東京高等裁判所 平成22年(ネ)662号 判決 2012年4月25日
別紙当事者目録一ないし四のとおり
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人らに対し、別紙謝罪文を交付し、かつ同謝罪文を官報に掲載せよ。
三 被控訴人は、控訴人ら各自に対し、一一〇〇万円及びこれに対する別紙当事者目録一記載の控訴人らについては平成一九年四月四日から、同二記載の控訴人らについては平成二〇年三月一五日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、第二次世界大戦中に、アメリカ合衆国軍機(B29等)によって昭和二〇年三月九日から翌一〇日にかけて東京の深川、本所、浅草を中心とする住宅密集地に対して行われた空襲及びその後同年五月二五日までの間に東京都内に対して行われた空襲(以下「東京大空襲」という。)により、自ら傷害を負い、あるいは親、兄弟姉妹等の親族が死亡し、あるいは住居を失うなどの被害を受けた者ら又はその相続人である控訴人らが、(1)被控訴人国が「日本国との平和条約」(昭和二七年四月二八日号外条約第五号。以下、単に「平和条約」という。)一九条(a)項において控訴人らのアメリカ合衆国(以下「合衆国」という。)に対する損害賠償請求権を放棄し外交上の保護を与えなかったことが憲法一七条の「公務員の不法行為」に該当する、(2)被控訴人が空襲によって身体的、家庭的、経済的、社会的に過酷な境遇に置かれた控訴人らに対して何らの救済・援護をしないこと(立法上及び行政上の不作為)が控訴人らの特別犠牲を強いられない権利(憲法一三条)、平和のうちに生存する権利(憲法前文、一三条、二五条)、戦争に起因する被害の救済・援護において差別されない権利(憲法一四条)等を侵害し、国家賠償法上違法というべきであると主張して、被控訴人に対し、国家賠償法一条一項、四条、民法七二三条に基づき、その謝罪を求めるとともに、控訴人ら(訴訟承継が生じた者については被承継人。以下、この趣旨で単に「控訴人ら」ということがある。)が受けた精神的苦痛に対する慰謝料等の損害賠償を求める事案である。
二 原審は、控訴人らの請求をいずれも棄却したため、控訴人らが控訴をして、上記第一のとおりの判決を求めた。
三 当事者双方の主張は、当審における控訴人らの主張を別紙「控訴人らの主張」記載のとおり付加するほかは、原判決別紙「原告らの主張」及び同「被告の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。
ただし、原判決五四頁八行目の「平成二〇年」を「昭和二〇年」に、七〇頁末行の「附測」を「附則」に、八四頁五行目の「個人は」を「個人の」に、九三頁二四行目の「国民か」を「国民が」に、九六頁一〇行目の「爆被爆者」を「原爆被爆者」に、一一〇頁一〇行目の「提出さた」を「提出された」に、同頁一九行目の「援護対象する」を「援護対象とする」に、同頁二四行目及び一一六頁三行目の各「渡って」をいずれも「わたって」に、それぞれ改める。
第三当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人らの請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
一 外交保護義務違反について
(1) この点に関する控訴人らの主張の要旨は、次のとおりである。
一九〇七年に採択されたハーグ陸戦条約の各種交戦規定は、当時、国際慣習法となっていた。ハーグ陸戦条約二五条は、「攻守せざる都市、村落、住宅又は建物は、之を攻撃又は砲撃することを得ず」と規定している。東京大空襲は、上記規定や一九二三年に作成された「空戦に関する規則」案に反しており、国際法違反である。ハーグ陸戦条約三条は、軍隊構成員が戦争法規に違反する行為を行った場合には、その被害者個人が加害国に直接損害賠償を請求する権利を有する旨定めている。したがって、東京大空襲の被害者である控訴人らは、同条に基づき、合衆国に対して損害賠償請求権を有する。
