大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成22年(ネ)4377号 判決 2011年1月26日

控訴人

訴訟代理人弁護士

指宿昭一

同上

嶋﨑量

被控訴人

Y株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

鳥養雅夫

同上

松尾剛行

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  本件訴中,本判決確定の日の翌日以降の金員の支払を求める部分を却下する。

(2)  控訴人が,被控訴人に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

(3)  被控訴人は,控訴人に対し,

①  平成20年10月から本判決確定の日まで毎月末日限り,金42万8059円

②  平成20年12月から本判決確定の日まで,毎年6月10日,12月10日限り,各金100万円

及びこれらに対する各支払時期の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人の負担とする。

3  この判決の第1項(3)及び第2項は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  控訴人が,被控訴人に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

3  被控訴人は,控訴人に対し,

(1)  平成20年10月から毎月末日限り,金42万8059円

(2)  平成20年12月から,毎年6月10日,12月10日限り,各金100万円

及びこれらに対する各支払時期の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人の負担とする。

5  第3項につき仮執行宣言

第2事案の概要(略語等は,原則として,原判決に従う。)

1  本件は,平成12年10月1日,被控訴人に従業員として雇用された控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人が,平成20年8月25日(以下,平成20年の出来事は月日のみで表示する。),9月30日をもって控訴人にした諭旨退職処分(本件処分)が無効であるとして,雇用契約上の地位の確認,本件処分の翌月である10月から毎月末日限り月額42万8059円の給与の支払,12月から毎年6月10日及び12月10日限り,各100万円の賞与の支払及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまでの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  原審は,本件処分は社会的に相当な範囲にとどまるものであるとして,控訴人の請求のうち,判決確定日の翌日以降の賃金支払請求の部分は訴えの利益がないとして不適法却下し,その余を棄却したところ,控訴人が控訴した。

3  争いのない事実等,主たる争点及びこれに対する当事者の主張は,原判決書10頁3行目(労判本号17頁右段8行目)の「真撃」を「真摯」に,同頁11行目(17頁右段19行目)の「禁反原」を「禁反言」に改め,次のとおり加えるほか,原判決「事実及び理由」中の第2の1及び2に摘示されたとおりであるから,これを引用する。

(当審において控訴人が追加又は敷衍した主張)

1 控訴人の欠勤は,懲戒事由(就業規則51条3号後段)に該当しない。

(1) 被控訴人においては,就業規則63条で欠勤の手続を規定しているが,同条の手続を履践しない欠勤が「無断欠勤」に当たると規定しているわけではないから,同条の手続を履践しなくても被控訴人に対する欠勤の通告がされていれば「無断欠勤」には当たらない。控訴人は,6月3日,所属長のBマネージャー及びC部長らに対して,同月4日以降欠勤することを報告していたし,欠勤見込みの期間についても,ビジネス倫理ヘルプラインに調査依頼を行い,同日,申告を受けた旨のD本部長からの連絡があったから,客観的に見れば被害事実の正式な調査は完了しておらず,控訴人は,必要な調査が終了するまでの期間と申告するしかなかった。したがって,控訴人は,被控訴人に欠勤の理由と見込日数を届けているから,同条の手続を履践したものといえる。被控訴人においては,一般に,同条の「就業報告書」による報告の履践はされていなかったのであるから,控訴人に「就業報告書」の提出を求めるのは無理であり,控訴人には事前の届出ができない「やむを得ない事由」があったといえる。

仮に,控訴人が「就業報告システム」によって報告を行っていなかったとしても,控訴人は,これによって報告を行うべきことを知らなかった。欠勤申請手続を履践しなかったことが懲戒事由になるならば,被控訴人は,控訴人が欠勤するに当たり,欠勤申請手続について説明すべきであったが,その説明はなかった。控訴人は,6月3日には,被控訴人のContactHRに対して休職申請をしていて,休職申請が却下されるまでは正式な欠勤届の手続を行うことは困難であるから,事前の届出ができない「やむを得ない事由」があった。

