大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成22年(ネ)5788号 判決 2011年1月26日

控訴人(原告)

株式会社X銀行

同代表者代表取締役

A

同訴訟代理人弁護士

中村弘

中村伸子

被控訴人(被告)

株式会社Y1(以下「被控訴人Y1」という。)

同代表者代表取締役

B

被控訴人(被告)

株式会社Y2(以下「被控訴人Y2」という。)

同代表者代表取締役

B

上記両名訴訟代理人弁護士

佐久間信司

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人Y1が平成21年9月1日被控訴人Y2を設立してした会社の新設分割を無効とする。

第2事案の概要

1  次のように補正し、後記2のように加えるほかは、原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」、「第3 争いのない事実」及び「第4 争点及びそれについての当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決2頁10行目の次に行を改めて次のように加える。

「 原審は、控訴人は会社の新設分割無効の訴えについて原告適格を有しないとして、本件訴えを却下した。」

(2)  原判決4頁22行目の「被告Y2’」を「被控訴人Y2」に改める。

2  当審における当事者の主張(補充)

(1)  控訴人の主張

ア 会社法828条2項10号に規定する「新設分割について承認をしなかった債権者」を同法810条1項2号に規定する新設分割について異議を述べることができる債権者であるとの解釈を無制限に適用することは、濫用的な会社分割を活発に行う者たちの隠れ蓑や温床となる。少なくとも、新設分割会社が債務超過で、会社分割後も新設分割会社のみが債務を負い、新設分割設立会社が債務を承継しない場合は、このような会社分割に同意しない債権者は、「新設分割について承認をしなかった債権者」に該当する者として新設分割無効の訴えを提起できるとすべきである。また、後記のとおり本件会社分割は、会社分割制度の悪用であって無効とすべきものであり、このような会社分割を承諾していない債権者は、信義誠実の原則、権利濫用の法理、公平の原則に照らし、会社分割無効の訴えを提起できるというべきである。

イ 次のとおり、本件会社分割は、会社分割の濫用にほかならず、会社法の趣旨からも容認されない無効なものである。

(ア) 本件会社分割前、被控訴人Y1の資産は14億0897万円余り、負債は19億7877万円余り、差引純資産はマイナス5億6980万円余りであり、著しい債務超過であるところ、他にも被控訴人Y1は、関連会社である有限会社a(以下「a社」という。)のb信連に対する多額の債務について連帯保証をしている。a社の債務の額は、後日、担保不動産の処分が完了した時点で、16億3589万4253円であった。これを考慮するならば、被控訴人Y1の債務の額は36億1467万円余りとなり、債務超過額は22億0570万円余りというばく大なものとなる。

(イ) 本件会社分割は、14億0897万円余りの資産のうち5億4439万円余りの資産を被控訴人Y2に移し、36億1467万円余りの債務のうち2億6973万円余りの債務のみ被控訴人Y2に承継させ、残りの33億4493万円もの債務を被控訴人Y1に残すというものである。本件会社分割時、被控訴人Y2は2億7465万円余りの純資産で発足するのに対し、被控訴人Y1は24億8035万円余り(被控訴人Y2が承継する債務の重畳的債務引受分を含めると27億5009万円余り)の債務超過の状態で再出発することになる。

(ウ) 被控訴人Y1は、控訴人からの融資金9568万2000円(手形貸付5000万円、証書貸付1067万6000円及び証書貸付3500万6000円)を含む30億9313万円余りの債務を約定どおり履行することができない状態で、これらの債務をすべて被控訴人Y1に残して被控訴人Y2に承継させず、かつ、事業すべてを被控訴人Y2に承継させた。被控訴人Y2は、被控訴人Y1の債務を引き継ぐことなく、被控訴人Y1の優良な取引先との取引を行うことができる。なお、「株式会社Y2」は、被控訴人Y1の旧商号であり、従前の取引先に対し、あたかも取引主体の変更がないかのような外形を取り繕っている。

(エ) 被控訴人Y1は、控訴人に対し、被控訴人Y2から支払われる事務所賃料(月額200万円)が唯一の返済のための財源であるとして、これを債権額であん分した13万3810円が毎月の支払限度額であるとして、これを応諾するように要請した。この返済案は、元本の返済だけでも61年間を要するものであり、b信連に対する13億円とも17億円ともいわれる連帯保証債務(主債務者はa社)も考慮されていない。事務所賃料が月額200万円の根拠も明らかでない。

(オ) 被控訴人らが開催したバンクミーティングは、被控訴人らからの一方的な説明がされたのみであり、会社分割についての何らかの合意がされたわけではなく、金融機関が会社分割に理解を示したわけでもない。控訴人以外の金融機関は、分割弁済金を受領していることから、分割弁済やその前提となる会社分割を了解したにすぎず、この了解については何らの書面も作成されていない。元本の弁済のみでも129年間を要する被控訴人らの提案に同意した金融機関は存在しない。

(2)  被控訴人らの主張

次のとおり、本件会社分割は、濫用的なものではない。

ア 本件会社分割では、被控訴人Y1から被控訴人Y2に移転した純資産(移転した資産から負債を控除した価値)に相当する被控訴人Y2の株式が被控訴人Y1に交付されており、被控訴人Y1の資産に変動はなく、被控訴人Y1の債権者を害することはない。

イ 本件会社分割により、被控訴人Y2は、取引先のc株式会社から新規の融資や商品の買受けを行うことができ事業継続を図ることができた。被控訴人Y1のまま事業破綻した場合と比較すれば、本件会社分割は、弁済を継続しつつ、事業体の存続や雇用の維持を図るという積極的な意義がある。

