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東京高等裁判所 平成22年(ネ)4323号 判決 2010年10月28日

控訴人 甲野太郎

控訴人 甲野花子

上記両名訴訟代理人弁護士 道本幸伸

道本周作

被控訴人 乙川一郎

被控訴人 乙川葉子

上記両名訴訟代理人弁護士 好川弘之

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人乙川一郎は,控訴人甲野太郎に対し,金2277万0191円及びこれに対する平成20年1月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人乙川一郎は,控訴人甲野花子に対し,金2277万0191円及びこれに対する平成20年1月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人乙川葉子は,控訴人甲野太郎に対し,金2277万0191円及びこれに対する平成20年1月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  被控訴人乙川葉子は,控訴人甲野花子に対し,金2277万0191円及びこれに対する平成20年1月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

7  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを4分し,その1を控訴人らの負担とし,その余を被控訴人らの負担とする。

8  この判決は,第2ないし第5項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(1)原判決を次のとおり変更する。

(2)被控訴人乙川一郎は,控訴人甲野太郎に対し,3232万8925円及びこれに対する平成20年1月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)被控訴人乙川一郎は,控訴人甲野花子に対し,3232万8924円及びこれに対する平成20年1月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)被控訴人乙川葉子は,控訴人甲野太郎に対し,3232万8924円及びこれに対する平成20年1月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(5)被控訴人乙川葉子は,控訴人甲野花子に対し,3232万8924円及びこれに対する平成20年1月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人ら

本件控訴をいずれも棄却する。

第2  事案の概要

1  本件事故の発生

控訴人らの長男甲野和男(以下「和男」という。)は,平成20年1月20日午前5時35分ころ,普通乗用自動車(ホンダ・ドマーニ,以下「和男車両」という。)を運転して埼玉県春日部市不動院野76番地付近にさしかかったところ,被控訴人らの二男乙川二郎が運転する普通乗用自動車(ユーノス・ロードスター)が時速100ないし110キロメートルで中央線を越えて対向車線に進入し,和男車両に正面衝突し,和男及び乙川二郎はいずれも死亡した。

2  本件は,和男の権利義務を相続により承継した控訴人らが,本件事故は乙川二郎の大幅な法定制限速度違反,反対車線への進入及び前方不注視等の過失によって生じたものであるとして,民法709条に基づき,乙川二郎の権利義務を相続により承継した被控訴人らに対し,合計1億2931万5697円とこれに対する本件事故日である平成20年1月20日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決は,控訴人らの請求のうち,控訴人らそれぞれに対し,被控訴人乙川一郎が各2166万2436円の,被控訴人乙川葉子が各2166万2435円の各支払義務があるとして,これを認容したものの,その余の請求をいずれも棄却したので,控訴人らが各敗訴部分につき不服を申し立てたものである。

3  前提事実(争いのない事実及び掲記証拠により認められる事実),争点及び争点に対する当事者の主張は,控訴人らの当審における主張を次のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2及び3記載(原判決3頁11行目から同8頁23行目まで)のとおりであるから,これを引用する。

(控訴人らの当審における主張)

原判決は,和男の生活費控除率を50パーセントとしたが,和男と控訴人らの現実の家計負担割合や婚姻の具体的な予定があったこと等を考慮することなく,独身男性であることを理由に形式的に上記割合による控除率を採用したのであって,不当である。

和男は家計の約4分の1を負担しており,倹約家でもあり,婚姻の具体的予定もあったから,これらの事情を応分に評価して,適正な割合を認定すべきである。

また,本件事故の態様,控訴人らが和男の悲惨な死によって悲嘆にくれている実情からすると,葬儀費用562万0690円及び墓地取得代金970万円もこれを本件事故と相当因果関係のある損害と認めるべきである。

そして,控訴人らが和男の死亡によって被った精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料額は4000万円を下回ることはない。

本件事故当時,和男が使用していた和男車両は,控訴人甲野太郎が所有していたものであるから,検査登録法定費用等の新車買換費用の合計4万2725円も,本件事故と相当因果関係のある損害と認められるべきである。

