東京高等裁判所 平成23年(く)566号 決定 2011年11月22日
主文
原決定別紙第3記載の条件を別紙のとおり変更する。
原決定のその余の部分に対する本件即時抗告を棄却する。
理由
1 本件即時抗告の趣意は,弁護人一木明作成名義の即時抗告申立書に記載されたとおりであるから,これを引用する。論旨は,要するに,①原決定は,弁護人が刑訴法316条の15第1項に基づいて証拠開示命令請求をした,甲野一郎が単独で又は乙山二郎とともに本件につき警察官に対して被害申告又は被害相談をした際に警察官が作成したメモ又は報告書(以下「本件メモ等」という。)について,これらに記載された内容は原供述ではなく,検察官が直接証明しようとする事実の有無に関する供述ではないとして,弁護人の請求を棄却したが,本件メモ等は,甲野らが最初に警察官に対して本件の被害を相談した事実について記載するものであり,これは検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実に含まれる上,甲野らの警察官に対する初期の申告内容が,検察官請求証拠となっている同人らのその後の供述調書の証明力を判断するための資料として必要であることは明らかであって,原供述でなければ同項のいわゆる類型証拠に該当しないとするのは不当であり,本件メモ等の開示を命ずるべきであるし,②原決定は,原決定別紙第1及び第2記載の各証拠(以下「本件供述録取書等」という。)について,検察官が弁護人に対して謄写させないことができる旨の条件を付し,事実上検察官に判断を委ね,実質的には弁護人に本件供述録取書等の謄写を認めないのと同様の決定をしたところ,弁護人に対して,本件証拠開示によって得られた甲野に関する情報を被告人又は第三者に明らかにしてはならない旨の条件を付した上,更に謄写まで禁じたのは,弁護人が開示証拠を被告人らに提供するおそれがあると認めていることにほかならないが,このような危険性があるとした理由は全く示されておらず,期日間整理手続等に付された事件においては,同法316条の14等において弁護人に対して開示された証拠の閲覧と謄写の機会が与えられることが明文で保障されており,同法316条の15第1項後段において開示の時期,方法の指定や条件を付することができるとされていることを根拠にして謄写を制限することはできないと解すべきであり,また,証拠開示命令は,証拠開示に関して当事者の意見が対立した場合に裁判官がその裁定を行う制度であって,原決定のように,証拠の開示方法について検察官の裁量に委ねる内容の条件を付すことは,裁判官の役割を放棄した無責任な方法であって許されないから,上記条件を取り消すべきである,というのである。
2 そこでまず①につき検討すると,本件メモ等によって認められることとなる事実は,実質的には,本件の被害者とされる甲野らの平成23年3月24日又は25日の警察官に対する被害事実に関する申告内容であって,そのころにおける被害相談の事実の有無自体ではない。仮に,この点を後者のように理解すると,形式的には刑訴法316条の15第1項6号に該当する可能性のある書面と解釈する余地もあるが,本件メモ等を作成した警察官の経験した事実の内容は,「甲野らがそのころ被害相談等に来て,被害状況について話すのを聞いた」ことであって,同号が開示の対象としている,検察官において証人尋問を請求する予定のない,いわゆる参考人による,検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実(平成23年3月26日ころ,甲野らが警察に被害申告した事実)があったのか,あるいはなかったのかについての供述でないことは明らかである。
一方,前記のとおり,文書の内容から認められることとなる事実を実質的に理解した場合,甲野らについては,検察官が証人として尋問を請求しているから,本件メモ等が同項5号イに該当するか否かが問題となるが,本件メモ等は甲野らの署名・押印を欠く状態にあるとみられるから,同人らの供述録取書等には該当せず,本件メモ等について同号所定の類型証拠に当たるということもできない。所論は,いわゆる類型証拠は検察官請求証拠の証明力を判断する資料として必要であれば足り,証拠能力がない伝聞証拠であってもこれに該当するという趣旨の主張をするが,供述録取書等とは,刑訴法316条の14第2号に定義されているとおり,「供述書,供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるもの又は映像若しくは音声を記録することができる記録媒体であつて供述を記録したもの」をいい,供述録取書の場合,供述者の署名押印か,それと同程度に録取内容の正確性を担保する外部的情況があることが必要であると解され,これを満たして初めて特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であって,類型証拠としての開示の必要性が認められるといえるから,所論は,独自の見解といわざるを得ず,採用できない。
