東京高等裁判所 平成22年(ラ)1687号 決定 2010年9月22日
主文
1 原決定を取り消す。
2 相手方の文書提出命令の申立てを却下する。
理由
第1抗告の趣旨及び理由
1 抗告の趣旨
主文と同じ。
2 抗告の理由
文書提出命令に対する即時抗告申立書の「第2 抗告の理由」記載のとおりであり,要するに,抗告人は,抗告人における平成20年4月19日から平成21年6月30日までの相手方のタイムカード(以下「本件文書」という。)を所持していないというものである。
第2当裁判所の判断
1 前提事実
一件記録によれば,次の事実が認められる。
(1) 抗告人の代表取締役は,Aであったが,同人が平成21年1月19日に死亡したため,同年3月11日,同人の姉であるCが抗告人の代表取締役に就任した。
(2) 相手方は,当時高校生であった娘のBのことでAの世話を受けていた。Bは,平成17年4月から抗告人のところで働くようになった。相手方も,同年12月ころからはパートとして,平成18年4月からは社員として抗告人のところで働くようになった。相手方は,平成21年6月30日まで,抗告人の正社員として勤務していた。
(3) 抗告人,D(Aの妻。旧姓D1)及びE(AとDとの間の子)が相手方を被告として損害賠償等を求める訴えを提起したところ,相手方は,抗告人を反訴被告として,平成20年4月17日から平成21年6月30日までの期間の残業代の支払を求める反訴を提起した(基本事件)。
(4) 相手方は,本件文書を対象として文書提出命令の申立てをしたところ,原審は,抗告人に対し,本件文書の提出を命じた。これに対し,抗告人が抗告をした。
2 本件文書の存在について,相手方は,次のとおり供述し(疎明資料1),Bも,母がタイムカードを押していた旨供述する(疎明資料2)。
(1) 抗告人において,平成18年の暮れころ,従業員の遅刻が後を絶たないため,Aがタイムカードを設置した。タイムカードは,A以外,パート職員を含む従業員全員のものが設置された。遅刻をした場合,Aの許しがない限り,1回当たり5000円の減給処分がされた。
(2) 会計担当のEは,タイムカードを集めて減給の計算をしていた。
(3) 社長がCになってからも,タイムカード方式に変更はなかった。
3 しかし,C及びDは,社内のどこを探しても相手方のタイムカードはなかった旨供述する(甲13,14)。そして,Cは,抗告人の代表取締役に就任後,従業員やパート職員がタイムカードを付けていたが,相手方は,事務局長であって,勤務時間が決まっていなかったから,タイムカードは付けていない旨聞かされていた,他者のタイムカードは相手方が管理していた旨供述する(甲13)。Dも,相手方は,タイムカードを付けておらず,事務局長として他者のタイムカードを管理し,遅刻をチェックしていた旨供述する(甲14)。
これに対し,Bは,母は事務局長でなかった旨供述する(疎明資料2)。しかしながら,平成21年4,5月の基本給は,従業員のEが14万円(甲10の1,2),Dが20万円(甲9の1,2),代表取締役であるCが30万円(甲12の1,2)であるのに対し,相手方は26万円(乙1の1,2)と比較的高額である。Bは,Aが代表取締役であった当時,午前7時30分出社のところ,道路が渋滞するため,母は午前8時までに出社すればよくなった旨供述しており(乙2),出勤時間についてAから他の従業員と異なる扱いをされていた。相手方は,抗告人から通勤のための自動車(プリウス)を貸与されていた(甲14,乙1の3)。その内容から相手方が作成したものと思料されるメモ(甲8の1ないし4)には,従業員及びパート職員の給料についての意見が記載されている。これらのことから,相手方は,他の従業員とは異なり,抗告人の社内において,管理者的地位にあったものと推認することができる。それゆえ,相手方のみがタイムカードを使用しなかったとしても特段不自然とはいえない事情がうかがえる。
4 確かに,抗告人は,反訴答弁書において,平成20年4月29日から平成21年6月16日までの間に,相手方が欠勤した日及び早退した日について具体的に主張している。この点について,Cは,陳述書(甲13,16)において,Aが代表取締役の当時のことについては,同人から相手方と休む日が同じであると聞いていたため,Aの休日を記帳した台帳(甲19)に基づき主張し,Cが代表取締役に就任して以降のことについては,自身の記憶や,相手方からのメールに基づき主張した旨供述しており,同供述に不自然な点はうかがえない。したがって,抗告人の反訴答弁書での主張をとらえて,本件文書の存在を推認することはできない。
5 ところで,文書提出命令の申立てに対する裁判においては,文書の所持の前提としての文書の存在が認められなければならないところ,文書の提出を求める者がその証明責任を負う。本件においては,相手方は,上記2の疎明資料を提出するが,上記3,4の事情を考慮すると,本件文書の存在を認めるに足りず,相手方の文書提出命令の申立ては理由がない。
6 よって,上記判断と結論を異にする原決定を取り消すこととして,主文のとおり決定する。