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東京高等裁判所 平成23年(ネ)6129号 判決 2012年7月11日

控訴人(被告)

Y株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

髙山崇彦

金山梨紗

被控訴人(原告)

同訴訟代理人弁護士

大西幸男

小林健一

大胡誠

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第1、2審を通じて被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文同旨

第2事案の概要(略語は、本判決において新たに定義するもののほか、原判決の例による。以下、本判決において同じ。)

1  控訴人は、平成18年11月1日、亡Bとの間で、同人を被保険者とし、その法定相続人を受取人として、乙1号証の約款(本件約款)に基づき、生命保険契約(本件保険契約)を締結した。本件保険契約には、①本件失効条項(月払契約の場合、払込期月の翌日初日から末日まで保険料を猶予するが、猶予期間内に保険料が払い込まれないときは、保険契約は猶予期間満了の日の翌日から効力を失う旨の条項。本件約款12条1項及び2項)、②本件復活条項(保険契約者は、保険契約が効力を失った日から起算して3年以内は保険契約の復活を請求することができる旨の条項。本件約款15条1項)のほか、③自殺免責条項(責任開始期〔復活の取扱いが行われた後は最後の復活の際の責任開始期〕の属する日から起算して2年以内の自殺を免責事由とする条項。本件約款1条、15条3項、8条1項。本件免責条項)があり、本件保険契約は、①平成19年8月31日の経過により、同年7月分の保険料の不払を理由として本件失効条項により失効したものと扱われ、②同年10月31日、亡Bからの復活の申込みに基づいて本件復活条項に基づいて復活したものと扱われていたところ、③亡Bは、本件免責条項により復活後に再開された自殺免責期間内の平成21年7月22日、自殺により死亡した。

本件は、亡Bの法定相続人から本件保険契約に基づく死亡保険金請求権の譲渡を受けた被控訴人が、①本件失効条項は消費者契約法10条により無効であり、②仮にそうでないとしても、控訴人が本件免責条項による免責を主張することは権利の濫用ないし信義則違反として許されないと主張して、死亡保険金1200万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日(平成22年11月13日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  原審は、本件失効条項は消費者契約法10条により無効であると判断し、被控訴人の請求を認容した。

当裁判所は、原審とは異なり、①本件失効条項は消費者契約法10条により無効とはいえず、②控訴人が本件免責条項による免責を主張することが権利の濫用ないし信義則違反とはいえないから、被控訴人の請求は棄却すべきものと判断した。

3  前提事実、争点(当事者の主張を含む。)は、原判決16頁8行目の「権利の濫用」の次に「ないし信義則違反」を加え、当審における当事者の補足的主張を次の4のとおり加えるほかは、原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1及び2(原判決2頁20行目~17頁12行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。

4  当審における当事者の補足的主張は次のとおりである。

(1)  争点(1)(本件失効条項が消費者契約法10条により無効となるか)

〔控訴人〕

ア 最高裁判所平成24年3月16日第二小法廷判決(乙75。裁判所時報1552号1頁。最高裁平成24年判決)は、本件失効条項と同様の失効条項を消費者契約法10条により無効と判断した原判決を破棄した。同判決の判示によれば、①約款において保険契約者が保険料の不払をした場合にも、その権利保護を図るために一定の配慮をした定めが置かれ、②保険契約の締結当時に保険料払込みの督促を行う態勢を整え、そのような実務上の運用が確実にされていた場合には、本件失効条項が消費者契約法10条により無効とされることはない。

イ 本件約款には、最高裁平成24年判決の事案と同様に、①保険料の払込みを遅滞した場合でも、民法541条により求められる催告期間よりも長い1か月の猶予期間を設け、その猶予期間内に履行遅滞が解消されない場合に初めて保険契約が失効する旨の定め(本件約款12条1項1号、2項)、②保険料の払込みがないままで猶予期間を過ぎた場合でも、解約返戻金があるときは、自動的に払い込むべき保険料に相当する額を貸し付けて保険料の払込みに充当し、保険契約を継続させる旨の定め(本件約款13条1項)が設けられているほか、③失効の日から3年以内であれば保険契約の復活を請求できる旨の本件復活条項(本件約款15条)が置かれている。これらによれば、本件約款には、保険契約者が保険料の不払をした場合にも、その権利保護を図るために一定の配慮をした定めが置かれている。

