東京高等裁判所 平成22年(ネ)6072号 判決 2011年2月24日
控訴人 株式会社ナショナルパック
同代表者代表取締役 後藤せき子
同訴訟代理人弁護士 今村健志
同 戸張正子
同 宮坂英司
同 森下寿光
被控訴人 コープ中延管理組合
同代表者理事長 大谷六郎
同訴訟代理人弁護士 豊浜由行
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1)控訴人は被控訴人に対し,216万円及びこれに対する平成20年12月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は第1,2審とも各自の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件事案の概要は,次のとおりである。
本件マンションの管理組合である被控訴人は1階駐車場兼店舗の区分所有者である控訴人に対し,控訴人が自己の区分所有する1階駐車場兼店舗の前の共用敷地部分(自動車3台分の駐車スペース)と1階駐車場兼店舗裏の冷暖房室外機設置部分を管理組合の承認を得ないで占有しているとして,不法行為に基づく損害賠償請求として,駐車スペースにつき,訴状送達の日である平成20年12月16日から起算して3年間,すなわち,平成17年12月17日から平成20年12月16日までの3年間の賃料相当損害金324万円(1台につき1か月3万円)の支払を求めるとともに,室外機設置部分につき,過去10か月分の賃料相当損害金10万円(1か月1万円)の支払を求めた。これに対して控訴人は,従来,上記各部分について無償で専用使用することが認められていたと主張し,管理組合の承認がなければこれらの土地部分を専用使用することができないとする管理規約の改正は,控訴人に特別の不利益を及ぼすものであって,控訴人の承諾がないから無効であると主張してこれを争った。
原審は,控訴人による駐車スペース及び室外機設置部分の占有をいずれも違法であるとし,被控訴人主張の損害金全額の損害賠償を命じたので,控訴人がこれを不服として控訴した。
2 争いのない事実及び争点は,次のとおりである。
(1)被控訴人は原判決別紙物件目録1記載の建物(以下「本件建物」という。)の管理組合であり,控訴人は本件マンションの1階にある原判決別紙物件目録2記載の建物(以下「本件駐車場兼店舗」という。)の区分所有者である。
(2)控訴人は,本件駐車場兼店舗の西側共用敷地部分にある自動車3台分の駐車スペース(以下「本件駐車スペース」という。)を駐車場として使用し,本件駐車場兼店舗の裏の共用敷地部分に冷暖房室外機を設置している(以下,室外機設置部分を「本件室外機設置部分」という。)。
(3)本件マンション付近の貸し駐車場における普通乗用自動車1台分の駐車スペースの賃料相当額は月額3万円である。
3 争点は,次のとおりである。
(1)本件駐車スペースについての控訴人の占有の違法性の有無
(2)本件室外機設置部分についての控訴人の占有の違法性の有無
(3)本件駐車スペース及び本件室外機設置部分の賃料相当損害金の額
4 争点に関する当事者の主張は,文中の「本件駐車場」を「本件駐車スペース」と,「本件店舗」を「本件駐車場兼店舗」と,「本件敷地部分」を「本件室外機設置部分」といずれも改めるほか,原判決の「事実及び理由」第2の4に記載のとおりであるから,これを引用する。
第3 当裁判所の判断
1 本件駐車スペースについての控訴人の占有の違法性の有無
この争点についての当裁判所の判断は,文中の「本件駐車場」を「本件駐車スペース」と,「本件店舗」を「本件駐車場兼店舗」といずれも改めるほか,原判決の「事実及び理由」第3の1に記載のとおりであるから,これを引用する。控訴人は本件駐車スペースを無償で専用使用する権利を有しておらず,控訴人による本件駐車スペースの占有は違法であるから,被控訴人に対し,当該土地部分の賃料相当損害金を支払う義務がある。
2 本件室外機設置部分についての控訴人の占有の違法性の有無
甲1号証,乙1号証及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
