東京高等裁判所 平成22年(行コ)149号 判決 2010年10月21日
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別紙当事者目録記載のとおり
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用(補助参加に係るものを含む。)は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 中央労働委員会が中労委平成19年(不再)第32号事件について平成20年11月26日付けでした命令を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,①控訴人(原告)が,その管理者による呼出しに応じなかった被控訴人補助参加人ジェイアール東海労働組合新幹線関西地方本部大阪台車検査車両所分会(以下「被控訴人補助参加人分会」という。)の書記長X1(X1書記長)に対し,1日半にわたり事情聴取を行い,その中で,顛末書の提出を求め,さらに,就業規則の書き写しを命じた行為,及び②控訴人が掲示板に掲出された被控訴人補助参加人分会の掲示物2点を撤去した行為について,中央労働委員会により,いずれも労働組合法7条3号の不当労働行為に当たると判断され,その旨等を記載した文書の交付を命ずる救済命令(本件救済命令)を発せられた控訴人が,事情聴取は業務上の必要からされた正当なものであり,また,掲示物の撤去は協約の規定に従った正当なものであるから,いずれも不当労働行為に当たるものではないなどと主張し,本件救済命令の取消しを求める事案である。その具体的内容は,次のとおりである。
2(1) 当事者等
ア 控訴人
控訴人は,昭和62年4月1日,日本国有鉄道改革法等に基づき設立された株式会社である。
控訴人には,平成17年3月当時,東海道新幹線の旅客輸送を行う新幹線鉄道事業本部の地方機関として関西支社(関西支社)があり,その現業機関の1つである鳥飼車両基地には,大阪第一車両所,大阪第二車両所及び大阪第三車両所(大三両)等が置かれていた。なお,大三両は,平成21年7月1日の車両所組織改正により,大阪台車検査車両所となった。
イ 被控訴人補助参加人ら
(ア) 被控訴人補助参加人ジェイアール東海労働組合(以下「被控訴人補助参加人東海労」という。)
被控訴人補助参加人東海労は,控訴人の従業員等によって組織される労働組合である。
(イ) 被控訴人補助参加人ジェイアール東海労働組合新幹線関西地方本部(以下「被控訴人補助参加人関西地本」という。)
被控訴人補助参加人関西地本は,被控訴人補助参加人東海労の地方組織であり,控訴人の関西支社管内の組織に所属する被控訴人補助参加人東海労の組合員によって構成される。
(ウ) 被控訴人補助参加人分会
被控訴人補助参加人分会は,被控訴人補助参加人関西地本の下部組織であり,大三両に所属する被控訴人補助参加人東海労の組合員によって構成される。
なお,被控訴人補助参加人分会は,同年7月24日,その名称を「ジェイアール東海労働組合関西地方本部大阪第三車両所分会」から「ジェイアール東海労働組合関西地方本部大阪台車検査車両所分会」に変更した。
(2) 事情聴取に至る経緯
ア 平成17年3月14日
(ア) 当時被控訴人補助参加人分会の書記長であったX1書記長は,同日,勤務時間外である現場総点呼前の時間に,大三両事務所の2階検修員詰所(本件詰所)において,被控訴人補助参加人東海労の組合員等に対し,被控訴人補助参加人東海労の「業務速報No.496」(本件組合ビラ1)を配布した。X1書記長は,本件組合ビラ1を本件詰所において配布することについて,控訴人の許可を得ていなかった。.
(イ) Y1大三両所長(Y1所長)及びY2大三両検修第一科長は,同日午前8時40分ころ,現場総点呼をするために本件詰所を通った際,X1書記長が組合ビラの束を所持していること及び従業員の机の上に本件組合ビラ1が置かれていることを認めた。Y1所長は,その机を使っている従業員に対し,だれが本件組合ビラ1を配布したのかなどを尋ねたところ,同従業員からX1書記長である旨の回答を得たことから,Y3大三両総務科長(Y3科長)に対し,X1書記長に対して無許可の組合ビラの配布について注意指導をするように指示した。
(ウ) Y4助役(Y4助役)は,同日,作業に従事していたX1書記長のもとに赴き,業務命令として,同日午後0時20分に大三両総務科(総務科)に赴くように指示した。Y3科長は,Y5助役(Y5助役)とともに,同指示を受けて総務科に出頭したX1書記長に対し,同日午後0時35分ころ,本件詰所に組合ビラが散乱していた旨等を述べた上,無許可の組合ビラの配布は就業規則違反である旨の注意指導をした。
イ 平成17年3月16日
(ア)X1書記長は,同日,勤務時間外である始業点呼前の時間に,本件詰所において,被控訴人補助参加人東海労の組合員等に対し,被控訴人補助参加人関西地本の下部組織である大阪第二車両所分会の「分会ニュースNo.18」(本件組合ビラ2)を配布した。X1書記長は,本件組合ビラ2を本件詰所において配布することについて,控訴人の許可を得ていなかった。
(イ) Y5助役は,同日午前8時35分ころ,X1書記長が本件組合ビラ2を配布していること及び本件詰所内の従業員の机や共用のテーブルの上等に本件組合ビラ2が置かれていることを認めたため,その旨をY1所長に報告した。Y1所長は,Y5助役に対し,他の管理者とともに,X1書記長による本件組合ビラ2の配布の状況を再度確認するように指示した。
Y5助役は,Y4助役とともに本件詰所に行くと,その場にいたX1書記長から,本件組合ビラ1の配布について,「何でビラとおれが関係あるんですか。」と質された。これに対し,Y5助役は,X1書記長に対し,「X1君は関係ないのか?」と尋ねたところ,X1書記長が,「関係ないです。僕はこうやって渡しているだけじゃないですか。」と返答したことから,Y5助役は,X1書記長に対し,無許可の組合ビラの配布は就業規則違反である旨を告げた。
(ウ) Y4助役は,Y3科長からの指示を受け,同日午前11時ころ,X1書記長が作業していた台車検査庫内の作業場に赴き,X1書記長に対し,業務命令として,同日午後0時25分までに総務科に赴くように指示した(本件呼出し1)。しかし,X1書記長は,本件呼出し1に従わなかった。
(エ)Y4助役は,同日午後2時40分ころ,再び上記作業場に赴き,X1書記長に対し,「なぜ総務科へ行かなかったのか。」と尋ねたところ,X1書記長が,「仕事をしていたので行けなかった。」と返答したことから,Y4助役は,X1書記長に対し,業務命令として,同日の作業終了後に総務科に赴くように指示した(本件呼出し2)。しかし,X1書記長は,本件呼出し2にも従わなかった。
(オ)Y6大三両検修第二科長(Y6科長)は,同日午後4時50分ころ,上記作業場に赴き,既に同日の作業が終了し,X1書記長が不在であることを確認した上,本件詰所に赴いたところ,X1書記長が本件詰所で待機していることを認めた。Y6科長は,同日午後4時55分ころ,X1書記長に対し,本件呼出し2に従わなかったことが業務命令違反である旨を告げた上,業務命令として,直ちに総務科に赴くように指示した(本件呼出し3)。
その際,X1書記長は,Y6科長に対し,「勤務時間中である。なぜ上がらなければならないのか。」と尋ね,Y6科長が,「言う必要はない。」と返答するというやり取りをした。X1書記長は,本件呼出し3に従わず,終業点呼を受けた後,総務科に赴かないで帰宅した。
(3) 事情聴取
ア Y6科長及びY4助役は,平成17年3月17日の始業点呼終了後,X1書記長に対し,同日午前9時20分に総務科に赴くように指示した。
X1書記長は,同日午前9時15分ころ,総務科に赴いたところ,Y5助役から大三両事務所の4階会議室(本件会議室)に案内された。Y3科長,Y5助役及びY4助役は,本件会議室において,X1書記長に対する事情聴取を開始した。同事情聴取は,昼の休憩時間を挟み,同日午後まで続いた。
X1書記長は,同日午前の事情聴取において,Y5助役からの指示を受け,本件呼出し1に従わなかったことの経緯等について顛未書を作成し,また,同日午後の事情聴取において,Y5助役からの指示を受け,控訴人の就業規則(本件就業規則)の「第1章 総則」及び「第2章 服務」の規定である1条から25条まで(本件就業規則総則服務規定)を書き写した。
イ Y6科長,Y5助役及びY4助役は,同月18日午前9時20分ころから,本件会議室において,X1書記長に対する事情聴取を開始した。同事情聴取は,数十分間行われた後いったん打ち切られ,同日午後0時5分ころから再開され,同日午後0時28分ころ終了した。
X1書記長は,その後は,Y6科長から指示を受け,台車検査庫における通常作業に就いた。
(4) 掲示物の撤去
ア 被控訴人補助参加人東海労の組合掲示板
