東京高等裁判所 平成24年(ネ)731号 判決 2012年8月30日
控訴人兼被控訴人(原告)破産者有限会社a破産管財人
X(以下「第1審原告」という。)
同破産管財人代理弁護士
徳田暁
同
田中弘人
被控訴人兼控訴人(被告)
Y(以下「第1審被告」という。)
同訴訟代理人弁護士
田中俊充
第1審被告補助参加人
株式会社損害保険ジャパン
同代表者代表取締役
J
同訴訟代理人弁護士
平沼髙明
同
渡辺周
主文
1 第1審原告の本件控訴を棄却する。
2 第1審被告の控訴に基づき、原判決中第1審被告敗訴部分を取り消す。
3 前項の部分につき、第1審原告の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、第1、2審とも、第1審原告の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 第1審原告
(1) 原判決中第1審原告敗訴部分を取り消す。
(2) 第1審被告は第1審原告に対し、402万5000円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 第1審被告は第1審原告に対し、更に253万1720円及びこれに対する平成19年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は、第1、2審とも、第1審被告の負担とする。
(5) 仮執行の宣言
2 第1審被告
主文第2ないし第4項と同旨
第2事案の概要
1 第1審原告は破産者有限会社a(以下「破産会社」という。)の破産管財人であり、第1審被告は弁護士であり、破産会社、その関連会社2社、それらの代表取締役及び取締役であるA、B夫婦の債務整理を受任していた。
本件は、第1審原告が第1審被告に対し、①破産会社が破産手続開始決定直前に第1審被告の報酬及び手数料合計307万5000円並びに追加手数料95万円を支払った行為は、破産法160条3項にいう「無償行為及びこれと同視すべき有償行為」又は同条1項1・2号における「破産債権者を害する行為」に該当すると主張して、否認権を行使した上で不当利得返還請求権に基づき上記合計額402万5000円の支払を求めるとともに、②第1審被告が破産会社の任意整理を受任し、破産会社の金銭管理の受託者としての善管注意義務を負っていたのに、これを怠って現金を流出させ破産会社に損害を被らせたなどと主張して、債務不履行又は不法行為を理由とする損害賠償請求権に基づき4090万9530円の支払を求めた事案である。
原審は、①弁護士報酬等合計402万5000円の不当利得返還請求については、破産会社から支払われたものであるが、相当性を欠くとはいえないとして棄却し、②損害賠償請求のうちb1店の従業員給与以外の3837万7810円の支払については善管注意義務違反があるとして、同金額の限度で認容したので、双方が敗訴部分の取消しを求めて控訴した。
なお、当審において第1審被告補助参加人が第1審被告に補助参加をした。
2 前提となる事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、原判決3頁13行目の「同年5月7日」を「平成19年5月7日」に改め、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」第2の2ないし4に記載のとおりであるから、これを引用する。
(当審における各当事者の主張)
(1) 第1審原告の控訴理由
ア 第1審被告は、自らの責めに帰すべき事由により委任事務の履行をしていないから、破産会社に対して307万5000円の報酬請求をすることはできないものであって、破産会社が第1審被告に対して同金額を支払うことは、無償否認における無償行為に該当する。
すなわち、第1審被告による債務整理は、善管注意義務違反の出金に基づくものであり、違法な債務整理は、報酬請求をすることのできる委任事務の履行とはいえない。また、第1審被告の債務整理により債務総額は減少したが、債権者申立てにより破産手続開始決定がされた以上、委任事務を完成していないから、委任事務を履行したとはいえない。なお、第1審被告の不透明な債務整理により、本件口座に係る預金(乙14)の預金残高が0円になり、5億円余の債権者が配当を受けられなくなったものであって、第1審被告は委任事務が中途で終了したことについて帰責事由があるから、民法648条3項に照らし、報酬を請求することはできない。
仮に第1審被告に報酬請求が認められるとしても、その金額を307万5000円とすべき根拠は立証されていないし、b店(b1店)の管理をしたことの報酬を307万5000円とすべき根拠もない。