ウ 控訴人は、本件保険契約の締結時である平成18年11月1日当時から「生命保険料再請求のお知らせ」と題する書式(乙76。控訴人督促書式)を用いた督促通知書を払込期月の翌月中旬に保険契約者宛に発送することを社内において制度化し、督促通知書の内容を、保険契約者が保険料支払債務の不履行があったことに気付くことのできる内容とした上で、保険料の振替の確認から督促通知書の発送までの一連の過程をコンピューターシステムにより自動的・機械的に行う業務フローを構築することにより、保険契約の締結当時に保険料払込みの督促を行う態勢を整えていた。この業務フローは、控訴人のaシステムセンター(aセンター)に設置されたホストコンピューターシステムが管理しているが、これまで同システムが大きなトラブルを生じたことはなく、コンピューターシステムにより作成された控訴人督促書式による督促通知書をb郵便局から一斉に発送する形で、その実務上の運用は確実にされていた。

エ 本件保険契約について実際に督促がされた平成19年8月当時も業務フローは基本的に同一であり、亡Bに対しても、上記の業務フローによって作成された督促通知書(乙4。本件督促通知書)がb郵便局から発送されたのであるから、本件失効条項は、消費者契約法10条により無効となるものではない。

〔被控訴人〕

ア 最高裁平成24年判決は、保険契約の締結当時に「保険料払込みの督促を行う態勢を整え、そのような実務上の運用が確実にされていた」という事情こそが論拠となっているものであるから、上記事情に当たるといえるためには、それ相応のレベルのものが必要である。

イ まず督促の態勢については、単に態勢を整えれば良いというものではなく、督促通知書に適切な内容・体裁が備わっていることや、失効までの残日数に配慮されていることが必要である。ところが、本件督促通知書(乙4)の内容・体裁は、①契約失効に関する注意書きが下段の小さな枠内に付随的に記載されているにすぎないこと、②昭和57年の国民生活審議会の提言と異なり、督促による支払がされなかった場合に、失効となるのか、自動振替貸付制度が適用されるのかの区別が記載されておらず、むしろ自動振替貸付制度の適用が原則であるかのような体裁となっているため、失効しないという誤った認識を与えかねないものとなっており、失効通知(乙8)にはその区別がされていることと対比しても、不十分なものとなっている。また、③控訴人の主張によれば、督促通知書は、振替不能の翌月中旬に作成され、約2営業日後に局出しされて保険契約者に郵送されるところ、それでは、次の振替日まで1週間前後、失効日までも10日前後となってしまい、振込用紙が同封されているわけでもないから、督促の態勢としては不十分である。さらに、④控訴人は、督促通知書の「発送」を行う態勢のみを問題としているが、最高裁平成24年判決が運用の確実性を求めた趣旨からすれば、「送達」までも合理的な範囲で確保する態勢の整備が求められているというべきであるところ、本件約款では、保険契約者に住所変更の場合の通知義務が課されており、それを怠れば、控訴人の知った最終の住所に発した通知が保険契約者に到達したものとみなされるとされているため、送達が合理的な範囲で確保されているとはいえず、控訴人において、保険料払込みの督促を行う態勢が整っているとはいえない。

(2)  争点(2)(控訴人の自殺免責の主張は権利の濫用ないし信義則違反に当たるか)

