東京高等裁判所 平成24年(ネ)4171号 判決 2012年10月24日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人の十枚目力士としての権利を有する地位にあることを確認する。
3 被控訴人は,控訴人に対し,平成23年5月から毎月25日限り,月額103万6000円及びこれらに対するそれぞれ支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人は,控訴人に対し,平成23年から毎年8月末日及び12月末日限り,103万6000円及びこれらに対するそれぞれ支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被控訴人は,控訴人に対し,平成23年5月から毎奇数月末日限り,16万円及びこれらに対するそれぞれ支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被控訴人は,控訴人に対し,平成23年から毎年12月末日限り,24万円及びこれらに対するそれぞれ支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 被控訴人は,控訴人に対し,平成23年5月から毎年1月,5月及び9月の末日限り,2万5000円及びこれらに対するそれぞれ支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
8 被控訴人は,控訴人に対し,2400万円及びこれに対する平成23年4月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 控訴人は,力士の相撲競技の公開実施等の事業を行う財団法人である被控訴人に所属し,平成23年4月14日時点で,十枚目力士の地位にあった者である。本件は,被控訴人が,控訴人に対して,平成23年1月場所(以下「本件場所」ともいう。)の取組において故意による無気力相撲を行ったことを理由に,平成23年4月14日,被控訴人との間の契約関係を解除する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をしたので,控訴人が,被控訴人に対して,控訴人は故意による無気力相撲を行っておらず本件解雇は無効であることなどを理由に,十枚目力士の地位にあることの確認を請求するとともに,本件解雇後の給与等の支払及び不法行為又は債務不履行に基づく慰謝料等の支払を請求した事案である。
原審は,控訴人の請求のうち,給与等の将来請求に係る部分を却下し,その余を棄却したので,控訴人は,これを不服として本件控訴を提起した。
2 前提事実,争点及び当事者の主張は,当審における控訴人の補充主張を後記3のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第2 事案の概要」の2及び3に記載のとおりであるから(ただし,原判決3頁23行目の「原告」の次に「(力士名・A)」を加え,14頁4行目から5行目にかけての「相撲お技術」を「相撲技術」に改める。),これを引用する。
3 当審における控訴人の補充主張
(1) 控訴人が,B及びCとの間で,本件各取組において真剣勝負をせず各人の勝敗を1勝1敗にする旨(以下「本件星の回し」という。)の合意をしたと認めることはできないことについて
ア DとBの証言の不一致
本件星の回しの合意を認めるための証拠は,DとBの各証言であるところ,これらの証言には,次のような不一致があるので,信用することができない。
(ア) 本件星の回しの合意の成立の過程について
DとBの各証言は,本件星の回しを最初に持ちかけたのは誰か,控訴人を本件星の回しに参加させようと提案したのは誰かにつき一致していない。また,合意形成に至るまでの交渉経過につき,Dは,まずBとCとの間で故意による無気力相撲を行うことについて調整が難航し,その後控訴人を参加させて3者で星の回しをすることとし,控訴人に本件星の回しを提案した旨証言するのに対し,Bは,D,C及び控訴人の3者で本件星の回しの話をまとめた上で,Dから本件星の回しを提案された旨証言する。
(イ) 本件取組に関するDとBの打合せについて
本件取組(本件場所7日目の取組)に関する取組前のDとBとの打合せについて,Dは,互いに廻しを取る相撲をする旨の提案をした旨証言するのに対し,Bは,対戦相手に当てにいく体の部位を頭にするか胸にするかを述べただけで,廻しを取るという話は出ていない旨証言する。
