東京高等裁判所 平成22年(く)664号 決定 2010年12月01日
主文
本件即時抗告を棄却する。
(抄録)
1 本件証拠開示命令請求の概要
(1) 記録によると,本件公訴事実(訴因変更後のもの)の要旨は,a組系b連合の暴力団員である被告人が,同じくb連合の暴力団員であるA,Bらと共謀の上,b連合の暴力団員がc会系の暴力団員に殺害されたことから,報復して威信を保つため,団体としてb連合において,組織によりc会系の暴力団員を殺害する目的で,○○県内のc会系暴力団の組事務所前路上等において,実包を装てんした自動装てん式けん銃1丁を準備して同暴力団組員を殺害する機会をうかがうなどし,もって団体の活動として,組織により殺人を犯す目的で,その予備をしたというものである。
(2) 本件は公判前整理手続に付されたが,検察官は,共犯者であるAの第1審の判決内容を立証趣旨として同人の第1審の判決書抄本(甲18,一部がマスキングされたもの),同人の控訴審の判決内容を立証趣旨として同人の控訴審の判決書抄本(甲19,一部がマスキングされたもの)の各取調べを請求した。
(3) 弁護人は,これらの判決書抄本の証明力判断に必要であるとして,Aの第1審及び控訴審の各判決書謄本で黒塗りのないものの開示を求めた。
(4) これに対し,検察官が,これらの判決書謄本が証拠物に該当しないなどとして,開示に応じなかったため,弁護人は,刑訴法316条の15第1項1号,6号の類型証拠に該当すると主張し,同法316条の26第1項に基づき,証拠開示命令を請求したが,原審裁判所は,同法316条の15第1項1号の「証拠物」にも,同6号の「供述録取書等」にも該当しないとして,これらを棄却した。そのため,弁護人は,本件即時抗告を申し立てた。
2 当裁判所の判断
(1) 本件証拠開示命令請求の適否について検討するのに,刑訴法316条の15第1項1号にいう「証拠物」とは,その存在又は状態が事実認定の証拠となるものを指すところ,本件各判決書謄本は,その記載内容が証拠となるものであるから,これに当たらない。
(2) 次に,同法316条の15第1項6号の類型証拠開示の対象となる証拠は,「被告人以外の者の供述録取書等」であって,「検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの」と定められているところ,検察官は,本件各判決書の記載内容のうち,抄本とした部分に限って証明しようとするものであり,マスキングされた部分については,検察官が直接証明しようとする事実,すなわち,抄本とした部分の判決があったという事実の有無に関する供述を内容とするものではないから,本件各判決書謄本は同6号の証拠にも当たらない。
(3) 所論は,①検察官は,本件各判決書抄本の立証趣旨を「共犯者Aの判決内容」としており,これらの判決書により認定された事実の存在を立証趣旨としていないが,このような立証趣旨を前提にすると,検察官は,本件各判決書抄本を証拠書類ではなく,証拠物として取調べ請求をしていることになるから,本件各判決書謄本も同法316条の15第1項1号の「証拠物」に該当する,②原決定は,判決書は裁判官の判断を記載した文書であるから,同6号の被告人以外の者の「供述録取書等」に当たらないとするが,同法321条4項が,鑑定人の意見,判断が記載されている鑑定書について,被告人以外の者が作成した供述書に含まれると規定していることに反する(中略)と主張する。
しかし,①の点は,判決書は,判決の基礎となった事実の存否を証明するための書面ではなく,判決があったこととその内容を証明する書面である。検察官が前記立証趣旨の下に本件各判決書抄本を証拠請求したのは,これにより共犯者に対する判決内容を証明しようとしたものであり,書証として請求したことは明らかであるから,所論は失当である。②の点は,判決書は,上記のとおり,判決があったこととその内容を記載した書面であり,これをそのような判決をしたという訴訟上の事実に関する裁判官の供述書といいうるとしても,検察官が判決書の一部について証拠請求をしてその部分に限って証明しようとした場合に,請求されなかった判決書の部分は,検察官が請求して直接証明しようとした部分の判決があったという事実の有無とは関係しないものであるから,同法316条の15第1項6号の類型証拠には当たらないのである。このように解することが,所論がいうように,鑑定書について被告人以外の者が作成した「供述書」と法が定めていることに反するものでないことは明らかである。(中略)
(4) 以上によれば,原決定が弁護人の本件証拠開示命令請求を棄却したのは,その結論において正当であり,論旨は理由がない。
(出田孝一 矢数昌雄 福島直之)
理由
本件即時抗告の趣意は,弁護人贄田健二郎,同大塚博喜及び同齊藤拓作成の即時抗告申立書に記載されたとおりであるから,これを引用する。
論旨は,要するに,弁護人は,甲野太郎こと甲山太郎の第1審及び控訴審の各判決書謄本で黒塗りのないものについて,それらが刑訴法316条の15第1項1号,6号の類型証拠に該当するとして開示命令を請求したのに,これらを棄却した原決定の判断は誤りであるから,原決定を取り消し,上記各判決書謄本の開示を求めるというのである。
1 本件証拠開示命令請求の概要
