東京高等裁判所 平成22年(ネ)1336号 判決 2012年1月26日
控訴人
横浜市信用保証協会
同代表者理事
A
同訴訟代理人弁護士
髙井佳江子
髙井英城
控訴人補助参加人
横浜信用金庫
同代表者代表理事
B
同訴訟代理人弁護士
須須木永一
杉原光昭
奥園龍太郎
一色秀夫
藤田香織
控訴人補助参加人
株式会社三井住友銀行
同代表者代表取締役
E
同訴訟代理人弁護士
田子真也
福谷賢典
青木晋治
控訴人補助参加人
株式会社三菱東京UFJ銀行
同代表者代表取締役
D
同訴訟代理人弁護士
石本哲敏
大瀧敦子
同訴訟復代理人弁護士
中村規代実
被控訴人
Y
同訴訟代理人弁護士
髙井信也
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は、控訴人に対し、1億0891万2207円及び内金7337万6385円に対する平成15年7月31日から支払済みまで年10.95%(年365日の日割計算)の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、第1審、第2審を通じ被控訴人の負担とする。
3 この判決の主文第1項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文と同じ
第2事案の概要
1 本件は、控訴人補助参加人横浜信用金庫(以下「横浜信金」という。)等の金融機関がa株式会社(以下、単に「a社」という。)に対して貸付をした際、控訴人が同社の債務を保証したが、その際、各金融機関に対して保証債務を履行したことによって取得する控訴人の求償権について、被控訴人が保証をしたとして、控訴人が被控訴人に対し、保証契約に基づき、控訴人がa社の債務を代位弁済したことによって有する求償金債権合計1億0891万2207円及び内金7337万6385円に対する代位弁済日後である平成15年7月31日から支払済みまで約定の年10.95%(年365日の日割計算)の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 原審は、横浜信金の一部の貸付(後記3において引用する原判決3頁にいう「本件貸付①」)に係る求償分並びに控訴人補助参加人株式会社三井住友銀行(貸付の当時は株式会社さくら銀行)及び控訴人補助参加人株式会社三菱東京UFJ銀行(貸付の当時は株式会社東京三菱銀行)の貸付(同じく原判決6頁及び8頁にいう「本件貸付④」及び「本件貸付⑤」)に係る求償分(以上合計、求償金元金5503万1548円、確定遅延損害金2652万5093円(求償金及び確定遅延損害金の合計8155万6641円)、元金に対する平成15年7月31日から支払済みまで年10.95%(年365日の日割計算)の割合による約定遅延損害金)を認容し、横浜信金の残部の貸付(同じく原判決4頁及び5頁にいう「本件貸付②」及び「本件貸付③」)に係る求償分を棄却する判決をした。控訴人は、この敗訴部分を不服として控訴した。
したがって、当審における審判の対象は、横浜信金の本件貸付②及び③の貸付に係る債務について保証債務を履行した控訴人の求償権の保証債務の有無である。
3 本件(当審における審判の対象とならない部分を含む。)の前提となる事実は、原判決3頁18行目の「証拠<省略>」の次に「証拠<省略>」を、4頁20行目の「証拠<省略>」の次に「証拠<省略>」を、5頁22行目の「証拠<省略>」の次に「証拠<省略>」をそれぞれ加えるほかは、原判決「事実原判決及び理由」の第2、2に記載のとおりであるから、これを引用する。
第3争点及びこれに関する当事者の主張
本件の当審における争点及びこれに関する当事者の主張は、以下のとおり当審における主張の補充をするほかは、原判決「事実及び理由」の第2、3(横浜信金に対する本件貸付②及び③並びに本件保証2及び3に関する部分並びにそれらの前提となる部分に限る。以下、この判決において原判決を引用する場合においても同様である。)に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 当審における控訴人及び同補助参加人横浜信金の主張の補充