被控訴人は、平和条約一九条(a)項において、控訴人らが合衆国に対して有する損害賠償請求権に外交上の保護を与えず、控訴人らの合衆国に対する損害賠償請求権の行使を困難ないし不可能にした。日本国憲法の下で日本国政府が国民の人権を保護すべき義務を負っていることは当然であり、国連憲章五五条、五六条、世界人権宣言、国際人権規約前文、日本国憲法一三条等の諸規定を総合すると、国家は、自国民に対して外国からの侵害があった場合にはそれを防止し保護を与える権利すなわち外交保護権を有するとともに、その外交保護権を行使すべき国内法上の義務を負担している。被控訴人が外交保護権を行使しなかったことは、憲法一七条の「公務員の不法行為」に該当する。
また、被控訴人は、上記のとおり外交保護権を放棄する一方で、国内補償条項を定めず、かつ、国内法的処置も執っていない。第二次世界大戦に関する条約などで「請求権放棄」条項がある場合、国内補償条項を定めることが通常である。被控訴人が控訴人らに対して国内法的補償を行わないことは、立法不作為の違憲性を基礎付ける。
(2) 控訴人らは、被控訴人が平和条約一九条(a)項において控訴人らの有する損害賠償請求権に外交上の保護を与えなかったことが、憲法一七条の公務員の不法行為に該当すると主張する。
平和条約一九条(a)項は、「日本国は、戦争から生じ、又は戦争状態が存在したためにとられた行動から生じた連合国及びその国民に対する日本国及びその国民のすべての請求権を放棄し、且つ、この条約の効力発生の前に日本国領域におけるいずれかの連合国の軍隊又は当局の存在、職務遂行又は行動から生じたすべての請求権を放棄する。」旨定めている。
平和条約は、第二次世界大戦後における日本国の戦後処理の骨格を定めたものであり、同条約においては、いわゆる戦争賠償に係る日本国の連合国に対する賠償義務を認める一方、日本国の資源は完全な戦争賠償を行うのに十分でないことも承認されるとした上で(一四条(a)柱書き)、実質的に戦争賠償の一部に充当する趣旨で、連合国の管轄下にある在外財産の処分を連合国に委ね(一四条(a)二)、役務賠償を含めて具体的な戦争賠償の取決めは各連合国との間で個別に行うこと(一四条(a)一)などを定めており、このような戦争賠償の処理の前提として、一四条(b)項及び一九条(a)項において、戦争の遂行中に生じた交戦国相互間又はその国民相互間の請求権であって戦争賠償とは別個に交渉主題となる可能性のあるものについては、個人の請求権を含め、戦争の遂行中に生じた相手国及びその国民に対する全ての請求権を相互に放棄する旨が定められている(以下「請求権放棄条項」という。)。
このような請求権放棄条項が定められたのは、平和条約を締結しておきながら戦争の遂行中に生じた種々の請求権に関する問題を事後的個別的な民事裁判上の権利行使をもって解決するという処理に委ねたならば、将来、どちらの国家又は国民に対しても、平和条約締結時には予測困難な過大な負担を負わせ、混乱を生じさせることとなるおそれがあり、日本国と各連合国との間の戦争状態を最終的に終了させ、将来に向けて揺るぎない友好関係を築くという平和条約の目的を達成することの妨げとなるとの考えによるものであり、この請求権放棄条項により、当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能が失われたものと解される(最高裁平成一六年(受)第一六五八号同一九年四月二七日第二小法廷判決・民集六一巻三号一一八八頁参照)。
