東京高等裁判所 平成22年(ネ)3851号 判決 2011年9月14日
控訴人
株式会社Y
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
太田恒久
同
石井妙子
同
深野和男
同
川端小織
同
伊藤隆史
同
西濱康行
同
石井拓士
被控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
鴨田哲郎
同
棗一郎
同
蟹江鬼太郎
同
小川英郎
同
松浪恵
主文
1 原判決主文第1項及び第2項を次のとおり変更する。
(1) 控訴人は,被控訴人に対し,51万3730円及び別紙「未払残業代請求目録」の各月の「残業代」欄記載の金額に対する同請求目録の各月の「支払日」欄記載の日の翌日から各支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。
(2) 控訴人は,被控訴人に対し,51万3730円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
(3) 被控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを10分し,その9を控訴人の,その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
第2事案の概要
1 本件は,控訴人に派遣添乗員として登録され,株式会社aが企画し,催行する国内旅行(ツアー)に添乗員として派遣されていた被控訴人が,平成19年3月から平成20年1月までの添乗業務につき,未払の時間外割増賃金及び深夜割増賃金があると主張して,控訴人に対し,労働基準法(平成20年法律第89号による改正前のもの。労基法)37条に基づき,時間外割増賃金及び深夜割増賃金並びにこれらに対する各支払期日の翌日から商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,同法114条に基づき,同額の付加金及びこれに対する判決確定の日の翌日から民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 原審は,被控訴人の請求を全て認容した。
当裁判所は,被控訴人が添乗員として派遣されたと主張するツアーのうち,控訴人が否認するものに関しては,原判決と異なり,被控訴人の請求を棄却すべきものと判断したが,その他の被控訴人の請求は,原判決と同じくこれを認容すべきものと判断した。
3 前提となる事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり改め,かつ,当審における当事者の主張(原審における主張と重なる点がある。)を加えるほかは,原判決の事実及び理由の「第2 事案の概要」1から3まで(原判決2頁15行目から16頁15行目に記載のとおりであるから,これを引用する(原判決別紙「月別未払時間外労働手当等請求計算表(修正)」(原判決23頁から32頁まで。以下「本件計算表」と総称する。)を含む。)。
(1) 原判決3頁23行目「弁論の全趣旨」の次に「。なお,被控訴人の日当額及び支払期日については当事者間に争いがない。」を加える。
(2) 原判決4頁初行「(2条),」の次に「派遣従業員の就業時間及び休憩時間は,労基法32条,32条の2~32条の4,34条によるものとし,始業時刻,終業時刻,休憩時間の配置については,派遣先の事業所の事情を勘案し,個別契約(就業条件明示書)の定めるところによること(5条),」を加える。
(3) 原判決4頁9行目から19行目までを以下のとおり改める。
「エ 控訴人は,添乗員(被控訴人を含む。)をツアーに派遣するために雇用する際には,派遣社員就業条件明示書を添乗員に交付しているが,当時の同書面には,以下のような記載がされていた(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。
(ア) 就業時間 休憩時間
原則として派遣先旅行業約款に旅行者に対する添乗サービス提供時間として定められた午前8時から午後8時までとする。
但し,実際の始業・就業・休憩時間については派遣先の定めによる。
又,具体的には添乗業務の円滑な遂行に資するように派遣添乗員が自己責任において管理する事が出来るものとする。
(イ) 時間外勤務
なし
(ウ) 休日勤務
なし
(エ) 賃金
別に定める規定に基づく。
オ 控訴人東京支店支店長と同支店従業員代表は,平成20年11月1日,事業場外において添乗業務に従事する派遣添乗員に事業場外みなし労働時間制を適用し,添乗業務に従事した日については,休憩時間を除き,1日11時間労働したものとみなすこと等を内容とする「事業場外みなし労働時間制に関する協定書(<証拠省略>)」を作成し,同月10日に三田労働基準監督署にこれを届け出た(<証拠省略>)」。
(4) 原判決4頁20行目末尾に次のとおり加え,21行目「ア」,7頁5行目「イ」,18行目「ウ」,8頁20行目「エ」,25行目「オ」を順に「ウ」,「エ」,「オ」,「カ」,「キ」に改める。
「(<証拠・人証省略>,被控訴人本人及び弁論の全趣旨)
ア 添乗員は,控訴人に登録されると研修を受ける。その際,控訴人が作成したマニュアル(国内旅行であれば,国内添乗マニュアル【基礎編】及び同マニュアル【ケーススタディ】等。平成19年4月1日版が<証拠省略>である。)等の配布を受け,添乗業務,英語,地理,各種書類の書き方,日報の作成方法等の講義を受け,顧客との契約に基づく行程管理の重要さ等に関して詳細かつ具体的な研修がされる(<証拠省略>)。
イ 国内旅行の場合,添乗員はツアーの10日から1週間前に添乗業務の割当てを受け,おおむねツアー前日にa社の事業所に出社し,添乗業務書類(パンフレット,最終日程表,行程表,指示書,参加者名簿)及び貴重品(乗り物の団体券,添乗金,クーポン等)を受け取り,手配担当者とツアーの詳細を打ち合わせた上,行程にあるホテル等の宿泊施設,昼食場所,交通機関等に電話を入れ,手配の確認を行う。」
(5) 原判決4頁22行目「派遣添乗員は,」の次に「自宅を出発する時間が9時以前の場合は」を,25行目「参加者集合時間」の次に「(バスツアーの場合はバスの出発時刻,鉄道利用の場合は発車時刻の30分前,飛行機を利用する場合は出発時刻の50分前)」をそれぞれ加える。
(6) 原判決5頁14行目末尾に「バスで長距離を移動する際は,おおむね2時間ごとに1回トイレ休憩が取られる。その際には出発時刻を案内し,出発時に人員確認を行う。」を加える。
(7) 原判決5頁17行目「人員確認を行う。」を「人員確認を行い,乗り換えの連絡,当日の訪問先,スケジュール及び注意事項などを伝え,車掌の検札を受ける。途中乗車のツアー参加者(参加者)があれば,乗車後の挨拶を行ってツアーバッチを渡し,諸注意を案内する。また,オプション販売があれば,受付と集金を行い,途中駅から積込みの弁当がある場合は,受け取って内容を確認する。」に改める。
(8) 原判決6頁末行から7頁初行「伝達を行う。」から7頁2行目までを以下のとおり改める。
「伝達を行い,到着後約30分はロビーで待機する。
その後会食がある場合は,夕食の時間より前に会場に出向いて席割や配膳を確認して参加者を案内し,参加者と夕食を共にし,参加者全員が夕食を食べ終わるまで会場に残る。他方,部屋食やバイキングのような自由食の場合は,夕食会場の確認をしたり,参加者の案内をしたりすることはせず,チェックイン手続を行ってロビーでの待機が終われば原則として終業となっている。
また,チェックイン手続,各部屋への参加者の案内を行い,ロビーでの待機の後,夕食までに時間がある場合は,翌日のバスの席割表,部屋割りカードを作成したり,添乗日報の作成,添乗費の使用を記録したりしている。」