第3  当裁判所の判断

1  本件の争点は,本件事故により和男が被った損害額であるところ,当裁判所は,和男が被った損害額は合計8308万0766円となり,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は,控訴人ら各自につき400万円と認めるのが相当であると判断する。その理由は,次のとおりである。

2  本件事故により和男が被った損害について

(1)逸失利益(5065万6379円)

証拠(甲5号証,10号証の1から5まで,11号証の1から3まで,35号証から38号証まで,控訴人甲野太郎本人)及び弁論の全趣旨によれば,和男は,高等学校を卒業後,平成7年4月1日,首都圏を中心に東日本地区を地盤とする鉄道最大手の東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR東日本」という。)に入社し,本件事故当時は,東京車掌区の車掌として勤務していたこと,この間,和男は,JR東日本の車掌として真面目に勤務し,平成15年に483万1426円,平成16年に515万8952円,平成17年に522万0338円,平成18年に532万7071円,平成19年に532万1854円の各賃金(年収)の支払を受けていたこと,JR東日本は,社員に対する賃金の支給額等につき賃金規程を定め,一般社員を1等級から10等級までに区分し,各等級ごとに号俸別の基本給を定めた一般社員基本給表を作成しているところ,上記賃金規程によると,毎年度初めに4号俸以内の昇給があるとされていること,JR東日本の定年は満60歳とされているが,同社にはエルダー社員就業規則の定めがあり,これに基づき,誕生月の翌月からエルダー社員として5年間再雇用されることができるという制度があって,現在,応募要件を満たす社員の約90パーセントがエルダー社員としての再雇用を希望し,原則として希望者全員が再雇用されていること,以上の事実が認められる。

上記のとおり,和男がJR東日本に入社後13年間にわたって同社車掌として真面目に勤務してきたことや同社が鉄道最大手の企業であること等,上記認定の事実によれば,社会情勢や経済情勢の変化等を考慮しても,和男の逸失利益の算定に当たっては,同社に継続して勤務し,昇給を前提としてその算定をするのが相当である。

そこで,和男の本件事故当時の等級を前提に,各年度初めに3号俸の昇給がされることとし,60歳の時点でエルダー社員として5年間再雇用され,その後は,交通事故相談センター東京支部作成の平成20年賃金センサスによる65歳時点での高校卒の年収を基礎として,その生涯賃金を計算すると,原判決別表記載のとおり(ただし,上記賃金センサスに基づいて,原判決別表の平成54年度及び同55年度の「年額給与等」欄の各「4,304,400」をそれぞれ「3,137,100」と改め,これに伴って,平成54年度及び同55年度の「現価」欄の額に「819,127」及び「779,957」とあるのを「596,990」及び「568,442」と,「65歳~67歳合計」欄の「年額給与等」及び「現価」欄の額を「6,274,200」及び「1,165,432」とそれぞれ改める。),合計1億9011万6111円(1億7159万5911円+1224万6000円+627万4200円)となり,これから中間利息を控除した現価は9210万2508円(8819万3372円+274万3704円+116万5432円)となる。

そして,逸失利益の算定に当たっては,死亡した被害者(和男)の生活費を控除すべきことになるところ,一般に独身男性の生活費控除率は50パーセントとされているが,控訴人らは,和男については,同人が一家の経済的支柱であったことや婚姻の具体的な予定があったこと等の事情を十分しんしゃくして適正な生活費控除率とすべきであると主張する。

なるほど,証拠(甲14号証の1及び2,控訴人甲野太郎,控訴人甲野花子)及び弁論の全趣旨によれば,和男は,JR東日本に入社後,毎月9万円,ボーナスが支給される月には15万円を控訴人らの家計に入れていたこと,控訴人甲野太郎の平成19年度の給与所得金額は273万3600円,控訴人甲野花子の同年度の給与所得金額は117万8000円であり,当時,控訴人らは,離婚により母子家庭となった長女に対し,同人が賃借しているアパートの賃料相当額を援助し,また,二女の学費等を負担していたこと,本件事故当時,控訴人らの家計は,控訴人ら及び和男の収入により維持されており,和男の経済的援助が家計の支えの一つとなっていたこと,本件事故当時,和男には婚姻を考えていた女性があったことが認められる。

