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東京高等裁判所 平成24年(ネ)437号 判決 2012年11月27日

控訴人

株式会社X1(以下「控訴人X1社」という。)

代表者代表取締役

控訴人

株式会社X2(以下「控訴人X2社」という。)

代表者代表清算人

控訴人

株式会社X3(以下「控訴人X3社」という。)

代表者代表清算人

控訴人

株式会社X4(以下「控訴人X4社」という。)

代表者代表取締役

控訴人

株式会社X5(以下「控訴人X5社」という。)

代表者代表取締役

上記5名訴訟代理人弁護士

高松薫

大石忠生

多田光毅

大倉丈明

被控訴人

株式会社三菱東京UFJ銀行(以下「被控訴人三菱東京」という。)

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

小沢征行

秋山泰夫

吉岡浩一

小野孝明

御子柴一彦

山崎篤士

上枝賢太郎

笠井陽一

清水健次

森安紀雄

外海周二

高尾剛

東卓

西原秀隆

佐藤良尚

岡渕貴幸

小林多希子

阿部博昭

三好涼子

石黒英明

古川綾一

遠藤洋一

清水洋介

被控訴人

株式会社三井住友銀行(以下「被控訴人三井住友」という。)

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

島田邦雄

石川智史

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴人らの当審において追加された請求をいずれも棄却する。

3  当審における訴訟費用はすべて控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(1)  控訴の趣旨

ア 原判決を取り消す。

イ(ア) 被控訴人三菱東京は、控訴人X1社に対して、2847万9653円及びこれに対する平成22年7月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(イ) 被控訴人三菱東京は、控訴人X2社に対して、2206万0371円及びこれに対する平成22年7月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(ウ) 被控訴人三菱東京は、控訴人X3社に対して、3863万9842円及びこれに対する平成22年7月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

ウ(ア) 被控訴人三井住友は、控訴人X4社に対して、2957万7832円及びこれに対する平成22年7月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(イ) 被控訴人三井住友は、控訴人X5社に対して、700万4765円及びこれに対する平成22年7月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  当審で追加された請求の趣旨

ア(ア) 被控訴人三菱東京は、控訴人X1社に対して、1814万0084円及びこれに対する平成24年2月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(イ) 被控訴人三菱東京は、控訴人X2社に対して、2206万0371円及びこれに対する平成24年2月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(ウ) 被控訴人三菱東京は、控訴人X3社に対して、707万3053円及びこれに対する平成24年2月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

イ(ア) 被控訴人三井住友は、控訴人X4社に対して、2350万4381円及びこれに対する平成24年2月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(イ) 被控訴人三井住友は、控訴人X5社に対して、700万4765円及びこれに対する平成24年2月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人ら

主文1項及び2項と同旨

第2事案の概要

1(1)  本件は、①被控訴人三菱東京が、控訴人X1社、控訴人X2社、控訴人X3社、株式会社a(以下「a社」という。)及び株式会社b(以下「b社」といい、これらの5社を一括して「控訴人ら5社」という。なお、控訴人ら5社はいずれも株式会社c(以下「c社」という。)の系列会社である。)の普通預金を無権限のH(以下「H」という。原判決4頁16行目参照)に対して違法に払い戻したことにより損害を被ったと主張する控訴人X1社、控訴人X2社及び控訴人X3社が、被控訴人三菱東京に対し、不法行為に基づき、控訴人X1社は損害賠償金2847万9653円(a社から譲り受けた不法行為に基づく損害賠償債権であり、払戻金相当額2787万9653円と弁護士費用60万円との合計額)、控訴人X2社は損害賠償金2206万0371円(払戻金相当額2158万0371円と弁護士費用48万円との合計額)、控訴人X3社は損害賠償金3863万9842円(払戻金相当額687万3053円と弁護士費用20万円、控訴人X1社及びb社から譲り受けた不法行為に基づく損害賠償債権(控訴人X1社の払戻金相当額1774万0084円と弁護士費用40万円、b社の払戻金相当額1310万6705円と弁護士費用32万円)との合計額)と、各損害賠償金に対する不法行為の後である平成22年7月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めるとともに、②被控訴人三井住友が、控訴人X4社、控訴人X5社及び株式会社d(以下「d社」といい、これらの3社を一括して「控訴人ら3社」という。なお、控訴人ら3社もいずれもc社の系列会社である。)の普通預金を無権限のHに対して違法に払い戻したことにより損害を被ったと主張する控訴人X4社及び控訴人X5社が、被控訴人三井住友に対し、不法行為に基づき、控訴人X4社は損害賠償金2957万7832円(払戻金相当額2165万9381円と弁護士費用48万円、d社から譲り受けた不法行為に基づく損害賠償債権(払戻金相当額723万8451円と弁護士費用20万円)との合計額)、控訴人X5社は損害賠償金700万4765円(払戻金相当額680万4765円と弁護士費用20万円との合計額)と、各損害賠償金に対する不法行為の後である平成22年7月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。