〔被控訴人〕

ア ①復活により従前の契約が継続するにもかかわらず自殺免責期間が再開することに理論的合理性がないから、保険者が自殺免責を主張できる場面は限定的に解すべきであり、保険契約者による逆選択であることを具体的にうかがわせる事情が存在しない限り、その主張は権利の濫用というべきことは、原審で主張したとおりである上、②本件保険契約が失効に至ったのは、本件督促通知書が届いていなかったか不適切であったことにより亡Bが認識できなかった可能性が高く、保険代理店担当者も2回目の振替不能時には連絡を入れていないなど、亡Bに落ち度がなく、亡Bが保険料を滞納したのは、失効となった時期が初めてであり、亡Bが自殺したのは、復活により再開した自殺免責期間の終了までわずか3か月の時点であるのに対し、控訴人は、亡Bから滞納保険料の支払を受け、復活に応じ、その後は滞りなく保険料の支払を受けていたこと、③さらに、控訴人は復活時に自殺免責期間が再開することや改めて告知義務が生じることについて亡Bに説明をしておらず、自殺免責期間の再開を理由に保険金を支払わないというのは、保険契約者側からすれば、騙し討ちに等しいことなどを総合すれば、本件において控訴人が自殺免責を主張することは、あまりに信義に反するというべきである。

イ 控訴人は、復活時に自殺免責期間を再開させないのは旧商法680条1項1号(保険法51条1号)が、自殺免責を定めた趣旨を没却するから、自殺免責の主張は権利の濫用に当たらないと主張するが、保険契約を失効させた後、自殺して保険金を取得するために復活させるという事態がどの程度想定されるのか疑問である上、その程度の危惧については、不正取得を目的とする自殺について信義則違反を理由に支払を否定すれば足りるのであり、上記規定の存在は殊更重視すべきではない。

〔控訴人〕

ア 旧商法680条1項1号(保険法51条1号)は、被保険者の自殺行為が射幸契約としての生命保険契約の性質上要請される当事者の信義誠実の原則に反し、生命保険契約が不当な目的に利用されるのを防ぐ趣旨で、被保険者の自殺を一律に免責事由と定めており、自殺免責を責任開始後の一定期間に限定する自殺免責条項は、責任開始日から一定期間を経過した後の自殺の場合は、保険金の不当取得目的に出たものとはいえないと推定されるため、上記条項の趣旨を没却するものではなく、むしろ保険者の免責範囲を縮小する点で保険契約者の利益となることから有効と解されている。仮に、復活時に自殺免責期間が再開されない場合には、保険契約を失効させた保険契約者が、保険金の不当取得を企図し、比較的少額の未払保険料を支払って当該契約を復活させ、自殺して多額の保険金を取得する行為を誘発することになりかねず、上記条項の趣旨を没却することになりかねない。従前の裁判例においても、復活時に自殺免責期間が再開する条項には合理性が肯定されているものであり、復活後の自殺免責の主張が権利の濫用に該当する余地はない。

イ 被控訴人は、控訴人の説明が不十分であると主張する。しかし、控訴人の保険代理店であるc有限会社(c社)の代表取締役であるC(C)は、平成18年春ころ、顧客から亡Bを紹介されて、亡Bと数回面談し、商品の説明を行い、本件保険契約を締結したものであり、その際、Cは、本件保険契約の申込みの場で、ご契約のしおり(乙44)、約款(乙1)、「特に重要なお知らせ(注意喚起情報)」(乙67)及び「ご契約内容(契約概要)」(乙68)を亡Bに手渡し、重要事項について口頭でも説明を行っており、このことは、生命保険契約申込書(乙2)の申込人(契約者)自署欄横の「ご契約のしおり・約款受領印兼契約概要・注意喚起情報了知印」欄に亡Bの捺印があることからも明らかである。Cが亡Bに交付したご契約のしおり、約款、「特に重要なお知らせ(注意喚起情報)」には、本件失効条項について、分かりやすい説明がされており、Cは、口頭でも、本件失効条項と失効した場合のリスクについて注意喚起を行った。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件失効条項が消費者契約法10条により無効となるか)