控訴人が被控訴人補助参加人東海労に対して貸与していた大三両事務所内の組合掲示板(本件組合掲示板)は,本件詰所奥の下駄箱室内に,東海旅客鉄道労働組合及び国鉄労働組合東海本部の下部組織の各組合掲示板と並んで設置されていた。
イ 平成17年3月22日の掲示物の撤去
Y6科長,Y5助役及びY4助役は,同日午後4時59分ころ,本件詰所において,被控訴人補助参加人分会のX2分会長(X2分会長)に対し,本件組合掲示板に掲出された縦1091nm,横788mmの大きさの模造紙を使って手書きで作成された被控訴人補助参加人分会の掲示物(本件掲示物1)が,控訴人と被控訴人補助参加人東海労との間で締結している基本協約(本件協約)に違反するとして,同日午後5時30分までに撤去するように通告した。しかし,被控訴人補助参加人分会が同通告に従わなかったので,控訴人は,同日午後5時34分ころ,本件掲示物1を撤去した。
ウ 平成17年3月23日の掲示物の撤去
Y6科長及びY5助役は,同日午前11時10分ころ,台車検査庫にいたX2分会長に対し,本件組合掲示板に掲出されたA4判の大きさの紙を使ってワープロで作成された「反動の嵐に抗して!No.15」と題する被控訴人補助参加人分会の掲示物(本件掲示物2)が本件協約に違反するとして,同日午後1時30分までに撤去するように通告した。しかし,被控訴人補助参加人分会が同通告に従わなかったので,控訴人は,同日午後1時45分ころ,本件掲示物2を撤去し,同日午後5時6分ころ,被控訴人補助参加人分会に対し,本件掲示物1及び本件掲示物2(本件各掲示物)を返却した。
なお,本件掲示物2の本文の体裁と内容は,原判決別紙1のとおりである。また,本件掲示物2の記載内容のうち控訴人が本件協約に違反しているという部分は,原判決別紙2の下線を付した7か所である。
(5) 本件に関連する本件協約及び本件就業規則の規定
ア 本件協約には,次の規定がある。
「第9章 組合活動
第1節 総則
(組合活動)
第216条 会社は,組合員の正当な組合活動の自由を認め,これにより不利益な扱いをしない。
「第4節 組合による企業施設の利用
(掲示内容)
第228条 掲示類は,組合活動の運営に必要なものとする。また,掲示類は,会社の信用を傷つけ,政治活動を目的とし,個人を誹謗し,事実に反し,または職場規律を乱すものであってはならない。
2 掲示類には,掲出責任者を明示しなければならない。
(違反の措置)
第229条 会社は,組合が前2条の規定に違反した場合は,掲示類を撤去し,掲示場所の使用の許可を取り消すことができる。
イ 本件就業規則には,次の規定がある。
「(会社施設内等における集会,政治活動等)
第22条 社員は,会社が許可した場合のほか,会社施設内において,演説,集会,貼紙,掲示,ビラの配付その他これに類する行為をしてはならない。
2 (略)
(勤務時間中等の組合活動)
第23条 社員は,会社が許可した場合のほか,勤務時間中に又は会社施設内で,組合活動を行ってはならない。
(6) 被控訴人補助参加人らによる救済の申立てと救済命令
ア 被控訴人補助参加人らは,平成17年11月25日,控訴人を被申立人として,大阪府労働委員会に対し,①控訴人が,同年3月14日のX1書記長の会社施設内での勤務時間外における組合ビラ配布行為について,X1書記長に対して就業規則違反であると注意したこと,同月16日のX1書記長の会社施設内での勤務時間外における組合ビラ配布行為についてX1書記長を総務科へ呼び出したが,X1書記長がこれに応じなかったことについて,同月17日に本件会議室において始業時から終業時まで事情聴取を行い,顛末書を強要したことを取り上げて,このような控訴人の行為が労働組合活動に対する不当な介入に当たる旨,②控訴人が,同月22日に本件掲示物1を撤去したこと及び同月23日に本件掲示物2を撤去したことを取り上げて,このような控訴人の行為が被控訴人補助参加人分会の労働組合活動に対する不当な介入に当たる旨主張して,○ⅰ被控訴人補助参加人らによる会社施設内での勤務時間外における組合情報配布活動を妨害するなどの組合活動への介入の禁止,○ⅱ大三両において組合掲示物を撤去するなどの被控訴人補助参加人らの組合運営に対する支配介入の禁止及び○ⅲ謝罪文の掲示を求める救済申立て(本件初審申立て)をした(本件初審事件)。
これに対し,同委員会は,平成19年5月23日付けで,①'控訴人が,平成17年3月14日にX1書記長による本件組合ビラ1の配布について注意指導を行い,同月16日にX1書記長による本件組合ビラ2の配布について総務科への来科を命じる業務指示を行い,その後,同月17日及び同月18日に同月16日の本件組合ビラ2の配布及び同日の業務指示に応じなかったことに関する事情聴取(本件事情聴取)を行い,顛末書を求めたという控訴人の一連の対応並びに,②'本件各掲示物の撤去(本件各撤去)が,①'については労働組合法7条1号及び3号に,②'については同条3号に当たる不当労働行為であるとし,控訴人に対し,①'及び②'の各行為が同条1号及び3号に当たる不当労働行為と認定された旨等を記載した文書の交付を命じる救済命令(本件初審命令)を発した。
イ 控訴人は,中央労働委員会に対し,平成19年6月8日,本件初審命令を不服とし,その取消し及び本件初審申立ての棄却を求めて,再審査を申し立てた。
これに対して,同委員会は,平成20年1126日付けで,①'本件事情聴取及び②'本件各撤去がいずれも労働組合法7条3号に当たる不当労働行為であるとし,下記の本件救済命令を発した。
「I 初審命令を次のとおり変更する。
1 会社は,組合,関西地本及び分会に対し,下記の文書を速やかに手交しなければならない。
記
ジェイアール東海労働組合
中央執行委員長 X3 殿
ジェイアール東海労働組合新幹線関西地方本部
執行委員長 X4 殿
ジェイアール東海労働組合新幹線関西地方本部
大阪第三車両所分会
執行委員長 X5 殿
東海旅客鉄道株式会社
代表取締役 Y7 ○印
① 当社が貴組合新幹線関西地方本部大阪第三車両所分会の組合員であるX1分会書記長が平成17年3月16日の業務指示に従わなかったことを理由として,同月17日及び同月18日の1日半にわたり事情聴取を行うとともに顛末書の提出を求め,同書記長に就業規則の書き写しを命じたこと,②同月22日及び同月23日に,貴組合新幹線関西地方本部大阪第三車両所分会の組合掲示板から,掲出中の下記2点の掲示物を撤去したことは,中央労働委員会において,労働組合法第7条第3号の不当労働行為であると認定されました。
今後このような行為を繰り返さないようにいたします。
記
(1) 平成17年3月22日撤去の見出し「いま,JR東海会社で日常的に行われている『パワーハラスメント』って何?!」の掲示物
(2) 平成17年3月23日撒去の見出し「いま,JR東海会社で日常的に行われている『パワーハラスメント』って何?!」の掲示物
II その余の本件再審査申立てを棄却する。
ウ 本件救済命令は,平成20年12月4日,控訴人に対して交付された。
3 原審は,次のとおり判示して,控訴人の請求を棄却した。
(1) 被控訴人補助参加人分会は,被控訴人補助参加人東海労の下部組織である被控訴人補助参加人関西地本の更にその下部組織であるが,被控訴人補助参加人東海労及び被控訴人補助参加人関西地本とは別に独立した組織運営と財産管理をしている団体であると認められるから,民訴法29条の規定により当事者能力が認められる権利能力なき社団に当たると解される団体であり,また,労働組合としての団体性・独立性に欠けるところはなく,使用者の不当労働行為に対して救済申立てをすることができる。
(2) 本件事情聴取は,それを行うこと自体については不当なものとはいえないが,事情聴取を続ける必要性,実効性が認められない状況になった後も事情聴取を行い,平成17年3月17日と同月18日を通じて1日半にもわたって行われた点,その中で,上記の状況になった後もY5助役がX1書記長に対して顛末書の作成,提出を命じた点,及び,本件事情聴取の目的と直接関係するものとは認められない本件就業規則総則服務規定の書き写しを命じた点において,X1書記長が本件各呼出しに従わなかったことへの対処として相当性を欠くものであるといえる。そして,本件事情聴取は,組合活動としてX1書記長が行った本件組合ビラ2配布行為に端を発して控訴人からX1書記長に対して出された本件各呼出しにX1書記長が従わなかったという各業務命令違反に対するものとして行われたことからすると,X1書記長に対してはもちろんのこと,本件事情聴取の状況を知ることになる被控訴人補助参加人らの組合員に対しても,組合活動への意欲を削ぎ,組合活動への参加を萎縮させる効果をもたらすものであることを優に認めることができる。控訴人が,その管理職をして,X1書記長に対し,1日半にわたって本件事情聴取を行い,その中で,顛末書の提出を求め,本件就業規則総則服務規定の書き写しを命じたことは,被控訴人補助参加人らの組合運営への支配介入に当たるというべきであり,当該支配介入に係る不当労働行為意思も認め得る。したがって,以上の控訴人の行為は,労働組合法7条3号の不当労働行為に該当する。
