東京高等裁判所 平成22年(ラ)1987号 決定 2010年11月12日
抗告人
X
同代理人弁護士
中島成
同
山根元寿
同
辻畑泰喬
同
岡田武士
同
小川久美
相手方
株式会社Y
同代表者代表取締役
A<他3名>
主文
一 本件抗告を棄却する。
二 抗告費用は抗告人の負担とする。
事実及び理由
第一抗告の趣旨
一 原決定を取り消す。
二 本件を東京地方裁判所に差し戻す。
第二事案の概要
一 本件事案の概要は、原決定の「事実及び理由」第一の二に記載のとおりであるから、これを引用する。
原審は抗告人の申立てをいずれも却下したので、抗告人がこれを不服として即時抗告した。なお、本件建物の占有を巡っては、本件仮処分事件とは別に、Bを債権者とし、抗告人を債務者とする東京地方裁判所平成二二年(ヨ)第一五〇八号仮処分命令申立事件が提起されており、原決定がされた平成二二年一〇月二一日に、債務者(抗告人)は、実力をもって、本件建物に立ち入ったり、その使用人又は第三者を立ち入らせたりして、債権者(B)の本件建物に対する使用及び占有を妨害してはならない旨の仮処分決定(以下「別件仮処分」という。)が発令されている。そして、抗告人は、同月二五日、別件仮処分について、東京地方裁判所に保全異議を申し立てるとともに仮処分執行の停止を申し立てた。
二 当事者の主張は、原審及び当審における各当事者の主張書面に記載のとおりであるから、これらを引用する。
第三当裁判所の判断
一(1) 記録によれば、本件仮処分は、相手方株式会社Y(以下「相手方Y社」という。)と抗告人との本件建物についての賃貸借契約が有効であることを前提として、賃借人である抗告人が本件建物の占有妨害を排除するため、相手方A、同C及び同Dの本件建物への立入りの禁止並びに相手方Y社がその社員又は第三者をして行う本件建物への立入りの禁止を求めるものであり、その主要な争点は、上記賃貸借契約の解除の有効性である一方、別件仮処分は、上記賃貸借契約が解除されたことを前提として、解除後に相手方Y社から本件建物を賃借したBが抗告人に対し、抗告人自身の本件建物への立入りの禁止及び抗告人がその使用人又は第三者をして行う本件建物への立入りの禁止を求めるものであり、その主要な争点も上記賃貸借契約の解除の有効性であることが認められる。
このように、本件仮処分と別件仮処分とは、争点を共通にするものであり、実体的には、双方の仮処分が共に認容されることはあり得ない関係にあるものであるため、両者は併合して同一の裁判体が審理判断するのが紛争解決のために相当な事件である。原審は、この観点から、平成二二年四月九日に申し立てられた本件仮処分事件と同月二八日付書面で申し立てられた別件仮処分事件の双方を同一の裁判官が審理した結果、平成二二年一〇月二一日、上記賃貸借契約の解除の有効性を認め、本件仮処分を却下すると同時に、別件仮処分を認容する決定をしたものである。原審のこの審理の方法は、相当として是認できるものであり、両事件を別の裁判体がそれぞれ審理するのは相当性を欠くというべきである。
ところで、このようにして審理判断された両事件のうち、申立てが認容された別件仮処分事件については、上記のとおり、抗告人から保全異議の申立てがされ、東京地方裁判所において保全異議事件が係属する一方、申立てが却下された本件仮処分事件については、抗告人から即時抗告がされ、審級が異なる当裁判所に本件抗告事件が係属することとなっている。しかしながら、両事件の争点の共通性に鑑みると、両事件についての原審の審理手続自体が違法であるか、又は原審の判断が一見明白に違法でない限り、それぞれの事件について別の裁判体が相矛盾した判断をするのは相当でないから、当裁判所としては、別件仮処分事件の仮処分が保全異議又は保全抗告において取り消されない限り、抗告人の主張を認めて仮処分を発することは、事実上、なし得ないというべきである。しかし、記録を精査しても、本件仮処分事件についての原審の審理手続自体が違法であるか、又は原審の判断が一見明白に違法であるとの事情を見出すことはできない。
もっとも、抗告人は、上記のとおり、原決定を取り消して、本件を東京地方裁判所に差し戻すことを求めているが、仮に、当裁判所が本件を東京地方裁判所に差し戻したとしても、差戻しを受けた東京地方裁判所も当裁判所と同様に、別件仮処分事件の仮処分が保全異議又は保全抗告において取り消されない限り、本件仮処分事件について仮処分を発令することができないことに変わりはない。
(2) 以上のとおり、本件仮処分と別件仮処分とは相互の争点を共通にしており、両仮処分事件について同時に東京地方裁判所の判断が示され、別件仮処分事件については仮処分が発令され、本件仮処分事件については申立てが却下されたこと、本件仮処分事件については本件抗告がされる一方、別件仮処分事件については保全異議の申立てがされて、東京地方裁判所において仮処分異議事件が係属していること、当裁判所としては、別件仮処分事件の仮処分が保全異議又は保全抗告において取り消されない限り、本件仮処分事件について仮処分を発令することはできず、また、本件を東京地方裁判所に差し戻すことも相当でなく、別件仮処分事件についての審理の結果を待つほかないことが認められるのであって、このような事実関係に照らせば、本件仮処分の申立てについては、現時点においては、両仮処分事件の判断の合一確定の必要性という観点から見て、別件仮処分と独立して仮処分の発令を求める必要性が失われたとみるべきであり、したがって、本件抗告はこれを棄却するのが相当である。
なお、このように解すると、本件建物の占有を巡る両仮処分に対する不服は、実質的には、保全異議さらには保全抗告において一元的に争うことになるが、このことは、上記の両仮処分事件の判断の合一確定の観点のみならず、当事者の応訴の負担を軽減し、訴訟経済に資するという観点及び当事者の審級の利益を重視する観点からも合理的であると考えられる。また、現時点では、別件仮処分と独立して仮処分の発令を求める必要性が失われたとして、本件仮処分事件について申立却下の結論を是認したとしても、仮に別件仮処分事件の仮処分が否定されるような事情の変更が生じれば、抗告人としては再度の仮処分申立てをすることは可能なのであるから、本件抗告の棄却決定によって抗告人が本件仮処分において求めた権利自体が直ちに否定されるものではない。
二 以上の次第で、本件抗告は、結局、理由がないことに帰するから棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 園尾隆司 裁判官 深山卓也 藤下健)