東京高等裁判所 平成24年(ネ)7965号 判決 2013年9月26日
控訴人兼被控訴人兼附帯控訴人
X1(以下「原告X1」という。)<他1名>
上記両名訴訟代理人弁護士
鬼束忠則
同
戸田綾美
同
秦雅子
同
木村壮
同
姜文江
被控訴人
独立行政法人Y1病院(以下「被告Y1病院」という。)
同代表者理事長
A
同訴訟代理人弁護士
田中治
同指定代理人
小川貴史<他4名>
控訴人兼附帯被控訴人
横浜市(以下「被告横浜市」という。)
同代表者市長
B
同訴訟代理人弁護士
髙井佳江子
同
髙井英城
同
児玉安司
同
伊東亜矢子
同
二木洋美
主文
一 原告らの被告Y1病院に対する控訴について
(1) 原告らの本件控訴をいずれも棄却する。
(2) 控訴費用は原告らの負担とする。
二(1) 被告横浜市の原告らに対する控訴について
① 原判決主文一項及び二項を取り消す。
② 上記部分に係る原告らの請求をいずれも棄却する。
(2) 原告らの被告横浜市に対する附帯控訴について
原告らの本件附帯控訴をいずれも棄却する。
(3) 原告らと被告横浜市との間に生じた訴訟費用(控訴費用及び附帯控訴費用を含む。)は、第一、二審を通じ全て原告らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求める裁判
一 原告らの被告Y1病院に対する控訴の趣旨
(1) 原判決主文三項中原告らと被告Y1病院に関する部分を取り消す。
(2) 被告Y1病院は、原告X1に対し、二七五万円及びこれに対する平成一八年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 被告Y1病院は、原告X2に対し、二七五万円及びこれに対する平成一八年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告横浜市の原告らに対する控訴の趣旨
主文二項(1)同旨
三 原告らの被告横浜市に対する附帯控訴の趣旨
(1) 原判決中原告らと被告横浜市に関する部分を次のとおり変更する。
(2) 被告横浜市は、原告X1に対し、二八七三万五九六八円及びこれに対する平成一八年七月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 被告横浜市は、原告X2に対し、二八七三万五九六八円及びこれに対する平成一八年七月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
〔原告らは、当審において、上記(2)及び(3)のとおり請求を減縮した。〕
第二事案の概要
一 本件は、被告Y1病院が平成一八年六月一六日にa児童相談所(a児相)に対し不適切な養育が行われている可能性が高いとして児童福祉法二五条に基づく通告(本件通告)をし、同児童相談所長が同年七月三日に同法三三条に基づき一時保護をする決定(本件一時保護決定)及び同月一四日に同決定を解除した上で再び一時保護をする決定(本件再一時保護決定)をし、同決定に基づいてb児童相談所(b児相)において保護されていたC(亡C。平成一四年○月○日生〔当時三歳〕。卵などの食物アレルギーがある。)に対し、b児相の職員が、平成一八年七月二七日午前七時三〇分頃からの朝食を完食した後のお代わりとして、卵を含む竹輪(一本の一〇分の一。二・五~三g。本件竹輪)を食べさせてから約六時間後に亡Cが死亡した(同日午後二時三〇分頃ぐったりした様子で手足や顔にチアノーゼが出ており〔甲二一の一〕、救急搬送先で死亡が確認された。死亡推定時刻は午後二時頃である〔甲二、二二〕。)ことについて、同人の両親である原告らが、(1) 被告Y1病院に対し、本件通告は同人に対する栄養ネグレクト及び医療ネグレクトがあるなどの虚偽の事実を通告したもので違法であるなどと主張して、債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償金各二七五万円及びこれに対する同年六月一六日(上記通告の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、かつ、(2) 被告横浜市に対し、本件一時保護決定及び本件再一時保護決定は違法であり、また、上記職員が食物アレルギーのある亡Cにアレルギー源を含む本件竹輪を誤って食べさせたため同人が死亡したなどと主張して、国家賠償法一条一項に基づき、損害賠償金各四二二七万二七九四円及びこれに対する同年七月二七日(同人の死亡の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
二 原審は、(1) 本件通告は違法であるとはいえないと判断して、原告らの被告Y1病院に対する請求をいずれも棄却し(原判決主文三項)、(2) 本件一時保護決定及び本件再一時保護決定は違法であるとはいえないが、亡Cの死因は本件竹輪を誤って食べさせたことによるアナフィラキシーショックによるものであると判断し、原告らの被告横浜市に対する請求を、損害賠償金各二五四三万五九六八円及びこれに対する平成一八年七月二七日(亡Cの死亡の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し(原判決主文一項及び二項)、その余を棄却した(同三項)。
これに対し、(1) 原告らは、被告Y1病院に対する請求を棄却した部分に不服であるとして控訴を提起し、(2) 被告横浜市は、被告横浜市に対する請求を一部認容した部分に不服であるとして控訴を提起し、(3) 原告らは、被告横浜市に対する請求を一部棄却した部分に不服であるとして附帯控訴を提起した(なお、原告らは、当審において、前記第一の三の(2)及び(3)のとおり請求を減縮した。)。
前提事実、争点及び当事者の主張は、以下のとおり補正し、後記三ないし五のとおり当審における原告ら及び被告横浜市の主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中「第二 事案の概要」の一、三及び四に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決三頁一三行目の「承継に前後」を「承継の前後」に改める。
(2) 原判決七頁四行目の「マクロビオティック」の次に「(以下「マクロビオティック」ともいう。)」を加える。
(3) 原判決八頁一四行目の「持っていっていたり」を「持って監護を行うことを怠っていたり」に改める。
(4) 原判決一三頁二三行目の「被告Y1病院の主張」を「被告横浜市の主張」に改める。
(5) 原判決一四頁二〇行目の「慰謝料 各一五〇万円」を「慰謝料各三〇〇万円」に改め、同行の次に行を改めて「弁護士費用 各三〇万円」を加える。
(6) 原判決一五頁六行目の次に行を改めて「原告らは、このうち各二一一三万五九六八円の支払を求める。」を、一二行目末尾に「原告らは、このうち各二〇〇万円の支払を求める。」を、一三行目の次に行を改めて「原告らは、このうち各二三〇万円の支払を求める。」をそれぞれ加える。
なお、以下においては、亡Cの被告Y1病院における平成一五年五月二日(初診日)から同年七月二八日までの入院を「一回目の入院」、平成一八年五月一日から同年七月三日(本件一時保護決定の日)までの入院を「二回目の入院」という(亡Cは、一回目の入院から退院した後被告Y1病院に通院し、また、二回目の入院中である同年六月一六日に本件通告がされた。)。
三 当審における原告らの主張
(1) 被告Y1病院に対する請求に関する主張
本件の特徴は、① 親が子に暴力等の急激な攻撃を加えるおそれがある事案ではなく、② くる病は、通院治療で足りる一般的な病気であって(甲三三、三四、証人D、証人E。なお、証人Fは、児童精神医学を専門とし、くる病の専門的知見を有していない。)、直ちに生命の危機が発生するものではなく、投薬と栄養摂取により骨の発達を待つ以外に治療はなく、③ 亡Cの栄養状態等は二回目の入院中の投薬と栄養摂取で改善し、医師も入院治療は必要ないと判断していて生命・安全の危機が迫った状況にはなく、④ 原告らは亡Cを通院させ病院との関わりを継続しており、密室状態で子が育てられたというような虐待事例とは異なり、通院中の経緯が問題となるという点にある。
原告らの主張に反する原判決の事実認定及び判断はいずれも誤りであり、被告Y1病院の本件通告及びその後の情報提供行為は違法であるから、原告らの被告Y1病院に対する請求はいずれも認容されるべきである。
ア 児童福祉法等の解釈
(ア) 児童福祉法二五条は、要保護児童を発見した者に通告義務を課しているが、医療機関に入院中の児童に医療ネグレクトや栄養ネグレクトが疑われる場合は、同機関の医療上の説明・指導義務が先行しているから、保護者の態度や児童の健康に対する評価について相当な専門的知識に基づく判断が期待でき、生命・身体の安全も確保されているから、要保護児童該当性の判断は厳格に行われべきであり、診療契約に反して通告が許される場合は極めて限定される。また、児童虐待の防止等に関する法律(以下「児童虐待防止法」ともいう。)八条二項は、児童相談所長が判断を誤らないよう適切な情報を提供することを当然に予定しており、その判断を誤らせるおそれのある虚偽の情報、偏った一方的な情報及び誇張した情報を提供することは、許されない。
(イ) 児童福祉法三三条に規定する一時保護の必要があると認められるのは、同法二六条一項各号の措置を待ったのでは間に合わないという緊急性のある場合であり、一時保護は少なくとも在宅指導プログラム(同法二六条一項二号)で対応できないような緊急性がなければ行うことができない。また、都道府県知事が児童虐待防止法八条の二等に規定する保護者に対する出頭要求、立入調査、再出頭要求、臨検及び捜索などの権限を有していることに鑑みれば、緊急性は、保護者の調査への協力を得るといった曖昧な目的では認められず、在宅措置後に上記手段を用いたのでは児童の生命・身体の安全が図れない場合に限って認められる。児童相談所長は、本来司法機関に委ねられるべき一時保護という強力な権限を行使する以上、司法機関と同程度に慎重かつ客観的に保護の必要性を判断しなければならず、一時保護の適法性の判断に当たっては、かかる客観的な事実把握がされていたか否かが検討されなければならない。
イ 本件通告の違法性
(ア) 本件通告と要保護児童該当性の要件
被告Y1病院は、二回目の入院中の亡Cに「ネグレクト(疑い)」があるとして本件通告をした(甲三)。被告Y1病院のような高度な医療機関に入通院を継続している児童が要保護児童に該当するためには、① ネグレクトの存在が厳格に認められること(単なる疑いでは足りない。)、② 通告を要する緊急性があること、③ 通告(児童相談所の介入)の必要性及び合理性があること、④ 上記①ないし③が当該機関内部で適正に検討されたことが必要であるところ、以下のとおり、亡Cはこれに該当しない。