(3) 労働組合は,当然に会社が所有,管理する物的施設を利用する権利を有しているものではないが,本件協約は,控訴人において,被控訴人補助参加人らが組合活動としてその運営に必要な情報伝達をするために組合掲示板を使用することを認めるものであり,掲示物が本件協約228条1項所定の事由(本件撤去要件)に該当する場合には,原則として正当な組合活動とはいえないことから,控訴人においてその撤去をすることができるものとするという趣旨と解される。控訴人が本件組合掲示板に掲出されている掲示物を撤去した場合において,当該掲示物が本件撤去要件に該当しないものであるときは,特段の事情のない限り,被控訴人補助参加人らの組合運営に対する支配介入となり,同撤去行為は,労働組合法7条3号の不当労働行為に該当するというべきである。掲示物の細部又は個々の記述や表現だけを取り上げてみた場合に,これらが形式的に本件撤去要件に当たるという余地があるときでも,直ちに本件撤去要件に該当すると解すべきではなく,当該掲示物が全体として伝えようとしている趣旨や内容,その表現の掲示物全体の中における位置付けや重要性を客観的に検討し,また,当該掲示物を読む者の範囲などを考慮して,本件協約が本件撤去要件を定めた上記趣旨に反するか否か,すなわち,被控訴人補助参加人らの当該掲示物の掲出が正当な組合活動とはいえないものであって本件撤去要件に実質的に該当するといえるか否かを検討すべきである。本件掲示物2が伝えようとしている趣旨及び内容は,控訴人において日常的に「パワーハラスメント」が行われているという事実や,本件各呼出し及び本件事情聴取が「パワーハラスメント」に当たるという事実を指摘したものではなく,本件各呼出し及び本件事情聴取が「パワーハラスメント」にも当たるような不当なものではないかという問題点を指摘し,控訴人が本件各呼出し及び本件事情聴取を行ったことについて抗議するものであって,その個別の記載内容は,本件撤去要件のうちの事実に反するもの,会社若しくは管理者の信用若しくは名誉を傷つけるもの,個人を誹謗するもの,又は職場の規律を乱すものに実質的に該当するということはできない。本件掲示物1が伝えようとしている趣旨,内容及びその記載内容についての撤去要件該当性は,本件掲示物2と同じと解される。したがって,本件各撤去は労働組合法7条3号の支配介入に当たるというべきである。
(4) 本件初審命令には,判断の脱漏はない。控訴人の不当労働行為の内容等に照らすと,これに対する救済措置として本件救済命令の主文に記載の文書交付を選択したことは相当であるということができ,これについて中央労働委員会の救済措置の選択に係る裁量権を逸脱し又は濫用したものとはいえない。被控訴人補助参加人らは,それぞれ労働組合としての団体性,独立性を有し,独自の活動もしているのであり,控訴人が行った不当労働行為についてそれぞれ個別に救済を受ける適格も利益も有する。
これに対して,控訴人が控訴した。
4 前提となる事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,原判決11頁9~10行目の,「本件組合ビラ1」を「本件掲示物1」と,同10行目の「本件組合ビラ2」を「本件掲示物2」と改め,後記5に当審における控訴人の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2の2ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。
5 当審における控訴人の主張
(1) 被控訴人補助参加人分会の当事者能力及び救済申立人適格について
原審は,被控訴人補助参加人分会の当事者能力及び救済申立人適格を認めているが,極めて不当であって,到底是認されるべきものではない。その理由は,次のとおりである。
ア 原審が証拠として挙示している丁第1号証~丁第4号証は,いずれも証拠としての価値を有しないものである。
すなわち,そもそも被控訴人補助参加人分会が「救済申立人適格に必要な要件を満たしている」か否かという点は,平成17年11月25日に本件救済申立てが大阪府労働委員会にされた時以来の争点であるところ,丁第1~第4号証は,同申立てがされてから実に約4年も経過した平成21年になってようやく提出されたものである。さらに,この点について控訴人は,かねてより,被控訴人補助参加人分会に分会独自の組合規約が存在するのであれば,そのことを立証すべきであると主張し続けてきたのであるが,被控訴人補助参加人らは,この点についての立証を一貫して拒み続けたのである。このような経緯にかんがみれば,上記各証拠は,原審裁判所から被控訴人補助参加人分会に対して求釈明がされたため,急遽新たに作成されたものと断言し得るのであり(丁第2号証及び丁第3号証が平成21年度定期大会に係るものであることが,そのことを裏付けている。),その記載内容は,被控訴人補助参加人らの主張に沿うように作為されたものにすぎないことは,明らかである。
イ 元来,権利義務の主体である団体自体ではない構成部分(下部組織)については,独自性を有しないとすることが社会通念であるから,これを覆して被控訴人補助参加人分会の活動にこのような独自性を肯認するためには,有力な証拠の存在を必要とすると解すべきである。しかるに,当該活動が「分会独自のもの」であることを認めるに足りる証拠はない。
ウ 中央労働委員会の平成20年11月26日付け資格審査決定は,被控訴人補助参加人分会の救済申立人適格を肯認しているが,これは明らかに誤りである。
最高裁は,法人の構成部分,すなわち機関や下部組織は,法律上独立した権利義務の主体ではないとして,労働組合法27条及び7条の使用者に当たらず,これを救済命令の名あて人として救済命令を発することは許されないとの判断を示しており(最高裁昭和60年7月19日第三小法廷判決・民集39巻5号1266頁),権利義務の主体である団体の構成部分(下部組織)は,当事者能力を有しないとする判例理論は,既に確立された法理となっているところ,被控訴人補助参加人分会の救済申立人適格の有無についても,同様の法理の適用があるものと解すべきである。
また,被控訴人補助参加人分会が救済申立人適格を欠くことについては,控訴人と被控訴人補助参加人東海労との間で締結されていた本件協約の記載からも明らかである。すなわち,団体交渉等の設置単位については,中央と地方の2つの定めがあるところ,本件で問題となっている関西地区においては,被控訴人補助参加人東海労の下部組織である被控訴人補助参加人関西地本についてのみ協約に定めがあり,その更に下部組織である被控訴人補助参加人分会については協約に定めがない。協約は労使間の合意内容であるから,その中において被控訴人補助参加人分会に関する定めがないということは,まさに被控訴人補助参加人分会に当事者能力がなく,ひいては救済申立人適格を欠くことを被控訴人補助参加人東海労自身が認めていることにほかならない。
エ 被控訴人は,本件初審事件及び中労委平成l9年(不再)第32号事件において提出された関係証拠等によれば,被控訴人補助参加人分会が独立した労働組合であることは明らかである旨主張する。
しかし,被控訴人のいう関係証拠なるものは,控訴人がその提示を受けたことがなく,したがってこれを閲覧したこともなく,その正体は全く不明なものといわざるを得ない。そもそも訴訟で用いられる証拠は当事者の吟味,弾劾の機会を経たものに限られるということは,民事訴訟の基本原則であり,訴訟の一方当事者である控訴人に提示されず,したがって意見陳述の機会が全く与えられなかった正体不明の関係証拠なるものを用いて行われたとする資格審査なるものの存在を,民事訴訟において引用することは到底許されない。
(2) 本件各呼出しが正当であることについて
ア 原審は,「X1書記長による本件組合ビラ2配布行為は本件就業規則22条1項及び23条に違反しないものであり,原告(控訴人)においては,本件組合ビラ2配布行為について,X1書記長を問責することは許されないことになる。」と,いったんはしたものの,「しかし,これは,本件組合ビラ2配布行為の適否を後方視的に判断した上での結論であり・・・本件組合ビラ2配布行為が誰の目からみても違法でないことが明らかであるとまでいえるものではない。」とし,さらに「X1書記長が本件詰所において組合活動として本件組合ビラ2を配布する場合には,許可手続を執るのが本則であるといわなければならず・・・本件就業規則22条1項及び23条に違反するかどうかに関する解釈は,これらの規定が事前許可を得ることを要件として定めていることを無意味なものとするものではない。」などとし,最後に「そうすると,原告がX1書記長に対して本件組合ビラ2配布行為について注意指導を行うためにした本件各呼出し自体は,事前の許可を得ていないことについて注意指導をするための呼出しとして不当なものとはいえない。」と判示している。