(9) 原判決7頁14行目末尾に「自由行動に際してオプショナルツアーが設定されている場合は原則として同行する。」を加える。
(10) 原判決8頁末行「a社は,」の次に「海外へのツアーの場合には,」を,9頁初行末尾に「国内ツアーの場合にはそのようなことはないが,添乗員はおおむね控訴人に電話番号を登録した自らの携帯電話を携帯してツアーに参加し,緊急の連絡にこれを使用している。」をそれぞれ加える。
(11) 原判決9頁3行目「原告は,」の次に「平成19年5月22日から同月26日まで及び同年10月17日から同月21日までの各期間のツアー(本件計算表のうち,原判決24頁及び29頁の計算表の該当部分であり,控訴人は否認している。以下「控訴人否認に係るツアー」という。)を除き,」を,6行目「従事した」の次に「。」をそれぞれ加え,同行目「(平成19年5月22日」から10行目までを削る。
(12) 原判決9頁13行目「通達(昭和63年1月1日基発第1号)」を「都道府県労働基準局長あて労働省労働基準局長,労働省婦人局長通知(昭和63年1月1日基発第1号,婦発第1号)」に改める。
(13) 原判決32頁の月別未払時間外労働手当請求計算表(修正)の【日別時間】と題する表の「年月日」欄について,5段目以後の「2007」をいずれも「2008」に,「曜日」欄について,5段目以後の曜日をいずれも翌日の曜日(例えば,「金」を「土」とする。)にそれぞれ改める。
(当審における当事者の主張)
(1) 被控訴人に対する労基法38条の2の適用の可否
(控訴人の主張)
ア 労基法38条の2による事業場外みなし労働時間制(事業場外みなし労働時間制)は,客観的に定まる労働時間と異なる労働時間が把握されることを回避し,労使双方にとって不利益がない形で,加えて労働者の立証の負担を軽減する制度なのであるから,労働者が事業場外に出張したというような場合も全てこの規定の対象になり,その適用を例外的な場合に限るべき根拠はない。そして,同条の適用要件である「労働時間を算定し難いとき」であるか否かは,労働者自身による自己申告を考慮材料から排除し,使用者自らの現認による確認・記録又はタイムカード・ICカード等の客観的な記録による確認・記録という方法を執ることができるかどうかによって判断されるべきである。
自己申告があれば労働時間の算定が可能であるとして労基法38条の2の適用が除外されるのであれば同条の存在意義はないし,自己申告をもって労働時間の算定が可能であるとし,事業場外みなし労働時間制の適用を否定した場合には,不適正な労働時間の算定が行われる可能性が大きいからである。
イ 添乗業務の労働時間が算定し難いこと
(ア) 添乗業務の始業時間の基準となる集合時刻,バスの発車時刻並びに終業時刻の基準となるホテル帰着時刻,宴会終了時刻及び解散場所到着時刻等を客観的に明らかにする資料は,添乗日報という自己申告のみである。また,添乗業務中には,航空機の機内,バス車内,列車車内,自由行動中の時間等,多くの非労働時間が含まれており,始業時刻から終業時刻までの全てが労働時間ではなく,添乗業務中の労働時間と非労働時間を明らかにする客観的な資料もない。したがって,添乗業務は,労働時間を算定し難い労働に当たる。
(イ) 控訴人が派遣添乗員に配布している国内添乗マニュアルは,新人研修用に派遣元である会社が作成した資料であって,添乗員に対する業務指示を内容とするものではない。また,派遣先のa社から渡される指示書は,モデルケースを記載したものにすぎず,個々のツアーにおける具体的な旅程とは異なっていることが大半であって,添乗員が指示書のとおりに旅程管理をすることは求められておらず,添乗員の労働時間を把握するために的確な書面ではない。行程表(アイテナリー)は,海外ツアーの場合のみ作成されるものであり,想定される行程を一応記載したものにすぎず,その記載された時刻どおりにツアーが進行するケースは極めて少ない。控訴人は,ツアーの初日に添乗員にモーニングコールをさせて遅刻を防ぐ措置を講じているが,モーニングコールは寝坊を防止するためのもので,労働時間を把握するためのものではなく,これによって労働時間を把握することはできない。派遣添乗員が提出する添乗報告書ないし添乗日報の行程記入欄に記載される旅程の時刻は,自己申告にすぎず,これを労働時間の算定が可能か否かの資料として使用することは労基法38条の2の立法趣旨に反していることは前記のとおりであり,記載された時刻の信頼性にも多くの問題が含まれている。
したがって,国内添乗マニュアル,指示書,行程表(アイテナリー),添乗員に対するモーニングコールの義務付け及び添乗報告書ないし添乗日報があるからといって,添乗員の労働時間を算定し難いことに変わりはない。
なお,添乗員は携帯電話を所持しているが,緊急時以外に携帯電話を使用しておらず,a社あるいは控訴人において携帯電話を使用して労働時間の把握をしたことはない。
(被控訴人の主張)
ア 労基法38条の2第1項は,事業場外労働について使用者の指揮監督が及んでいないものについてみなし制をとって例外的に使用者の労働時間把握義務を免除したものであり,労働時間を算定し難いときとは,就労実態等の把握等の具体的な事情を踏まえ,社会通念に従って,客観的にみて労働時間を把握することが困難であり,使用者の具体的な指揮監督が及ばないと評価される例外的な場合をいうのであって,事業場外労働一般に適用されるものではない。
イ 控訴人は,添乗員に国内添乗マニュアル(a社における添乗業務・労働時間の基本的枠組みが具体的に示されている。)を配布して包括的な業務指示を行っている。添乗員は,国内ツアー出発の前日に指示書等の添乗業務書類の交付を受け,これら書類に基づいて最終的な打合せを行い,指示書などや最終打合せによって業務指示の内容を理解し,ツアーの行程管理に万全を期するものであり,指示書が業務指示であることは明らかである。また,控訴人は,添乗員に,ツアー初日の起床時と自宅出発時に控訴人が委託している者にモーニングコールをすることを義務付け,労働時間の管理を行っている。そして,添乗員は,添乗報告書ないし添乗日報の行程記入欄に着時刻,発時刻を分単位で記入し,夕食及び朝食が宴会かバイキングかも記入することを指示されているし,携帯電話の携行も指示されている。以上のとおり,添乗員は,指示書や日程表等による事前の具体的な行程の指示に従い,行程を遂行している間は常時休むことなく,1人で様々な事象,参加者の要望に対応し,携帯電話を常時携帯していつでもa社等からの指示を受け,連絡ができるようにし,添乗日報に実際の行程を詳細に記録して提出するように義務付けられているのであるから,添乗中は常時使用者の具体的な指揮監督下にあり,その労働時間は客観的に把握することが可能というべきである。したがって,添乗員の労働時間については,事業場外みなし労働時間制を適用する要件に欠けている。
このことは,控訴人が深夜割増賃金を算定し,国内旅行の全てについて添乗日報等によって労働時間を算定していることからも明らかである。
ウ また,ツアー遂行中は,移動時間,自由行動日,宿泊施設到着後のいずれの際にも,添乗員が使用者の指揮命令から離れて労働から解放される時間は存在しない。
(2) 日当に3時間分の時間外割増賃金が含まれているか否か
(控訴人の主張)
標準旅行業約款(<証拠省略>),a社の旅行業約款(<証拠省略>),「海外旅行出発までのご案内とご注意」と題する小冊子(<証拠省略>)及び派遣社員就業条件明示書(<証拠省略>。就業条件明示書)において添乗業務の従事時間が午前8時から午後8時までの12時間と明示され,他方,派遣従業員就業規則(<証拠省略>。就業規則)5条では添乗員の所定労働時間が労基法32条のとおり8時間とされ,休憩時間として労基法34条のとおり1時間を与えるものとされていた。そして,同規則11条5項で法定労働時間を超えて労働した場合等には割増賃金を支払うことが規定されているのであるから,添乗業務の従事時間のうち休憩時間1時間を差し引いたみなし労働時間が11時間であり,これが所定労働時間8時間と時間外労働時間3時間によって構成されるものであること,添乗業務に従事する対価として支払われていた日当に3時間分の時間外割増賃金が含まれていることは明らかである。