このような請求権放棄条項が定められた趣旨からすれば、被控訴人が、平和条約一九条(a)項において、個人の請求権を含め、戦争の遂行中に生じた相手国及びその国民に対する全ての請求権の「放棄」を約したことは、その置かれた立場上、平和条約の目的達成のためにやむを得なかったものというべきであるから、これが不法行為に該当するとの控訴人らの主張は、採用することができない(最高裁昭和四〇年(オ)第四一七号同四三年一一月二七日大法廷判決・民集二二巻一二号二八〇八頁、最高裁昭和四一年(オ)第八三一号同四四年七月四日第二小法廷判決・民集二三巻八号一三二一頁参照)。
(3) また、控訴人らは、第二次世界大戦に関する条約などで請求権放棄条項がある場合、国内補償条項を定めることが通常であるとして、被控訴人が、上記のとおり損害賠償請求権を放棄することにより控訴人らの合衆国に対する損害賠償請求権の行使を困難ないし不可能にする一方で、国内補償条項を定めず、かつ、国内法的補償を行わないことは、立法不作為の違憲性を基礎付けると主張する。
しかしながら、上記のとおり、平和条約一九条(a)項において請求権の「放棄」が約された趣旨、平和条約締結時に我が国が置かれていた状況からすれば、戦争損害に対する補償は憲法二九条三項の予想しないところといわざるを得ず、その補償のために適宜の立法措置を講ずるか否かの判断は、国家財政、社会経済、戦争によって国民が被った損害の内容、程度等に関する資料を基礎とする立法府の裁量的権限に委ねられるものというべきであって、控訴人らが戦争によって被害を受けたという事実や被控訴人が平和条約において上記被害に関して請求権放棄条項を定めたという事実のみに基づいて、国会議員にその補償のための立法措置を講ずべき義務が生ずるということはできない(前掲最高裁昭和四三年一一月二七日大法廷判決、前掲最高裁昭和四四年七月四日第二小法廷判決、最高裁昭和五八年(オ)第一三三七号同六二年六月二六日第二小法廷判決・裁判集民事一五一号一四七頁)。
控訴人らは、「国連憲章五五条、五六条、世界人権宣言、国際人権規約全文、日本国憲法一三条等の諸規定を総合すると、国家は外交保護権を有し、その外交保護権を行使すべき国内法上の義務がある」と主張するが、控訴人らの掲げる上記の法規等によっても、控訴人らの主張する上記義務の存在を認めることはできない。
二 立法不作為の違法について
(1) 当裁判所も、国会ないし国会議員に東京大空襲の被害者に対する救済・援護のための立法を行うべき法的義務があるとは認められないから、立法不作為の違法をいう控訴人らの主張については、これを採用することができないと判断する。その理由は、原判決に以下の訂正を加え、当審における控訴人らの主張に対する判断を後記(2)のとおり付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の二項(九頁四行目から二九頁二行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
ア 原判決九頁六行目、一一頁五行目及び一二頁末行から一三頁一行目にかけての各「一項三項」をいずれも「一項、三項」に、一一頁五行目から六行目にかけての「上げて」を「挙げて」に、一三頁二五行目から二六行目にかけての「一、三項」を「一項、三項」に、一七頁二三行目の「援護法である」から二四行目の「昭和二七年四月には」までを「援護法として、昭和二七年四月、」に、二一頁六行目及び二二頁一四行目の各「労働委員会」をいずれも「社会労働委員会」に、それぞれ改める。
イ 原判決一一頁二五行目の「具体的権利が」を削る。
ウ 原判決二三頁二四行目の「また、」から二四頁七行目末尾までを次のとおり改める。
