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東京高等裁判所 平成22年(ラ)405号 決定 2010年4月09日

抗告人

X

主文

1  原決定を取り消す。

2  千葉地方裁判所が、基本事件において、原決定別紙物件目録記載の建物について抗告人を買受人としてした平成21年9月16日付け売却許可決定を取り消す。

理由

1  抗告の趣旨及び理由

本件執行抗告の趣旨及び理由は、別紙「執行抗告申立書」《省略》及び「抗告理由書」《省略》(いずれも写し)記載のとおりである。理由の要旨は、①地代滞納の記載は、確定判決によって建物収去土地明渡しが命じられることを覚悟させる事情となるものではない、②現況調査報告書、評価書及び物件明細書には、代金納付前という早期の段階に本件訴訟が終結して、確定判決によって建物収去土地明渡しが命じられる蓋然性が高いことを窺わせるような記載は一切なく、本件不動産に一定の評価が与えられているのは、早期に確定判決により建物収去・土地明渡しが命じられるような状況ではないことを窺わせるものといえ、専門業者ではない個人が現況調査報告書等の記載を検討した場合、代金納付後に、前記訴訟を引き継いで、勝訴し又は和解をするなどして借地権を確保する機会が付与されていると予想するのが当然であることからすれば、抗告人は、決して、代金納付前に当該訴訟が終結して敗訴判決が出ることを覚悟しつつ入札をしたものではなく、買受け申出の当時から、確定判決によって建物収去土地明渡しが命じられることを十分に覚悟し、そのリスクを考慮した上で買受け申出をしたとは到底認められないなどとするものである。

2  当裁判所の判断

(1)  当裁判所は、本件執行抗告には理由があるものと判断する。その理由は次のとおりである。

(2)  事実関係

事実関係については、原決定「理由」2のとおりであるから、これを引用する。ただし、原決定1頁23行目末尾に改行して、「a寺はAに対し、本件借地契約を解除する旨公示送達による意思表示をし、その送達は、平成21年4月8日の経過により効力を生じた。」を、同頁25行目末尾に改行して「申立債権者は、その後、平成21年12月25日まで、建物所有者に代わって地代を弁済又は供託した。」をそれぞれ加える。

(3)ア  民事執行法75条1項は、最高価買受申出人又は買受人は、買受けの申出をした後、天災その他自己の責めに帰することができない事由により不動産が損傷した場合、当該損傷が軽微であるときを除き、売却許可決定後であっても代金を納付する時までに、執行裁判所に対し、当該売却許可決定の取消しの申立てをすることができる旨を定め、買受人の保護を図っているところ、不動産が建物である場合、「損傷」には、敷地利用権の消滅も含まれるものと解される。そして、その損傷が買受け申出前に生じていたものでも、その損傷の事実が競売事件記録上、売却基準価額又は物件明細書等の記載に反映されておらず、これを知らないことにつき、最高価買受申出人又は買受人の責めに帰し得ないときにも、民事執行法75条1項本文の規定の類推適用により、当該売却許可決定を取り消すことができると解するのが相当である。

イ  これを本件についてみるに、平成21年5月15日付けの物件明細書には、本件借地契約に基づく「借地権が存する。」旨の記載がある。本件訴訟が係属中である旨、「地代の滞納あり。」「地代代払の許可あり。」の記載もあるが、本件借地契約につき解除の意思表示が行われた旨の記載はない。当初の評価書における積算価格の算出において、借地権が無断譲渡されていることを理由に、敷地利用権価格が通常の2分の1として算出され、収益価格の算出においても、これをその他補正事項として考慮して15パーセント減価され、補充評価書において本件訴訟の提起を理由に市場性修正が当初の-30パーセントから-55パーセントとされ、評価額は、結局、708万円とされているが、いずれの評価書も、評価額につき、「敷地利用権付建物としての価格である。」旨明記している。

物件明細書には本件訴訟が係属中である旨の記載があり、評価書もこれを考慮しているが、減価割合の決定は客観的・合理的基準に基づくものとはいえず、評価人の主観の域を出ていない。この点を措くにしても、708万円という金額は決して少額ないし名目的な評価額とはいえない金額である。むしろ本件記録によれば、前記補正をしない場合の価額は、1402万円と算定されるから、いわば5割をわずかながら上回る確率(708万円÷1402万円×100=50.5パーセント)で明渡請求が棄却されるとする評価ともいえる(「敷地利用権付建物としての価格」である旨明記されていることは前記のとおりである。)。しかも、この評価に基づく売却基準価額決定は、下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律上は、したがって、一般の買受人から見れば、本件訴訟が係属する裁判所と同一の裁判所が行った決定である。

本件の場合、競売事件記録上、敷地利用権の存在が前提とされており、物件明細書、現況報告書及び評価書のいずれにも、本件借地契約につき解除の意思表示がされた旨の記載はない。しかも、本件訴訟が係属中である旨の記載はあるものの、本件記録によれば、a寺は、平成21年7月8日、原裁判所に対し、同年6月3日にAに対する関係で建物収去・土地明渡訴訟について、公示送達による呼出しに基づき、勝訴判決がされたことを通知したことが明らかであるにもかかわらず、物件明細書等にはその旨の記載がない。Bに対する関係で、本件訴訟が確定したのは、買受け後であったから、抗告人は、買受け時に「損傷」(敷地利用権の消滅)の存在を知らずに、本件不動産を買い受けたものというべきであり(なお、「地代の滞納あり。」との記載もあるが、「地代代払の許可あり。」とも記載され、地代代払許可申立債権者は、その後、平成21年12月25日まで、建物所有者に代わって地代を弁済又は供託していたことからしても、抗告人が敷地利用権の消滅を知っていたとはいえない。)、かつ、知らないことにつき買受人の責めに帰し得ないときに該当するというべきである。

そして、本件訴訟の確定判決によって明らかにされたとおり、本件不動産の敷地利用権は、客観的には本件借地契約が公示送達によりなされた解除の意思表示により消滅し、Aに対する判決が言い渡されていたにもかかわらず、これを記載しなかった物件明細書の作成、前記現況調査報告書及び敷地利用権を前提とする(減額は客観的基準に基づくものではない。)前記評価書に基づく売却基準価額の決定、これらに基づく本件売却手続には、買受人が買受け申出をなすか否かの判断、又は買受け申出額の選択に影響を及ぼしたことが明らかな重大な誤りがあったというべきであり、本件売却許可決定には、民事執行法71条6号及び7号に該当する瑕疵があったというべきである。

そうすると、抗告人は、民事執行法75条1項本文の類推適用により、本件売却許可決定の取消しを申し立てることができ、同申立てに基づき本件売却許可決定は取り消されるべきである。

3  以上のとおりであって、本件執行抗告は理由があるから、原決定を取り消した上、本件売却許可決定を取り消すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 南敏文 裁判官 野山宏 棚橋哲夫)

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