上記認定の事実によれば,和男は,控訴人らの家計上,相当の負担をしていたことが認められ,具体的に婚姻を考えていた女性があったことも窺われるから,和男につき,独身男性の一般的な生活費控除率である50パーセントをそのまま適用するのは相当でなく,上記事情を考慮して,生活費控除率を45パーセントと認めるのが相当である。

そうすると,和男の逸失利益は,5065万6379円(9210万2508円×0.55)となる。

(2)退職金損害(276万7232円)

和男の退職金損害についての判断は,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の1(2)欄(原判決10頁13行目から同20行目まで)の理由説示と同一であるからこれを引用する。

よって,和男の退職金損害は276万7232円となる。

(3)死亡慰謝料(2800万円)

和男の死亡慰謝料についての判断は,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の1(3)欄(原判決10頁21行目から同11頁7行目まで)の理由説示と同一であるからこれを引用する。

よって,和男の死亡慰謝料は2800万円となる。

なお,控訴人らは,上記慰謝料額が4000万円を下回ることはないと主張する。なるほど,和男の突然の悲惨な死に接して控訴人らが悲嘆の極みにあることは想像に難くないが,原判決が上記慰謝料として認めた2800万円は上記事情をも考慮した相当な額と認められる。

(4)治療費(7万1980円)

和男の治療費についての判断は,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の1(4)欄(原判決11頁8行目から同11行目まで)の理由説示と同一であるからこれを引用する。

よって,和男の治療費は7万1980円となる。

(5)搬送代(4万2450円)

和男の搬送代についての判断は,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の1(5)欄(原判決11頁12行目から同14行目まで)の理由説示と同一であるからこれを引用する。

よって,和男の搬送代は4万2450円となる。

(6)葬儀費用(150万円)

和男の葬儀費用についての判断は,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の1(6)欄(原判決11頁15行目から同25行目まで)の理由説示と同一であるからこれを引用する(ただし,原判決11頁19行目の「自ら」から同20行目の「また,」までを削除する。)。

よって,和男の葬儀費用は150万円となる。

なお,控訴人らは,墓地取得代金970万円(墓地工事費724万7890円及び永代使用料245万2110円)もこれを本件事故と相当因果関係のある損害として認められるべきであると主張するが,理不尽に生命を奪われた子を手厚く葬りたいとの控訴人らの心情を考慮しても,本件においては墓地取得代金も含めて葬儀関係費用として合計150万円の損害を認めるのが相当であって,上記墓地取得代金970万円を別途の損害と認めることはできない。

(7)新車買換費用4万2725円

証拠(甲16号証,32号証の1,41及び42号証)及び弁論の全趣旨によれば,和男が使用していた和男車両は,控訴人甲野太郎が所有していたものであること,控訴人らは上記車両が本件事故により破損したため,平成20年2月に新車を購入したことが認められるから,和男車両の買換えに伴う費用である新車買換費用の合計額4万2725円も本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

3  弁護士費用

上記のとおり,和男が被った損害額は,合計8308万0766円となるから,控訴人らの相続分(各2分の1)は上記8308万0766円の2分の1に相当する4154万0383円となる。

本件訴訟に至る経緯,審理経過,認容額等を考慮すると,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は,控訴人らにつき,各自400万円と認めるのが相当である。

4  結論

以上のとおりであって,被控訴人らは,その相続分に応じて,控訴人ら各自に対し,それぞれ2277万0191円(4154万0383円÷2+200万円)とこれに対する本件事故日(不法行為の日)である平成20年1月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うことになるから,控訴人らの本訴請求は,各自,上記の限度においてこれを認容すべきであるが,その余は失当として棄却すべきであるから,これと異なる原判決を上記のとおり変更することとする。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前田順司 裁判官 原敏雄 裁判官 山口信恭)

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