ばし,包丁をかざして「いいよ。パクレよ。上等だよ」と怒鳴り,実母を脅かすつもりで包丁を振り回していた旨供述している。
以上に徴すると,原決定の上記①の事実を認定したのは誤りではなく,この所論は,同事実は対等な親子喧嘩の範疇であるという点も含め,採用できない。
(4) また,所論は,②の事実について,親に捨てられるという危惧感に駆られての行動であり,また,③の事実について,仮退院後,一度だけのことであり,いずれも遵守事項違反として重大でない旨主張する。
しかし,②の事実に関しては,少年は,当時無職であったことや,交際相手との交際を親に注意されるため苛立ちを感じていたところ,原動機付自転車の鍵穴を壊してエンジンをかけることがストレス解消になるし,遊ぶ際の交通手段にできると思い,敢行したというのであるから,少年の非行歴に照らし,また,③の事実に関しても,従前及び直近の少年の保護観察状況に照らすと,これらの点を軽視することはできず,この所論も採用できない。
(5) ところで,少年は,前決定において,保護観察に付されても不良交友を絶ち切れず,逸脱行為や非行を繰り返しているのは,知的能力面に制約があることや,気弱で主体性に乏しく,先の見通しのないまま振る舞いがちであること等が原因であると認められ,抱える問題は根深いなどと指摘され,保護環境についても,実母による適切な指導監督は期待できないとされ,中等少年院送致となったものとうかがわれる。
少年院の成績経過記録表によれば,少年は,430日の在院によっても,最終段階の総合評定は「C」にとどまっており,今後の留意事項として,「苦手なことや困難なことがあると安易に逃避する傾向があるため,就労中心の生活が継続できるよう引き続き助言指導願いたい」旨指摘されていたところ,本件における鑑別結果通知書によれば,少年は,少年院を仮退院した後1年余りは少年なりに不良者と距離を取って就労を中心とした生活を送っていた様子がうかがわれるが,その後,職場で不満を募らせた末,遊興に流れ,実母との衝突を契機に自棄的な気持ちを強めると,問題行動に歯止めが効かなくなっており,先の見通しなく振る舞いやすいことに加え,感情統制が悪く,思うようにならないと投げやりな気持ちを強め,発散的な対処に及びがちであるといった資質面の問題が残っている,などと指摘されている。
以上に照らすと,少年の反省文の内容と量に鑑み性格上の根深い問題は見当たらないという所論は,採用の限りではない。
(6) さらに,所論は,両親が鑑別所に面会に行き,少年との誤解が解け出し,少年が両親への感謝を再確認し,原審審判廷で両親に謝罪し,自ら交友関係を断ち,働いて両親に恩返ししたいと述べており,両親も裁判所調査官のアドバイスを受け,少年への説明が十分でなかったこと等を反省し,原審審判廷に揃って出頭し,少年の監護を確約しており,また,少年の伯母が少年の雇用を確約し,従兄弟とともに少年を監督する旨述べていること,さらに,②の被害者との示談努力等を挙げて,少年院に戻して処遇を行うことの必要性,相当性がなくなっている趣旨の主張をする。
確かに,少年の自覚に進展があることや,少年の実母,養父,関係者が協力して少年に対する監督,監護に尽力しようとしていることがうかがわれ,当審付添人を介して,②の被害者に損害賠償及び慰謝料等として9万円が支払われ,同人から嘆願書が提出されているが,上記のとおり,少年にいまだ残る問題点を社会内における処遇を続けることにより改善するのは困難であると評価せざるを得ない。この所論も採用できない。
3 その他所論がるる主張する点を子細に検討しても,少年について,社会内での更生を期することは著しく困難であるとして,改めて自身の問題点に向き合わせて,その改善を図らせるために中等少年院に戻して収容することが必要かつ相当であるとの原決定の判断は,少年保護の観点に立った正当なものといえる。論旨は理由がない。
なお,原決定書3頁21行目の「第1の1及び2」は「第1の2本文,(1)ないし(3)」の,また,同頁22行目,4頁2行目,5行目及び10行目の各「第1の1」はいずれも「第1の2」のそれぞれ誤記と認める。
4 よって,少年法33条1項により本件抗告を棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 長岡哲次 裁判官 山本哲一 松井芳明)