東京高等裁判所 平成23年(行コ)262号 判決 2012年1月18日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 厚生労働大臣が控訴人に対し平成22年5月20日付けでした柔道整復師免許取消処分を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,柔道整復師の免許を有し,その業務を行ってきた控訴人が,○に処せられたことを理由として,処分行政庁から柔道整復師法8条1項に基づき柔道整復師の免許を取り消す旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたことに対し,同条項に基づく行政処分につき処分基準が設けられておらず,本件処分の理由付記に不備があるなど,本件処分には重大な手続的瑕疵が存在するとともに,本件処分は控訴人が○に処せられた本件詐欺事件に至った経緯,処分時における控訴人の生活状況等,考慮すべき事項を考慮せず,比例原則違反の判断をしたものであるなど裁量権の範囲の逸脱があると主張して,本件処分の取消しを求める事案である。
2 原審は,控訴人の請求を棄却したため,控訴人が控訴をして,上記第1のとおりの判決を求めた。
3 柔道整復師法の定め,前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張の要旨は,当審における控訴人の主張の要旨が後記4のとおりであるほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2項ないし5項(原判決2頁8行目から15頁16行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
ただし,原判決3頁11行目の「同年」を「平成19年」に,6頁24行目の「同法」を「行政手続法」に,9頁21行目の「考慮されるべき事情」を「考慮されるべき刑事事件判決以後の事情」に,それぞれ改める。
4 当審における控訴人の主張の要旨
(1) 手続上の瑕疵
処分基準が定められていないことを理由として理由付記について抽象的な記載で足りるとされるのであれば,法が適正手続確保のために処分基準策定や理由付記という手続保障を配置した趣旨を完全に没却してしまう。特に本件においては,告知聴聞の機会においても裁量判断の実質的な理由が推知できる状態になっていなかったこと,本件詐欺事件の詐取額は他の免許取消処分事例よりはるかに少ないこと等からすれば,免許取消処分を選択することの理由付記は不可欠である。
最高裁平成23年6月7日第三小法廷判決は,処分基準が定められていない場合には詳細な理由付記が不要であるとの判断を示したものではない。むしろ,求められる理由付記の詳細さは,処分基準が公表されていない場合の方が優るはずである。上記判決は,適用された処分基準だけではなく処分基準を適用した理由がいかなるものであるのかも示す必要があるとしている。本件処分における理由付記は,控訴人をして違反行為が免許取消処分に該当するだけの重大なものであることを十分に認識させるものとなっていない。
行政手続法12条1項が努力義務を定めるものであることから直ちに処分基準を策定する必要がないとはいえない。柔道整復師法8条1項に基づく処分が広範にわたっていることや医師等についても処分基準が策定されていないことは,処分基準を策定する必要がないということの理由にならない。
聴聞手続において控訴人代理人が控訴人の刑事事件につき実刑判決になってしまった背景を伝え,その上で「反省している点についても参酌願いたい」との聴聞主宰者の意見が述べられたにもかかわらず,最も重い免許取消処分がされていることからすると,聴聞手続が何ら考慮されていないことが明らかである。
本件における手続を全体としてみれば,控訴人は,何らの処分基準が設けられていない状況で,理由付記も具体的にされず,聴聞主宰者の意見が反映されたのか否かもわからず,処分事由が発生した後の3年間の事情がどのように考慮されたのかも全くわからないままに,本件処分を受けたのであるから,行政手続の透明性の確保・行政裁量の恣意の抑制という観点から本件処分には手続違背があり,本件処分は取り消されるべきである。
(2) 裁量権の逸脱
他の同種事案との比較からすれば,本件処分は,平等原則違反を疑わせるほどに重い処分となっており,控訴人が刑事手続において実刑判決を受けたことの一事をもって免許取消処分を行った可能性が高い。
行政庁が処分につき判断すべき事項は,被処分者がいかなる刑を受けたかではなく,その刑の基礎となった事実がいかなるものであったか,処分時の被処分者の人格がどうであるかという点であって,その判断基準時は処分時である。
本件処分においては,控訴人が本件刑事事件に関与することになってしまった経緯,逮捕以前に自らの意思で医院を閉めて不正行為から離れた経緯,事件後反省と悔悟の念から努力し,柔道整復師の資格を生かした老人リハビリ施設における唯一の機能訓練指導員として患者や同僚から信頼を勝ち得ている点などについて考慮すべきであり,罪自体の悪質さや反省状況,処分時までの変化等について他の処分事例との比較検討を行わず,実刑か執行猶予かとの点のみを比較対象として平等原則適合性を判断する手法は,明らかに誤りである。
