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東京高等裁判所 平成23年(ラ)895号 判決 2011年7月20日

抗告人

相手方

未成年者

主文

原審判を次のとおり変更する。

(1)  相手方の,未成年者の親権者を相手方と指定することを求める申立てを却下する。

(2)  相手方は抗告人に対し,未成年者を引き渡せ。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨及び理由は,別紙「即時抗告申立書」及び「即時抗告理由書」に記載のとおりである。

第2事案の概要

1  本件は,抗告人と相手方の間に出生し,相手方が認知して事実上監護する未成年者について,相手方が,その親権者を相手方と定めることを求め,抗告人がその引渡しを求める事案である。

2  抗告人(1977年○月○日生)は中国籍の女性であり,平成18年○月○日,相手方との間の子である未成年者を出産した。相手方(昭和38年○月○日生)は,これに先立つ平成18年×月×日,未成年者を胎児認知し,未成年者は出生により日本国籍を取得した。抗告人と相手方は相手方肩書住所地の相手方宅において同居していたが,抗告人は,平成22年×月,相手方宅を出て別居し,相手方が,未成年者を事実上監護養育するようになった。

本件は抗告人及び相手方と未成年者との親子間の法律関係に関するものであり,未成年者の本国法が父である相手方の本国法と同じ日本法であるので,日本法によるべきである(法の適用に関する通則法32条)。

原審は,未成年者の親権者を相手方と定め,未成年者の引渡しを求める抗告人の申立てを却下し,これを不服とする抗告人が即時抗告した。

3  当事者の主張は,次のとおり補正するほかは,原審判の「理由」中「第1 当事者の申立ての趣旨及び主張」1(2)及び2(2)に各記載のとおりであるから,それぞれこれを引用する。

(1)  原審判4頁6行目の「平成22年×月」の次に「×日」を加え,同頁6・7行目の「一時帰国を申立人に頼むと」を,「,相手方に対し,一時帰国したい旨を話したところ,」と改め,同頁8行目の「耐えかね,」の次に「同月×日」を加える。

(2)  同4頁10行目の「内縁関係のトラブルとして,」を「警察署では,内縁関係の紛争として,」と改める。

(3)  同4頁19行目の「今後が母親として」を「今後,抗告人が母親として」と改める。

(4)  同4頁26行目・同5頁1行目の「未成年者の親権者であったのであり,」の次に「このような場合,親権者の下における監護の状況が劣悪でその状況から緊急に離脱させる必要があるなど,子の福祉に反することが明らかな事情がある場合以外は親権者の変更は認められるべきではない。抗告人は,」を加え,同5頁1・2行目の「未成年者をずっと献身的に養育していた。」を「未成年者の監護養育のほとんどの部分を担い,母子関係も良好であった。」と改める。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,未成年者の親権者を相手方と指定することを求める相手方の申立ては却下すべきであり,相手方に対し,未成年者を抗告人に引き渡すことを命ずるべきであると判断する。その理由は,次のとおりである。

2  第2の2判示の事実関係,家庭裁判所調査官作成の調査報告書その他一件記録中の資料及び関連事件(j家庭裁判所k支部平成22年(家ロ)第×××号審判前の保全処分(子の引渡)申立事件,同第×××号強制執行停止申立事件及びl高等裁判所平成22年(ラ)第×××号審判前の保全処分(子の監護に関する処分(子の引渡))審判に対する抗告事件)記録中の資料によれば,以下の事実が認められ,この認定を覆すに足りる資料はない。

(1)  抗告人は,平成15年×月,中国g省から留学生として日本に入国し,同年×月から1年間d大学e学科に通学し,さらに,平成16年×月から平成18年×月までm専門学校に通学し,その間の平成17年×月,相手方の経営するa社に就職した。なお,抗告人は,中国において婚姻歴があり平成14年に離婚したが,前夫との間に長女(1994年生)をもうけており,同人は,中国に在住している。