イ DとBの通謀について
DとBは,被控訴人の特別調査委員会による調査がされている期間中や証人尋問に先立って,お互いに連絡を取り合っていた。また,Bは,他の力士,とりわけ警視庁が提供したメールに名前が出てこない力士の関与を供述することにつき極めて消極的であったのに,平成23年3月31日に被控訴人の特別調査委員から電話で本件星の回しについて尋ねられた際には,簡単かつ積極的に控訴人の関与を認めたが,こうしたBの態度は不自然であり,Dとの間の通謀が疑われる。さらに,DとBが被控訴人の特別調査委員会からの聴取を拒絶し始めた時期も一致する。したがって,DとBは通謀していると考えられるから,その各証言は信用することができない。
ウ DとBの平成23年3月30日以降の供述が従前の供述と一貫していないこと
DとBは,従前,被控訴人の特別調査委員会による事情聴取において,Bの故意による無気力相撲としてCとの取組を指摘していたのに,控訴人との取組は指摘していなかった。特に,Bは,被控訴人の特別調査委員会の4回目の事情聴取(平成23年2月18日)において,本件場所でのCとの取組が以前のCとの故意による無気力相撲の代償である旨供述していた。しかしながら,Dは,被控訴人の特別調査委員会の7回目の事情聴取(平成23年3月30日)において,本件星の回しに関する供述を始め,Bも,平成23年3月31日になって,被控訴人の特別調査委員会に対し本件星の回しに関する供述を始めた。このように,DとBの被控訴人の特別調査委員会における従前の供述と平成23年3月30日以降の供述は一貫していないから,その各証言は信用することができない。
エ DとBの各証言の客観的状況,事実との不整合について
(ア) アイコンタクトによる合図が困難であること
Dは,支度部屋で故意による無気力相撲の仲介相手と話をする際,アイコンタクトで合図を行っており,相手がアイコンタクトに気付かなければ,顔が合うまで待ち続けていた旨証言している。しかし,東西一方の支度部屋はさほど広くないところ,十両土俵入り前の時間帯において,十両力士だけで14人おり,各十両力士につき2,3人程度の付き人が付いているのに加え,幕下力士も多数出入りしているから,大変混み合っている。そうすると,アイコンタクトで合図をすることは困難である。
(イ) 支度部屋裏通路における故意による無気力相撲の仲介が困難であること
D及びBは,支度部屋裏通路において,故意による無気力相撲の仲介のための面談をしていた旨証言し,特に,Bは,支度部屋裏通路で面会する理由について,人目を気にしていることを挙げる。しかし,支度部屋裏通路は,多数の関取,付き人その他の相撲関係者によって喫煙場所,練習場所として利用されているから,Bの上記証言は,このような支度部屋裏通路の客観的利用状況に整合しない。
(ウ) 証言に係る事前の打合せの内容と実際の取組の状況の相違
Dは,本件取組の前に,Bに対し,廻しを取って相撲をする旨伝えた旨証言しているのに,本件取組の実際の状況は,Bが突き押しを繰り出していた。
(エ) したがって,D及びBの各証言は信用することができない。
オ 本件場所2日目のBとCの取組前に控訴人を加えた3個の取組の勝敗につき合意することは不合理であること
本場所中の個々の力士の状況は日々の勝敗等によって変化するから,故意による無気力相撲の合意は,その対象となる取組の前日までの個々の力士の勝敗等の状況を前提にされるはずであるし,取組は前日の夕方に判明し,個々の力士が翌々日以降の取組を認識することはできないから,あらかじめ3者間で3個の取組の勝敗を合意しておくようなことをするとは考えにくい。なお,本件場所における控訴人,B及びCの番付は近いが(控訴人は東十両▲枚目,Cは東十両▲枚目,Bは東十両▲枚目),平成21年から平成23年の本場所において,本件場所における控訴人,C及びBと同じ番付の力士間における取組が3個とも存在したのは,同じ部屋の力士が同時にこれらの番付にいたケースを除き,14場所中6場所にすぎなかった。
カ BとDに本件星の回しに関し虚偽の供述をする動機があること
控訴人の師匠はE親方である。E親方は,平成22年6月頃に発覚した力士による野球賭博の問題において,野球賭博に関与した力士に対する調査,処分などに主導的立場で関与していたところ,F部屋に所属する野球賭博に関与した力士に,野球賭博に関与した他の力士の氏名などを供述させたが,供述したのと引換えにF部屋に所属する力士の処分は行わなかった。こうしたことが原因で,E親方は多くの力士から反感を買っており,BやDは,E親方に対する反感が原因で,F部屋に所属する控訴人による故意による無気力相撲という虚偽の事実を供述したと考えられる。