しかし,これは,極めて曖味で法律的とはいい難い表現である。この判断部分を,法律的にいい改めれば,本件各呼出しは,控訴人とX1書記長との間に成立している労働契約の内容として,本件就業規則22条1項及び23条の定めが存在しており,控訴人がこの契約上の権利に基づき,それらの条項が定める義務を負う社員としてのX1書記長に対してした適法な契約上の権利行使ということになる。
イ X1書記長は,労働契約上の義務を故意に無視し,控訴人の管理者が会社施設内における無許可のビラ配布をやめるよう注意指導したにもかかわらず,これを聞き入れず,控訴人がX1書記長に本件就業規則の定める内容を遵守することを注意指導するための本件各呼出しにも,故意に応じなかったのである。
その当時,争議行為も起きてはいない控訴人においては,X1書記長の行ったように就業規則の定めに違反してでも緊急に被控訴人補助参加人東海労の組合員やその他の社員に情報を伝達しなければならない事情など,全くなかった。そのような平穏な労使関係の下で,X1書記長は,故意に本件就業規則の定めに違反する行為に及んだのである。そのような行為が行われている時,原審の判示するように,「形式的に本件就業規則22条1項及び23条に違反するようにみえるが,本件詰所内の規律,秩序を乱すおそれのない特別の事情があったものといえるから,実質的には上記各規定に違反しないもの」などと解することは,原則と例外を取り違えるもので,本末転倒も甚だしい。
ウ 本件就業規則22条1項及び23条は,原審も判示しているとおり,控訴人の業務の正常な運営を確保し,企業の健全な維持・発展を図るために設けられたものである。これらの目的は,詰所内の規律が現実に乱されないなどというような些末な状態のみを指しているわけではない。控訴人が,上記各規定を設けたのは,控訴人という企業の中の人的・物的組織がいついかなる時も整然と秩序を保って維持継続して事業目的の遂行に当たることができる状態を目的としたものである。
すなわち,控訴人の前身であった国鉄の末期,国鉄の経営陣が日々の適切な労務管理を怠ったために,ヤミ協定,悪慣行が数多く蓄積され,働き度が下がるとともにサービスは低下し,現場の規律も極めて悪化し,国鉄が企業として存続不能の状態に陥ったことは,ごく近い歴史的事実として存在しているところである。
ところで,企業=使用者の施設は,当該使用者の事業目的を達成するために設けられたものであるから,当該使用者の施設管理権に服するものであって,従業員は事業目的達成のために,企業施設を使用することは認められているが,それ以外には当然の権利として使用できるものではない。使用者が就業規則によって,従業員が事業・目的以外に施設を利用する場合は,あらかじめ使用者の許可を得なければならないと定めているケースがごく一般的に見られるのも,上記施設管理権が認められることからして当然のことである。ところが,このような定めがあるにもかかわらず,従業員が当該就業規則の規定を無視して,無許可で企業施設を事業目的以外に使用し続けた場合,これを労使慣行と呼び,このような慣行は当該就業規則の定めを変更する効力があるものとする判例が少なからず見られるところである。また,当該就業規則の定めはそうした労使慣行どおりに改められたと解すべきであると明言しなくても,会社施設利用についての従来の黙認を撤回して組合に使用させなかったことは,組合運営への支配介入であり,かつ施設管理権の濫用である旨判示したり,学説の中には,事実上労使慣行による就業規則の変更又は就業規則の無力化を肯定する見解が多数存在する。
上述のような学説や判例の見解が存在する以上,就業規則に反する従業員の行為が慣行化すれば,就業規則によって守られている企業秩序が破壊され,それが高じれば倒産の憂き目さえ見ることは,過去における国鉄の事例が何よりも雄弁に物語っている。したがって,控訴人のみではなく,すべての企業において,程度の差こそあれ,就業規則に反する従業員の行為が慣行化しないように,たとえ些細な違反行為であっても,絶えず厳重に注意指導するのは当然である。
エ 原審は,「本件組合ビラ2の配布により本件詰所内の規律,秩序が乱れ又は乱れる具体的なおそれがあったことをうかがわせる事情を認め得る客観的な証拠はない。」と判示しているが,誤りである。
そもそも,会社施設内における無許可のビラ配布について原審が判示する特別の事情を考慮する必要などないが,あえて述べるとすれば,甲第3号証~甲第6号証がまさにこれに該当する。これらによれば,本件初審命令が交付されて以降,控訴人の施設内において,無許可のビラ配布が頻発し,本件初審命令を盾に管理者の注意指導に従わず,反抗的な態度を取り続け,職場規律が著しく乱されるという事態が発生していることが明らかである。
(3) 本件事情聴取が不当労働行為には当たらないことについて
ア 原審は,「本件事情聴取は・・・本件各呼出しに従わなかったX1書記長の行為について,その経緯等の事実関係を聴取することを目的としたものであり,同目的のために本件事情聴取を行うこと自体は,不当なものとはいえない。」と判示している。
しかしながら,原審は,本件事情聴取の目的を「その経緯等の事実関係を聴取すること」のみに限定しようとの意図がうかがえるところ,本件のような事案において,そのように事情聴取の目的を殊更限定することは,不自然かつ不当というべきである。
そもそも本件事情聴取は,控訴人がX1書記長に対して業務命令として本件各呼出しを行ったのに対して,X1書記長がこれを拒否したことからされることになったものであり,X1書記長が本件各呼出しを受けたのは,X1書記長が平成17年3月14日と同月16日の2回にわたり就業規則22条1項及び23条に違反して会社施設内における無許可のビラ配布を行ったからである。したがって,本件事情聴取は,X1書記長のこのような控訴人による業務上の指示に対する一連の無視ないし拒否を前提としているという事情があり,その最終的な目的は,当然X1書記長から事情を聴き取るということだけではなく,そのような業務命令を無視ないし拒否することが,社員として労働契約上の義務に反し,不当な行為であることを指摘し,必要に応じて注意指導することをも含んでいることは,社会通念上当然のことというべきだからである。
イ 原審は,平成17年3月17日午前中の事情聴取について,「X1書記長は,同月17日の事情聴取では,午前中は,本件呼出し1に関して,Y5助役による事情聴取にまがりなりにも応答し,顛末書の作成にも応じ,顛未書への押印だけを残すところまでいった」と判示している。
しかしながら,実際には,X1書記長は業務命令違反について事情聴取を受ける身でありながら,業務命令である本件各呼出しに従わなかったことについて反省するどころか,同月16日に総務科に来るよう指示した理由は何かと執拗に同じ質問を繰り返したのである。その態度自体からして,X1書記長が業務命令に応じなかったことの違法・不当性について反省していないことが顕著であったのであり,「まがりなりにも応答」したなどという,原審の評価は正鵠を射ていないことは明白であり,少なくともX1書記長が本件呼出し1を無視したことについて反省している様子はなかったことが明らかである。
また,原審の判示によっても,X1書記長が,同月18日には,当初拒否的な対応を示していたが,午後になって,業務命令を守る意思を表明するなどしたために,これによって最終的な目的が達せられたものとして,Y5助役が本件事情聴取を終了したことが明らかである。
ところが,原審は,「以上の本件事情聴取の状況からすると,同月17日午後の事情聴取において,X1書記長の事情聴取に対する拒否的な態度が変わることは期待できない状況にあり,このことは,Y5助役においても,遅くとも本件就業規則総則服務規定の書き写しを命じた時点までには認識し得たものと認められる・・・。そうすると,Y5助役においては,それ以降事情聴取を続行しても成果が得られないことも認識し得たものというべきであり,現に,Y5助役は,X1書記長の上記態度が上記書き写しの作業が終わった後にも変わらなかったことから,同日の事情聴取を打ち切っているのである。」と判示している。
しかし,原審の「X1書記長の事情聴取に対する拒否的な態度が変わることは期待できない状況」であるとか,「現に,Y5助役は,X1書記長の上記態度が上記書き写しの作業が終わった後にも変わらなかったことから,同日の事情聴取を打ち切っている」との判断は,あくまでも,原審裁判官らが,もうX1書記長を反省させることは不可能だと考えたという趣旨の判示にすぎないことは明白であり,原審裁判官らがY5助役らの立場になり替わってした憶測に基づく判断以外の何ものでもない。