(1) 旧債振替に当たる場合とは、実質的には信用保証協会の保証付き貸付金で既存の債権の回収がされ、中小企業者等の信用力を補完しその育成振興を図ろうとする信用保証協会の信用保証制度の目的が害されたと評価され、かつそのように評価されることについて金融機関の側に責に帰すべき事情があった場合であると解するべきである。
(2) 横浜信金は、a社が横浜信金に対して有していた定期預金を、横浜信金の貸付に対する支払原資としてみており、a社もそれを了承していたから、a社は、この定期預金を解約して事業資金に充てることはできなかった。
横浜信金は、平成10年10月初旬ころから、本件貸付②及び③とは無関係に、a社に対し手形貸付の返済を求めており、満期である同年10月20日には、長年にわたり6か月のサイトであったものを3か月のサイトとした。
その後、同年11月下旬から12月上旬にかかるころ、a社は、東京三菱銀行における年末年始の決済資金とするため、横浜信金に対し、本件貸付②及び③を申し込んだ。これに対し、横浜信金は、a社の財務状態が良いとはいえなかったため、利息の増加を防ぎ、経営改善を促すためにも、新たに貸付をするのであれば、定期預金を支払原資として手形貸付を一括返済することを求めていた。
a社は、これによって、もともと事業資金として使用できない定期預金で手形貸付を返済して利息の増加を防ぐことができるとともに、年末年始に必要な決済資金を新たな借入れで確保できることになるので、この提案を受け入れた。
そこで、横浜信金は、a社の年末年始の決済に間に合うよう、本件貸付②及び③を実行することとしたが、その約4時間前に、まず定期預金により手形貸付の返済を受けた。
本件貸付②及び③の実行により、その融資目的であったa社による債務の決済又は運転資金としての使用は現実に達成されており、実質的に見ても、本件貸付②及び③は、中小企業者の信用力を補完し、その育成振興を図ろうとする目的に合致しているし、もともと事業資金として使用できない定期預金により手形貸付の返済を受けたことが、本件貸付②及び③の融資目的を阻害していると見ることもできない。
(3) したがって、横浜信金が手形貸付金の返済を受けたことは、旧債振替に当たらない。
2 当審における被控訴人の主張の補充
(1) 旧債振替禁止条項の趣旨からすれば、外形的には保証付き貸付金そのものが金融機関の既存貸付債権の返済に充当されていなくても、実質的に信用保証協会の保証付き貸付金の既存の債権の回収がされ、これにより中小企業者等の信用力を補完しその育成振興を図ろうとする目的が害されたと評価される場合には、同条項が禁止する旧債振替に該当すると判断すべきである。
(2) a社は、横浜信金の定期預金を解約して事実資金に充てることができたし、他の取引銀行の預金や不動産等の資産もあったのであるから、年末の決済のために本件貸付②及び③を受ける必要はなかった。
しかし、横浜信金は、当初から自庫の債権を回収する意図で計画的に控訴人の保証付き融資を利用し、a社にとっては何らメリットのない手形貸付の返済と保証付き貸付とを行わせ、その際、旧債振替禁止条項違反による控訴人の保証免責の問題を回避するため、定期預金の解約を介在させたものである。
本来無関係であるべきはずの手形貸付の返済と本件貸付②及び③を結びつけて処理しようとする意思があった以上、横浜信金に旧債振替の意図があったことは明らかであり、一連の保証付き貸付、定期預金解約、手形貸付金返済は、横浜信金のイニシアティブの下で旧債振替の制限を潜脱する意図により行われたものである。
(3) これが、中小企業者等の信用力を補完し、その育成振興を図ろうとする信用保証制度の本来の目的を害することは明らかであるから、本件貸付②及び③は旧債振替に該当し、これに関する本件保証2及び3は全部無効である。
第4当裁判所の判断
1 争点(1)(錯誤無効)について
争点(1)(錯誤無効)に対する判断は、原判決「事実及び理由」第3、1に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 争点(2)(旧債振替禁止条項違反による控訴人の保証責任の免責)について
(1) 本件貸付②及び③について、控訴人と横浜信金との間に旧債振替禁止条項を含む約定があったこと及び同条項の趣旨については、原判決23頁16行目の「証拠(<省略>、弁論の全趣旨)によれば、」から24頁10行目末尾までに記載のとおりであるから、これを引用する。