「また、東京大空襲による被害の実情について、原告(控訴人)X3、同X4、同X5、同X6、同X7、同X8、同X9、同X10、同X11、同X12、同X13、同X14、同X15、同X16及び同X17の各本人尋問(原審・当審)における供述並びに甲F号各証中の原告らの陳述書によれば、空襲及びそれに伴う熱風烈火の中を必死で逃げまどい、自ら傷付き、あるいは親、兄弟等の近親者を失った者、疎開や出征のため自ら空襲に遭うことはなかったが、親兄弟等を失い、孤児等として苦労を重ねた者、その後も後遺障害や自分が生き残ったことについての自責感に悩んでいる者など、その態様は様々であるが、原告らが東京大空襲によってそれぞれ多大の苦痛を受けたことが認められる。したがって、原告らが、戦後の立法により各種の援護措置を受けている旧軍人軍属等との間に不公平感を感じ、原告らのような一般戦争被害者に対しても、救済や援護を与えるのが国の責務であるとする原告らの主張には、心情的には理解できるものがある。」
エ 原判決二四頁一〇行目の「他の各所で」から一三行目の「はずである。」までを「東京大空襲以外の空襲によって被害を受けた者、爆弾や焼夷弾による攻撃に限らず、機銃掃射や艦砲射撃による攻撃によって被害を受けた者も数多く存在している。」に改める。
オ 原判決二四頁一六行目の「学徒勤労報国隊」から一八行目の「更に、」までを削り、二五行目の「予想されるとはいえ、」を「予想され、」に改める。
カ 原判決二八頁一〇行目の「旧生活保護法に吸収される形で」を削り、一二行目から一三行目にかけての「戦時災害保護法が生活保護法に吸収される形で」を「生活保護法が制定される一方で戦時災害保護法が」に改める。
(2)ア 控訴人らは、当審において、被控訴人が東京大空襲の被害者である控訴人らに対して何らの救済・援護をしないことは、控訴人らの特別犠牲を強いられない権利(憲法一三条)、平和のうちに生存する権利(憲法前文、一三条、二五条)、戦争に起因する被害の救済・援護において差別されない権利(憲法一四条)を侵害する旨の主張を補足しているので、以下、これらを検討する。
イ 特別犠牲を強いられない権利について
控訴人らは、①人間的尊厳を尊重される個人の共同体として構成される民主主義国家であれば、国家行為である戦争により一部の構成員に死亡又は重大な身体障害が生じた場合には、これを公平に分かち合おうとすることは当然であり、控訴人らが受けた戦争被害を放置することは、控訴人らの特別犠牲を強いられない権利を侵害する、②被控訴人は、一連の戦争行為という先行行為により合衆国による東京大空襲を誘引するとともに、強制の契機を伴う軍事態勢を敷き、その結果、国内は戦場化し、控訴人らに悲惨な被害を発生させたのであるから、条理上、その救済義務を負い、特別犠牲に対する国家補償立法責任は重くなると主張する。
しかしながら、控訴人らの上記主張は、被控訴人の戦争行為が控訴人らに被害を生じさせたという事実を基礎として、被控訴人において控訴人らに対する救済・援護のための立法措置を講ずべき義務があると主張するものであるところ、上記一(3)で説示したとおり、控訴人らが被控訴人の戦争行為によって被害を受けたという事実や被控訴人が平和条約において上記被害に関して請求権放棄条項を定めたという事実に基づいて、国会議員に控訴人らに対する救済のための立法措置を講ずべき義務があるということはできず、これは既に確定した判例であるというべきである(前掲最高裁昭和四三年一一月二七日大法廷判決、前掲最高裁昭和四四年七月四日第二小法廷判決、前掲最高裁昭和六二年六月二六日第二小法廷判決)から、控訴人らの主張は、採用することができない。
ウ 平和のうちに生存する権利について
控訴人らは、①平和主義を宣明する憲法前文の規範的法理は、国に対し、過去の戦争についての戦後処理・戦後補償を果たすべき国家の責任を課している、②平和的生存権は、憲法の個別人権条項と結び付いて複合的人権となることによって主観的権利となり、国家によって平和に生きることを侵害されないという自由権的性格だけでなく、自国又は他国の戦争行為により被害を受けた場合は国家に回復、補償を求める補償請求権の性格も有していることが認められるべきである、③日本国憲法の平和主義の下では、欧米諸国以上に民間人の戦争被害について手厚く補償することが求められているなどと主張する。