原審は,さらに,「本件事情聴取は,少なくとも,同日(同月17日)午後に本件就業規則総則服務規定の書き写しを命じた時点から同日の事情聴取の終了までの間のもの,及び,同月18日午前にいったん打ち切った時点以降の間のものについては,事情聴取を続ける必要性,実効性に欠けるものということができ,そのような中で事情聴取に応じることを求めるY5助役らの行為は,X1書記長に応答を強制する側面があるものである。」と判示している。
しかし,上記の判示部分も,原審裁判官らが,Y5助役らの立場になり替わった上でした判断にすぎない。
原審裁判官らは,上記のようにY5助役らになり替わって判断をしているにもかかわらず,本件事情聴取を打ち切った後,控訴人が,代わりの手段として,どのような手段を講じるべきであったのかについては,何の説示もしていない。このことに気付かなかったことにおいても,原審の判断は不合理なものといわなければならない。
仮にその目的が達成されていない状況で本件事情聴取を打ち切るとすれば,控訴人としては,上述した悪しき労使慣行の発生を阻止するため,X1書記長に対して何らかの別の対応が必要となるはずであり,例えば,(ア)業務上の指示に違反したことを理由として,しかるべき懲戒処分に付する,(イ)別の職場に配置転換して様子をみる,(ウ)出向させるなどといった選択肢も考えちれる。控訴人が,上記(ア)~(ウ)の手段に移るのではなく,必要な注意指導を続けることにより,X1書記長の自覚を促そうという判断をしたことを見落としてはならない。このような控訴人の判断は,就業規則を遵守しない部下を持つ管理者に許容された合理的裁量判断の範囲内のものであることは明白である。本件事情聴取を継続するか打ち切るかは,控訴人の裁量判断によるべきもので,これを不適切で不当労働行為に当たるとした原審の判断は,最高裁昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁等に違反する。
ウ 原審は,「Y5助役がX1書記長に本件就業規則総則服務規定の書き写しを命じたことは,X1書記長に対する嫌がらせ的な行為であるとの評価を免れず,相当性を欠く」などと判示し,その理由として,3つの理由を挙げているが,それらはいずれも失当である。
(ア) 原審は,「本件事情聴取は,X1書記長が本件各呼出しに従わなかったという各業務命令違反についてその経緯等の事実関係を聴取することを目的としたものであることからすると,本件就業規則総則服務規定の書き写しは,同目的の範囲外の行為であるといえる。」と判示しているが,この原審の判断が合理的理由もなく,本件事情聴取の目的を狭めようとするものであって失当であることは,上記のとおりである。
(イ) 原審は,控訴人がX1書記長に対して就業規則を書き写させた目的が,X1書記長が社員の義務である業務命令に従うことの重要性について認識に欠けた態度を示し,本件各呼出しに従わなかったことに対する反省の様子もうかがえなかったため,業務命令に関係する同規定の内容を理解させることにあったと主張したことに対して,「X1書記長が事情聴取に対して拒否的な態度に出たのは,X1書記長が同規定の内容や意義を知らなかったことによるのではなく・・・組合ビラ配布に対して原告が強硬な対応をしていることに反発し,抗議する趣旨であったものと解することができ,以上の点は,本件事情聴取を行ったY5助役においても,十分認識可能であったと考えられる。」などとし,控訴人において,これ以上指導教育するべきではないかのように判示している。
しかしながら,X1書記長が拒否的態度に出た理由が,原審が認定したとおりであるならば,そのようなX1書記長の行為は,そもそも控訴人とX1書記長との間の労働契約において合意された本件就業規則22条1項及び23条を守るべき義務を無視する行為であり,控訴人はこれを受忍しなければならない法律上の立場にはない。
控訴人としては,社員としてのX1書記長が,就業規則を無視した行為についていかに自説を述べたてようと,これを受け入れることはできないのであり,それは労働契約の一方当事者としての当然の権利であるから,就業規則の該当箇所を示して,その理解を求め指導教育するという方策は,使用者に認められる適法な選択肢の1つである。
(ウ) 原審は,「Y5助役がX1書記長に業務命令によって同規定の書き写しをさせたことは,X1書記長に対して一種の屈服感を与え,精神的な負担を及ぼすだけの結果に終わるものであったということができる。」と判示している。これは,控訴人にX1書記長の自説を認めろというに等しく,契約自由の原則を無視するものである。
(4) 本件掲示物撒去を違法とした原審の誤りについて原審は,組合掲示板の使用について定める本件協約227条1項,228条1項及び229条の各規定は,「組合活動に関する総則規定である本件協約216条・・・と併せかんがみると,原告(控訴人)において,被告補助参加人(被控訴人補助参加人)らが組合活動としてその運営に必要な情報伝達をするために組合掲示板を使用することを認めるが,掲示物が本件撤去要件に該当する場合には,原則として正当な組合活動とはいえないことから,原告においてその撤去をすることができるものとするという趣旨で定めたものと解される。」と判示している。
しかし,原審は,本件協約228条の解釈を誤ったものである。すなわち,本件協約が締結されるにつき,労使間において,掲示物の掲出行為が「正当な組合活動」であるか否かということを判断し)撤去要件として定める旨の合意がされたこともないし,労使双方からそのような発言がされてそれが了解された事実もない。掲示物撤去に当たっては,協約に定められた撤去要件に該当するか否かのみを判断すればよいのであり,撤去要件に該当するものは,「正当な組合活動とはいえない」のである。
なお,本件協約216条は,単に控訴人が労働組合員に対し,正当な組合活動の自由を認め,これがされたことについて不利益な扱いをしない,との一般的な記載をしているのであり,これは掲示物に関する撤去要件として,どのようなものを定めるかという労使間の合意の事実とは全く関係がない。
(5) 本件各掲示物が本件撤去要件に該当するか否かは,本件協約228条に定められた「会社の信用を傷つけ,政治活動を目的とし,個人を誹謗し,事実に反し,または職場規律を乱すものであってはならない」という各撤去事由が一義的に明確であるため,その文言に当たるか否かという問題であり,それは掲示物の記載自体を対象に,一般常識に照らして客観的に判断されるべきものである。
しかしながら,原審は,「当該掲示物の掲出が正当な組合活動とはいえないものであって本件撤去要件に実質的に該当するといえるか否かを検討すべきである。」などと本件撤去要件該当性の判断に同条の文言を離れた独自の基準を持ち出している。このことは,控訴人と被控訴人補助参加人東海労との間において自主的に設定された労使間のルールに対して,原審が新たな判断基準を設けて介入するに等しく,協約当事者の意思に反し,協約自治の原則を否定するものである。
(6) 本件掲示物の撤去要件該当性に係る原審の誤りについて
ア 本件掲示物2の本件撤去要件該当性について
(ア) 原審は,原判決別紙2の①の記載は,「本件組合ビラ2の見出しの部分であり,問いかけ文になっている」のであり,「日常的に行われている『パワーハラスメント』」という文言は,問いかけ文の構成部分にすぎず,当該記載をもって直ちに原告において日常的に「パワーハラスメント」が行われているという事実を指摘するものと解するのは相当でない。」と判示している。
しかし,「日常的に行われている『パワーハラスメント』」という記載のすぐ下には枠に囲んだ形で,「会社で管理者が社員に対し自分の立場・地位を利用して,いじめ・嫌がらせを繰り返し肉体的・精神的苦痛を与え,病気に追い込むこと。」と,「問いかけ」に対する回答が記載されているのであり,当該記載は,「問いかけ文」の形式をとっているものの,「今JR東海では日常的にパワーハラスメントが行われている」ことを事実として指摘したものであり,これが控訴人や管理者の信用を著しく傷つけることは,明らかである。
また,原審は「本件組合掲示板を見るのが主に会社関係者に限られていることを併せ考慮する」と判示しているが,原審が殊更組合掲示板の設置箇所や状況を撤去要件該当性の判断の際に考慮することは,失当である。
(イ) 原審は,原判決別紙2の②の記載について「当該記載は,本件撤去要件のうちの事実に反するもの又は会社の信用を傷つけるものに当たる余地がある。」と判断しているのであるから,このような判断に基づけば,上記記載が事実に反し,控訴人の信用を傷つけるものであるため,本件撤去要件に該当し,控訴人による撤去が正当なものであるとするのが当然の論理的帰結である。
