東京高等裁判所 平成24年(ネ)5515号 判決 2013年1月24日
控訴人
甲野太郎
外2名
上記3名訴訟代理人弁護士
戸田泉
池田尚弘
被控訴人
エヌシーキャピタル株式会社
同代表者代表取締役
北川三郎
同訴訟代理人弁護士
柴田祐之
狩野百合子
被控訴人
ニューヨークメロン信託銀行株式会社
同代表者代表取締役
南野四郎
同訴訟代理人弁護士
進藤功
赤川圭
兼定尚幸
梅澤康二
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は,控訴人らの負担とする。
3 原判決主文3項に「20万4080円」とあるのを「20万4048円」に更正する。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
原判決を次のとおり変更する。
1 (1)被控訴人エヌシーキャピタル株式会社(以下「被控訴人エヌシー」という。)は,控訴人甲野太郎(以下「控訴人甲野」という。)に対し,194万8920円及びうち169万8707円に対する平成23年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人ニューヨークメロン信託銀行株式会社(以下「被控訴人ニューヨークメロン」という。)は,控訴人甲野に対し,106万0458円及びうち101万3707円に対する平成20年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 (1)被控訴人エヌシーは,控訴人乙川一郎(以下「控訴人乙川」という。)に対し,33万3019円及びうち29万0248円に対する平成23年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人ニューヨークメロンは,控訴人乙川に対し,18万8684円及びうち18万6262円に対する平成20年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 (1)被控訴人エヌシーは,控訴人丙山二郎(以下「控訴人丙山」という。)に対し,300万7758円及びうち259万3157円に対する平成23年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人ニューヨークメロンは,控訴人丙山に対し,246万2830円及びうち240万3157円に対する平成20年6月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,控訴人らが,貸金業者のアエル株式会社(以下「アエル」という。)との間で利息制限法所定の制限利率を超過する利息を支払う旨の約定の下に継続的に金銭消費貸借取引を行っていたところ,アエルが控訴人らに対する貸金債権を信託業務等を営む被控訴人ニューヨークメロンに信託契約を締結した上で譲渡し,次いで,同被控訴人が同貸金債権を金銭貸付等を営む被控訴人エヌシーに譲渡したという経過を辿ったことについて,アエルの契約上の地位が順次被控訴人らに移転したと解すべきであるなどと主張して,不当利得返還請求権に基づき,被控訴人エヌシーに対しては,それぞれアエルとの最初の取引から被控訴人エヌシーとの最終取引までの貸借取引を一連計算した結果により生じた過払金,取引終了日前の確定法定利息,最終取引日の翌日から支払済みまでの法定利息の支払を求め,被控訴人ニューヨークメロンに対しては,それぞれアエルとの最初の取引から被控訴人ニューヨークメロンが被控訴人エヌシーに債権譲渡をする日までの貸借取引を一連計算した結果により生じた過払金,債権譲渡の日の前日までの確定法定利息,債権譲渡の日から支払済みまでの法定利息の支払を求める事案である。
2 原審は,アエルの控訴人らに対する貸金債権について信託譲渡を受けた被控訴人ニューヨークメロンは,アエルの控訴人らに対する過払金返還債務を承継するものではなく,信託譲渡後にされた弁済についても不当利得としてその返還義務を負うことはないとして,控訴人らの同被控訴人に対する請求をいずれも棄却し,被控訴人エヌシーは,債権の譲受け前に生じていた過払金返還債務を承継することはなく,債権の譲受け後にされた弁済について不当利得として返還義務を負うとして,控訴人らの同被控訴人に対する請求について,控訴人甲野に関しては過払金68万5000円,最終取引日後である平成23年4月26日までの確定法定利息5万9673円及び過払金に対する同月27日から支払済みまで年5分の割合による法定利息の支払を求める限度で認容し,控訴人乙川に関しては過払金10万3986円,最終取引日後である平成23年4月26日までの確定法定利息1万3928円及び過払金に対する同月27日から支払済みまで年5分の割合による法定利息の支払を求める限度で認容し,控訴人丙山に関しては過払金19万円,最終取引日後である平成23年4月26日までの確定法定利息1万4048円及び過払金に対する同月27日から支払済みまで年5分の割合による法定利息の支払を求める限度で認容し(ただし,後記のとおり原判決主文3項には明白な誤記がある。),その余の請求をいずれも棄却した。