キ Gの供述の信用性等について
Gは,被控訴人の特別調査委員会において,控訴人との間で故意による無気力相撲を行った旨供述したが,その後,控訴人との間の取組のビデオを見てこれを否定した。故意による無気力相撲を行っていないのに行ったと誤解することは通常考えられないから,Gは,控訴人に関し,故意に虚偽の供述をしたと考えられる。Gは,多くの故意による無気力相撲に関与してきたが,この点については,BやDも同様であり,3者は近い仲にあるといえる。そうすると,BやDは,Gと通じ,同様な虚偽の証言をしたと考えられる。
(2) 故意による無気力相撲の調査対象の恣意的な設定について
被控訴人における故意による無気力相撲の調査の対象は,平成21年1月場所以降の取組であり,また,三役以上の力士については,早々に調査対象から除外している。しかしながら,被控訴人における故意による無気力相撲の調査委員会による報告書(乙1)には,「八百長問題については,かねてからさまざまな指摘があったにもかかわらず,日本相撲協会として自浄作用が働かず,今回の事態に至った。」とあるし,平成21年5月場所のH(本件場所では大関)とIとの取組は,その決着が「空気投げ」,「念力投げ」と評するほかないような不自然なものであった。このような事実からすると,平成21年1月場所より前の場所や三役以上の力士についても,故意による無気力相撲が行われた可能性が高いのに,これらを故意による無気力相撲の調査の対象とせずに,三役より下の力士の平成21年1月場所以降の取組のみを調査の対象としたのは恣意的である。控訴人は,こうした恣意的な調査の結果,故意による無気力相撲を行ったとされたから,本件解雇は公平性を欠き無効である。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の被控訴人に対する請求のうち,給与等の将来請求に係る部分は不適法であり,その余の請求は理由がないものと判断する。その理由は,当審における控訴人の補充主張に対する判断を後記2のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 当審における控訴人の補充主張に対する判断
(1) 本件星の回しの合意が認められるか否かについて
ア DとBの各証言の不一致について
控訴人は,① DとBの各証言は,本件星の回しを最初に持ちかけたのは誰か,控訴人を本件星の回しに参加させようと提案したのは誰かにつき一致しておらず,また,本件星の回しの合意の成立の過程につき,Dは,BとCとの間で調整が難航した後で,控訴人を参加させて3者で星の回しをすることとした旨証言しているのに対し,Bは,D,C及び控訴人の3者で本件星の回しの話をまとめた上で,Dから本件星の回しを提案された旨証言し,② 本件取組に関する取組前のDとBの打合せの内容について,Dは,互いに廻しを取る相撲をする旨の提案をした旨証言するのに対し,Bは,対戦相手に当てにいく体の部位を頭にするか胸にするかを述べただけで,廻しを取るかどうかは述べていない旨証言しており,DとBの各証言が一致しないから,DとBの各証言は信用することができない旨主張する(前記第2の3(1)ア)。
しかし,本件星の回しを最初に持ちかけた人物につき,Dは,本件場所の2日目のBとCの取組における故意による無気力相撲に関し,最初にBとCのいずれかから電話がかかってきた旨証言し,Bは,Dから話が持ち込まれた旨証言し,控訴人を本件星の回しに参加させようと提案した人物につき,Dは,BかCかDかわからない旨証言し,Bは,C,控訴人及びDの3人で決めたかもしれないし,Dかもしれない旨証言する(証人J,証人K)。このように,DやBの証言に曖昧な点が多く必ずしも一致していないが,DやBは他にも故意による無気力相撲に関与していること(乙3ないし5)などに鑑みると,本件星の回しに関する子細な点につき曖昧で必ずしも一致しない証言をしても,その証言の主要部分に信用性がないとはいえない。また,本件星の回しの合意の成立の過程に関するDとBの各証言は,本件場所2日目の十両土俵入前に本件星の回しをすることの合意が成立したこと,当初,BとCとの間でどちらが勝つのか調整がつかなかったこと,本件星の回しの合意の形成に当たり,Dは支度部屋を行き来し,支度部屋ないし支度部屋裏通路で各力士と面談したことという主要部分において符合しているから(引用に係る原判決の「第3 当裁判所の判断」中の2(1)ウ及びエ),本件星の回しの合意の成立の過程に関するDとBの各証言が不一致であるとはいい難い。
したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。
イ DとBの通謀について
控訴人は,DとBが,被控訴人の特別調査委員会による調査がされている期間中や証人尋問に先立って,お互いに連絡を取り合っていたこと,Bが,他の力士の関与を供述することにつき極めて消極的であったのに,平成23年3月31日に被控訴人の特別調査委員から電話で本件星の回しについて尋ねられた際には,簡単かつ積極的に控訴人の関与を認めたのは不自然であること,DとBが被控訴人の特別調査委員会からの聴取を拒絶し始めた時期が一致することからすると,DとBは通謀していると考えられるから,その証言は信用することができない旨主張する(前記第2の3(1)イ)。
しかし,DとBが連絡を取り合っていたからといって,直ちにその証言の信用性が失われるわけではない。また,Bは,平成23年3月31日に,被控訴人の特別調査委員から電話による事情聴取を受け,従前発覚していなかった本件星の回しについて尋ねられているところ,そのやり取り(乙3)からすると,本件星の回しを仲介したDが被控訴人の特別調査委員会に本件星の回しについて供述したと考え,そうであれば秘匿することができないと思って供述し始めたと考えられるから,本件星の回しに関する供述を始めた経緯が不自然であるということはできず,Bが本件星の回しを供述し始めたことにつき,DとBが通謀していたと認めることはできない。
したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。
ウ DとBの平成23年3月30日以降の供述の従前の供述との一貫性について
控訴人は,DとBが,従前,被控訴人の特別調査委員会による事情聴取において,Bの故意による無気力相撲としてCとの取組を指摘していたのに,控訴人との取組は指摘せず,特に,Bは,被控訴人の特別調査委員会の4回目の事情聴取(平成23年2月18日)において,本件場所でのCとの取組が以前のCとの故意による無気力相撲の代償である旨を供述していたのに,Dは,被控訴人の特別調査委員会の7回目の事情聴取(平成23年3月30日)において,本件星の回しに関する供述を始め,Bも,23年3月31日になって,本件星の回しに関する供述を始めており,DとBの従前の供述と同月30日以降の供述は一貫していないから,その証言も信用することはできない旨主張する(前記第2の3(1)ウ)。
しかし,DとBの従前の供述と平成23年3月30日以降の供述が一貫していないからといって,DとBの証言が信用できないとはいえないことは,引用に係る原判決の「第3 当裁判所の判断」中の2(2)に説示のとおりである。
したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。
エ DとBの各証言の客観的状況,事実との不整合について
控訴人は,Dが,支度部屋で故意による無気力相撲の仲介相手と話をする際,アイコンタクトで合図を行っており,相手がアイコンタクトに気付かなければ,顔が合うまで待ち続けていた旨証言しているところ,支度部屋は大変混み合っているから,アイコンタクトで合図をすることは困難であること,D及びBは,支度部屋裏通路において,故意による無気力相撲の仲介のための面談をしていた旨証言し,特に,Bは,支度部屋裏通路で面会する理由について,人目を気にしていることを挙げるところ,支度部屋裏通路は,多数の関取,付き人その他の相撲関係者によって喫煙場所,練習場所として利用されているから,D及びBの上記証言は,このような支度部屋裏通路の客観的利用状況に整合しないこと,Dは,本件取組の前に,Bに対し,廻しを取って相撲をする旨伝えた旨証言しているのに,本件取組の実際の状況は,Bが突き押しを繰り出していたことなど,DとBの各証言は客観的状況に符合しない点があるから信用することができない旨主張する(前記第2の3(1)エ)。
