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東京高等裁判所 平成22年(ネ)51号 判決 2010年10月27日

住所<省略>

控訴人(原告)

訴訟代理人弁護士

平澤慎一

福本悦朗

東京都豊島区<以下省略>

被控訴人(被告)

東京コムウェル株式会社

代表者代表清算人

東京都<以下省略>

被控訴人(被告)

上記両名訴訟代理人弁護士

味岡良行

川島英明

見知岳洋

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,378万9985円及びこれに対する平成17年11月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを2分し,その1を被控訴人らの負担とし,その余は控訴人の負担とする。

3  この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,832万4763円及びこれに対する平成17年11月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行宣言

第2事案の概要

1(1)  控訴人は,商品取引員である被控訴人東京コムウェル株式会社(以下「被控訴人会社」という。)との間で商品先物取引委託契約を締結し,これに基づき,平成17年6月14日から同年11月15日まで,被控訴人会社に委託して,白金の先物取引を行った。その際,被控訴人会社の従業員である被控訴人Y(以下「被控訴人Y」という。)が上記取引を担当した。

本件は,控訴人が,上記取引について,被控訴人Yにおいて,適合性原則違反,取引の危険性等についての説明義務違反,断定的判断の提供,無断の強制手仕舞い,差玉向かい,差玉向かいについての説明義務違反等の違法行為があり,これにより損害を被ったとして,被控訴人らに対し,不法行為による損害賠償請求権(被控訴人会社については民法715条,被控訴人Yについては民法709条)に基づき,連帯して,832万4763円(取引による損害687万9970円,慰謝料68万7997円,弁護士費用75万6796円)及びこれに対する最終不法行為日(取引終了日)である平成17年11月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

(2)  原審は,被控訴人らの不法行為を認めることができないと判断し,控訴人の請求をいずれも棄却したので,控訴人が控訴をした。

差戻し前控訴審は,原審同様,被控訴人らの不法行為を認めることができないと判断し,控訴人の控訴を棄却したので,控訴人が上告をした。

(3)  上告審は,特定の商品の先物取引について,委託玉(商品取引員が顧客の委託に基づいてする取引)と自己玉(商品取引員が自己の計算をもってする取引)とを通算した売りの取組高と買いの取組高とが均衡するように自己玉を建てることを繰り返す取引手法(以下,この手法を「本件取引手法」という。)を用いている商品取引員が,専門的な知識を有しない委託者から当該特定の商品の先物取引を受託しようとする場合には,当該商品取引員の従業員は,信義則上,その取引を受託する前に,委託者に対し,その取引については本件取引手法を用いていること及び本件取引手法は商品取引員と委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明すべき義務を負うものというべきであると判断し,差戻し前控訴審が,控訴人が専門的な知識を有しない委託者であるか否か,被控訴人会社が控訴人から商品先物取引の委託を受ける前から白金の商品先物取引について本件取引手法を用いていたか否か,被控訴人Yが上記のような説明をしたか否か等につき審理することなく,被控訴人Yに説明義務違反がないと判断したことは,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとし,差戻し前控訴審判決を破棄し,更に審理を尽くさせるため,本件を当審に差し戻した。

2  前提事実

前提事実(当事者間に争いがないか,証拠により容易に認められる事実)は,原判決2頁22行目の「別紙建玉分析表」の次に「(なお,同表の「場節」の欄は空白と訂正された。)」を加え,同3頁19行目の「同条2項」を「同14条2項」と改めるほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2項(原判決2頁5行目から同3頁23行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

3  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  争点及び争点に関する当事者の主張は,下記(2)のとおり付加訂正し,下記4に当事者の当審における主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の3項(原判決3頁24行目から同10頁2行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  原判決の付加訂正

ア 原判決4頁22行目の「不可能である。」を「不可能であったため,被控訴人Yの言うとおりの取引を行わざるを得なかった。」と改める。

イ 同5頁2行目の「説明義務違反」を「取引の危険性等についての説明義務違反」と改め,同16行目の「被告Yは」の前に「控訴人は,商品先物取引の受託等を業とするフジフューチャーズ株式会社(以下「フジフューチャーズ」という。)との間で,白金の先物取引を行っていたが,それが円滑に進まず困惑し,平成17年4月ころ,被控訴人Yに相談したところ,同人から「どうして早く相談しなかったのですか。うちの会社でやればそういうことにはなりません。」と言われたので,被控訴人会社と本件取引をすることになったのであり,その際,」を加え,同21行目の「この取引は,」の次に「追証が生じた翌営業日までに不足額の入金がなければ任意に処分するという受託契約準則11条7項(前記2(3)参照)のルールに反するものであり,また,正午までの間に追証が外れることもあり得るから,これを勝手に判断して前倒しに取引を手仕舞いすることは,」を加える。