(1)記録によると,本件公訴事実(訴因変更後のもの)の要旨は,A組系B連合の暴力団員である被告人が,同じくB連合の暴力団員である甲野太郎こと甲山太郎,乙山次郎らと共謀の上,B連合の暴力団員がC会系の暴力団員に殺害されたことから,報復して威信を保つため,団体としてB連合において,組織によりC会系の暴力団員を殺害する目的で,埼玉県内のC会系暴力団の組事務所前路上等において,実包を装てんした自動装てん式けん銃1丁を準備して同暴力団組員を殺害する機会をうかがうなどし,もって団体の活動として,組織により殺人を犯す目的で,その予備をしたというものである。
(2)本件は公判前整理手続に付されたが,検察官は,共犯者である甲野太郎こと甲山太郎の第1審の判決内容を立証趣旨として同人の第1審の判決書抄本(甲18,一部がマスキングされたもの),同人の控訴審の判決内容を立証趣旨として同人の控訴審の判決書抄本(甲19,一部がマスキングされたもの)の各取調べを請求した。
(3)弁護人は,これらの判決書抄本の証明力判断に必要であるとして,甲野太郎こと甲山太郎の第1審及び控訴審の各判決書謄本で黒塗りのないものの開示を求めた。
(4)これに対し,検察官が,これらの判決書謄本が証拠物に該当しないなどとして,開示に応じなかったため,弁護人は,刑訴法316条の15第1項1号,6号の類型証拠に該当すると主張し,同法316条の26第1項に基づき,証拠開示命令を請求したが,原審裁判所は,同法316条の15第1項1号の「証拠物」にも,同6号の「供述録取書等」にも該当しないとして,これらを棄却した。そのため,弁護人は,本件即時抗告を申し立てた。
2 当裁判所の判断
(1)本件証拠開示命令請求の適否について検討するのに,刑訴法316条の15第1項1号にいう「証拠物」とは,その存在又は状態が事実認定の証拠となるものを指すところ,本件各判決書謄本は,その記載内容が証拠となるものであるから,これに当たらない。
(2)次に,同法316条の15第1項6号の類型証拠開示の対象となる証拠は,「被告人以外の者の供述録取書等」であって,「検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの」と定められているところ,検察官は,本件各判決書の記載内容のうち,抄本とした部分に限って証明しようとするものであり,マスキングされた部分については,検察官が直接証明しようとする事実,すなわち,抄本とした部分の判決があったという事実の有無に関する供述を内容とするものではないから,本件各判決書謄本は同6号の証拠にも当たらない。
(3)所論は,①検察官は,本件各判決書抄本の立証趣旨を「共犯者甲野太郎こと甲山太郎の判決内容」としており,これらの判決書により認定された事実の存在を立証趣旨としていないが,このような立証趣旨を前提にすると,検察官は,本件各判決書抄本を証拠書類ではなく,証拠物として取調べ請求をしていることになるから,本件各判決書謄本も同法316条の15第1項1号の「証拠物」に該当する,②原決定は,判決書は裁判官の判断を記載した文書であるから,同6号の被告人以外の者の「供述録取書等」に当たらないとするが,同法321条4項が,鑑定人の意見,判断が記載されている鑑定書について,被告人以外の者が作成した供述書に含まれると規定していることに反する,③原決定がいうように,判決書が「供述録取書等」に該当しないとした場合,スリの目撃者が「自分はスリの前科があるので,他人のスリ行為を見間違えることはない」と供述した事案や,共犯者が「俺には殺人の前科がある」と言って被害者を脅した事案について,目撃者らの前科に関する判決書を類型証拠開示請求により入手することが不可能となるが,これは検察官請求証拠の証明力判断のための証拠開示請求を認めた刑訴法の趣旨を没却することになりかねないと主張する。
しかし,①の点は,判決書は,判決の基礎となった事実の存否を証明するための書面ではなく,判決があったこととその内容を証明する書面である。検察官が前記立証趣旨の下に本件各判決書抄本を証拠請求したのは,これにより共犯者に対する判決内容を証明しようとしたものであり,書証として請求したことは明らかであるから,所論は失当である。②の点は,判決書は,上記のとおり,判決があったこととその内容を記載した書面であり,これをそのような判決をしたという訴訟上の事実に関する裁判官の供述書といいうるとしても,検察官が判決書の一部について証拠請求をしてその部分に限って証明しようとした場合に,請求されなかった判決書の部分は,検察官が請求して直接証明しようとした部分の判決があったという事実の有無とは関係しないものであるから,同法316条の15第1項6号の類型証拠には当たらないのである。このように解することが,所論がいうように,鑑定書について被告人以外の者が作成した「供述書」と法が定めていることに反するものでないことは明らかである。③の点は,所論がいうような事案において,目撃者等の「前科がある」などと述べた供述の信用性を検討するため判決書謄本を同6号の類型証拠として開示請求することを認めないとしても,判決書謄本が,この場合に検察官が目撃者等の供述によって直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするものではないから,検察官請求証拠の証明力判断のために類型証拠開示請求を認めた法の趣旨を没却するものでないことも明らかである。
(4)以上によれば,原決定が弁護人の本件証拠開示命令請求を棄却したのは,その結論において正当であり,論旨は理由がない。
よって,刑訴法426条1項により,本件即時抗告を棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 出田孝一 裁判官 矢数昌雄 裁判官 福島直之)