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東京高等裁判所 平成22年(ラ)1801号 決定 2010年10月08日

抗告人 甲山一郎

同法定代理人成年後見人 倉持政勝

相手方 Yこと乙川二郎

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第1  抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨は,「原決定を取り消す。」との裁判を求めるものであり,抗告の理由は別紙「即時抗告申立書」に記載のとおりである。

その要旨は,①裁判所が救助決定を受けた者に対し,猶予費用の支払を命じることができるのは,当該民事訴訟において,救助決定を受けた者の全部敗訴が確定し,かつ,その者に訴訟費用を全部負担させる旨の裁判が確定した場合である(最高裁第三小法廷決定平成19年12月4日)のに,本件では,本案訴訟において救助決定を受けた後,抗告人の全部勝訴が確定し,かつ,相手方に訴訟費用を全部負担させる旨の裁判が確定しているから,原決定は,何ら法律上の根拠なく,抗告人に対して猶予費用の支払を命じるもので違法である,②本件では,本案事件の救助決定に基づき,執行費用の支払が猶予されていたのに執行事件の終了を理由として猶予費用の支払を命じているのは理論的に矛盾する,③仮に,執行事件のみについて救助決定があった場合でも,その執行費用を抗告人と相手方のいずれに負担させるのが妥当であるかは,「執行の目的を達する見込み」がないかどうかで判断することになる(東京高裁決定平成7年2月3日)が,本件では差押えに係る債権が存在するものについては取り立てており,執行の目的は既に達成されている,④差押命令の申立ての取下げは,別に民事執行の申立てを行うのに必要な債務名義の返還を受けるために,取り下げたにすぎないから,執行費用の救助を否定する理由にはならない,というものである。

第2  当裁判所の判断

1  事実及びその経過

一件記録によれば,本件につき,以下のとおりの経過が認められる。

(1)抗告人は,相手方を被告として東京地方裁判所に不当利得返還請求事件(同裁判所平成22(ワ)第1579号,以下「本案事件」という。)を提起するとともに,同裁判所に対し,訴訟上の救助の申立てをし,平成22年1月20日,同裁判所から訴訟上の救助を付与するとの決定を得た。

同裁判所は,平成22年5月17日,本案事件につき,抗告人の請求を全部認容し,訴訟費用につき相手方負担とする旨の判決を言渡し,同年6月16日,同判決が確定した。同裁判所は,同年9月3日,相手方に対し,抗告人に支払を猶予した訴訟費用2万5560円を国庫に支払うことを命じる決定をした。

(2)抗告人は,平成22年6月24日,本案事件の確定判決に基づき,相手方を債務者として,同人の第三債務者3名に対する預金債権につき,東京地方裁判所に債権差押命令を申立て(基本事件),同年7月26日,同裁判所から債権差押命令を得た。本件債権差押命令の請求債権は,元本300万円,利息12万5753円,執行費用1万3620円であった(以下「本件請求債権」という。)。

(3)第三債務者3名のうち2名からは,差押えに係る債権はなく,1名からは6万0370円の預金債権があるとの回答がされ,抗告人は,平成22年8月13日,本件請求債権の一部として上記預金債権を取り立てた。

その後,抗告人は,平成22年9月3日,取立分を除く債権差押命令(基本事件)の申立てを取り下げた。

(4)上記基本事件の裁判所は,平成22年9月8日,抗告人に対し,本案事件の本件救助決定に基づき,基本事件につき,執行費用の支払を猶予したが,基本事件は取下げにより終了したとして,抗告人に対し,支払を猶予した以下の内訳にかかる執行費用1万1360円(以下「本件執行費用」という。)の支払を命じた。

申立手数料4000円

債権差押命令正本送付料(債権者分)90円

債権差押命令正本送付料(債務者分)1050円

債権差押命令正本送付料(第三債務者分)3300円

差押命令に対する陳述催告書返送費用1740円

送達通知書送付費用80円

決定正本送達費用1100円

(5)これに対し,抗告人が上記支払決定に対し,抗告した。

2  理由

(1)訴訟上の救助の制度は,民事訴訟において原則として敗訴の当事者が訴訟費用を負担すべきこと(同法61条)を前提として,訴訟の準備及び追行に必要な費用を支払う資力のない者等に対し,勝訴の見込みがないとはいえないときに限り,救助決定により,訴訟及び強制執行につき裁判費用等の支払の猶予等をするものであって(同法82条1項,83条1項),その支払を免除するものではない。したがって,訴訟の完結により,救助決定を受けた者の全部勝訴が確定し,かつ,その相手方に訴訟費用を全部負担させる旨の裁判が確定した場合には,本来は,救助を受けた者は,費用償還請求権に基づき,相手方から訴訟費用を取り立てた上,訴訟提起及び強制執行の申立てに際し,国庫に納付すべきものについては,国庫に支払うこととなる。この場合には,救助を与えた目的が達成されることから,救助決定は当然に効力を失い,裁判所は,民訴法84条の規定に従って訴訟救助の決定を取り消すことなく,決定を受けた者に対し,猶予した費用の支払を命ずることができるものと解される。

