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東京高等裁判所 平成24年(ラ)493号 決定 2013年2月28日

抗告人兼相手方

ロイヤル・バンク・オブ・カナダ・トラスト・カンパニー(ケイマン)リミテッド(以下「申立人」という。)

同代表者

セルマ・リー・アーチオルガ・プッシー

同代理人弁護士

檜山聡

相手方兼抗告人

株式会社コーエーテクモゲームス(以下「相手方」という。)

同代表者代表取締役

襟川陽一

同代理人弁護士

梅野晴一郎

田中昌利

藤原総一郎

山口真由

主文

原決定を次のとおり変更する。

承継前の相手方テクモ株式会社発行に係る普通株式のうち申立人が有する389万0700株の買取価格を1株につき691円とする。

理由

第1  抗告の趣旨

1  申立人

原決定を次のとおり変更する。

承継前の相手方テクモ株式会社発行に係る普通株式のうち申立人が有する389万0700株の買取価格を1株につき920円とする。

2  相手方

原決定を次のとおり変更する。

承継前の相手方テクモ株式会社発行に係る普通株式のうち申立人が有する389万0700株の買取価格を1株につき620円とする。

第2  事案の概要等

1  本件は,テクモ株式会社(以下「テクモ」という。)ほか1社を株式移転完全子会社とする株式移転に反対したテクモの株主である申立人が,テクモに対し,申立人の有するテクモの株式389万0700株(以下「本件株式」という。)を「公正な価格」で買い取るよう請求したが,その価格の決定につき協議が整わないため,会社法807条2項に基づき,買取価格を1株につき920円と定めるよう申し立てた事案である。

なお,テクモは,原決定(東京地方裁判所平成22年3月31日決定・平成21年(ヒ)第248号)後の平成22年4月1日,相手方との吸収合併により消滅し,吸収合併の存続会社である相手方が,テクモの権利義務を包括承継した。

2  前提となる事実

次のとおり付加訂正するほか,原決定の「第2 事案の概要」1(2頁10行目から5頁19行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。なお,引用部分中に「相手方」とあるのは「テクモ」と読み替えるものとする(以下「原決定を引用する場合について,同じ。)。

(1)2頁19行目の「相手方株式」を「テクモ株式」に改める。

(2)2頁25・26行目の「(審問の全趣旨)。」を「。当時,テクモとコーエーとの間には,相互に特別の資本関係はなかった。(審問の全趣旨)」に改める。

(3)3頁6行目未尾に改行のうえ次のとおり加える。「オ テクモは,平成22年4月1日,相手方との吸収合併により消滅し,吸収合併の存続会社である相手方が,テクモの権利義務を包括承継した。」

(4)3頁20行目の「社長」を「代表取締役」に改める。

(5)4頁2行目の「,同日」を「,平成20年11月18日」に改める。

(6)4頁11行目の「合意した」の次に「(以下,この株式移転比率を「本件株式移転比率」という。)を加える。

3  本件の原審及び差戻し前抗告審の各決定並びに許可抗告審の決定について

(1)原審の決定

原決定の要旨は,次のとおりである。

ア 一般に,株式移転する各当事会社が,相互に特別の資本関係がない独立した会社同士である場合に,各当事会社が第三者機関の株式評価を踏まえるなど合理的な根拠に基づく交渉を経て合意に至ったものと認められ,かつ,適切な情報開示が行われた上で各当事会社の株主総会で承認されるなど,一般に公正と認められる手続によって株式移転の効力が発生したと認められるときは,他に株式移転自体により当該当事会社の企業価値が毀損されたり,又は,株式移転の条件(株式移転比率等)が同社の株主にとって不利であるために,株主価値が毀損されたり,株式移転から生じるシナジーが適正に分配されていないことなどをうかがわせる特段の事情がない限り,当該株式移転は当該当事会社にとって公正に行われたものと推認できるというべきである。そして,このように株式移転が当該当事会社にとって公正に行われた場合には,反対株主により株式買取請求に係る「公正な価格」は,株式移転の効力発生日を基準として,株式移転によるシナジーを適切に反映した同社株式の客観的価値を基礎として算定するのが相当であり,他方,上記特段の事情が認められる場合には,反対株主による株式買取請求に係る「公正な価格」は,株式移転がなかったならば当該株式が有していたであろう客観的価値を基礎として算定するのが相当である。