ウ 同6頁2行目及び15行目の「向かい玉」を「差玉向かい」と改め,同20行目の「趣旨」の次に「並びに被控訴人会社が差玉向かいをしていること」を加え,同21行目の「向かい玉」を「差玉向かい」に改め,同行末尾に「控訴人は,差玉向かいを行っている業者は委託者の損失において自己の利益を図ろうとする傾向にあることを知らなかったものであり,このことを知っていたならば,被控訴人会社に先物取引を委託することはなかった。」を加え,同25行目の末尾に「すなわち,被控訴人Yの一連の違法行為は,控訴人の利益を図るという委託の趣旨に反し,専ら被控訴人会社の利益の追求のために先物取引を勧誘し,取引終了に至るまで違法な行為を繰り返して控訴人に損害を与えたものであるから,一体として不法行為に当たると評価すべきである。」を加える。

エ 同7頁4行目の末尾に「ただし,控訴人が主張するところの商品取引所法,受託等業務に関する規則等の規定が存在することは認める。」を加え,同8行目の末尾に「現に,控訴人は,外国為替証拠金取引のセミナーに何度か参加して講演を聴き,被控訴人Yに対して,相談を繰り返し,注文等を行ったが,これらはすべて日本語で行われたのである。」を加え,同10行目の「2年あり,」の次に「総額130万3563円の利益を得るなど,」を加え,同20行目の「説明義務違反」を「取引の危険性等についての説明義務違反」と改め,同26行目の末尾に「被控訴人らは,控訴人の損失が拡大している状況の中で,上記決済により控訴人の損失の拡大を防いだのであって,控訴人に損害は生じていない。」を加える。

オ 同8頁5行目の末尾に「なお,控訴人は平成17年11月10日に87万5357円の証拠金不足の状態になったので,これらの決済に当たり,被控訴人会社は,同日付けで同金額を請求金額とする「証拠金等不足額請求書」を発送し,同月11日にも26万3962円の証拠金不足の状態になったので,同日付けで同金額を請求金額とする同請求書を,さらに同月14日にも31万7882円の証拠金不足の状態になったので,同日付けで同金額の同請求書をそれぞれ発送するなど,受託契約準則14条2項の通知を行っていた。」を加え,同6行目の「向かい玉」を「差玉向かい」と改める。

カ 同9頁8行目の末尾に「控訴人の売建玉の注文や処分にあわせて被控訴人会社が自己玉を建てたのも資金管理のためのものである。」を加え,同9行目の「向かい玉」を「差玉向かい」と改める。

4  当事者の当審における主張

(1)  控訴人

ア 被控訴人会社は,商品取引員であり,東京工業品取引所の会員であるとともに,商品先物取引の受託等を業とする会社であるが,控訴人から本件取引の委託を受ける前から本件取引が終了するまでの間,白金の先物取引の受託業務について,本件取引手法を用いていた。

イ ところで,本件取引手法を用いている商品取引員が,専門的な知識を有しない委託者から特定の商品の先物取引を受託しようとする場合には,その従業員は,信義則上,その取引を受託する前に,委託者に対し,その取引について本件取引手法を用いていること及び本件取引手法は商品取引員と委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明すべき義務を負うものである。

ウ ところが,控訴人を担当した被控訴人会社従業員の被控訴人Yは,控訴人が専門的な知識を有しない委託者であるにもかかわらず,控訴人から白金の先物取引を受託する前に,被控訴人会社が白金の先物取引について本件取引手法を用いていること及び本件取引手法は被控訴人会社と控訴人との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを説明しなかった。

エ 被控訴人Yが上記ウの説明を尽くしていれば,控訴人は,被控訴人会社に委託して白金の先物取引を行うことはなく,また,同取引を始めたとしても,被控訴人らから提供される情報を信用し,これに依拠した取引をすることもなかった。