(2)  相手方は,中国n市において出生し,昭和57年に来日して,o大学を卒業し,平成11年×月×日帰化により日本国籍を取得した。相手方は,平成13年,機械部品等の輸出入及び卸販売等を目的とするa社を設立し経営していたところ,同社は,平成23年×月×日解散し,清算人に就任した。

(3)  抗告人は,a社に就職した後,平成17年×月ころから相手方と交際を始め,相手方との間の子である未成年者を妊娠し,h市b区の相手方宅において相手方と同居するようになった。相手方は平成18年×月×日未成年者を胎児認知し,抗告人は,同年○月○日未成年者を出産した。相手方は,未成年者の定期検診,予防接種,通院などには付き添ったものの,日常はa社の業務に従事しており,同居期間中の未成年者の日常の監護養育は,主として抗告人が行った。

(4)  抗告人と相手方は,平成21年×月ころ,抗告人が中国において抗告人の両親のために住宅購入を希望したことに関して口論となり,それ以来,口論が絶えない状態となった。相手方は,同年×月,抗告人の右顔面を殴打し,抗告人に右外傷性鼓膜穿孔の傷害を負わせた。

(5)  相手方は,平成22年×月初旬ころ,口論の末,抗告人の顔面を殴打する暴力を振るったため,抗告人は,相手方に対する恐怖心から別居を決意し,その数日後,弟とともに未成年者を連れてc警察署に相談に赴き,相手方を警察署に呼び出した。警察署における聴取等の後,相手方は,未成年者を相手方宅に連れ帰ったが,抗告人は帰宅することなく相手方と別居し,東京都<以下省略>に居住する弟の下に身を寄せて生活するようになった。

(6)  抗告人は,その後,数回にわたり,相手方に対し,未成年者を引き渡すよう求めたが,相手方はこれに応じず,事実上未成年者の監護養育を継続し,平成22年×月,h市b区から肩書住所地に転居した。

(7)  抗告人は,平成22年×月×日から,東京都<以下省略>所在のf株式会社に正社員として就職し稼働しており,月収手取約26万円を得ている。抗告人は,相手方と別居後,弟夫婦と同居していたが,同年×月×日付けで,同じ建物内である現住所の居室につき賃貸借契約を締結し,同所に居住している。抗告人の弟は,平成13年に来日し,同人の妻ともども日本国内において稼働しており,抗告人を支援する意思を示している。抗告人の日本語による会話能力は,質問の意味はほぼ正確に理解でき,発話については流ちょうとはいえないが大きな問題なく,その意思を伝達することができる程度になっている。

(8)  相手方は,a社を経営し,年収約600万円を得ており,肩書住所地において,未成年者を事実上監護養育していたが,前記のとおりa社は平成23年×月解散した。また,相手方は,平成22年×月,未成年者を通園させていた保育園から退園させ,平成23年×月ころまでに肩書住所地の賃貸マンションから退去した。

(9)  相手方は,平成22年×月×日,横浜家庭裁判所川崎支部に未成年者の親権者を相手方と指定することを求める親権者指定の審判の申立て(平成22年(家)第230号)をし,抗告人は,平成22年×月×日,同裁判所に子の監護者の指定及び子の引渡の審判の申立て(平成22年(家)第×××号,第423号,ただし第×××号子の監護者の指定申立事件は同年×月×日取下げ)とともに審判前の保全処分(子の引渡)の申立て(平成22年(家ロ)第×××号)をし,同年×月×日,相手方に対し,上記子の引渡申立事件の審判確定に至るまで,未成年者を仮に抗告人に引き渡すことを命ずる審判がされた。相手方は,同年×月×日,上記審判に基づく強制執行の停止の申立て(平成22年(家ロ)第×××号)をしたが,j家庭裁判所k支部は,同月×日,同申立てを却下した。抗告人は,同年×月×日,上記審判前の保全処分の審判に基づき,子の引渡の執行に着手したが,相手方は,未成年者は旅行中であるとして,その所在を明らかにしなかったため,執行には至らなかった。相手方は,上記審判を不服として即時抗告したが,l高等裁判所は,同年×月×日抗告を棄却する決定をした。