イ 第1審被告は、前提となる委任業務を履行しておらず、役務の提供もされていないから、95万円の追加手続料を請求することはできないものであって、破産会社が第1審被告に対して同金額を支払うことは、無償否認における無償行為に該当する。なお、債務総額を減少させただけでは委任事務を履行したとはいえないし、委任事務が中途で終了したことについて第1審被告に帰責事由があることは、上記アのとおりであり、第1審被告が提供したという役務の内容も明らかにされていないから、95万円の事務費を支払うべき根拠はない。
ウ 第1審被告が従業員給与として支払った253万1720円を平成19年6月20日までの給与と認める根拠はないから、同金額の支払は善管注意義務に違反するものであって、第1審被告は同金額につき損害賠償義務を負う。
(2) 第1審被告の控訴理由
ア 本件口座は、有限会社b(b社)のものであり、第1審原告に帰属しない。
b社は破産会社とは別法人であり、法人としての実体を備えている。本件合意書(乙7)をもって本件口座が破産会社に帰属する根拠にはならない。
イ 本件口座の帰属主体は破産会社ではなく、b社であるから、第1審被告が破産会社に対して善管注意義務を負うというのは、その前提が欠けていることになる。
ウ 仮に第1審被告が破産会社に対して善管注意義務を負うとしても、第1審被告は関係者の指示に基づいて本件口座から出金したものであり、破産会社の債務の減少に寄与しているのであるから、損害発生との間の因果関係は存在しない。なお、否認後の破産管財人の偏頗弁済受領者からの回収状況も問題になるはずであるが、この点は明らかにされていない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は、第1審原告の請求は理由がないから、これを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおりである。
2 事実経過
前記前提となる事実(原判決「事実及び理由」第2の2)並びに証拠(甲1ないし42、43の1~19、乙1ないし27、28の1・2、31の1・2、32ないし42、44ないし56、57の1・2、58ないし60、第1審被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件における事実経過として、次の事実を認めることができる。
(1) 破産会社は昭和46年8月3日に遊技場(パチンコ・スロット店)の経営を業として設立された有限会社であり、関連会社として、同じ目的をもって平成18年1月13日に設立されたb社及び平成17年5月2日に設立された有限会社c(c社)の2社がある。
b1店は横浜市<以下省略>に所在し、その営業許可はb社が取得しており、c店(c1店)は千葉県山武郡<以下省略>に所在し、その営業許可はc社が取得していた。b1店の立上げ費用、運営費用及び機械・リース代金については、破産会社が資金を提供しており、店舗運営経費を除く売上金も破産会社が取得していた。
なお、b1店の建物の賃借人名義は、当初、破産会社であったが、平成19年4月6日、b社に変更された。
(2) 破産会社は平成19年2月ころから資金が不足し、同年5月1日及び同月2日手形不渡りを出して事実上倒産し、破産会社がb1店の営業資金を提供することは困難となった。この当時、破産会社、b社及びc社の代表取締役はAであったが、実質的経営は、その夫であるBが行っていた。
第1審被告は弁護士であり、平成19年5月7日、Aから、破産会社の債務整理を行うため、同月1日からのb1店の売上げはb社の売上げとし、賃料不払いによる賃貸人からの賃貸借契約解除を防ぎ、不渡りによって期限の利益を喪失した遊技機械債権者や設備会社債権者の了解を得て、所有権留保に基づく取り外しを防ぎ、そのままの状態で店舗営業を継続し、いわゆる居抜きの状態で店舗の賃借権を売却し、その売却代金で破産会社の債権者に対する弁済をすることの依頼を受けた。第1審被告は、上記趣旨に基づく債務整理として、b1店の営業を第三者に譲渡し、b社は、上記譲受人に対して、b1店が賃借している建物に係る賃借人の地位を移転し、上記譲受人は、b1店の新経営者として営業を継続し、破産会社は、上記譲受人から支払われる営業譲渡の売却代金で破産会社の債権者に対する債務の弁済をする計画を立て、これが奏功しない場合には破産することも含め、破産会社、b社、c社、A及びB(以下「本件債務者ら」という。)から、「債務整理又は破産に関する一切の件」という案件名で、d法律事務所に所属する3名の弁護士とともに、本件債務者らの債務整理を行うことを受任し、同日、それぞれの債権者宛てに、本件債務者らの代理人として、その債務整理を受任をした旨及び債務整理のため介入をする旨並びに同月10日に債権者説明会を実施する旨の通知(本件介入通知)を発送した。第1審被告は、本件介入通知において、それぞれの債権者に対し、「混乱を避けるために、今後は債務者や家族、保証人への連絡や直接交渉(電話、手紙、訪問等)は差し控え」ることを求めていた。