控訴人は,同月27日,控訴人の上司であるBマネージャーが就業報告システムに控訴人の欠勤報告を代行入力したことに異議を述べたが,同年7月1日,D本部長から休暇申請を正式に却下されたので控訴人は異議を撤回し,上記欠勤報告の代行入力を承認した。したがって,遅くとも同日には「就業報告システム」による報告をしていることになる。

控訴人は,6月3日,ビジネス倫理ヘルプラインに調査依頼を行い,同月4日申告を受けた旨のD本部長からの連絡があったから,被控訴人は,倫理委員会において事実関係の調査を行い,確認する義務を負っていた。被控訴人は,同月3日の時点で被害事実が不存在であることを前提とした行動は取れないはずであり,同月4日以降に欠勤の正式な手続をとることは,控訴人にとって著しく困難である。

仮に控訴人の欠勤が「無断欠勤」に当たるとしても,「使用者が事前に予測し,あるいは事後速やかに欠員を補充して通常の生産機能を維持することをできなくするような仕方での無届欠勤」には当たらないのであるから,被控訴人は,控訴人に懲戒処分をすることができない。

(2) 本件欠勤には「正当な理由」が存する。

控訴人は,職場における嫌がらせ及び情報漏えいに対して被控訴人に対して調査を求めており,適当な調査に基づく被害防止措置がとられていないことから欠勤をしたものであり,「正当な理由」がある。

(3) C部長は,6月3日の電話において,同月4日以降の欠勤が,無断欠勤に当たらず,「結果として欠勤」になると述べたのであり,これにより,控訴人は,同日以降の欠勤が無断欠勤に当たるとは考えていなかった。被控訴人の管理職であるC部長の発言によりこのような認識を持つに至った控訴人を被控訴人が「無断欠勤」に当たるとして懲戒処分をすることは,禁反言の原則に反し許されない。

仮に,C部長が「無断欠勤」に当たらないと説明したのではなく,控訴人の質問に対する回答を回避したに過ぎないのだとしても,控訴人は,本件欠勤が懲戒事由に当たるか否かという労働契約の内容に関する質問をしたのであるから,C部長の回答拒否は労働契約内容の理解促進義務(労働契約法4条)に違反する行為であり,本件欠勤が「無断欠勤」に当たらないと信じた控訴人の本件欠勤を「無断欠勤」と扱うことは許されない。

本件欠勤が「無断欠勤」に当たるとしても,被控訴人の職場秩序を乱すようなものではない。

被控訴人による本件処分は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当と認められず,懲戒権を濫用したものとして無効である。

2 使用者の配慮義務違反による無効(第二次的主張)

被控訴人が調査の上で控訴人の申告した被害事実は存在しないと判断したのであれば,被控訴人は,控訴人が精神疾患が原因の被害妄想でかかる被害申告をしていると把握したか,少なくとも容易に認識し得たはずであるから,少なくともこれを疑い,使用者としての配慮義務を尽くすべきであった。被控訴人は,4月中旬ころ,控訴人のメンタルヘルスの異常を強く疑っており,「健康相談室」の担当者が控訴人の実家に架電し,控訴人の母親や実兄に,控訴人は,「言動にしても普通じゃない状況です,通常の状態ではありません,何かあったら暴発する可能性があるし,会社や自分が加害者だと思っている誰かに危害を加えるかもしれないが何か起きたら遅いです」などと述べた上,神奈川県のメンタルヘルスに関する相談窓口の連絡先を告げた。被控訴人が控訴人に何らかのメンタルヘルスの異常性を認識し,対処が必要であったことを知悉していたことは明らかである。

控訴人がとりつかれた被害妄想は,控訴人が自ら詳細な調査をしたり,警察に捜査依頼することなどまで行っていることから,相当強度で,直ちに就労において配慮が不可欠なものであり,何ら配慮せずに就労を命じるべきではないことは明らかである。本件処分は,被控訴人が使用者として,雇用する労働者に対して果たすべき安全配慮義務,すなわち,メンタルヘルス対策として,少なくとも一定期間休職措置をとり,労働者の労働義務を免除するなどの配慮義務を行わずに行使されたことになり,解雇権の濫用により無効である。

(当審において控訴人が追加又は敷衍した主張に対する被控訴人の反論)