これに対し、被控訴人らは、本件預金(原判決4頁20行目参照)の払戻に際して、払戻請求書等に押印された印章と届出印との同一性を印影の照合により確認しており、Hに正当な権限がないと疑うに足りる特段の事情もなかったから、本件預金を払い戻したことに過失はない等と主張して、控訴人らの本訴請求をいずれも争った。

(2)  原審は、真正な預金通帳及び銀行届出印による押印のある払戻請求書を窓口に提示して、預金の払戻が請求され、銀行の窓口担当者が印影の照合等の所定の手続を経てこれを確認した上で、その払戻に応じた場合には、払戻請求者に払戻を受ける権限がなかったとしても、無権限であると疑うに足りる特段の事情がない限り、払戻請求者にその権限について説明を求め、あるいは、預金者本人(会社)に電話で照会するなどの確認措置を講じなかったことについて過失があったとはいうことができず、このような確認措置を講じないまま払戻に応じても不法行為責任はないとした上で、本件においても、Hが本件預金についての真正な預金通帳及び銀行届出印による押印のある払戻請求書を被控訴人らの窓口に提示して、本件引き出し(原判決4頁21行目参照)を行っており、被控訴人らの窓口担当者は、印影の照合等の所定の手続を経てこれを確認したのであり、しかも、Hが払戻を受ける権限を有することについてこれを疑わせる特段の事情もなかったのであるから、本件引き出しに応じた被控訴人らにはいずれも過失がなかったと認定判断し、また、犯罪収益移転防止法(原判決6頁10行目参照)に基づく本人確認義務違反の過失があったとする控訴人らの主張も排斥して、控訴人らの本訴請求をいずれも棄却した。

(3)  控訴人らは、原判決を不服として控訴するとともに、当審において、訴えを追加的に変更し、本件預金に係る預金契約に基づき、①被控訴人三菱東京に対して、控訴人X1社は預金1774万0084円と、預金契約の債務不履行に基づく損害賠償金(弁護士費用)40万円の合計1814万0084円、控訴人X2社は預金2158万0371円と、預金契約の債務不履行に基づく損害賠償金(弁護士費用)48万円の合計2206万0371円、控訴人株式会社X3社は預金687万3053円と、預金契約の債務不履行に基づく損害賠償金(弁護士費用)20万円の合計707万3053円及びこれらに対する訴え変更申立書送達の日の翌日である平成24年2月21日から各支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の各支払を求めるとともに、②被控訴人三井住友に対して、控訴人X4社は預金2165万9381円と、預金契約の債務不履行に基づく損害賠償金(弁護士費用)184万5000円の合計2350万4381円、控訴人X5社は預金680万4765円と、預金契約の債務不履行に基づく損害賠償金(弁護士費用)20万円の合計700万4765円及びこれらに対する訴え変更申立書送達の日の翌日である平成24年2月22日から各支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の各支払を求めた。