イ 本件においては,テクモとコーエーは,相互に特別の資本関係がない独立した会社同士であるということができ,また,両社は,第三者機関の株式評価を踏まえるなど合理的な根拠に基づく交渉を経て合意に至ったものと認められ,かつ,本件企業再編の内容及び経緯などについて適切な情報開示が行われた上で,両社の株主総会で承認されたのであり,一般に公正と認められる手続によって本件株式移転の効力が発生したということができる。

ウ しかし,テクモの株式の株価は,本件株式移転の公表の翌日に値幅制限の範囲内で最大の下落をし,その後,テクモの株式は市場全体の株価推移と比較して大きな下落率で推移し,本件株式移転の公表の翌日からコーエーが投資有価証券について損失を公表した平成21年1月10日より前の分を見ても,日経平均が上昇しているのに対し,テクモの株式は13.0パーセントも値下がりしており,本件株式移転以外に下落すべき要因が見当たらない。

エ 上記ウの事実は,本件株式移転によって,テクモの企業価値が毀損されたと市場が判断した結果によるものと推認されるものであるから,本件株式移転により,テクモの企業価値が毀損されたことをうかがわせる特段の事情があると認めるのが相当であって,これを覆すに足る疎明はない。

オ そして,本件株式移転の公表は平成20年11月18日であり,テクモ株式の上場廃止は平成21年3月26日,本件株式移転の効力発生日は同年4月1日であるから,本件株式移転がなければテクモ株式が有していた客観的価値の算定に当たっては,できる限り本件株式移転の効力発生日に近接し,かつ,本件株式移転の影響を排除できる市場価格として,本件株式移転の公表の前日までの市場価格を参照するのが相当であるが,市場価格は,投資家による一定の投機的思惑など偶然的要素の影響を受ける面もあるから,このような市場における偶然的要素による株価の変動を排除するため,株式移転の公表直前の一定期間の市場株価の平均値をもつて,判断するのが相当であり,本件株式移転公表前の1か月間の株価の終値による出来高加重平均値をもつて算定した価格を「公正な価格」とみてよいものと解される。

カ これによれば,本件株式移転の内容が公表された平成20年11月18日より前の1か月間の市場価格の出来高加重平均値は1株につき747円となり,他に考慮すべき特段の事情はないから,本件株式の「公正な価格」は,1株につき747円とするのが相当である。

(2)差戻し前抗告審の決定

(1)の原決定については,当事者双方が,これを不服として抗告した。

これらの抗告について,差戻し前抗告審は,平成23年3月1日,いずれの抗告も棄却する決定(東京高等裁判所平成23年3月1日決定・平成22年(ラ)第781号)をしたが,その要旨は,次のとおりである。

ア 本件株式買取価格決定の申立ての適法性及び買取価格決定における裁判所の裁量については,原決定における上記(1)アの判断と同じである(この点については,原決定の(1)アについての説示を引用している。)。

イ その上で,申立人は,スクエニがテクモに対し友好的公開買付けを提案したことを公表した日(平成20年8月29日(金曜日))の翌週の月曜日(同年9月1日)から,テクモ株式の取得を開始し,同月4日,テクモがスクエニからの提案を拒絶し,コーエーとの本件経営統合協議開始を公表後,取得株数を大幅に増加させていったことからすると,申立人は,コーエーとテクモとの経営統合を認識した上で,本件経営統合協議開始の公表前に取得した株式を処分せず,新たにテクモ株式を取得し続けたものであり,申立人が本件経営統合№O提に本件株式を取得して保有し続けたものと強く推認することができるから,経営統合に賛同していない少数株主の保護という買取請求権の趣旨からするならば,経営統合を視野に入れた上で株式を取得して株主となった申立人が株式買取請求権を行使した場合の公正な価格は,株式移転そのものがなければ本件株式が有していたであろう客観的な価値によるべきではない。

そして,本件経営統合の蓋然性が高いことを認識した上でテクモ株式を取得した者であっても,正当な株式移転比率によって本件株式移転から生じるシナジーを享受する利益を有しており,本件株式の公正な価格は,本件経営統合による企業価値の増加を適切に反映した公正な価格(シナジー反映価格)とすべきであり,本件株式移転比率がシナジーを適切に反映しているものであれば,それを前提として公正な価格を算定することになる。