なお,控訴人は,平成19年2月20日に行われた団体交渉において,日当に3時間分の時間外労働手当が含まれていることを説明したから,被控訴人は,遅くとも同日以後上記事実を知った上で雇用契約を締結したものというべきである。
(被控訴人の主張)
添乗員が添乗業務に従事する時間が8時から20時までというのは,添乗業務の実態には全く合致しない。実際にはより早くからより遅くまで業務に従事するような旅程のツアーはいくらでもある。
また,固定残業代制が適法と認められるためには,賃金のうち,割増賃金部分が明確に区別され,労基法所定の計算による金額がその額を上回るときはその差額を当該賃金支払期日に支払うことが使用者と労働者との間で合意されていなければならないが,本件においてはそのような合意は存在しない。
(3) 付加金の支払について
(控訴人の主張)
添乗業務については,労基法38条の2の適用があることは明らかであり,そうでないとしても控訴人が本件で時間外手当を支払わないことには相当な理由がある。また,控訴人は,労働時間が算定し難い中でも紛争を解決したいと考えて,添乗員に対して一定額の支払を提示している。仮に割増賃金の支払債務が存在するのであれば,控訴人は労基法37条に従った過去分の割増賃金を支払うことをことさら拒む考えはない。したがって,仮に控訴人に時間外割増賃金等の支払債務が認められたとしても,本件事情の下において,控訴人に対して付加金の支払を命じることは相当ではない。
また,控訴人は,本件と同種の別件事件の原告らに対し,上級審で未払残業代の有無・金額について異なる判決が出された場合には精算することとして,平成22年10月4日,1審判決で支払を命じられた未払残業代と遅延損害金を振り込んで支払ったが,被控訴人が加入する組合は,同月14日その受領を拒否した。そこで,控訴人は,別件訴訟の原告ら及び被控訴人に対し,1審で支払を命じられた時間外割増賃金等をいつでも支払える旨を通知した。付加金の支払を命ずるには,過去のある時点において時間外勤務手当が未払であったというのみでは足りず,口頭弁論終結時点において不払事実が存在することが必要であるが,上記の事情に鑑みれば,本件において付加金の支払を命ずることは相当でないというべきである。また,仮に本件において未払賃金債権が認められたとしても,同月14日以降債務不履行責任を免れ,控訴人は同日以降の遅延損害金の支払義務を負わない。
(被控訴人の主張)
控訴人は,労働基準監督署による是正勧告に従わず,時間外割増賃金等の支払を拒否しており,被控訴人による付加金の請求は認められるべきである。
第3当裁判所の判断
1 被控訴人に対する労基法38条の2の適用の可否(争点(1))について
(1) 労基法38条の2第1項は,労働者が事業場外で業務に従事した場合において,労働時間を算定し難いときは,所定労働時間労働したものとみなす,ただし,当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては,当該業務に関しては,厚生労働省令で定めるところにより,当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなすと定めている(事業場外みなし労働時間制)。
事業場外みなし労働時間制は,使用者の指揮監督の及ばない事業場外労働については使用者の労働時間の把握が困難であり,実労働時間の算定に支障が生ずるという問題に対処し,労基法の労働時間規制における実績原則の下で,実際の労働時間にできるだけ近づけた便宜的な算定方法を定めるものであり,その限りで労基法上使用者に課されている労働時間の把握・算定義務を免除するものということができる。
そして,使用者は,雇用契約上従業員を自らの指揮命令の下に就労させることができ,かつ,労基法上時間外労働に対する割増賃金支払義務を負う地位にあるのであるから,就労場所が事業場外であっても,原則として,従業員の労働時間を把握する義務があるのであり,労基法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」とは,就労実態等の具体的事情を踏まえ,社会通念に従い,客観的にみて労働時間を把握することが困難であり,使用者の具体的な指揮監督が及ばないと評価される場合をいうものと解すべきこと及び前記「前提となる事実」記載の旧労働省の通知(昭和63年1月1目基発第1号,婦発第1号)が発出当時の社会状況を踏まえた「労働時間を算定し難いとき」の例示であることは,原判決の判示するとおり(原判決16頁~17頁)である。
また,被控訴人は,控訴人からa社に派遣されて添乗業務に従事したものであるところ,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(労働者派遣法)は,労働者派遣の場合,派遣先における業務の遂行に必要な限度で派遣中の労働者に対する指揮命令が派遣先に委ねられていることから,派遣中の労働者の派遣就業に関する労基法の規定(休憩,休日,時間外労働等に関する労基法34条,35条,36条1項等)を,派遣先の事業のみを,派遣中の労働者を使用する事業とみなして適用するものとしている(労働者派遣法44条2項)。被控訴人の場合も,その具体的な添乗業務は,派遣先であるa社による直接の指揮監督の下に行われたものである。したがって,被控訴人の従事した添乗業務が労働時間を算定し難い業務であるか否かは,被控訴人が添乗業務を遂行するに当たってa社から受ける時間管理に関する指揮監督の態様(自己申告の態様を含む。)によって判断されるべきものである。なお,労働者派遣法44条が定める労基法の適用に関する特例以外の条項(本件に関係するのは労基法37条,38条の2)については,原則どおり雇用主である派遣元である控訴人のみに適用され,時間外・休日労働等の対価である割増賃金の支払義務は控訴人が負担することになる。このように,時間外・休日労働等の有無やその時間は直接的には派遣先であるa社が把握し,その対価である割増賃金の支払義務は派遣元である控訴人が負う関係となるが,派遣先であるa社は,派遣就業に関し,派遣就業をした日,派遣就業をした日ごとの始業し,及び終業した時刻並びに休憩した時間等を派遣元事業主である控訴人に通知しなければならず(労働者派遣法42条3項),控訴人は,被控訴人に関する時間外・休日労働等の有無やその時間等をこの就業状況についての通知によって把握することになる。
そこで,以上の観点から,以下,被控訴人の添乗業務について,その労働時間が算定し難いものであるか否かを検討する。
(2) 被控訴人のような国内ツアーの添乗員は,まず,ツアー前日にa社の事業所に出社し,パンフレット,最終日程表,指示書等の添乗関係書類を受領し,最終的な打合せを行った上,ツアー初日は(自宅を9時までに出発する場合は起床時及び出発時に控訴人の担当者にモーニングコールをした上)参加者の集合時刻の30分前には集合場所に到着して各種の業務を開始し,その後上記添乗関係書類により指示されたツアーの行程管理を行い,帰着後はa社に対して,各旅行日の出発時刻,到着時刻,夕食の形式(会食なのかバイキング等の自由食なのか)等を記載した添乗日報を提出していることは,前記「前提となる事実」(前記加除訂正後のもの。以下同じ。)記載のとおりである。