2  「前提事実等」と「争点及び当事者の主張」は、次項において、「当審において追加された訴えに係る争点及び当事者の主張」を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の第2の1ないし3に記載するとおりであるから、これを引用する。

3  当審において追加された訴えに係る争点及び当事者の主張

(1)  本件預金の払戻の効力(債権の準占有者に対する弁済)

ア 被控訴人らの主張

(ア) Hは、本件引き出しの当時、本件預金に係る通帳及び届出印を所持しており、取引通念上、債権者としての外観を有していた。

(イ) 預金者が会社の場合、従業員が預金の払戻手続をするのは一般的なことであり、複数の系列会社について同一人が預金の払戻手続をすることも日常的なことであるから、従業員による払戻ということや、同一人による複数の会社の払戻というだけでその権限を疑うべきであるということにはならない。また、払戻額も預金者の資金需要に応じて決まることであり、預金残高も千差万別であり、資金需要も様々であることからすると、払戻金が多額ないし全額であるということだけでは何ら払戻請求者の権限を疑うべき事情には当たらない。控訴人ら5社及び控訴人ら3社が過去に現金で払戻を受けたことが少なかったとしても、過去の取引状況を確認した上で払戻請求への対応を判断する必要があるとするのは銀行実務に照らしても不当である。払戻請求者の服装、持参したバッグの種類や大きさについても、どのような場合にその権限を疑うものとするかについて明確な基準を設定することは実際上困難なことであり、Hがb社の電話番号を1度誤記したことも、勘違いや誤記などは日常生活においても十分にあり得ることであるから、Hがその後指摘を受けて登録された電話番号を正確に記載したことからすると、権限の有無を疑うべき事情とはならないというべきである。窓口担当者が払戻請求者と面識がないことは、むしろ通常のことであって、面識がないことだけで権限の有無を疑うべきであるとするのは銀行に不可能を強いることになり不当である。

(ウ) 被控訴人三菱東京の主張

前日に現金での払戻の連絡を受け、本件引き出しの当日には、払戻請求書等に押印された印章と届出印との同一性を印影の照合により確認した上、届出住所や電話番号の記載を求めてこれを確認しているのであるから、被控訴人三菱東京に過失があったとはいえず、控訴人ら5社の預金の払戻請求に応じたことは、債権の準占有者に対する弁済として有効である。

(エ) 被控訴人三井住友の主張

前日に現金での払戻の連絡を受け、本件引き出しの当日には、払戻請求書等に押印された印章と届出印との同一性を印影の照合により確認した上、Hが過去にb社の預金の払戻手続を行ったことがあるなどの事実関係のもとでは、被控訴人三井住友に過失があったとはいえず、控訴人ら3社の預金の払戻請求に応じたことは、債権の準占有者に対する弁済として有効である。

イ 控訴人らの主張

(ア) Hは、本件預金の払戻を受ける権限を有していなかったところ、本件預金の通帳及び届出印を所持していたというだけでは取引通念上債権者としての外観を有していたとはいえず、債権の準占有者に当たらない。

(イ) 本件引き出しは、①本件預金の全額について払戻を受けるものであり、かつ、その金額も被控訴人三菱東京については8700万円余り、被控訴人三井住友については3500万円余りといずれも高額であったこと、②被控訴人三菱東京については控訴人ら5社の、被控訴人三井住友については控訴人ら3社の各預金を一度に払い戻すものであったこと、③控訴人らのそれまでの取引は、現金で払戻を受けることはごくまれなことであったこと、④Hは、本件引き出し当時、会社員風の服装であったにもかかわらず、横幅80cm、縦幅60cmのボストンバッグを持参しており、b社の電話番号を誤記するなどその風体や行動には不審な点があったこと、⑤Hは、本件引き出し当時、1人で被控訴人らの店舗を訪れており、被控訴人らの窓口担当者はいずれもHと面識がなかったことなどからすると、Hに払戻の権限がない可能性を疑うべき特段の事情があったにもかかわらず、控訴人ら5社あるいは控訴人ら3社との関係をHに確認したり、各社に電話で連絡するなどの確認措置を講じることなく払戻に応じた被控訴人らには過失があったというべきである。