しかしながら、憲法前文の規定から控訴人らが主張するような具体的権利が発生すると解することのできないことは、原判決説示(一一頁八行目から一二頁六行目まで)のとおりである上、控訴人らが被控訴人の戦争行為によって被害を受けたという事実や被控訴人が平和条約において上記被害に関して請求権放棄条項を定めたという事実に基づいて、国会議員に控訴人らに対する救済のための立法措置を講ずべき義務が生ずるということのできないことは上記のとおりであり、控訴人らの主張は採用することができない。
エ 戦争に起因する被害の救済ないし援護(補償)において差別されない権利(憲法一四条)について
(ア) この点に関する控訴人らの主張の要旨は、次のとおりである。
昭和一七年に制定された戦時災害保護法には、民間戦争被害者に対する多様かつ手厚い援護策が定められていたが、被控訴人は、昭和二一年九月に同法を廃止し、同時に制定した旧生活保護法には戦時災害保護法の上記援護策を全く引き継がず、空襲被害者らへの援護制度を完全に消滅させた。その上で、被控訴人は、昭和二七年に戦傷病者戦没者遺族等援護法を制定し、軍人軍属及びその遺族に対して手厚い援護・補償を開始し、翌昭和二八年、恩給法を改正して軍人恩給を復活させ、以降、旧軍人等の遺族に対する恩給の特例に関する法律(昭和三一年)、戦没者等の妻に対する特別給付金支給法(昭和三八年)、戦傷病者特別援護法(同年)、戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給法(昭和四〇年)、戦傷病者等の妻に対する特別給付金支給法(昭和四一年)、戦没者の父母等に対する特別弔慰金支給法(昭和四二年)等、軍人軍属に対する救済の範囲を徐々に広げた。軍人軍属関係の恩給と遺族年金の支給額は、現在でも年間平均一兆円近くの予算が組まれており、軍人軍属に対する援護関係費の支出累計は平成二二年までに総額五二兆円を超える莫大な数字となっている。これに対し、控訴人ら民間空襲被害者は、全く補償されていない。
加えて、被控訴人が準軍属、民間戦争被害者について戦傷病者戦没者遺族等援護法の適用対象を拡大したことにより、「国と雇用関係にある者のみ補償する」という被控訴人の大義名分は成り立たなくなり、空襲被害者(原爆戦死者、沖縄空襲被害者、艦砲射撃被害者を含む。)と沖縄地上戦の被害者の一部だけが全く補償されずに取り残されるに至っている。すなわち、戦傷病者戦没者遺族等援護法による援護対象は、明文改正により、民間船舶の乗組船員(昭和二八年)、いわゆる「責任自殺」をした者(昭和三〇年)、民間の被徴用者、国民義勇隊員、戦闘参加者(昭和三三年)、戦時災害以外の理由で傷病を受けた者(昭和三六年)、非戦地の有給の被徴用者(昭和三六年)、南満州鉄道株式会社の従業員(昭和三八年)、従軍文官(昭和三九年)、満州で動員された民間人(昭和四一年)、隣組で指名された防空担当者(昭和四四年)、警防団員、医療従事者等(昭和四九年)に広げられ、また、通達等によって、日本赤十字社の救護員(昭和二八年)、従軍報道班員(昭和三八年)、軍需会社の従業員(昭和四九年)に広げられた。さらに、昭和三二年の厚生省方針により、民間人であっても上記「戦闘参加者」に該当すれば「準軍属」に認定するよう改められていたところ、沖縄戦被害者に関しては、集団自決等二〇項目に該当すればこれに該当するとされ、昭和五六年からは六歳未満の児童も対象とされるなど、悲惨な戦争に巻き込まれた民間人に対して戦傷病者戦没者遺族等援護法が適用されている。空襲時において、民間人は、積極的に消火活動を担うべき存在として把握され、罰則をもって避難を禁じられ、また極めて不十分な情報しか与えられないまま、その被害を受けた。このような実質面をみれば、沖縄戦被害者と空襲被害者とを区別する合理的な理由は存在しない。