(イ) ネグレクトの不存在
原告らには栄養ネグレクトも医療ネグレクトも全く存在しない。
a 栄養ネグレクトの不存在
原告らによる亡Cに対する栄養ネグレクトを肯定するには、① 亡Cの栄養摂取不足、② 原告らの①の認識、③ 原告らが①を解消できるのに亡Cに十分な栄養を与えていないことの三要件の具備が必要であるが、亡Cの通院及び入院中には上記各要件を欠いていた。
ⅰ 通院中の栄養ネグレクトの不存在
① 亡Cの栄養摂取不足の要件
原告X2は、亡Cの一回目の入院時のアレルギー反応や血液検査の結果(丙二、四)で亡Cの食物アレルギーを印象付けられ、また、原告らは、被告Y1病院による亡Cの皮膚の状態と食物アレルギーとを関連付けた説明により、食物アレルギーを起こさなければ皮膚の状態もよくなると考えていた(甲三五)。このため、退院後、原告X2は、通常の離乳食期の配慮に加え、食物アレルギーを起こさないよう食材にも慎重に配慮して食事を作り(甲三五、四一、原告X1)、亡Cは、推奨量を超えるたんぱく質及び目安量とされるカルシウムを摂取し(丙三)、平成一六年九月三〇日の血液検査結果でも栄養摂取不足状態にはなかった(丙四)。亡CはビタミンD欠乏性くる病と診断されたが、その原因が食事であるか否かは医学的に不明である(甲三五、五〇、丙一~三、一〇)。
② 原告らの認識の要件
原告らは、亡Cの低身長・体重及び歩行状態に不安を覚え、被告Y1病院への通院を継続して検査を受け、食事内容を報告し、他の整形外科や鍼灸院も受診し(甲三六、三七)、戸外で同年代の子どもと遊ぶ機会を増やすため二歳時から月一度の幼稚園のプレ入園などもしていたが、医療者は誰も亡Cのくる病、栄養摂取不足及び栄養を吸収できないことに気付かず、被告Y1病院のG医師も平成一六年九月三〇日の血液検査でカルシウム値が下限以下の六・一mg/dlであっても再検査等を指示せず、漫然と通院・経過観察を続け(甲三五、丙一、四)、身長・体重等の検査をしても特に問題視すべき生育の遅れを指摘しなかった。原告らは、食物アレルギーによる制約の中で十分な栄養を含む食事を与えており、亡Cの栄養摂取不足等を認識することができず、摂取量等に関する検査や医師の指摘もなかったので、ビタミンDの摂取不足があったとしても、それを認識し得なかった。
③ 十分な栄養を与えないことの要件
亡Cは、平成一五年五月二日のアレルギー検査の結果、卵白、小麦及び米についてIgE抗体価が一〇〇UA/ml以上でランク6の極めて高いアレルギーのあることが判明し(丙四)、同月七日のH医師の診察でアレルギー体質はかなり強いと指摘されて卵及び小麦を全く与えないように指示され、さらに同月一六日にH医師が大丈夫であると言ったミルクアレルギー対応ミルクであるMA―1のほ乳後にも血便が出るなどし(丙二)、その後の同年六月三〇日の食物負荷試験で大豆についてアナフィラキシーショックがないことが判明したが(丙二)、医師からは格別の説明や指導がなく、平成一六年九月三〇日を最後に二回目の入院に至るまでアレルギー検査は行われず(丙一、四)、栄養状態を調べるための血液検査や栄養に関する具体的指導もなかった(甲三五、四一、丙四。G医師は、同月三〇日の血液検査でカルシウムやマグネシウムが低値であったことを重視せず、指導や治療もせず、I医師にその検査結果の引継ぎをしなかった〔証人I〕。)。
被告Y1病院の医師らは、アレルギー解除できる食材を明らかにしてより積極的に栄養摂取すべきであるとも指摘せず、漫然と経過観察を続けるだけであったため、原告らは、亡Cが小さく歩行が悪いことと食事や栄養との間に関係があると考えられなかった。また、原告X2は、亡Cに最初の玄米摂取でアレルギー反応等があったため(甲三五)、そのアレルギーの強さと未検査の多数の食物アレルギーにおびえながら限られた食材によって食事を作らざるを得なかった。
以上に関し、I医師は、原告らが最初の診察時から食事内容を話そうとせず栄養指導を拒否していた、初診時から入院させたかった、通院中(時期不明)に血液検査拒否があったなどと供述する(丙一三、証人I)が、その内容は不明朗あるいは不自然かつ不合理で信用できない。また、くる病は、食物アレルギー(食事制限)によって十分な栄養摂取ができないことによっても発症する(甲三四、証人E)から、くる病の発症のみで、原告らが栄養摂取不足を解消し得たのに十分な栄養を与えなかったとはいえない。
ⅱ 二回目の入院中の栄養ネグレクトの不存在
原告らは、二回目の入院中に病院食を与え、亡Cの栄養状態はこれと薬物療法によって数値上も改善されていた(丙三、四)から、栄養ネグレクトの要件①~③を全て欠いている。
また、担当のJ医師や栄養士は、原告らに対し、亡Cのアレルギー情報を与えて栄養指導を行い(丙三)、原告らは、外泊中は積極的に豚肉を食事に取り入れるなど栄養状態の改善に努め、その食事は栄養士によって高く評価された(甲一一の一・二、三五、丙三)。原告らは、入院後は栄養指導を受け入れ、外泊中も指導を守り、将来もそれが継続される可能性が認められており(証人E)、食事に対する強いこだわりから亡Cに栄養を与えないことはなく、退院後にマクロビオティックに基づく食事を与える可能性等もないのであって、被告Y1病院の通告(甲三、六、二五)は事実に反している。
b 医療ネグレクトの不存在
医療ネグレクトは、本件通告の当初からネグレクトの内容が不明確であった(甲三)のみならず、被告らの平成一八年六月一六日の調査面談ではCT検査や投薬等が絶対に必要であるとは断言しにくいとされ(乙一三)、同月二二日の面談で検査拒否によっては医療ネグレクトを基礎付けられないことを確認している(乙一)。そして、以下のとおり、被告Y1病院主張の各検査等に関する医療ネグレクトは存在しない。
ⅰ 全身骨レントゲン検査
原告らは、全身骨レントゲン検査について必要性の説明がされなかったことなどから同意を留保していた(丙一、三)。なお、同検査はくる病の種類の判断には用いられず、実施された同検査で判明したのはくる病に変化があったことのみである(証人D)。
ⅱ CT検査
原告らは、CT検査はレントゲン検査よりも格段に高い放射線被曝リスクがあり、投薬治療による負担の多い現時点で同検査を行う必要性に疑問を述べたところ、それ以上は同検査を勧められなかった(証人E、証人D、原告X1)。
ⅲ MRI検査
被告Y1病院の医師らは、原告らに対し、MRI検査を勧めたり、説明したりしたことはない(甲二四。甲二五にも記載がない。)。
ⅳ 脳波検査
原告らは、脳波検査に同意していたが、J医師が必要がなくなったと述べてキャンセルした(丙三、証人D)。
ⅴ アルファロール増量
原告らは、アルファロールの増量が必要な説明がされる都度同意しており、時機を失したことはない(丙三)。なお、アルファロール増量と足の湾曲とは全く関係がない(丙一)。
ⅵ アレルギー用ミルク
原告らがアレルギー用ミルク(人工乳)の使用を拒否したことはない。原告らは平成一五年五月一〇日にMA―1に正式同意し、同月一四日に使用されたが、同月一五日に血液様排便があったため中止され、その後原告らが別のアレルギー用ミルクであるエレメンタルフォーミュラに同意し、開始された(丙二)。
ⅶ I医師の聞き取り
原告らは、I医師の聞き取りに応じており、同医師も原告らからシラス(メバル、カレイ)を食べたなどの食事内容を聞き取っている。I医師が亡Cの食事について聞いたところ原告X1が怒り出したとの事実はなく、誰が怒り出したかも明らかにできない同医師の証言は信用できない。
(ウ) 緊急性の不存在
原告X1は、平成一八年六月一五日に退院申出をしたが、その後にE医師と話し合い、同医師の説明で入院継続の必要性が分かり、試験外泊を行いながら入院を継続して亡Cの様子を見ることを合意しており(丙三、証人E)、同月一六日の本件通告の時点で通告すべき緊急性が全くなかった。
(エ) 本件通告の必要性及び合理性の不存在
本件通告直前の亡Cの環境・健康状態に鑑みれば、原告らの監護に不適切な状況はなく、要保護児童として通告する必要性及び合理性はなかった。くる病は通院治療で足りる一般的な病気であり(丙三、証人D、証人E)、専門外のF医師の証言によって要保護児童性を肯定するのは誤りである。
(オ) ずさんなSCANの認定手続
a 被告Y1病院に設置されたCAP(子どもの虐待防止対策委員会をいう。以下同じ。)及びSCAN(虐待対策チームをいう。以下同じ。)は、本来の目的と異なるずさんな活動しか行っていなかった。
ⅰ 本件通告の責任の所在
SCANは、会議や全員が一堂に会することもなく、その都度集まることのできる者が集まって相談するだけであり、本件通告の責任がCAPとSCANのいずれにあるのかも明らかでない(丙五、一五、証人F)。
ⅱ ずさんな調査
SCANは、栄養ネグレクトの認定に必要不可欠なI医師及び原告らに最も多く栄養指導をしていたK栄養士から全く意見聴取をしていない(証人I、証人F)。
ⅲ 記録の不存在
カルテ(丙三)には原告らが検査を拒否した記載はなく、SCANがどのような情報に基づいて事実認定をしたか不明であり、本来作成されるべきSCANの議事録も存在しない。
ⅳ 医学的専門性の取り違え
SCANは、アレルギー除去食によってくる病になったというE医師の専門的意見(証人E)を排除し、I医師やK栄養士からの聞き取りもせずに、専門外のF医師らの判断によって虐待と判断した。
b 以上に反する認定判断は、いずれも誤りである。
ウ 情報提供行為の違法性
以下のような被告Y1病院の被告横浜市に対する虚偽の情報提供に係る作為及び不作為は、原告らとの診療契約上の義務に違反し、医療機関として許されない違法行為である。
(ア) 虚偽の情報提供
被告Y1病院は、被告横浜市に対し、原告らに関し、以下のような虚偽の情報を提供した。
① 亡Cにマクロビオティック食事を摂らせている。
② たんぱく摂取を拒否し、肉類の食事を拒否している。
③ 栄養指導しているが入っていかない(指導を受け入れない。)。
④ 必要な検査を拒否しており、一〇〇%診断が確定する状況までには至っていない。
⑤ ネグレクトによって通院が中断した。
⑥ 薬物療法などを一切拒否している。
⑦ ジョアを飲用させない。
⑧ ステロイド治療を拒否している。
⑨ 退院要求が強いため、外泊訓練をさせ、週末には退院予定となった。
(イ) 情報の隠匿
被告Y1病院は、① くる病の原因が虐待ではなく食物アレルギーに配慮したことによるとの主治医の意見(乙一、証人E、証人L、証人F)、② 外泊時の良好な結果(甲六、一〇、二五、乙一、丙三、四、証人E、証人F)、③ 転院前の病院としての必要な引継ぎ(乙一二の一、丙三、証人E、証人D)という、医療機関として当然に伝えるべき情報をa児相やcセンターに故意に告げず、あえて隠した。
(ウ) 一時保護に向けた働きかけ