(1)  前記引用に係る原判決記載の前提事実によれば、本件失効条項は、保険料が払込期月内に払い込まれず、かつ、その後1か月の猶予期間の間にも保険料支払債務の不履行が解消されない場合に、保険契約が失効する旨を定めているところ、保険料の払込みがされない場合に、その回数にかかわらず、履行の催告(民法541条)なしに保険契約が失効する旨を定めるものであるから、この点において、任意規定の適用による場合に比し、消費者である保険契約者の権利を制限するものである。しかし、多数の保険契約者を対象とするという保険契約の特質に加え、同記載の前提事実のとおり、本件約款において保険契約者が保険料の不払をした場合にもその権利保護を図るために一定の配慮をした定めが置かれていること(本件約款12条において、保険料が遅滞しても直ちに保険契約が失効するものではなく、債務不履行の状態が一定期間内に解消されない場合に初めて失効する旨が明確に定められている上、上記一定期間は、民法541条により求められる催告期間よりも長い1か月とされていること、本件約款13条において、払い込むべき保険料等の額が解約返戻金の額を超えないときは、自動的に控訴人が保険契約者に保険料相当額を貸し付けて保険契約を有効に存続させる旨の条項が定められていて、長期間にわたり保険料が払い込まれてきた保険契約が1回の保険料の不払により簡単に失効しないようにされていること)にかんがみれば、控訴人において、本件保険契約の締結当時、保険料支払債務の不履行があった場合に契約失効前に保険契約者に対して保険料払込みの督促を行う態勢を整え、そのような実務上の運用が確実にされていたとすれば、通常、保険契約者は保険料支払債務の不履行があったことに気付くことができると考えられるから、本件失効条項は、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たらないと解される(最高裁平成24年判決)。

(2)  前記引用に係る原判決記載の前提事実、証拠(甲11、乙3、4、8、74、76~78)及び弁論の全趣旨によれば、①控訴人は、本件保険契約の締結時である平成18年11月1日当時から現在まで、保険契約者に関する情報管理、保険料の請求・収納・督促等に関する処理、保険契約の失効・復活・解約等の契約状況の変動に関する処理等、保険契約の情報処理の全てを、控訴人のaセンターに設置されたホストコンピューターのコンピューターシステムで管理していること、②控訴人に支払われる毎月の保険料の振替日は、当月27日(金融機関休業日の場合は翌営業日)であり、振替日から4営業日後に、振替結果に関するデータが記録された電磁的記録媒体であるカートリッジ式磁気テープ(CMT)が保険料の振替処理をする各金融機関からaセンターに送付され、このCMTをaセンター内のホストコンピューターにセットすると「請求収納システム」というコンピューターシステムの処理により、振替の成功又は不能の結果が、契約状況を管理している各種データベースに保険契約単位で格納された上、翌月中旬に、不能の結果が格納されている保険契約者(振替不能契約者)につき、いずれもホストコンピューターの夜間自動処理により、a控訴人督促書式(乙76)に必要事項が入力された督促通知書、b2か月分の保険料を振替処理するよう各金融機関に依頼する保険料請求データを記録したCMTが、それぞれ自動的に作成されること、③控訴人督促書式は、別紙1のとおりの内容・体裁のものであり、作成後2営業日前後にaセンターからb郵便局に持ち込まれ、振替不能契約者向けに一斉に発送されること、④代理店に対しても、控訴人から、毎月10日ころ、前月の振替不能契約者の一覧表が送付され、失効とならないように注意するよう保険契約者に連絡するよう依頼することとなっていること、⑤上記CMTは、各金融機関に配送されて、各金融機関が振替不能契約者について翌月2か月分の保険料の振替を実行し、翌月の振替結果に関するCMTをホストコンピューターにセットすると、夜間自動処理により、2か月連続して振替不能となった保険契約について、解約返戻金の自動貸付による継続か、失効かの自動判定が行われ、失効した契約については、失効通知書(乙8)が自動的に作成され、b郵便局から一斉に発送されること、⑥以上の事務手続の流れは、本件保険契約締結当時、控訴人の<省略>部作成の「<省略>(契約管理についてのマニュアル)」2006年5月版に記載され、本件保険契約の失効及び復活の手続が行われた平成19年8月~10月当時も、督促の書式が別紙2のとおり、わずかに異なるものの(以下、別紙2の書式を「控訴人督促書式2」という。)、「<省略>(契約管理についてのマニュアル)」2007年4月版に記載され、社内において制度化されていたこと、⑦実際上、平成15年5月から現在まで、以上の事務手続に大きなトラブルが生じたことはなかったこと、⑧亡Bについても、平成19年7月27日の1回目の振替不能の際、以上の事務手続に基づいて、控訴人督促書式2による本件督促通知書(乙4)が通知され、Cからも亡Bに対する連絡がされたが、同年8月27日の2回目の振替も不能となって、本件失効通知書(乙8)が送付されたこと、以上の事実が認められる。