ところで,パンフレット及び最終日程表におけるツアーの行程の記載のうち,旅行開始日及び旅行終了日,観光地又は観光施設(レストランを含む。)その他の旅行目的地,運送機関,宿泊機関等は,主催会社(a社)と参加者との間の契約に基づく旅程保証の対象となり,その変更は,原則として変更補償金の支払義務を発生させるものであるから(<証拠省略>。旅行業約款(募集型企画旅行契約の部)29条),添乗員はそのような変更が生じないように旅程管理をすることが義務付けられている。また,添乗員は,旅程保証に反しない限りでは行程の入替,滞在時間の調整等を必要な範囲で行うことはできるが,それは天候,ツアーの目的,参加者の要望や状況,目的地あるいは目的場所の状況等によるやむを得ない事由あるいは合理的な理由がある場合に限られており,そのような事由や理由もないのに,これを変更することは許されてはいないものと認められる(<証拠・人証省略>,被控訴人本人)。
また,控訴人否認に係るツアーを除いた本件計算表記載の各ツアー(以下「本件各ツアー」と総称する。)について指示書が存在したことは疑いがないが,当該具体的な指示書は証拠として提出されていない(同指示書についてa社に文書送付嘱託がされたが,a社は所持していない旨回答している。)。しかし,他の国内ツアーにおける指示書(<証拠省略>)を見ると,一般に,指示書は,参加者に渡される最終日程表をより詳細なものとしたもので,各ツアーの出発から帰着までの行程が,食事の時間も含めて行程ごとに目安となる到着時刻,出発時刻,滞在の時間(ツアーによっては選択的な行程が示されているものもある。)と共に記載され,さらに,買物店などの立寄り場所,昼食場所・昼食内容,その他の注意事項の記載がされていることが認められ,本件各ツアーの指示書も同様なものであったと推認される。指示書に記載された行程ごとの到着時刻,出発時刻,滞在時間等は,当該ツアー当日の天候,道路の渋滞,列車あるいは飛行機の運行状況,参加者の状況等様々な要素によって具体的なツアーごとに変わり得るものであり,前記のとおり,場合によっては行程の入替を行わざるを得ない場合もあるから,その意味で指示書の記載は確定的なものではなく,合理的な理由による変更可能性を有するものというべきである。しかし,変更可能性を有するからといって指示書の添乗員に対する拘束力が否定されるものではなく,指示書は,行程の記載も含めて全体としてa社の添乗員に対する業務指示を記載した文書であることは明らかである。そして,指示書の各行程ごとの出発時刻,到着時刻,滞在時間等に関する記載は,添乗員がツアーの進行や行程管理をする上で,これを指針にして,ツアーごとの具体的な事情を考慮しながらその記載に沿う行程管理をすべきものであり,業務指示として重要な役割を果たすものということができる。
他方,添乗員が作成してツアー終了後に提出する添乗日報(「添乗報告書」として提出される。)は,主に後に行われるツアーの参考に供し,併せて添乗員の行程管理の状況を把握する目的のために作成されているものであるが(<証拠・人証省略>),到着時刻,出発時刻等の詳細を正しく記載することが求められ(<証拠省略>,被控訴人本人。なお,海外ツアーについて<証拠省略>,国内バスツアーについて<証拠省略>。),本件各ツアーについて被控訴人が作成した添乗日報(<証拠省略>)にも,まれに記載漏れがあるが,実際に行われたツアーの出発から帰着までの駅,空港,港,観光場所や施設,ホテルあるいは旅館等の各行程への着時間や発時間,夕食が会食か自由食かに関する詳細な記載がされている。
(3) ところで,控訴人は,労働時間が算定し難いか否かを判断するに際して自己申告の方法は考慮外であること,指示書はツアーにおけるモデルケースを記載したものにすぎず,個々のツアーにおける具体的な旅程とは異なっており,添乗員が指示書のとおりに旅程管理をすることは求められておらず,添乗業務についてa社の指揮監督が及んでいることを示す書面ではないこと,添乗日報の行程記入欄に記載される旅程の時刻は,自己申告にすぎず,記載された時刻の信頼性にも多くの問題が含まれていること等を主張する。
ア 確かに,使用者の指揮監督が及んでいなくとも,従業員の自己申告に依拠した労働時間の算定が可能な限りは「労働時間を算定し難いとき」に当たらないというのであれば,「労働時間を算定し難いとき」は,ほとんど想定することができず,事業場外みななし労働時間制が定められた趣旨に反するというべきである。しかし,本件で問題となっているのは,自己申告に全面的に依拠した労働時間の算定ではなく,社会通念上,事業場外の業務遂行に使用者の指揮監督が及んでいると解される場合に,補充的に従業員の自己申告を利用して労働時間が算定されるときであっても,従業員の自己申告が考慮される限り,「労働時間を算定し難いとき」に当たると解すべきかということであり,前記(1)で説示した事業場外みなし労働時間制の趣旨に照らすと,使用者の指揮監督が及んでいるのであれば,労働時間を算定するために補充的に自己申告を利用する必要があったとしても,それだけで直ちに「労働時間を算定し難いとき」に当たると解することはできず,当該自己申告の態様も含めて考慮し,「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かが判断されなければならない。控訴人は,使用者による現認がある場合か,タイムレコーダー等の客観的な記録による確認が得られる場合でない限り,「労働時間を算定し難いとき」に当たるとして,労働時間の算定に当たり従業員の自己申告は一切排除されるべきものと主張するが,上記のとおりこの主張を採用することはできない。控訴人が指摘する昭和62年9月に行われた参議院社会労働委員会における政府委員の答弁(自己申告があってもみなし労働時間制によらざるを得ないとするもの。<証拠省略>)は,事業場外みなし労働時間制の適用がある場合についての答弁であり,労働時間の算定に当たって自己申告が考慮される場合は全て「労働時間を算定し難いとき」に当たるとするのが立法者意思であったことを示すものと解することはできない。
そして,被控訴人の添乗業務について,その労働時間が算定し難いものであるか否かは,a社から受ける時間管理に関する指揮監督の態様(自己申告の態様を含む。)によって判断されるべきものであることは前記のとおりであり,観点を変えれば,a社が添乗員の添乗業務に関する労働時間を把握するについて,その正確性と公正性を担保することが社会通念上困難であるようなものであるか否かによって判断されるべきものである。したがって,添乗日報の記載は,自己申告のひとつの態様ということができるが,その性格や信用性,他の労働時間算定資料との関係等を考慮した上で,上記記載が控訴人による労働時間の算定に当たって,除外されるべきものか,それとも補助的に利用されるべきものかが判断されなければならない。
イ そこで,検討するに,前記のとおり本件各ツアーについては指示書が証拠として提出されていないが,他の国内ツアーについて提出されている指示書と添乗日報の記載を比べると,出発時刻や到着時刻が異なっていることが多く,行程の順序が異なるものもみられる。これは,指示書の行程の記載が,控訴人が主張するように,各ツアーに関して実際に行われた手配をもとにしたモデルプランであるからであり,実際のツアーはそれが催行された際の交通事情,気象条件,参加者の状況等個別の状況に左右され,特に時間に関しては予め厳密にこれを設定することがもともと不可能ないし著しく困難なものであることに由来するものと考えられる。しかし,前記のとおり,指示書のうち旅程保証の対象となっている部分の変更は原則として禁止されているし,旅程保証に違反しない行程の入替や滞在時間の調整も,これを行うにはやむを得ない事由や合理的な理由が必要であり,各行程ごとの出発時刻,到着時刻,滞在時間等に関する記載も,添乗員によるツアーの行程管理に際しては重要な指針となるものであって,指示書は全体として添乗員に対する業務指示を記載した文書と認められることも,前記のとおりである。控訴人は,旅程保証に反しない行程の変更や滞在時間の調整については添乗員において自由な裁量でこれを行うことができると主張するところ,添乗員による行程管理が指示書の記載に捕らわれず,その場の事情に応じた臨機応変なものであることを要求されるという意味では,添乗員の行程管理がその裁量に任されている部分があるといえるとしても,添乗員の裁量はその限りのものであって,そのような裁量があることを理由に添乗員が添乗業務に関するa社の指揮監督を離脱しているということはできない。