3  以上の事実によると,未成年者は,相手方の認知した子であり,抗告人と相手方との協議により相手方を親権者と定めたとは認められないのであるから,母である抗告人のみの親権に服する(民法819条4項)ものというべきである。

そして,上記協議が調わないときは,家庭裁判所は協議に代わる審判をすることができるところ(同条5項),未成年者の親権者を相手方と定めることを求める相手方の申立ては,抗告人から相手方への親権者の変更を求めるものであるから,子の福祉の観点から親権者として相手方が抗告人よりふさわしく,子の利益のため相手方を親権者と定める必要があると認められる場合に認容されるべきである。

前記認定の事実によれば,抗告人と相手方が同居していた未成年者出生から約3年4か月間は,未成年者を主として監護養育していたのは抗告人であったことが認められ,その間の未成年者の成育の状況及び健康状態に照らせば,抗告人による監護養育が未成年者の福祉を損なう不適切なものであったとは認められない。

また,前判示の事実関係によれば,抗告人は,相手方の暴力による恐怖心から同居の継続を断念せざるを得なくなったものであり,別居後相手方に対し数回未成年者の引渡しを求めた後,未成年者の引渡しを求める本件申立てに至っていることに照らせば,未成年者を別居の際同行しなかったこと,別居後,自ら相手方の下に未成年者を引き取りに赴かなかったことから,直ちに未成年者の養育を自らの意思で放棄したものとは認められず,他に,これを認めるに足りる資料はない。そして,相手方による未成年者の監護は,抗告人が相手方の暴力による恐怖心から別居を余儀なくされたことの結果として開始されたものであり,抗告人の監護が未成年者の福祉を損なうものではなかったにもかかわらず,唯一の親権者である抗告人の意思に反して,これを変更して開始されたものである上,平成22年×月,未成年者を仮に抗告人に引き渡すことを命ずる審判がされたにもかかわらず,相手方が監護を継続して現在に至っていることに照らすと,相手方の監護により生じた状態を既成事実として必要以上に重視することは相当ではないというべきである。

その上,抗告人は,現在未成年者を監護養育する意欲を有していることが認められるところ,その収入,居住環境,監護補助者の存在など現在の生活状況によれば,未成年者の福祉の観点から適切な監護養育環境を提供することができるものと認められ,これを左右するに足りる資料はない。

これに対し,相手方の監護は,原審における家庭裁判所調査官の調査の行われた平成22年×月×日ころまでの間は,未成年者が保育園に適応し,成育及び健康状態にも問題はなく,相手方に親和しており,未成年者の福祉を損なう事情が生じていることを認めるに足りる資料はないものの,その後,相手方は,未成年者を上記保育園から退園させて,肩書地の賃貸マンションからも転居しており,その後の監護状況の適切さを裏付けるに足りる資料は存在しない。そして,抗告人の未成年者監護の実績と監護補助者の存在,未成年者の年齢など前判示の点も併せ考慮すれば,相手方による現在の監護が抗告人の監護に優っていることを認めるに足りる資料はないものというべきである。なお,相手方による事実上の監護は,平成22年×月から現在まで約1年5か月に及んでいることが認められるものの,相手方の監護により生じた状態を既成事実として必要以上に重視することが相当ではないことは前判示のとおりである。

以上の事情を総合すると,子の福祉の観点から親権者として相手方が抗告人よりふさわしく,子の利益のため相手方を親権者と定める必要があるとは認めるに足りず,相手方の親権者指定の申立ては理由がないというべきである。

4  以上によれば,相手方の親権者指定の申立ては却下するべきであり,相手方は,唯一の親権者である抗告人の意思に反して,未成年者を事実上の監護下においており,かつ,未成年者の福祉の観点からそれが相当というべき事情を認めるに足りる資料もないのであるから,相手方に対し,未成年者を抗告人に引き渡すよう命ずるのが相当である。

よって,これと異なる原審判は不当であるから,前記のとおり変更することとして,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大竹たかし 裁判官 栗原壯太 林俊之)

別紙<省略>

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