しかし,支度部屋が混み合っていたからといって,力士が準備運動をする程度のスペースはあるから(証人J),アイコンタクトが困難であるとまではいえないし,支度部屋裏通路が多くの関係者に利用されていても,人目を気にしながら他に知られたくない内容の会話をすることは可能である。また,乙8によれば,Bは,本件取組において,控訴人を1回突き放しているものの,ほどなく控訴人に左の上手廻しを与えていることが認められるから,DのBに対する事前の伝言と実際の相撲内容が異なっているとはいえない。
したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。
オ あらかじめ3者で3個の取組の勝敗を合意することが不合理であるか否かについて
控訴人は,故意による無気力相撲の合意は,その対象となる取組の前日までの個々の力士の勝敗等の状況を前提にされるはずであるし,個々の力士が翌々日以降の取組を認識することはできないから,あらかじめ3者間で3個の取組の勝敗を合意しておくようなことをするとは考えにくい旨主張する(前記第2の3(1)オ)。
しかし,Dは,3者で星を回し合うことが多い旨証言していることに照らせば,3者で合意することが,故意による無気力相撲の形態として,しばしば行われることであるということができる。そして,本件場所の番付は,控訴人が東十両▲枚目,Cが東十両▲枚目,Bが東十両▲枚目であり,十両は28人しかおらず,同一の場所において15日の取組があるから,近い番付(枚数)の十両力士同士はその場所中に高い確率で対戦することになるということができるところ(甲25,乙30),CとBとの間で,本件場所の2日目の取組において故意による無気力相撲の調整をすることができなかったのであるから(証人J,証人K),控訴人を加えて3者で故意による無気力相撲の合意をすることは,十分に合理性があるといえる。なお,甲70の1~4によれば,本件場所における控訴人,C及びBと同じ番付の力士間における取組が3個とも存在したのは,同じ部屋の力士が同時にこれらの番付にいたケースを除き,平成21年から平成23年までの14場所中6場所であることが認められるが,これをもって3個の取組が同一の場所で全てされる確率が低いとはいえない上,3者間で勝敗の合意をしたものの,同一の場所で3個の取組全てがされなかった場合には,その取組が次の場所以降にされた時に故意による無気力相撲を行い,次の場所以降にその取組がされない場合には金銭を支払って精算がされることもあるため(証人J,証人K),同一の場所で必ず3者間の3個の取組がされるとは限らないことは,あらかじめ3者間で3個の取組の勝敗を合意することを妨げる事情であるとはいえない。
したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。
カ DとBが虚偽の証言をする動機について
控訴人は,控訴人の師匠であるE親方が,平成22年6月頃に発覚した力士による野球賭博の問題において,野球賭博に関与した力士に対する調査,処分などに主導的立場で関与し,F部屋に所属する野球賭博に関与した力士に,野球賭博に関与した他の力士の氏名などを供述させたが,供述したのと引換えにF部屋に所属する力士の処分は行わなかったことなどが原因で,多くの力士から反感を買っており,BやDは,E親方に対する反感が原因で,F部屋に所属する控訴人による故意による無気力相撲という虚偽の事実を供述したと考えられる旨主張する(前記第2の3(1)カ)。
しかし,引用に係る原判決の「第3 当裁判所の判断」中の2(1)ウ,エに説示のとおり,D及びBは,E親方に対して反感ないし恨みを持っていたことを否定する旨の証言をしている。そして,控訴人はE親方の弟子の1人にすぎず,控訴人が解雇されたりしてもE親方に大きな不利益が生じるとはいい難いこと,D及びBも本件星の回しに関する自らの供述によって控訴人の解雇といった重大な結果が生ずることを認識しているはずであり,虚偽の供述をしたことが発覚した場合には自らに重大な不利益が及ぶことを考慮すると,D及びBに虚偽の証言をする動機があるとはいい難い。
したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。
キ Gの供述の信用性等について
控訴人は,Gが,控訴人の故意による無気力相撲に関し,故意に虚偽の供述をしているところ,多くの故意による無気力相撲に関与してきたBやDはGと近い仲にあり,Gと通じて同様な虚偽の証言をしたと考えられる旨主張する(前記第2の3(1)キ)。