ウ テクモの株式の株価は,本件株式移転の公表の翌日に値幅制限の範囲内で最大の下落をし,その後,テクモの株式は市場全体の株価推移と比較して大きな下落率で推移し,本件株式移転の公表の翌日からコーエーが投資有価証券について損失を公表した平成21年1月10日より前の分を見ても日経平均が上昇しているのに対し,テクモの株式は13.0パーセントも値下がりしており,本件株式移転以外に下落すべき要因が見当たらない(この点についての説示は,原決定の

(1)ウについての説示を引用している。)。

エ 上記ウの事実は,本件経営統合協議開始後の公表でなく,本件株式移転比率の公表によって,テクモの企業価値が毀損されたと市場が判断した結果によるものと推認させるものであり,本件株式移転比率に基づく本件株式移転により,テクモの企業価値が毀損されたことをうかがわせる特段の事情があると認めるのが相当であり,これを覆すに足る疎明はない。

オ 本件株式移転によりテクモの企業価値又は株主価値が毀損された否かを判断するに当たっては,本件株式移転比率の公表日(本件株式移転の公表日でもある。)の価格を起点として下落率を算出することは相当な方法というべきであり,さらに,株式移転の影響や偶然的要素を排除するため,株式移転の内容が公表された平成20年11月18日より前1か月間の市場株価の出来高加重平均値によるべきであるとして,「公正な価格」は1株当たり747円と定めるのが相当であり,各抗告はいずれも棄却すべきである。

(3)許可抗告審の決定

(2)の差戻し前の抗告審決定に対しては,当事者双方がこれを不服として許可抗告を申し立て,許可された。

許可抗告審は,平成24年2月29日,差戻し前抗告審の決定を破棄し,更に審理を尽くす必要があるとして,本件を当審に差し戻す旨の決定(最高裁判所平成24年2月29日決定・平成23年(許)第21号,第22号。(以下「本件許可抗告審決定」という。))をした。その要旨は,次のとおりである。

ア 株式移転完全子会社の反対株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」とは,株式移転によりシナジー効果その他の企業価値の増加が生じない場合には,株式買取請求日において,株式移転を承認する旨の株主総会決議がなければ株式が有していたであろう価格をいうが,それ以外の場合には,株式移転比率が公正なものであったならば株式買取請求日にその株式が有していると認められる価格をいう。

イ 一般に,相互に特別の資本関係がない会社間において株式移転計画が作成された場合には,それぞれの会社において忠実義務を負う取締役が当該会社及びその株主の利益にかなう計画を作成することが期待できるだけでなく,株主は,株式移転完全子会社の株主としての自らの利益が株式移転によりどのように変化するかなどを考慮した上で,株式移転比率が公正であると判断した場合に株主総会において当該株式移転に賛成するといえるから,株式移転比率が公正なものであるか否かについては,原則として,上記の株主及び取締役の判断を尊重すべきであり,相互に特別の資本関係がない会社間において,株主の判断の基礎となる情報が適切に開示された上で適法に株主総会で承認されるなど一般に公正と認められる手続により株式移転の効力が発生した場合には,当該株主総会における株主の合理的な判断が妨げられたと認めるに足りる特段の事情がない限り,当該株式移転における株式移転比率は公正なものとみるのが相当である。

ウ 株式が上場されている場合,市場株価が企業の客観的価値を反映していないことをうかがわせる事情がない限り,「公正な価格」を算定するに当たって,その基礎資料として市場株価を用いることは合理性がある。

エ 株式移転計画に定められた株式移転比率が公正なものと認められる場合には,株式移転比率が公表された後における市場株価は,特段の事情がない限り,公正な株式移転比率により株式移転がされることを織り込んだ上で形成されているとみられるものであるから,株式移転により企業価値の増加が生じないときを除き,反対株主の株式買取請求に係る「公正な価格」を算定するに当たって参照すべき市場株価として,基準日である株式買取請求がされた日における市場株価や,偶発的要素による株価の変動の影響を排除するためこれに近接する一定期間の市場株価の平均値を用いることは,当該事案に係る事情を踏まえた裁判所の合理的な裁量の範囲内にあるといえる。