第1審被告は、同月9日、株式会社三菱東京UFJ銀行赤坂支店において、「有限会社b代理人弁護士Y」名義の普通預金として銀行口座(本件口座)を開設し、同日、このほかに「有限会社a代理人弁護士Y」、「有限会社c代理人弁護士Y」、「B代理人弁護士Y」及び「A代理人弁護士Y」の各名義で預金口座を開設した。なお、第1審被告がこれらの預金口座開設に当たって預け入れた金銭はいずれも10円であり、その後、本件口座以外には入出金がなかった。
(3) 第1審被告は、平成19年5月10日、債権者説明会を実施し、b1店の営業を第三者に譲渡する方向での債務整理を行いたい旨の説明をしたところ、これに対する反対意見が出なかったことから、債権者らの意向を踏まえ同年6月10日を目途にb1店の営業を譲渡することで債務整理を行うこととした。
なお、c社については、既に営業譲渡がされており、買戻しが不可能と判断されたことから、第1審被告は、同年5月31日、本件債務者らの債権者らに対して、第1審被告とc社との委任関係が終了した旨通知した。
第1審被告は、同月中旬ころ、有限会社eから、代金2億4000万円でb1店の営業譲渡を受ける旨の打診を受け、同額が最高価であったことから、同社に対する営業譲渡を実行しようとしたが、b1店の建物の賃貸人は、同年6月4日ころ、有限会社eに対する賃借人の地位の移転を承諾しなかったため、上記の枠組みによる破産会社の債務整理は頓挫した。
そこで、第1審被告は、同月4日、破産会社の自己破産の申立人代理人として、総債務額約9億円で既に破産会社が支払不能に陥っているとして、横浜地方裁判所に対し、自己破産についての事前面談を申し入れ、同月7日午後5時に面談が行われることになった。
ところが、Bは、同月7日、株式会社fがb社を支援する旨の打診をしてきたので、破産しないでほしいと第1審被告に申し入れたため、第1審被告は、これを受けて、同日、自己破産申立てを見合わせることとした。
第1審被告は、同月4日の時点で、当初の構想による債務整理が頓挫し、債務整理手続についての委任が終了したのに続いて、同月8日には、自己破産の方針も撤回されたことから、破産申立ての関係でも代理人を辞任しようとしたが、Bから、c社との法律問題の解決があることや、b1店の機械・設備が撤去されると、b1店の業務続行が不可能になるとして、しばらく辞任しないでほしいと依頼され、これに応じることにした。
(4) 第1審被告は、破産会社の代理人として、平成19年6月8日及び同月13日、破産会社の債権者らに対し、支援会社がb社の支援をすることにつき交渉中であることなどを連絡する書面を発送した。
第1審被告は、破産会社の代理人として、同月20日、破産会社の債権者らに対し、f社のC(以下「C」という。)が新たにb社の代表取締役になり、その再建を目指すことに決定したこと、b社は、店舗の営業を継続し、破産会社の債権者に対して可及的速やかな支払を予定していること、第1審被告が、同日、b社、A及びBの代理人を辞任したこと、b1店の「預り金」については、同月末まで第1審被告が管理し、Cに引き継ぐことになったこと、破産会社とc社との問題が残っているため第1審被告が破産会社の代理人を辞任せずに法律上の問題を争っていく旨通知した。
(5) 第1審被告は、平成19年6月21日付けで(実際には同年7月になってから作成)、破産会社の代理人として、b社の代表取締役に就任したCとの間で、破産会社と新たな出資者のもとでのb社との間の債権債務の内容に関し、原判決「事実及び理由」第2の2(10)の内容の本件合意書(乙7)を作成し、b社の経営主体は、同年6月21日以降、f社に変わることになった。
本件合意書によれば、破産会社とb社とは、b1店の売上げ及び費用について、同月20日までは破産会社に、同月21日以降はb社にそれぞれ利益が帰属し、費用を負担するとの合意がされている。
(6) 第1審被告は、平成19年5月及び同年6月のb社の営業の管理をしていたほか、同年6月20日から同年7月31日までの間に破産会社の債務整理に関する和解等が次のとおりされているところ、第1審被告はこれらの和解等に関する書面に破産会社の代理人として表示されている。これらの債務整理の効果もあり、破産会社の債務総額が9億0727万1522円と計算されていたところ、5億6036万1103円まで減少した。
ア 債権者Gは、破産会社に対し、4000万円の債権があるところ、同年6月25日、その弁済として、b社から1200万円の支払を受け、残りの2800万円と利息・遅延損害金の債権を放棄した。