被告Y1病院は、虐待であれば、親に告知して事態を改善することが当然に予定されているのに(丙一五)、a児相に対し、「告知する場合は分離が前提となる」と述べて(乙一)、施設入所ないし一時保護が不可避であるとの判断を被告横浜市に伝え、自身のマニュアル(丙一五)に反し、説明義務を放棄して分離に積極的に加担した。
(2) 被告横浜市に対する請求に関する主張
ア 本件一時保護決定等の違法
以下のとおり、本件一時保護決定及び本件再一時保護決定等はいずれも違法であり、これによる原告らの損害賠償請求は認容されるべきである。
(ア) 本件一時保護決定の違法
a 前記(1)のとおり、亡Cに対するネグレクトが存在せず(被告横浜市は、本件通告について具体的な内容を確認せず、一時保護決定すべきであるとの被告Y1病院の判断を「丸呑み」し、ネグレクトを構成する具体的な事実を一切把握していない〔証人L〕。)、亡Cは要保護児童に当たらず、一時保護の必要性及び緊急性はないから、被告横浜市が平成一八年七月三日にした本件一時保護決定は違法である。
一時保護決定は親権者の監護権を制約し、子どもを愛着関係にある両親から分離して身柄を拘束するという重大かつ強力な権限の行使であり、本来司法機関による判断が求められるべきものであって、司法機関による審査と同様の客観的根拠に基づかなければならず、小児医療専門機関である被告Y1病院のCAPという専門性があるかのような機関から本件通告や情報提供(虚偽の内容等)を受けたことによって、被告横浜市の一時保護決定の違法性や責任が阻却されるものではない。
b 被告横浜市は、緊急性が一時保護決定の要件であること及びその要件の充足に疑義があることを認識していた(平成一八年六月一六日の本件通告後、嘱託弁護士の警告を受け〔乙一〕、被告Y1病院に再度確認している〔乙一三〕。)。
被告横浜市は、本件一時保護決定の目的として、① くる病の確定診断を含め、残されたいくつかの必要な検査を行い、病状を把握すること、② 栄養状態を改善すること、③ 適切な治療の継続及び帰宅後に再び栄養不足に陥ることがないように原告らに栄養指導を行うことを挙げているが、一時保護の緊急性の要件についての視点が欠落し、その要件の検討判断を怠っている。そして、亡Cについては、治療が開始され、栄養状態が改善し、栄養指導も終えていたから、緊急性は存在しなかった(①に関し、甲六、二六、五六、五七、乙一、一三、丙三、四、証人D、証人E、②に関し、甲一〇、一五、二九、乙一、丙三、四、証人D、証人E、③に関し、甲一〇、一一の一・二、丙四、証人E等)。また、くる病は、通院治療で十分な疾病で(暴行のような故意の危害ではない。)、食物アレルギーによる食事制限で発病することも珍しくなく(証人D、証人E)、ビタミンD欠乏状態が続くと脳機能障害を起こすとの医学的知見はなく(証人E。甲六、乙一三及び証人Lの証言は誤っている。)、緊急性のある状況ではなく(乙一)、亡Cの足の異変(湾曲)も生命身体に危険が及ぶものではない。また、上記③は、児童福祉法二六条一項に沿って在宅プログラム等を行い、医療者及び児童相談所から治療の必要性を説明して指導し、それでも保護者が治療を開始・継続しない場合に同法二七条一項三号及び二八条による家庭裁判所の許可等の手続を経た施設入所手続や親権喪失の手続及び保全処分申立てを行うべきものであり、在宅プログラム等が行われたがそれが奏功しないとき又はこれを行ったのと同様の努力をしても保護者が全く協力しないときでなければ緊急性の要件を充足しない。
c 被告横浜市は、緊急性がないことを認識しながら、被告Y1病院の主張を丸呑みし、原告らが亡Cの通院を中断して囲い込み、二回目の入院でも検査が未了で治療が進んでいない旨の内容虚偽の事例概要(甲六)を作成し、これを児童福祉審議会に提出して本件一時保護決定を強行した。
被告らは、原告らが治療内容等について十分な説明を求めても、「時間が掛かる」、「後手後手になる」等と非難し(乙一、証人F)、原告らを治療の障害と扱い、亡Cを原告らから引き離し、原告らの治療に関する自己決定権(憲法一三条)及び監護権を侵害し、制度を濫用して違法な本件一時保護決定をした。
(イ) 本件再一時保護決定の違法
a 前記(ア)のとおり、平成一八年七月三日の本件一時保護決定は違法であるところ、被告横浜市は、同日、原告らから五時間以上にわたる説明を受け(同席した被告Y1病院の医師から十分な反論はされなかった。)、治療に必要な検査の拒否はなく、栄養状態が被告Y1病院の治療によって改善し(甲八、九)、原告X2が栄養指導を受け、外泊後も栄養士から高評価を受けていることを認識し(甲一一の一・二、乙一)、同月一四日の本件再一時保護決定時には一時保護の必要がないことを認識していた。原告X1は、同月五日、各検査を受けることに同意し(甲二四)、同月一〇日頃までには必要な検査が全て終了し、結果も判明して、被告らが医療ネグレクトと称する検査未了状態は完全に解消され、また、cセンターの医師等により、低栄養状態は通院して定期的に検査・指導を受ければ十分対応可能な範囲であることが確認され(証人D)、退院可能との判断が示され(甲一五。被告らが栄養ネグレクトと称する栄養状態も通院治療で可能であることが再確認された。再発防止のための栄養指導の必要性・緊急性は全くなく、同月一四日に本件一時保護決定は解除された(甲一七)。
b ところが、被告横浜市は、平成一八年七月一四日、何ら必要性・緊急性の審理をせず、栄養指導のために一時保護する必要もないのに、本件再一時保護決定をした。
しかし、上記のとおり、もともとネグレクトは存在せず、被告らが医療ネグレクト及び栄養ネグレクトと称する状態は既に解消するなどしており、再一時保護をして親子を分離する必要性・緊急性は全くなかったから、本件再一時保護決定は違法である。
本件一時保護決定に対する原告らの同意書(乙二)は、一時保護の違法性を阻却するものではない。
また、本件一時保護決定と本件再一時保護決定は、各決定の時点でそれぞれ一時保護の要件を充足する必要があり、実際にも各別の決定書が作成されているから、両決定を一連の一時保護であるとする被告横浜市の主張は、誤りである。亡Cは、本件一時保護決定によって原告らから引き離され、cセンターにおいて看護師らを唯一の頼りに耐えて一日一日を過ごしていた(乙一七)が、本件再一時保護決定により、看護師らからも引き離されて新たな環境に放り込まれた。しかも、強度のアレルギーがある亡Cを、極めて慎重に子育てをしてきた原告らから分離し、一対一の対応が不可能で医師や看護師も常駐していない施設における集団保育に付すには、強度な必要性・緊急性と職員の教育を含む入念な準備が必要であったが、慎重な審理のないまま本件再一時保護決定がされたことにより、亡Cは死亡するに至った。
(ウ) 保護機関の不告知の違法
行政手続にも憲法三一条の適正手続の保障は妥当し(最高裁平成四年七月一日大法廷判決・民集四六巻五号四三七頁参照)、一時保護における委託先も名称及び所在地が告知されなければならない(甲二三の四)。
仮に取戻しの危険が大きい場合等は例外的に一時保護(委託)先の所在地を告知事項から省略することが許されるとしても(甲二三の四)、原告らは、本件一時保護決定前に自ら決定した医療方針を被告Y1病院の医療関係者に十分説明して理解を求める形で入通院治療を続け、退院前の試験外泊に応じ、亡Cに栄養士の指導に基づく食事をさせて詳細な記録を提出するなど亡Cにとってベストの選択を可能にする姿勢で対応しており、暴力的な対応や退院の試みをしたことはなく、しかも本件一時保護決定の告知後には委託先をcセンターとしてほしい旨伝えており(乙一)、実際に同センターに委託された亡Cを取り戻す危険は全くなく、本件再一時保護決定の際には原告らのa児相に対する協力的態度は明らかであったから、取戻しの危険等は全くなかった。
したがって、一時保護の機関を原告らに告知しなかった被告横浜市の不作為は、違法である(国賠法一条一項)。
(エ) 面会拒否の違法
親子は共に生活する権利があり、やむを得ず分離される場合でもその交流は保障されるべきであり(憲法一三条、民法八一八条一項、八二〇条、八二一条)、行政機関だけで実施できる強大な権限である一時保護制度の運用は、親と子に過剰な制限とならないように十分配慮すべきである(甲二三の五)。
本件一時保護決定については、前記(ウ)に加え、原告らが愛情を持って亡Cを接していた上(乙一)、平成一八年七月五日及び同月六日の原告らとa児相職員との面談により相互の信頼関係が築かれ、取戻しの危険は全くなく、児童相談所内における面会の支障となる事情も存在しなかった。
本件において、暴力的な奪還を想定する必要はなく、亡Cのくる病の悪化を防止し、子の福祉を図るという児童福祉法の目的から見ても、亡Cの精神的安定のために必須の母との接触(面会)を禁止する必要はなく、面会拒否の違法は明らかである。
イ 亡Cの死因等
以下のとおり、亡Cは、アレルゲンである卵を含む本件竹輪を食べさせられたことによるアナフィラキシーショックによって死亡したものであり、しかもb児相の職員は、アレルゲン摂取後直ちに医師の診療を受けさせるべき義務があるのにこれを怠り、亡Cの容態の悪化を見逃して亡Cを死に至らせた。
(ア) 亡Cの死因はアナフィラキシーショックであること
a 亡Cの死因は、解剖結果及び臨床経過からして、アナフィラキシーショックと右室心筋症による左心不全のいずれかであると考えられるが、その判断は、生前の経過、臨床症状及び検査所見を総合して行うべきである(甲三〇、乙五、一〇の二、証人M〔原審〕、証人N)。
b アナフィラキシーショックは、特定の物質によって惹起されるIgE抗体を介した即時型アレルギー反応で生じる重篤な病態である(証人M〔原審〕)が、小児のアナフィラキシーショックの最多原因は食物であり、卵は典型的なアレルゲンである(乙二〇)。
亡Cは、強い食物アレルギーがあり(甲二、三〇、三九、四六、丙二、証人M〔原審〕)、生後七箇月から繰り返された特異的・非特異的IgE抗体価の検査でも極めて高い数値を示し(甲二八、三〇、丙一)、平成一八年七月四日時点における卵白の特異的IgE抗体価は八九・〇UA/mlで、アレルゲンである本件竹輪の卵白を口にすれば九五%以上の確率で症状誘発の可能性があった(証人M〔原審〕)。なお、亡Cの卵アレルギーは年齢とともに低減したとはいえず(乙一二の一・二、丙二~四)、加熱鶏卵もアレルゲンとなり(甲三〇)、亡Cが過去に摂取したことのなかった卵は強いアレルギー反応を起こしやすい(甲三五、乙一八、丙三、四、証人D)。亡Cは、cセンターでも卵アレルギーと診断され、卵に対する耐性を取得しておらず(甲一六、二八、六一、乙一二の二、丙三)、卵の経口負荷試験もできない状態であり(甲六一、乙一八、証人I)、D医師は児童相談所に対しても卵の完全除去食を指定していた(甲一六、一九、乙一五、一六)。