(ウ) 原審は,原判決別紙2の③の記載について「本件各呼出しが本件詰所において組合ビラを配布することについて事前の許可を得ていないことについて注意指導をするためのものであるという点において不当なものとはいえないものであることは・・説示したとおりであり,その観点からは,本件各呼出しが本件協約216条の規定に反するものとは直ちにいうことができ」ないと判示し,「当該記載は,本件撤去要件のうちの事実に反するもの又は会社の信用を傷つけるものに当たる余地がある。」と判断している。このような判断に基づけば,上記記載が事実に反し,控訴人の信用を傷つけるものであるため,本件撤去要件に該当し,控訴人による撤去が正当なものであるとするのが当然の論理的帰結である。
(エ) 原判決別紙2の④の記載については,控訴人が社員を呼び出す際に,一々理由を告げる必要はなく,X1書記長自身,本件各呼出しの理由をしっかり認識していたのであるから,撤去要件該当性の判断においては,X1書記長に対して本件各呼出しの理由を告げなかったことが何らかの非難の対象となるのか否かが問題とされなければならない。
(オ) 原審は,原判決別紙2の⑤の記載について,「本件各呼出しに関してX1書記長と直接対応したのはY5助役,Y4助役及びY6科長であり,Y1所長はX1書記長とは直接対応していないから,当該記裁のうち呼出しの理由を明らかにしない主体をY1所長としている点は,形式的には事実に反するものである。」,「呼出しの理由を明らかにしない主体をY1所長に限定して記載した点は,実際の事実関係に照らして問題がなくはない」としており,この記載が事実に反することを明確に認定しているのである。このような判断に基づけば,上記記載が事実に反するため,本件撤去要件に該当し,控訴人による撤去が正当なものであるとするのが当然の論理的帰結である。
(カ) 原判決別紙2の⑥の記載は,その前段の流れからしても,あたかも控訴人が「業務指示」を乱発し,それに従わなければ「業務指示違反」をもって顛末書の強要を執拗に行うことで,「『業務指示違反』をしたかのようにJR東海労役員を悪者にし,問題の核心点を姑息なやり方でごまかそうとしている」などということを事実として指摘したものであり,「被告補助参加人分会(被控訴人補助参加人分会)の認識,見解を強調して述べているもの」にとどまるものではないことは明らかである。したがって,同記載は,原審が説示するように,「その表現ぶりが穏当さを欠いている」ばかりでなく,明らかに事実に反し,控訴人の信用を傷つけるものにほかならない。
(キ) 原審は,原判決別紙2の⑦の記載について「事実を指摘したものとはいい難」いと説示しているが,同記載は「客観的,常識的に」観察すれば,だれの目から見ても,控訴人が「不当労働行為をごまかすために『パワーハラスメント』による人権をも無視した会社の姑息なやり方」をしたなどということを事実として指摘したものである。しかるに,控訴人において「パワーハラスメント」が行われた事実などないのであるから,⑦の記載が,事実に反し,控訴人の信用を傷つけ,ひいては職場規律を乱すことにもなることは明らかである。
イ 本件掲示物1の本件撤去要件該当性について
被控訴人補助参加人らは,本件掲示物1を控訴人の管理者が撤去,返却したことが不当労働行為であると捉え,大阪府労働委員会に対して本件初審申立てを行ったところ,被控訴人補助参加人らは,この掲示物の原本を初審から現在に至るまで証拠として提出していない。そのため,初審及び中労委平成19年(不再)第32号事件では,その写しとして提出した乙第38号証が,その表題からして原本と異なっていることが明白であるのにかかわらず,救済命令が出されているのである。
しかしながら,その救済申立ての重要な証拠物たる掲示物の原本が証拠として提出されておらず,その正確な記載内容すらも明らかにされていない以上,本件掲示物1の撤去に対する救済申立ては,民事訴訟における挙証責任の原則からしてそもそも成立し得ないことは明らかである。
被控訴人補助参加人らは,本件初審事件において,本件掲示物1の原本を廃棄した理由について「模造紙ですから,保管そのものに折り曲げてもかさばりますので。」などと,救済を申立てる者が行うとは通常考えられないようなことを述べていたが,本来,救済申立てを行った被控訴人補助参加人らが,本件掲示物1の記載内容を正確に明らかにできない時点で,かかる部分における救済申立てが却下されるべきものであることは明白である。
(7) ポスト・ノーティスについて
ア 原審は,「本件救済命令の主文に記載の文書交付を選択したことは相当であるということができ,これについて中央労働委員会の救済措置の選択に係る裁量権を逸脱し又は濫用したものとはいえない。」と判示した。
しかし,ポスト・ノーティスを命じることは補充的かつ裁量的救済措置であるから,仮に不当労働行為の成立が肯定されるとしても,そのことのゆえにポスト・ノーティスを命じるまでの必要性があるかどうかを慎重に判断した上で,その許否を決すべきである。そして,本件においては,本件救済命令が被控訴人補助参加人らに送達されれば足り,文書手交を命じなければならない特段の事情はなく,原審はこのことにつき何も判断を示していないから,理由不備である。
イ 本件においては,請求する救済の内容,不当労働行為を構成する事実についての主張及び証拠の提出は,すべて被控訴人補助参加人ら三者が一体となってされており,本件初審命令及び本件救済命令においても,被控訴人補助参加人ら三者共通の主文及び理由が示されていることから,被控訴人補助参加人らは完全に一体をなしており,審査の全過程を通じて,被控訴人補助参加人らの間に真実何らかの自主性・独自性が存在するものと解し得る余地など全く存在しない。
仮に労働組合の下部組織にも当事者能力が認められるとされた場合には,被控訴人補助参加人らが救済命令請求権者という債権者的立場にあることを念頭に置いた上で,被控訴人補助参加人らは,連帯債権者的立場にあるものと解することが最も妥当である。そうすると,本件救済命令が,被控訴人補助参加人らにあてた文書を被控訴人補助参加人らのそれぞれに交付することを控訴人に命じたのは,連帯債権者のうちの1人に対して当該文書を手交すれば,他の連帯債権者の債権も当然消滅するという連帯債権の法理からみて,明らかに不必要な義務を控訴人に課すものとの非難を免れ難いところであり,本件救済命令は,この点においても違法である。
(8) 原審のその他の瑕疵について
控訴人が,被控訴人補助参加人らがした本件初審申立ての一部について,大阪府労働委員会が判断を脱漏したこと(結論を主文に表示しなかったこと)は違法であり,これを看過した本件救済命令も違法である旨主張したのに対し,原審は,控訴人の主張を退けた。
しかし,判断を示す必要はないと解される理由については,何らの説示もされていない。その上,原審のような解釈に従った場合には,救済申立てを全部棄却する場合には,主文には何らの記載もしなくてもよいことになってしまう。また,全部棄却の場合にはその旨を示す必要があるとすると,それでは,全部棄却の場合と一部棄却の場合とで取扱いを異にする(又は異にしなければならない)論拠はどこにあるのか,その説明に窮することとなる。原審は,明らかに誤りというほかはない。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,本件救済命令の取消しを求める控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は,原判決34頁17行目の「39,40」を「38,39」と,同54頁6行目及び同57頁9行目の「本件組合ビラ2」を「本件掲示物2」と,それぞれ改め,後記2のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 控訴人の当審における主張にかんがみ,理由を付加する。
(1) 控訴人は,原審が被控訴人補助参加人分会の当事者能力及び救済申立人適格を認めたことについて,極めて不当であって,到底是認されるべきものではないなどとし,上記第2の5(1)アないしエのように主張する。
しかし,被控訴人補助参加人分会が民訴法29条の規定により当事者能力が認められる権利能力なき社団であり,使用者の不当労働行為に対して救済申立てをすることができる労働組合としての実体を備えているというべきことは,引用に係る原判決が判示するとおりであり,控訴人の主張は,次のとおり,理由がない。
ア 控訴人は,原審が証拠として挙示している丁第1号証~丁第4号証は,いずれも証拠としての価値を有しないものであると主張する。
確かに,控訴人の主張するとおり,上記各証拠は,原審の第4回口頭弁論期日(平成21年9月24日)において,原審裁判所から,被控訴人補助参加人分会に対し,救済申立ての適格性を基礎付ける証拠の提出を促され,原審の第6回口頭弁論期日(同年12月17日)に提出されたものであり,そのうち丁第2号証及び丁第3号証は,平成21年度定期大会に関するものであることが認められる。