このように、控訴人らを含めた空襲被害者に対する救済の放置による格差ないし不平等の拡大は、もはや合理的に説明できるような状況にはなく、このような状態はあまりにも不条理で不平等にすぎ、憲法一四条が定める平等原則に明らかに反する。
(イ) 戦時災害保護法の廃止と戦傷病者戦没者遺族等援護法の制定、軍人恩給の復活について
控訴人らの主張は、まず、戦時災害保護法を廃止して空襲被害者らへの援護制度を完全に消滅させる一方、軍人軍属を対象とした戦傷病者戦没者遺族等援護法を制定し、また恩給法の改正により軍人恩給を復活させたことには、重大な不平等・不合理があるというものである。
しかしながら、戦時災害保護法が廃止されたのは、生活困窮者に対しては、その困窮の理由が戦争により生じたものであるか否かなどその理由に関係なく一律に保護を与えるとの方針に基づくものであり、同方針に基づき、戦時災害保護法の廃止と同時に生活保護法が、また、昭和二二年には児童福祉法が、昭和二四年には身体障害者福祉法が、それぞれ制定されたこと、他方、戦傷病者戦没者遺族等援護法は、「軍人軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し、国家補償の精神に基づき、軍人軍属等であった者又はこれらの者の遺族を援護すること」を目的として定められたものであって、その趣旨は、戦地に赴いて戦闘行為に参加するなど死傷の危険性の高い職務を国から命ぜられ、その職務に従事した軍人軍属等については、その職務上の負傷、疾病又は死亡につき国がその職務を命じた使用者あるいは使用者類似の立場から補償を行うというものであること、また、恩給法は、国との間の雇用関係があった旧軍人に対し、文官に対すると同様に国が使用者の立場から補償を行うという趣旨のものであることからすると、これらの法律が軍人軍属を対象として補償を定めたことには合理的な根拠があるということができ、その対象とされなかった者との区別が不合理であるということはできない。このことは、既に前掲最高裁昭和六二年六月二六日第二小法廷判決が判示しているところである。
(ウ) 軍人軍属に対する援護の拡大について
控訴人らは、軍人軍属に対する援護が戦傷病者特別援護法の改正や各種特別給付金支給法及び特別弔慰金支給法の制定により拡大され、軍人軍属関係の援護関係費の支出累計は平成二二年までに総額五二兆円を超える莫大な数字となっているのに対し、控訴人ら民間空襲被害者は、全く補償されておらず、その間に重大な不平等・不合理が生じていると主張する。
この点に関しては、これまで検討したところとは異なり、戦傷病者戦没者遺族等援護法の改正等により、仮に、同法に基づく援護の範囲及び内容が上記立法趣旨から離れて拡大し、同法に基づき援護を受ける者と援護を受けない控訴人ら東京大空襲の被害者との間に合理的理由のない差異が生じているとするならば、憲法一四条一項により保障された控訴人らの権利が侵害されていると評価すべきこととなる。このことは、次項(エ)に関しても同様である。
そして、軍人軍属に対する援護については、戦傷病者戦没者遺族等援護法の改正により、軍属について公務死亡の原因となった傷病や障害の状態となった傷病を戦時災害によるものに限るとする要件が撤廃されたり(昭和三〇年法律第一四四号、昭和三三年法律第一二五号)、遺族年金支給のための遺族要件が緩和され、遺族の範囲が拡大されたり(昭和二八年法律第一八一号等)、障害年金の支給事由となる障害の程度が緩和されたりして(昭和二九年法律第六八号等)、また、控訴人らの主張にある各種特別給付金支給法及び特別弔慰金支給法が制定されるなどして、その補償が拡大したことが認められる(甲D四、甲D八〇)。