上記認定事実によれば、控訴人は、本件保険契約の締結当時、保険料支払債務の不履行があった場合に契約失効前に保険契約者に対して保険料払込みの督促を行う態勢を整え、そのような実務上の運用が確実にされていたと認められ、通常、控訴人の保険契約者は、保険料支払債務の不履行があったことに気付くことができると認められる。したがって、本件失効条項は、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものには当たらないというべきである。

(3)  被控訴人は、上記事務手続は不十分であると主張し、その理由として、①本件督促通知書に契約失効に関する注意書きが下段の小さな枠内に付随的に記載されているにすぎないこと、②督促による支払がされなかった場合に失効となるのか、自動振替貸付制度が適用されるのかの区別が記載されておらず、むしろ後者が原則であるかのような体裁となっていて誤解を与えかねないこと、③督促通知書が翌振替日まで1週間前後、失効日までで10日前後の時期に送付され、振込用紙が同封されているわけではないこと、④住所変更の場合に送達が確保されないことを挙げている。

しかし、前記(1)で説示したとおり、控訴人において、本件保険契約の締結当時、督促を行う態勢を整え、実務上の運用が確実にされていた場合に、本件失効条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たらないといえるのは、上記実務上の運用によって、通常、保険契約者は保険料支払債務の不履行があったことに気付くことができると考えられるからである。したがって、その督促の態勢や実務上の運用の確実性は、通常、保険契約者が保険料支払債務の不履行があったことに気付くことができる程度に整えられ、確保されている必要があると解すべきところ、前記のとおり、控訴人においては、通常、控訴人の保険契約者が保険料支払債務の不履行があったことに気付くことができると考えられる程度に督促の態勢を整え、実務上の運用を確実にしていたことが認められる。

被控訴人の主張に即してみても、別紙1の控訴人督促書式及び別紙2の控訴人督促書式2は、被控訴人の上記①及び②の指摘にかかわらず、いずれもその内容・体裁からみて、これを受領した保険契約者が保険料支払債務の不履行があったことに十分気付くものと認められる。確かに上記②の指摘については、失効となるのか自動振替貸付制度の適用となるのかの区別が督促通知書に記載されていることは、確実に失効を回避する上で望ましいとは考えられる。しかし、上記各書式には、代理店名、取扱者及びその電話番号が記載されている上、前記認定の控訴人の事務手続では、控訴人から、代理店に対して失効にならないように注意するよう保険契約者に連絡するよう依頼することとなっているなど、その事務手続は、保険料支払債務の不履行があったことに気付いた保険契約者が必要な情報を代理店から得られる態勢とされていると認められ、多数の保険契約者を対象とする保険契約の特性をも踏まえると、督促通知書自体に上記の区別が記載されていないからといって、そのことから、本件失効条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たることにはならないと解するのが相当である。③送付時期についても、控訴人が、振替結果の格納から督促通知書の送付までに10日程度の期間を置くのは、保険契約の解約等による契約の変動や振替不能に気付いた保険契約者からの入金を可能な限り反映するという合理的な目的に基づく処理と認められ(乙78)、督促通知書の送付を受ける振替不能契約者は、もともと振替予定日に振替の方法により保険料を支払うべき者であるから、翌振替日まで1週間前後、失効日までで10日前後の時期に送付を受けて、保険料支払債務の不履行があったことに気付けば、振込用紙が同封されていなくても、振替のための準備は可能であるのが通常と考えられ、送付時期が不当ということはできない。さらに、④住所移転の場合の送達の確保については、証拠(乙1、79)及び弁論の全趣旨によれば、保険契約者は、住所を変更したときは、速やかに控訴人に通知することとされ、その通知をしなかったときは、控訴人の知った最終の住所に発した通知が通常到達するために要する期間を経過した時に保険契約者に到達したものとみなされることとされていること(本件約款32条)、控訴人が保険契約者に毎年送付する「ご契約内容のお知らせ」において住所変更通知専用の書式を送付し、住所変更通知を励行するよう促していることが認められ、多数の保険契約者を対象とするという保険契約の特質をも踏まえると、保険契約者が、本件約款の定めに反し、住所変更通知を励行するよう促されたにもかかわず、控訴人に対して住所移転の通知をせず、更に保険料支払義務を怠って、督促を受けるに至ったときに、そのような保険契約者に対して督促通知書が送達されることまでが確保されていないとしても、そのことから、本件失効条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものに当たることにはならないものというべきである。