イ 債権者株式会社hは、同月29日、破産会社(同代理人として第1審被告)との間で、b社が同債権者に対し217万7100円を支払うこととし、同社がその支払を受けたときは、破産会社と債権者はその債権債務関係の一切を相殺により清算することとした。
ウ 債権者Hは、破産会社に対し、220万円の債権があるところ、同年7月2日、その弁済として、b社から33万円の支払を受け、残りの187万円と利息・遅延損害金の債権を放棄した。
エ 債権者株式会社iは、同月19日、破産会社(同代理人として第1審被告)との間で、破産会社が299万5812円の債務があることを確認し、同債権者はb社から89万8743円の支払を受けることを条件として既払金を控除した残債権を放棄することを合意した。
オ 債権者株式会社jは、同月20日、破産会社(同代理人として第1審被告)との間で、破産会社が2598万7500円の債務があることを確認し、同債権者はb社から1279万6250円の支払を受けることを条件として既払金を控除した残債権を放棄することを合意した。
カ 債権者k株式会社は、同月23日、破産会社(同代理人として第1審被告)との間で、破産会社が157万8360円の債務があることを確認し、同債権者はb社から157万8360円の支払を受けることを条件として既払金を控除した残債権を放棄することを合意した。
キ 債権者l株式会社は、同月27日、破産会社(同代理人として第1審被告)との間で、破産会社が730万6688円の債務があることを確認し、同債権者はb社から146万1337円の支払を受けることを条件として既払金を控除した残債権を放棄することを合意した。
ク 債権者株式会社mは、同月27日、破産会社(同代理人として第1審被告)及びb社との間で、破産会社がb社に対し同債権者との契約上の地位を譲渡し、同債権者に対し1680万円の債務があることを確認し、同債権者はb社から504万円の支払を受けることを条件として残金1176万円の債務を免除することを合意した。
ケ 債権者Eは、同月30日、破産会社、A及びB(3名の代理人として第1審被告)との間で、破産会社が1500万円の債務があることを確認し、同債権者は破産会社から450万円の支払を受け、その余の債権を放棄した。
コ 債権者n株式会社は、同月31日、破産会社(同代理人として第1審被告)及びb社との間で、破産会社が6783万3150円の債務があることを確認し、同債権者はb社から2258万8438円の支払を受けることを条件としてその余の債権を放棄することを合意した。
(7) 本件口座へは、b1店の売上金から経費を控除した残金が入金されており、平成19年6月21日以降の本件口座の入出金の状況は、原判決別紙出入金表のとおりであり、そのうち出金の内訳は、次のとおりであって、Cが同年7月25日にb社の代表者を辞任するまでは、b社の代表者C及び破産会社の実質的代表者Bからの指示を受けて出金がされ、その後は、債権者代表の有限会社gの指示に基づいて出金がされている。
ア 平成19年6月25日 1200万円
破産会社の債権者Gへの和解金の原資として出金された。
イ 同月28日 253万1720円
b1店の従業員給与として出金された。
ウ 同月29日 367万5000円(振込手数料840円別途)
b1店の家賃(及び振込手数料)として出金された。
エ 同日 217万7100円(振込手数料840円別途)
破産会社の債権者株式会社hへの和解金の原資(及び振込手数料)として出金された。
オ 同年7月2日 33万円
破産会社の債権者Hへの和解金の原資として出金された。
カ 同月13日 50万円
b1店を管理していた有限会社gへの管理料として出金された。
キ 同月20日 500万円
同月26日 500万円
同月27日 969万4030円(=1064万4030円-95万円(第1審被告への報酬))
いずれも、有限会社gへの預け金として出金されたものであり、この中から、破産会社の債権者Eとの和解金450万円、債権者Uとの和解金150万円、Cへの給与1000万円、A及びBの生活費・交通費120万円、有限会社gへの管理費249万4030円が支出された。
(8) 第1審被告は、平成19年7月20日、本件口座から307万5000円の支払を受け、同月27日、本件口座から出金された金員の中から95万円の支払を受けた(本件弁護士報酬等)。
なお、上記307万5000円についての領収書(甲4)は、「有限会社b」宛てであり、そのただし書きには、「御社外2社及び2名」に係る同年6月20日までの任意整理事件の報酬並びに同月21日から同月末日までの残務整理の手数料(税及び実費込み)である旨の記載がある。