c 以上によれば、亡Cの死因がアナフィラキシーショックであるものと高度に推定され(甲三〇、証人M〔原審〕)、以下の病理所見等は死因がアナフィラキシーショックであることを裏付けている。なお、アナフィラキシーショックの病変が全身において一律に生じることはない(甲三〇。乙一八の記載は誤りである。)。
① 気管支への浸出液の充盈(甲三〇、乙五、証人M〔原審〕)
② 肺水腫の発症(甲三〇、四四、四七、乙五、証人N、証人M〔原審〕)
③ 総たんぱくの低下(甲二二、四三、証人M〔原審〕)
④ 九八〇mg/dlという高い血糖値(甲四三、証人M〔原審〕)
⑤ 左室の収縮帯壊死(乙五、一〇、証人N)
⑥ 心臓内血液の流動性(甲三〇、証人N、証人M〔原審〕)
⑦ CRPの正常(甲三〇、四三、証人M〔原審〕)
⑧ チアノーゼの発症(甲二一の一、三〇、四三、乙八、証人M〔原審〕)
⑨ 大量の軟便ないし下痢(甲二一の一・三、四二、証人O、証人M〔原審〕)
⑩ 肺における好酸球及び好塩基球の不検出(甲三〇、乙五、八、証人N)
d アレルゲン摂取から発症までの時間経過は、アナフィラキシーショックを否定する理由とならない。
すなわち、当時三歳であった亡Cが朝食時のお代わりとして本件竹輪を食べたのは平成一八年七月二七日午前八時頃であり(亡Cの年齢やお代わりであることから、午前七時四五分頃〔甲二一の一の追加記載〕ではない。)、亡Cの様子を観察しなくなったのが午後〇時二五分過ぎで、午後二時半に気付いたときは既に呼吸が停止していた(甲二一の一・二)。これらのことからすれば、アレルゲン摂取から発症までは最短で四時間程度と考えられる。
アナフィラキシーショックは、アレルゲン摂取から二時間以上経て発症することが十分あり得る(甲三〇、乙一八。なお、二時間以内の発症とそれ以降の発症との発症機序及び症状は異ならない。)ところ、亡Cは食事を食べ終わった上でお代わりとして本件竹輪を摂取しているから、その消化及び発症に時間が掛かるのは当然である。また、亡Cが食べた(経口摂取)のは加熱卵白の練り製品である本件竹輪であるから、そのアレルゲンは小腸で吸収が始まり血管を経てリンパ管に入って暴露されることになり、その時間経過が長ければアナフィラキシーショックの発現時間が遅くても当然である(証人M〔原審〕。なお、口腔アレルギーは野菜や果物等についての特殊型であり〔乙二〇〕、また、口腔粘膜からの暴露は極めて少量でアレルギー反応の閾値に達しない場合が多い。)。亡Cの胃の内容物として朝食に摂取した納豆ともやしが検出されているのは食物の消化吸収に相当程度の時間が掛かった可能性を示唆し(甲二〇、乙五)、お代わりが消化吸収され体内で暴露された時間が相当程度遅く、一緒に食べた納豆が卵成分の吸収速度に影響を与えた可能性もある(甲三〇、証人M〔原審〕)。なお、経口摂取の場合、症状の発現の仕方は一様でなく、第二波のような形で発現することもある(証人M〔原審〕)。
以上のほか、アナフィラキシーショックは二相性に症状が発現することがあり、遅発相では抗原暴露の四~八時間後に発症するところ、亡Cは食後すぐに下痢を起こしており、比較的軽症で済んだ早発相をアレルギーの発現であると認識せずに見落とした可能性もある(甲三〇、乙一八)。
(イ) 右室心筋症等が死因でないこと
被告横浜市は、亡Cの死因について、N医師の鑑定書(乙五)及び証言等により右室心筋症による左心不全であると主張するが、以下のとおり、およそ不合理な主張である。
a 亡Cは、生前の検査結果で心臓の形態・機能を含めて異常がなく(甲一六、二七、乙五、一二の一・二、証人D)、心筋症の臨床症状が存在せず、右室心筋症の発症が全く見られていない(上記のほか証人M〔原審〕)。
b 本件の病態は右室心筋症の診断基準(ARVC)に該当しない(甲三〇、乙一〇の二・三・五、一八、一九、証人D、証人M〔原審〕。N医師は、鑑定書(乙五)作成時点でARVC診断基準を全く検討していなかった。)。
c 右室心筋症は、乳幼児には見られない(甲三〇、四九、乙一〇の二、一九、証人N、証人M〔原審〕)。
d 本件で右室心筋症による左心不全を死亡原因と特定するには、他原因を除外する必要がある(乙一〇の二、一九、証人N、証人M〔原審〕)。右室線維化を突然死の原因であるとする被告横浜市の主張は誤りである。
e 以下のとおり、右室心筋症からの左心不全の発症等は考えられない。
亡Cには、肺水腫、気管支内の浸出液、左室の収縮帯壊死、チアノーゼなどが見られたが、これらの所見は、全てアナフィラキシーショックの場合に見られる特徴的所見であり、心臓の疾患よりはアナフィラキシーショックを裏付けるものと理解するのが自然である(証人N)。
右室心筋症による死亡は、典型的には左心不全を伴わない不整脈による突然死であるが、典型例では肺水腫及び収縮帯壊死を説明し得ないため、N医師は、死因を右室心筋症から来る左心不全とせざるを得なかった(証人N、証人M〔原審〕)。しかし、日本では幼児の右室心筋症の不整脈による突然死の報告は全くなく、右室心筋症による不整脈の発生は考えられない(甲四九、証人M〔原審〕)。また、心筋の線維化が右室で生じたのに左室で心不全が起きたとするのは、右室心筋症の一般的な経過と異なる(右室心筋症から左心不全を起こす確率は八%と極めて低い〔甲三〇〕。)上、亡Cは死亡当日の昼頃まで元気であったという臨床経過(乙一五~一七)と著しく矛盾し、右室に限定された心筋の異常という病変により左室に異常が生ずることは理論的に無理がある(証人M〔原審〕)。なお、仮に右室心筋症から左室の機能不全を生ずるとすれば、そのメカニズムは、右室心筋の線維化から左室にも心筋の線維化が広がり、左室の心筋の線維化によってその動きが悪化し、これによって左心不全が生ずるということになるが、その可能性は極めて低く(甲三〇、乙一九、証人N、証人M〔原審〕)、本件でも左室心筋の線維化は一切見られない(乙五)。
左室心筋の異常(線維化)がない場合における右室心筋症による死亡で右室心筋症から来る左心不全は、長期間にわたる右室心筋症の悪化から拍出量など心臓の機能が低下し、左室の機能が低下するというものである(乙一〇、証人N)が、亡Cは、死亡当日の昼頃まで元気に遊んでおり(乙一五~一七)、その心臓状態の悪化や心原性の肺水腫が一~二日前に生じていたとは認められない。
f 以上のほか、亡Cの死亡時のデータは、心臓原因の死亡とは合致しない。
すなわち、不整脈や肺水腫など生体の炎症や負荷が生じた場合、CRPは六時間程度で上昇するが、亡CのCRPは死亡直前にも上昇していない(甲四三、証人M〔原審〕)。なお、被告横浜市は、CRPはウイルス感染の場合には上昇しないと主張するが、心臓に多大な負荷が掛かるほどの重大なウイルス感染が生じ、また、肺水腫、不整脈及び炎症等があれば、CRPは上昇するはずである。
また、亡Cの死亡時における総たんぱくの著しい低下(甲四三)は、突然に発症した致死的不整脈による死亡ではあり得ず、アナフィラキシーショックにより血管透過性が上昇し、肺水腫が生じるとともに血中の総たんぱくが流出して血中総たんぱくが低下するという血管からのたんぱく漏出によるものとしか考えられない(証人M〔原審〕)。
亡Cの死亡時の九八〇mg/dlという著しい血糖値の上昇(甲四三)は、心臓の機能の異常を原因として起こることはなく、アナフィラキシーショックの場合のショックに対する抵抗として起こるカテコールアミン障害によるものとしか考えられない(証人M〔原審〕)。
さらに、左心不全で致死的不整脈があれば直ちに心停止し、左室の収縮帯壊死が起こる間もなく死亡するから、左室の収縮帯壊死はカテコールアミン障害による激しい心臓の拍動によって生じたものと見るのが合理的である(証人M〔原審〕)。
g ウイルス感染について
被告横浜市は、亡Cの右室心筋の線維化がウイルス感染により心臓突然死を発生したかのように主張する。
しかし、そもそも乳幼児の右室心筋症の突然死の発症例はなく、右室心筋症を発症させる原因としてウイルス感染を挙げている文献も存在せず、また、臨床的に亡Cの右室心筋症の発症はないから、ウイルス感染があったとしても右室心筋症が悪化することはあり得ない。心臓機能を低下させるほどのウイルス感染は相当重症の感染症であるが、亡Cには全身状態を悪化させるほどのウイルス感染や負荷は生じていない。保護施設の記録(甲二一の一)に死亡当日の午前六時の起床から朝食摂取時までに感染症の存在や心不全及び全身状態の悪化を示唆するものはなく、午前八時四五分の体温三七・四℃の微熱と汗ばんでいたことなどから感冒罹患の可能性はあるが、肺水腫や心不全等の全身状態を悪化させるほどのものではない。炎症等の発生後約六時間で上昇するCRPも救急搬送時の血液検査で〇・〇六(甲四三)と異常値ではなく、午前八時以前に何ら重症の負荷や炎症は生じていない(甲三〇)。なお、肺水腫はアナフィラキシーショックによる急変から死に至る経緯の中で生じたものである。
亡Cに急性脳炎の併発や水泡がなく、死亡直前まで元気に遊んでおり、エンテロウイルスやインフルエンザによるものではなく(乙一八)、亡Cの免疫機能が特に低下していたこともない(免疫機能低下があれば肺炎や重症感染で何度も入院していたはずであるが、亡Cは、アレルギー科に通院していただけで、幼稚園にプレ通園をしていた。)。
ウ 死亡結果の予見可能性及び回避可能性
(ア) 亡Cが卵アレルギーであることはcセンターから児童相談所に通知され、卵の完全除去食が指定されていた。アレルゲンを摂取すればアナフィラキシーショックによる死亡があり得ることは周知であり、死亡の結果の予見・回避可能性は十分あった。
(イ) 被告横浜市は、アレルゲンの入った本件竹輪を食べさせたことに気付いたにもかかわらず、適切な対応をせず、亡Cに医師の診療を受けさせず、必要な経過観察を懈怠し(甲二一の一・三、三〇、証人P、証人O、証人D)、亡Cを死亡するに至らせた。
四 当審における被告Y1病院の主張
原告らの被告Y1病院に対する請求に関する主張(前記三(1))は、いずれも否認し、争う。
五 当審における被告横浜市の主張
(1) 原告らの本件一時保護決定等の違法に関する主張(前記三(2)ア)は、いずれも否認し、争う。
(2) 亡Cの死因について
以下のとおり、亡Cの死亡について、アナフィラキシーショックが原因であることについての高度の蓋然性のある立証はなく、右室の線維化による致死的不整脈など他に説明し得る機序がある。
ア アナフィラキシーショックが死因であるとはいえないこと
(ア) アレルギー症状には皮膚・粘膜・消化器・呼吸器・全身性の各症状があるが、アナフィラキシー症状とは、即時型アレルギー反応の一つで皮膚・呼吸器・消化器など全身の多臓器に重篤な症状が現れるものをいい、アナフィラキシーショックとは、アナフィラキシー症状のうちの血圧低下や意識喪失など生命を脅かす症状を伴うものをいう(乙二〇)。食物由来のアナフィラキシーショックによる死亡は、極めてまれである(乙一八)。