控訴人は,被控訴人Yから上記説明がされなかったため,被控訴人会社に委託して本件取引を始め,また,被控訴人Yから提供された情報を信用し,これに依拠して同取引を継続し,その結果,687万9970円の損失を被った。

オ したがって,被控訴人Yは民法709条により,被控訴人会社は民法715条により,それぞれ控訴人に対し,控訴人の被った上記損失に相当する損害賠償義務を負うものである。

(2)  被控訴人ら

ア 控訴人の上記(1)アの事実は認め,エの事実は否認し,オの主張は争う。

イ 商品先物取引において,委託者全体の損益と委託を受けた商品取引員の損益との間には利益相反関係があるとしても,当該委託者との関係では,常に委託玉と自己玉の利益相反関係が存在するものではない。控訴人の新規建玉について利益相反関係にあるものは,平成17年9月22日,同年11月11日,同月15日の各取引に限定される。また,控訴人は,白金の価格が値下がりするとの相場観を有し,一貫してこれに基づく取引方針を維持していたので,被控訴人Yは,控訴人の投資判断の材料となるような情報提供をしていないし,何らかの情報提供がされたとしても,本件取引に影響を与えることはなかった。

したがって,被控訴人Yの説明義務違反と控訴人の取引上の損失との間には相当因果関係は存しない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,控訴人の請求は,被控訴人らに対し,連帯して,378万9985円及びこれに対する平成17年11月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を控訴人に支払うよう求める限度で理由があり,その余の請求は理由がないものと判断する。その理由は,下記2以下のとおりである。

2  本件紛争に至る経緯

(1)  本件紛争に至る経緯は,下記(2)に加除訂正するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1項(原判決10頁4行目から同14頁25行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  原判決の加除訂正

ア 原判決10頁19行目の「勉強会」を「勉強会(日本語で行われた。)」と改め,同22行目の「株式会社」から同23行目の「という。)」までを削り,同26行目の「入金した。」を「入金する等して取引を続けたが,損失が拡大し,平成17年8月5日に取引を終了させたが,その時点で総額261万6210円の損失が生じた。上記取引の内容は,別紙取引一覧表の「フジフューチャーズ白金取引内容」欄記載のとおりである。」と改める。

イ 同11頁1行目の「同年」を「平成16年」と改め,同7行目の「入金した。」の次に「控訴人が行った外国為替証拠金取引の内容は,別紙取引一覧表の「コムウェル外国為替取引取引内容」欄に記載のとおりである。」を加え,同14行目の「理解した。」の次に「また,控訴人は,被控訴人Yの応対などから,被控訴人Yの外務員としての助言や情報提供は信頼できるものと考えた。」を加え,同16行目の「被告会社」を「被控訴人会社(被控訴人Yを自己の担当者とするもの)」と改める。

ウ 同13頁11行目の末尾に「控訴人は,これ以降,被控訴人Yから毎日のように白金の取引価格等の情報を得て,被控訴人Yと随時相談し,助言を得るなどして,本件取引を行った。」を加える。

エ 同14頁15行目の「告げた。」を「告げ,同日,87万5357円の証拠金が必要であるとして,「証拠金等不足額請求書」(乙20の1)を発送した。この請求書には,「既にご連絡申し上げました通り,貴殿の下記建玉に対して証拠金が不足になっておりますので,ご入金の程お願い申し上げます。万一,所定の期日迄にご入金のない場合は,受託契約準則第14条の規定に従って,建玉の全部又は一部を手仕舞させて頂くことがありますので,予めご了承の程お願い申し上げます。」との記載があった。」と改め,同18行目の「被告Yが」から同19行目末尾までを「同日,被控訴人会社は,控訴人に対し,26万3962円の証拠金が不足し,その入金が必要である旨の証拠金等不足額請求書(乙20の2)を発送し,同月14日にも,31万7882円の証拠金が不足している旨の同様の請求書(乙20の3)を発送した。」と改め,同21行目の「手仕舞いした。」の次に「控訴人が行った本件取引の内容は,別紙取引一覧表の「コムウェル白金取引内容」欄に記載のとおりである。また,東京工業品取引所における白金の取引価格は,本件取引が始まる直前の平成17年5月から本件取引が終了する同年11月にかけて,ほぼ一貫して値上がりし,平成18年4月限のものは,平成17年4月26日に1枚2909円であったが,同年11月15日に1枚3665円と約26%値上がりし,平成18年8月限のものは,平成17年8月29日に1枚3122円であったが,同年11月15日に1枚3659円と約17%値上がりした(乙12の1,2,甲B29)」を加える。