(9) 破産会社の債権者であるDは、平成19年7月27日、横浜地方裁判所に対し、破産会社について破産手続開始決定を申し立て、第1審被告は、同年8月10日、d法律事務所の3名の弁護士とともに、破産会社の代理人として答弁書を提出し、同申立ての却下を求め、Dの債権の不存在及び同人の申立てが権利の濫用である旨主張した。
横浜地方裁判所は、平成19年9月25日午前10時、破産会社につき破産手続を開始する旨の決定をし(同裁判所平成19年(フ)第2225号)、第1審原告が破産会社の破産管財人に選任された。
第1審原告は、同年10月12日、第1審被告に対して、破産会社の資産目録の提出を求めるなど破産会社に関する事項を照会し、第1審被告は、同年10月29日、第1審原告に対し、「貴職からの平成19年10月12日付け『照会書』に対するご回答」と題する書面(甲5。本件回答書)により、これに回答した。
第1審被告は、本件回答書において、①破産会社は、その倒産前、c1店及びb1店の両店舗立ち上げのために当時の全ての資金をつぎ込み、両店舗の売上げを破産会社の売上げとした上、両店に係る経費を破産会社で支払い、その残りを破産会社の支払に充てていたこと、②c1店及びb1店の風俗営業法上の各許可は、c1店についてはc社が、b1店についてはb社が取得しているが、その営業権は、破産会社が全ての資金を提供して両店の運営をしていたため、破産会社に帰属すると認識していること、③第1審被告が考えていた枠組みでの債務整理が失敗したため、第1審被告は債務整理を辞任したが、債務者らの意向も考慮して、破産会社とc社との法律問題の解決のため破産会社の代理人としての地位を残したこと、④第1審被告が、同年6月25日、本件口座からb社に支払った1200万円は、破産会社の債権者との和解資金として使われたこと、第1審被告としては、売却される前のb社の売上げなのか、新b社の売上げなのかを明確にするため、口座管理者として、一旦売却される前の銀行口座に戻して欲しかったこと、⑤本件口座の同年7月9日以降の入金は、同月11日にされた300万円の支払以外は、全て同年6月20日までの売上げから経費を差し引いたものと聞いているが、証憑も含めてもう一度確認すること、⑥同年7月27日の第1審被告への95万円の支払は第1審被告の手数料であり、本来、同月20日に支払われた報酬で、6月末までの任意整理と新b社に引き継ぐまでの金銭管理、破産会社の債権者対応、c社に対する法的な対応を行うことになっていたが、債権者との和解も長引き、弁護士二人が対応しても、実質的な交渉権限はなかったものの債権者対応に追われる毎日が続き、c社の問題は、今後相当長期間にわたって仕事を継続しなければならなくなってきたため、追加して手数料を支払ってもらったものであること、⑦第1審被告は、売却される前のb1店の売上管理をしていたが、その最後の振込入金が同月27日と聞いたので、その日をもって管理を終了することとして、銀行通帳を解約し、解約金は実質的には破産会社に帰属するものであると考えたが、新b社の代表取締役のCは同年7月25日辞任していたこともあり、破産会社の債権者で、b1店の債権者説明会で破産会社債権者の代表で管理者に選任されていた有限会社gに預けることとした旨の説明をした。
3 争点(1)(本件口座に預託された金員の帰属)について
(1) 上記認定事実によれば、争点(1)について、次のとおり認めることができる。
ア b1店の営業許可はb社が取得していたものの、破産会社がb1店の設立当初からその立上げ費用、運営費用及び機械・リース代金についての資金を提供して同店の運営をし、店舗運営経費を除く売上金も破産会社が取得してその支払に充てており、実質的営業は破産会社が行っていたということができる。しかし、b1店の賃借人名義は平成19年4月6日に破産会社からb社に変更されており、また、破産会社は、同年5月1日及び同月2日手形不渡りを出して事実上倒産し、破産会社がその計算のもとでb1店の営業を継続することは困難となった。
イ そこで、Bをはじめとする関係者は、破産会社の債務整理の必要に迫られ、b1店の営業を第三者に譲渡し、b社は、上記譲受人に対して、b1店が賃借している建物に係る賃借人の地位を移転し、上記譲受人は、b1店の新経営者として営業を継続し、破産会社は、上記譲受人から支払われる営業譲渡の売却代金で破産会社の債権者に対する債務の弁済をすることを考え、同月1日からのb1店の売上げはb社が管理していた。
ウ 第1審被告は、同月7日、Aから、本件債務者らの上記枠組みによる債務整理を依頼され、債務整理が奏功しない場合の破産申立ても含めて受任し、同月9日、本件口座を開設するとともに、破産会社、c社、B及びAについても別途各預金口座を開設し、それぞれ本件口座とは区別して管理していた。
エ そして、本件口座へは、口座開設日である同月9日からのb1店の売上金から経費を控除した残金が入金されるようになった。