(イ) 亡Cにアナフィラキシーの既往はなく、原因食物摂取から約五時間後の発症であって典型的なアナフィラキシーショックの経過ではなく、司法解剖によってもアナフィラキシーショックによる死亡と断定する根拠は全く見つかっていない(心臓性突然死の根拠となる右室の線維化が発見された。)。
亡Cの非特異的IgE抗体価五三三、卵白の特異的IgE抗体価八九・〇UA/ml(クラス5)は高めではあるが特に異常値というわけではない(乙二一、証人I、証人D)。亡Cにはミルク摂取後の血便やジョア摂取後の膨隆疹という軽微なアレルギー反応があったが、これによって亡Cのアレルギーが重症であったとはいえず(丙三。ジョアはその後は症状がなく継続されている。)、卵除去も念のためであった(乙一二、証人D)。なお、卵白の特異的IgE抗体価が高い場合に九五%以上の率でアレルギー反応が生じるとの報告は、軽微なものを全て含んでおり、アナフィラキシーとなるのはその二%にすぎず、そのうちショックに至るのは更に僅かである(平成一八年から平成二三年までの間の乳幼児の死亡は一例のみであり、それも食物が原因か否かは不明とされている。)。また、未摂取のアレルゲンを摂取したときに激烈な反応が必ず出るものではなく(甲六一、乙一八、証人D)、特異的IgE抗体価とアレルギー反応の強さとの間に相関関係はない。亡Cが摂取したのは二・五~三gの本件竹輪(一本の一〇分の一)であり、その中のたんぱく質成分は約〇・二五~〇・三gで、卵白由来のものはその一部のごく少量であり、摂取後も看護師や保育士によって適切に観察されていた。
また、二回目の入院は、亡Cの栄養状態の改善を主目的とするもので、重篤なアレルギー症状の治療が目的ではない。
(ウ) 原告らが挙げる気管支への浸出液の充盈ないしチアノーゼの発症は、アナフィラキシーショックであることの根拠とはならず(右室の線維化による致死的不整脈による死亡でも起こり得る変化又はこれによる死亡を裏付ける所見である。乙二一、二二)、軟便は卵除去がされていたcセンター入院中からしばしば見られており(したがって、卵由来のアレルギー症状ではない。乙一二の二)、好酸球及び好塩基球が認められなかったことは亡Cの死因がアナフィラキシーショックではないことを示している。
(エ) アナフィラキシー症状は即時型アレルギー反応の一つであるから、本件竹輪摂取後約五時間も無症状で、その後に突然アナフィラキシーショックが発生し死に至ることはあり得ない(乙一八、二三)。また、アレルギー反応は口腔粘膜からの暴露でも生じ、口腔粘膜暴露時に何らのアレルギー反応がなかったのにその後の消化管からの吸収時にいきなりアナフィラキシーショックを起こすことはあり得ない。納豆やもやしが残っていたから本件竹輪の吸収も遅かったとする推論は、何らの医学的根拠がない。原告らの亡Cの死亡をアナフィラキシーショックによるものであるとするその余の主張は、いずれも否認し争う。
イ 亡Cの突然死の原因は右室の線維化による致死的不整脈と考えられること
(ア) 司法解剖により、亡Cには右室の線維化が認められた(乙五)。
右室内に正常な心筋と線維化した異常部位が混在している場合、それが致死的不整脈を来す基質となり、この状態に何らかの増悪因子(発熱や感染などのストレス及び自律神経の乱れ等)が働くと、回路を旋回する電気興奮が生じて心室頻拍が引き起こされ、両心室の動きが悪化し、血行動態が破綻し、短い経過においても左心不全から死に至る(乙一九)。なお、右室の線維化が原因で致死的不整脈(心室細動・心室頻拍など)が生じた場合、不整脈が続いている間に両心室の機能が低下してショック状態が生じるから、これによって急性左心不全・収縮帯壊死・肺水腫などの変化は十分説明できる(M医師の「左室に心不全を来すことは説明しにくい」との意見は医学的に誤りである。)。
亡Cは、死亡当日、微熱があり、咽頭に水泡(vesicle)が見られ(乙一二の一)、解剖でも喉頭に粘膜びらん・リンパ球増殖が確認されており、ウイルス感染を生じていた(乙一八)。亡Cは、このウイルス感染が増悪因子として働き、心室頻拍、左心不全から死亡に至ったとするのが最も考えられる経過である。なお、亡Cに致死的不整脈が生じた結果、死後の解剖では肺水腫が見られたものである。
(イ) 亡Cは、生前の一般的な検査で心臓の異常は指摘されていなかったが、組織学的変化があっても広範囲にわたっていなければ必ずしも心臓全体の機能や形態異常につながらない可能性があり、その場合には生前の検査では発見できない(生前に心臓の異常が発見されていなかったにもかかわらず突然死した若年者の約三分の一はマクロ病理所見で正常心臓であり、そのほとんどが組織所見で病理学的な基質〔異常〕、すなわち局所的な心筋炎、心筋症及び伝導系疾患等があることが判明している〔乙一九、二二〕。)から、異常の指摘がなかったことにより致死的不整脈の発生を否定することはできない。
また、ARVCの診断基準は小児を対象とするものではなく、亡Cの右室の線維化が見付かったにもかかわらず、死因が心臓性突然死であったことを覆すに足りる検査結果はない。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所は、原告らの被告らに対する請求は、いずれも理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
二 認定事実
前提事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって認定することができる事実は、原判決の「事実及び理由」中「第三 裁判所の判断」の一に記載のとおりである(ただし、原判決一七頁二一行目の「アレルギー用の牛乳」を「MA―1などのアレルギー用ミルク」に、二〇頁一行目の「同月四日」を「同年九月四日」に、二五頁九行目の「同日」を「同月二日」に、一二行目の「述べ、結果、」を「述べた。」に、二七頁一五行目の「追求」を「追及」に、三二頁一行目から二行目にかけて及び七行目から八行目にかけての各「午前一二時二五分」をいずれも「午後〇時二五分」にそれぞれ改める。)から、これを引用する。
三 被告Y1病院に対する請求に関する主張について
(1) 原告らは、被告Y1病院の被告横浜市に対する本件通告及びその後の情報提供行為が違法である旨主張する(前記第二の三(1))。
(2) しかし、上記主張に理由がないことは、原判決の「事実及び理由」中「第三 裁判所の判断」の二に説示のとおりであるから、これを引用する。
以下、原告らの主張に鑑み、引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の一(事実認定)及び二(被告Y1病院に対する請求について)に補足して検討する。
ア 児童福祉法二五条に基づく通告等について
(ア) 本件通告は、被告Y1病院が、平成一八年六月一六日、a児相の長に対し、亡Cについて、「ネグレクト(疑い)」、「ビタミンD欠乏性くる病」、「家族の食事に対する強いこだわりから児に対して適切な栄養を与えることが出来なかったためにくる病発症に至ったと考えられ、結果として不適切な養育が行われていた可能性が高い。」ことを虐待の具体的な内容とし、児童福祉法二五条に基づくものとして行ったものである(甲三の「児童虐待(防止)連絡票」)。
児童福祉法二五条は、「要保護児童を発見した者は、これを(中略)児童相談所(中略)に通告しなければならない。」と規定し、同法六条の三第八項は、要保護児童を「保護者のない児童又は保護者に監護させることが不適当であると認められる児童」と規定しており、児童虐待を受けた児童も要保護児童に含まれると解される。このことは、児童虐待防止法六条一項が「児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを(中略)児童相談所に通告しなければならない。」と規定し、同条二項が「前項の規定による通告は、児童福祉法二五条の規定による通告とみなして、同法の規定を適用する。」と規定していることからも明らかである。そして、児童虐待防止法六条一項の通告は、児童虐待を受けたと思われる児童を発見した場合に速やかに行われるべきものであるから、発見者が主観的に児童虐待であると認識したときは同法上の通告義務を負い、虐待の事実がないことを認識しながらあえて通告をした場合及びそれに準ずる場合を除き、通告をしたことについて法的責任を問われることはないというべきである。
また、児童虐待とは、保護者がその監護する児童について、児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食その他の保護者としての監護を著しく怠ること(児童虐待防止法二条三号)に当たるような行為をいい、いわゆるネグレクト(栄養ネグレクト及び医療ネグレクト等)もこれに該当する。そして、医療ネグレクトは、医療水準や社会通念に反して児童にとって必要かつ適切な医療を受けさせないことをいい、栄養ネグレクトは、児童にもたらされている栄養状態そのものをいうのであって、いずれも保護者の主観や認識の有無によってその成否が左右されるべきものではない。
(イ) 原告らは、被告Y1病院が診療契約に反して通告をすることが許されるべき場合は極めて限定され(前記第二の三(1)ア(ア))、被告Y1病院のような高度な医療機関に入通院を継続している児童が要保護児童に該当するためには、① ネグレクトの存在が厳格に認められ、② 通告を要する緊急性があり、③ 通告の必要性及び合理性があり、④ 上記①ないし③が当該機関内部で適正に検討されたことが必要であり(前記第二の三(1)イ(ア))、また、栄養ネグレクトを肯定するためには、栄養摂取不足及び保護者が栄養を与えないことのほかに、栄養摂取不足についての保護者の認識が必要である(前記第二の三(1)イ(イ)a)などと主張するが、上述したところに照らし、これらの主張は、いずれも採用することができない。
イ 本件通告の違法性について
(ア) 原告らは、栄養ネグレクト及び医療ネグレクトがいずれも存在しないなどとして、本件通告が違法である旨主張する(前記第二の三(1)イ)。
しかし、引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の二に説示のとおり、原告らは亡Cに必要な栄養を与えておらず(医療ネグレクト)、適切な時期に必要な治療等を受けさせていなかった(医療ネグレクト)と認められ、本件通告は、必要かつ合理的なものであり、違法であるとはいえない。
したがって、原告らの上記主張は、採用することができない。
(イ) 原告らは、栄養ネグレクトに関し、一回目の入院で亡Cの食物アレルギーを印象付けられ、その後の通院中にも食物アレルギーによる制約の中で十分な栄養を与えており、被告Y1病院の医師らから格別の指摘はされなかったため、亡Cが小さく歩行が悪いことと食事や栄養との間に関係があるとは考えられず、二回目の入院後は、栄養指導を受け入れ、外泊中も指導を守り、栄養士からも高く評価されたなどと主張する(前記第二の三(1)イ(イ)a)。