しかし、これらの要件の撤廃、緩和等によってもなお、軍人軍属に対する補償が公務上の負傷、疾病又は死亡に関するものとはいえないものについてまで行われているとは認められず、その補償の内容及び金額を具体的にどのようなものとするかについては、国家財政、社会経済、被害の内容・程度等に基づく極めて高度な判断が要求されるというほかないから、上記改正等により軍人軍属に対する補償の内容が拡大し、その援護関係費の支出累計が上記の程度に及んでいるからといって、補償を受けない者との区別が合理性を欠くに至っているということはできない。
(エ) 民間戦争被害者に対する戦傷病者戦没者遺族等援護法適用の拡大について
控訴人らは、戦傷病者戦没者遺族等援護法の適用対象が民間戦争被害者に拡大したことにより、空襲被害者(原爆戦死者、沖縄空襲被害者、艦砲射撃被害者を含む。)と沖縄地上戦の被害者の一部だけが全く補償されずに取り残されるに至っており、現在、援護を受ける者と全く補償を受けられない空襲被害者とを区別する合理的な理由はもはや存在しないと主張している。
確かに、戦傷病者戦没者遺族等援護法において、当初、弔慰金の支給のみ受けるものとされていた旧国家総動員法に基づく被徴用者、総動員業務の協力者(学校報国隊員、女子挺身隊員、国民勤労報国隊員等)、旧陸海軍の要請に基づく戦闘参加者等につき、その後の法改正により、これらの者を「準軍属」として障害年金及び遺族給与金を支給することになったほか(昭和三三年法律第一二五号)、軍属として、船舶運営会の運航する船舶の乗組船員(昭和二八年法律第一八一号)、特殊勤務に就いていた満鉄職員等(昭和三八年法律第七四号)が加えられ、また、満州等において総動員業務の協力者と同様な事情にあった者(昭和四一年法律第一〇八号)、防空法の規定による防空監視隊員(昭和四四年法律第六一号)、同法の規定により地方長官の命令を受けて防空の実施に従事した者(医療従事者、警防団員、学校報国隊防空補助員。昭和四九年法律第五一号)等が準軍属に加えられており、これらの者と国との間には必ずしも直接の雇用関係があったと認めることはできない。
しかし、これらの者は、個別具体的な法令等あるいは陸海軍の要請・指示に基づき、戦争の危険が及ぶ可能性の高い業務に従事することとなった者であり、当該業務に従事したことによって被害を受けた者に対しては軍属に準じて補償を行う必要があるとの趣旨により、上記の法改正等がされたものと認められる。そうすると、このような者を特に採り上げて援護の対象に加えたことには合理的な根拠があるということができ、その対象とされなかった者との区別が不合理であるとは認められない。
また、沖縄戦の被害者については、控訴人らの主張にあるように、被害者の戦闘参加の内容が四散部隊への協力、壕の提供、集団自決、勤労奉仕作業などであって、軍部等からの要請・指示が必ずしも明確ではない場合や、被害者が幼少者である場合についても準軍属たる「戦闘参加者」に該当すると判断される場合のあることが認められる(甲D八の二、甲D八〇)。しかし、これは、沖縄はおいては国内で唯一多数の民間人を巻き込む地上戦が行われ、民間人の中に現実の戦闘の場で軍の命令により戦闘に参加する例が多数みられたという実態に沿うよう法を適用するとの趣旨に基づくものであることからすれば、このような法の解釈運用には合理的な理由があるということができる。
控訴人らは、空襲時において、民間人は、積極的に消火活動を担うべき存在として把握され、罰則をもって避難を禁じられるなどしたという実質面をみれば、沖縄戦被害者と空襲被害者とを区別する合理的な理由は存在しないと主張する。確かに、防空法は、当時、空襲に際しての居住者の退去の禁止、応急防火義務等を規定していた(甲D七五)が、これらの義務は国民一般に広く及ぶものであって、空襲被害者において軍部等から受けていた要請の程度が沖縄戦被害者と同程度に個別具体的なものであったとみることはできない。したがって、控訴人らの主張する上記の点を考慮に入れてもなお、沖縄戦被害者との区別が合理性を欠くということはできない。
