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東京高等裁判所 平成23年(う)1331号 判決 2011年11月09日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役8年に処する。

原審における未決勾留日数中230日をその刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は,弁護人岡部玲子作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意書の誤記訂正書(なお,弁護人は,当審第1回公判期日において,控訴趣意書の第3の項の量刑不当の主張は原判決の認定事実を前提としたものである旨釈明した。)に記載されたとおりであるから,これらを引用する。

第1  理由齟齬の主張について

1  論旨は,要するに,原判決は,「罪となるべき事実」の第2(以下「町田事件」という。)において,被告人が共犯者と共謀の上,「被害者の背後から,その目と口を手で塞いで地面に押し倒して,同人の身体を押さえ付けた上,その目と口に持参した粘着テープを貼り付け,その手首等を粘着テープ等で縛るなどの暴行を加えた」旨認定したが,これらの暴行のみでは,被害者に原判示の「加療約194日間を要する左眼窩骨折,顔面打撲傷,肋骨外傷,右大腿打撲,両上腕打撲等の傷害」が生じないことは証拠上明らかであるにもかかわらず,その受傷経過について説示せず,他方で,「量刑の理由」の項では,「被害者は半年以上の加療を要する重傷を負い」と説示し,この点を量刑上重要な要素として考慮しているのであって,原判決は,被害者の傷害が被告人らの暴行によって生じた事実を摘示しないまま,それを前提に被告人に対する刑を量定しており,これによって被告人が防御上著しく不利益を被ったことは明らかであるから,このような原判決には,理由齟齬の違法がある,というのである。

2  そこで検討するに,町田事件に関する原判決の「罪となるべき事実」を見ると,そこに記載された所論指摘の上記各暴行から,原判示の各傷害,殊に左眼窩骨折と顔面打撲傷が生じることは経験則上一般に考え難く,上記「罪となるべき事実」においてはこれらの傷害に対応する暴行が明示されていないものといわざるを得ない。本件のような強盗致傷罪においては,奪取した金品の内容,金額などとともに,暴行の態様やその結果として生じた被害者の傷害の内容,程度も犯罪事実の重要な要素の一つであるところ,原判決が列挙している「左眼窩骨折,顔面打撲傷,肋骨外傷,右大腿打撲,両上腕打撲」の傷害のうち,左眼窩骨折,顔面打撲傷は,被害者に生じた傷害の中でも一般に主要なものと判断される内容の傷害であるから,この傷害を生じさせる原因となった暴行については具体的に明らかにする必要があることは所論が指摘するとおりである。そうすると,所論が指摘する暴行だけを記載したにとどまる原判決は,本件において重要な構成要件要素となる上記傷害が本件強盗の機会に行われた暴行によって生じた傷害であるか否かを判定するに足りる程度に具体的な事実を明らかにしておらず,同罪の構成要件要素に当たる事実が適切に示されているということができない。

この点,原判決の「罪となるべき事実」では,「目と口を手で塞いで地面に押し倒して,同人の身体を地面に押さえ付けた上,目と口に持参した粘着テープを貼り付け,その手首等を粘着テープ等で縛るなど」の暴行を加えたとして,一部の暴行を例示した上,これに限定せず,ほかにも暴行が加えられたことを示す記載を末尾に付加しているが,仮に,被害者の前記顔面の傷害を生じさせた暴行が,犯人のうちの誰のどのような態様の行為であるのかが証拠上明確でない状況があるとしても,本件においては同傷害が被害者に生じた傷害のうちでも主要なものと考えられることは前記のとおりであって,これを生じさせた具体的事実としての暴行の内容を判定するに足る程度には罪となるべき事実の中に摘示してしかるべきであり,この点を上記「など」という表現の中に含めて理解することは困難である。