したがって、Hからの払戻請求に応じたことによる弁済の効力は生じないというべきである。

(2)  相殺

ア 被控訴人らの主張

Hは、控訴人らのインターネットによる広告業務を担当し、控訴人らの共同の事務所に出入りしていたことからすると、控訴人らはその事業のためにHを使用していたものである。そして、本件預金の払戻を受けた当時、Hは、本件預金の通帳及び届出印を所持しており、少なくとも外形的には控訴人らの事業の執行として、本件預金の払戻を受けたものであるから、仮に本件預金の払戻につき債権の準占有者に対する弁済として債務消滅の効力が生じないとしても、Hの詐欺による本件預金の払戻に応じた被控訴人らは、払戻額と同額の損害を受けたことになり、控訴人X1社、控訴人X2社及び控訴人X3社は、被控訴人三菱東京に対して、使用者責任に基づき、連帯して、払戻金相当額の合計4619万3508円の損害賠償債務を負うことになり、また、控訴人X4社及び控訴人X5社も、被控訴人三井住友に対し、使用者責任に基づき、連帯して、払戻金相当額の合計3570万2597円の損害賠償債務を負うことになる。

そして、被控訴人三菱東京は、平成24年9月10日の当審における第4回弁論準備手続期日において、控訴人X1社、控訴人X2社及び控訴人X3社に対し、上記の損害賠償請求権を自働債権とし、同控訴人らの預金債権を受働債権として、対当額で相殺するとの意思表示をした。

また、被控訴人三井住友は、同年7月9日の当審における第3回弁論準備手続期日において、控訴人X4社及び控訴人X5社に対し、上記の損害賠償請求権を自働債権とし、同控訴人らの預金債権を受働債権として、対当額で相殺するとの意思表示をした。

イ 控訴人らの主張

控訴人X5社とHとの間に使用関係があったことは認めるが、その余の控訴人らとHとの間に使用関係はなく、本件引き出しが控訴人らの事業の執行として行われたものでもない。仮に控訴人らとHとの間に使用関係があったとしても、本件引き出しが控訴人らの事業の執行として行われたものであると信じるについて被控訴人らには重過失があったから、控訴人らが使用者責任を負うことにはならない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も、被控訴人らは、窓口担当者が印影の照合等の所定の手続により真正な預金通帳及び銀行届出印による押印のある払戻請求書であることを確認した上で本件引き出しに応じたものであり、払戻請求者であるHが本件預金の払戻を受ける正当な権限を有していることを疑うべき特段の事情があったとは認められず、同人にその権限について説明を求め、あるいは、預金者本人である控訴人ら5社あるいは控訴人ら3社に電話で照会するなどHの権限について確認措置を講じるべき責任があったとはいえないから、被控訴人らにはいずれも過失がなく、本件引き出しに応じたことについて控訴人らに対する不法行為責任を負うことはないものと判断する。その理由は、原判決の「事実及び理由」中の第3の1及び2に記載するとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決11頁10行目の「同月25日」を「同年12月8日」に、同21行目の「乙B20~24」を「乙B20ないし23」にそれぞれ改める。)。

2  当審において追加された訴えに係る争点に対する判断

(1)  当裁判所は、被控訴人らのHに対する本件預金の払戻が、債権の準占有者に対する弁済に当たり、民法478条により債務消滅の効力を有するから、控訴人らの被控訴人らに対する各預金債権は消滅したものと判断する。その理由は次のとおりである。