また,添乗日報は,添乗員が指示書により指示された行程を実際に管理した際の状況を記載して報告した文書であり,一部に記載漏れや他の記載との若干のそごは認められるものの,その記載は詳細であって,事実と異なる記載がされ,あるいは事実に基づかないいい加減な記載がされているというような事実は認められない。なお,指示書の記載と異なる点が多くある理由は前記のとおりであり,指示書の記載と異なる点が多いからといって,添乗日報の記載の信用性は減殺されない。
控訴人は,添乗日報の記載の信用性には問題があると主張するが,添乗日報は,指示書によって予めa社から指示された行程の管理の状況について作成されるものであり,各ツアーの出発時刻は,いずれの移動手段を利用する場合でも容易に客観的に把握できるものである。しかも,添乗員は一人で行動しているわけではなく,そのほとんどの時間を参加者と行動を共にし,その行程ではバス,列車,飛行機や船などの乗務員,a社と契約関係にあるレストランや土産物店などの店員,ホテルあるいは旅館のフロントの係員とその都度接触しながら移動している。したがって,添乗員の行程管理については多くの現認者が存在しており,添乗日報の到着時刻や出発時刻について虚偽の記載をすればそれが発覚するリスクは大きく,その点も添乗日報の記載の信用性を高める状況の一つということができる。そして,現に,被控訴人が作成した本件各ツアーに係る添乗日報の信用性を疑うべき事情は何ら認められない。
なお,本件各ツアーに関する添乗日報には,宿舎で夕食を取る場合の会食の開始時刻及び終了時刻はほとんど記載されておらず,ホテルあるいは旅館の到着時刻の記載がないものが3日,最終日の空港到着時刻に関する記載のないものが1日ある。これらは,控訴人において被控訴人の終業時刻の把握を困難にする事情ということはできる。しかし,添乗日報の他の記載や指示書(証拠として提出されていないが,本件各ツアーについて指示書が作成されていたことは疑いがない。)の記載と照らし合わせれば,これを把握することができる事項があるほか,終業時刻の把握ができるような記載をさせることは容易なことであるから,上記のような記載漏れないし不記載をもって,添乗日報が添乗員の労働時間を把握するについて不的確な資料ということはできない(タイムカードにより労働時間を把握する場合も打刻忘れなどが生ずることはあり得ないことではない。)。
ウ 前記のとおり,添乗員は,午前9時までに自宅を出るツアーについては,起床時及び自宅からの出発時にモーニングコールをすることを義務付けられ,各ツアーについては指示書による行程の指示を受け,その指示に沿った行程管理を行って,行程ごとの出発時刻及び到着時刻,夕食が会食であるか自由食であるか等を詳細に記載した添乗日報を作成してこれをa社に提出しており,その記載の信用性を支える客観的な状況があり,実際に証拠として提出されている添乗日報の記載の信用性を疑わせるような事情も認められないのであるから,社会通念上,添乗業務は指示書によるa社の指揮監督の下で行われるもので,控訴人は,a社の指示による行程を記録した添乗日報の記載を補充的に利用して,添乗員の労働時間を算定することが可能であると認められ,添乗業務は,その労働時間を算定し難い業務には当たらないと解するのが相当である。
控訴人は,添乗業務について航空機の機内,バス車内,列車車内,自由行動中の時間等,行程中には多くの非労働時間が含まれていることを根拠に,添乗業務が労働時間を算定し難いものであるとも主張するが,後記のとおり,国内旅行における乗り物による移動時間(ただし,フェリーでの船中泊がある場合を除く。),自由行動中等に非労働時間が含まれていると認めることはできない。
なお,控訴人は,労働基準監督署からの指導もあって,平成20年8月から国内日帰りツアーについて(<証拠省略>),平成21年10月から国内宿泊ツアーについて(<証拠・人証省略>),いずれも試験的にではあるが実労働時間を把握して添乗員の賃金の算定を行っている。
2 被控訴人の平成19年3月から平成20年1月までの実就労時間(争点(2))について
(1) 控訴人は,バス,鉄道,飛行機などを利用した移動時間,ツアー途中の自由行動時間などの中に非労働時間が含まれていると主張するので,この点について検討する。
労基法32条の労働時間は,労働者が使用者(本件では派遣先であるa社。以下同じ。)の指揮命令下に置かれている時間をいい(最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁),添乗員が具体的な業務を行うこととされていない時間であっても,それだけでは使用者の指揮命令から離脱しているということはできず,当該時間に労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。
以下,一般的な添乗業務の状況から,特段の事情のない場合の添乗員の就労時間について判断する(なお,以下において認定した事実は,前記「前提となる事実」,証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨による。)。
ア 就労開始時間
添乗員は,ツアー初日には参加者集合時間の30分前には集合場所に出向き,トイレや売店などの場所,乗り物の種類に応じた乗車場所や経路の確認をし,参加者の受付を行い,席割や乗車方法を知らせ,人員確認の措置等を執っているから,ツアー初日の就労開始時間は,遅刻など特段の事情のない限り,参加者集合時間の30分前と認めるのが相当である。
ツアー2日目以後の就労開始時間は,チェックアウトの手続が必要な場合は,添乗員がバス発車時刻の45分前には参加者のチェックアウトの手続を手伝う等の業務を開始することから,出発時間の45分前,チェックアウトの手続が必要ではない場合(連泊の場合)には,バス発車時刻の5分前に参加者に集合してもらい,その10分くらい前から案内などの作業を開始していることから,バス発車時刻の15分前,団体で朝食を取る場合(本件各ツアーには団体で朝食を取るツアーはなかったようである。)は添乗員が参加者に朝食の案内を行い,原則として同食が要請されているから,特段の事情のない限り,出発時間の1時間前と認めるのが相当である。
イ 移動中の時間