3  適合性原則違反,取引の危険性等についての説明義務違反,断定的判断の提供,無断の強制手仕舞い,差玉向かいについて

(1)  適合性原則違反,取引の危険性等についての説明義務違反,断定的判断の提供,無断の強制手仕舞い,差玉向かいについての判断は,下記(2)に加除訂正するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の2項(1)ないし(5)(原判決15頁2行目から同20頁26行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  原判決の加除訂正

ア 原判決16頁13行目の「うかがわれない。」を「うかがわれず,かえって,口座開設必要書類(乙2)の「流動性のある資産の総額」欄に1000万円と記載していたのである。したがって,控訴人は,本件取引の投資資金を無理なく調達できる能力を有していたものと認められ,控訴人提出の書証(甲B13の1,2,甲B19)は,上記判断を左右するものではない。」と改める。

イ 同18頁4行目の「電報」を「前記証拠金等不足額請求書」と改め,同26行目の「向かい玉」を「差玉向かい」と改める。

ウ 同19頁1行目の「行っており,」を「行っていたのであるから,被控訴人らは,控訴人にできるだけ証拠金を捻出させ,これ以上捻出させるのが難しい判断すると,控訴人の建玉を仕切らせて,控訴人の損を確定させ,かつ被控訴人会社の自己玉の利益を確定させるという,控訴人の資金の取込みを行っていたものというべきであり,したがって,被控訴人会社は,」と改め,同4行目の「証拠」から同20行目末尾までを「被控訴人会社が,本件取引の前から本件取引の終了までの間,白金の先物取引において,本件取引手法を用いていたことは,争いがない。」と改める。

エ 同20頁24行目の「結局,」を「差玉向かいを行うことは,委託者資金の被控訴人会社への継続的な取込みを行うことであるとして,」と改め,同26行目の「主張するものではないから,理由がない。」を「主張するものではなく,また,本件の全証拠によっても,被控訴人らが控訴人に可能な限り証拠金を捻出させて被控訴人会社の自己玉の利益を確定させるというような控訴人の資金の取込みが行われていた事実を認めることはできないから,理由がない。」と改める。

4  差玉向かいについての説明義務違反について

(1)  商品先物取引は,相場変動の大きい,リスクの高い取引であり,専門的な知識を有しない委託者には的確な投資判断を行うことが困難な取引であること,商品取引員が,上記委託者に対し,投資判断の材料となる情報を提供し,上記委託者が,上記情報を投資判断の材料として,商品取引員に対し,取引を委託するものであるのが一般的であることは,公知の事実であり,上記委託者の投資判断は,商品取引員から提供される情報に相応の信用性があることを前提にしているものというべきである。そして,商品取引員が本件取引手法を用いている場合に取引が決済されると,委託者全体の総益金が総損金より多いときには商品取引員に損失が生じ,委託者全体の総損金が総益金より多いときには商品取引員に利益が生ずる関係となるのであるから,本件取引手法には,委託者全体の総損金が総益金より多くなるようにするために,商品取引員において,故意に,委託者に対し,投資判断を誤らせるような不適切な情報を提供する危険が内在することが明らかである。そうすると,商品取引員が本件取引手法を用いていることは,商品取引員が提供する情報一般の信用性に対する委託者の評価を低下させる可能性が高く,委託者の投資判断に無視することのできない影響を与えるものというべきである。

(2)  したがって,少なくとも,特定の商品(商品取引所法2条4項)の先物取引について本件取引手法を用いている商品取引員が,専門的な知識を有しない委託者から当該特定の商品の先物取引を受託しようとする場合には,当該商品取引員の従業員は,信義則上,その取引を受託する前に,委託者に対し,その取引については本件取引手法を用いていること及び本件取引手法は商品取引員と委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明すべき義務を負うものというべきである。