1 無断欠勤該当性

(1) ContactHRは,人事部に問い合わせを行うための窓口に過ぎず,休職申請窓口ではない。被控訴人において欠勤の届出や休職の申請は,就業報告システムを通じて行うことになっていたのであり,ContactHRを通じて休職申請をすることはそもそも不可能である。6月3日に控訴人から口頭でされた休職申請には,上司のBから休職は認めない旨明言し,翌日以降出社するよう通達した。

(2) 被控訴人においては,全従業員が「就業報告システム」を利用して電子的に「就業報告書」を提出している。控訴人が6月3日のC部長との電話で「問題が解決しない限りは,就労できない」としていることは,控訴人として,被害事実がなくなったと納得しない限り出社する意思がないことを明確に表明したものである。欠勤の見込日数は形式的にも実質的にも届けられていない。

(3) 欠勤する正当な理由の不存在

被控訴人は,6月3日にC部長を通じて控訴人に対し,被控訴人としての調査結果を伝え,出社する上で障害はないから安心して出社して欲しい旨伝えた。この時点で控訴人が出社する上で障害はなくなっていたのであり,控訴人は,出社して労働力提供義務を果たしながら,倫理委員会の調査結果を待っていれば良かったのである。

(4) Cは,6月3日の電話で,控訴人に出社を求めるため,被害事実がないことを説明しようと考えていたところ,控訴人の話が横道にそれたため,「今は無断欠勤の話をしているのではない」という趣旨の発言をしたことはあったが,控訴人が欠勤をしても被控訴人が無断欠勤として扱わないことを認めるとか保証するというような趣旨の発言は一切していない。

控訴人が,被控訴人から何度も出社を命じられていたにもかかわらず,無断欠勤を40日という長期間継続したことの悪質性は高い。被控訴人は,このような控訴人の悪質な職場秩序侵害行為にもかかわらず,控訴人の利益を最大限考慮して退職金を受け取ることができる「諭旨退職」処分を選択した。

2 第二次的主張について

(1) 控訴人は,被害事実がないなら控訴人が精神疾患ということになるという議論を展開しているが,論理に飛躍がありすぎる。精神疾患がなくとも他人の発言や態度の趣旨を誤認して,悪意をもって扱われているとか,いじめられていると誤解するということは十分にあり得るのであり,「被害事実が存在する」のか「控訴人が精神疾患である」のかの二者択一であるとする控訴人の議論は当を得ていない。

(2) 使用者側の安全配慮義務の一環として従業員のメンタルヘルスにも一定の配慮をすべきではあるが,使用者が何をすべきかは従業員にかかるストレスの程度や従業員の態度の異常性の程度等の個別具体的事情により決まる。控訴人は「極端な過労もなく安定した就業状態」であり,本件処分当時,メンタルヘルスが問題となり得るような過度の残業もなく,控訴人からの申告もなかった。このような具体的事情の下で,被控訴人が控訴人のメンタルヘルスの異常を疑い,控訴人に対して医療機関の診察を命じる等の措置をとる義務があったとは到底いえない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,控訴人の請求のうち,判決確定後においても被控訴人がなお給与及び賞与を支払わないと認めるに足りる事実はないから,判決確定後の給与,賞与を求める請求は「あらかじめその請求をする必要がある場合」に該当しないから不適法として却下するべきであるが,その余の控訴人の本件請求は理由があると判断する。

その理由は,次のとおりである。

2  判断の前提となる事実

原判決「事実及び理由」中の第3の1に説示されたとおりであるから,これを引用する。

3  控訴人が被控訴人に申告した被害事実

(1)  4月上旬以降,控訴人が被控訴人に対して申告し,調査を依頼した事実は,原判決「事実及び理由」中の第2の1(3)に摘示されたとおりであるが,C部長がした控訴人の周囲の従業員に対する聞取り調査,控訴人が被控訴人に対して提出したICレコーダに録音したデータのいずれの調査によっても,控訴人が申告した被害事実は確認されていない。そして,(証拠省略)によれば,倫理委員会調査チームの調査によっても控訴人が申告した被害事実は確認されず,6月17日には追加の再調査がされないことが決定された。(証拠省略)によれば,1月30日に控訴人が被控訴人の荻窪事務所3階で録音したデータも録音状態が悪く,単純に音声を聞いただけでは発言内容の確認が困難であったことは,控訴人自身が認めている。したがって,本件においては,控訴人が申告した被害事実を認めるに足りる証拠はないということができる。

