東京高等裁判所 平成22年(く)550号 決定 2010年10月29日
主文
原決定をいずれも取り消す。
理由
1 本件各抗告の趣意は,各抗告申立人会社代理人土岐敦司,小嶋順平共同作成名義及び検察官中村融,藤原拓人共同作成名義の各抗告申立書記載のとおりであるから,これらを引用する。論旨は,要するに,本件各提出命令は刑訴法99条2項に違反しているから,それらの取消しを求める,というのである。
そこで所論にかんがみ記録を調査して検討する。
2 本件各提出命令が発出されている各被告事件の内容は,被告人両名が,未公開株の購入代金名目で金員を詐取しようと企て,平成17年4月ころから7月ころにかけて,B株式会社及びC1株式会社(その後,商号変更してC2株式会社)(以下,この2社を指して「両社」という。)において,株式を上場する予定がないのに,近々上場する予定があるかのように装い,「Bグループ(東証第一部上場準備中)の特別第三者当放出株(未公開株)のご案内」「上場時の公開予想価格はC(1株)が95000円位(今回放出値:35000円),B(株)は50万円位(同25万円)とされ,初値は2社ともに2倍以上と期待されております。」「上場時期はD(株)が平成17年秋,C(1株)が平成18年春,B(株)が平成18年春~夏をめどに準備中です。」などとうその事実が記載されたダイレクトメールを被害者に郵送するなどし,被害者7名をしてその旨誤信させ,現金を振り込み入金させるなどして,合計で1億1649万7008円を交付させて詐取した,という詐欺7件の事案であり,いわゆる閉鎖会社であって譲渡制限が付されている両社の株式を,東京証券取引所の市場第一部に近々上場されることによって株主としての地位を取得でき,価格も少なくとも販売価格に見合う価値を持つようになるかのように装って販売した事実の有無及び詐欺罪の成否が問題となっている。
3 原裁判所における審理状況をみると,被告人両名は,本件当時,遅くとも上記公訴事実記載の時期ころまでに両社が東京証券取引所の市場第一部への上場に向けた準備をしていたことは,両社を巡る客観的な状況等から明らかであり,虚偽の事実を告げて両社の株式を販売したものではなく,被告人両名には故意がない上,被害者7名は,いずれも社会的経験も知識も十分備えた者らであって,本件取引の投機性を理解していたから,錯誤に陥ってはおらず,ダイレクトメールの送付等と被害者7名の株式購入との間に因果関係もないなどと主張して,本件を全面的に否認しており,追起訴終了後,平成21年1月14日に行われた第4回公判期日において本件を期日間整理手続に付す旨の決定があり,平成22年2月24日の第5回公判期日に証拠調べが再開されるまで,約1年間にわたって18回に及ぶ期日間整理手続を経て争点及び証拠の整理がなされた上,更に本件各提出命令が発出されるまでに16回にわたり公判期日が重ねられ,この間,各被告人の弁護人が同意した書証のほか,本件各被害の状況や両社の上場準備状況等に関し,十数名の証人尋問等の証拠調べがなされた結果,検察官による立証は基本的に終了しており,今後は被告人両名に対する質問といわゆる乙号証の採否の決定等が予定されている段階にある。
4 ところで,本件における各被害者の錯誤の内容は,B株式会社が平成18年春ころから夏ころまでに,C1株式会社が同年春ころまでにそれぞれ上場し,被告人両名が販売する両社の譲渡制限付き株式を購入すれば,両社の株主としての地位を取得でき,価格も少なくとも販売価格に見合う価値を持つようになるというものであると考えられ,両社が上記各時期ころまでに上場すると誤信したことが購入に至る核心的な動機とされているから,いわば将来の事実に関し錯誤を生じさせる欺罔行為がなされたものとみることができる。しかるところ,検察官は,被告人らの欺罔行為は,「両社において,本件当時,上記各時期ころまでの上場計画があるかないか不確実であるのに,あるかのように断定的に装った」ことではなく,「両社において,本件当時,上記各時期ころまでに上場する具体的な計画や準備がなかったのに,上記各時期ころをめどに上場準備をしているなどとして,あたかも近々上場する予定であるかのように偽った」ことである旨主張し,両社が上記各時期ころまでに現実に上場しなかったという事実の立証に加えて,両社とも本件に近接した時期に株券不発行会社になったこと等の間接事実を掲げつつ,法律顧問弁護士や人事総務部社員等,株式業務等についての情報を有する立場にある両社の関係人の証人尋問等により,本件当時,両社に具体的な上場計画や準備がなかったことの立証を行っている。なお,本件当事者の間で,いかなる事実が具体的な上場計画や準備に当たるというべきかについては争いがあるが,本件当時,被告人両名において,両社の内部情報に接したことはなく,両社が上記各時期ころまでに上場するか否かについて確実に知っていたものではないことについては争いはない状況にある。