オ 本件の事実関係によれば,テクモとコーエーは,相互に特別の資本関係がなく,本件株式移転に関し,株主総会決議を経るなどの一般に公正と認められる手続を経て,本件株式移転の効力が発生したというのであり,本件総会に先立つ情報の開示等に問題があったことはうかがわれないから,本件総会における株主の合理的な判断が妨げられたと認めるに足りる特段の事情がない限り,本件株式移転比率は公正なものというべきところ,市場株価の変動には様々な要因があるのであって,専らテクモの市場株価の下落やその推移から,直ちに上記の特段の事情があるということはできず,他に,本件において,上記特段の事情の存在はうかがわれないから,本件株式移転比率は公正なものというべきである。

カ したがって,差戻し前抗告審は,本件株式移転により企業価値が増加することを前提としながら,本件株式移転比率は企業価値の増加を適切に反映したものではなく,公正なものではないとして,本件株式移転の内容が公表された平成20年11月18日より前の1か月間の市場株価の終値を参照して「公正な価格」を算定した点において,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

4  争点及び当事者の主張

(1)本件株式移転によりテクモの企業価値の増加が生じたか。

(申立人の主張の要旨)

次のとおり付加訂正するほか,原決定の「第2 事案の概要」2(1)イ(6頁8行目から7頁11行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。

ア 6頁8行目の「次のとおり」を以下のとおり改める。

「本件の許可抗告審決定は,本件株式移転により企業価値が毀損されたか否かを判断していないというべきところ,次のとおり」

イ 6頁9行目の「相手方は」を「相手方は,本件において」に改める。

ウ 6頁24行目及び7頁1行目の「コーエーテクモ」をいずれも「相手方」に改める。

エ 7頁11行目末尾に改行のうえ次のとおり加える。

「(キ) 統合会社である相手方の業績は著しく低迷し,統合前の直近のテクモとコーエーの合計値に及ばない。テクモとコーエーは,平成20年11月18日,売上高700億円以上,営業利益160億円以上,経営利益210億円以上を目指すと発表していた。しかし,実際には,平成24年3月期の業績は,売上高約355億円,営業利益約58億円,経常利益約75億円であり,売上高は達成目標数値の約半分,営業利益や経常利益はわずか約36%にすぎない。相手方の株価も,日経平均とは全く異なりほぼ一貫してマイナス圏で推移している。」

(相手方の主張の要旨)

次のとおり付加訂正するほか,原決定の「第2 事案の概要」2(2)イ(9頁12行目から11頁5行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。

ア 9頁13行目末尾に改行のうえ次のとおり加える。

「なお,本件許可抗告審決定は,株式移転により企業価値の増加が生じない場合以外の場合において,「公正な価格」の算定方法の新たな規範を定立しており,許可抗告審が企業価値の増加があったと考えていることは明らかである。」

イ 10頁9行目,13行目及び11頁3行目の「相手方株式」をいずれも「テクモ株式」に改める。

ウ 11頁5行目末尾に改行のうえ次のとおり加える。

「(ウ) 統合会社である相手方の業績が低下し,株価が下落しているのは,景気低迷やこれによるゲーム業界全体の業績悪化の影響を受けたものであり,同業他社も同様であって,本件株式移転にシナジー効果がないことの根拠とはなり得ない。」

(2)本件株式の「公正な価格」の算定方法

(申立人の主張の要旨)

本件株式移転によりテクモの企業価値が毀損しているのであるから,本件株式の「公正な価格」は,本件株式移転を承認する旨の株主総会決議がされなければその株式が有していたであろう価格(いわゆるナカリセバ価格)が採用されるべきである。

そのために平成20年11月18日の統合公表前の市場価格を参照する場合でも,1か月平均を採用すべきではなく,6か月平均(終値平均1株878円,出来高加重平均は1株864円又は867円),平成20年11月4日から同月18日までの平均(終値平均1株812円,出来高加重平均は819円又は823円),又は平成20年11月18日の公表直前の同日終値価格(1株875円)を採用すべきである。

また,本件については,テクモがスクエニ提案を拒絶し,代わりにコーエーとの統合を進めたという特有の事情に鑑み,ナカリセバ価格を修正し,スクエニ提案価格である1株920円をもって公正な価格とすべきである。

(相手方の主張の要旨)

本件株式の「公正な価格」は,原則どおり,株式買取請求日である平成21年2月12日のテクモの市場株価の終値により,1株当たり691円とすべきであり,その前後の期間の株価を参照することは不適切である。