(2)  債権の準占有者とは、社会一般の取引通念に照らして、真実の債権者又はその代理人(使者を含む。以下「代理人等」という。)であると信ずるに足りる外観を有する者をいうと解されるところ、原判決(12頁5行目以下)も認定するとおり、Hは、被控訴人三菱東京から控訴人ら5社の預金の払戻手続をした際、真正な預金通帳及び銀行届出印を所持し、これらを使用して払戻請求書に所定の事項を記載し、これをe支店の窓口に提示して、預金の払戻を求め、また、被控訴人三井住友から控訴人ら3社の預金の払戻手続をした際、真正な預金通帳及び銀行届出印を所持し、これらを使用して払戻請求書に所定の事項を記載し、これをf支店の窓口に提示して、預金の払戻を求めたものであるから、社会一般の取引通念に照らすと、Hは、控訴人ら5社及び控訴人ら3社の預金の払戻を受ける権限(受領権限)を有する代表者本人ないしは代理人等としての外観を有していたというべきであり、これらの預金債権についての準占有者に当たると解するのが相当である。

控訴人らは、Hが一度に5社ないし3社の預金の払戻手続をしており、関連会社であることが明らかでもない複数の会社の預金の払戻手続を同一人が行うこと自体が不自然であるから、取引通念上も真実の債権者ないしその代理人等であると信ずるに足りる外観を有していたとはいえず、そもそも債権の準占有者には当たらないと主張する。しかし、銀行実務において、窓口での払戻については、届出印と払戻請求書の印影との照合により払戻請求権者の受領権限を確認する運用が一般的に行われており、預金者もこのような運用を前提として、預金通帳及び届出印を適切に保管することが求められているということができるところ、このような運用自体は現在においてもなお合理性を欠くとはいえないのであるから、銀行としては、払戻請求者の受領権限について疑いを抱くに足りる特段の事情が認められない限り、基本的には預金通帳の所持及び払戻請求書の印影と届出印との同一性を確認すれば、払戻に応じることができるものと解するのが相当である。そして、上記のような運用のもとで、系列関係にあるなどの事情により複数の会社の経理を担当する従業員等が、単独で複数の会社の預金の払戻手続を行い、銀行もこれに応ずるということは銀行実務上もよく見られることであるから、単に複数の会社の預金の払戻手続を単独で同時に行ったからといって、直ちに社会一般の取引通念上、債権を有する者の外観がないということにはならない。そして、本件においても、Hは、控訴人ら5社あるいは控訴人ら3社の真正な預金通帳及び銀行届出印を所持し、これを押捺した払戻請求書を窓口に提示したのであるから、社会一般の取引通念上、真実の債権者ないしその代理人等としての外観を有していたものと解するのが相当であり、債権の準占有者に当たるというべきである。

(3)  そこで、被控訴人らの窓口担当者が払戻請求者であるHの受領権限について疑いを抱くに足りる特段の事情の有無について検討するところ、Hが単独で複数の会社の預金の払戻手続を同時に行ったこと自体は、格別問題とすべき事情に当たらないことは前述したとおりである。また、原判決(14頁7行目以下)も認定判断するとおり(原審では、不法行為の要件としての過失の有無が争点になっていたところ、この点についての判断の内容は、債権の準占有者に対する弁済が有効なものとなる場合の要件としての無過失の判断とも密接に関連するものというべきである。)、Hが複数の会社の各預金の残高全額の払戻手続を同時に行ったことも、系列会社間の資金移動等のために行われることが想定されるところであるほか、預金者の資金需要の程度による事柄であるから特段不自然であるとまではいうことができず、また、払戻額が高額であったことも、預金者が会社であることに照らすと、これを不自然というほどの金額とは解されないから、これらの各事情が上記の特段の事情に当たるとまではいうことができない。さらに、控訴人ら5社あるいは控訴人ら3社が過去に現金で払戻を受けたことがごく僅かしかなかったことは、窓口の担当者が過去の取引状況を確認して初めて認識できる事情であって、これらの事情を確認しなければ有効な払戻ができないとすると、銀行における払戻手続の大量処理が極めて困難になり、払戻業務の迅速性が損なわれる結果となりかねず、相当とはいえないから、控訴人らの過去の取引状況をもって上記の特段の事情があるということもできない。さらに、本件引き出し当時のHの服装、持参したバッグの種類や大きさについても、その受領権限に疑問を抱かせるほどの違和感があったとはいえず、事後的には若干の不自然さを感じさせるものがないわけではないものの、あくまでも結果論的な程度のものに止まるのであり、これをもって受領権限の存在を疑うべき特段の事情に当たるということもできない。そして、Hが、被控訴人三菱東京のe支店の窓口の担当者から控訴人ら5社の届出住所や電話番号の記入を求められ、一旦は登録されたb社の電話番号とは異なる番号を記入したことも、その後、指摘を受けて正しい電話番号を記入したことをも考え合わせると、誤記や勘違いであるとの可能性の方が高いというべきであって、上記の特段の事情に当たるということもできない。そして、これらの事情を総合的に考慮したとしても、これによって特段の事情があったと認めることはできないと判断するのが相当である。