しかし,丁第1号証(分会規約)の体裁及び内容に照らすと,同号証のの真正について疑いを差し挟むような具体的な間題点は見当たらないから,同号証は真正に成立したものと認められるところ,分会規約21条によれば,同規約は,1995年(平成7年)9月13日から施行する旨が定められており,上記提出の経緯を考慮しても,これが虚偽の内容を記載したものというべき根拠はないから,本件救済命令の対象となった不当労働行為があった平成17年当時から,同規約は存在していたものと認められる。そして,丁第2~第4号証についても,その真正を否定する事情はない。
イ 控訴人は,元来,権利義務の主体である団体自体ではない構成部分(下部組織)については,独自性を有しないとすることが社会通念であるから,これを覆して被控訴人補助参加人分会の活動に係る独自性を肯認するためには,有力な証拠の存在を必要とすると解すべきであるなどと主張するが,権利能力なき社団の下部組織であるからといって,当然に当事者能力等が認められないものではなく,控訴人の主張するような社会通念の存在が認められるとはいえない。
ウ 控訴人は,中央労働委員会の平成20年11月26日付け資格審査決定は,被控訴人補助参加人分会の救済申立人適格を肯認しているが,これは明らかに誤りであると主張して,最高裁昭和60年7月19日判決を引用するとともに,本件協約には,関西地区においては,被控訴人補助参加人東海労の下部組織である被控訴人補助参加人関西地本についてのみ協約に定めがあり,その更に下部組織である被控訴人補助参加人分会については協約に定めがないことなどを指摘する。
しかし,上記最高裁判決は,救済命令の名あて人について判断したものであって,本件とは事案を異にするものであり,救済申立人適格についてそのまま妥当するものではない。また,確かに,本件協約には,被控訴人補助参加人関西地本の下部組織である被控訴人補助参加人分会についての定めはないが,民訴法上の当事者能力の有無や,使用者の不当労働行為に対する救済申立てをすることができる労働組合に当たるか否かは,その団体の実体に則して判断されるものであるから,本件協約に被控訴人補助参加人分会についての定めがないことは,これらを否定する根拠となるものではない。
エ 控訴人は,被控訴人が,本件初審事件及び中労委平成19年(不再)第32号事件において提出された関係証拠等によれば,被控訴人補助参加人分会が独立した労働組合であることは明らかである旨主張することに対し,そもそも訴訟で用いられる証拠は当事者の吟味,弾劾の機会を経たものに限られるなどと主張する。
確かに,訴訟で用いられる証拠は当事者の吟味,弾劾の機会を経たものに限られることは,民事訴訟の基本原則であるが,引用に係る原判決は,そのような証拠を採用して,被控訴人補助参加人分会の当事者能力及び不当労働能力に対する救済申立人適格を認めたものではない。
なお,控訴人の主張は,被控訴人補助参加人分会が労働組合法2条及び5条2項の規定に適合するものと認める旨の資格審査決定は,控訴人の意見陳述の機会が全く与えられなかった証拠を用いて行われたものであり,そのような資格審査の存在を,民事訴訟において引用することは許されないという趣旨の主張と解されるが,同資格審査が行われたことは甲第1号証によって明らかであり,原審は,同資格審査が行われたこと自体を摘示したものにすぎない。
(2) 控訴人は,「本件各呼出し自体は,事前の許可を得ていないことについて注意指導をするための呼出しとして不当なものとはいえない。」と判示したことについて,極めて曖昧で法律的とはいい難い表現であるなどとして,上記第2の5(2)アないしエのとおり主張する。しかし,控訴人の主張は,次のとおり,理由がない。
ア 本件救済命令は,本件各呼出しは不当労働行為とまではいえないとして,これを救済の対象とはしておらず,そのことは本件の直接の争点ではない。原審がこれを取り上げて判断を示したのも,本件事情聴取が不当労働行為に当たるか否かが争点となっていたことから,その判断の過程で,本件各呼出しについて触れたものにすぎない。そして,原審は,本件各呼出し自体は不当なものとはいえないとし,さらに,そのような本件各呼出しに従わなかったX1書記長に対して本件事情聴取を行うこと自体も,不当なものではないと判示しているのであるから,控訴人の主張は,そもそも原審の結論を左右するものではない。
イ 控訴人は,X1書記長は,故意に本件就業規則の定めに違反する行為に及んだのであり,原審が判示するように,「形式的に本件就業規則22条1項及び23条に違反するようにみえるが,本件詰所内の規律,秩序を乱すおそれのない特別の事情があったものといえるから,実質的には上記各規定に違反しないもの」などと解することは,本末転倒であると主張する。
しかし,本件組合ビラ2配布行為が本件就業規則22条1項及び23条に違反するものではないと解すべきことは後述のとおりであって,控訴人の主張は,その前提を誤るものである。
ウ 控訴人は,本件就業規則22条1項及び23条は,控訴人の業務の正常な運営を確保し,企業の健全な維持・発展を図るために設けられたものであるが,これらの目的は,原審の判示する,詰所内の規律が現実に乱されないなどというような些末な状態のみを指しているわけではなく,控訴人という企業の中の人的・物的組織がいついかなる時も整然と秩序を保って維持継続して事業目的の遂行に当たることができる状態を目的としたものであるとし,就業規則に反する従業員の行為が慣行化しないように,たとえ些細な違反行為であっても,絶えず厳重に注意指導するのは当然であると主張して,原審の上記判示を論難する。
しかし,原審は,本件事情聴取の不当労働行為該当性を判断するに際し,その前提を成しかつ密接に関連する事情として,本件各呼出しの当否を検討する必要があるとし,その検討に際し,本件組合ビラ2配布行為について言及したものである。そして,原審は,本件呼出し自体は不当なものとはいえないと判示しているのであるから,控訴人の主張は上記結論を直ちに左右するものではない。そして,本件協約216条には,「会社は,組合員の正当な組合活動の自由を認め,これにより不利益な扱いをしない。」と定められているのであるから,本件就業規則22条1項及び23条によって禁止されている行為を実質的に判断すべきことは当然であって,この点についての原審の判断には誤りはない。
エ 控訴人は,原審は,「本件組合ビラ2の配布により本件詰所内の規律,秩序が乱れ又は乱れる具体的なおそれがあったことをうかがわせる事清を認め得る客観的な証拠はない。」と判示しているが,本件初審命令が交付されて以降,控訴人の施設内において,無許可のビラ配布が頻発し,本件初審命令を盾に管理者の注意指導に従わず,反抗的な態度を取り続け,職場規律が著しく乱されるという事態が発生していることが明らかであって,原審の判断は誤りであるなどと主張する。
しかし,原審は,本件組合ビラ2配布行為自体によって,本件詰所内の規律,秩序が乱れ又は乱れる具体的なおそれがあったかを問題にしているのであって,このような事情を認め得る客観的な証拠はないものというほかない。そして,無許可のビラ配布であっても,それが本件組合ビラ2配布と同様に許容されるものであるのなら,これをもって職場規律が著しく乱されるということはできない。
(3) 控訴人は,本件事情聴取は不当労働行為には当たらないとし,上記第2の5(3)アないしウのとおり主張する。
しかし,控訴人の主張は,次のとおり理由がない。
ア 控訴人は,原審は,本件事情聴取の目的を「その経緯等の事実関係を聴取すること」のみに限定しようとの意図がうかがえるが,その最終的な目的は,当然X1書記長から事情を聴き取るということだけではなく,そのような業務命令を無視ないし拒否することが,社員として労働契約上の義務に反し,不当な行為であることを指摘し,必要に応じて注意指導することをも含んでいることは,社会通念上当然であるなどと主張する。
しかし,本件事情聴取の最終的な目的が,控訴人の主張のとおりであるとしても,それは,X1書記長から,本件各呼出しに従わなかった行為の経緯等を聴取した結果から判断されるべきものであって,当初から確定的に目的とされる性質のものではない。原審の判示が不相当なものであるとはいえない。
イ(ア) 控訴人は,X1書記長は平成17年3月17日は業務命令に応じなかったことの違法・不当性について反省していないことが顕著であったのであり,「まがりなりにも応答」したなどという,原審の評価は正鵠を射ていないことは明白であるなどと主張する。
しかし,反省の有無は主観的な問題であって,X1書記長が反省していたか否かは証拠上明らかではなく,X1書記長の同日午前中の事情聴取に対する態度について,Y5助役による事情聴取に「まがりなりにも応答したという原審の判示は相当である。