電車,バス及びフェリーを利用して長時間の移動を行う場合には,乗車時(あるいは乗船時)から10分から30分程度,降車前10分程度は前記「前提となる事実」記載のような具体的な業務があり,途中乗車あるいは途中降車の参加者がある場合,弁当の積込みなどがある場合,販売業務がある場合及びバス移動の際のトイレ休憩の場合は,それぞれに対応する具体的な業務がある。しかし,バス及び電車で移動する場合のそれ以外の時間及び飛行機を利用する場合には,常に具体的な業務があるわけではないが,電車及び飛行機を利用する場合,添乗員は原則として参加者から離れていない座席に着席し,自らの座席を参加者に知らせ,いずれの場合でも随時の事情に応じた参加者への対応が要請され,バスの場合はその運転に危険がないか否かを監視することもその業務とされている(a社の作成した海外添乗員マニュアル(<証拠省略>)には,飛行機内における添乗員の座席について「グループ全体の配席の中で一番前方の通路側として下さい。お客様が不自然と感じるほど離れた場所に添乗員の席をアサインしないこと。」,「バスの中では添乗員は寝ないこと。(ドライバーの居眠りやスピードの出し過ぎ,お客様の様子に注意を払う為。)」との記載がされ,また,募集型企画旅行商品の品質ガイドライン(<証拠省略>)にも,バス安全運行に関する添乗員の注意義務として,交通規則の遵守と安全運転の励行を確認,注意することが記載されている。)。そして,ツアーの移動時間のうち,恒常的な具体的業務がない時間においても,参加者からの質問や各種の要請のあることがほとんどない状況にあるとは認められず,国内添乗マニュアル【ケーススタディ】(<証拠省略>)の記載からも行程に影響を及ぼすような重大な各種のトラブルが発生し,添乗員がこれに対応しなければならない場合があることを推察できる。また,添乗員は,参加者と共にある場合は,a社の信用を低下させるような服装,言動などをしないように,すなわち,その所作,対応を添乗員として望まれるようなものに保つことを要請され(<証拠省略>),ツアーに際して参加者に依頼するアンケートの中には添乗員に対する評価を記載する欄が設けられ(<証拠省略>),顧客評価も添乗員の日当を定める際の評価項目の一つとされている(甲34。なお,甲34は海外ツアーに関する査定結果であるが,国内ツアーについても同様であることが推測される。)。
以上のとおりであるから,添乗員は,移動時間中における恒常的な業務のない時間においても,参加者への対応が義務付けられているというべきであり(具体的な対応をすることがなかったとしても,待機時間と認められる。),バスの場合は安全運行の確保のための監視も要請されているのであるから,特段の事情のない限り,移動時間の全てが労基法上の労働時間に含まれるというべきである。なお,フェリーで船中泊をする場合については,終業時刻の項で説明する。
ウ 自由行動時間
ツアー中に終日又は1日の一部に自由行動時間が設定されていても,オプショナルツアーが組み込まれている場合は添乗員が同行するのが原則であり,また,そのようなツアーが組み込まれていなくとも,添乗員が参加者の自由行動に同行する場合は,その時間は労基法上の労働時間に含まれる。また,オプショナルツアーが組み込まれていない等の場合,添乗員は参加者に地図や案内図を配布し,見所,入場料金,交通手段等の案内をし,現地における情報収集等を行うこともあるようであるが,そのような業務を行わない時間についても,参加者からの要請があったり,事故があったりした場合はその対応が必要となることから,そのための待機時間としての性質を有するもので,原則として労働からの解放の保障があるとはいえない(なお,控訴人作成に係る国内添乗マニュアル【基礎編】(<証拠省略>)には,「お客様の自由行動の時間は,添乗員にとっての自由行動の時間では決してありません。」との記載がされている。)。もっとも,終日自由行動日が設定されているような場合については,待機時間としての性質が希薄になることは否めないが,このような日についても控訴人は添乗員に対する日当全額を支払っており,上記のとおり参加者からの要請や事故に対する対応が必要な場合があり,添乗員がその対応をすることは業務上の義務というべきであるから,添乗員が社会通念上待機すべき場所と想定される場所を離脱した等の特段の事情のない限り,所定労働時間内は待機をすることが要請された労基法上の労働時間と評価することが相当である(なお,終日自由行動などの日については,事故が発生する等して所定労働時間を超えて対応しなければならないような事情のない限り,時間外割増賃金等の支払義務は問題とはならない。)。
エ 食事(昼食)時間
移動中に弁当を昼食とする場合は,移動時間中の労働時間というべきである。観光中にレストランなどで昼食を取る場合は,添乗員が参加者を席まで案内し,添乗員も参加者と同席あるいは近くの席で同じメニューの食事をし,精算を行うほか,参加者の個別注文に係る精算の手伝いをすることもある。また,添乗員が昼食を取る間も参加者の動静に注意を払う必要があり,この時間についても労働からの解放が保障された時間とみることは困難であり,a社から指示された業務を行っている時間と評価すべきである(なお,a社作成に係る海外添乗員マニュアル(<証拠省略>)には,食事の際に「お客様同士が打ち解けて頂けるよう,添乗員は明るく楽しく振る舞う事」「添乗員は,オーダーした飲み物が完全に配られるまで席に座らない」などの注意が記載されている。)。
オ 終業時刻
ホテルあるいは旅館に到着後,初泊の場合等チェックイン手続が必要な場合は,その手続や参加者の客室への案内,ロビーでの待機などのため30分程度の業務が必要であり,その後会食がない場合(バイキングや部屋食などの自由食の場合)は,特段の事情のない限り,上記手続が終了する到着後30分が添乗業務の終業時刻になると認められる。ホテル到着後に会食がある場合は,会食前に配膳などを確認し,参加者を会食場所に案内し,会食を共にした上,最後の参加者が食べ終わるまで同席することから,会食終了時が終業時刻となる。会食は開始からおおむね1時間程度で終了する。
連泊の揚合は,チェックイン手続や客室への案内などの業務はないから,特段の事情のない限りホテルあるいは旅館帰着時から参加者への挨拶等の業務に必要な5分程度後を終業時刻と認めるのが相当である。
フェリー等で船中泊をする場合は,乗船後はホテルでチェックイン手続を行う場合とほぼ同等の業務があり,特段の事情のない限りフェリー出発時刻から30分程度は業務時間と認められ,その時点で終業するものと認められる。
カ 帰着日の終業時刻
バスツアーの場合,最終下車地に到着し,参加者が解散した後に車内の忘れ物の確認をし,バス乗務員と有料道路の精算作業を行う。その時間に15分程度かかることから,終業時刻は到着後15分後と認められる。
JR利用の揚合は,下車後参加者を改札口に誘導し,改札口を出た後は流れ解散となり,それまでに15分程度を要するから,終業時刻は最終利用駅到着から約20分後と認められる。
航空機を利用する場合は,航空機が帰着空港に到着後は乗客の流れに沿って進み,ターンテーブルのあるエリアとの分岐点に立って参加者個々と挨拶をする。その後ターンテーブルに荷物が残っていないかを確認する。それまでに30分程度を要するから,終業時刻は到着の30分後と認められる。
キ 休憩時間
控訴人は,移動時間,自由行動時間,食事時間,ホテルあるいは旅館帰着後の非労働時間に添乗員が適宜法定の休憩時間を取っていると主張する。
前記「前提となる事実」記載のとおり,就業規則(<証拠省略>。当時)には,「派遣従業員の就業時間及び休憩時間は,労基法32条,32条の2~32条の4,34条によるものとし,始業時刻,終業時刻,休憩時間の配置については,派遣先の事業所の事情を勘案し,個別契約(就業条件明示書)の定めるところによる。」とする規定(5条)があり,控訴人が添乗員に交付する就業条件明示書(<証拠省略>)にも,「実際の始業・就業・休憩時間については派遣先の定めによる。」との記載がされている。これらの規定によると,添乗員は,控訴人との契約上は,労基法に定められた休憩時間を取ることができることになっていたものと解される。
しかし,前記のとおり,控訴人が主張する非労働時間は,通常は労働密度の低い時間ということはできても,参加者との関係で添乗員の休憩時間を保障する措置を執らなければ,これを直ちに労働からの解放が保障されている時間(休憩時間)ということは困難である。そして,a社の旅行業約款(募集型企画旅行契約の部)(<証拠省略>)では,添乗員が添乗業務に「従事する時間帯は,原則として8時から20時までとします。」という記載が,参加者に渡される「海外旅行 出発までのご案内とご注意」と題する書面(<証拠省略>)にも「添乗員その他の者が本項の業務に従事する時間帯は,原則として8時から20時までとします」(17の(4))という記載がそれぞれされている。これらの契約や案内における記載は,参加者によって,添乗員は添乗している限りその業務に従事しており,その時間全てについて添乗サービスを受けられるものと理解されてもやむを得ないものである。したがって,添乗員自らが参加者に対し,明示又は黙示に休憩時間を取ることを伝えて休憩時間を取ったというような事情がない限り,控訴人が主張する適宜の休憩時間があったと認めることはできない。