(2)  控訴人は,本件被害事実への対応,調査を進めるとして,4月8日以降,有給休暇を取得して出社しなくなったが,(証拠省略)によれば,控訴人は,同日,控訴人の上司であるBマネージャーらに対して,「ストーカーの件でいい加減頭にきたので,警察に行ってきます。能力の及ぶ限り,全力で復讐してやります。しばらく有給休暇が続く限り休みます。内部告発も含まれるので,そのまま退職するかもしれません。警察の事情聴取がそちらに伺ったら,よろしくお願いいたします」というメールを送信している。

また,証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,上司に対し,4月上旬ころから,社外(メイド喫茶)でのトラブルを原因とした主として社外(自宅)におけるストーカー被害を受けている「疑い」があると述べていたが,同月8日,控訴人の上司は,控訴人に連絡がつかないため,被控訴人のEHS(環境・衛生・安全部門)のマネージャーであるEに相談したところ,Eは,午後6時30分ころ,控訴人の実家に連絡して,午後7時30分ころまで控訴人の母や兄と話し,ストーカー被害を相談するのであれば控訴人自宅所在地のa警察署である旨,ストーカー被害により精神的に追いつめられているのであれば,区民相談という形で保健師のアドバイスも受けられる旨を伝えたことが認められる。

(3)  控訴人が被控訴人に申告した被害事実は,秋葉原にある某メイド喫茶のウェイトレスとの間のいざこざがきっかけで,加害者集団が雇った専門業者,協力者らによる控訴人に対する盗撮・盗聴・つけ回しが始まって,情報が控訴人の見えないところで加害者集団により共有され,加害者集団は,控訴人の上司や同僚を強迫したり,欺罔することにより,約10名ほどの被控訴人社員を使って,控訴人に対して仄めかし等による嫌がらせをしたなどというものであるが,6月3日の時点では,被控訴人の調査によっても,控訴人が申告したこれらの被害事実はなかったという結論に至っており,控訴人が被控訴人に申告した被害事実(<証拠省略>)中には,「1月28日,問題を解決すべく,自宅にあるであろう盗撮カメラに向かって,刑事告訴するぞと加害者を脅迫」などという記載があること,上記(2)の事実,控訴人がC部長から控訴人の申告した被害事実は調査の結果存在しなかったと説明されてもなお被害事実に固執していたこと,控訴人は,有給休暇を消化した6月4日以後,有給休暇をすべて消化した事実を知りながらBマネージャーからの数度の出社要請にもかかわらず,上記被害事実の存在に固執して被控訴人に出社してこなかったことなども考慮すれば,被控訴人において,控訴人の申告した被害事実は,控訴人の被害妄想など何らかの精神的な不調に基づくものではないかとの疑いを抱くことができたと認められる。被控訴人は,精神疾患がなくとも他人の発言や態度の趣旨を誤認して,悪意をもって扱われているとか,いじめられていると誤解するということは十分にあり得ると主張するが,上記控訴人の申告した被害事実の内容等に照らすと,他人の発言や態度の趣旨を誤認したということだけでは説明できない事実が含まれており,被控訴人の主張を採用することはできない。

4  被控訴人の対応

(1)  控訴人が,4月8日に有給休暇を取得して以降,同月22日には,有給休暇が残り少なくなって休職の特例を認めるよう被控訴人に依頼してきたことに対し,被控訴人は,同月30日,休職を許可することはできないと対応した。

(2)  5月9日からは,BマネージャーからC部長に控訴人の問題が引き継がれ,控訴人は,同月14日,C部長に対し,控訴人が申告した被害事実の調査と休職の特例を認めるよう依頼したが,同月30日,C部長は,控訴人に対し,申告された被害事実は存在せず,休職の特例は認められないと回答した。