ウ 本件会社分割を実行するに当たり、被控訴人らは、次のとおり、金融機関に対して情報開示や説明活動を行い、事業再生の理解を得るために取り組んでおり、被控訴人らには、債権者詐害の意思はない。控訴人を除く11社の金融機関(債権額でいうと約97%の債権者)は、本件会社分割に理解を示している。

(ア) 平成21年4月ころ、被控訴人Y1は、資金繰りが悪化したため金融機関に支払の猶予を依頼し、同年5月ころ、事業再生コンサルタントに委嘱して事業再生の道を探ることとした。

同年6月1日、第1回バンクミーティングを開催し、同月22日、第2回バンクミーティングを開催した。

(イ) 平成21年8月ころ、被控訴人Y1は、自力再建が困難であることが明確になり、スポンサーを探して再生の可能性を探るため、会社の新設分割により新会社を設立し、新会社が「Y2」のブランドを使用して事業を継続することを決断した。

被控訴人Y1は、この方針を各金融機関に書面で報告し、被控訴人Y1の社長が経営コンサルタントと共に、各金融機関を回って説明をした。控訴人(浜松支店)には同月19日に赴いた。

(ウ) 平成21年9月1日、本件会社分割を行い、被控訴人Y1は、株式会社Y1に商号変更し、被控訴人Y2は、株式会社Y2の商号の下、被控訴人Y1の事業を承継した。

被控訴人Y2は、同月以降、各金融機関に対し、被控訴人Y2が被控訴人Y1に事務所その他の諸設備、施設などの賃料名目で月額200万円を支払い、被控訴人Y1がそれを弁済資金として各金融機関に無担保債務の残高に応じてプロラタ方式(融資額に比例して借入金を返済する方式)で弁済をしていくことを提案した。

被控訴人らは、同年10月20日、第3回バンクミーティングを開催し、各金融機関の了解を求めた。控訴人を除く11社の金融機関は、この提案を了解し、これら11社に対し、被控訴人Y1は、同年11月から按分弁済を開始し、同月には同年9月に遡って3箇月分の弁済をし、同年12月以降、月次の弁済を行っている。」

第3当裁判所の判断

1  会社の新設分割は、株式会社が事業に関して有する権利義務の全部あるいは一部を分割後新たに設立する会社(新設分割設立会社)に承継させる会社の組織上の行為であって、新設分割設立会社は、新設分割の効力が生じると、新設分割計画(同計画を記載した書面は、本店に備え置かれ(会社法803条1項2号)、債権者は閲覧、謄本又は抄本の交付等の請求ができる(同条3項)。)の定めに従い、既存の会社(新設分割会社)の権利義務を包括的に当然承継する(同法764条1項)。新設分割に異議を述べることができる債権者は、一定の手続の下、異議を述べることにより、新設分割会社から弁済を受けたり、相当の担保の提供を受けたりすることができる(同法810条5項)。

2  新設分割の無効は、訴えをもってのみ主張することができ、その出訴期間が定められている(会社法828条1項10号)。また、無効の訴えを提起することができる者を同条2項10号に規定する者に限定している。これは、新設分割による権利義務の承継関係の早期確定と安定の要請を考慮しているためである。

そして、債権者については、「新設分割について承認をしなかった債権者」に限定している(同号参照)。「新設分割について承認をしなかった債権者」とは、新設分割の手続上、新設分割について承認するかどうか述べることができる債権者、すなわち、新設分割に異議を述べることができる債権者(同法810条1項2号)と解するのが相当である。この反面、新設分割に異議を述べることができない債権者は、新設分割について承認するかどうか述べる立場にないから、新設分割無効の訴えを提起することができないことになる。

3  これに対し、控訴人は、新設分割会社が債務超過で、会社分割後も新設分割会社のみが債務を負い、新設分割設立会社が債務を承継しない場合は、このような会社分割に同意しない債権者も、「新設分割について承認をしなかった債権者」(会社法828条2項10号)に該当する者として新設分割無効の訴えを提起できるとすべきである旨主張する。

しかしながら、新設分割においては、新設分割会社がその事業に関する権利義務の全部又は一部を新設分割設立会社に交付することに対し、新設分割設立会社の設立の際に発行される株式(新設分割会社が新設分割設立会社に交付する純資産の価値に相当する。)が新設分割会社に割り当てられ(同法763条6号)、新設分割会社は、新設分割設立会社の株主となる(同法764条4項)から、新設分割会社は、資産総額に変動がないことになる。そうすると、新設分割後、新設分割会社に対して債務の履行を請求することができる債権者は、債務者に変更がないから、新設分割について異議を述べることができる債権者から除外したのである。これに対し、新設分割後、新設分割会社に対して債務の履行を請求することができない新設分割設立会社の債権者は、債務者が変更になることから、新設分割について異議を述べることができることにしたのである。

ところで、以上のように解したとしても、新設分割会社が新設分割設立会社から割り当てられる株式が新設分割会社が新設分割設立会社に交付した純資産に相当するものでなかった場合、新設分割会社の債権者は、不利益を受けるおそれがある。しかし、この場合でも、新設分割無効の訴え以外の方法で個別に救済を受ける余地があるから、不当な事態は生じない。したがって、会社の新設分割無効の訴えを提起することができる債権者を拡張して解釈する必要はなく、控訴人の上記主張は採用することができない。

4  そして、本件会社分割によって、控訴人は、新設分割会社である被控訴人Y1の債権者であることに変わりはないから、会社の新設分割無効の訴えについて、原告適格を有しないといわざるを得ない。

5  よって、原判決は相当であり、本件控訴には理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 春日通良 裁判官 太田武聖 小林元二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例