(1)本件マンションの1,2階の「店舗」の区分所有者の冷暖房室外機置場については,平成16年に本件マンションの規約を改正する以前から,設置場所,機種及び取付方法について管理者の書面による承諾を得るものとされており(旧管理規約9条3号,旧店舗使用規則6条2号),このルールについては,平成16年に規約が改正されてからも変更がない(管理組合規約14条5項,店舗部分使用細則4条)。その場合に,土地使用料を納付する定めとはなっておらず,無償で設置することができるものである。
(2)本件室外機設置部分について,管理者の承諾書は証拠として提出されていない。しかし,本件室外機設置部分は本件駐車場兼店舗の裏の共用敷地内にあり,管理者が容易に現認できるものであるにもかかわらず,被控訴人が控訴人に対して書面による承諾を得るよう催促した形跡はない。また,新旧いずれの規約においても,1,2階「店舗」部分以外の区分所有者について,冷暖房室外機をバルコニー等に設置するための管理者の承諾手続が定められていない。これらの事実からみて,本件マンションにおいては,共用部分に冷暖房室外機を設置するについて,従来,被控訴人に明瞭な管理の意思があったものとは認めがたい。
(3)控訴人は本件規約の改正前から本件室外機設置部分に冷暖房室外機を設置していたものであり,設置場所,機種及び取付方法について管理上不相当と認められるような点があることは窺われず,仮に本件駐車スペースに関する紛争がなかった場合には,控訴人の申請があれば,その設置について管理者の書面による承諾が得られた蓋然性が高い。
以上のとおり認められ,この認定事実からすると,控訴人による冷暖房室外機の設置については,被控訴人から控訴人に対し,本件駐車スペースに関する紛争を前提とすることなく,期限を定めて室外機設置の承諾申請を出すよう催促し,その期間内に承諾申請がなかった場合,又は期間内に承認申請があったが,これを承認するのが不適切な客観的事情がある場合に始めて,その設置が違法になるものというべきであり,それ以前には,控訴人が本件室外機設置部分に室外機を設置していることをもって,不法占有であるということはできない。
したがって,被控訴人は控訴人に対し,本件室外機設置部分について賃料相当損害金の支払を請求することができない。
3 本件駐車スペースの賃料相当損害金の額
甲1ないし5号証,乙1ないし3号証,被控訴人代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
(1)本件駐車スペースは,本件駐車場兼店舗とその西側公道との間のマンション敷地部分にあり,その北側脇には本件駐車場兼店舗の公道側半分に設けられた介護施設の出入口がある。
本件駐車場兼店舗及びその2階部分は,本件マンションが建築された昭和55年に,本件マンションの敷地所有者がマンション建築業者との等価交換で取得した区分所有建物であり,1階にある本件駐車場兼店舗は,床面積が639.63平方メートルで,「駐車場・店舗」として登記されており,マンション建築当初には,その奥半分に店舗スペースがあり,公道側半分が駐車場として使用されていた。そのため,本件駐車スペースは,本件マンション建築当時には,駐車場に自動車が出入りするための通路として使用されていたものである。本件駐車スペースと接する公道部分に本件駐車スペースの幅員相当分だけガードレールが設けられておらず,また,この幅員相当分の歩道が車道面と同じ高さに切り下げられているのは,このためである。
(2)本件駐車場兼店舗は,奥半分が2階事務所とともに,平成6年,旧所有者から控訴人に対して賃貸され,公道側半分は平成6年以前に旧所有者から株式会社ユニマット(以下「ユニマット」という。)に賃貸されていた。ユニマットがここをどう使用していたのかは,証拠上必ずしも判然としないが,被控訴人代表者は,駐車場として使用していたと供述しており,そのとおり認定するのが相当である。
(3)旧所有者の経済状態は,控訴人に本件駐車場兼店舗の奥半分を賃貸する少し前から悪化し,平成5年8月に本件駐車場兼店舗について強制競売による差押えがされ,平成7年11月には更に他の債権者からの強制競売による差押えもされ,平成10年7月14日,売却許可決定の確定により控訴人が買受人となって所有権を取得した。控訴人は,上記買受け後,本件駐車場兼店舗の公道側半分をユニマットに賃貸したが,平成14年になって,ユニマットの後継賃借人である株式会社すずなり(以下「すずなり」という。)に対し,これを介護施設営業のために賃貸することとした。