(2) 以上の認定事実によれば、b社は、破産会社が倒産状態となった平成19年5月2日以降は、b社が自己の計算においてb1店を営業していたものであり、第1審被告が本件債務者らの債務整理を依頼された同月7日の時点では、b社が自己の計算においてb1店を営業していたものであり、本件口座には同店の売上金から経費を控除した金員が入金されていたものであって、破産会社の資金とは区別されて管理されていたのであるから、本件口座に預託された金員はb社に帰属するものと認めるのが相当である。
(3) 第1審原告は、b社の法人格は形骸にすぎず、その実態は破産会社自身であったと主張する。破産会社の破産管財人である第1審原告は、破産法に基づき、破産会社の財産、取引、経理等の実情につき強制的調査権限を有している。したがって、第1審原告が強制権限を行使しての調査の結果、b社の法人格は形骸にすぎず、法人格を濫用したものであったと判断するのであれば、b社の形式的な帳簿処理ないし形式的な債権債務関係がどうであったかにかかわらず、また、b社の代表取締役が誰であるかにかかわらず、破産会社の破産原因をb社にも適用することが可能で、破産会社の破産管財人である第1審原告が、何らかの債権に基づき、b社に対して破産申立てをし、必要に応じて保全管理命令を得てb社の営業権に関し破産手続開始決定前に適宜の処理をするなどの措置を講じることが不可能であったとはいえない。b社については、第1審原告に破産手続開始決定がされた平成19年9月25日の前である平成19年6月21日にCが代表者に就任している(甲6)が、仮にb社の法人格が濫用されて形骸にすぎないものであったのであれば、対価の支払もされていない営業譲渡契約(平成24年5月16日付け第1審原告準備書面2頁)と代表者の交替によって、濫用された法人格が直ちに正当な法人格に変化するものではない。その後、第1審原告は、b社を独立の相手方として営業権の譲渡契約について否認権を行使し、当該b社から2500万円の和解金を取得しているのであり(上記第1審原告準備書面2頁)、この行動は、b社の法人格が形骸にすぎないとする第1審原告の主張と整合しない。
第1審原告は、b社が現在も営業を継続していることに照らせば、b社は、Cら新たな経営者のもと、順調に営業を継続していたことが窺われる旨主張する(上記第1審原告準備書面2頁)が、この主張は、代表者が交替する直前までb社について法人格が濫用され、債権債務関係も破産者と一にする存在であったとする第1審原告の主張を踏まえていない。第1審原告は、b社について破産申立てをしておらず、弁論の全趣旨によれば、これは破産管財事務としては適切なことであったと認められるが、上記の事実関係を踏まえれば、それにもかかわらず、第1審原告が第1審被告に対しては、b社の法人格が濫用され形骸化したものであると主張することは、正当であるとは認められない。
b1店の営業許可はb社が取得していたものの、b1店は、その設立当初から倒産状態となるまで、立上げ費用、運営費用及び機械・リース代金についての資金が破産会社から提供されていたことが認められるが、そのような資金提供の事実があるからといって、b社の法人格が形骸にすぎず法人格を濫用したものであるということはできない。第1審原告の上記主張は理由がない。
(4) 第1審原告は、第1審被告が破産会社の代理人として合意した本件合意書の第3条の定めのとおり、平成19年5月1日から同年6月21日の前日までのb1店の売上げ及び費用は破産会社において取得・負担すべきものであったため、平成19年6月20日までの残高2904万円については、破産会社が取得すべきものであったと主張する。しかし、本件合意書は同月21日以降に、実際には同年7月になってから作成されたものであり、それ以前の同年5月9日に開設された本件口座に預託されていた金員がb社に帰属していたことを左右するものではなく、また、本件合意書には、b1店の売上金(現金)を破産会社に譲渡することや本件口座に預託されていた金員を破産会社に譲渡するといった内容は一切含まれておらず、むしろ破産会社が同年6月20日までのb1店の売上げを取得することになる結果、b社は破産会社に対し「清算金」を支払うとしていることからみて、上記第3条の定めの趣旨はb社から破産会社への清算金支払義務の範囲を定めることにあるとみるのが相当であるから、第1審原告の上記主張も理由がない。
4 争点(2)(本件弁護士報酬等の支払を受けた行為の否認対象性)について