(4)  したがって、被控訴人の上記主張は採用できず、本件失効条項は、消費者契約法10条により無効となるものではない。

2  争点(2)(控訴人の自殺免責の主張は権利の濫用ないし信義則違反に当たるか)

(1)  被控訴人は、仮に本件失効条項が有効であるとしても、本件において控訴人が自殺免責を主張することは、権利の濫用ないし信義則違反として許されないと主張し、その理由として、①復活により従前の契約が継続するにもかかわらず自殺免責期間が再開することに理論的合理性がないから、保険者が自殺免責を主張できる場合は限定的に解すべきであり、保険契約者による逆選択であることを具体的にうかがわせる事情が存在しない限り、その主張は権利の濫用というべきこと、②本件保険契約が失効に至ったことについて亡Bに落ち度がなく、保険料を滞納したのも初めてであり、その自殺が自殺免責期間の3か月前であったのに対し、控訴人は亡Bから滞納保険料の支払を受け、復活に応じ、その後、滞りなく保険料の支払を受けていたこと、③Cが復活時に自殺免除期間の再開等について説明していないことを挙げる。

(2)  しかし、まず、復活による自殺免責期間の再開に理論的合理性がないとする点(上記(1)①)については、被保険者の自殺は、旧商法680条1項1号(保険法51条1号)が、生命保険契約における一般的な免責事由として定めるものであって、保険契約の期間のうち契約当初の一定期間に固有のものではない。また、上記各号の定めは、被保険者が自殺をすることにより故意に保険事故(被保険者の死亡)を発生させることは、生命保険契約上要請される信義誠実の原則に反し、また、そのような場合に保険金が支払われるとすれば、生命保険契約が不当な目的に利用される可能性が生ずるから、これを防止する必要があること等によるものと解され、本件免責条項のような自殺免責条項は、生命保険契約締結の被保険者の自殺による保険金の取得にあったとしても、その動機を一定の期間を超えて、長期にわたって持続することは一般的には困難であり、一定の期間経過後の自殺については、当初の契約締結時の動機との関係は希薄であるのが通常であることなどから、一定の期間内の被保険者の自殺による死亡の場合に限って、動機・目的にかかわりなく、一律に保険者を免責することとし、これによって生命保険契約が上記のような不当な目的に利用されることを防止する考えによるものと解される(最高裁平成16年3月25日第一小法廷判決・民集58巻3号753頁)。一方、本件免責条項が復活時に自殺免責期間を再開させることとしているのは、復活が、いったん保険契約を失効させた保険契約者が保険契約の復活を求めるものであるため、当初の契約締結時と同様に生命保険契約が上記のような不当な目的に利用されることを防止する必要があるとの考えによるものと解され、旧商法680条1項1号(保険法51条1号)の上記趣旨にかんがみれば、上記のような考えにより、復活の場合に自殺免責期間を再開させることに理論的合理性がないとはいえない。そして、本件免責条項が復活時にも一定の期間を自殺免責期間として再開することとしているのは、当初の自殺免責期間と同様に、一定の期間内の被保険者の自殺による死亡の場合に限って、動機・目的にかかわりなく、一律に保険者を免責することによって生命保険契約が上記のような不当な目的に利用されることを防止する考えによるものと解されるから、個別の保険契約者の動機・目的により、その適用が左右されることは相当でない。したがって、亡Bに逆選択をした形跡がないことから控訴人の自殺免責の主張は権利の濫用ないし信義則違反に当たるとの被控訴人の主張は採用できない。