(2) 前記第2、3で引用する前提となる事実、証拠<省略>及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
① a社は、昭和27年に設立された上下水道用機材の販売等を目的とする会社である。a社は、昭和38年8月から三菱銀行(後の東京三菱銀行、補助参加人三菱東京UFJ銀行)、同年11月から三井銀行(後のさくら銀行、補助参加人三井住友銀行)との間で銀行取引があったが、横浜信金との間では、預金取引は昭和61年3月から、信用金庫取引約定書による貸付取引は昭和62年4月28日からであり、横浜信金はa社のいわゆるメインバンクではなかった。
② a社は、上記の信用金庫取引開始のころ、横浜信金から6か月満期の手形による貸付を受けた。この貸付は、6か月の満期の都度、新たな手形貸付により更新された。貸付は、遅くとも平成7年4月20日の更新時には2000万円となっており、平成10年4月20日にも、2000万円、6か月満期の手形貸付に更新された。
③ a社は、平成7年6月28日、横浜信金に対し、2300万円、期間3か月の定期預金をした。同定期預金は、3か月ごとに更新され、平成10年10月7日、期間3か月(満期平成11年1月7日)の定期預金として継続された。
④ a社は、横浜信金から、平成9年9月11日、2000万円の、同月30日、1500万円の、それぞれ無担保の証書貸付を受けた。また、平成10年6月2日、控訴人の保証のある3500万円の証書貸付(本件貸付①)を受けた。
⑤ a社は、平成8年から平成10年にかけて売上高が減少し、平成10年6月期においては決算上も営業利益が赤字となった。そこで、横浜信金の担当者は、上記のとおり他の貸付も多くあることから、手形貸付については返済を求める方針を立て、手形の満期である平成10年10月20日に先立って、a社に手形貸付をどうするのか確認したところ、a社は従前どおりの更新を希望した。そこで、横浜信金は、3か月の期間に限って更新を認めることとし、同日、同額、3か月満期(平成11年1月20日)の手形により更新された。
⑥ a社は、平成10年11月下旬から12月上旬までのころ、横浜信金に対し、年内に資金が必要であるとして、追加の融資を申し入れた。これに対し、横浜信金の担当者は、定期預金により手形貸付を返済することが前提となると答え、a社はこれを了解した。
⑦ a社は、平成10年12月15日、横浜信金に本件貸付②及び③の借入申込書を提出した。また、それに先立つ同月8日、a社から控訴人に対して信用保証委託の申込みが、横浜信金から控訴人に対し信用保証依頼が行われ、被控訴人により本件保証2及び3の意思表示がされた。
控訴人は、同月16日、横浜信金に対し、a社の本件貸付②及び③に基づく各債務を保証した。
横浜信金は、同月24日、a社から本件貸付②及び③についての金銭消費貸借契約証書を、被控訴人から保証書を受領した。
⑧ 平成10年12月29日10時26分、前記の2300万円の定期預金が解約され、元利金のうち2000万円が、同日10時28分、前記の2000万円の手形貸付金の弁済に充てられ、定期預金の元利金残金と手形貸付利息戻利の302万8286円が、同日10時38分、a社の当座預金口座に入金された。
⑨ 平成10年12月29日14時16分、本件貸付③が実行され、500万円から利息、保証料を差し引いた493万4202円が、a社の当座預金口座に入金された。また、同日14時20分、本件貸付②が実行され、1800万円から利息等を差し引いた1772万7848円が同口座に入金された。同口座については、同日のその後については入出金はない。
⑩ a社は、横浜信金の当座預金口座について、平成10年12月30日付けの2000万円の小切手を振り出し、これを東京三菱銀行b支店のa社の口座に入金して取立委任した。同日、東京三菱銀行から横浜信金に交換呈示され、a社の当座預金口座から2000万円が決済され、同額が東京三菱銀行のa社の口座に移動した。
(3) 上記の事実関係に基づき判断する。