(1) 前記認定のとおり、第1審被告は、平成19年7月20日、本件口座から307万5000円の支払を受け、同月27日、本件口座から出金された金員の中から95万円の支払を受け、上記307万5000円についての領収書(甲4)は、「有限会社b」宛てであり、そのただし書きには、「御社外2社及び2名」に係る同年6月20日までの任意整理事件の報酬並びに同月21日から同月末日までの残務整理の手数料(税及び実費込み)である旨の記載があるところ、これらはb社に帰属する金員が預託されていた本件口座から直接又は本件口座から出金された金員の中から支払われたものであって、破産会社に帰属する金員から支払がされたものではないから、破産法の否認の対象となる行為としての前提を欠いているものである。
(2) また、第1審被告は、前記認定のとおり、本件債務者らから債務整理及び破産に関する一切の件で受任し、債務整理及び破産申立ての準備を行い、Bの要請によりf社の支援を受けたb社に引き継ぐまでb社の金銭管理、破産会社の債権者対応、c社に対する法的な対応を行い、この間、債権者に対する対応も長引いていたことなどからみて、一定の報酬及び手数料をb社から受領したことにも相当の根拠があり、この点からみても、破産法160条3項所定の「無償行為及びこれと同視すべき有償行為」や同条1項1・2号所定の「破産債権者を害する」行為があったものということはできない。
(3) 第1審原告は、第1審被告が自らの責めに帰すべき事由により委任事務の履行をしていないから、破産会社から本件弁護士報酬等の支払を受けることはできないと主張するが、その理由がないことは、上記のとおりである。
5 争点(3)(破産会社に対する善管注意義務)について
(1) 上記3で説示したとおり、本件口座に入金された金員は、いずれも破産会社に帰属するものではなく、b社に帰属するものであって、同金員による支払については、原則として破産会社に対する善管注意義務違反が問題となるものということはできない。
(2) 次に、前記認定のとおり、第1審被告は、平成19年5月7日、破産会社及びb社等から債務整理又は破産申立てを受任したところ、債務整理の方針は、b1店の営業を第三者に譲渡し、b社は、上記譲受人に対して、b1店が賃借している建物に係る賃借人の地位を移転し、上記譲受人は、b1店の新経営者として営業を継続し、破産会社は、上記譲受人から支払われる営業譲渡の売却代金で破産会社の債権者に対する債務の弁済をし、この債務整理が奏功しない場合には破産申立てをするというものであって、上記営業譲渡の猶予期間は各債権者の意向を踏まえて同年6月10日までとされた。しかし、同年6月3日、b1店の建物賃貸人の反対によりb1店の売却が事実上不可能となり、この時点で、当初の構想による債務整理が頓挫し、債務整理手続についての委任が終了した。第1審被告は破産申立てに方針を転換し、同月4日、横浜地方裁判所に破産申立て方針であることを説明し、同月7日には破産申立て前の事前相談を行う予定が組まれたが、事前相談を行う同月7日当日、Bの意向により上記破産方針は撤回され、f社がb社を支援することで各債権者への弁済がされることになった。第1審被告は破産申立ての方針が撤回されたことから、この関係でも代理人を辞任しようとしたところ、Bから、c社との法律問題の解決があることや、b1店の機械・設備が撤去されると、b社の業務続行が不可能になるとして、しばらく辞任をしないでほしいと依頼され、これに応じ、破産会社の代理人として、同月8日及び同月13日、破産会社の債権者らに対し、支援会社がb社の支援をすることにつき交渉中であることなどを連絡する書面を発送した上、同月20日、破産会社の債権者らに対し、f社のCが新たにb社の代表取締役になり、その再建を目指すことに決定したこと、b社は、店舗の営業を継続し、破産会社の債権者に対して可及的速やかな支払を予定していること、第1審被告が、同日、b社、A及びBの代理人を辞任したこと、b1店の「預り金」については、同月末まで第1審被告が管理し、Cに引き継ぐことになったこと、破産会社とc社との問題が残っているため第1審被告が破産会社の代理人を辞任せずに法律上の問題を争っていくことを通知した。
したがって、第1審被告は、この時点で、b1店の「預り金」として本件口座に入金され管理していた金員をb社の代表者となったCに対して引き継ぐべきことになったものということができる。
(3) 第1審被告は、前記のとおり、本件口座に入金された金員について、平成19年6月21日以降、原判決別紙出入金表のとおり出金しているが、Cが同年7月25日にb社の代表者を辞任するまでは、b社の代表者C及び破産会社の実質的代表者Bからの指示を受けて出金し、その後は、債権者代表の有限会社gの指示に基づいて出金し、同月27日までに全額が出金されているものであって、その過程において、管理の趣旨に反した出金がされたことを認めるに足りる証拠はない。