3 したがって,原判決は,「罪となるべき事実」において,強盗致傷罪の構成要件要素に当たる事実を適切に示しておらず,この点で,原判決には理由不備の違法があるというほかない(もっとも,原判決の判文や原審における公判及び公判前整理手続の経過等に照らすと,原判決が,本件強盗の機会に,被告人を含む5名の共犯者のうちのいずれかが,被害者に対し,原判示の暴行に加えて,更にその顔面に強い力で攻撃を加えたことにより,加療約194日間を要する左眼窩骨折,顔面打撲傷,肋骨外傷,右大腿打撲,両上腕打撲等の傷害を負わせたという前提に立っていることが窺われるところであり,当審とその点の判断を異にするものとは認められないが,原判決が犯罪構成要件に該当する事実を認定したか否かは,「罪となるべき事実」の項の記載自体によって判断すべきであり,同項に判示がない以上,理由不備の違法が解消されるものではない。)。

上記の趣旨をいう論旨は理由があるから,その余の控訴趣意に対する判断をするまでもなく,刑訴法397条1項,378条4号により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,更に判決する。

第2  自判

(罪となるべき事実)

当裁判所が原判決の「罪となるべき事実」第2に代えて新たに認定した町田事件に関する罪となるべき事実は,次のとおりであり,そのほかは,原判決の罪となるべき事実記載のとおりである。

第2  被告人は,A,B,C及びDと共謀の上,民家に押し入って金品を強奪しようと考え,平成22年3月19日午後1時10分ころから同日午後2時13分ころまでの間,東京都町田市<以下略>所在の甲野太郎方敷地内に侵入し,庭で草取りをしていた同人の妻である甲野花子(当時61歳)の背後から,その目と口を手で塞いで地面に押し倒して同人の身体を押さえ付け,同人に対し,「騒ぐと刺すぞ。」などと言って脅迫するとともに,その目と口に粘着テープを貼り付け,その手首等を粘着テープや結束バンドで縛るなどの暴行を加えてその反抗を抑圧した上,上記甲野太郎方に押し入るや,同所において,更に上記甲野花子の顔面を足で蹴るなどの暴行を加え,同人外2名所有の現金5万円及びテレビ等90点(時価合計約718万7100円相当)を強取し,その際,上記暴行により,同人に加療約194日間を要する左眼窩骨折,顔面打撲傷,肋骨外傷,右大腿打撲,両上腕打撲等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<省略>

(町田事件に関する事実認定の補足説明)

1  被害者の顔面に対する暴行について

本件においては,前記第1でみたとおり,被害者に左眼窩骨折,顔面打撲傷の傷害を負わせるに至った暴行が,誰のいかなる機会におけるどのような暴行であるのかが問題となるところ,被害者方に押し入った後,金品を物色していた際,居間のソファー前にいた被害者が肩ぐらいの高さまで上げた足で蹴られるのを見た,足は肩辺りに当たったように思うが,正確には分からない,被害者はこれによってソファーに倒れた旨の共犯者であるDの原審公判証言は,その暴行を加えたのが被告人であるのか,共犯者であるCであるのかという点については原判決も指摘するようにあいまいな部分があるものの,そのような暴行があったこと自体については相当に明白な証言をしているものといえる。また,共犯者であるBは,犯行後,共犯者のうちの誰かから,被害者の顔を蹴ってやったという発言を聞いた,現場から逃走中の自動車内で聞いたのであれば被告人の発言だと思う旨原審公判で証言しているところ,原判示のとおり,どのような状況で誰から聞いたかについては記憶が相当程度減退していて,その後の会話と混同していることが窺われるものの,共犯者の中に被害者の顔付近を蹴った者がいることを示す証言の根幹部分においては上記Dの目撃証言ともほぼ符合していて,相互に信用性を高め合う状況にある。これらに加えて,本件後,被害者の顔面に生じた傷害の結果等をも勘案すると,共犯者のうちのいずれの者の行為であるかは断定できないとしても,被害者方の居間で,被害者の顔面を足で蹴る暴行が加えられたことは十分にこれを認定することができるというべきである。

これに対して,所論は,仮に,被害者が被害者方の居間で顔面を攻撃されたとすると,被害者が庭で襲撃された直後に顔面を強打されて意識を失ったと述べていて(原審弁1ないし3),被害者が庭から居間に運ばれた状況を記憶していないことと符合しないから,被害者の意識を失わせた顔面への暴行は,被害者方の庭で加えられたと考えるべきであり,そのように考えると,居間で被害者の顔面を殴打したり足蹴りしたりした者はいない旨の信用するに足る被告人原審公判供述とも整合する,という。