被控訴人は、横浜信金が、控訴人の保証に係る本件貸付②及び③をもって、横浜信金の既存の債権である手形貸付債権に充てたとして、これが旧債振替禁止条項に違反すると主張するものであるが、上記の事実関係によれば、本件貸付②及び③の計2300万円の貸付は、2000万円の手形貸付債権が返済された後に実行されたのであって、本件貸付②及び③の貸付金により手形貸付が返済されたのではないから、これをもって直ちに旧債振替に当たるということはできない。
もっとも、前示のとおり、横浜信金が、控訴人の保証に係る貸付金を、直接、既存の手形貸付債務に充当したのではない場合であっても、実質的に控訴人の保証付き貸付金で既存の債権の回収がされ、これにより中小企業者等であるa社の信用力を補完し、その育成振興を図ろうとする信用保証協会の信用保証制度の目的が害されたと評価される場合には、旧債振替禁止条項に違反すると判断すべきであるから、そのように評価すべきか否かについて検討する。
たしかに、平成10年12月29日における横浜信金のa社に対する貸付取引をみると、控訴人の保証のない手形貸付債権2000万円が消滅して、控訴人の保証のある本件貸付②及び③の債権合計2300万円が発生しているので、控訴人の保証のない債権が保証のある債権に切り替わったようにもみえないわけではない。しかし、横浜信金は、a社に対する手形債権を、a社が以前から有していた自己資金である定期預金によって返済させたのであって、前記認定の経緯によれば、実質的に考えても本件貸付②及び③の貸付金によって回収されたものとは評価できない。仮に、手形貸付を定期預金によって返済させた後に、本件貸付②及び③の貸付金をもって定期預金として預け入れさせたというような事情があったとすれば、被控訴人が主張する旧債振替禁止条項を潜脱して既存の債権を回収したといわざるをえないであろうが、本件ではそのような事情はない。かえって、本件貸付②及び③の貸付金は、貸付の翌日、a社により東京三菱銀行に資金移動されて、a社自身の年末の資金需要に供されたものとみられるから、中小企業者等の信用力を補完し、その育成振興を図ろうとする目的が害されたと評価することもできない。
さらに、被控訴人は、このような取引はa社にとって何らのメリットがないもので、横浜信金が旧債振替禁止条項を回避するために行ったものである旨主張する。この点、補助参加人横浜信金は、a社の定期預金は手形貸付の見合いであり、a社が自由に引き出せないものであったと主張しているところ、これが、横浜信金が当該定期預金をいわゆる拘束預金としていたと主張する趣旨であるのか否かは別として、少なくとも当該定期預金に法的な担保権が設定されていたわけではないから、a社が、定期預金を中途解約して、これを東京三菱銀行における決済に充てることが不可能であったわけではない。しかし、そのようにした場合には、a社は、手形貸付の満期である平成11年1月20日には、横浜信金からその決済を迫られることになり、その決済資金を別途手当てすることが必要となったと考えられる。このように考えると、控訴人による本件貸付②及び③に対する保証がa社の信用力を補完した面があるのであって、被控訴人の主張を採用することはできない。
したがって、横浜信金に、本件貸付②及び③に関して、旧債振替禁止条項に違反する行為があったということはできず、控訴人は横浜信金に対する保証の責を免れないから、控訴人が本件貸付②及び③について横浜信金にした代位弁済は有効である。
3 結論
以上のとおりであるから、控訴人が、被控訴人に対し、本件貸付②及び③に関し、控訴人が横浜信金に代位弁済をしたことにより、a社に対する求償金債権についての本件保証2及び3に基づく保証債務の履行を求める請求(本件貸付②に係る保証債務については、元本残額1441万1746円及び損害金残額707万8903円並びに元本残額に対する平成15年7月31日から支払済みに至るまで約定の遅延損害金の支払、本件貸付③に係る保証債務については、元本残額393万3091円及び損害金残額193万1826円並びに元本残額に対する平成15年7月31日から支払済みに至るまで約定の遅延損害金の支払)は理由があり、これを認容すべきところ、控訴人の本訴請求のうち、この部分を棄却した原判決は失当である。
第5結語
よって、本件控訴は理由があるから、原判決を変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三輪和雄 裁判官 小池喜彦 松村徹)