(4)控訴人は,すずなりに本件駐車場兼店舗の公道側半分を賃貸するに先立ち,被控訴人の組合長及び本件マンションの管理会社である株式会社トービと協議し,ここに入浴施設を設置することが認められた。その際,本件駐車スペースをどのように使用するかについては,特に管理組合の注目するところではなく,自動車を駐車させてはならないという指示はなかったが,その一方,駐車場として無償使用することが認められたわけでもなかった。すずなりは,本件駐車場兼店舗の公道側半分を平成14年1月26日に賃借した後,これを大幅に改装し,入浴施設も設置して,「すずなり戸越」の名称で介護施設を開業し,現在に至っている。
すずなりの改装によって,本件駐車場兼店舗の公道側半分と本件駐車スペースとの間に設置されていたシャッターが取り払われ,これに代えて金属枠付きガラス製の間仕切りが設置された。したがって,現在,本件駐車スペースは,このガラス製の間仕切りと公道との間に位置し,その北側脇には介護施設の出入口が設けられており,デイサービスを受ける被介護者及び介護者とそれらの関係者が出入りしている。
(5)平成16年に被控訴人の管理規約の改正が行われ(同年2月23日発効),管理組合による共用部分について管理の強化が図られることとなり,本件駐車スペースをすずなりが無償使用していることについて,被控訴人理事会の問題とするところとなった。
以上のとおり認められ,この認定事実によれば,本件駐車場兼店舗は「駐車場・店舗」として登記されており,その公道側半分が,本件マンション建築時以降ユニマットへの賃貸期間の終了時まで,駐車場として使用され,本件駐車スペースは,公道からこの駐車場に出入りする自動車の通路として使用されていたものと認められる。したがって,本件駐車スペースは,本件駐車場兼店舗の区分所有者が駐車場として専用使用することを予定していなかったものであるとともに,マンションの管理組合である被控訴人の側においても,これを第三者に駐車場として賃貸することは予定されていなかったものである。
次に本件駐車スペースの現状を見ると,本件駐車スペースは介護施設西側のガラス製間仕切りの前にあり,また,本件駐車スペースの北側脇には介護施設の出入口がある。そして,被控訴人は控訴人に対し,平成14年に本件駐車場兼店舗の公道側半分を介護用施設として改装することを承諾し,この中に入浴施設を設けることを認めたことを併せ考えると,被控訴人としては,共用部分である本件駐車スペースを管理する権限を有しているものの,これを管理するに当たっては,上記介護施設の営業を妨げないという制約を受けるのであり,本件駐車スペース全体を通常の貸し駐車場と同様に第三者に貸し渡すことは許されない。この制約は,本件駐車スペースが,本件マンション建築時以降ユニマットへの賃貸期間の終了時である平成14年まで,本件駐車場兼店舗の公道側半分に設けられた駐車場に公道から出入りするための通路として使用されており,これを管理組合である被控訴人が第三者に駐車場として貸し出すことは予定されていなかったことを反映するものである。このような本件駐車スペースの使用形態の特質は,同時に,控訴人の側でも,被控訴人が本件駐車スペースの専用使用に関心を払わず,すずなりがここに自動車を駐車させることに異議を述べなかった事実をもって,無償の専用使用権の設定を承認したものということができないことも意味する。
本件駐車スペースの使用及び管理に上記のような特質があることを考えると,仮に管理組合である被控訴人が本件駐車スペースを駐車場として賃貸するとすれば,賃借人を本件マンションの所有者に限定し介護施設の営業を妨げない使用方法を徹底するなど,介護施設の営業を妨げない相応の措置を講ずる必要がある。このような制約の存在を考慮すると,本件駐車スペースを控訴人が使用することによる賃料相当損害金の額は,この地域の普通乗用自動車3台分の貸し駐車場の賃料相当額である1か月9万円(1台分3万円)(当事者間に争いがない)の3分の2,すなわち,1か月あたり6万円(1台分2万円)と認定するのが相当である。