しかし、前記アのとおり、原告らの主観や認識の有無によって栄養ネグレクトの成否が左右されるものではない。また、一回目の入院は亡Cに異常な体重低下及び人工乳の補足等が問題とされて行われ、医師からも体重増加不良が明らかで人工乳が必要であるとの説明があり、実際に人工乳が使用されるなどし(引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の一の(1)及び(2))、通院中にも原告らがG医師に対し、魚はまだ食べさせていない旨を告げ(丙一・一七頁)、平成一七年四月二五日の診察の際に亡Cの体重が減少しており、I医師が食事内容を質問するなどしている(引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の一(3))ことからすれば、亡Cの低身長・体重及び歩行状態に不安を覚えていたという原告らにおいても食事や栄養不足が問題であることを認識していた(少なくとも容易に認識することができたのに、あえてこれを認識しようとしなかった。)ものと認められる。なお、原告らは、亡CのビタミンD欠乏性くる病の原因が食事によるものであるか否かは医学的に不明であるとも主張するが、カルシウム及びビタミンDの摂取不足が原因と考えられる(丙三・三九頁)。
したがって、原告らの上記主張は、採用することができない。
(ウ) 原告らは、医療ネグレクトに関し、要するに原告らが必要性を理解することができた検査等を原告らが拒否したことはないなどと主張する(前記第二の三(1)イ(イ)b)。
しかし、前記ア(ア)のとおり、原告らの主観や認識の有無によって医療ネグレクトの成否が左右されるものではない。また、引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の一の(1)ないし(4)に認定のとおり、掲記の各証拠によれば、原告らは、被告Y1病院の医師らが必要性を認めて受けるように勧めたMRI検査、全身骨レントゲン検査、CT検査及び脳波検査に疑問を呈し、更なる説明を求めるなどして速やかに同意をせず、一部の検査は中止されたこと、アレルギー用ミルクの使用やアルファロールの増量にも速やかに応じず、I医師による聞き取りにも怒りを露わにし、食事内容の詳細を伝えなかったものと認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
したがって、原告らの上記主張は、採用することができない。
(エ) 原告らは、以上のほか、原告らが入院継続を了承しており、また、くる病は通院治療で足りる一般的な病気であるなどとして、本件通告には緊急性、必要性及び合理性がない旨主張する(前記第二の三(1)イの(ウ)及び(エ))。
しかし、被告Y1病院が通告をするに当たって緊急性のあることは必要でないこと、原告らにネグレクトが認められ、本件通告に合理性及び必要性があったことは、前記ア及び上記(ア)ないし(ウ)に説示のとおりである。なお、原告らは、平成一八年六月一五日、入院の意味が全く理解できないなどとして翌日の退院を申し出て、自らの意見に固執し、E医師が二時間以上かけて説得した結果、ようやく入院継続に同意したものであり(引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の一(4)ソ)、原告らが入院継続に結果的に同意していたことをもって本件通告が不合理又は不必要なものであるとはいえない。
したがって、原告らの上記主張は、採用することができない。
(オ) 原告らは、SCANの認定手続がずさんであるから本件通告が違法であるかのように主張する(前記第二の三(1)イ(オ))。
しかし、本件通告に関するSCANの活動等は引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の一(5)に認定のとおりであり(この認定を覆すに足りる証拠はない。)、SCANにおいて一堂に会した会議や議事録がなく、F医師が児童精神医学を専門としていることなどによって、その認定手続がずさんであって本件通告が違法となるとみることはできない。
したがって、原告らの上記主張は、採用することができない。
ウ 情報提供行為の違法性について
(ア) 原告らは、被告Y1病院が被告横浜市に対して虚偽の情報を提供し、情報を隠匿し、一時保護に向けた働きかけをした旨主張する(前記第二の三(1)ウ)。
(イ) しかし、原告らは、① 人工乳を嫌がり、玄米食にこだわり、原告X2がその母の傾倒しているマクロビオティックの必要性を述べるなどしており(丙二・二六頁・五七頁・一三二頁)、② 魚は与えているが肉は与えておらず、たんぱくなどの摂取量を増やすべきであるとされ(丙一・二五頁)、③ 栄養性のくる病だけか、先天的な骨の病気でもあるのかの確定診断に必要な全身骨レントゲン検査を拒否し(証人E・五一頁)、④ アルファロールの増量を拒否し(丙三・二五頁・二七頁・三〇頁・三一頁・三九頁)、⑤ ステロイド治療を拒否する態度をとった(丙二・一二頁)ほか、⑥ 通院期間中に診療の予約を度々取り消し(引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の一(3)サ)、ジョアの飲用を拒むような発言をし(同(4)シ)、退院要求を強く述べた(同(4)ソ)のであって、被告Y1病院が被告横浜市に提供した情報が虚偽であるとは認められない。
亡Cの主治医であるE医師は、食物アレルギーによる食材制限が亡Cのくる病の一つの原因となる旨を証言しているにすぎないし(証人調書三一頁~三二頁)、また、亡Cに食物アレルギーがあることはa児相に伝えられており(乙一二の一・二枚目)、これらの点で情報を隠匿したということはできない。また、試験外泊の結果について伝えていたことを認めるに足りる証拠はないが、これを伝えなかったことが直ちに違法な情報の隠匿であることになるものではない(試験外泊をしたことは明らかであり、その結果がa児相にとって必要な情報であるのに伝えられていなかったとすれば、a児相の側から問い合わせるなどすれば足りることである。)。また、被告Y1病院において、虐待があると認識した場合において必ず保護者に告知して事態を改善すべきものとはいえず(丙一五はそのような義務を定めたものではない。)、長く亡Cの診療に当たってきた被告Y1病院が、分離、すなわち一時保護が相当である旨を述べることが不当であるとする根拠はない(なお、a児相は、被告Y1病院の意見に拘束されるものではない。)。
したがって、原告らの上記主張は、採用することができない。
エ 以上のとおり、被告Y1病院の本件通告等が違法であるとは認められないから、原告らの被告Y1病院に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
四 被告横浜市に対する請求に関する主張について
(1) 本件一時保護決定等の違法について
ア 原告らは、本件一時保護決定及び本件再一時保護決定等はいずれも違法である旨主張する(前記第二の三(2)ア)。
イ しかし、上記主張に理由がないことは、原判決の「事実及び理由」中「第三 裁判所の判断」の三に説示のとおりであるから、これを引用する。
以下、原告らの主張に鑑み、引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の一(事実認定)及び三(本件一時保護決定及び本件再一時保護決定等について)に補足して検討する。
(ア) 本件一時保護決定の違法
a 原告らは、一時保護決定をするには緊急性の要件を具備することが必要であることを前提として、原告らにはネグレクトがなく、被告Y1病院の本件通告等が違法であるのに、a児相の長は、被告Y1病院の主張を丸呑みして本件一時保護決定をした旨主張する(前記第二の三(2)ア(ア)及び前記第二の三(1)ア(イ))。
b しかし、引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の三(1)に説示のとおり、本件一時保護決定は違法であるとはいえない。
すなわち、一時保護は、子の安全を確保し、現在の環境に置くことが子の権利尊重・自己実現にとって看過できないと判断されるときに行うべきものであり(乙三・七八頁)、引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の三(1)アに説示のとおり、一時保護決定は、その判断に合理的な根拠がなければ違法となるものと解される。しかし、原告らの主張するような緊急性(これは、要するに他の手段等を経ていたのでは間に合わないような場合であることが必要である旨をいうものと解される。)があることを要件とするものと解すべき根拠はなく(児童福祉法三三条一項は、「必要があると認めるときは、二六条一項の措置をとるに至るまで」一時保護を加えることを認めている。)、これを前提とする原告らの主張は失当である。また、原告らのネグレクトが認められること、被告Y1病院の本件通告及び情報提供等が違法であるといえないことは、前記三及び引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の二に説示のとおりであり、その他本件一時保護決定が合理的な根拠なく行われたものと認めるべき事情はなく、これを違法ということはできない。
したがって、原告らの上記主張は、採用することができない。
(イ) 本件再一時保護決定の違法
a 原告らは、本件一時保護決定は違法であるところ、被告横浜市は、平成一八年七月三日の本件一時保護決定後に行われた面談等によってネグレクトは存在しないことを認識し、また、一時保護中のcセンターにおける検査や原告らとの面接等によって被告らがネグレクトと称する状態も解消したことを認識しており、被告横浜市が主張する栄養指導も本件再一時保護決定の必要性を根拠付けるものではないなどとして、本件再一時保護決定は違法である旨主張する(前記第二の三(2)ア(イ))。
b しかし、本件一時保護決定が違法といえないこと、一時保護決定に原告らの主張するような緊急性がその要件となるものではないこと及びネグレクトが存在することは、前記説示のとおりである。また、cセンターにおいて検査が終了し、その結果が判明したことなどは、入院治療の必要性を否定する根拠となるものではあっても、一時保護の必要性自体を否定する根拠となるものではない。そして、本件再一時保護決定は、原告らに対し、再発防止のための栄養指導を行うためにされたものである(引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の一の(7)及び(8))が、この栄養指導が必要性を欠くものであるとか、一時保護をせずに行うべきものであったことを認めるべき証拠はない。なお、原告らは、本件再一時保護決定が亡Cを死に至らしめたかのように主張するが、後記(3)のとおり、同決定と亡Cの死亡との間に相当因果関係があるとは認められない。