(イ) 控訴人は,原審の判示によっても,平成17年3月18日にY5助役が本件事情聴取を終了したのは,最終的な目的が達せられたからであることが明らかであるのに,原審は,Y5助役になり替わって不合理な判断をしているなどと主張する。
しかし,原審は,本件事情聴取の状況から,客観的にみて,その続行の必要性,実効性を判断したものであって,Y5助役になり替わって,その主観的判断を分析したものではないから,控訴人の主張は,原判決を正解しないものというほかはない。したがって,本件事情聴取を打ち切った後の手段についての控訴人の主張も,すべて的外れであり,失当である。
ウ 控訴人は,原審が,「Y5助役がX1書記長に本件就業規則総則服務規定の書き写しを命じたことは,X1書記長に対する嫌がらせ的な行為であるとの評価を免れず,相当性を欠く」などと判示したが,理由として挙げた点は,いずれも失当であるなどと主張する。
確かに,本件事情聴取の目的が,X1書記長が本件各呼出しに従わなかった経緯等の事実関係を聴取することにあるとしても,そこから,直ちに本件就業規則総則服務規定の書き写しが,同目的の範囲外の行為であるとはいえない。このことは,原審が,「もっとも,本件事情聴取おいて上記の事実関係を聴取すること以外のことをすることが全く許されないとはいえない」と判示しているとおりである。
しかし,原審は,本件事情聴取の経過等を踏まえ,事情聴取を続ける必要性,実効性にかんがみ,Y5助役がX1書記長に本件就業規則総則服務規定の書き写しを命じたことが,相当性を欠くと判断したものであって,その判断過程に何ら不相当な点はない。
控訴人のその余の主張は,本件組合ビラ2の配布が本件就業規則に違反することを前提とするものであり,失当である。
(4) 控訴人は,原審は,本件協約228条の解釈を誤ったものであるとし,本件協約が締結されるにつき,労使間において,掲示物の掲出行為が「正当な組合活動」であるか否かということを判断し,撤去要件として定める旨の合意がされたこともなく,掲示物撤去に当たっては,協約に定められた撤去要件に該当するか否かのみを判断すればよいのであり,撤去要件に該当するものは,「正当な組合活動とはいえない」などと主張する。
しかし,原審が判示するとおり,組合活動に関する総則規定である本件協約216条が,「会社は,組合員の正当な組合活動の自由を認め,これにより不利益な扱いをしない。」と定めているのであるから,本件協約227条1項228条1項も,これと整合的に解釈するのが相当であって,本件協約が締結される際に,労使間において上記のような合意がされたことがないことをもって,原審の解釈が左右されるものではない。
(5) 控訴人は,本件各掲示物が本件撤去要件に該当するか否かは,本件協約228条が一義的に明確であるため,その文言に当たるか否かという問題であり,それは掲示物の記載自体を対象に,一般常識に照らして客観的に判断されるべきものであるとし,原審が,「当該掲示物の掲出が正当な組合活動とはいえないものであって本件撤去要件に実質的に該当するといえるか否かを検討すべきである」とした点を論難する。
しかし,本件協約228条は,「会社の信用を傷つけ,政治活動を目的とし,個人を誹謗し,事実に反し,または職場規律を乱すものであってはならない」と規定しているところ,これは多かれ少なかれ一定の評価を経た上で判断されるべきものであるから,各撤去事由が,控訴人のいうような,一義的に明確であるものとはいえない。そして,同条の解釈は,組合活動に関する総則規定である本件協約216条と整合的に解釈するのが相当であることは上記のとおりであり,これが協約自治の原則を否定するものでないことは明らかである。原審の本件撤去要件についての判示は相当である。
(6) 控訴人は,原審が本件各掲示物の本件撤去要件該当性について否定した判断が誤っているとして,上記第2の5(6)ア及びイのとおり主張する。
しかし,本件掲示物2について,「本件掲示物2の記載内容を全体としてみれば,本件掲示物2が伝えようとしている趣旨及び内容は,原告(控訴人)において日常的に「パワーハラスメント」が行われているという事実や,本件各呼出し及び本件事情聴取が「パワーハラスメント」に当たるという事実を指摘したものではなく,本件各呼出し及び本件事情聴取が「パワーハラスメント」にも当たるような不当なものではないかという問題点を指摘し,原告が本件各呼出し及び本件事情聴取を行ったことについて抗議するものであるといえる」とした上で,原判決別紙2の①ないし⑦の記載について,本件撤去要件該当性を判断し,いずれもこれを否定した原審の判断は,相当である。そして,本件撤去要件には,会社の信用を傷つけるものではあってはならない旨が定められており,かつ,控訴人が本件各掲示物は控訴人の信用や名誉を毀損するものであると主張しているのであるから,原審が,その判断の際,本件組合掲示板が本件詰所奥の下駄箱室内にあることを考慮していることも,相当である。
また,控訴人は,被控訴人補助参加人らが,本件掲示物1について,その原本の提出をしておらず,その正確な記載内容すらも明らかにしていない以上,民事訴訟における挙証責任の原則からして,そもそもその救済申立てが却下されることはあまりにも明白であるなどと主張する。
しかし,原本が提出されていなくても,他の証拠でその内容を確定することは可能であって,それを前提に救済命令の判断をすることは何ら問題ではない。
(7) 控訴人は,ポスト・ノーティスを命じることは補充的かつ裁量的救済措置であるから,仮に不当労働行為の成立が肯定されるとしても,そのことのゆえにポスト・ノーティスを命じる救済命令が当然適法視されるわけではないと主張する。
確かに,不当労働行為救済制度は,使用者の不当労働行為によって生じた労使関係の歪みを是正することによって将来に向けて労使関係の正常化を図る制度であるから,過去における不当労働行為の成立は認められるが,それによって生じた歪みは既に当事者間において是正されており,労使関係の正常化が果たされているというような場合には,救済の必要はない。
しかし,控訴人と被控訴人補助参加人らとの間では,不当労働行為の成立を巡って激しく対立しており,労使関係の正常化がいまだ果たされていないことは明らかである。そして,本件救済命令の内容は,中央労働委員会において,不当労働行為であることを認定されたこと,及び今後このような行為を繰り返さないようにする旨の文書を被控訴人補助参加人らに手交するにとどまるものであるから,不当労働行為救済制度の上記目的のために必要最小限の作為を命じたものと解するのが相当である。したがって,本件救済命令において救済措置の選択に係る裁量権を逸脱し又は濫用したものとはいえない。
控訴人は,被控訴人補助参加人らは,完全に一体をなしており,審査の全過程を通じて,被控訴人補助参加人らの間に何らかの自主性・独自性が存在するものと解し得る余地など全く存在しないなどと主張するが,被控訴人補助参加人分会に当事者能力及び不当労働行為に対する救済申立ての適格が認められることについて判示したところから,その自主性・独自性が認められることは明らかである。
また,控訴人は,仮に労働組合の下部組織にも当事者能力が認められるとされた場合でも,被控訴人補助参加人らが救済命令請求権者という債権者的立場にあるから,本件救済命令が被控訴人補助参加人らにあてた文書を被控訴人補助参加人らのそれぞれに交付することを控訴人に命じたのは,連帯債権者のうちの1人に対して当該文書を手交すれば,他の連帯債権者の債権も当然消滅するという連帯債権の法理からみて,明らかに不必要な義務を控訴人に課すものとの非難を免れ難いなどと主張するが,被控訴人補助参加人らがそのような関係にあるという実体法的な根拠は何ら見いだすことはできない。
(8) 控訴人は,本件初審申立ての一部について,大阪府労働委員会が判断を脱漏したこと(結論を主文に表示しなかったこと)は違法であり,これを看過した本件救済命令も違法であるとした上,原審が,「救済申立てにおける申立ての趣旨は,民事訴訟における請求の趣旨のように限定的に解する必要はなく・・・請求どおりの救済が与えられなかった部分ごとに『申立てを棄却する』旨の判断を示す必要はないと解される。」と判示した点は誤りであると主張する。
しかし,この点についての原審の判断は相当である上,仮に控訴人の主張のとおり,本件初審命令に瑕疵があったとしても,本件救済命令に取消事由があるとは解し得ず,控訴理由になるものではない。
3 以上によれば,原判決は正当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第2 民事部
(別紙)
当事者目録
控訴人 東海旅客鉄道株式会社
被控訴人 国
処分行政庁 中央労働委員会
被控訴人補助参加人 ジェイアール東海労働組合
被控訴人補助参加人 ジェイアール東海労働組合新幹線関西地方本部
被控訴人補助参加人 ジェイアール東海労働組合新幹線関西地方本部大阪台車検査車両所分会