(オ) 控訴人らは、戦争被害者のうち空襲被害者(原爆戦死者、沖縄空襲被害者、艦砲射撃被害者を含む。)と沖縄地上戦の被害者の一部だけが全く補償されずに取り残されるに至っているなどと主張する。
しかし、以上に検討したとおり、援護のための立法措置が執られたものについてはそれぞれ合理的な理由があると認められ、他方、第二次世界大戦中に空襲等を受けた都市は全国で二〇〇を超え、その被災者は、死亡者だけでも全国で五〇万人、東京大空襲については一〇万人を超えるとも推定されており(甲D四、甲E二二、乙一〇)、これらの空襲等の被災者を含め援護を受けていない戦争被害者はいまなお数多く存在し、その被害の原因、態様、程度は非常に種々様々であることからすれば、援護を受けていない者が合理的な理由なく差別されているということは困難である。
(カ) したがって、控訴人ら東京大空襲の被害者に対する救済・援護をしないことにつき、憲法一四条一項違反をいう控訴人らの主張も、採用することができない。
三 行政不作為の違法について
当裁判所も、被控訴人に違法な行政上の不作為があったとは認められないと判断する。その理由は、原判決「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の三項(二九頁三行目から三二頁七行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴人らは、当審において、政府はまず被害の実情を調査し、可能な限りの援護と救済の基本方針を策定すべきであったなどと主張するが、原審における主張に加えて具体的な作為義務を主張するものとは認められず、その主張は採用することができない。
第四結論
よって、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鈴木健太 裁判官 小宮山茂樹 中村さとみ)
別紙 当事者目録一
控訴人 X1<他94名>
別紙 当事者目録二
控訴人 X2<他18名>
別紙 当事者目録三
控訴人ら訴訟代理人弁護士 青木孝 梓澤和幸 安部千春 阿部泰雄 新垣勉 生田暉雄 池田直樹 池田眞規 生駒亜紀子 石坂俊雄 伊志嶺善三 市村大三 伊藤和子 伊藤幹郎 板垣光繁 井上正信 井上正実 今村征司 宇都宮健児 大賀浩一 大木一俊 大久保賢一 大﨑潤一 大澤理尋 大山勇一 岡島実 小賀坂徹 小笠原忠彦 小野寺利孝 小野寺義象 笠松健一 片岡正彦 金住典子 鎌田正紹 神谷誠人 河合良房 河内謙策 河村健夫 北澤貞男 楠本敏行 黒岩哲彦 児玉勇二 小林徹也 齋藤耕 阪口徳雄 阪田健夫 坂本雅弥 笹本潤 佐藤真理 澤藤統一郎 杉山繁二郎 志賀剛 志村新 定者吉人 杉井静子 杉浦ひとみ 瑞慶山茂 鈴木孝雄 瀬戸久夫 高山俊吉 田部知江子 田巻紘子 角田由紀子 出口治男 土肥尚子 徳岡宏一朗 栃木義宏 豊川義明 内藤雅義 中川重徳 中川利彦 中谷雄二 中山武敏 成見暁子 成見幸子 新穂正俊 西尾弘美 西村正治 二瓶和敏 野口容子 野口善國 服部弘昭 服部融憲 原田敬三 日隅一雄 秀嶋ゆかり 平山知子 福地輝久 福山洋子 藤森克美 古川拓 松丸正 水谷敏彦 宮川泰彦 三宅俊司 毛利正道 盛岡暉道 八尋八郎 柳重雄 山田幸彦 山田万里子 山本志都 山本真一 芳澤弘明 吉田恒俊 吉村清人 米倉勉 若穂井透 渡辺達生 渡部吉泰 林治 水田敦士 小杉直樹 柿沼真利 中川勝之 一瀬敬一郎 高木吉朗 井関和彦 西晃 喜田崇之
控訴人ら訴訟復代理人弁護士 坂井興一(控訴人X3訴訟代理人) 清水建夫 遠藤健一 小園恵介 花房賢 村田純一 内藤裕二郎 松本啓太 大津郁雄 柳原由以
別紙 当事者目録四
被控訴人 国
同代表者法務大臣 A
同指定代理人 乙部竜夫<他16名>
別紙 謝罪文<省略>
別紙 控訴人らの主張<省略>
別紙 東京大空襲訴訟控訴人ら被害一覧表<省略>