東京高等裁判所 平成22年(く)461号 決定 2010年8月23日
少年
A (平成3.○.○生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は,少年作成並びに付添人○○及び△△共同作成の各抗告申立書に記載のとおりであるから,これらを引用するが,論旨は,事実誤認,処分不当の主張である。
第1事実誤認の主張について
所論は,原決定は,少年の非行事実として,少年が,父母及び妹が現に住居として使用し,かつ,父母がいる原判示2階建居宅(少年の自宅)に放火しようと考え,平成22年5月20日午前11時30分ころ,同居宅2階の自室において,何らかの方法で同室の机又はその周辺に点火するなどし,その火を同室の壁や床に燃え移らせて焼損した(焼損面積約41.82m2)という現住建造物等放火の事実を認定しているが,少年が自宅に放火をした事実はないから,原決定には重大な事実の誤認がある,というのである。
そこで,記録を検討するに,少年は,出火の直前に自室を出て外出しているところ,同室内にはライターがあり,少年が火をつけることは可能であったのに対し,隣室にいた母親の証言によっても,少年の退室後,同室に他の者が入った形跡はない。また,少年は,日頃から家族との折り合いが悪く,自室を出る直前にも,母親と口論となって,叱責されるなどしており,放火をするに足りる動機があったといえる。しかも,少年は,出火から約1時間後の午後0時26分以降に発信したメールやブログにおいて,繰り返し自ら放火したことを認める趣旨の記載をしており,とりわけ午後0時40分ころに発信した父親あてメールには,一番燃えやすい木の机に火をつけた旨記載し,その内容は,実際の出火場所と合致している。さらに,少年は,同日夜の逮捕後の弁解録取やそのころ作成した上申書では,自室の木製机の上に火をつけたティッシュペーパーを置いたことを認め,その供述を,同月22日の検察官による弁解録取や同月23日の裁判官による勾留質問でも維持しているのであり,これらの事実によれば,少年が自ら放火行為に及んだことは明らかである。
所論は,①少年の自室の机の上に置かれていた電気スタンドのコードの一部が猫にかまれるなどしてむき出しとなり,そこから漏電して引火し,出火の原因となった可能性がある,②少年には放火する動機がない,などと主張するが,①については,原決定が判示するとおり,上記電気スタンド(6月4日付け実況見分調書添付現場見取図4表示file_2.jpg点)やそのコードの短絡痕(同file_3.jpg点)の位置は,母親が最初に現認した炎の位置(原審証人尋問調書添付図面表示①点)や机の焼損が特に顕著な北側部分から外れており,上記短絡痕は,机の上にあって配線に負荷のかかる位置にないため,出火後の短絡による二次痕と考えられ,出火が少年の退室から間もないことに照らしても,漏電等による出火の可能性はなかったといえる。また,②についても,少年は,自ら希望して入った予備校に入学早々から通学を怠るなどしたこともあって,日頃から家族との折り合いが悪く,家族への強い不満や怒り,自己の置かれた現状に対する閉塞感,不安,怒り,焦り等のうっ積した感情を抱いていたところ,当日朝も,登校を促そうとする母親と口論となり,母親から,予備校に通わないのであれば5月末で退学して自宅から出ていくよう求められ,更に口論した挙げ句,ふてくされて自室に戻り,間もなく外出している。しかも,少年は,出火から約1時間後の母親あてメールには,「あんたらは俺が邪魔なんだろ?先に消してやるよ」,「死ねばよかったのに」などと記載し,父親あてメールにも,「俺はあんたら両親を怨んでる 予備校やめんならでてけと言われたからやっただけだけど何が悪い」,「家族や全部めんどくさくて五月中にでてけと言われたから 思い出消すために 一番燃えやすい木の机に火をつけた」と記載している。これらの事実によれば,日頃から家族への強い不満や怒り,現状への前記のようなうっ積した感情を抱えていた少年が,本件の直前にも母親から叱責を受けるなどしたため,そのうっ積した感情を発散しようとして衝動的に放火行為に及んだことが認められるのである。そして,その余の事実誤認に関する所論も,記録に照らし,すべて失当であることが明らかである。