(3)  被控訴人会社が,控訴人から本件取引の委託を受ける前から本件取引が終了するまでの間,白金の先物取引について本件取引手法を用いていたことは,当事者間に争いがない。また,控訴人が専門的な知識を有する委託者ではないこと及び被控訴人Yが本件取引の委託を受ける前から本件取引が終了するまでの間,控訴人に対し,本件取引手法を用いていること及び本件取引手法は商品取引員である被控訴人会社と委託者である控訴人との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを説明しなかったことについては,被控訴人らは,明らかに争わないから,これを自白したものとみなす。

したがって,被控訴人Yには,差玉向かいについて説明義務違反があったものというべきである。

(4)  ところで,上記(1)のとおり,被控訴人会社が本件取引手法を用いていることは,被控訴人会社が提供する情報一般の信用性に対する控訴人の評価を低下させる可能性が高く,控訴人の投資判断に無視することのできない影響を与えるものというべきであるから,被控訴人Yの上記説明義務違反は,控訴人に対する不法行為(民法709条)を構成するものというべきであり,また,被控訴人Yの使用者である被控訴人会社には,使用者責任(民法715条)が生ずるものというべきである。

5  控訴人の損害について

(1)  財産的損害

被控訴人Yが差玉向かいについての説明義務を尽くしていれば,控訴人は,被控訴人会社に委託して本件取引を行わなかったことが考えられ,また,本件取引を始めたとしても,被控訴人らから提供される情報を信用し,これに依拠して取引をすることはなかったものと考えられ,いずれにしても,本件取引どおりの白金の先物取引が行われたとは考え難い。

そうすると,控訴人が本件取引を行ったことで生じた取引上の損失687万9970円は,上記不法行為により生じた控訴人の損害と認めるのが相当である。

なお,被控訴人らは,委託玉と自己玉の利益相反関係が生じたことは少なく,また,被控訴人Yの提供した情報は本件取引に影響を与えなかったから,被控訴人Yの差玉向かいについての説明義務違反と本件取引上の損失との間には相当因果関係は存しないと主張するが,控訴人は,被控訴人Yから毎日のように白金の取引価格等の情報を得て,被控訴人Yと随時相談し,助言を得るなどして,本件取引を行ったものであり,また,被控訴人会社が,本件取引手法を用いることは,被控訴人会社が提供する情報一般の信用性に対する控訴人の評価を低下させる可能性が高く,控訴人の投資判断に無視することのできない影響を与えるものであることは,前示のとおりであるから,被控訴人らの上記主張は,採用することができない。

(2)  精神的損害

控訴人は,慰謝料を請求するが,財産的損害が回復されれば,控訴人の精神的苦痛も回復されるというべきであるから,慰謝料請求を認めることはできない。

(3)  過失相殺

控訴人は,平成15年12月10日ころ,被控訴人会社との間で,投機取引である外国為替証拠金取引を始め,これを継続していた平成16年7月9日ころ,フジフューチャーズとの間で,更に投機性の強い白金の先物取引を始め,1年近く経過した平成17年6月14日,白金の先物取引をフジフューチャーズから被控訴人会社に乗り換える趣旨で,被控訴人会社との間で本件取引を始めたものである。また,東京工業品取引所の白金の取引価格は,本件取引が始まる直前の平成17年5月から本件取引が終了する同年11月にかけて,ほぼ一貫して値上がりし,平成18年4月限のものは,平成17年4月26日に1枚2909円であったが,同年11月15日に1枚3665円と約26%値上がりし,平成18年8月限のものは,平成17年8月29日に1枚3122円であったが,同年11月15日に1枚3659円と約17%値上がりしていたものであるが,控訴人は,売建玉だけしか行わなかったのであるから,白金の取引価格が値下がりに転ずるとの相場観を有し,一貫してこれに基づく取引方針を維持していたものと認めるのが相当である。

上記事実及び本件に顕れた諸般の事情を考慮すると,控訴人には損害の発生や拡大について相当程度の過失が認められ,その過失割合は5割と認めるのが相当である。

そうすると,被控訴人らは,控訴人に対し,上記(1)の損害687万9970円の5割に相当する343万9985円を支払うべき義務がある。

(4)  弁護士費用

弁護士費用に相当する損害は,上記認容額,審理の経過等に照らして,35万円と認めるのが相当である。

6  結論

以上の次第で,被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,378万9985円及びこれに対する最終不法行為日(取引終了日)である平成17年11月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって,本件控訴は一部理由があるから,上記判断に従って原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下田文男 裁判官 宇田川基 裁判官 北澤純一)

<以下省略>

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