本件処分は平等原則に違背するものであり,裁量権の範囲を逸脱した違法がある。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は,当審における控訴人の主張を踏まえ,次のとおり説明を補足するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 補足説明
(1) 手続上の瑕疵の有無について
行政手続法12条1項は,不利益処分について,処分基準を定め公にすることを努力義務とし,また医師等についても,処分基準は策定・公表されていないが,このことから直ちに,柔道整復師法8条1項に基づく処分につき処分基準を策定・公表する必要がないといえない。
しかしながら,控訴人は柔道整復師法4条3号(罰金以上の刑に処せられた者)に該当したことを理由として免許取消処分を受けたものであるところ,上記条項の定める要件自体は一義的で明確であり,その適用基準を設ける要はないものである。他方,この要件に該当したときに,同法8条1項に基づき,免許の取消し又は期間を定めた業務の停止のどの処分を行うかの判断は,当該刑事罰の対象となった行為の種類,性質,違法性の程度,動機,目的,影響のほか,当該柔道整復師の性格,処分歴,反省の程度等,諸般の事情を総合考慮して判断されるべきものであり,処分行政庁の合理的な裁量に委ねられているが,その処分の基準は,処分が行われる事由が広範にわたり,判断要素も多岐に及ぶことからすると,あらかじめ画一的な基準を定めることは困難であり,また必ずしも適切であり必要であるということもできない。行政手続法12条1項は,このような観点も踏まえて,不利益処分の処分基準の策定及び公表について,一律にこれを法的義務とはせず,努力義務とするにとどめているのであり,医師等について処分基準が策定されておらず,医道審議会の「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方」等も抽象的なものにとどまっているのも,同様の理由によるものと解される。
そうすると,柔道整復師法8条1項に基づく処分について,その処分基準が策定・公表されていないこと自体は,本件処分に瑕疵をもたらすものではないというべきである。
また,本件処分においては,控訴人が本件詐欺事件により○に処せられ同法4条3号に該当したことが理由として付記されている以上,上記諸般の事情を考慮して行われる処分の選択に係る理由についてはこれを控訴人において推測することが可能な範囲にあり,不服の申立てに困難を来すとまでいうことはできないから,その裁量的判断に係る個別具体的な理由が付されていなくとも,理由の付記に不備はないというべきである。必要とされる理由付記の程度につき最高裁平成23年6月7日第三小法廷判決が判示した一般的基準を本件に当てはめれば,本件処分における理由付記に不備があるということのできないことは,原判決説示のとおりであり,柔道整復師法8条1項に基づく処分について処分基準が定められていないことから,直ちに理由付記について抽象的な記載で足りるとするものではない。
その他,告知聴聞手続を含む本件処分の手続全体をみても,本件処分に手続上の瑕疵があるとは認められない。
(2) 裁量権の範囲の逸脱の有無について
柔道整復師が柔道整復師法4条3号に該当する場合に,免許を取り消し,又は柔道整復師としての業務の停止を命ずるかどうか,業務の停止を命ずるとしてその期間をどの程度にするかということは,上記のとおり,処分行政庁が,裁量権の行使として,上記の諸般の事情を考慮して判断すべきものであり,処分行政庁が裁量権の行使としてした柔道整復師としての免許を取り消す処分は,それが社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,その裁量権の範囲内にあるものとして,これを違法であるということはできない。
控訴人は,本件処分は,控訴人が刑事手続において実刑判決を受けたことの一事をもって免許取消処分を行ったものであり,罪自体の悪質さや反省状況,処分時までの変化等について他の処分事例と比較すれば,本件処分は平等原則に違背しており,裁量権の範囲の逸脱がある旨主張する。
しかし,本件詐欺事件は,控訴人が柔道整復師の免許を有する立場を利用して行ったものである上,約10か月の間に合計15回にわたり同様の犯行を繰り返したものであることを考慮すれば,詐取した金額の合計は他の事例と比較して多くはないとしても,このことを理由に相当重い処分が行われてしかるべき性質のものであって,控訴人が,本件詐欺事件後反省の意を表し,本件処分時には柔道整復師の資格を生かした仕事に従事して真面目に勤務していることなど控訴人の主張する有利な事情を十分考慮しても,また,これらの情状につき他の処分事例より有利な事情があったとしても,本件処分が社会通念上著しく妥当を欠き,裁量権の範囲を逸脱するものであるとまでいうことはできない。他の処分事例との比較において本件処分が過度に重く不相当であるとまでいえないことは,原判決の説示するとおりであり,被処分者の受けた刑が実刑か執行猶予かという点は,罪責の軽重,柔道整復師としての品位についての評価を表すものとして重要な要素ではあるが,これのみを比較して判断しているものではない。
第4結論
よって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鈴木健太 裁判官 中村さとみ 裁判官 藤澤孝彦)