したがって,事実誤認の論旨は理由がない。
第2処分不当の主張について
所論は,①結果の重大さは少年だけの責任ではなく,母親の消火活動の不十分さが一因である,②少年には補導歴以外に前歴がなく,非行性が進んでいるとはいえない,③少年と父母との関係が飛躍的に改善されて,保護者である父母は,少年の社会内での更生を希望し,少年の言葉からは,更生の強い意欲と固い決意がうかがわれるのに,少年を中等少年院に送致した原決定には,処分の著しい不当がある,というのである。
そこで検討するに,本件非行は,前記のとおり,少年が,父母や妹と同居する自宅に放火して自室を焼損し,焼損面積が約41.82m2に及んだだけでなく,自宅内にいた父母の生命に差し迫った危険を生じさせ,近隣への延焼のおそれもあるなど,重大な結果を招いた危険かつ悪質な非行であって,その動機も,身勝手で短絡的なものである。所論は,母親による初期消火の不十分さが結果を大きくしたかのように主張するが,母親は,出火を発見するや,空気を遮断しようと燃え上がった火の上に二つ折りの毛布を掛け,火が小さくなったのを確認してから,別室で119番通報し,さらに,消火器を取りにいくなど,とっさの行動として精一杯の消火活動をしているのであり,本件放火による被害の拡大について,母親に責任があるとは到底いえないのであって,所論①は失当である。
少年の生活歴等を見ても,少年は,小学校低学年ころから,遊興費等を得るため父母の財布から金銭を持ち出すようになり,その都度,父親から厳しい体罰を受けていたが,中学1年時には,ささいなことから不登校になり,登校を促す母親や物に対する暴力も始まったほか,父親による体罰が通報されて,一時児童相談所の施設で過ごしたことがあり,その後も,喫煙,飲酒,夜遊び,母親に金をせびって暴力を振るうなどの問題行動が続いて,引き続き父親から厳しい体罰を受けるなどして,父母との確執が続いたが,高校1年時に,母親への暴力や多額の現金を脅し取ろうとして警察沙汰となって以降は,父親が叱責することはなくなる一方,少年は,家から金を持ち出したり,高校生同士のけんかに関与するなど,家庭内にとどまらず,学校やアルバイト先で問題行動を繰り返して,高校は何とか卒業したものの,大学受験には失敗し,自らの希望で入学した予備校には,満員電車が嫌という理由で欠席を重ね,怠惰な生活を送る中で,本件非行に及んだものであり,しかも,本件非行については,証拠上明らかであるのに,不自然・不合理な弁解を重ねて,今なお正面から受け止めることができない状況にあることにも照らすと,所論指摘のように,少年の非行性が深化しているとまではいえないにしても,少年の問題性は根深く深刻というほかなく,所論②も失当である。
さらに,家庭状況をみても,父母は,逮捕後,可能な限り少年との面会を重ね,少年の社会内更生に向けて懸命に努める中で,少年との心の交流が始まりつつあるものの,少年の過去の問題行動に対しては,適切な指導監護がなされてきたとはいえず,現在も,父母共に,本件非行を否認する少年への対応に苦慮している状況にあって,家庭による少年の指導監護に多くを期待することができないのであるから,所論③も失当である。
以上のとおり,本件非行は重大であり,少年の問題性は根深く深刻である上,父母の監護能力に多くを期待できず,少年は社会内処遇の限界を超えていると認められるから,強い規範的な枠組みの中で自己の問題性と本件非行の重大性を自覚させるには,施設内処遇が相当であって,少年を中等少年院に送致(長期処遇)した原決定の処分は相当であり,著しく不当であるとはいえない。
よって,本件抗告はすべて理由がないから,少年法33条1項により,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 小倉正三 裁判官 中谷雄二郎 江口和伸)