したがって、原告らの上記主張は、採用することができない。
(ウ) 保護機関の不告知及び面会拒否の違法
a 原告らは、取戻しの危険が大きいとはいえず、a児相が原告らに保護機関を告知しなかったこと及び面会を拒否したことは違法である旨主張する(前記第二の三(2)アの(ウ)及び(エ))。
b しかし、原告X1は被告Y1病院に亡Cが入院していた平成一八年六月一五日に執拗な退院の申出をしていたこと(引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の一(4)ソ)などからすれば、a児相が取戻しの危険が大きいことなどを理由に、亡Cの保護機関を告げず、原告らの面会を拒んだとしても、それらの行為が違法であるとすることはできない。
したがって、原告らの上記主張は、採用することができない。
(2) b児相職員の過失について
本件再一時保護決定における亡Cの一時保護先となったb児相の職員は、被告Y1病院及びcセンターからの情報により、亡Cが卵について強いアレルギーを持っており、卵を使った食品を除去した食事を与えることになっていることを認識していたにもかかわらず、平成一八年七月二七日午前七時三〇分頃に亡Cが朝食を食べた後にお代わりをした際、卵が含まれる本件竹輪(一本の一〇分の一。二・五~三g)を誤って亡Cに与えて食べさせた(引用に係る原判決の「第二 事案の概要」中の一(4)及び同「第三 裁判所の判断」中の一(9))。
上記職員は、亡Cに卵を使った食品を食べさせてはならない注意義務があるのにこれを怠ったものというべきであり、その点で過失があるといえる。
(3) 亡Cの死因について
ア 主張の概要
原告らは、亡Cの死因はアレルゲンである卵を含む本件竹輪を食べさせられたことによるアナフィラキシーショックである旨主張し(前記第二の三(2)イ。以下「原告説」という。)、M(以下「M」という。)医師の証言(原審及び当審)及び同医師作成の二通の鑑定意見書(甲三〇、六二)等は、上記主張に沿うものである。
これに対し、被告横浜市は、原告らの主張を争い、当審において、亡Cは右室の線維化による致死的不整脈を原因とする突然死によって死亡したと考えられる旨主張し(前記第二の五(2)。以下「被告説」という。)、Q(以下「Q」という。)医師の証言及び同医師作成の二通の意見書(乙一八、二一)並びにR(以下「R」という。)医師作成の二通の意見書(乙一九、二二)等は、上記主張に沿うものである。なお、被告横浜市は、原審において、亡Cの死因を右室心筋症による左心不全である旨主張し(引用に係る原判決の「第二 事案の概要」中の四(3)〔被告横浜市の主張〕)、N(以下「N」という。)医師の証言及び同医師作成の三通の書面(乙五、八、一〇の一~五)等は、上記主張に沿うものである。
イ 判断の前提事項等
(ア) アレルギー及びアナフィラキシーショックなど
a アレルギー
ⅰ アレルギーは、身体に不利益をもたらす病的な過敏症であり、免疫反応の結果生じるものとされ、Ⅰ型からⅣ型に分類される(乙一八・六頁・文献一〇)。
ⅱ Ⅰ型(即時型アレルギー反応)は、IgE抗体と肥満細胞との反応によって生じ、化学伝達物質(ヒスタミン等)が放出されて、抗原物質(アレルゲン)への暴露直後から二時間前後の間に即時型アレルギー反応として発症する。
なお、「即時型」とは、通常数分、長くても二時間以内を指すものとされるが、数時間などとする文献もある(甲三〇・五頁・文献六・九・一〇・一二・一四、甲六二・一~二頁・文献ア・ウ、乙一八・六~七頁・文献一〇・一一、証人Q調書・五頁・二一~二四頁、証人M〔当審〕調書・一七~一九頁)。
ⅲ 免疫は、人体に入ってきた有害物質に抵抗し人体を防御するため人間が生来持っている機能をいい、抗体は、免疫反応に関与するたんぱく質(IgE、IgA、IgG、IgM抗体)をいう(乙一八・六頁)。
ⅳ 食物アレルギーは、人に無害であるはずの食物によって過敏性のある人にのみ起こる現象(食物によって引き起こされる抗原特異的な免疫学的機序を介して生体にとって不利益な症状が惹起される現象)である(乙一八・六頁・文献七)。
b アナフィラキシー
ⅰ アナフィラキシーは、食物等が原因で起こる全身性のⅠ型(即時型アレルギー反応)の一つで、皮膚、呼吸器及び消化器などの複数臓器に症状(全身症状)が現れる(甲三〇・五頁・文献一〇・一六、甲六二・二頁・文献ア、乙一八・四頁・文献七)。
ⅱ 「即時型」の指す時間については、上記aⅱのとおりである。
ⅲ 二相性反応(早発相と遅発相の反応)は、中等症以上の高度のアナフィラキシー反応を呈した例に見られる(甲六二・文献ア・イ)。
c アナフィラキシーショック
ⅰ アナフィラキシーショックは、即時型アレルギー反応であるアナフィラキシーのうち、血圧低下、意識消失及び全身蒼白などのショック症状という生命を脅かす危険な状態をいい、血液分布異常性ショックに該当する(乙一八・三頁・四頁・文献七)。
ⅱ ショックは、組織の代謝需要と比較して酸素と栄養の不十分な供給から生じる危機的な状態とされ、出血性ショック、血液分布異常性ショック、心筋収縮力障害及び閉塞性ショックに分けられる(乙一八・三頁・文献四)。
(イ) 亡Cの食物アレルギー及び本件竹輪摂取から死亡までの経過等
a 亡Cの食物アレルギー
ⅰ 亡Cは、食物アレルギーがあった。
b児相では、亡Cについて、卵を使った食品の摂取を全て禁止し、同食品を除去した食事を与えることが職員に周知されていた(引用に係る原判決の「第二 事案の概要」中の一(4)、同「第三 裁判所の判断」一(9)ア)。
ⅱ 亡Cについて平成一八年七月四日にcセンターで行われた検査の結果は、非特異的IgE抗体価が五三三IU/ml、卵白の特異的IgE抗体価が八九・〇UA/mlであった(甲二八)。
b 亡Cの本件竹輪摂取から死亡までの経過等
亡Cは、平成一八年七月二七日(以下、同日については日付の記載を省略する。)午前六時頃起床し、午前七時三〇分頃から朝食(ご飯、味噌汁、納豆、焼き海苔及びもやしのおひたし)を食べ、完食後のお代わりとしてアレルギー源である卵を含む本件竹輪(一本の一〇分の一。二・五~三g)を食べた(経口摂取)。
職員は、亡Cが本件竹輪を食べて「おいしいね」と言ったことからミスに気付き、他の職員に知らせ、竹輪の原材料の一部に卵が含まれることを確認し、亡Cの様子を見ることにした。
看護師は、午前八時三五分頃来室して報告を受け、時間的にアナフィラキシーの危険はなくなったがじんま疹が出る心配はある旨述べた。
職員は、午前八時四〇分頃、大量に軟便が出ていたので、シャワーで亡Cのお尻を洗った。
亡Cは、朝食後、よく遊んでいたが、額の辺りが汗ばんでいたので検温したところ三七・四℃であった。職員は、亡Cの皮膚の様子、呼吸及び表情などに注意して見守っていた。
亡Cは、午前九時三〇分頃、リンゴジュース(軟便が出ていたため牛乳から変更した。)を飲み、室内で遊んでいたが、おしゃべりが多く、動きは活発であった。
職員は、午前九時五〇分頃、a児相の担当者に対し、朝食時に本件竹輪を食べさせてしまったことを報告した。
亡Cは、午前一一時五〇分頃から昼食(ご飯、キャベツ・にんじん・ジャガイモ・ほうれん草・タマネギの入った野菜スープ、スイカ)を食べた。
亡Cは、昼食終了後の午後〇時一五分にトイレに行き、午後〇時二五分頃から昼寝を開始し、ベッドにうつ伏せにタオルケットを掛けて寝かされた。
これまでの間にアナフィラキシーショックを含む食物アレルギーの発症を示す明らかな症状は認められなかった。
亡Cは、午後一時頃及び午後一時五〇分頃に職員が見たときはうつ伏せで眠っていた。
亡Cは、午後二時三〇分過ぎ頃、職員がうつ伏せから仰向けにして起こしたところ、ぐったりしており、手足にチアノーゼが出ていた。
亡Cは、間もなく救急車で聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院(以下「聖マリアンナ病院」という。)に搬送された(午後三時四分到着)が、既に心肺停止しており、さらに心臓マッサージが約一時間にわたって施されたものの、同病院において午後四時一四分に死亡が確認された(死亡推定時刻は午後二時頃)。(以上につき、甲二、二一の一~三、二二、四三、乙五、一五、一六、証人P、証人O、引用に係る原判決の「第三 裁判所の判断」中の一(9)のイ及びウ)
(ウ) N医師の鑑定
横浜市立大学医学部法医学講座のN医師は、平成一八年七月三一日(亡Cの死後四日目)、神奈川県警察保土ヶ谷警察署司法警察員から鑑定処分許可状に基づく亡Cの死亡原因等の鑑定の嘱託を受け、同日午後一時四五分から午後六時三〇分までの間に解剖を行い、その後必要な諸検査を行った結果に基づき、同年一〇月一六日付け鑑定書(乙五)を作成した。
なお、N医師は、上記鑑定書において、亡Cの死亡原因を右室心筋症による左心不全と推定し、その後、被告横浜市代理人の質問に対する平成二二年五月二八日付け回答書面(乙八)及び同年一一月一八日付け回答書面(乙一〇の一~五)を作成した。被告横浜市は、原審において、N医師の意見と同旨の死因の主張をしたが、当審において、これを被告説に変更した。
ウ アナフィラキシーショックによる死亡といえるか
(ア) 原告説を否定又は肯定する理由の要旨
被告横浜市は、原告説を否定してQ医師及びR医師の各意見書(乙一八、一九、二一、二二)等を提出し、原告らは、これを肯定してM医師の鑑定意見書二通(甲三〇、六二)を提出している。そして、Q医師は、原告説を否定する根拠として、① 時間的経過、② 本件竹輪が非常に少量の加熱食品であること、③ 考え得る他の死因(被告横浜市の主張する致死的不整脈による突然死)を挙げ(証人調書二九頁)、一方、M医師は、原告説を肯定する根拠として、本件竹輪のアレルゲンが小腸で吸収されたことを前提として、時間的にも矛盾なく説明できることなどを挙げている(証人調書〔当審〕三六~三八頁)。
そこで、まず、時間的経過及び本件竹輪について検討し、次いで、病理所見等と各説との関係を検討することとする。
(イ) 時間的経過及び本件竹輪について
a 上記イ(イ)によれば、亡Cが本件竹輪を食べたのは午前八時前頃と推定されるが、午後〇時二五分頃に昼寝を開始するまでの約四時間三〇分の間に食物アレルギーやアナフィラキシーショックを示す症状は見られなかった。
b 前記イ(ア)aのとおり、アナフィラキシーショックはⅠ型(即時型アレルギー反応)の一つであり、即時型とは通常二時間以内に発生するものをいい、上記時間的経過は必ずしもこれと整合しない。しかし、発症時間を摂取後数時間などとする文献もあり、二時間以上経ていることのみを理由として直ちにアナフィラキシーショックを否定することはできない。