しかし,仮に,所論のいうように,被告人が共犯者からやや遅れて被害者方庭に駆けつけるまでに既に被害者の顔面に強度の暴行が加えられていたのであれば,犯行直後の被害者の顔面の負傷状況(原審甲49)に照らすと,被告人がCに指示されて庭で被害者の目や口にガムテープを貼った時点でこれに気付く可能性が高く,被告人が,原審公判で,検察官による取調べの際に被害者の写真を見せられて初めて被害者の傷害の状況を知って涙を流した,と述べていることと矛盾するものといわざるを得ず,被害者が暴行を加えられたのはガムテープで顔面を覆われて居間に運ばれた後であると考えるのが合理的である。被害者自身も,所論指摘の供述をした後の検察官による取調べにおいて,以前の供述は記憶が曖昧な点について想像を加えて述べるなどしたもので,最終的に,間違いなくはっきりと言えるのは,「強盗にガムテープで目や口を貼られた後に,強盗がいるときに,どこかで,顔に強い衝撃を受けた」ということである旨供述を変更しており(原審甲50),この変更の経過にとりたてて不自然な状況は窺われないから,所論指摘の初期段階の被害者の供述が,顔面に対する暴行が居間で行われたことを認定する上で障害になるとは必ずしもいい難い。所論を採用することは困難である。

2  共謀の成立時期について

所論は,遅くとも被告人が車から降りた時点では,本件強盗の共謀が成立していたとの原審検察官の主張は誤りである,という。

しかし,原判決が「町田事件に関する事実認定の補足説明」の1の(1)ないし(3)で認定した事実に加えて,タイラップについては家の人を縛るのに使うものだと思った,「もし,入った家に人がいれば,自分がタイラップを使って縛る役目だ。」と考えたなどの被告人の検察官に対する供述(原審乙2)は,具体的で十分信用することができることにも徴すると,被告人らが,家人がいた場合には強盗も辞さないと潜在的に意思を通じ合った上で被害者方に侵入していることは明らかで,共謀の成立時期に関する原審検察官の主張は正当であるといえる。ガムテープやタイラップの用途としては,被告人が上記供述調書で自認するとおり,窃盗の犯行においては,侵入する際に割った窓ガラスの飛散を防ぐためガムテープを用いることはあっても,タイラップについては使い途が考え難いのであって,これを輪のように繋いで準備した上で家屋に侵入する際に携帯している以上,人を縛る用途に使われることを被告人が認識していなかったという所論には無理があるといわざるを得ない。

3  自首の成否について

所論は,検察官請求の捜査報告書によっても,平成22年8月上旬ころより前に町田事件の被疑者が特定されていたことを窺わせるに足る形跡はないから,本件について自首の成立を認めるべきである,というが,そもそも被告人が本件に関与した旨進んで供述したのは,捜査機関が余罪の嫌疑を持って行った取調べが契機となったものであって,上記捜査報告書によれば,同年7月15日の時点で,被告人及び共犯者と本件の盗品の処分に関与したEとの間に接点があること,被告人らは,本件の前日にも原判示第1の横浜事件を敢行していること,被害者の供述から犯人が複数であると判明していること等を根拠に,捜査機関が被告人に対して本件に関する具体的な嫌疑を抱いていたものと認めることができ,本件の犯人が捜査機関に発覚していない状況であったとはいえないことなどを考慮すると,被告人に法律上の自首が成立するとは認められない。所論は採用できない。

(法令の適用)

被告人の原判示第1の所為は刑法60条,236条1項に,当裁判所が認定した前記所為のうち,住居侵入の点は同法60条,130条前段に,強盗致傷の点は同法60条,240条前段にそれぞれ該当するところ,この住居侵入と強盗致傷との間には手段結果の関係があるので,同法54条1項後段,10条により1罪として重い強盗致傷罪の刑で処断することとし,その罪について所定刑中有期懲役刑を選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い強盗致傷罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役8年に処し,同法21条を適用して原審における未決勾留日数中主文掲記の日数をその刑に算入し,原審及び当審における訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,共犯者4名と敢行した,白昼民家に侵入して家人の女性を緊縛した上,暴行脅迫を加えて金品(被害額合計約723万7100円)を奪い,その際,加療約194日間を要する前記傷害を負わせた住居侵入,強盗致傷1件と,飲食店で従業員に暴行脅迫を加えて売上金約32万円余りを奪った強盗1件の各事案である。