平成21年2月12日は,コーエーの業績予想の下方修正等が公表されて以降,日経平均株価と大きく乖離する変動を見せていたテクモの市場価格が落ち着きを取り戻した状況にあり,客観的に有する価格との間に最も乖離がないと考えることができる。これに対し,平成21年2月12日より前の期間の市場株価には,上記の業績予想の下方修正等の企業価値に影響を与える事実が,市場株価に十分織り込まれているとはいえない。

また,平成21年2月12日の翌日には,テクモの決算短信が公表され,9億6800万円の特別損失の発生等により,連結当期純損失が2億3700万円となる旨が発表されていることから,同日以降のテクモの市場株価は,同月12日時点の株価に反映されるべきでない新しい要素の影響を受けているものである。

第3  当裁判所の判断

1  本件株式移転によるテクモの企業価値の増加について

(1)株式移転完全子会社の反対株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」については,本件許可抗告審が,株式移転によりシナジー効果その他の企業価値の増加が生じない場合には,株式買取請求日において,株式移転を承認する旨の株主総会決議がなければ株式が有していたであろう価格をいうが,それ以外の場合には,株式移転比率が公正なものであったならば株式買取請求日にその株式が有していると認められる価格をいうとしていることは,前記のとおりである。

しかるところ,本件においては,相手方は,本件株式移転による経営統合により,テクモの収益力,安定性,効率性,成長性等が高まるなどのプラスのシナジーが生じていると主張するのに対し,申立人は,本件株式移転によりマイナスのシナジーが生じていると主張する。

そこでまず,この点について検討する。

(2)コーエー及びテクモが,平成20年11月18日に本件株式移転による両社の経営統合計画を公表した際に行った両社の経営統合の目的,戦略等についての説明によれば,本件株式移転によって,以下のような企業価値の増加を見込むことができ,これらの効果の発生を期待することを否定すべき証拠はない。

ア テクモは,人気の高いアクションゲームソフトシリーズを生み出し,パチンコ・パチスロ機向け液晶ソフト開発やアミューズメント施設運営において強みを有しており,一方,コーエーは,ストラテジーゲーム,女性向けゲーム等で人気シリーズを創出し,最先端技術に取り組む専門組織を設置しており,両社が強みを持つ分野が異なり,相互補完を通じて事業基盤を拡大できる。

イ 両社共に大きな強みであり,グローバル市場で飛躍的に成長するうえでも最重要分野と位置づけられるアクションゲーム分野では,戦略的な商品投入により機会収益の最大化を図るとともに,シナジーを活かした斬新な商品開発を通じて大きな成長機会とすることが期待できる。

ウ テクモは,欧米市場で高いブランド力を持ち,商品及び知的所有権を有しており,また,コーエーは,アジア市場を中心に強いブランド力を有し,国内,欧州,アジアにおいて流通機能やメディアミックスノウハウを有しており,これらの組合せの活用により,グループ内でのマージン拡大や新たな需要の創造が期待できる。

エ 両社が保有する技術力やノウハウを共有し,海外市場における顧客基板の拡大及びプレゼンスの向上,グローバルベースでの収益力拡大を実現する。

(甲10,乙11,39)

(3)ところで,テクモ株式の価格の推移は次のとおりであったことが認められる。

ア 平成20年8月29日,スクエニが,テクモに対し,友好的公開買付の条件案(1株につき現金対価として920円)を提出し,その旨を発表した。

その前後におけるテクモ株式の株価は,発表前の同月27日が634円,同月28日が706円であり,発表後の同月29日は806円,週明けの同年9月1日は902円,同月2日は888円,同月3日は872円であった。

(乙26)

イ 次いで,平成20年9月4日午後,テクモは,スクエニからの提案を拒絶するとともに,コーエーとの間で経営統合に向けた協議を開始することを発表した。

その前後におけるテクモ株式の株価は,同日が937円,同月5日は869円,週明けの同月8日は872円,同月9日は870円となり,その後同月中は818円から880円の間で推移した。

平成20年10月に入ると,テクモ株式の株価は800円を下回り,700円台から600円台に下落し,10月29日には597円になったが,その後は持ち直し,11月17日に842円,11月18日に875円に回復した。

(甲3の9,乙26)

ウ そして,平成20年11月18日,テクモ及びコーエーは,市場取引終了後,本件株式移転のフ計画を発表した。

その前後におけるテクモ株式の株価(終値)は,公表直前である平成20年11月18日は,上記のとおり,875円であったが,翌日の19日は値幅制限の下限である775円(前日比100円安)に下落した。しかし,同月20日は790円,同月21日は825円と持ち直し,同月27日は公表前日の875円を回復し,同月28日には889円になるまで,連続して上昇した。