(3)  控訴人の有給休暇は,6月3日までであったが,同日,C部長は,控訴人に対し,電話で,控訴人が申告した被害事実は確認できない旨伝えたほか,証拠(<証拠省略>)によれば,C部長は,控訴人に対し,次のような対応をした事実を認めることができる。

控訴人からの,欠勤となるのは嫌なので,犯罪被害に対しては休職として認めて欲しいとか,正式に休職届を出せばいいのか,休職を申請する場合,ContactHRに出せばいいんですねなどの問いに対して,C部長は,直接回答しなかったり,私は別にお勧めしていない,必要ないと担当人事としては思いますなどと回答している。

調査の結果が出るまでの人事上の取扱いを尋ねる控訴人に対し,欠勤になる理由が見当たらないので,会社としては就業についてくださいということですなどと回答し,控訴人から,出勤しなければ,無断欠勤として扱うことかなどの問いに対しては,違います,何でそういう話になる方向に持っていくんですかなどと回答している。

そうすると,被控訴人は,約2か月間に及ぶ有給休暇を消化した後も申告した被害事実に固執し,出勤しようとしなかった控訴人に対し,休職の申請についての質問に対して明確な回答をしていないばかりか,勧めていないとか必要ないなどと対応しており,被控訴人が休職を認めない状況のままで欠勤を継続すれば,どのような不利益な取扱いがあるのかなどの説明もしていなかった。

上記のような対応をしたことについて,C部長は,陳述書(<証拠省略>),証人尋問において,電話で話をする目的は,調査結果を伝え,出社を促すことのみに絞っており,それ以外の,例えば出社しない場合の処分等については一切触れるつもりがありませんでしたなどと述べているが,C部長は,控訴人が上記電話において解雇や処分を気にしていたことを認めているのであり,従業員にとって,解雇や処分は重要な関心事であるから,解雇や処分に対する説明をするべきであったということができる。

控訴人は,就業規則63条で定める「就業報告書」による欠勤の届出をしていないが,処分をちらつかせて就業させても不安を感じたままでは気持ちよく就業してもらうことは困難であるというC部長の意図があったにせよ,休職申請を出そうとしている控訴人に対して,休職に関する直接の回答を避け,無断欠勤の話をしているのではないなどと休職についての問題を回避するような対応は,欠勤あるいは休職についてどのような手続を履践すればよいのかを控訴人に対しあいまいなままにしていたということができる。

控訴人は,6月3日,人事部門に対して,本問題の解決まで特例の休職を申請するので承認するよう依頼している(<証拠省略>)が,このことは,休職に当たってどのような手続をとる必要があったのかについて,C部長から明確な回答がなかったために控訴人がとった対応だったということができる。また,被控訴人は,(証拠省略)において,6月3日に控訴人が特例の休職を申請し,7月1日に控訴人が欠勤とせざるを得ない状況を承知するまで,特別の理由による休職は認められないとの回答を繰り返しているが,控訴人が欠勤することについて,就業規則63条の就業報告書による届出が必要なことは教示していない。

(4)  F本部長は,7月25日,控訴人に対し,控訴人が6月上旬以降,勤務を放棄し,欠勤していること,理由なき欠勤が更に続くと最悪の事態を招くことにもなるので,被控訴人として,直ちに出社し就業するよう命ずる旨の連絡メールを出した。これに対し,控訴人は,同日,F本部長に対し,控訴人は理由なき欠勤をしていないなどF本部長が連絡してきた内容には異議があり,他部署への異動を検討して欲しいなどの回答をした。しかし,同月30日,F本部長から,控訴人が申告していた事実はなく,被控訴人は控訴人の理由なき欠勤が長期にわたり発生し,かつ,継続しているものと理解する,存在しない事実を理由とした異動の検討は行わない,速やかに出社・就業するよう要請するとの連絡を受けると,これに応じて,同月31日から出社した。

5  本件処分について

証拠(<証拠省略>)によれば,本件処分は,控訴人が就業規則51条(欠勤多くして,正当な理由なしに無断欠勤引き続き14日以上に及ぶとき)に該当することを理由にされた処分であるが,被控訴人は,控訴人の行為が無断欠勤に該当し,欠勤を正当化する事由はなく,正当な理由のない欠勤は事前連絡の有無に関わらず許容されていないなどと主張する。