(2) 被控訴人の本件各ツアーにおける労働時間,時間外労働時間,深夜労働時間は,本件計算表の各「労働時間」,「日別時間外労働時間」,「深夜労働時間」欄記載のとおりである(ただし,控訴人否認に係るツアー(平成19年5月22日から同月26日まで及び同年10月17日から同月21日までの各期間のツアー)を除く。)と認められる(<証拠省略>,被控訴人本人,弁論の全趣旨)ことは,前記「前提となる事実」記載のとおりである。
以下,問題となる点について判断する。
ア 総論
本件計算表における被控訴人の就業時間に関する主張は,業務開始時間をツアー初日は出発のおおむね1時間前とし(本件各ツアーについて初日に利用された交通機関は鉄道又は飛行機である。),2日目以後はホテル等出発時刻あるいはフェリーの到着時刻(車中泊の場合は途中下車する参加者の降車時刻)とし,終業時刻を船中泊の場合はフェリー出船時刻,ホテル等に宿泊する場合で自由食の場合はホテル到着時,ホテル等で会食がある場合は会食終了時(開始時と推定される時刻から1時間後)とするものであり,前記(1)で判断した添乗業務の開始時間あるいは終業時刻の範囲内のものである。
イ 控訴人否認に係るツアーについて
控訴人否認に係るツアーについては,これが催行され,被控訴人が添乗員として当該ツアーに同行したことについて,添乗日報の写し等の客観的な証拠は何ら存しない。控訴人は,控訴人否認に係るツアー及び本件各ツアーの添乗日報の提出を求める求釈明に対し,過去6か月分がa社に保管されているが,控訴人は保管していないので提出に応じることはできないとする回答をし,被控訴人からa社を相手方としてされた上記各ツアーに関する指示書の文書送付嘱託申立てに対しては,必要性がないことを理由として却下を求め,原審が上記申立てを採用すると,a社は指示書を所持していないとする回答を行っている。添乗日報は,次に行われるツアーの参考資料とし,添乗員の行程管理の状況を知るために作成された報告文書であるから,短期間でこれを廃棄するなどして保管対象から外すような措置を執ることがあるのか疑問が残る(指示書についても同様)が,控訴人及びa社が虚偽の事実を述べていると判断できるだけの資料は存しない。そして控訴人否認に係るツアーについては,被控訴人の陳述書(<証拠省略>)や被控訴人本人尋問の結果にもこれを証明するに足りるような供述部分は存しない。そうすると,控訴人否認に係るツアーについては,その催行及び被控訴人の添乗員としての同行について,これを認めることはできないものといわざるを得ない。
ウ 添乗日報に記載漏れがある日程について
①平成19年8月13日(<証拠省略>),②同年11月17日(<証拠省略>),③同年12月11日(<証拠省略>)については,添乗日報にホテルないし旅館への到着時刻の記載が漏れている。しかし,①については青森県の恐山を17時20分に出発し途中トイレ休憩を取ったこと,宿泊先がbホテル(青森県三沢市内)であることが記録されているので,指示書の提出がない状況の下で,本件計算表記載のとおり,ホテル帰着時刻を早くとも19時30分とし,これを終業時刻と推定することには合理性がある。②については,17時25分に宮崎インターチェンジから宮崎道に入り,17時48分に都城インターチェンジを通ったこと,宿泊先がcホテル(鹿児島県霧島市内)であり,夕食が会食であったことが記録されているので,ホテル等到着後に所要の業務を行い,参加者に会食の案内をして会食を共にする等の業務の存在を考慮すると,本件計算表記載のとおり,添乗業務の終了時刻を早くとも20時と推定することには合理性がある。③については別府着が16時55分で宿泊先がホテルd(大分県別府市内)であり,夕食が会食であったことが記録されているので,ホテル等到着後に所要の業務を行い,参加者に会食の案内をして会食を共にする等の業務の存在を考慮すると,本件計算表記載のとおり,添乗業務の終了時刻を早くとも19時であると推定することには合理性がある。
また,同年12月8日については最終日の帰着時刻の記載がないが(<証拠省略>),奄美空港を19時12分発のJAL1958便を利用して帰着したことが記録されているので,本件計算表記載のとおり,羽田空港への帰着及びその後の業務の終了が早くとも21時であると推定することには合理性がある。
エ ホテルへの帰着時刻から会食終了までの時間的間隔が長いもの
平成19年5月30日の添乗日報(<証拠省略>)によると,ホテル等への到着時間は15時40分で,夕食は会食とされており,本件計算表によると業務終了時刻は20時とされている。また,平成20年1月21日の添乗日報(<証拠省略>)によると,ホテル等への到着時間は15時50分で,夕食は会食とされており,本件計算表によると業務終了時刻は19時とされている。
この2日間については,ホテル到着後の業務,会食のための準備及び会食時間を除いて2時間弱ないし1時間弱の時間があり,被控訴人がホテル到着後の業務を行った後にホテルの部屋で休憩を取った可能性も否定はできないが,被控訴人は着替えたり風呂に入ったりすることはせずに日報や計算書類の記載,翌日の部屋割りその他の業務を行っていたと述べており,その説明には一応の合理性があるというべきであって,これらの時間も業務時間として算定することが相当である。
3 被控訴人の時間外割増賃金の算定基礎賃金額(争点(3))について
ア 時間外割増賃金の算定基礎賃金額が1時間当たり1312円であることは,原判決19頁25行目及び20頁4行目の「算定賃金額」をいずれも「算定基礎賃金額」と改めるほかは,原判決の事実及び理由の「第3 当裁判所の判断」2の(2)(原判決19頁25行目から20頁8行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
(ア) 控訴人は,就業規則,a社の旅行業約款等及び就業条件明示書から,被控訴人のみなし労働時間が11時間であり,これが所定労働時間8時間と所定時間外労働時間3時間によって構成されるもので,それに対する対価として支払われていた日当に3時間分の時間外割増賃金が含まれていることは明らかであり,また,平成19年2月20日に行われた団体交渉において,日当に3時間分の時間外割増賃金が含まれていることを説明したから,被控訴人は,遅くとも同日以後上記事実を知った上で雇用契約を締結したものであると主張する。
本件では,添乗員の賃金は日当として定額で支払われているところ,これに時間外割増賃金等が含まれているとするには,まず,通常の労働時間に対する賃金部分と割増賃金部分が明確に区別されているものでなければならないことは原判決が説示するとおりである。しかし,控訴人の就業規則の労働時間及び休憩時間に関する5条の規定は,抽象的に労基法の該当条文を引用するだけのものであり,就業条件明示書(<証拠省略>)の就業時間・休憩時間に関する記載も,就業時間を添乗サービスの提供時間である午前8時から午後8時までとし,休憩時間については派遣先の定めによるとし,賃金も別に定める規定に基づくとの記載がされているにすぎない。就業条件明示書にいう,賃金に関する別に定める規定は提出されておらず,上記のような就業規則や就業条件明示書の記載だけでは,添乗員の日当が11時間分の労働に対する対価であり,8時間分が通常の労働の対する対価部分で,3時間分は時間外割増賃金部分であることが明らかであるということは困難である。しかも,就業条件明示書には「時間外勤務なし」とする記載がされており,被控訴人と同じ派遣添乗員であるBに対する「海外査定結果」と題する書面(<証拠省略>)では,平成19年11月帰着分からの日当を,基礎金額,顧客評価,能力評価,HTS評価及び調整手当と分けてその合計額として算定しており,時間外割増賃金が含まれていることは全く説明されていない。このような証拠からすると,控訴人自身が日当の中に時間外割増賃金等が含まれているという認識を有していなかったことが推認される。