(甲12,乙26)

エ また,テクモは,平成21年1月9日,投資有価証券の損失を公表した。その直前の同日におけるテクモ株式の株価は,761円であった。

(乙26,114)

オ そして,平成21年3月26日,テクモ株式の上場が廃止されたが,その前日の同月25日のテクモ株式の株価は,660円であった。

(乙26)

(4)上記(3)のとおり,テクモ株式の株価(終値)は,テクモ及びコーエーが市場取引終了後に本件株式移転の計画を公表した平成20年11月18日には875円であったものが,翌日の19日は値幅制限の下限である775円に下落したこと,上場が廃止される前日の平成21年3月25日の株価は660円であったことが,それぞれ認められる。

しかし,市場株価の変動には様々な要因が存在するものであるうえ,上記の平成20年11月19日のテクモ株式の株価の下落についても,同月20日からは持ち直して同月27日には発表前の水準を回復していること,テクモ株式の株価は,平成20年8月29日にスクエニがテクモに対して友好的公開買付の条件案を提出する直前の同月27日には634円,同月28日には706円という水準であったこと,当時の株式市況一般についてみても,平成20年9月15日には,米国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが経営破綻し,これを機に世界的な株安と信用収縮が進む状態(いわゆるリーマンショック)が発生し,日経平均株価は同年10月27日には,26年ぶりに安値を付けたことなどを総合して勘案すれば,テクモの市場株価が株式移転計画の公表直後に一時的に急落し,上場が廃止される前日の平成21年3月25日の株価は660円になったことを捉えて,本件株式移転による企業価値の増加が生じなかったと評価することは相当ではない。

むしろ,テクモ株式の株価は,平成20年8月29日,スクエニから友好的公開買付の提案を受けた際に上昇したが,同年9月4日に上記提案を拒絶し,相手方との経営統合に向けた協議開始が発表された後も,上記の提案前の株価の水準に比べて大きく下落することなく推移しており,スクエニからの友好的公開買付の提案に対する肯定的な評価と比べて,本件株式移転に対する市場からの評価には大きな開きがなかったものと認められる。

そして,テクモの株価は,平成20年8月から平成21年3月にかけては全体的に下落傾向があるが,この時期は,平成20年9月のリーマンショックにより世界的に株価が下落した時期であり,上場廃止前日(平成21年3月25日)までの日経平均株価との関係は,本件株式移転の公表日(平成20年11月18日)で比較すると,テクモの株価の下落率は日経平均株価の下落率を上回るものの,コーエーとの協議開始の発表前日(平成20年9月3日)やスクエニからの友好的公開買付の提案前日(平成20年8月28日)と比較すると,テクモの株価の下落率は日経平均株価より小さいことが認められる。

したがって,テクモがコーエーと経営統合に向けた協議を開始することを発表してからテクモ株式が上場を廃止されるまでのテクモ株式の株価の変動から,本件株式移転によってテクモの企業価値が毀損されたと認めることはできない。

(5)次に,本件株式移転後の相手方の業績及び株価について検討する。

ア 申立人は,本件株式移転後の相手方の業績が著しく低迷し,株価もほぼ一貫してマイナス圏で推移しているから,本件株式移転によってテクモの企業価値は毀損されたと主張する。

イ しかしながら,証拠(甲117,155)によれば,本件株式移転日から約1年が経過した平成22年3月期において,相手方の売上高は345億円,営業利益は6億円,経常利益は30億円であり,対前年比で売上高は13.8パーセント,営業利益は91.5パーセント,経常利益は61.9パーセントの各減少をみたものの,平成24年3月期には,売上高が355億円,営業利益が58億円,経常利益が75億円に各増加したことが認められる。

また,証拠(甲143)によれば,相手方の株価は,平成21年4月1日(本件株式移転日)に776円で,平成22年3月31日に668円に下落したが,その後は,平成23年3月31日に675円,平成24年3月30日に655円と推移したことが認められる。

ウ そして,証拠(乙95)によれば,相手方の業績悪化と株価下落がみられた平成23年3月期には,景気低迷によるソフトの販売不振や大型タイトルの発売延期の影響などから,ゲームソフト6社のうち4社も経常減益となっていることが認められ,これらの点も併せて考えれば,本件株式移転後の相手方の業績や株価の推移から,直ちに本件株式移転によりテクモの企業価値が毀損されたと認めることは相当ではないというべきである。

