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東京高等裁判所 平成22年(ラ)656号 決定 2010年9月09日

抗告人

オリックス株式会社

上記代表者代表取締役

上記代理人弁護士

今井和男

伊藤治

濵本匠

佐藤亮

中村克利

主文

原決定を取り消す。

理由

1  抗告の趣旨

主文同旨

2  抗告の理由の要旨

原決定は、原決定別紙物件目録記載1から6までの各土地(以下「本件各土地」という。)について、抗告外東急建設株式会社(以下「抗告外会社」という。)の債務者兼所有者に対する建物建築工事請負代金債権を被担保債権とする商事留置権が成立することを前提に決定された本件各土地の買受可能価額に基づくと、差押債権者である抗告人については配当されるべき剰余を生じる見込みがないとして、担保不動産競売の手続を取り消すものである。しかし、建築請負契約の請負人は敷地の占有補助者にすぎず、本件各土地には建物が存在せず、抗告外会社は、留置権を主張するためフェンスを設置して施錠するなどしたもので、抗告外会社は本件各土地を占有していないこと、抗告外会社は商行為によって本件各土地を占有するものではないこと、未だ建物とはいえない出来形部分が存するにとどまっていること、これらによれば、抗告外会社に本件各土地について商事留置権は成立しないから、同留置権の成立を認める原決定は不当である旨主張する。

3  判断

(1)  一件記録によれば、次のとおりの事実が認められる。

ア  抗告外会社は、平成19年3月15日、債務者兼所有者との間で、債務者兼所有者が所有する本件各土地に、請負代金20億3766万1500円(税込み)、地下1階、地上12階建てビルの新築工事(以下「本件工事」という。)を内容とする工事請負契約(請負代金の支払時期は、平成19年4月2日に3億7000万円、上棟時に6億1129万8450円、竣工引渡時に10億5636万3050円)を締結した。本件工事は、平成20年5月21日、鉄骨を組み上げ、床にコンクリートを打って上棟に至ったが、壁はなく、その後の工事は中止したままである。

イ  抗告外会社は、平成20年5月31日に支払期限の到来した工事請負代金(6億1129万8450円)等の支払がされなかったことから、同年6月1日から本件各土地の周囲に鉄製フェンスを設置して施錠をし、かつ留置権行使中の看板を掲示している。

ウ  抗告外会社は、平成20年6月27日、債務者兼所有者との間で、本件工事の出来高額が12億3172万9851円(税込み)であることを確認した。

そして、抗告外会社は、債務者兼所有者に対する本件工事の残代金債権として、上棟時に支払うべき6億1129万8450円及びこれに対する上棟時後である平成20年6月1日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による遅延損害金並びに工事中断経費として3億0013万4244円が発生していると主張する。

エ  原審の評価人は、本件各土地を一括売却を行うことを前提にした合計価格を10億0503万円と評価し、上記抗告外会社の債務者兼所有者に対する本件工事の残代金債権のうちの弁済期が到来している分及びこれに対する平成20年6月1日から代金納付までの期間を見込んだ平成22年7月31日までの遅延損害金並びに工事中断経費の合計が11億0485万円になるとして、これらを考慮して、本件各土地をいずれも1万円、合計6万円と評価した。

オ  原審は、平成22年3月8日、上記評価人の評価に基づき、本件各土地の売却基準価額をいずれも1万円、合計6万円と決定し、同日付けで抗告人に対し、本件各土地の買受可能価額の合計4万8000円が手続費用の見込額1306万6488円を超えない旨を通知し、同通知書は、平成22年3月9日、抗告人代理人に送達されたが、抗告人は、同通知を受けた日から1週間以内に民事執行法188条、63条2項の定める申出及び保証の提供並びに証明をしなかった。

カ  そこで、原審は、平成22年3月26日、担保不動産競売の手続を取り消した。

(2)  民事の留置権についての他人の「物」には、土地も含まれるところ(最高裁昭和38年2月19日第三小法廷判決・集民64号473頁)、商人間の商行為によって生ずるいわゆる商事留置権も、これと異に解すべき理由はないから、土地(不動産)を目的として商事留置権は成立し得ると解される(商法521条)。

そして、同条が規定する「自己の占有に属した」といえるためには、自己のためにする意思をもって目的物がその事実的支配に属すると認められる客観的状態にあることを要するものと解すべきである。

これを本件についてみるに、本件各土地上の建物は上棟に至ったというものの壁はなく未完成である上、建物建築工事請負人である抗告外会社の本件土地の使用は、債務者兼所有者との間の建築請負契約に基づきその請負の目的たる建築工事施工という債務の履行のための立入り使用であり、その権原は、注文主である債務者兼所有者に対してのみ主張することができる立入り使用の権原であって、代金支払時期の関係で建物完成後建物引渡しまでの間抗告外会社が建物を所有することが予定されているとしても、そのための本件土地の占有権原設定について格別の取引行為がなされてはいない。

そして、目的物について独立の占有者であれば、民法が認めている占有権の効力である占有訴権や目的物からの果実の取得権等を認め得るが、取引通念上抗告外会社が本件土地について対外的に独立した占有訴権を行使したり、本件各土地からの果実を収受することなどを予定しているものとは認められない。そうすると、対外的関係からみれば、抗告外会社は、本件各土地につき、地上建物の注文者である債務者兼所有者の占有補助者の地位を有するにすぎず、債務者兼所有者の占有と独立した占有者とみることはできない。

このことは、たとえば、建物注文者が土地賃借人である場合には明らかであり、土地所有者である土地賃貸人との関係で建物建築工事請負人が独立した占有者として土地を占有しているのではなく、土地所有者である土地賃貸人との関係で土地賃借人である注文者が自己のためにする意思をもって占有しており、建物建築請負人は、その占有補助者の地位を有するに過ぎないと解するのが客観的な占有原因(権原)の性質から妥当といえる。

また、本件においては、抗告外会社は、平成20年5月31日に支払期限の到来した本件工事の請負代金(6億1129万8450円)等の支払がされなかったことから、同年6月1日から本件各土地の周囲に鉄製フェンスを設置して施錠をし、かつ留置権行使中の看板を掲示している。しかし、本件各土地につき、自己のためにする意思を持って新たに占有を開始したとしても、「商行為によって」自己の占有に属したとはいえない。

したがって、抗告外会社には、商事留置権の成立要件たる「商行為によって自己の占有に属した」ものとして、債務者兼所有者の有する本件各土地に対する占有を認めることはできない。

(3)  したがって、本件工事の請負人である抗告外会社に本件各土地に対する商事留置権を認めることはできない。

そうすると、抗告外会社の上記請負代金等の債権につき、本件各土地に商事留置権が成立するとして本件各土地の売却基準価額をいずれも1万円、合計6万円とした上、無剰余であるとして担保不動産競売の手続を取り消した原決定は失当である。

4  結論

よって、原決定を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 北澤章功 裁判官 小池喜彦 比佐和枝)

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