第1審被告は、本件債務者らの債務整理を受任したものであるが、この場合、第1審被告には依頼者である債務者らの財産や事業に対する強制調査権はなく、また、受任者として善管注意義務はあるものの、その手続は破産手続のように法定されたものではないから、第1審被告に破産管財人と同等の財産保全義務や債権者平等取扱義務があるものということはできない。
また、第1審被告は、f社がb社を支援することで各債権者への弁済をする方法による債務整理についての委任は受けていない上、この方法による債務整理の枠組みは、f社の支援を受けつつ、b社が破産会社の債務を支払うというのみであって、それ自体が破産手続に準じるような債権者間の平等配当を期待させるような内容ではなく、各債権者との個別交渉により破産の回避を目指すという方針となっていたのであるから、第1審被告に破産手続と同等の財産保全義務や債権者平等取扱義務があったということもできない。そして、破産会社の債権者らとの和解が個別にされることによって、9億円余りの債務が5億円程度に圧縮され、支援会社の支援も期待できていたことからみても、第1審被告に破産会社に対する善管注意義務違反があったと認めることはできない。
(4) 第1審被告は、本件債務者らの債務整理及び破産についての受任業務が終了した時点で、本件口座においてb社の資金を管理していたほか、c社との法律問題の解決について破産会社の代理人の地位を有しており、また、その後、本件合意書や個別の債権者との合意書面の作成に関与していたものであって、第1審被告自らが債権者との交渉や合意内容の調整等を行ったことはなく、実質的関与はしていなかったものの、これらの書面に代理人弁護士として表示されている以上、それに伴う一定の義務はあるというべきであるが、本件においてこれらの作成に関与したことによって破産会社に対する善管注意義務違反があったということもできない。
さらに、A、B夫婦の生活費として120万円が支払われている点については、これは、第1審被告が、平成19年7月27日、本件口座を解約して1064万4030円の払戻しを受け、同金額をb社の債権者代表有限会社gの指示に基づき、同社に対し、b1店の債務整理の弁済原資として交付したものであるが、その後、同社からA、B夫婦に対し生活費として支払われたものである。したがって、この金員については、結果として第1審被告が委託を受けた趣旨と異なった目的で使用されたことになるが、第1審被告が債権者代表としての有限会社gに対して上記金員を交付した際に、委託を受けた趣旨と異なった目的で使用されるという結果を予見したり、予見可能性があったとの事実を認めるに足りる証拠はないから、この金員についても、第1審被告に善管注意義務違反があったということはできない。
(5) よって、争点(3)についての第1審原告の主張も理由がない。
6 争点(4)(破産会社の債権者に対する通知義務)について
第1審原告は、第1審被告が、破産会社との関係で、破産会社の債務整理を受任し本件介入通知を出した弁護士として、その権限を失った場合には直ちに破産会社の各債権者に対してその旨を通知する義務を負っているのに、その通知をしなかったため、財産を散逸させたことについて、破産会社との関係で不作為の不法行為を構成すると主張する。
しかし、本件口座に預託された金員がb社に帰属するものと解するのが相当であることは前記のとおりであり、第1審原告の上記主張はその前提を欠くものである上、第1審被告が必要な通知をしていたことも前記のとおりであって、第1審被告の不作為によって破産会社の財産が散逸したと認めることもできないから、第1審原告の上記主張は理由がない。
7 争点(5)(本件合意に基づく忠実義務)について
第1審原告は、破産会社の代理人として本件合意をした第1審被告が、代理人の忠実義務として、本件口座に入金された預金につき、本件合意により破産会社に帰属する分については、破産会社に現実に取得させ、これを妨げてはならない義務を負っていたと主張する。
第1審被告は、本件合意書に破産会社の代理人として押印しているものの、実質的関与はしていなかったと認められるが、本件合意書に代理人弁護士として表示されている以上、それに伴う一定の義務はあるというべきである。しかし、本件においてこれらの作成に関与したことによって破産会社に対する善管注意義務違反があったということができないことは前記のとおりであり、さらに、本件合意書の記載内容からみても、第1審原告の主張するような忠実義務を負担していたということは困難であるから、第1審原告の上記主張も採用することはできない。
8 よって、第1審原告の請求は理由がないから、第1審原告の控訴を棄却し、原判決のうち第1審被告に金員の支払を命じた部分は相当でないから、第1審被告の控訴に基づいてこれを取り消し、同部分の第1審原告の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園尾隆司 裁判官 今泉秀和 森脇江津子)