この原判決に対し,控訴人らのみが控訴をした。
3 本件の前提事実,争点及び争点に関する当事者双方の主張は,後記のとおり当審における主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2及び3に記載されたとおりであるから,これを引用する。
4 当審における主張
(1)控訴人らの主張
ア 被控訴人ニューヨークメロンとアエルが締結した信託契約(以下「本件信託契約」という。)においては,同被控訴人がローン債務者から過払金返還請求を受けた場合には,これに応じた上で,アエルに対して求償権を取得する旨の合意が定められているから,被控訴人ニューヨークメロンにおいてアエルの過払金返還債務を負担する旨の合意,すなわち,契約上の地位を移転させる旨の合意があったというべきである。また,被控訴人ニューヨークメロンから債権譲渡を受けた被控訴人エヌシーは,制限利率を超えた利息を受領することのできる地位を享受するが,その一方で,控訴人らは,本来返還されるべき過払金について十分な返還を受けられないリスクを負うことに照らすと,被控訴人エヌシーも,アエルと控訴人らとの契約上の地位について,被控訴人ニューヨークメロンからその移転を受けたというべきである。
したがって,被控訴人ニューヨークメロンは,アエルの過払金返還債務を承継するし,被控訴人エヌシーは,同被控訴人に債権譲渡される以前に生じていた過払金返還債務を承継する。
イ アエルが被控訴人ニューヨークメロンに対し貸金債権を譲渡したこと,同被控訴人がアエルをサービサーとして貸金債権の回収を委託したことからして,同被控訴人は,信託を受けていた期間中に控訴人らがした弁済について,その不当利得返還義務を負うものというべきである。
すなわち,信託財産の独立性とは,あくまで受託者と受益者の間を律する概念であり,控訴人らに対する受託者の不当利得について,信託財産の独立性を論ずることは的外れである。サービサーは債権回収を委託した者の代理人であるから,サービサーのアエルが控訴人らから受領した弁済金は,委託者である被控訴人ニューヨークメロンの利得となるのであって,その後になって受益者に配当等がされたとしても,それは現存利益の有無として論じられるべき問題である。そして,代理人のアエルが過払金について悪意である以上,本人である被控訴人ニューヨークメロンも悪意となるのであって,同被控訴人は,現存利益の有無にかかわらず,信託を受けていた期間中に控訴人らがした弁済について不当利得返還義務を負うことになる。なお,被控訴人ニューヨークメロンが取得した信託報酬が相対的に少額であることは,同被控訴人の不当利得返還義務を否定する根拠とはならない。
(2)被控訴人ニューヨークメロンの主張
ア 本件信託契約において,被控訴人ニューヨークメロンがローン債務者に対し過払利息の支払義務を負う場合,同被控訴人はアエルに対し当該支払の償還を請求することができると規定されているが,同被控訴人が過払金返還債務を負うと定めているわけではなく,この規定は,同被控訴人としてローン債務者からの過払金返還請求に対し柔軟に対応する選択肢があることを前提としたにすぎないものである。また,この規定が,契約上の地位を移転する旨の合意に当たスらないことも明白である。むしろ,本件信託契約において,アエルが過払金返還債務を負担する場合には,それに係る貸金債権を信託譲渡の対象から除くと規定されているのであって,このことからしても,契約上の地位を移転する合意があったと認められないことが明らかである。
イ アエルから被控訴人ニューヨークメロンへの債権譲渡は信託譲渡であり,信託の利益は受益者に帰属する。信託の独立性とは,信託財産についての受託者の権利はあくまで形式的な権利であり,実質的な利益は受益者が有していることを端的に示す概念であり,不当利得における利得の帰属を判断するに当たっても,信託受託者への利得の帰属は否定されるのである。本件において,サービサーであるアエルが受領した弁済金は,多くの金額がセラー受益権及び劣後受益権に対する元本償還や配当に充てられて被控訴人ニューヨークメロンに送金されておらず,しかも,同被控訴人がアエルから現実に受け取った金員についても,その多くが信託財産として受益者に配当されることが予定されていたのであるから,被控訴人ニューヨークメロンに利得が生じるものではない。
また,控訴人らは,サービサーは債権回収委託者の代理人であると主張するが,被控訴人ニューヨークメロンはアエルに対し法律行為を委託していないので,アエルは同被控訴人の代理人ではない。さらに,サービサーを通じて被控訴人ニューヨークメロンが取得する弁済金について,そもそも利息制限法所定の利率を超過する支払利息が含まれていたとしても,旧貸金業法43条のみなし弁済が成立する場合があるし,制限利率超過部分の利息を元本充当しても元本が未だ完済となっていないため過払が発生していない場合もあるから,過払の状態になっていないものも多数混在していたと解されるのであって,被控訴人ニューヨークメロンが過払金の発生について悪意又は重過失があるとは認められない。
(3)被控訴人エヌシーの主張