上記1の事実経過によれば,本件において,本案事件の裁判所は,抗告人の申立てに基づき,同事件につき,訴訟上の救助を付与し,その後,救助決定を受けた者である抗告人の全部勝訴が確定し,かつ,その相手方に訴訟費用を全部負担させる旨の裁判が確定したことを受けて,相手方に対し,抗告人に支払を猶予した本案訴訟の提起にかかる訴訟費用2万5560円を国庫に支払うことを命じる決定(同法85条)をしたが,その確定判決に基づく強制執行にかかる執行費用については,相手方にその支払を命じていない。

一方,抗告人は,本案訴訟の確定判決を債務名義とし,相手方の第三債務者に対する債権につき差押命令の申立てをしたが,その請求債権として債務名義に示された元本300万円,利息12万5753円のほか執行費用として1万3620円を加えた。執行費用は,債務者の負担とされ(民事執行法42条1項),金銭の支払を目的とする債権についての強制執行にあっては,執行費用はその執行手続において,債務名義を要しないで,同時に,取り立てることができる(同法同条2項)ことから,抗告人は執行費用を本件請求債権に含めたものと解される。そして,抗告人は,債権差押命令の発付を受けて,第三債務者から6万0370円を取り立てた。

そうすると,抗告人が取り立てた金員を本件請求債権のうち,執行費用に充当した場合には,抗告人は執行費用を取り立てたことになるから,救助決定は当然に効力を失い,裁判所は救助決定の取消決定をすることなく,抗告人に対して本件執行費用の支払を命ずることができることとなる。

(2)また,債権者が民事執行事件の申立てを取り下げた場合には,差押えの効力は遡及的に消滅し,民事執行事件に及んでいた訴訟事件についてされた救助決定の効力も,当該民事執行事件に及ばなくなる。したがって,この場合には,救助決定の取消決定をすることなく,裁判所は猶予された執行費用の支払を命ずることができる。

上記1の事実経過によれば,抗告人が取り立てた金員を本件請求債権のうちの執行費用に充当しなかった場合には,抗告人は,基本事件にかかる債権差押命令の申立てを取り下げたのであるから,当該執行費用の部分についても本件差押命令は取り下げられたこととなり,裁判所は救助決定の取消決定をすることなく,抗告人に対して本件執行費用の支払を命ずることができることとなる。

そうすると,いずれにしても,本件において,裁判所が,猶予された本件執行費用の支払を命じるにつき,救助決定の取消決定は要しないこととなり,抗告人に対し本件執行費用の支払を命じた原決定は相当である。

(3)抗告人は,最高裁第三小法廷決定平成19年12月4日(民集61巻9号3274頁)を引用し,裁判所が救助決定を受けた者に対し,猶予費用の支払を命じることができるのは,当該民事訴訟において,救助決定を受けた者の全部敗訴が確定し,かつ,その者に訴訟費用を全部負担させるとの裁判が確定した場合である旨主張する。

しかし,上記決定は,救助決定を受けた者の全部敗訴が確定し,かつ,その者に訴訟費用を全部負担させる旨の裁判が確定した場合には,救助決定を取り消すことなく猶予した費用の支払を命ずることができる旨判示したものであって,猶予した費用の支払を命ずることのできる場合を上記場合に限定する旨判示したものではない。したがって,抗告人の抗告理由の要旨①の主張は失当である。

(4)また,抗告人は,本件では,本案事件の救助決定に基づき,執行費用の支払が猶予されていたのに,執行事件の終了を理由として猶予費用の支払を命じているのは理論的に矛盾する旨主張する。

しかし,本案事件の救助決定の効力は強制執行事件に及ぶことから,本件差押命令申立事件に係る執行費用の支払が猶予されていたものであり,執行事件の終了を理由として猶予費用の支払を命じることとなるのは当然の事理である。したがって,抗告人の抗告理由の要旨②の主張は失当である。

(5)抗告人は東京高裁決定平成7年2月3日(判タ905号241頁)を引用するが,同決定は,民事執行手続において訴訟上の救助が受けられるための要件について判示したものにすぎず,民事執行事件の申立人に対して,支払を猶予された執行費用の支払を命ずるための要件について判示したものではない。したがって,抗告人の抗告理由の要旨③の主張は失当である。

(6)さらに,債権差押命令の申立てが取り下げられたときには,その理由がいかなるものであれ,取下げにより差押えの効力は遡及的に消滅し,執行事件に及んでいた救助決定の効力も当該執行事件には及ばなくなることは,前記のとおりであるから,抗告人の抗告理由の要旨④の主張も失当である。

3  結論

よって,抗告人に対し,支払を猶予していた執行費用の支払を命じた原決定は相当であり,本件抗告は理由がないから棄却することとして,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 加藤新太郎 裁判官 柴田秀 裁判官 加藤美枝子)

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