このような状況の下,被告人両名の各弁護人は,平成21年11月以降数次にわたって関連証拠物の提出命令を申し立てたが,その申立ての理由は,要するに,検察官が主張する各時期ころまでの両社における上場に向けた計画や準備の状況などを明らかにするために,両社等の取締役会議事録等の証拠物を入手する必要がある,というものである。この申立てを受けて,原裁判所は,刑訴法99条2項に基づき,そのうち,①両社が証券会社に提出した主幹事証券宣言書の写し,②両社において開催された株式上場に関する検討会の議事録等,③両社の株式名義書換代理人設置決定等を行った際の取締役会議事録に関する部分の申立てを採用して各提出命令を発したものである。
5 そこで,以下,本件各提出命令の適否について判断する。
(1)刑訴法99条2項の提出命令は,証拠調べの必要があるときに,証拠物等と思料される物を指定して発せられるものであり,その名宛人に提出義務を負わせる強制処分であることにかんがみると,これが許容されるか否かは,審判の対象とされている犯罪の性質,態様や軽重などを考慮した上で,証拠としての価値及び必要性のほか,特定性や代替性,名宛人が受ける不利益など諸般の事情を比較考量して決せられるべきものと解するべきである。
本件各提出命令は,両社及び両社の株式をすべて保有する持ち株会社であるA株式会社(同社は,平成20年に設立され,同年及び平成21年にかけて両社の持ち株会社となった会社)に対して発せられたものであるところ,そもそも,上記3社は,設立当初から現在に至るまで自社の株式に関する譲渡制限を定款上設けている会社であり,いわゆる閉鎖会社であって,自社の株式について基本的に取引の対象とされることを想定していないのに,本件によって偶々自社の株式が被告人両名と被害者らとの間の取引の対象とされたにすぎない。上記3社は,自社の株式が詐欺等の犯罪行為の対象として利用されることになれば,これによって自社の対外的な評価やイメージ等が毀損されかねないこと等について一定の利害を有する立場にあることから,被告人両名に対し,両社の株式の販売に関し事実に反する文言が用いられているなどとして両社から警告をした経緯はあるものの,基本的に本件に関しては全くの第三者の立場にあり,刑事裁判における真実発見が重要であるとはいえ,このような第三者の営業上の秘密に当たる資料等の証拠物について提出義務を負わせて強制的に開示させるに当たっては,相当慎重な姿勢で臨むことが必要である。本件においては,検察官が前記のような訴因を設定し,両社において,本件当時,上記各時期ころまでに上場する具体的な計画や準備がなかったことを主張し,立証の対象としている以上,被告人両名からもこれに対する反証を行う必要があるとの観点は理解できないものでもないが,検察官は,この点,前記のとおり,両社の顧問弁護士等の関係人を証人尋問等することによって立証しており,弁護人も,その機会に,自らの主張にそう書証を示すなどして相応の反対尋問を実施しているところである。他方で,被告人両名は,前記のとおり,本件当時,両社の内部情報に接したことはなく,両社が上記各時期ころまでに上場するか否かについて確実に知っていたものではないというのであり,現在では被告人両名が被害者らに告げた将来の事実は実現しなかったことが確定した状況にあるから,本件各提出命令の対象とされた内部資料が,被告人両名から見て要証事実に対して高度の証明力を有することが自ずと明らかな場合は別として,関連性が認められるとの一事をもって,渉猟的に広く資料を提出させるまでの必要性は乏しいといわざるを得ない。