被控訴人エヌシーは,被控訴人ニューヨークメロンから貸金債権を譲り受けたのみであって,アエルの営業権を始めとする貸金債権以外のものについて何ら引き継いでいないのであって,債権譲渡前に発生していた不当利得返還債務を負うことはない。
第3 当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人らの本件各請求のうち,被控訴人ニューヨークメロンに対する請求は理由がないから棄却すべきであり,被控訴人エヌシーに対する請求は原判決が認容した限度で理由があり,その余は理由がないから棄却すべきであると判断する。当審における控訴人らの主張を検討しても,この結論は左右されない。
その理由は,次のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1ないし4に記載されたとおりであるから,これを引用する。
1 原判決9頁16行目の「できない。」の次に,改行して以下のとおり加え,その次に同行目の「そうすると,」以下を続ける。
「 控訴人らは,本件信託契約において,被控訴人ニューヨークメロンがローン債務者から過払金返還請求を受けた場合には,これに応じた上で,アエルに対して求償権を取得する旨が合意されているとして,同被控訴人がアエルの過払金返還債務を負担する旨の合意があったというべきであると主張する。しかし,本件信託契約においては,受託者の被控訴人ニューヨークメロンがローン債務者に対しその過払金返還請求により支払義務を負う場合,同被控訴人は委託者のアエルに対し求償権を取得する旨が定められているが,その反面,本件信託契約における他の規定により,アエルのローン債務者に対する過払金返還債務を被控訴人ニューヨークメロンが負担することが合意されていたとはいえないことは,上記(原判決引用部分)のとおりである。被控訴人ニューヨークメロンのアエルに対する求償権に関する控訴人ら主張の上記の約定は,同被控訴人がローン債務者に対して過払金返還債務を負うと判断される危険性を慮り,そのような場合に同被控訴人がアエルに対し求償権を取得することとし,被控訴人ニューヨークメロンとして過払金返還債務の負担を回避するための措置を規定したものと解されるのであって,ローン債務者に対する過払金返還債務を被控訴人ニューヨークメロンが負担することを,アエルとの間で合意したものでないことは明らかである。」
2 原判決10頁5行目の「17ないし20」の次に「,29,30の1ないし34」を加え,同12頁12行目の「当該口座は,同年7月4日に」を「本件信託契約は,同年6月30日,被控訴人ニューヨークメロンによる解除により終了し,当該口座は,同年7月8日に」に改める。
3 原判決12頁16行目の「適用され,」の次に「受益者は信託行為の効力発生と同時に当然に信託の利益を享受し(旧信託法7条),これに対し,受託者は共同受益者の1人である場合を除いて信託の利益を享受することが禁止される(同法9条)。また,」を加え,同18行目の「債権」を「債務」に改める。
4 原判決13頁3行目末尾の次に,以下のとおり加える。
「被控訴人ニューヨークメロンとアエルはサービシング契約を締結していたが,サービサーのアエルは,特段の事情のない限り,委託者である同被控訴人の代理人ということはできないから,アエルがローン債務者からの弁済金により利得をしたからといって,被控訴人ニューヨークメロンが利得をしたということにはならない。さらに,旧信託法16条1項は,信託前の原因によって生じた権利又は信託事務の処理につき生じた権利に基づく場合には,例外的に受託者の債権者が信託財産に対して強制執行等をすることが可能であると規定しているが,信託を受けていた期間中の弁済によって生じた控訴人らの過払金返還請求権は,上記にいう権利には当たらないのであって,本件において信託財産の独立性が適用されない旨の控訴人らの主張は採用できない。」
5 原判決13頁8行目から9行目にかけての「アエルら本件信託契約上の受益者であって」を「貸金債権の信託譲渡後においても,控訴人らと貸借取引を続けたアエルであって」に,同19行目の「ネットサービス」を「ネットカード」にそれぞれ改める。
第4 結論
よって,控訴人らの本件各請求について,被控訴人ニューヨークメロンに対する請求をいずれも棄却し,被控訴人エヌシーに対する請求を前記の限度で認容した原判決は相当であって,本件控訴はいずれも理由がない。
ただし,原判決は,理由中の結論として,控訴人丙山の被控訴人エヌシーに対する請求につき,過払金19万円及び確定利息1万4048円の合計20万4048円,並びに過払金19万円に対する平成23年4月27日から支払済みまで年5分の割合による法定利息の支払を求める限度で理由があると記載しながら(原判決「事実及び理由」欄の第3の4(1)),主文3項において,被控訴人エヌシーに対し,20万4080円及びうち19万円に対する平成23年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命じているのであって,過払金と確定利息の合計額の記載に明白な誤記があるといえるから,原判決主文3項を更正することとする。
(裁判長裁判官 三輪和雄 裁判官 内藤正之 裁判官 齋藤紀子)