なお、控訴人らは、被控訴人三菱東京のe支店において、本件引き出し当時と同様の状況を再現して、控訴人X1社、控訴人X2社及びb社の預金合計8123万8749円の払戻を受けることを試み、また、株式会社みずほ銀行(以下「みずほ銀行」という。)のg支店においても、同様に、控訴人X4社、控訴人X5社、株式会社h及び株式会社iの預金合計7169万3467円の払戻を受けようとしたところ、これらの支店においては、登録された電話番号により預金者の代表者に連絡して確認をしようとしており、上記の特段の事情があることを前提とする確認措置を講じようとしたのであるから、本件引き出しの際にも、特段の事情があったと考えるべきであると主張し、これに沿う証拠(甲29ないし35)もある。しかしながら、まず、被控訴人三菱東京の対応は、本件訴訟の係属中において、控訴人ら5社のうちの控訴人X1社、控訴人X2社及びb社から預金の払戻請求を受けたのであるから、本件訴訟の係属という特別な事情を踏まえた対応であることがうかがわれるほか、払戻手続をした者は、控訴人X2社の登録された電話番号とは異なる番号を2度に亘り申告し、結局、その申告をすることができなかったことなど、本件引き出しの状況とも異なる状況があったことに加えて、結局、被控訴人三菱東京の窓口担当者は、正当な受領権限のある者による払戻請求であったにもかかわらず、その払戻を拒んだというものであり、正当な払戻請求に対する債務不履行とみるべき対応をしたことになるのであるから、上記の対応が直ちに本件引き出し当時のあるべき対応ということにはならないというべきである。また、みずほ銀行の対応は、内部的に、金額が多額であるときには、預金者である会社の代表者に電話連絡の上これを確認する取扱いになっていることから、上記のような対応をしたものである(甲35)ところ、その対応内容が本件における被控訴人らのものより慎重であるとはいうことができても、それが直ちに被控訴人らの対応に問題があったことにはならないのであるから、これをもって、本件引き出し当時、上記の特段の事情があったこととなるわけではないと解するべきであり、控訴人らの上記主張も採用することができない。

そうすると、Hによる本件引き出しに上記の特段の事情があったということはできないから、被控訴人らの窓口担当者が前記(2)のとおり、預金通帳の所持を確認し、かつ、払戻請求書の印影と届出印とを照合して、その同一性を確認している本件においては、他に特段の措置が講じられていなくとも被控訴人らには過失がなかったものと解するのが相当である。したがって、被控訴人らが本件預金の払戻に応じたことは、債権の準占有者に対する弁済として有効なものである。

(4)  よって、当審において追加された訴えに係る控訴人らの請求は、その余の争点について検討するまでもなくいずれも理由がないこととなる。

第4結論

以上によれば、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却するべきところ、これと同旨の原判決は相当であり、控訴人らの本件控訴は理由がないから、これをいずれも棄却することとし、また、控訴人らの当審において追加された請求も理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥田隆文 裁判官 片山憲一 裁判官 清藤健一)

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