(6)その他,申立人は,本件株式移転は,テクモとコーエーとの創業者一族の意向が優先されたものであり,株主価値の増大ではなく,相手方経営陣の保身を目的としたものである可能性が高いと主張するが,これを客観的に裏付けるに足る証拠はない。

(7)以上の各事実を総合的に勘案すれば,本件株式移転による経営統合により,テクモの収益力,安定性,効率性,成長性等が高まるなどのプラスのシナジーが生じているものと認めるのが相当である。

2  本件株式の「公正な価格」の算定方法について

(1)上記のとおり,本件株式移転によって,テクモの企業価値の増加が生じたものと認められるところ,このような場合には,申立人の株式買取請求に係る「公正な価格」は,「株式移転比率が公正なものであったならば,当該株式買取請求がされた日においてその株式が有していると認められる価格」をいうものと解すべきこと,本件株式移転比率は公正なものであると認められ,本件株式移転比率が公表された後における市場株価は,特段の事情がない限り,公正な株式移転比率により株式移転がされることを織り込んだうえで形成されたものと認めることができることができること,株式が上場されている場合,市場株価が企業の客観的価値を反映していないことをうかがわせる事情がない限り,「公正な価格」を算定するに当たって,その基礎資料として市場株価を用いることには合理性があることは,いずれも本件許可抗告審決定に示されたとおりである。

(2)そして,証拠(甲42,乙26)によれば,申立人が本件株式の買取請求をした日である平成21年2月12日において,テクモの市場株価は1株につき691円であったことが認められる。

(3)ところで,証拠(甲21,30,42,43,72,乙1,13,26,114ないし118)によれば,テクモの株価は,平成21年2月12日の前後各1か月の間に,全体としては緩やかに下落する中で,1月20日前後に谷があり,1月29日頃に山があり,2月20日以降は緩やかに下落し,2月25日頃に反発し,3月10日に谷があり,その後に急に回復するなど,日経平均株価とほぼ連動する形で推移し,1月9日にテクモが為替差損を発表し,1月10日にコーエーが有価証券損失を発表し,1月21日にテクモが業績予想の下方修正を公表し,1月26日に本件株式移転を承認する旨の株主総会決議がされ,2月13日にテクモが決算を発表した際にも,特に日経平均株価と異なる値動きはなかったところ,コーエーが2月3日に平成21年3月期の業績予想を下方修正した際には,テクモの株価が2月4日に763円まで急上昇し,翌2月5日には703円まで急落し,2月10日に677円になるまで値を下げたが,2月12日には691円まで回復する形で,日経平均株価と乖離する動きが見られたものの,同日以降は再び日経平均株価と連動して推移したことが認められる。

上記認定によれば,テクモの株価は,平成21年2月4日から10日にかけて,コーエーの業績予想の修正により一時的に大きな変動が見られたが,それ以外には,平成21年2月12日の前後約1か月間に特徴的な値動きは見られなかったものであり,平成21年2月12日の市場株価(終値)は,上記の各損失発表,株主総会決議,業績予想の修正など,当日までに反映されるべき諸事情を十分に織り込んでいたものということができ,同日の株価が何らかの偶発的要素の影響を受けていたものと認めることはできない。

したがって本件において,「公正な価格」は,申立人が買取請求を行った平成21年2月12日のテクモの市場株価によることが相当である。

(4)なお,申立人は,本件株式移転がテクモの企業価値を毀損しているから,本件株式移転を承認する旨の株主総会決議がされなければその株式が有していたであろう価格(いわゆるナカリセバ価格)とすべきであるとか,テクモがスクエニ提案を拒絶してコーエーと統合を進めた事情から,スクエニ提案価格である1株920円をもって公正な価格とすべきであるなどと主張するが,テクモの企業価値を毀損したとの前提が認められないことは前記のとおりであり,また,友好的公開買付時の提案額を参酌すべきであるとすべき理由がないから,申立人の主張は採用できない。

3  よって,テクモ発行に係る普通株式のうち申立人が所有する389万0700株の買取株価は,1株につき691円と定めるのが相当であるから,原決定を上記の趣旨に沿って変更することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 齊木利夫 裁判官 菅家忠行)

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