しかし,故意による無気力相撲の対象となる取組が,BやDの各証言とGの供述とで異なるから,これらの間に関連性はなく,Gの供述が虚偽であることは,BやDの証言の信用性に影響しないというべきである。
また,乙6(被控訴人の特別調査委員によるGに対する平成23年4月8日付け事情聴取報告書)によれば,平成23年2月3日から同年3月30日にかけてGに対し被控訴人の特別調査委員会により9回にわたる事情聴取が行われたこと,Gは,故意による無気力相撲を行った力士として,控訴人を含む17名の力士の名を挙げたこと,控訴人とは少なくとも1度故意による無気力相撲を行った記憶がある旨供述したこと,調査対象とされた平成21年1月場所以降に控訴人との間で3回の取組があり,平成22年3月場所と平成22年5月場所の取組についてDVDで確認したところ,いずれも真剣勝負なので,平成21年11月場所に故意による無気力相撲を行ったと思う旨供述したこと,その後,同場所の取組についてもDVDで確認したところ,真剣勝負であると供述したことが認められる。このように,調査の対象が平成21年1月場所以降に限定され,Gの故意による無気力相撲の相手方として調査の対象になる力士も17名に上るから,Gは,控訴人との間の故意による無気力相撲に関し,平成21年1月場所より前のものをそれ以降のものと思ったりするなどの記憶違いをすることもあり得るし,DVDで確認した都度故意による無気力相撲を否定しているから,故意に虚偽の供述をしたとは考えられない。
したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。
(2) 故意による無気力相撲の調査対象の恣意的な設定について
控訴人は,被控訴人における故意による無気力相撲の特別調査委員会による報告書に「八百長問題については,かねてからさまざまな指摘があった」旨指摘されていることや平成21年5月場所のH(本件場所当時では大関)とIの取組は故意による無気力相撲と考えられることからすると,平成21年1月場所より前の場所や三役以上の力士についても,故意による無気力相撲が行われた可能性が高いのに,故意による無気力相撲の調査の対象を,平成21年1月場所以降の取組とし,また,三役以上の力士については,早々に調査対象から除外したことは,恣意的であり,控訴人は,こうした恣意的な調査の結果,故意による無気力相撲を行ったとされたから,本件解雇は公平性を欠き無効である旨主張する(前記第2の3(2))。
しかし,乙32(被控訴人の特別調査委員であった弁護士村上泰の平成24年8月30日付け陳述書)によれば,被控訴人の故意による無気力相撲の特別調査委員会が設置されたきっかけは,平成22年に生じた力士による野球賭博の問題に関して,警視庁が力士らの携帯電話を押収し,その内容を解析した結果,平成22年3月場所と平成22年5月場所において,故意による無気力相撲が行われていたことを疑わせるメールが発見されたことであること,被控訴人の特別調査委員会は,平成23年2月2日から同年5月18日までの間設置され,従前,被控訴人と関係のない弁護士などで構成されたこと,被控訴人の特別調査委員会が力士に対して事情聴取をしたところ,それ以前の場所においても故意による無気力相撲が行われていたことが判明したこと,故意による無気力相撲を認定するためにはその取組を特定する必要があるところ,過去に遡るほど記憶が不鮮明になり取組の特定も困難になるので,被控訴人の特別調査委員会は,平21年1月場所以降の取組を対象とすることとしたことが認められる。そうすると,故意による無気力相撲の調査の対象を平成21年1月場所以降の取組としたことは,被控訴人による恣意的な措置であるとは認められない。
また,控訴人が指摘する平成21年5月場所のHとIの取組が,故意による無気力相撲であることを認めるに足りる証拠はないし,被控訴人が,無気力相撲の調査対象から三役以上の力士を除外したことを認めるに足りる証拠もない。
したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。
3 結 論
よって,控訴人の被控訴人に対する請求のうち,給与等の将来請求に係る部分は不適法として却下し,その余の請求は理由がないから棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であって,控訴人の本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上繁規 裁判官 笠井勝彦 裁判官 宮永忠明)