(2)このような観点を踏まえ,これまでに実施された証拠調べを前提として,本件各提出命令に係る対象物件についての必要性を個別に検討すると,①は,上場を指向する会社であればその手続等について知見を有する証券会社から種々の支援を受ける必要があるのが通常であると考えられるから,本件書面の存在は,当該会社が上場に向けた具体的準備行為に着手したと理解する手掛かりになる可能性はあるといえるが,もとより上場時期を特定して交付する書面ではなく,現在の証拠関係に照らすと,仮にこのような書面を発行した事実があったとしても,本件当時,両社に上場するための具体的な計画や準備があったことが明確化されることになるのかどうか疑わしく,本件要証事実につき高い証明力を有するとまではいえない。また,②については,これまでに行われた証拠調べの結果,B株式会社において平成14年から株式上場に関する勉強会ないし検討会が開催された事実が明らかとなっているところであるが(なお,C1株式会社については,この種会議を行ったこと自体証拠上窺えない。),その目的は,株式上場についての抽象的,一般的な事項を同社役職員が勉強するためのものと認められるのであり,それ以上に具体的に上場に向けた計画等を検討するために行われたものであることを窺わせるまでの事情は証拠上見出し難い状況にある。そうすると,本件資料中に,特定の時期までの上場に向けた同社の具体的な計画や準備の存在について高い証明力を有するものが含まれている可能性が大きいとは到底いえない。③については,両社の取締役会において,株式名義書換代理人設置,株式交換,営業譲渡,商号変更,監査法人変更に係る審議,決定がなされたこと自体は既にこれまでの証拠調べの結果で明らかにされており,本件書類の提出を求める理由,必要性としては,これらの審議の際,その目的等として株式上場に言及した部分が存在するかもしれないという程度のことが想定されるにとどまり,特定の時期までの上場に向けた両社の具体的な計画や準備の存在について高い証明力を有する資料が含まれている可能性が大きいとはいえないのであって,提出を求める必要性は乏しいといわざるを得ない。
(3)次に,本件各提出命令の名宛人が受ける不利益についてみるに,両社及びA株式会社については,株式上場に向けた動向が一部投資家の間で絶えず取り沙汰されてきた状況にあるところ,これらの企業グループは我が国有数の大規模な企業であり,仮に同グループが株式上場等の資本政策を選択するとすれば,その実現までには相当長期間を要すると考えられることに照らせば,たとえ本件当時から5年程度の期間が経過したからといって,株式上場という経営の根幹にかかわる企業秘密に関する資料の秘密性が低下したとはいえず,本件各提出命令に係る対象物件を開示することによって上記3社が受ける不利益は,相当に大きいものといわざるを得ない。この点を本件各提出命令に係る対象物件につき個別に見ると,①は,両社と特定の証券会社との間で交わした内部的な契約に係るものであり,およそ外部に開示されることが想定される性質の書面ではない。②は,株式上場に関し一定の知見を獲得するために開催した会議に関する資料であって,専ら会社内部で利用するために作成されたものであり,これが関係者以外の者に公開されることによる会社の不利益は著しく大きいものといわざるを得ない。③は,両社及びA株式会社は,現在に至るまで閉鎖会社であり,その取締役会議事録の閲覧が法律上許される場合があるとしても,特定の範囲の者に限られており,被告人両名を含め,会社の株主の地位を有効に取得することができない者に対して開示され得る刑事裁判の資料となることが会社の不利益となることは明らかである。
6 以上の諸事情を総合すると,本件各提出命令に係る対象物件は,争点との関連において必ずしも取調べの必要性が高いとはいえない一方で,その提出を義務づけられることによって両社及びA株式会社が受ける不利益は大きいといわざるを得ないから,本件各提出命令は,いずれも証拠調べの必要性と名宛人が受ける不利益に関する判断を誤っており,合理的裁量を逸脱した違法なものである。
各論旨は理由がある。
よって,刑訴法426条2項により,原決定をいずれも取り消すこととし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 若原正樹 裁判官 菊池則明 裁判官 馬場嘉郎)