したがって,控訴人は被控訴人に対し,訴状送達の日である平成20年12月16日から起算して3年間,すなわち,平成17年12月17日から平成20年12月16日までの3年間(36か月)の賃料相当損害金合計216万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年12月17日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
4 本件紛争の原因と解決の方向性について
前記3認定のとおり,本件駐車場兼店舗のうちの公道側半分は,本件マンション建築時以降ユニマットへの賃貸期間の終了時である平成14年まで駐車場として使用されてきたが,その後,控訴人が平成14年に上記公道側半分をすずなりに介護施設として賃貸することとし,すずなりはこれを介護施設に大幅改装したものである。このように,控訴人自らが上記公道側半分を直接占有していたわけでなかったために,控訴人には本件駐車スペースについての過去の使用状況に関する認識が薄かったものである。一方,被控訴人は,本件駐車場兼店舗及びその2階事務所が本件マンション敷地の元所有者の所有に属するものであることから,これらの部分については,1階駐車場兼店舗前の公道への通路部分を含め,これを共用部分として適正に管理しようとする意識が薄かったものである。両訴訟当事者間のこのような事情が本件紛争の根底にある。このことは,当事者の主張に基づき,原判決が「争いのない事実」の(4)及び(5)において誤解した事実摘示をしていることにも表れている。
既に認定したとおり,本件駐車場兼店舗の公道側半分は,本件マンション建築時以降ユニマットへの賃貸期間の終了時である平成14年までの間,駐車場として使用されており,本件駐車スペースはその通路であったものであって,控訴人がこれを専用使用する権利を有しなかったとともに,被控訴人も第三者に専用使用を認める方法で管理する権利を有しなかったものである。この特殊性の認識が関係者の間になかったことにより,本件紛争が生じたものといえる。
もとよりマンションの共用部分の管理は,原則として管理組合の裁量に委ねられているものであるが,上記の事情を考慮すると,仮に被控訴人が区分所有者全員のために本件駐車スペースから収益を得ようとするのであれば,現時点においては,これを控訴人に賃貸するのが最も難点の少ない方法であるといえる。当裁判所が和解案として,「控訴人は平成17年12月17日から現在までの駐車料金相当損害金として自動車1台につき2万円の割合による3台分の金銭を支払い(平成23年1月17日までで366万円となる。),今後は,本件駐車スペースのうち1台分を明け渡して被控訴人の管理に委ね,2台分を1か月4万円の使用料(1台分2万円)を支払って借り受けることとしてはどうか」と双方当事者に提示したのは,そのような考慮に基づくものである。
当裁判所の上記和解案について被控訴人の理事会の承認が得られなかったために本判決が言い渡されることとなったが,本件訴訟において審判の対象となったのは,平成17年12月17日から平成20年12月16日までの本件駐車スペース及び本件室外機設置部分の賃料相当損害金債権の有無及び額のみであり,平成20年12月17日から現在までの2年余に及ぶ本件駐車スペースの賃料相当損害金の支払については,問題解決が今後に委ねられており,また,控訴人と被控訴人が本件駐車スペースの使用問題をどのように処理するのかも今後に委ねられている。本件紛争の全体的解決の観点から見ると,本判決は,控訴人と被控訴人の協議のための出発点にすぎないものである。
本件訴訟の行く末がどうなるにしても,控訴人と被控訴人は,本件マンションの区分所有者と管理組合として,共に本件マンションの管理に関与していくものであり,本件マンションの管理の円滑化のためには,控訴人と被控訴人の間で本件紛争について早期に協議が調うことが望まれるところである。
5 結論
以上のとおり,被控訴人の請求は主文第1項(1)の限度で認容し,その余は棄却すべきであるから,原判決をこの趣旨に変更することとし,主文のとおり判決する。なお,仮執行の宣言は相当でないから付さない。
(裁判長裁判官 園尾隆司 裁判官 藤下健 裁判官 櫻井佐英)