このうち,住居侵入,強盗致傷の犯行は,被告人を含む共犯者らが,窃盗の犯行に及び易い家屋を探して徘徊するも,適当な家屋が見つからなかったことから,場合によっては家人に暴行脅迫を加える強盗の犯行に及ぶことも視野に入れて,共犯者の一部が庭に人がいることを覚知していながら被害者方に狙いを付け,ガムテープやタイラップなど家人を拘束するための用具を準備した上,4名で押し入り,庭にいた老婦人に対し,前記のとおり強度の暴行脅迫を加えてその反抗を抑圧し,拘束した上で屋内に連れ込んだ同女が声を上げるや,更に顔面を力を込めて蹴り上げるなどの暴行を加えて意識を失わせるなどし,我が物顔で被害者方を荒らして金品を強取しており,相当に危険で凶悪な犯行である。実際に押し入って被害者の制圧や金品の物色,運び出しを担う役,見張り役,逃走用の自動車の運転手役など,詳細な役割分担に基づいて犯行に及んでいる点からは組織性も窺える状況にある。昼下がりに自宅の庭で草取りをしていたところ,いきなり目と口を塞がれるなどして視界を奪われ,状況も把握できない中,手ひどい暴行を受けて前記のような重い傷害を負った被害者の恐怖,驚愕は容易に想像できるところで,その精神的,肉体的苦痛は著しく,被害額も金品併せて約723万円余りと高額で,被害品の中には被害者の思い出の品も含まれていて,これを失うことによる被害は金銭面にとどまらないこと等も勘案すると,結果は重大というほかない。

強盗の犯行も,共犯者のうち数名が被害店舗の系列飲食店において同種の犯行を行った経験から,犯行が容易であるなどの理由で標的にし,深夜従業員が1人で勤務している機会を選んで,同人にナイフを突きつけた上,殴る蹴るなどの危険性の高い暴行脅迫を加え,多額の売上金を奪ったもので,上記の住居侵入,強盗致傷の犯行と同様,共犯者間で役割分担を行った上で組織的に敢行された粗暴で危険な犯行であり,暴行脅迫を受けた従業員の苦痛や金銭面を含めた被害も大きく,これまた犯情悪質な事案である。飲食店における同種犯行が多発していることに鑑み,一般予防の見地からも厳しい処罰が必要である。

被告人は,共犯者に誘われて金欲しさから安易にこれらの犯行に加担したのみならず,各犯行において見張りや犯行用具の携行,被害者に対する金銭要求といった少なからぬ役割を果たし,殊に,住居侵入,強盗致傷の犯行においては被害者の制圧等に積極的に行動するなど,一連の犯行において重要な関与を果たし,他の共犯者らと等分の分け前にも与ったものであって,刑事責任は相当に重いというべきである。

そうすると,他方で,被告人は,本件各犯行において,共犯者らとの関係でみれば,全体としては従属的な立場にあったこと,強盗の犯行の被害者に対して30万円を弁償するとともに,住居侵入,強盗致傷の被害者に対しても168万円を提供し,受領を拒絶されたためにこれを供託するなどして慰謝の措置に努めていること,被告人が,捜査段階では早期から犯行関与を認めるなど,基本的には事実を認め,反省の態度を示していること,被告人にはこれまで前科がないこと,被告人の親族が,原審公判に出廷し,社会復帰後は正業に就かせて監督したい旨述べていることなど,被告人のために酌むべき事情も認められるところであるが,それらの事情をもってしても,本件が酌量減軽をすべき事案などとは到底認められない。所論は,本件の評価について上述したところと異なる前提に立つか,あるいは,上記のとおり被告人に有利に斟酌した点を更に評価すべきと主張するもので,これを採用することは困難である。以上の諸情状を総合的に勘案し,主文掲記の刑に処するのが相当と判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 若原正樹 裁判官 河畑勇 裁判官 馬場嘉郎)

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