以上のとおり,本件メモ等に対する証拠開示命令請求を棄却した原決定に誤りがあるとはいえない。
3 次に,②の点についてみると,刑訴法第316条の15第1項前段において,同項の規定により証拠を開示する場合,弁護人に対しては,閲覧し,かつ,謄写する機会を与えることによる開示をすることを原則としつつ,同項後段において,例外的に,必要と認めるときは,開示の時期若しくは方法を指定し,又は条件を付することができる,とされている。閲覧に限定するというのも開示方法の指定ということができる上,開示の方法が閲覧及び謄写に限られるとすると,謄写を認めるのが不相当な場合には不開示とせざるを得ないこととなりかねないこと等を考慮すると,同項の規定により弁護人に証拠を開示する場合においても,閲覧に限定するという開示方法を指定することができると解すべきである。もっとも,当該証拠の開示に伴う弊害の発生を防止するために,開示の時期,方法の指定をしたり,開示に一定の条件を付したりする場合にも,上記のとおり,弁護人に対しては閲覧及び謄写により開示の機会を与えることが原則とされていること,検察官が開示した証拠の複製等の管理責任が弁護人にあり,かつ,その目的外使用が禁止され,懲戒処分等によりその実効性が担保されていること等(同法281条の3ないし281条の5)に鑑み,より制限的でない指定や条件で足りないか否かについて十分に検討することが必要である。このような観点からすると,証拠を閲覧する方法に限定しなければ開示による弊害が発生すると認められる場合には,端的に謄写を禁止して閲覧のみに制限するべきであって,原決定が,検察官が弁護人に対して本件供述録取書等を謄写させないことができる旨の条件を付し,弁護人に謄写させるか否かを検察官の裁量に委ねたのは,この点について十分な検討を経ないまま開示に条件を付したものといわざるを得ず,上記のような法の趣旨に反する。
そこで,本件供述録取書等の開示に当たって方法の指定等をすることが必要か否かを検討するに,暴力団の威力を背景にいわゆる美人局の方法により甲野らから金銭を脅し取ろうとしたという本件事案の性質,内容等に照らせば,本件供述録取書等の開示により生ずるおそれのある弊害は,主として,被告人が,自ら又は第三者を通じて,甲野ら又はその親族等の関係者に対して威迫を加え,証拠隠滅に及び,あるいは事後的に報復行為に出ること等であって,この点は原決定が説示するとおりである。この弊害は,弁護人において被告人やその関係者に対して本件供述録取書等の開示により得られる情報を提供することにより生ずるといえるが,他方で,これらの情報は,甲野らの証言等の証明力を判断するために重要で,弁護人がこれらの情報に接する必要性が認められることも原判決が説示するとおりである。弊害が生じる可能性がある情報は弁護人に委ねられており,基本的には,弁護人が,被告人又は第三者に対して本件供述録取書等の開示により得た甲野に関する情報を明らかにすることを禁止することによるほかないこと,開示により得た情報を被告人には提供しない旨約束している弁護人に対し,閲覧に加えて,謄写の機会を与えたとしても,上記弊害が生ずる可能性や,甲野の名誉,プライバシー等に対して回復し難い侵害が加えられる可能性が高まるとは直ちにいえないこと等を勘案すると,上記の各要請を調和するための開示の方法としては,弁護人に対し,被告人又は第三者に本件供述録取書等の開示により得た甲野に関する情報を明らかにすることを禁止する旨の条件が必要であり,かつ,これで十分である。
論旨は上記の限度で理由がある。
4 結論
よって,刑訴法426条1項及び2項により,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 若原正樹 裁判官 菊池則明 裁判官 馬場嘉郎)
別紙
弁護人は,被告人又は第三者に対し,原決定別紙第1及び第2記載の各証拠から得た甲野一郎の住居,電話番号,職業,大学名,学部,実家等の同人を特定させることとなる事項及び同人の前歴の有無及び内容を明らかにしてはならない。>