(3)  次に、被控訴人は、亡Bには失効について落ち度がなく、保険料を滞納したのも初めてであり、自殺が自殺免責期間の3か月前であったという亡B側の事情と、控訴人が亡Bから滞納保険料の支払を受け、復活に応じ、その後、滞りなく保険料の支払を受けていたという控訴人側の事情を挙げている(上記(1)②)。

しかし、本件保険契約が失効・復活という経過を辿ることとなったのは、亡Bが本件保険契約に違反して保険料支払債務を怠り、本件保険契約を失効させた後、復活を希望したことによるのであり、しかも、前記1(2)で認定した事実によれば、亡Bは、第1回目の振替不能の際、本件督促通知書の送付を受け、Cからも連絡を受けたのに、本件保険契約を失効させたものである。一方、控訴人は、亡Bから復活を求められて復活に応じたのであるから、復活した保険契約に基づき、滞納保険料の支払を受け、契約に基づく保険料の支払を受けたからといって、自殺免責の主張が権利の濫用ないし信義則違反に当たることになるものではない。

(4)  被控訴人が、Cは、復活の際、亡Bに対し、自殺免責期間が再開することを説明しておらず、それにもかかわらず、控訴人が自殺免責を主張することは、騙し討ちに等しいと主張する点(前記(1)③)については、確かに、Cが、復活の際、亡Bに対し、自殺免責期間が再開することを説明したと認めるに足りる証拠はない。

しかし、証拠(甲11、乙1、2、8、74)及び弁論の全趣旨によれば、復活の際に自殺免責期間が再開することについては、本件保険契約締結時に亡Bに交付された本件約款の1条(乙1)に記載されているほか、復活の前提となる失効通知(乙8)においても、表面に、保険契約が失効した旨と「つきましては、裏面をご参照の上、必要なお手続きをお取りください。」という案内文が記載された上で、裏面に「保険契約の復活を希望される場合」と「保険契約の復活を希望されない場合」とに分けて複数の注意事項が記載され、このうち、復活を希望される場合の注意事項の一つとして「⑤復活後の告知義務違反や自殺免責を判定する際に基準となる危険開始日は復活日となります。」との記載がされており、その内容は、失効通知を受けた保険契約者が、これらの注意事項等を検討した上で復活を求めるかどうかを検討できるものとなっている。また、生命保険は一般に新規の契約時には自殺免責期間があるのが通常であり(公知の事実)、本件保険契約を復活させず、他の保険契約を締結したとしても、自殺免責期間は生ずるし、亡Bが自殺して生命保険金を取得するために本件保険契約を復活させたと認めることはできないから、自殺免責期間が再開するかどうかが、当時の亡Bにとって、本件保険契約を復活させるかどうかの動機に関係したとは認められない。すなわち、本件では、復活時に自殺免責期間が再開する旨の説明がされていれば、亡Bは本件保険契約を復活させなかったであろうとは認められないから、控訴人の説明に対する亡Bの信頼を保護する関係にはなく、控訴人の説明内容が、権利の濫用ないし信義則違反を基礎付けるものということもできない。

(5)  以上のとおり、被控訴人が挙げる事情は、いずれも控訴人の自殺免責の主張が権利の濫用ないし信義則違反となることを基礎付ける事情とはいえず、他に控訴人の自殺免責の主張が権利の濫用ないし信義則違反となることを基礎付ける事情は見当たらない。したがって、争点(2)に関する被控訴人の主張は採用できない。

3  以上によれば、本件免責条項による免責により、控訴人には亡Bの死亡に基づく死亡保険金を支払う義務がないから、被控訴人の請求は理由がない。

第4結論

以上によれば、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田剛久 裁判官 塩田直也 東亜由美)

(別紙)1、2<省略>

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