c この点につき、M医師は、第一次的に、アナフィラキシーショックの発症を午後〇時二五分の昼寝開始後であるとし、かつ、口腔粘膜からの吸収を前提とせずに、お代わりとして満腹時に加熱食品である本件竹輪を摂取したこと及び朝食に消化吸収を遅らせる「ねばねば成分」のある納豆を食べたことが小腸からの消化吸収を遅らせ、その結果アナフィラキシーショックの発生を遅らせた旨述べる(甲三〇・七頁、甲六二・二~三頁・五頁・一〇~一一頁、証人M調書〔当審〕・二二頁・三六~三八頁)。
しかし、① 亡Cが固形物である本件竹輪を朝食完食後の満腹時にお代わりとして食べたものであれば、口内で咀嚼して食べるのが通常と考えられ(亡Cは「おいしいね」と言っている。)、口腔粘膜で吸収されなかったとは容易に考えられない。
また、② 解剖時において、亡Cの胃の内容は、半ば消化した米飯、豆、もやし、にんじん、タマネギ、キャベツ、スイカの種と果肉が残っていた(乙五・五頁)。このうちの豆は納豆であり、もやしとともに朝食時に摂取され、にんじん以下は昼食時に摂取したものと考えられ、朝食時の豆ともやしが残っていたことは亡Cが食物の消化吸収にある程度の時間が掛かった可能性を示唆するものとはいえる。そして、亡Cは、朝食を完食してからのお代わりとして本件竹輪を食べたことからすれば、先に食べた納豆及びもやしなどが先に胃に到達し、本件竹輪は、その後に胃に到達し、胃内で撹拌されるなどして食後ある程度の時間を経てから小腸に達し、そこで吸収されたと見ることができなくもない。しかし、胃における撹拌と本件竹輪の消化のされやすさなどからすれば、本件竹輪が小腸で吸収されるまでの間にそれほど長時間を要したものとみることはできない。
次いで、③ 本件竹輪は加熱食品であるから、卵白の抗原性も加熱によって低下し(証人Q調書・九頁)、相当量が消化吸収されるまではアナフィラキシーショックを発生させる閾値に達しなかった可能性がないわけではないが、上記相当量が消化吸収されるまでの間にそれほど長時間を要したとは考え難い。
さらに、④ 納豆アレルギーは、納豆のねばねば成分である特殊なたんぱく質が腸管で緩徐に放出され、粘膜で吸収されるまでに他の成分よりも長時間を要することにより遅発性反応となるものと考えられ(乙一八・八頁・文献一五・一六)、同成分が他の食物の消化吸収を遅らせる作用までを有しているとする根拠はない。したがって、この点を本件竹輪の消化吸収が遅れた理由とすることはできない。
なお、小児のアレルギー診療に長年携わっているQ医師は、本件竹輪は加熱食品であって抗原性が低下している上、非常に少量であり、摂取後何時間も特に異常がなかったのに、突然アナフィラキシーショックを起こすことは通常考えられない旨述べている(乙一八・七頁、証人Q調書・九~一〇頁)。
以上の点を併せ考えれば、午後〇時二五分の昼寝開始から死亡推定時刻とされる午後二時頃の間にアナフィラキシーショックが発症したり、その直前又は数時間遡った時点までに本件竹輪が消化吸収されたりしたと見ることはできない。
したがって、M医師の第一次的な意見は、これを採用することができない。
d M医師は、第二次的に、二相性反応があり、早発相は軟便で、遅発相が亡Cを死に至らしめたアナフィラキシーショックである旨述べる(甲三〇・二~四頁、証人M調書〔当審〕・二三~二五頁)。
しかし、午前八時四〇分頃に見られた軟便をアレルギー反応により生じるとされる下痢便と同視できるかは疑問であるし、亡Cの軟便はcセンターに居る間、すなわち本件竹輪の摂取前から見られたものであり(乙一二の二)、午前八時四〇分頃の軟便を二相性反応における早発相であると認めることはできない。M医師の意見においても他の早発相として具体的に指摘されるものはなく、亡Cの死亡が二相性のアナフィラキシーショックによるものであるとはいえない。
したがって、M医師の第二次的な意見は、これを採用することができない。
e 以上のとおり、原告説は採用することができず、亡Cの死亡がアナフィラキシーショックによるものであるとは認められないから、本件竹輪の摂取と亡Cの死亡との間に相当因果関係があるとは認められない。
なお、亡Cの平成一八年七月四日時点における卵白の特異的IgE抗体価が八九・〇UA/ml(クラス5)であるところ、上記抗体価が六二以上の者が卵白を摂取した場合には九五%以上の確率でアレルギー反応が出るとの報告がある(甲二八、三〇、証人M〔原審〕)。しかし、アレルギー反応が生じた場合でもアナフィラキシーとなるのはその二%にすぎず、その中でアナフィラキシーショックに至るのは更に僅かであり、また、平成一八年から平成二三年までの間の乳幼児のアナフィラキシーショックによる死亡例は一例のみ(ただし、食物が原因であるか否かは不明)であるから(乙一八・六~九頁・文献一七・一八、証人Q調書・三~四頁)、上記報告をもって亡Cが本件竹輪を摂取したことによってアナフィラキシーショックが発症した根拠とすることはできない。
(ウ) 病理所見等と各説との関係
前記(イ)のとおり、時間的経過の点で既に原告説は否定されるが、以下に病理所見等と各主張に係る死因との関係等を検討する。
a 好酸球などが出現していないこと等
亡Cの解剖時の病理組織学的検査では、好酸球及び好塩基球の出現は認められない(乙五・七頁、証人N)。
Q医師は、アレルギー反応が生じていれば必ずその局所に好酸球などの炎症性細胞が出現すると考えられ、特に数時間経ってからの発症の場合に好酸球などが全くどこにも出現しないことはないから、原告説は否定される旨述べる(乙一八・三~四頁・文献五・六)。
しかしながら、本件が上記のような場合に該当しないことは、前記(イ)cに説示したとおりである。
b CRPの上昇がないこと
亡CのCRPは、聖マリアンナ病院における血液検査で、〇・〇六であり(甲四三)、異常値ではなかった。
CRPは、生体に炎症、侵襲及び組織崩壊が生じた際に、炎症等の発生後約六時間後頃から血液中で上昇が始まるものであり、亡Cについては、午後二時に死亡したとすれば、午前八時頃以前には炎症等が生じていなかったことになる(甲三〇・四頁、証人M〔原審〕調書・一〇頁)。
CRPの上昇がなかったことは、アナフィラキシーショックが死亡直前に発症したものである場合(原告説)であれば、説明が可能であるが、本件が上記のような場合に該当しないことは、前記(イ)cに説示したとおりである。
そして、ウイルス感染の場合はCRPが上昇しないことが多いといえる(乙一八・五頁・文献九)から、CRPの上昇がないことをもってウイルス感染がなかったとすることはできない。
したがって、被告説は、CRPの点を理由として否定することはできない。
c 肺水腫及び総たんぱくの低下
これらは、アナフィラキシーショックを引き起こす際に血管の透過性が亢進するため、線維素を含む血管内の血漿成分、水分及び血液中のたんぱく質が血管外に漏れ出したために生じ得る現象である(証人M〔原審〕)。もっとも、肺水腫は、アナフィラキシーショックに特異的なものとはいえないし(乙八・九頁、乙一八・三~四頁、証人Q調書・一一頁・二六~二七頁)、アナフィラキシーは複数臓器に全身症状が現れるものであるから、血管透過性亢進が生じていれば、肺以外の他の臓器や全身においても同様の症状が発現していると考えられるが、本件においては、そのような事態が発現したことを認めるに足りる証拠はない。
なお、Q医師は、アナフィラキシーショックで血中総たんぱくが下がるということは余り考えられず、上記の低下は、聖マリアンナ病院における採血前の急速輸液で薄まったことが考えられると述べる(乙一八・四頁、乙二一・三頁、証人Q調書・一二~一三頁)が、いかに救急の現場であるからといって、血液を採取するまでの間に、既に心肺停止となっている亡Cに上記の数値にまで下げるに足りる量の輸液を行うとは考え難い(甲六二・一二頁、証人M〔当審〕調書・一頁)。
d 血糖値及び左室の収縮帯壊死等
亡Cは、聖マリアンナ病院への搬送時の血液検査で血糖値が九八〇mg/dlと極めて高値を示し(甲四三)、解剖時に左室の収縮帯壊死が見られた(乙五・七頁)。
これらは、アナフィラキシーショックにおける血圧低下によるショックから離脱するために、カテコールアミン等を過剰に分泌して血圧を上昇させ、心臓の激しい収縮が起こることによって生じたものとして説明が可能である(乙一〇の一、証人M〔原審〕調書・九頁、証人N調書・二三頁)。
もっとも、左室の収縮帯壊死は、死亡直前に不整脈が生じたことを示す所見であり、右室の線維化を基質として致死的不整脈(心室細動・心室頻拍)が発生し、血行動態が破綻して心筋障害・心筋虚血を来した二次性の変化として説明が可能であり(乙一九・四頁、乙二二・二頁)、被告横浜市の主張する死因を否定する根拠とはならない。また、血糖値の上昇についても、ショック状態は不整脈でも起こるもので、カテコールアミンの過剰分泌はアナフィラキシーショックの場合に特有なものとはいえず(乙二二・二頁)、被告横浜市の主張する死因を否定する根拠とはならない。
e ウイルス感染
これに対し、M医師は、元気に遊ぶことができないような重症ウイルス感染症でなければ被告横浜市の主張する死因には至らない旨述べる(甲六二・六頁)が、重症であることを必要とする納得できる理由は示されていない。また、M医師は、亡Cにウイルス感染があったと考えられることは認めている(甲三〇・三~四頁)。
したがって、被告説の主張に根拠がないとはいえない。
(エ) 上記検討の結果によれば、原告説による亡Cの死亡は考えられないのに対し、被告説による死亡の可能性は否定できないものというべきであり、被告説によれば、本件竹輪の摂取と亡Cの死亡との間に相当因果関係がないことは明らかである。
(4) 以上のとおり、本件一時保護決定等が違法であるとは認められず、本件竹輪の摂取と亡Cの死亡との間に相当因果関係があるとも認められないから、原告らの被告横浜市に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
五 結論
以上によれば、原告らの被告らに対する請求は理由がないからいずれも棄却すべきであって、原判決のうち、被告Y1病院に対する請求を全部棄却した部分及び被告横浜市に対する請求を一部棄却した部分は相当であるが、被告横浜市に対する請求を一部認容した部分(原判決主文一項及び二項)は相当ではない。
よって、原告らの被告Y1病院に対する本件控訴及び被告横浜市に対する本件附帯控訴は理由がないからこれらをいずれも棄却し、被告横浜市の原告らに対する本件控訴は理由があるから、原判決のうち原告らの被告横浜市に対する請求を一部認容した部分(原判決主文一項及び二項)を取り消し、同部分に係る原告らの請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上繁規 裁判官 笠井勝彦 宮永忠明)