また,控訴人は,平成19年2月の団体交渉において日当に3時間分の時間外割増賃金が含まれていることを説明したとも主張するが,その引用する証拠(<証拠省略>)では添乗員の労働時間について11時間のみなしを行っているとの説明が初めてされたとの供述があるだけであり,他に控訴人が主張するような説明がされたことを裏付ける証拠はない上,上記のとおり海外査定結果でも時間外割増賃金の説明がされていないのであるから,控訴人の上記主張も採用できない。なお,控訴人が主張する時期にその主張のような説明がされたのだとしても,被控訴人は平成19年1月に結成された全国一般労働組合全国協議会東京東部労働組合HTS支部に加入して,添乗員の業務に事業場外みなし労働時間制の適用があることに異を唱えて時間外割増賃金の支払を求めていたのであるから,上記説明の後に雇用契約が締結された際,被控訴人が日当に時間外割増賃金が含まれていることを承認したと認めることはできない。
以上のとおりであるから,被控訴人の日当に3時間分の時間外割増賃金が含まれていると認めることはできない。
(イ) 次に,被控訴人の日当が所定労働時間8時間の業務に対する対価として定められているのか,控訴人が主張する11時間の業務に対する対価として定められているのかが問題となるが,上記のとおり,就業条件明示書や海外査定結果からすると,控訴人が日当の中に時間外割増賃金が含まれているという認識を有していなかった(すなわち,通常の労働に対する日当であると認識していた)と推認される上,被控訴人が所属する労働組合との交渉に際して控訴人が作成した同組合に所属する添乗員の時間外割増賃金の算定資料(<証拠省略>)では,日当を8時間で除した金額を割増賃金算定の際の基礎賃金額としていることからすると,被控訴人の日当は,所定労働時間である8時間の賃金として合意されていたものと認めるのが相当である。
イ 控訴人の被控訴人に対する時間外割増賃金等の未払額
以上の判断を前提として,労基法37条及び就業規則(<証拠省略>)の定め(11条5項)によって被控訴人に対する未払時間外割増賃金等の額を計算すると,本判決別紙「未払残業代請求目録」(原判決別紙「未払残業代請求目録(修正)2」から控訴人否認に係るツアーの時間外割増賃金額を除外したもの)及び控訴人否認に係るツアーを除いた本件計算表記載のとおりとなり,控訴人は,被控訴人に対して51万3730円及び本判決別紙「未払残業代請求目録」の「残業代」欄記載の金額に対する同目録「支払日」欄記載の日から年6分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。なお,控訴人は,平成22年10月14日に被控訴人に原審で命じられた時間外割増賃金等の支払債務に係る履行の提供を行ったとする趣旨の主張をし,同日以後は遅延損害金の支払義務を負わないとしているが,控訴人が上記の日に債務の本旨に従った履行の提供したと認められないことは後に述べるとおりであって,控訴人は同日以後も未払の時間外割増賃金等について履行遅滞の責任を免れない。
4 付加金請求権の有無(争点(4))について
労基法114条に基づき,控訴人に対し,付加金の支払を命ずるのが相当であることは,原判決20頁17行目から18行目「適用はない」を「適用はなく,法定の割増賃金を支払っていない」に改めるほかは,原判決の事実及び理由の「第3 当裁判所の判断」3(原判決20頁16行目から23行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
控訴人は,本件と同種の別件事件の原告らに対し,上級審で時間外割増賃金等について異なる判決が出された場合には精算する(不足があれば追加支払し,過払があれば払戻しを求める。)こととして,平成22年10月4日,1審判決で支払を命じられた同割増賃金等と遅延損害金を振り込んで支払ったが,被控訴人が加入する組合は,同月14日その受領を拒否したので,上記別件事件の原告ら及び被控訴人に対して未払賃金及び遅延損害金をいつでも支払える旨を通知したから,本件において付加金の支払を命ずることは相当でないと主張する。
付加金の支払義務は,裁判所がその支払を命ずることによって初めて発生するものであるから,使用者に労基法37条の違反があったとしても,使用者が割増賃金に相当する金額の支払を完了し,使用者の義務違反の状態が消滅した後においては,付加金の支払を命ずることはできない。
控訴人の前記主張は,法的に付加金の支払を命ずることができないことを主張するものなのか,付加金の支払を命ずることが相当ではない事情があることを主張するものなのか明確ではないが,控訴人は,本件との関係では,別件訴訟における原告らが,同訴訟の1審判決で命じられた未払の時間外割増賃金等の受領を拒絶したことから,被控訴人代理人に対して被控訴人もその受領を拒絶するのか否かを問い合わせた上(<証拠省略>),「一審判決に基づく未払賃金及び遅延損害金を用意してあり,いつでもお支払できますので,受領することとされた際にはご連絡ください。」とする書面(乙43。上記一審判決には本件の原審判決を含むように解される。)を送付したにすぎない。したがって,被控訴人において受領拒絶の意思を明らかにしているとはいえず,乙43号証の書面の送付を口頭の提供だと解したとしても,被控訴人との関係で口頭の提供だけで債務の本旨に従った履行の提供に当たると解することはできず(控訴人の弁済の申出は,上級審の判断次第で精算があり得る旨の留保を伴うものであるから,その点においても債務の本旨に従った弁済の申出とはいえない。),控訴人の義務違反の状態が消滅したものと認めることはできない。
また,控訴人が労働基準監督署の指導を受けながら,労基法37条所定の過去分の時間外割増賃金等を支払う姿勢があるとはいえなかったことは原判決が説示するとおりであり,控訴人の上記申出も,あくまで被控訴人に対する時間外割増賃金等に未払はないことを主張し,仮執行宣言の付された原判決認容金額につき,上級審の判断次第でその精算があり得ることを前提とした支払をするというものであり,任意の支払の申出と評価することはできないから,上記申出を考慮しても,同法114条に基づいて付加金の支払を命じた原判決は相当というべきである。ただし,本件で控訴人に支払を命ずべき時間外割増賃金等の金額は51万3730円であるから,控訴人に支払を命じる付加金の額も同額とすべきである(なお,付加金の支払を命じる部分について仮執行宣言を付すことのできないことは,原判決が説示するとおりである。)。
第4結論
よって,以上と異なる原判決を一部変更し,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田剛久 裁判官 田川直之 裁判官 東亜由美)
(別紙)
未払残業代請求目録
原告 X
No
月(末日締)
残業代
支払日
1
2007/3
15,170
2007/4/25
2
2007/6
57,564
2007/7/25
3
2007/7
82,656
2007/8/25
4
2007/8
93,480
2007/9/25
5
2007/9
44,444
2007/10/25
6
2007/10
34,030
2007/11/25
7
2007/11
84,706
2007/12/25
8
2007/12
62,730
2008/1/25
9
2008/1
38,950
2008/2/25
合計
513,730