控訴人は,6月3日に有給休暇をすべて消化した後,被控訴人が主張する「就業報告書」による欠勤届を出していない。

ところで,被控訴人の就業規則63条では,「傷病その他やむを得ない理由で欠勤するときは,あらかじめ就業報告書により,その理由および見込日数を届け出なければならず,やむを得ない理由により事前の届出ができない場合は,すみやかに適宜の方法で欠勤の旨を所属長に連絡するとともに,その後遅滞なく所定の手続きをとらなければならない」ことになっている。

控訴人が欠勤を継続したのは,上記説示のとおり,控訴人の被害妄想など何らかの精神的な不調に基づくものであったということができるから,控訴人は,上記就業規則の「傷病その他やむを得ない理由」によって欠勤することが可能であったということができる。そして,控訴人が,C部長から調査をしても被害事実はなかったとの説明を受けながらこれに納得せず,倫理委員会調査チームに更なる調査を依頼して調査の継続を求めていたことからすれば,控訴人には,被控訴人に申告した被害事実が,自己の精神的な不調に基づく被害妄想であるなどという意識はなかったということができ,控訴人のそれまでの状況からすれば,被控訴人も,控訴人が申告した被害事実について,控訴人がこれを自己の精神的な不調に基づく被害妄想であるという意識を有していないことを認識していたということができる。C部長が,被害事実に固執し,休職しようとしていた控訴人に対し,休職の申請についての質問に対して明確な回答をしていないばかりか,勧めていないとか必要ないなどと対応していたことなどを考慮すれば,控訴人が上記就業規則63条により,病気を理由として欠勤を事前に届け出ることは期待することができず,前示の事情の下では,上記就業規則63条の「やむを得ない理由により事前の届出ができない場合」に該当するということができる。さらに,控訴人は,C部長に対して休職届を出す方法を尋ね,調査結果が出るまでは欠勤を継続する意思を示し,6月4日には,被控訴人の人事部門に対して本問題の解決まで特例の休職を申請するなどしていることなどを考慮すると,「適宜の方法で欠勤の旨を所属長に連絡」したものと認めることができる。したがって,控訴人が有給休暇を消化した後に,申告した被害事実を理由に欠勤を継続したからといって,直ちに正当な理由のない欠勤に該当するということができず,これを無断欠勤として取り扱うのは相当でない。

6月3日の控訴人の電話に対するC部長の対応も,控訴人が申告した被害事実は認められないことと,控訴人に出社を要請するにとどまり,控訴人からの休職願いをどのように出したら良いかとか無断欠勤になるのかなどの質問に対しては明確な回答をしておらず,有給休暇消化後に無断欠勤を継続することは懲戒処分の対象になることなど,控訴人にどのような不利益が及ぶ可能性があるのかを説明していない。上記就業規則63条には事前の届出ができない場合は,「その後遅滞なく所定の手続きをとらなければならない」ことになっているが,その手続について控訴人に対する説明はなかった。控訴人は,F本部長が,同年7月25日に出した出勤命令に対しては異議を述べながらも同月31日にはこれに応じて出社しているのであるから,控訴人の欠勤に対して,精神的な不調が疑われるのであれば,本人あるいは家族,被控訴人のEHS(環境・衛生・安全部門)を通した職場復帰へ向けての働きかけや精神的な不調を回復するまでの休職を促すことが考えられたし,精神的な不調がなかったとすれば,控訴人が欠勤を長期間継続した場合には,無断欠勤となり,就業規則による懲戒処分の対象となることなどの不利益を控訴人に告知する等の対応を被控訴人がしておれば,6月4日から7月31日まで約40日間,控訴人が欠勤を継続することはなかったものと認められる。

そうすると,被控訴人が本件処分の理由としている懲戒事由(無断欠勤,欠勤を正当化する事由がない)を認めることはできず,本件処分は無効と言うべきである。

第4結論

以上判示したところによると,原判決は,相当でないから,変更することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 三代川俊一郎 裁判官 小野洋一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例